~ 幻創妖奇譚 ~   作:北宮 涼

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『ムジナ』09

 

 雪崩れ込んできたムジナの巨体を押し退けて立ち上がる。

 派手に叩き込んだお陰か、ムジナはピクリとも動かなくなっていた。

 終わった。そう思った矢先に、ドサッと何かが倒れ込んだような音が聞こえてくる。

 その音にハッとして、次いで静葉の事を思い出した。

 

「静葉っ!!」

 

 急いで掛け寄った俺の目の前には、小さく弱々しい息遣いでこちらを見上げる静葉がいた。

 生きている。その事に一先ずは安心するも、直ぐにやばい状態だと気が付く。

 静葉の倒れている場所に、大きな血だまりが出来ていた。

 

「静葉っ!! 死ぬな、死んじゃだめだ!! しっかりしろ、静葉っ!!」

「そ、う……えい……」

 

 既に虚ろな目をしている静葉。

 そんな、気絶していない事が既に奇跡であるような状態の彼女が、一瞬だけ目を見開く。

 それを見るのと、背後からの音に気が付いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 ───グルァァァァァァァァァァ!!!!!

 

 

 

 聞こえてくる咆哮に向かい、ゆっくりと振り返る。そこには。

 

「嘘だろ……」

 

 ───二体目のムジナが、ひどく興奮した様子で佇んでいた。

 息を荒くし、今にも飛び掛からんとしているムジナの様子を伺いつつも、チラリと静葉の方を見る。

 限界を迎えたのか、彼女は既に気を失ったように床に伏せている。

 もう彼女をあてにはできない。それ所か、直ぐに運び出さなければ静葉が死んでしまう。

 しかし、今の俺の目の前には、殺意を漲らせた怪物が一匹。

 どう考えても詰んでいる。しかし。

 

「助けるって、約束したもんな」

 

 そう呟いて、弱気にならないようにギュッと、握りこぶしを作る。

 浮かんできた涙にも知らん振りをして、震え出した膝を何とかするために姿勢を正した。

 ここで俺が諦めたら、父さんも、母さんも、瀬川も静葉も……それに何よりも───妹を、悲しませることになる。

 

「もう少しだけ辛抱してくれ。俺が必ず」

 

 

 

 ───何とかする。

 

 

 

「その必要はないよ」

 

 俺が、自分自身にも言い聞かせるように何とかすると言い放った直後。

 聞き覚えのない声が部屋に響いたかと思えば、目の前に居たムジナが静かに床へと倒れ伏した。

 何が起きたか分からなかった俺だったが、それが誰の仕業なのか直ぐに知ることとなる。

 

「君たちを襲ったこわーいオバケは、たった今やっつけたからね」

 

 よく響く声でそう言いながら、スーツを着た背がすごく高い大人の男の人が、優し気な笑みを浮かべでこちらを見ている。

 手元に滴る血と、伸びている紐のような何かから察するに……ムジナは、この男の人にやられたんだろう。

 

「あの……あなたは、一体……誰、なんですか?」

 

 状況をうまく理解できない俺は、しどろもどろになりながらもそう尋ねた。

 すると相手は、ニッコリと微笑みながらこう答えたのだった。

 

「───所属は『御霊屋(みたまや)』、『作(つくり)』が頭目。世を忍ぶ者である私に名前は無い。だが、そうだね……ここでは私の事を『傀儡(かいらい)』と呼びたまえ」

 

 

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 そっと、目を開く。

 ぼやけた視界の中に、見知った天井と見慣れた染みが映った。

 ふと顔を横にやれば、寝る前に抱きしめていたカバンが差し込んだ朝日に照らされている。

 きっと、意識が落ちた後で脱力した腕から転げ落ちたのだろう。

 そんな様子を見てから上半身を起こした俺は、目を閉じて一息深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そうして再び目を開けば、頭に掛かったモヤモヤも瞬く間に晴れ渡ってゆく。

 

 ───帰ってきた。それだけが、確かな実感として心の中にあった。

 あの恐怖の学校から、瀬川と共に生きて生還を果たした。

 しかし、竹内と相津の安否はまだ確認できていない。

 それに静葉も……傀儡と名乗った、あのうさん臭い大人に任せたとはいえ、あの傷で無事であるはずがない。

 全てが上手くいったわけじゃない。むしろ、無謀な事をしたせいで静葉が傷つく結果になった。

 死んじゃだめだと……思わず声をかけたのは、きっと……妹の姿と重なって見えたからだろう。

 

