ツカツカと少女は足早に廊下を歩いていた。
長い水色の髪に白いワンピースに改造したセーラー服、黒いタイツ。年齢は十五に満たない程度だろうか。まっすぐと前を睨むようにして見据え、何物にも怯むことはない、と言ったような表情で。
廊下の右側は皆ガラス張りの窓で、港と大海原が一望できる。天気はよく、晴天。雲一つない秋の終わりの日だ。
やがて一つの部屋の前で少女は止まると、突然ドアノブをひねり、勢いよく扉を開いた。
乾いた音が部屋の内外に響き渡る。
「……」
小さく唸りながら少女は部屋の中を見回した。
内部は実に閑散としており、少々埃っぽい。壁には一応振り子時計がつられており、部屋の隅には段ボールが大小三つ。その手前で白い分服に身を包んだ青年と思しき人物がせっせと物を取り出していた……ようだ。
と、いうのも突然背後で勢いよく扉が開いたのだから驚き手も止まるというものだろう。額から汗を垂らし、驚いた表情で少女を見据えていた。
「…………」
少女は沈黙を意に介さず、青年をジッを見つめる。部屋の中ということで帽子はかぶっていないようだ。窓枠にバランス良く鍔を下にして立てられている。先ほどの衝撃で落ちないとなるとかなり気を使ったようだ。
続いて髪型。短髪で髪は寝ている。寝ぐせと思われるものはない。
髭。数日前から剃っていないことが見て取れる。それほど忙しかったのだろうか。
そして服装。特に間違った着方はしておらず、正確に着こなしている。
少女が結論として出したものは詰めが甘い、や中途半端、といったものだった。
それでも部屋の隅に立てかけられた刀や方の星などを見るに本日ここに着任する”提督”なる人物だと認めざるを得なかった。
「……ハァ」
肩を落とし、深々と少女はため息を吐く。青年は固まったままだ。
「……名前を聞かせてもらえるか、お嬢さん?」
青年は恐る恐るという口調で問いかけた。
「駆逐艦叢雲、と言えばわかるかしら」
腕を組み、片目を薄らと開いて叢雲はそう名乗った。青年はしばし思考した後、ああ、と手を打ち、立ち上がった。
「何よ、不服?」
「いや、形式ばった物は大の苦手でね。そのぐらい元気があったほうがいい。特に子供はな」
「子供扱いしないでくれる!?」
ドン、と壁を叩き叢雲は叫んだ。青年は「すまんすまん」と謝りながら苦笑する。
そして年頃の女子の扱いには気をつけねばならないということを肝に銘じ、一応、といった形で敬礼をした。
「提督として、本日付で所属になった
「……アンタが司令官、ねぇ」
へぇ、と叢雲が壁を叩いた手を軽く振る。かなり強く叩いたのは音からもわかった。痛みはあるようだ。
少しの間そんな状態だったが、やがて叢雲は小さくため息を吐くと右手で敬礼を返した。
「まっ、精々頑張りなさいっ」
そしてなんとも上から目線で小さく笑みを浮かべた。
「……したら適度に手を抜いて頑張るとしようか」
昇は敬礼を終え、両手を組んでグッと伸びをすると再び段ボールへと向かった。中から出てくるものは書類が大半で、それ以外にも本やゲーム機、コンピュータなど様々なものが出てくる。やがて一つ段ボールが空になると昇は振り返った。
「叢雲、こんな形で悪いが最初の任務だ。断ってもらっても構わない」
叢雲は壁から背を離した。
「何かしら」
「書類の整理手伝ってくれ。手続き済みとそうじゃないの、それとその他に」
昇は最後に「終わったら何か奢るが」と付け加えた。
叢雲はしばらく顎に手を当て考えていたが、やがて小さく息を吐くと歩を進めた。
「で? 分けたものはどこに入れればいいのかしら」
「助かる。とりあえず今空になった段ボールに手続き前のもの。つまりは俺のサインが入ってないやつな、それを突っ込んでってくれ。向きをそろえて日付を古い順に並べてもらえると更に助かる。手続き積みはコンピュータの上、そのほかは適当に積んでおいてくれ」
「了解しました司令官殿」
頬をひきつらせながら叢雲はそう答える。思っていたより書類の山は高い。ざっと三十センチ程度はありそうだ。
「一体何をため込めばこうなるのよ……」
「着任手続とか艦隊所持手続きとかなんかもうめんどくせえんだよ。とりあえず昼までに片付けばあとは午後速攻で片づける。となると机が欲しいんだが……」
「お生憎様、そういうのは自腹よ」
「お偉い様は新入りにやさしくねえなあ」
二つ目の箱を開け終えた昇がため息をと書類を分け始めた叢雲が皮肉を返す。すると昇はさらに深いため息を返した。
