剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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紛らわしくてすみません。最新話ではなく再投稿です。

『豊穣の女主人』でのエピソードの進みが余りに悪く、このままではまた意味もなく話数を重ねてしまうと判断した為、誠に勝手ながらこの様な形にさせて頂きました。
(ただの修正では、最新話を投稿した際、皆様を混乱させてしまうと思いましたので……)


修正した箇所は前述の通り『豊穣の女主人』でのやりとりになります。
『::』←コレの下の部分になります。
また、前書きに変更後の要約を載せておきますので、ご一読頂けますと幸いです。



【変更後の要約】

マシロに好きな人が出来たと盛り上がるティオナ、ティオネ、ベル。
突如、眷属との二人きりを邪魔されたヘスティアは、楽しそうに談笑する彼らに不満を募らせていた。
そして、自身と同じ様にこの空間に馴染めずにいる少女、アイズに声をかける。
予想通り彼女は、弟の恋バナには参加したくない様で、『彼女を作る手伝いをしよう』という流れを嫌がっている様だった。
しかし、弟の幸せを願って『やめて』とは言えない様子。
自分を押し殺すその行為を下らないと思ったヘスティアは、口八丁でアイズの本音を曝け出す。
その告白を聞いたヒリュテ姉妹は、『普段見ているアイズの、マシロへの態度のギャップ』に驚きつつも納得。
『ヴァレンシュタイン姉弟の仲直りの手助け』を申し出た。
しかし、ヘスティアはそんな事をする必要はない断言する。
そして、『勇気を出して、マシロと話してみると良い』と、アイズにそうアドバイスを送るのだった。



上手くまとめられたかは分かりませんが、とりあえずこんな感じです。
多分これさえ読んで頂ければ大まかな内容は把握して頂けると思います……。

勝手をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。



第十五話

「ああ、ムシャクシャします……ッ! 何なんですか、あのガキンチョは……ッ」

 

夕日の沈みかけた迷宮都市オラリオ。

そこに存在する無数の路地裏の一角で、小さな石と文句が舞った。

 

放物線を描きながら落下した石ころは何バウンドかした後、コロコロと地面を転がっていく。

小石(それ)が静止したのは、……日陰と日向の境目だった。

 

「……ッ」

 

蹴者の少女、リリルカ・アーデは息を呑む。

日向(そちら)には行けない』。

まるで、そう言われている様で、彼女は酷く気分を害した。

 

『お前は絶対逃げられない』

『日の当たる場所には出られない』

 

嘗て告げられた同僚の肉声が脳裏に響く。

大嫌いな下賤な声だ。

グッと唇を噛む。

血の味が滲むと共に、幻聴が遠のいていく。

やがて、耳が痛むほどの静寂がリリルカの鼓膜に帰還した。

 

「うるさい……分かってるんですよ……。今に見ていて下さい。今度こそ、リリは……」

 

そんな悪態を吐きながら、彼女は誰に聞かせるでもなく……寧ろ誰の耳にも届かない様な声量で、その言葉(・・・・)を空気に溶かした。

 

「【響く十二時のお告げ】……」

 

ビュウゥゥウゥゥゥ―――!

 

瞬間、一際強い風が発生。

被っていたフードが煽られた。

即座に手で押さえつけようとしたが、一歩遅い。

リリルカの頭髪を隠匿していたソレは、いっそ薄情なほど呆気なく己の役割を放棄してしまった。

 

白日の下に晒されたのは綺麗な栗毛。

そこに、亜人や獣人の様な『特徴な耳』はなかった。つまり、彼女の種族は『ヒューマン』か『小人族(パルゥム)』のどちらかに絞られたという事だ。

 

「……くッ!」

 

憎々しい顔でフードを被り直し、リリルカは慌てて周囲の確認を行う。

念入りに確かめ、『誰もいない』という確信を得た彼女は、ホッと息を吐いた。

が、次の瞬間―――荒れる。

 

―――くそ……くそ…くそくそ!

 

小さな足で地団太を踏む。極力音を響かせない様に……。

 

―――もう、本当にふざけないで下さい……! なんで、あんなタイミングで風が吹くんですか⁉

 

―――誰にも見られなかったから良かったものの……もし、ベル様に見られていたら全部ご破算じゃないですか!