 泣き虫で、弱気で、ずっと後ろをついて歩いて回っていた妹。

 妹の誕生日プレゼントを買った帰り道で、兄妹そろって歩道に突っ込んできた車に轢かれそうになって、それで……俺の背中を押して、ひとりで犠牲になった妹。

 血だまりの中でピクリとも動かない妹の、その姿が……あの時の静葉と、瓜二つだったから。

 だから、俺は、泣きそうになりながら……静葉の名を呼んだ。

 死んじゃだめだと、叫んだ。

 

「今は、あのオッサンを信じるしかない」

 

 きっと生きてる。そう信じる他ない。

 

 ベッドから立ち上がり、部屋を出る。

 廊下の向かい側の扉を開いて中に入り、仏壇の前に正座しておりんを鳴らす。

 昔は妹の部屋で、今は仏間のこの部屋は、妹の物こそ粗方整理されて片付けられているが、今でも昔のままにされている物もある。

 おりんの脇に置かれているキーホルダーなんかもその一つで、これは、俺が妹の誕生日の日にあげる筈だったものだ。

 あの日、車が突っ込んで来さえしなければ……いや、俺が代わりに、妹を突き飛ばしてやれていれば、きっと……

 

「なぁ、絢香……兄ちゃんなぁ、また守れなかったんだ。助けるって言ったのに、助けてやれなかったんだ」

 

 悔しさで視界が滲む。

 家族として、兄として、妹を守れなかった事と、助けると言ったのに、結果的には自分一人ではどうする事もできなかったことが、自分自身を苛む。

 おまえは誰も守れやしないと、心の中で誰かが嗤ったような……そんな気がした。

 

「でも……でもな。兄ちゃん、頑張るよ。今はダメでも、いつか必ず……守りたいと思ったものを守れるような、そんな大人になりたいから」

 

 ───だから、見守っていてくれ、絢香。

 静かに、そう締めくくる。

 開けっ放しにしていた自分の部屋の奥から差した朝日に照らされて、キーホルダーがきらりと輝いた。

 

 

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数年が経った。

 その間に、本当に色々とあったが……何から話すべきだろうか。

 そうだな……やはりここは『ムジナ事件』後の事を話そうと思う。

 

 妹の仏壇に参った後、朝ごはんを食べて普通に家を出た俺は、家の門の前で右往左往している瀬川に出くわした。

 俺が出てきた音に気が付いてこちらを見てきて、そしてすぐに瀬川は泣き出してしまった。

 不安で不安で、仕方がなかった。そう泣きじゃくった瀬川は、ひとりで悪夢から目覚めた後、一睡もできなかったそうだ。

 そりゃそうだろうなと思った。俺だって、逆の立場ならもう一度寝ようだなんて思えないし。

 ただ、泣き続ける瀬川の背を摩る内に、瀬川はこうも話してくれた。それは、俺の事だった。 

 夢の中で合った俺は、とても頼もしくて、頼りになって、かっこよかったと。

 何事もなく無事に戻って来れたのは俺と静葉のおかげだし、何よりも……

 

「絶対戻るって。明日、また会おうって、言ってくれて……すごく、安心できたの」

 

 ───けど同時に、そー君が死んじゃうかもしれないって思ったら、すごく怖くなった。

 だから眠れなかったと、瀬川はそう話した。

 

「だからね? いま、こうしてそー君と会えたのが嬉しくて……えへへ」

 

 恥ずかしそうに笑う瀬川を見て、つられて笑ってしまう。

 いつの間にか、瀬川は泣き止んでいた。

 その後は一緒にバスに乗って学校へ向い、途中で睡眠不足と泣き疲れで俺の肩にもたれるように眠ってしまったが、仕方がないことだというのは分かっていたので、学校の最寄りに付くまでは寝かせてあげた。

 その日の間、瀬川は何やら顔を真っ赤にして俯いていたが、そこは俺の知るところではない。

 