その後は特に会話もなく作業は進み、時計が十一時半を指すころには書類の整理が終わった。日はすっかり高くなり、少し肌寒いが心地よい陽気となった。
「とりあえず一段落か……お疲れさん」
「はいどーも、お疲れ様」
箱を隅に寄せ終え、二人は軽く挨拶をして締めた。
箱はみな床置きとなり、部屋の隅に置かれた大き目の段ボールにはコンピュータがおさめられている。その手前は手続き済みの書類。反対側にはこれから処理する書類が詰められている。
「……ふむ」
部屋の隅に立ってみればわかるが、この部屋はそこそこ広い。執務用の机を置き、三人座れるソファを向い合せておいて、その間にテーブルを置く。するとまだスペースができる程度の広さはありそうだ。昇はいつから持っていたのかスケッチブックに理想的な部屋の内装を簡単に書き記す。
「……絵が上手なのね」
「趣味でね。もっぱら風景画ばかりだったからこの程度はね」
冬に向けて必要なものとして暖炉が浮かび、部屋の隅に配置。そうして一応満足したのかスケッチブックを閉じると段ボールの上に置いた。
「さて、飯食い行くか」
「そうね。奢ってもらえるのだったかしら」
「ああ。千円以内ならな」
「そうしたら随分と買えるわね。そこそこ豪華になるんじゃない?」
ふふん、と叢雲が鼻を鳴らした。
「……ああ、食堂だと少し安いのか」
「そういうこと。定食六百円でその他付け合わせが百円未満。自販機も一律百円で甘味処となんでもありよ」
「最高だわそりゃ」
食堂に着いたのは十二時手前。二人とスタッフ以外はまだ人がいないようで食堂も閑散としている。料理を受け取り手近な席に座ると二人は食事を始めた。
「そういえば、お前はいつからここにいるんだ?」
「昨日見学して入寮して、今日の朝から配属よ」
「なるほど。お互い新入りか」
「私たちだけじゃなくスタッフも全員ね。新設の鎮守府だから」
ズズ、と味噌汁をすすりながら叢雲が答える。昇は求めていた答えが返ってくると相槌を打ち、カツ定食のカツを口に運んだ。
「……しかしアンタ」
ふと叢雲が苛立ったような声を上げる。昇は白米をほうばりながら首を傾げた。
「なんで真昼間からビールなんて頼んでるのよ! いきなりアルコール入れて、この後の執務どうする気!?」
身を乗り出した叢雲に昇は落ち着いて口の中のものを飲みこむとジョッキに手をかけた。
「……平気だ、アルコールにはめっぽう強い。
「……化け物だわ」
諦めたように叢雲はストンと自分の椅子に座った。昇はぐい、とビールをあおる。
喉を鳴らし、一気にジョッキの半分まで減らすと気持ちよく息を吐いた。
「ッぶはぁ! 美味いなここのビールは。すっきりした」
「ここまで飲んでいるところを見ると
ハンバーグ定食に手を着けながら叢雲が昇を睨むように見上げる。もはや慣れてしまったのか、昇は食事を勧めながら答えた。
「残念だが喫煙者じゃないぞ。昔から煙は好きだが、あの煙はどうもな」
「あっそ」
会話はそこで途切れる。互いに会話のネタはなく、ただただ食事が進んでゆく。半分ほど食べ終えたころ、昇がぽつりとつぶやいた。
「もう少し騒がしくしたいものだな」
その言葉に叢雲がピタリと動きを止める。
「あー、すっかり忘れてたわ。ここの案内のこと」
面倒くさいと言わんばかりに叢雲はため息を吐く。
「お前がしてくれるのか?」
「そうよ。なんでもそういう決まりらしいのよね」
食事の手は止めず、叢雲が言う。
「地図渡せば勝手にやってくれるでしょうに」
「お前はぶっちゃけすぎだ」
「そんなこと隠してても誰も特なんてしないわよ」
昇は再びジョッキを煽る。が、気づけば中身はなかった。渋々味噌汁に手を伸ばし、喉を湿らせてから話を再開した。
「その辺はよくわかる。が、面倒でもオブラートには包め」
「面倒くさいわ。……お父さんみたいね、アンタ」
少々顔を紅く染めながら叢雲が言う。昇はアルコールに強いとは言っていたものの、少しは回っているようでにやりと笑った。
「別にそう呼んでもらっても構わないが?」
「アンタがもう一回り年上なら、考えたかもね」
昇の提案はいとも簡単に一蹴されてしまった。
食事を終え、昇は入渠ドック、改装ドックを案内されたのち、工廠ドックに案内された。
中には手のひらサイズで人形の何かが飛んだり跳ねたりしており、二人の登場に気づくとわらわらと集まってきた。
「ちっこいな……こいつらは?」
「妖精さんよ。艦娘の装備に乗ってたり、こうやって工廠で新造艦を造ったりしてくれる子たちね。ドックの子たりは人見知りが多いけど、ここの子たちはかなり人懐っこいらしいわ」
