自分の感情が、常軌を逸していると自覚したのは
周りは少女の事を『人形姫』と呼んだ。
淡々と、時には激情に駆られながら幾多ものモンスターを屠り去る姿を見て、二つ名をもじり『戦姫』と揶揄されていた事も知っている。
とにかくモンスターが憎かった。
憎くて憎くて、瞋恚の炎を燃やさない日などない程だった。
醜い怪物共を、この世から一匹残らず殺し尽くしてしまいたい。
その悲願を果たす為ならなんだってできる。
どんな厳しい訓練にも耐えてみせる。
どんな絶望に見舞われても乗り越えてみせる。
普通の女の子みたいにオシャレや恋愛なんかも要らない。
とにかく、どんな手を使ってでも強くなりたい。
その結果、自分の身を滅ぼす事になったとしても……どうしても、両親の仇を取りたかった。
―――僕、姉ちゃんが死んじゃう方が嫌だ……。
けれど、その言葉が少女の心を満たしていく。
在りし日の夜、実の弟から告げられた一言が、彼女の決意をいとも容易く溶かしていくのだ。
もし、自分が死んだら弟が悲しむ。
何より、大好きな弟と会えなくなってしまう。
仮に不倶戴天の敵たる『あのモンスター』を倒す事が出来たとしても、そんな結末を迎えてしまったら本末転倒であるように思えた。
勿論、少女は相も変わらずモンスターの事を憎んでいるし、根絶すべき存在だと本気で考えている。故にスキル『
でも……。
それでも、以前ほど心がモンスターの根絶を求めなくなってしまった……。
結局、少女にとっては両親の仇より、弟と過ごす時間の方が大切だったのだ―――。
その事を彼女が自覚するのは、もっとずっと先の話なのだが……。
: :
アイズ・ヴァレンシュタインは、モヤモヤしていた。
現在地は、ダンジョンの上層域。
そこで探索を続けるとあるパーティーを、彼女は尾行している。
それは何故か?
理由は単純で、構成員の中に『弟』がいるからだ。
パーティーそのものではなく、弟を尾行していると言い換えても良い。
マシロ・ヴァレンシュタインとの仲直りの糸口を掴む為の行動である。
無論、これはアイズの独断専行だ。
フィンからのゴーサインは出ていない。
それでもアイズは動いてしまった。
先日の『やらかし』で、再び冷え切ってしまった弟との関係をどうにかしたい一心で。
そんな姉の視線は、しかし弟ではなく、彼のパーティーメンバーである少女に向けられていた。
大きなバックパックを背負い、フードで頭部をスッポリと隠したサポーター。
一見
どうやら彼女は、ベル・クラネル……元々マシロと臨時パーティーを組んでいた白髪の少年と知り合いだったらしく、彼が引き入れる形でパーティーに加わったらしい。
正直、女の子が入った事にヤキモキしない訳ではなかったが、別に『マシロと二人きり』という訳ではないので、この時点ではアイズもそれほど気を揉んではいなかった。
だが、その考えが甘かったと、【剣姫】は直ぐに思い知る事になる―――。
ダンジョンに入った一行は、何度かの戦闘を終えて、ルームで休憩を取り始めた。
すると、周囲を警戒しながらも程良く弛緩した空気の中、サポーターの女の子が何やら熱弁を始める。
相手は、ベル・クラネルだ。
距離が離れている為、内容は聞き取れなかったが、それでもベルが困っているという事だけは分かる。
思わず身を乗り出しそうになったアイズだったが、微かに聞こえてきたマシロの声に我に返った。
物陰から再び彼らの様子を静観する。
どうやら弟は、ベルに助け舟を出してあげたらしい。
やさしい……と、アイズはホクホクする。
だが、浮かれた視線を戻した瞬間、その異変に気が付いた。
……何か、パーティーの空気が重い。明らかに場の雰囲気が悪くなっているのだ。
多分……原因はマシロだろう。
アイズはその様に当たりをつけて弟の後姿を視界に入れた。
あの子はとても優しいが、かなり口ベタなところがある。
二人に勘違いされるような事を言ってしまった可能性はゼロではない。
サポーターの少女はともかくとして、ベル・クラネルに嫌われてしまうのは姉として複雑な気持ちだった。
せっかく出来たお友達が、弟の前から居なくなってしまうかも知れない……。
アイズがしょんぼりしていると、また事態が動いた。
少女がベルに向かって謝罪を始めたのである。
声を振り絞りながら何度も何度も頭を下げている。その悔恨にまみれた泣き声が此方まで届いた。
そして、ベルが何かを告げた後、彼女の涙が感涙に変わる。
そのまま、サポーターは白兎の手を取って満面の笑みを浮かべた。
正直……とても可愛らしい、素敵な笑顔だと思った。
先の告白を聞いて、アイズはこの時、少女に対して『好感』に近い感情を抱き始めていたのだ。
懺悔の言葉を聞く限り、彼女はかなり出過ぎた提案をしてしまったらしい。
だが、それも全て、ベルの役に立ちたいと思うが故の過ちだ。
ただ熱意が空回りしてしまっただけで、とっても良い子ではないか。
だと言うのに、弟の前に現れた異性というだけで嫉妬してしまうなんて……。
ごめんなさいと、アイズは素直にそう思う……。
「………………は?」
その光景を目の当たりにした瞬間、アイズのサポーターに対する心証は180度変貌した。
戻った・と言っても良いかも知れない。
一体何をやっている?