 次は、竹内と相津の事。

 瀬川が泣き止んだ後、バスに乗って移動中に聞いた話によると、目が覚めた瀬川はすぐに二人の家に電話を掛けたそうだ。

 どうやら俺の予想通り、静葉が入れ違いになる形で二人を助け出して夢の外まで誘導してくれていたらしい。

 やれ紅い光が、クマの様なバケモノがと大騒ぎしていたらしく、泣きわめいていたのを二人の両親が宥めている最中であったのだとか。

 俺や瀬川とは違い、一日以上悪夢の中に閉じ込められていたのだから、その恐怖は想像をするに難しくないだろうと思う。

 だが、それでも二人は無事に生きて生還できた。

 どういった事が二人の身に起きたのかまでは分からないが、あの気が狂いそうになる赤色の世界に閉じ込められて尚無事だったのは本当に奇跡だと思う。

 無事でいてくれたという事が、俺は素直にうれしく感じた。

 翌日には二人とも学校に出てきたが、いつもの様子とは打って変わって大人しくなった二人の様子に面食らったのはここだけの話だ。

 

 最後に……静葉の事。

 なんと静葉は、この学校の生徒だったのだ。

 その話を知ったのはたまたまで、職員室に用事があって立ち寄った時に静葉に関連する話を聞いたのが切っ掛けだった。

 用事が終わってさぁ帰ろうと思った時、応接室からたまたま静葉という言葉が聞こえたのだ。

 ビックリしたのと同時にものすごく気になったので、ダメだとは分かりつつも応接室の扉を少しだけ開いて中を見たら、これまたビックリ。

 なんとそこには、あのうさん臭い傀儡のオッサンが居たのだ。

 これには思わず「あっ!?」と声を上げてしまい、それが切っ掛けて盗み聞きがバレた俺は教頭先生に怒られたが、オッサンが俺の事を庇ってくれた為に大事にはならずに済んだ。

 その後、オッサンの計らいで俺も同席して話を聞いていい事になったのだが……そこでは、静葉が不慮の事故で大怪我を負ったと話をしていた。

 まぁ、それは表向きの理由なんだろう。それくらいは予想が付いた。何より、そんな話をしながら「私に話しを合わせたまえ」みたいな感じで目を合わせてきたのだから、その予想は確実と言っても差し支えないだろう。

 その日の放課後には、オッサン自ら俺を迎えに来てくれて、静葉の元へと連れて行ってくれた。

 その時に軽く『御霊屋』の事や、傀儡のオッサンと静葉の使う力についても教えてくれたが、それについてはよく分からなかった。

 ただ、その話を聞いた時に、なんだか心がざわざわとした事だけは覚えている。

 そうこうしている内に静葉の寝かされている病院の一室に案内されて……そこではじめて、あの悪夢の外で静葉と出会った。

 驚いたような表情をした静葉の、朱色の差した色白の肌が奇麗で……だからこそ、右腕を包帯でぐるぐる巻きにした、痛々しい姿を見るのがとても辛かった。

 その負い目もあってか、開口一番に俺が「ごめん」と言うと、静葉はきょとんとした表情を浮かべた直後に、少し不機嫌な様子で口を開いた。

 

「何よ。見舞いに来て一発目が謝罪な訳? もっと気の利いたことくらい言って見せなさいよね」

 

 そんな静葉の言葉に押し黙る。その様子に呆れたと口にした静葉は、調子を変えて再び口を開く。

 

「まぁ……あなた達が無事だったのなら、それでいいわ。今回は私の油断が招いたことでもあるし、何より……何にも知らないあなた達を危険に巻き込んだ。私の落ち度よ。だから、こちらこそ……本当にごめんなさい」

 

 ───そして……私を守ってくれてありがとう、創英。

 その言葉を聞いて、俺は……この一連の出来事の中で、初めて泣いた。

 自分の意思で、自分の力で、ひとりの命を守ったのだと……初めて、そう思えたから。

 

 

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、これからも俺はこうあり続けるんだろう。

 誰かを守ろうと、誰かのヒーローになろうと……そのために、出来る事をしていくんだと思う。

 静葉や傀儡のオッサンを通じて知った世の理と、その一端を体験した俺は、きっともう、平穏無事な日常を送ることは出来ないだろう。

 でも、それでいい。

 俺は決めたから。

 守りたいと思ったものを守れるような、そんな大人になると。

 だから、見守っていてくれ。

 

「あぁ……あぁぁぁぁぁ!! たすけて、助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

 その為の努力も、苦痛も、試練も……

 

「もう大丈夫だ、よく頑張ったな。さぁ、出口はあちらだ。早く行くといい」

「あ……ありがとうございますっ!!」

 

 誓いを果たす為ならば、乗り越えて見せるから。

 

「……待たせたな。さぁ、俺が相手だ妖共」

 

 俺の目の前ではもう、何人たりとも死なせはしない。悲しませもしない。

 なんせ俺は───『守る者』なのだから。

 

 

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