「へー」
昇は近づいてきた一人の妖精さんの前にしゃがみ、人差指を差し出した。
「東昇だ。よろしくな」
「アキラ?」
人差指の上に妖精さんが飛び乗る。重量はほとんどない。
「そうそう、アキラ。よろしく」
「アキラ! よろしくアキラ!」
小さいながらも妖精さんはにっこりと笑った。それを皮切りに工廠の奥からも十数名を超えるであろう妖精さんがわらわらと飛び出し、昇の前ですし詰め状態になってしまった。最前列の子たちが頑張って踏みとどまっているのが妙にほほえましい。
「早速なつかれたわね」
「これが個々の歓迎か。楽しいな」
昇が再びしゃがみ、手を地に着けるとそこをめがけて大量の妖精さんが走り出す。指を上り、手のひらを駆け上がり腕に到達すると袖をつかんでよじ登る。夢に出てきそうな実にファンシーな光景だ。
「な、なあ、こいつら高い所から落ちても平気か?」
笑いをこらえながら昇が叢雲に問う。
「平気よ。三メートル程度ではなんともないわ」
「流石だな」
妖精さんが手のひらを走る時がくすぐったいのか、ついに昇は笑いをこらえきれなくなってしまった。
しばらくの間工廠の中には彼の笑い声が響いていたのである。
「……あー、笑い死ぬかと思った」
工廠の隅で昇は壁にもたれかかって息を切らしていた。
重量がほとんどないといっても塵も積もればなんとやら。かなりの重量が指から手から腕から肩から……いたるところに乗っかってきたのだから大変だった。
「ちょっと、大丈夫?」
「あー、平気平気。重さよりも笑いつかれただけだから」
軽く肩を回しながら息を整え、昇は立ち上がった。
「で? ここで新たに艦娘を生み出せると」
「そういうことね。四種類の資源をそれぞれ組み合わせて造るの。私は別の場所で造られたわ」
「とりあえず資源ぶち込めば誰かしらできる、と」
顎に手を当て考える昇に対し、叢雲は今日一番大きなため息を吐いた。
「ほんっっとアンタって人は適当ね!」
「そういう星の元に生まれたものでな。こればかりはどうにも」
「ったく」
肩をすくめる昇に呆れたのか、叢雲は近くにあったベンチに腰を下ろした。昇は近くにいた妖精さんに声をかける。
「各資源最低値で一人建造よろしく」
「かくしげんさいてーちサンマル、おひとりさまけんぞーかいし!」
小さな手でメガホンを作ると妖精さんは声を張り上げる。あまり大きな声ではなかったが、それでも静かなこの場所では遠くにも届いたようだ。大勢の返事が返ってきて、工廠が一気に騒がしくなった。
二十分ほど建造の様子を伺いながら待ってみたところ、騒がしかった工廠は静かになった。
「終わったみたいね」
ベンチの上でうたたねを始めていた叢雲が目をこすりながら立ち上がる。昇は近寄ってきた妖精さんを追って工廠の奥へ進んでゆく。叢雲もそれを追った。
少し進むと妖精さんが大量に集まっている。昇の姿を認めると妖精さんは蜘蛛の子を散らすように散り散りになり、昇の周囲へと集まってきた。
妖精さんが先ほど集まっていたところでは一人の少女がペタンと座り、目をつむっていた。
「けんぞーじかんフタフタ、クチクカンです!」
「ん、ありがとな」
昇が礼を言うと再び妖精さんたちがワッと盛り上がる。その歓声につられて少女は目を開けた。
茶髪の長いツインテールで叢雲より少し年上だろうか。黒いセーラー服にプリーツのミニスカートで、背中には艤装を背負っている。
昇は数歩前に出ると帽子を脱ぎ、目覚めたばかりの少女に手を差し伸べた。
「ようこそ、出来立てほやほやの鎮守府へ。名前を聞かせてもらえるかな、お嬢さん」
これからもこの鎮守府には人が増えていくだろう。賑やかになるのも時間の問題か。
肌寒くなり始めた、天気のいい秋の始まりだった。
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あとがき
読んでいただきありがとうございました。
今後もこの主人公でちまちま書く予定。そのためのキャラづけで。叢雲はもしかしたら今回限りの出演の可能性が微レ存
自分自身軍隊関連には疎いので細かい設定は決まっていません
時代背景:現代
主人公プロフ
東昇/アズマアキラ 男
年齢26歳
身長178.2cm
体重68.5kg
好きなもの:酒、絵、ゲーム、甘味
嫌いなもの:堅苦しい雰囲気
備考
・軍刀所持。腕前は不明
・生活リズムは不安定
・一日中酒を飲める
・胃袋ブラックホール