 

―――つくづく気に入らない……本当に邪魔な奴です! 【リトル・アイズ】……!

 

気付けば彼女の怒りは『風』ではなく、とある『風使い』の冒険者へ向いていた。

無論、先程の突風とあの少年が無関係なのは分かっている。

分かってはいるが……そもそもリリルカは、彼のことが嫌いなのだ。理不尽だろうが何だろうが、怒りを向けずにはいられない。

 

マシロ・ヴァレンシュタイン。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの実弟にして、(彼女)と同じく風の魔法を扱う第二級冒険者。

 

折角見つけたベル・クラネル(カモ)にベッタリとくっつく疎ましい存在。

Lv.3の彼が騎士(ナイト)気取りで目を光らせている所為で、少女は下手に動く事が出来なくなってしまった。

 

「チ……ッ、姉の七光りでしかない癖に、調子に乗って……ッ‼」

 

積りに積もった不満……それが遂に音になって外界に漏れる。

ハッとして、直ぐに口を押えたリリルカだったが……。

 

パチパチパチ。

 

場に、乾いた拍手が鳴り響いた。

まるで、『手遅れなのにご苦労』と、そう労っているかのように。

普段の彼女なら、その煽りに憤りを感じる所だったが、今はそれどころではない。

 

聞かれた。

見られた。

人がいた。

その事実に混乱しながらも、少女は音のする方……反対側の通路を睨みつけた。

 

まだ闇しか見えない。

けれど、確実にそこに潜んでいるのは分かる。それだけの存在感が、影の中にあった。

 

ドクンドクンと自身の心音が喧しい。

けれど、そんな状態でも……拍手の中に足音が混入し始めたのを、リリルカは聞き逃さなかった。

足音も拍手も、どんどん大きくなっていく。

否、近づいて来る。

 

もう、姿を現す―――。

 

 

そう生唾を飲み込んでから、既に数秒の時が刻まれた。

だというのに、音の主は未だに姿を見せない。

一体どういうことなのかと小さく首を傾げたタイミングで―――。

 

 

「こっちだよ。リリルカちゃん」

 

 

「……⁉」

 

直ぐ背後から……本当にすぐそこから肉声が聞こえて来て、リリルカは弾かれた様に振り返った。

並行して、全力で距離を取る。

顔を上げると、黒いフードを被った人物が立っていた。

邂逅の仕方の影響もあるのかも知れないが、ネットリとした……肌に纏わりつくような嫌な空気を感じる。

自然と、リリルカの警戒心は最高潮まで高まった。

 

「誰ですか……貴方は?」

 

フードと暗がりのせいで、顔までは分からない。

けれど、声と体つきから、男の冒険者だろうという推測は立つ。

 

「リリに何か御用ですか? 見ての通りリリは、しがない―――」

 

「………君の気持ち、凄く良く分かるよ。アーデちゃん」

 

「はい……?」

 

不意に放たれたのは情緒たっぷりの声だった。

当然困惑するリリルカだが、そんな彼女を男は置き去りにする。

 

「本当に良く分かる……。あぁ、可哀そうに……」

 

「あ、あの」

 

「許せないよね、【リトル・アイズ】。そう、アイツだけは許しちゃいけない。やっぱり君もそう思っていたんだよね」

 

「ちょ……」

 

「思った通りだ……。僕の、ね。うんうん」

 

「…………」

 

リリルカは理解した。

目の前の不審人物は、『人の話を聞かないタイプの人間』なのだと……。

激しくこの場から離脱したい衝動に駆られるが、精神力を振り絞って足を地面に縫い留める。

 

「……初対面の相手に自分語りは嫌われますよ? それに、どうしてリリの名前を知っているんです?」

 

この男は得体が知れない。

というか、気持ちが悪い。

そんな相手に一方的に名前を知られているのだ。

どういう経緯で漏れたのか、最低でもそこだけは明らかにしておきたかった。

けれど……正常すぎるその判断を、彼女は直ぐに悔いる事になる……。

 

「だって僕、君達をずっと付けていたから……。名前を耳にする機会くらい何度もあったよ」

 

「……ッ」

 

本当に気持ち悪い。

いけしゃあしゃあと成された男からの返答に、リリルカは戦慄を禁じ得なかった。多分、ストーカーというのはこういう人種の事をいうのだろうと理解を深めていると、不意に男の片手が此方に向けられた。