実の姉たる自分ですら取れないその手を、どうして取ろうとしている……?
ティオナやレフィーヤ達にだって最近は嫉妬しかけるのに……。
なのに、どうして部外者のお前なんかが……っ。
アイズは一気にドス黒い感情を抱いた。
それは、まるでマグマのようだった。
とても一つの
その瞬間、少女は寸前で手を引っ込めた。
威圧感が伝わったのか、はたまた別の理由なのかは分からないが、ともかく弟の手が汚されずに済んだのだ。
アイズはホッと胸を撫で降ろした。
: :
その日も、マシロ・ヴァレンシュタインは、ベル・クラネルやリリルカ・アーデと共にダンジョンに潜っていた。
進出階層は、三日前と変わっていない。
今日も、これからも……少なくとも自身が同行しているうちは、その方針を変えるつもり等なかった。
なかったのだが……。
その認識を改める必要があるのかも知れないと、マシロは今、割と本気で考えていた。
眼前には、大量のモンスターと戦う新米冒険者、ベル・クラネルの姿がある。
流れるような所作だ。
美しい体裁き。
黒く煌めく短剣の軌跡が、弧を描きながら噴き出す真紅の液体と交わり、薄暗い迷宮の空間で輝いている。
それは、まるで変則的な舞を踊るほうき星の様だった。
かなり上から目線の評価になってしまうが、見事としか言いようがない。
ほうき星が舞う度に、モンスターの数は着実に減っていく。
勿論、怪物共のレベルが低いからというのもあるだろうが……最早この動きは―――。
「あ、あの……もう良いんじゃないですか? コレ、下の階層に降りても……」
左隣から、そんな声が聞こえて来る。
声の主が誰かは分かっていたが、マシロは視線だけを其方に向けた。
リリルカ・アーデ。
パーティーのサポーターを務める茶髪の少女が、戦いに釘付けになりながら冷や汗を流していた。
普段の様な、綺麗に整えられた声音や口調ではない。
恐らくこれが、彼女の素なのだろう。そんな喋り方をしてしまっている点からも、リリルカの驚嘆が伺える。
ハッキリ言って、マシロも同じ気持ちだった。
「……そう、だな」
正直、これを見てまだ『この階層に留まるべき』と主張するのは不毛でしかない。意地になって、自分の意見を曲げられない哀れな奴だと思われるのがオチだろう。
それ程までに、今のベルは強い。
「……」
最初に彼とダンジョンに潜ったのは三日前だ。
その時でさえ、既に新人離れした身体能力に驚かされた記憶がある。
二日前……一昨日は、このリリルカを加えての探索となった。
マシロはこの日、彼女の進出階層を更新するべきという提案を一蹴したが、それは頷けば主導権を渡すモノだと思ったからだ。
正直、
昨日の攻略は、怪物祭の兼ね合いで見送っている。
そして、今日―――。
ベル・クラネルは、異常とも取れる成長を見せている。
それこそ、この階層程度なら
「ふう、数が多くて最初はビックリしたけど、どうにかなったよ……」
そんな事を言いながら、ベル・クラネルは戻って来た。
あれだけいたモンスターは、一匹残らず消失している。
この無害そうな白兎たった一人の手によって、いとも簡単に全滅させられてしまったのだ。
「流石です、ベル様!」
魔石を回収する為に、リリルカがベルと入れ替わる。
そして、マシロの隣まで来ると、タハハと後頭部を掻いた。
「流石にあの数は心臓に悪いね……。倒しても倒してもキリがないし、ちょっと焦ったよ」
「……」
まるで自分の未熟を恥じるような事をベルは言う。
正直、同期の冒険者が聞いていたら嫌味にしか聞こえない発言だろう。
ベルに特段疲れている様子はない。
息を乱してその場に座り込んでも仕方のない場面で、暢気にパーティーメンバーに笑いかけている。
無論、大怪我もしていない。
目立つ外傷は左頬に出来た数本の掠り傷のみ。防具はそれなりに汚れてしまっているが、そんな事は些末な問題だ。
一体どこの世界に、数十のモンスターと戦って、その程度の消耗で済ませる新人がいる。
普通は死を覚悟して当たり前。
半ばイレギュラーに近い状況に、自身の不運を呪って然るべき場面の筈だ。
ハッキリ言って、彼はLv.1の時の
いや、それどころか大半の冒険者達の
唯一負けていないと断言できるのは、精々【剣姫】ぐらいのモノだろうか。
「ベル、一階層下るぞ」
「え……!?」
その提案に、ベルは仰天した様に目を丸くした。
どうやら、『これなら進出階層を増やせるかも……』という期待は一切持っていなかったらしい。
「今のお前なら、こんなトコに居ても不毛なだけだ。エイナ・チュールも文句は言わないだろう」
「で、でも、この前は暫くこの階層に留まるって……」
「俺は『今のお前なら』と言った筈だぞ。一昨日のお前なんか知らねぇよ」
