転生
「……ん」
目が覚めると、そこには雲一つない青空があった。
はて私はいつから外で寝る癖がついたのだろうか?
そう思いつつ体を起こす。するとバシャりという音が響く。
「……水?」
そこで初めて自分の体が水に浸かっていることに気がついた。
と言うことは、今の今まで胸から下を川へ浸けた状態で寝ていたということになる。
「川辺? なんでこんな所で寝てたの私?」
訳がわからない。
昨日はいつも通りに
「ん?」
何かがおかしい。今は私は何を考えた?
私は
「…………んん?」
まただ、自分のことを考えると思考がブレる。
いや、過去のことを思うと別の過去が重なってくる? 何を言ってるのか自分でもよくわからないが、それが一番近いような気がする。
私は誰?
家族構成は?
趣味は?
昨日は何してた?
「どーなってんのこれ?」
濡れた服を絞りながら、自身に起きた不可思議な現象に頭を悩ませる。
私の服を見る限り……これは忍装束と言うものなのだろう。
私の二つある過去のうち片方は確か忍者だったはずだから、服装から考えるに私は少女忍者というものなのかもしれない。
くのいちじゃないのかって? 私もよくわからないけどくのいちと女忍者は別らしい。不思議だね。
「……あれ?」
どうでもいいことを考えていると、ふと自身の視界に違和感を覚えた。
OLだった私や女忍者の私の両方の経緯から考えても、見えている視野がいつもより狭い。
具体的に言えば左側が全く見えていない。
嫌な予感がして直ぐ側の水面を覗き込む。
「うわぁ、これはひどい」
左の眉から頬の上辺りにかけて鋭い刃物で切り裂かれたような痕が刻まれていた。
おそらくその時に眼球も切り裂かれたのだろう。ひどい形に変形していてとても自然回復するような状態には思えない。
あっちの世界の私ならワンチャンあったかもしれないが、こちらの世界はあちらほど科学が普及しているわけではないので、諦めるしかない。
「……うん、大丈夫、不思議と落ち着いてる」
もう少し取り乱すかと思ったが、そうでもなかった。
あちらの私なら友達を巻き込んで大泣きしたかもしれないが、こちらの私は割とドライなのかもしれない。
実際、この歳だというのに何人も人を殺してたりするし、いつかはこうなる覚悟ができていたのだろう。
そう思っていると一陣の風が辺りを吹き抜ける。
それに合わせて私の体もブルッと震える。
「うん、今は失ったものよりもまず暖をとらないと、風邪をひいてしまう」
そう言えば私は今全身水浸しだった。
あれから辺りに落ちてる枯れ木を拾い、忍術で火をつけて暖を取ることができた。しかし、濡れてしまった服も最低限の下着を除き全て干しているため少し肌寒い。
あちらの私からすれば非科学的オカルト手法なのだけれど、こちらの私にとってはこれが当たる前なので全く違和感はない。
辺りもすっかり日が落ちてきて、少しばかりお腹も空いてきたので持っていた忍者食を少しづつ食べることにした。
正直あまり好きではないが、この際仕方がない。
「…………」
両膝を抱え、焚き火に当たりながら少しずつ物事を整理する。
どうして私に過去が二つあるのか、ここはどこなのか、なぜ左目がなくなってしまったのか。
自身の記憶が不確かな今、考えても仕方ないが、考えずにはいられない。
「……ん」
そうして考え続けていたからか、少しずつ目蓋が重くなっていって。
ついに私の意識は闇へと溶けていった。
「北見、この仕事明日までな」「はるか、君はいい子だ」「先輩すいません、ここがよくわからないんですけど」「いやぁはるか様がいれば五城家は安泰ですなぁ」「北見!!頼んでた案件は終わってるんだろうなぁ!!」「JAPAN一の忍びとなるように精進することだ」「北見さん、また残業ですか? あまり根を詰めすぎるのはよくないですよ」「本当に君は天才だよ、もしかしたら俺よりもお前が家を継いだ方がいいのかもしれないね」「北見さん、ここの報告書どうなってるの?」「オレは認めない! こんなのが妹だなんて」「先輩、今度どこか遊びに行きましょうよ!」「はるか、君は一族一の天才かもしれない、だけど才能に溺れて努力を怠ってはいけないよ」「はるかさん、次の土曜日って空いてますか? いえ、特に深い意味はないですけど、いいレストランを見つけたのでご一緒にどうかと思いまして」「君が風魔一の天才って噂の忍びかな、僕はーー、こちらは幼なじみの南条蘭、これから長い付き合いになると思うがよろしく頼む」「北見!! 次何かやったらクビだからな! ク・ビ・!」「北見、あんたって意外とおっちょこちょいなのね」「まーたあのハゲ部長の癇癪ですか? もうほんといい加減にして欲しいですよね、先輩が誰よりも頑張ってるの皆知ってるのに」「北見、あんた実は陰陽師の方が才能あるんじゃない?」