 

「ねえ、リリルカちゃん。手伝ってあげようか。君の計画」

 

「……計画? なんの事ですか?」

 

ドキリとしながらも、少女は気丈に振舞う。

これ以上、この男に踏み込ませてなるものか・と。

けれど、そんな心持ちも、コイツは子供のように踏み荒らした。

 

「なんの事って……、『ベル・クラネルのナイフを奪う計画』の事だよ。あの【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれてる奴」

 

「―――⁉」

 

なんで、という言葉が出る事だけは、なんとか阻止した。

けれど、動揺はモロに表に出てしまった様で、男の笑みが深まった気配を感じる。

憎々しく思いながら、リリルカは変わらず否定の言葉を吐き出した。

手遅れだとは分かっているが、彼女にはそれしか選択肢がない。

 

「あ、生憎ですが、皆目見当も付きません。冒険者様の私物を盗むだなんてトンデモない。リ、リリは平凡なサポーターですので」

 

「そんな事言わないの。めっ」

 

「―――⁉」

 

息が詰まった。

心臓が止まりそうになった。

温度を感じた……唇に。

気が付けば少女の唇には、男の一本指が添えられていた。

 

それはつまり、またもや彼の急接近を許しているという事で―――。

再び距離を取ろうとするも、その前に男に片腕を掴まれてしまった。万力の如き力を感じて、とても振り払えそうにない。

 

「ナイフを奪うには【リトル・アイズ】が邪魔だよね。だから、君は今、こんな作戦を立てているんじゃないのかな?」

 

「え……?」

 

「【リトル・アイズ】の目を盗んでナイフを奪うのは至難……。ならいっそ、奴を孤立させればいい」

 

「……ぁ」

 

リリの口からそんな音が漏れた。

男の語ったそれは、本当に彼女の考えていた作戦の一つだったのだ。

より正確に言うならば、現状少女が【リトル・アイズ】を出し抜く上で最も効果的かつ、無理の有る(・・・・・)作戦だ。

 

「例えば、奴にしか対処できないレベルのモンスターを出現させる。つまり、『異常事態(イレギュラー)』を引き起こすという事だね。そうなれば、リリちゃんはベル・クラネルと共に自然な形で奴から離れる事ができる」

 

そう……自分にしか対処できない脅威が現れた場合、【リトル・アイズ】はまず間違いなく一人で対処しようとするだろう。

間違っても保護対象であるベル・クラネルや、戦力の足しにもならないサポーターなどには頼らない。寧ろ、足手纏いだと突き放し、避難を推奨する筈だ。

十中八九、ベル(標的)と簡単に二人きりになれる。

そして、逃げた先でモンスターに襲わ―――。

 

「そして、逃げた先にも手頃なモンスターを用意しておく」

 

「……な」

 

「そうだなぁ……君が隙を付いてナイフを奪える程度の速度で戦闘が展開しなければならないから、『ベル・クラネルがギリギリどうにかできる程度の相手』が妥当かな?」

 

「なんで……」

 

そこまで知っている……。

思考を読み取る力でも持っているのか……?

男はいつしか、少女にとって蔑みではなく畏怖の対象となっていた。

 

「問題は(Lv.3)を苦戦させる程の『異常事態(イレギュラー)』を発生させなければならないという点だね。階層を下げれば幾らでも選択肢は広がるけど、奴は臆病だから許可しない」

 

「……」

 

「モンスターをテイムして連れて来るのも、怪物進行を起こすのも現実的じゃない。前者は技術的に不可能で、後者は安全面に問題があり過ぎる」

 

そう、結局は机上の空論なのだ。

上手くいけば必ず【リトル・アイズ】とベル・クラネルを引き離せる。混乱したベルからナイフを奪う事はさほど難しくはないだろう。

しかし、実行する手段がない。肝心なところが宙に浮いている。

 

「だから、僕がモンスターを連れて来てあげる」

 

「なんですって……?」

 

出し抜けに放たれたその言葉に、リリルカは目を見開く事しかできなかった。

信じられない。

そんな気持ちを十全に双眸に乗せるが、奴の自信満々な声は乱れない。

 

