病気
彼女が記憶を取り戻して5年の歳月が流れた。
魔王ガイが異界より攫ってきた少女、来水美樹へ魔王が継承され、時代はGIからLPへと移り変わって早2年。
彼女は今、自由都市地帯にいた。
「……もっと……もっと働かなきゃ…………首を取らなきゃ」
正確には昼間の内から魘されていた。
LP2年、カスタムの事件が終息して幾ばくかの時が流れたある日のこと。
突如としてカスタムの街へ、いや自由都市地帯そのものへ戦争を仕掛けた国があったのだ。
その名はヘルマン共和国。後に帝国となる強大な軍事力を誇る大国である。
ヘルマンは今まで攻めあぐねていたはずのリーザス王国を驚異的な速度で占領するとそのまま隣接地であった自由都市地帯に狙いをつけ、直ぐ様に攻めいって来たと言うわけだ。
勿論自由都市の人々は抵抗し、何とか侵略を食い止めていたのだが、そこに思わぬ刺客が現れた。
リーザス軍である。
占領した王国の軍をそのまま戦場へと送り出す暴挙、通常であれば反乱が起きて然るべきな愚策であるが、ヘルマンにはある秘策が存在した。
洗脳。
リーザス軍人を洗脳し、自身の為に命を捨てる人形へと仕立てあげる人道に反する作戦を行ったのだ。
ヘルマンとリーザス、二つの大国の前に自由都市のレジスタンスたちが敗北するのは時間の問題かと思われた。
そんな危機的な状況の中、一人の少女がレジスタンスの本拠地へとやって来た。
そう、今そこで屍になっているはるかである。
カスタムの四魔女など、レジスタンスの中心人物たちが次の反抗作戦やら人員や物資の補充やらで奔走している中、突如として会議室に現れた彼女はこう言った。
「すいません~、凄腕の諜報員兼破壊工作員って募集してますか?」
まるでアルバイトでもするかのような気楽さでそう言った彼女を最初は誰もが警戒していたが、彼女がもたらした戦果と持ち前の人柄の良さによって一人また一人と心を開いていった。
ある日は一人でヘルマン軍の拠点を爆破したり、またある日はヘルマン軍の食事に下剤を混ぜたり、それまたある日にはヘルマン軍の指揮官を暗殺して首を目立つ所に飾ったり、またまたある日には敵軍の作戦をレジスタンスへと知らせるなどと、その見た目に反してとんでもない成果をレジスタンスへともたらした。
今ではカスタムの四魔女と並んでレジスタンスの中核を担う一人と呼ばれ、自由都市の人々から畏敬の念を集める存在となった。
…………たった一つの誤算を除いて。
ここまでの出来事は大体がはるかが目論んだ計画通りである。
彼女の目的のため、いつかは原作に関わることに決めていた彼女が選んだ舞台がここ自由都市地帯及びリーザス王国である。
ナンバリングで述べるならランス03と呼ばれる作品となる。
その前に存在した01と02は主人公であるランスが死ぬ危険性が低く、また会いたくない人物や狙われる危険があったため不参加としていたが、彼に出会うなら早いに越したことはない。
そこでここならば戦時のためランスは不特定多数の人々と関わりを持つこととなるため、自分がそこに紛れ込んでも不自然でないと考えたからだ。
まずレジスタンスの人々と交流を深め、そのままの流れでランスと知り合えば後の作品への参加も容易となると考えた。
そして先に述べた通り、彼女はレジスタンスの人々の信頼を勝ち取ることには成功した。
今では元いた住人と変わらない程に馴染み、カスタムの四魔女とも友人と呼べる仲となった。
……彼女が過労で倒れるまでは。
「いい、その熱が下がるまでここで寝てなさい」
綺麗な緑色の髪と眼を持った少女、魔想志津香がそう告げる。
「……はい、すいません、こんな大事な時期にこんな醜態を晒すなんて」
何故彼女がこのような事態に陥ったのか? それは彼女の性格が問題であった。
元より努力家、いや
レジスタンスや四魔女の面々と交流を深めるため、彼女が自身が持つ能力を満遍なく使い、その戦果を持って信頼を得る。その行動に間違いは無かっただろう。
しかし、忘れてはならないのは彼女の死因が過労死だった、と言うことである。
一度仕事にのめり込めば誰が何を言おうと気にも止めず、それが終われば次の仕事、それも終わればさらに次の仕事へとまるでロボットのように仕事を終えるだけの機械と化す。
だがそれでもここまで疲労することは無かっただろう。それだけ働いていれば誰かが止めるだろうし、そもそもそこまで仕事がある事態などほとんどないからだ。
実際前世の時はあの上司が自分の仕事や他部署の仕事を横取りして丸投げしていたからああなったのであって、それまでは適度に休めてはいた。