「北見、次の土日も出勤しろ、異論は認めん」「妖怪王凶星九尾の復活、これはJAPANの存続を揺るがす大災厄だ、すぐに諸国に停戦と協力の要請を」「北見さん、大丈夫ですか? どことなく元気がないような気がしますし、一度病院に行ったほうが」「まさかあいつもついて来るとはな……いや、性格はともかく優秀なのには変わりない、お前もあまりちょっかいをかけるなよ」「北見、この案件明々後日までな、一秒でも遅れたら即刻クビだ」「まさか、あれ程の妖怪が出るとは、これは俺たちではどうにもならん、一刻も早く応援を頼むべきか」「先輩!? どうしたんですかその顔、まるで死人みたいですよ!」「足止めも限界か、仕方ない一時戦線を下げる」「おおご苦労さん、じゃあ次これな、明日の昼まで、締め切り破るなよ」「なぜだ!? なぜ陰陽師が俺たちに攻撃を!?」「北見さん!? ねえどうしたの北見さん!? しっかりして! 誰か救急車を!!」「まさかあいつがここまで愚かだったとは、そこまでして家を継ぎたいか……もはや俺はこれまでだ、はるか、お前だけでも生きろ」
ああ本当に、本当に嫌な夢を見た。
それは紛れもない過去の出来事、睡眠によって整理された過去の断片が一つの
「ああ、あちらの私は死んだのか……」
来る日も来る日も仕事に明け暮れたあちらの……いや、前世の私はおそらく過労で死んでしまったのだろう。
会社のため家族のためと無理難題とわかっていながらも断ることはできずに休みを削ってボロボロの体に鞭打って、もういつ休んだか忘れてしまう程に働き続ければ誰だってそうなるに決まってる。
そんなこともわからなかったのは、働き詰めで判断能力が落ちていたからか、それとも誰にも頼ることができなかったからか……。
今悔やんでも仕方がないが、流石に迂闊と言わざる負えない。
もっとやりたいこともあった、行きたい場所もあった、結婚だってしたかった。
未練や後悔は有り余るほどにあるが、もう全てが手遅れ。
バカは死ななきゃ治らないとはよく言ったものだ、本当に死ぬまで気がつかなかったよ。
「……雨?」
片膝に冷たい滴が落ちる。雨かと思い空を見ても雨雲は見られない。
もしやと思い左手を顔に当ててみると、もう光を宿すことのない目から涙が溢れているのに気づいた。
「やっぱり、結構きついよね、これ……」
死んだしまったこともそうだが、生まれ変わった世界が何よりも問題だった。
JAPAN、南条蘭、陰陽師、凶星九尾、北条家……ここまで来ればわかる人にはわかると思うが、よりにもよって私はどうやらランスシリーズで有名なルドラサウム大陸へ転生してしまったらしい。
「もっといい場所とかあったでしょ、イブニクルとかせめて3E2でも良かったからさぁ……」
地獄よりも地獄な場所、最強チートキャラでも気を抜けばBAD ENDへと転落しかねない難易度ルナティックな世界、それがランスシリーズである。
弱ければ死ぬか一生奴隷、強くてもさらに強い敵が現れるか、仲間に裏切られるか、あとはAL教から異端認定されたりするし、何よりここの世界の神々がどうしようもない程にふざけてるのでもう救いなんてない。
簡単に言えば、この大陸の創造主である白クジラ、ルドラサウムは人々が苦しむのを見ているのが好きなやつなのである。
一応ランスⅩ第二部で矯正可能ということが判明したものの、今は妖怪大戦争真っ最中のGI1012年。ランスⅩ第二部までまだまだ先である。
それまで私はどうすればいいのだろうか?
住む家もおそらくはあの愚かな方の兄によって手回しされているだろうし、尊敬していた方の兄者は此度の騒動で死んだ。頼ろうにも誰が敵で誰が味方かの区別だってつかない。
なら絶望してここで死ぬ? 論外、この世界は死んで救われるほど甘くはない。ていうか高確率で異物として消される。
なら外に出るか? リーザスあたりならしばらくの間は平和に暮らせるかもしれない。
「……いや、それだけじゃダメかもしれない」
ここが漫画やアニメの世界ならほっておいても主人公がなんとかしてくれたかも知れないが、残念なことにここはゲームの世界。
一般アダルト問わず、ゲームにはルート分岐やBAD ENDというものが存在する。
主人公のランスだって運が悪ければ死ぬし、思い入れのあるキャラが死んでしまうルートへ突入する可能性だってある。
そのそも、この世界が第二部へ続くかすら危うい。それほどに不確かで危険な世界なのだ。
「……やるしかないよね」
現状、全てを知っているのは私しかいない。
来るべき決戦に向けて力をつける必要がある。
人脈も広げよう、能力を極めよう、目的のためなら例え死人すら使ってやろう。
「取り敢えず最初にやることは……、私のことを舐め腐ったあの愚兄に痛い目を味わわせることだよね」
そうと決まれば善は急げ、早く体調を回復させるため今日はすぐに寝ることにした。