「僕なら、十分奴を苦戦させる程のモンスターを連れて来れる。下層……なんなら、深層モンスターを呼び出しても良い」

 

「な……⁉」

 

「はは、冗談だよ。でも深層のモンスターを用意できるというのは本当。選択肢が多くて魅力的でしょ?」

 

それが真実なのか、虚偽なのか……リリルカには判断が付かなかった。

この男の真理は一切読み取れない。

読み解きたくないと、本能が拒絶してしまっている面もあるのかも知れないが……。

けれど確かに、この作戦に於いてモンスターの選択肢が多いのは良い事だ。

 

「そうですね……大変魅力的です。ですが解せませんね。本当に貴方にそんな真似ができるとして、リリを利用する理由はなんですか?」

 

「ははは、利用だなんて人聞きが悪いなぁ」

 

朗らかに笑う男に、リリルカは詰め寄る。

 

「はぐらかさないで下さい! 貴方にはリリに手を貸す理由がない! 随分と【リトル・アイズ】がお嫌いの様ですが、こんなみみっちい作戦の片棒を担がずとも、貴方が直接手を下せば済む筈でしょう⁉」

 

深層モンスターを上層まで連れて来ることが出来る程の実力者。

その自己評価に偽りがないのであれば、そのくらい余裕な筈だ。わざわざ少女の作戦を手伝う手間(ノイズ)を挟む必要など何処にもない。

 

「そうだね。真実……その通りだよ。僕はアイツが嫌いだ。今すぐにでもあの小さな頭蓋をこの手で割ってやりたい。そして、それができる程の力が、僕にはある」

 

呪詛めいた声。

先程迄とは趣の違う圧倒的な殺意を、リリルカは男から感じ取った。

恐らく、この言葉に嘘偽りはない。

比喩抜きで、彼は発言通りの凄惨な殺し方を実行したいと考えている……。

 

「だったら……」

 

「でも、事情があるんだ。僕は奴に直接手を下せない。いや、下したくない。だから、君の作戦という蓑に隠れたいのさ」

 

「そ、その事情と言うのは……」

 

ここで男は大仰に首を横に振った。

 

「残念だけど、話せないかな。あまり初対面の人の内情に踏み入るのは良くないよ、リリルカちゃん」

 

お前が言うなと思いつつ、口を割らせる手立てがないので押し黙る。

その隙に、男は更なる甘言を垂らしてきた。

 

「さて、どうする? 僕と手を組めば、作戦成功を約束するよ。君は無事あのナイフを手に入れて、君を縛る鎖から解放される。晴れて自由の身だ」

 

「……!」

 

少女はその言葉に揺れる。

分かっている。この男は信用ならないと。

この男の言っている事は都合が良すぎる。

必ず大きな代償を支払わされるに違いない。

 

けれど、鎖からの開放。自由の身。

それは、リリルカにとっては甘美過ぎる言葉だった。

あのナイフを手に入れれば、決して絵空事ではなくなる未来……。

 

「でも、決断を先送りにしていたら取り返しがつかなくなる。ベル・クラネル……奴の成長速度は僕の目から見ても『異常』だよ」

 

「……!」

 

しかし、ここで一気に現実に引き戻される。

そうだ。

そうなのだ。

ベルは信じられない速さで強くなっている。

あり得ない話だが、日を跨ぐほどに目に見えて・だ。

仮に【リトル・アイズ】を分断できたとして、その先で成長したベルからナイフを奪わなければならない。

 

 

 

時間をかけて良い事などないのだ。

 

リリルカの中で、答えがほぼほぼ決まる。

しかし、最後。

あと一歩。

どうしても彼女を踏み止まらせるものがあった。

アレを確認してから出ないと、安易にこの男の……というか他人の手は取れない。

聞きたくないと思いつつも、彼女はその言葉をひねり出す。

 

「せ、成功報酬は……」

 

無論、貴方へのという意味だ。

それを聞いた瞬間、男の双眸が闇の中に輝いた。

少女はビクリと肩を震わす。

同時に、路地の塀に止まっていたらしい鳥達が飛び立っていった。

 

その光は、数多の冒険者たちが瞳に宿す猛獣の如き輝きで―――舌なめずりをしながら、獲物を見定めるかの様に、男は答えた。

 

「【リトル・アイズ】の絶望……それが僕の求める、最高の報酬だよ」

 