「……! そ、そっか……神様は成長期って言ってたけど、ホントに強くなってるんだ、僕……!」
嬉しさを堪え切れない。
そんな様子で震えるベル・クラネルに、マシロはつい口が滑った。
「当然だろ。お前が強くなってないなら、俺はなんなんだ」
「あ、そ、そうだよね。せっかくマシロが見てくれてるんだから、強くなってて当然だよね」
「……っ」
失言をしてしまったと慌てて弁解してくる白兎。
マシロは「そういうんじゃねぇよ……」とほぼ無音で呟きながら、魔石を拾うリリルカを手伝い始めた。
「ご、ごめん! 僕も!」
ベルもすぐさまそれに習う。
「手助けは不要だから休んでいる様に」と注意を飛ばすサポーターを無視しながら、マシロは、黙々と収集作業を続けた。
その時彼の脳内を埋め尽くしていたのは、魔石集めとは全く関係のない思考だったが。
ベルが冒険者になったのは約半月前だと、本人から聞かされていた。
半年ではなく、半月だ。
その言葉を鵜呑みにするなら、彼は冒険者になってから、まだ一ヵ月も経っていないと言う事になる。
だというのに、こいつはLv.1の最上位クラスまで到達している。
正直、もう一つどころか、二つ階層を下っても問題ない。
一昨日は、この階層でさえ隙を付かれたら危なかった筈なのに……。
―――成長期だと? ふざけるな。そんな次元の話じゃねぇ……!
戦闘技術という点では、ベルはまだまだ凡庸だ。
いや、冒険者歴二週間と考えれば十分すぎる域に達してはいるが、それでもまだ『すごい』の範囲内。
生きの良い新人が出て来たと、先達冒険者たちが沸き立つ程度のレベルだろう。
だが、身体能力……『ステイタス』の値は、確実にLv.2昇格ラインに到達している。
未だ大半の冒険者がLv.1で燻っていると言うのに、たったの14日で。
こんなの、幾ら何でも異常事態すぎる。
もし、今後もこの速度で成長していったら
マシロの脳裏に、自分を追い抜いたベル・クラネルの姿が浮かんだ。
今はか細く弱々しい人畜無害な白兎が、逞しい歴戦の勇者に成長した姿だ。
……そして、彼の隣には【剣姫】が居て―――。
「……ズ様……【リトル・アイズ】様!」
「……!」
耳朶を叩いたその声に、マシロは弾かれた様に頭を上げた。
リリルカとベルが、それぞれ不思議そうにマシロの顔を見ている。
「どうしました? ボーっとされて……らしくない」
「大丈夫? もしかして体調悪い?」
その質問に、マシロは漸く状況を理解した。
眼前には下階に通じる階段がある。
降りる前に、Lv.3である自分に最終確認を取っていたのだろう。
「あ、ああ。なんでもない」
誤魔化す様に顔を逸らす。そして、一言だけ返した。
「行くぞ……」
先導する形で、一足先に下り階段に足をかける。
コツコツコツと、足音が鳴る。
それに追従するかの様に、別の足音が二種類ほど産声を上げた。
階段を降りながら、マシロは自分に言い聞かせる。
くだらない事を考えるな。
ここはダンジョン。
怪物達の楽園だ。
まだまだ上層域だが、油断すれば足元を掬われる。そういう場所だ。暢気に考え事なんて以ての外……。
その様に、自戒していた時だ。
不意に、リリルカがベルに尋ねた。
「そう言えばベル様……今日は一昨日とは武器が違うんですね?」
「ん? ああ、うん」
ベルは答えながら、指摘された武器を取り出した。
その音を聞きながら、マシロも彼の方へと顔を向ける。
新米冒険者の右手に握られていたのは、【
戦闘中は『武器が変わっているな』程度にしか思っていなかったが、こうして改めて見てみると、それがトンデモナイ業物であると言う事が分かる。
言い方は悪いが、低レベル帯の冒険者に持たせるような武器ではない。
「お前……そんなモンどこで……」
「えっと、神様……ヘスティア様が、僕の為に用意してくれて……」
驚愕しながら訊くと、ベルは照れくさそうに頬を掻いた。そして、同時に嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ベル様は、主神様に大切にされているんですねー」
「いや、そんな事……」
リリルカの指摘に、再び照れるベル。
正直その事について謙遜する余地があるのかと思いながら、マシロは見逃さなかった。
「でも、ベル様はきっとこれから大活躍間違いなしの冒険者様ですし、ちょうどいい先行投資かもしれませんね!」
黒いナイフを見たサポーターの瞳が、猛禽類の様に鋭くなったのを―――。
お読み頂きありがとうございました。
勝手ですが、現状の各キャラクターの好感度を載せさせて頂きます。
因みに10段階評価です。
リリ→ベル君:4
リリ→マシロ:3
ベル君→リリ:7
ベル君→マシロ:7
マシロ→ベル君:5
マシロ→リリ:3