上杉家で働いていた時だって体力よりも仕事の方が先になくなっていたし、前世でも上杉家でも働きすぎだとちょくちょく彼女へ注意してくれる人たちもいた。
だがここは戦場、しかも大国二つを相手どる劣悪な状況、やるべきことなど山ほどある。
睡眠時間を削り、食事は最低限、一つ終われば次の場所へ全力ダッシュ。そんなことを続けていればいくら前世より丈夫な体になったとは言え倒れるに決まってる。
そして彼女は忍である。忍者とは刃の下に心を隠す者、忍耐と言う文字にもあるように忍は耐える者とはよく言ったものでどんな状況にでも耐える訓練を彼女は幼い頃より受けて育った。
どれだけ疲労困憊でも表情ひとつ崩さず、淡々と仕事をこなす彼女。近しい人や長く交友のある人物ならばそれに気付けたかもしれないが、ここの住人たちが彼女と過ごしたわずかな時間でそこまで辿り着けるわけがなかった。
また、ここがルドラサウム大陸だったと言うのも彼女が無茶をした要因だろう。
一つ間違っただけで破滅しかねない魔の大陸、創造神の玩具箱、そんな世界の、しかも原作の話に介入しようと言うのだからこれまで以上のプレッシャーを感じていたに違いない。
自分のせいで世界が滅ぶかもしれない、馬鹿な話かもしれないがそれが起こりうるのがこの世界なのである。
だからこそ不安要素を極限まで排除し、できる限り戦況を改善した上で主人公を迎える。その一念だけが彼女を動かしていた。
……まあ、だからと言って倒れては元も子もないだが。
「いいのよ、貴女よくやってくれてるわ、貴女のお陰で少しの間はあちらも準備に時間が掛かると思うし、その間ゆっくりしてなさい」
すみません、とはるかは繰り返し、瞳を閉じる。
暫くすると呼吸も穏やかになり、眠りに落ちたように見えた。
それを確認すると志津香は廊下へ向かう。
足音が遠ざかり、扉を閉める音がする。
それを確認するとぱちりと眼を開けるはるか。只の狸寝入りである。
「えっと熱冷ましは飲まされたから、毒と着替えと暗器と式札と……あれ、これメモ帳だ式札式札」
朦朧とする視界から目的の物を探す。
「はい、これよね」
「ああ、ありがとうござい……ます」
すっと差し出されたそれを自然と受け取り、固まった。
ゆっくり恐る恐るそちらを見てみれば、そこには笑顔の志津香がこちらへ式札を差し出していた。
「えっと、あの、出ていったのでは?」
「あれはね、扉を開けて閉めただけ」
そう、彼女は実際に出ていったわけではなく、そう見せかけてはるかの事を監視していたのだ。
その程度の悪戯に気づけないほど弱っている事に志津香は少なからず衝撃を受けた。
このような状態で行かせては間違いなく死ぬ。決してこの部屋から出してはならない。
「あの、志津香さんも作戦会議とか」
「どこかの誰かさんが大暴れしてくれたおかげで結構余裕があるの、だから寝てなさい」
「いえいえ、あと他にも情報収集したり首を取ったり薬をもったりリーザス城の門に細工したりテロったり偽情報流したり城内に侵入する足掛かりを作ったり新しく買った武器の整備したり一般人の避難を誘導したりテロ用の式神を「もういいから寝てなさい、《スリープ》」、あう……」
聴いていられなくなり睡眠魔法で眠らせる。
普段なら回避なり抵抗なりできた魔法だったが、疲労困憊な今の彼女にそれほどの力は残っておらず、あっさりと眠りに落ちてしまう。
倒れた彼女をベッドまで運び、優しく布団をかける。
「全く、どうしてここまでしてくれるのかしら……」
志津香から、いやレジスタンスから見ればある日突然やってきて毎日必死に働く謎の少女。
どうしてこちらへ来たのか、なぜ手を貸してくれるのか一切話はしないが、その分戦果を上げてくれているので不満を持つ人はほとんどいない。
志津香以外の四魔女は彼女に心を許しているし、志津香自身もなんだかんだで認めてはいる。
しかし、同時に彼女のことが不気味に思えて仕方ないのだ。
彼女は余所者でカスタムとは縁もゆかりもない、それは本人も言っていたし、名前からしてもこの辺りの出身ではないのはわかる。
なら何故ここまで尽くしてくれるのか? ここまで体を酷使してまで守るものがこの街にあるというのだろうか?
明らかにメリットとデメリットの計算が狂っている。ここまでしてくれる意味が志津香にはわからない。
「あいつみたいに分かりやすかったらここまで悩むことはなかったのかもーーって何考えてるのよ私は!?」
とある男のことが脳裏に浮かんだが、その男の事は考えたくもなかったので直ぐに忘れようと努める。
この事があった数日後、まさかその男がこちらへとやって来るなどとはこの時の志津香には思いもよらなかった。