 

 

 

: :

 

 

 

 

―――ぬおぉぉぉお! なんで、こうなるんだぁぁぁああぁぁ⁉

 

 

夕暮れ時の豊穣の女主人……。

唯一の眷属であるベルと夕食を舌鼓していたヘスティアは、今現在……激しい不満と後悔に駆られていた。

 

無論、ベルとの食事を後悔している訳ではない。

それは寧ろ望むところで、金と時間の許す限り、毎日でも二人きりの団欒を過ごしたいと思っている程だ。

 

けれど、だというのに……そんな水入らずを邪魔する不届き者が、今、目の前にいる……。

女神の視界に収まっていたのは、この迷宮都市に於いて『最大派閥』と称されるファミリアの子供達だった。

 

人好きのする笑顔を振りまく活発なアマゾネスの少女と、その姉を名乗る豊満な双丘を持った少女。そして、女神と見紛う程の美貌と儚い雰囲気を同居させた金髪金目のヒューマン。

 

炉の神と犬猿の仲にある女神……ロキと契約を交わした第一級冒険者達である。

 

彼女らが突撃してきたばかりに、【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア(零細派閥)】の相席というアンバランスな異物が形成されてしまったのだ。

当然……万人の頭に『何故?』という疑問符が浮かぶ事だろう。しかし、ヘスティアは既に、襲来の原因に見当をつけていた。

 

何しろ、三人娘の中にはアイズ・ヴァレンシュタインが居て(・・・・・・・・・・・・・・・・)、アマゾネスの妹の方などは、そもそも乱入する際に言っていたからだ……。

 

『さっきから、マシロマシロって言ってるけど、もしかして弟くんの話し~?』

 

と。

 

つまり、マシロ・ヴァレンシュタイン……『【剣姫】の弟』であり『【ロキ・ファミリア】の団員の』話をしていた為に、姉とその同僚達を呼び寄せてしまったのである……。

 

「ねぇねぇ、その弟くんの好きな子って、どんな子なの? 可愛い?」

 

「え、えっと」

 

「こら、ティオナ。あんまりがっつかないの」

 

しかも、かなり俗な話をしていたせいか、嫌に食いつきが良い。

わざわざ料理や飲み物まで此方のテーブルに移し、しっかりと雑談する体勢を整えてしまっている。

まあ、ヴァレン何某に関しては、心ここに有らずと言った具合で、アマゾネスの姉が代わりに諸々を運んでいたのだが……。

 

何はともあれ、元々人見知りしない性格なのであろう。快活なアマゾネス(少女)は、目を輝かせながらベルに質問攻めをしている。

白兎も白兎で、赤面しながら無駄に高いコミュニケーション能力を発揮。

ぎこちないながらも、円滑な談笑が成立してしまっていた。

 

マシロの想い人……と、勝手に推測されている少女が犬人(シアンスロープ)で、自分達のパーティーのサポーターを務めてくれている事。

とても細やかな気配りができる優しい女の子である事。

それと、小人族(パルゥム)の様に背が低い事。

 

ベルがそれらの情報を伝えると、姉妹は「へぇ」と相好を崩しながら、「小さい子が好きなのかなぁ」「まあ、あの子の背も背だしね」等と、ニマニマ独自の考察を交え始める。

 

それはそれは、とても楽しそうな御様子だった。まるで女子会である。

 

「はぁぁぁ……」

 

ヘスティアは、場の雰囲気の事など一切気にせず、深い深いため息を吐き出した。

既にちゃっかり気に入られてしまっている自身の眷属に、胸中で罵詈雑言を浴びせつつ、もう一人の乱入者を見遣る。

 

ベル達の話題の中心人物たるマシロ・ヴァレンシュタイン。その実姉である【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

彼女は、同僚のアマゾネス達とは対照的にずっと沈黙を貫いている。

どころか、酷く盛り下がっている様子だった。

まあ、大好きな弟の恋バナを聞かされて、平素でいられる訳もないとは思っていたが……。

 

「おーい、ヴァレン何某くーん」

 

ヘスティアは声をかける。

が、反応はない。

案の定だ。

 

彼女は、両手でグラスを持ちながら、(あで)やかな唇に飲み口を付けた状態で固まっている。

中身のジュースに減衰の気配はなく、本当にただ、無為に唇を濡らし続けているだけの様だった。

 

「おいってばぁ」

 

目の前で手を振るってみるものの、やはり無反応。

炉の女神は仕方なく座席を立って、金の少女に近寄った。

そして、彼女が絶対に飛び起きるだろうホラを、耳元でそっと(ささや)く。

 

「あー、マシロ君が可愛い女の子と歩いてるー」

 

「―――‼‼‼」

 

瞬間―――ビクンと、面白い程大きく肩が震えた。

整った金糸も乱れる。

同時に……ある意味で凛としていた【剣姫】の顔は幼子の様にクシャクシャになっていった。やがて、金色の満月が波打つ。

そこから大粒の雫が溢れ出す前に、ヘスティアは彼女の顔を自身の方へと向けさせた。

 

「冗談だよ、冗談」

 

「じょう…だん……?」

 

しっかりと目を見つめながら言ってやると、【剣姫】はようやく正気を取り戻した様だった。

金の瞳に反射した自分の碧い眼をヘスティアは見る。

これで、会話の出来る状態になった。

そう判断した女神は、ヒューマンの少女に対してわざとらしく肩を竦めてみせる。

 

「まったく、せっかくの団欒をメチャクチャにしておいて、キミはいつまで固まってるつもりなんだい? こちとらいい迷惑だよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「まあいいさ。それより……」

 

メチャクチャに詰ってやろうかと思ったヘスティアだったが、小動物の様に身を小さくする何某の姿に毒気を抜かれてしまう。そもそも彼女とて『弟の恋バナで盛り上がられてしまっている被害者(?)』だ。

既に気落ちしてしまっている女の子に更なる嫌味も吐けず、女神は真面目な顔で本題に入る。

 

「で、良いのかい? 随分勝手に盛り上がってるけど……キミからしたら面白くない話題だろう?」

 

「……っ」

 

何しろ現状、彼女らとベルの会話は、『マシロの恋を手伝おう隊』なる部隊の結成にまで発展しているのだ。

ベルがマシロの少女に対する態度を告げ、このままじゃ愛想を尽かされてしまうからお節介を焼こう……という流れになったのである。

今は、その作戦会議中という訳だ。

 

「もちろん、相手の子がいる訳だからさ。ベル君やアマゾネス君達が協力したって絶対落とせるとは限らないけど……それでも可能性は上がるよね」

 

「……」

 

「ボクはキミと仲良くもなんともないけど、少なくともキミがまだ、あの子を誰かに渡したくないって思っているのは分かる。だから、もう一度訊くよ。良いのかい?」

 

真摯な声で語り掛ける。

ヴァレン何某は、険しい顔をしながら自身の気持ちを整理している様だった。

正直、あの時の様子(・・・・・・)を見る限り、『良くない』と即答するものだと思っていたが……どうやら彼女の弟に対する愛は、ヘスティアの想像以上に深いらしい。

『弟が幸せになれるなら応援するべき』という考えはちゃんと持っているのだ。

だが、同時に『取られたくない』という思いも同居している。

だから、中々答えを出せない。

だから、こんなに苦しそうにしている……。

 

「はぁ」

 

くだらないと、率直にそう思った。

確かに相手の気持ちを尊重することは大切だ。この上なく尊い思考である事は疑いようもない。

けれど、だからといって自分の気持ちを押し殺す必要はないのだ。

 

仮に、『相手に振り向いて貰おうと頑張る弟を邪魔する』なんて行為に及ぶようなら大問題だが……別に良いではないか。

 

『まだ弟を取られたくない』なんていう可愛らしい我儘を言うくらいは。

 

―――でもまあ、こんな様子じゃ無理に気づかせるのは酷か……。

 

頑なに懊悩する恋敵の姿に、ヘスティアは攻め方を変える事にした。

先程までの静謐な雰囲気から一転、カラッと能天気な声音を響かせる。

 

「それにしても、随分と薄情な連中じゃないか。キミのお連れ君達は」

 

「え?」

 

俯き続けていた【剣姫】は、その一言にようやく反応を見せた。

まだ言葉の意味を上手く呑み込みきれていない様子だが、女神の次の指摘で、彼女の表情は色を持つ事となる。

 

「だって、こんなに弟大好きなお姉ちゃんの前で、大っぴらにマシロ君の色恋に首を突っ込んでるんだぜ? デリカシーなさすぎるだろう」

 

「そ、そんな事ないです……っ」

 

「どうかなぁ? 大体、キミが一切話に乗ってこない時点で様子が変だとは思わないものかねぇ」

 

無論、この非難は敢えてだ。

アマゾネス姉妹に対する悪感情など、ヘスティアにはない。

まあ、自分を差し置いてベルと楽しくおしゃべりをしているという点には、少し……いや、かなり憤りを感じているが……。

 

しかし、思う所はあった。

 

あのアマゾネス達とヴァレン何某が友人であるのなら、彼女らは当然知っている筈なのだ。

何某がどれ程までに、弟を溺愛しているのかを。

マシロが好いている娘の話題など、この姉が気持ちよく聞ける訳がないという事を。

 

「なのに、こんな話で盛り上がるなんて―――」

 

バン!

 

ここで、【剣姫】は勢いよく立ち上がった。

テーブルを叩きながら、大きな音を立てて。

当然、これまでのヒソヒソ声とは違い、その音はアマゾネス達の鼓膜にも届く。ギョッとした面持ちで問いかけてきた。

 

「ど、どうしたの、アイズ?」

 

「ちょ、すごい顔よ、あなた……」

 

同僚姉妹の声掛けは彼女の耳には届いていなかった。

なので、代わりにヘスティアが応対を始める。

 

「ああ、すまないね。ボクが怒らせてしまったようだ。そんな変なことを言ったつもりはなかったんだけど……」

 

「か、神様……なに言ったんですか?」

 

おっかなびっくり訊いて来る己が眷属に、ナイスタイミングだと内心グッドサインを送りつつ、ヘスティアはそっと金の少女の肩に手を置いた。

 

「いやぁ、明らかにこの子が盛り下がっていたじゃないか? なのに、なんでキミ達は気にせずマシロ君話を続けてるんだろうって指摘しただけなんだけど……」

 

次の瞬間、妹の方がバツが悪そうに視線を泳がせた。

やはり、アイズ(連れ)の様子には気付いていた様だ。その上で、敢えて彼女らはマシロの恋バナに興じていた。

無論、一体なんの意図があってそんな事をしていたのかは分からない。

だが、姉とアイコンタクトを取っていた妹は、やがて観念した様に語り出した。

 

「その、アイズ……弟くんの事……あんまり良く思ってないから」

 

 

「………………はい?」

 

随分と淀みながら放たれた告白に、ヘスティアは思わず目を見開いてしまった。

全く予想外の返答だったからだ。見当違いと言っても良い。

 

良く思っていない? 

何を言っているんだ。寧ろ、真逆だろう。いったいお前は、普段あの姉弟の何を見ているんだ?第一、それを知っていて、頑なに弟の話を続けていたなんておかしいじゃないか。

 

行動に全く妥当性を感じられず、ヘスティアは最初、口八丁で誤魔化そうとしているのかと思った。しかし、神は下界の民の嘘を見抜ける。

彼女が本心でその様な世迷言を発した事を理解してしまい、混乱の渦中に堕ちる事となった。

 

「いやいやいやいや、何某君はマシロ君にゾッコンだろう? 一体全体、なんでそんな発想になるんだよ?」

 

「寧ろそういう発想にしかならないわよ。だって、この子、あの子と一切口を利かないんだから」

 

「へ?」

 

アマゾネスの姉の証言に、炉の女神は我が耳を疑った。

口を利かない?

ソレは一体どういう……。

 

「大体、なんで他派閥の貴女が分かった風な事言ってるのよ?」

 

「うぐ……いや、それは……」

 

痛い所を突かれ、ヘスティアは言葉につまった。

確かに部外者である自分より、同じファミリアである彼女らの方が、ヴァレンシュタイン姉弟への理解は深い筈だ。

本来であれば、自分の解釈は見当違いであり、彼女らの主張こそが正しいと認識を改めるべきである。

 

けれど……ヘスティアにはどうしても、金の少女の愛情が偽物であったとは思えなかった。

故に、本人に耳打ちする。

 

「もしかしてキミ……家と外でマシロ君への態度違う……?」

 

数秒の後、コクリと彼女は小振りな顔を動かした。

うおい。

意識せずとも、ヴァレン何某を見る目が冷たくなってしまう。

一体どうしてそんな意味不明な事をする必要があるというのだろう。姉妹の主張が事実なら、そりゃあ、仲が悪いと勘違いされても仕方がないではないか。自ら要らぬ誤解を招いているだけである。

 

ヘスティアは【剣姫】から視線を切って、今度はアマゾネス姉妹へと向き直った。そうだとしても、彼女達の行動には、まだ不可解な点があったのだ。

 

「い、いや、だとしてもだよ。そう思ってるなら、なんでボクらの席に乱入して来たのさ? キミ達視点じゃ、何某君への嫌がらせにしかならないだろう?」

 

「それは……」

 

「ごめんね、アイズ」

 

「え」

 

しおらしい様子で言い淀む姉と、力なく頭を下げる妹。

一見すると嫌がらせをしていた事への謝罪とも受け取れるその行動に、金の少女は顔を青くした。

けれど、ヘスティアの見解が正しければ、勿論そんな訳はない。

アマゾネス達は、言い辛そうに釈明を始める。

 

「すごく勝手なんだけどさ……。あたし、アイズと弟くんに仲直りして欲しくて……」

 

「え……?」

 

「ほら、今でこそ疎遠だけど、あなた達……昔はすごい仲が良かったじゃない?」

 

「何があったのか分かんないけど……やっぱさ、仲良くした方が良いと思うんだよね。その方が絶対楽しいと思うし」

 

「ティオナ……」

 

余計な事をしてしまっているのかも知れない。

そんな不安に塗れた様子のアマゾネス()に【剣姫】は吐息を漏らす。

 

「だから、何か話すキッカケを作ってあげられないかって、ずっと考えてたのよ。それで、ちょうど良くあの子の話題が聞こえて来たから……。まあ、ティオナがいきなり突撃した時は、流石に目を疑ったけどね」

 

申し訳なさそうに姉のアマゾネスが此方を見たので、ヘスティアは敢えて大袈裟に鼻を鳴らしてやった。

つまり、ヴァレンタイン姉弟の関係修復に、自分達を利用しようとしたという訳だ。

 

確かに色恋についての話になら、例え興味のない相手の事であっても面白がって乗ってくる可能性はある。

女の子なら尚更だ。

それを契機の一つにしようという魂胆だったのだろう。

 

正直、悪くない作戦ではある。

けれど、当然ながら誤算も発生していた様だ。

 

「なるほどね……。で、乱入したは良いモノの、この子が予想以上に黙り込んでるもんだから、逆に話を振れなくなったと」

 

「う……」

 

「ごめんなさい。こっちの都合で」

 

「全くだよ。ただ―――事ヴァレン何某君に限って言えば、全く意味の無い配慮だったね」

 

その一言で、姉妹の……特に妹の方が露骨に肩を落とす。

二人共、女神の発言の意味を履き違えているらしく、マシロの姉に対し見当違いの質問を始めた。

 

「ねえ、アイズ……。どうして、そんなに弟くんのこと嫌うの……? たった一人の弟じゃん……」

 

「え、えっと……」

 

対して、金の少女は返答に窮している。

本当は嫌っていないと、そう素直に告白すればいいだけなのだが……そもそも勘違いをさせてしまった原因は彼女にあるのだ。

故に、まずはその誤解を解く必要があるが……口達者ではない何某からすれば、それは途轍もなく難しい作業なのだろう。

だから弁明が出来ず、一方的に詰め寄られてしまっている。

 

「あの子、あんなにアイズにベッタリだったじゃん。見てるこっちが嬉しくなるような笑顔浮かべてさ」

 

「……っ」

 

「本当に楽しそうだったんだよ? でも、今じゃベートみたいにカッコつけになっちゃって……。きっと淋しがって―――」

 

「あー、違う違う。そうじゃない」

 

いつまでも押されているアイズ()を見かね、ヘスティアはここで助け舟を出す事にした。

姉妹の視線が自身に集まるのを確認すると同時に、目配せをする。

「もう、ボクから言っちゃうけどいいね?」と。

 

(アイズ)はその意図を汲み取れなかったようだったが、もう知らない。

自分の鈍感さを恨めと、炉の女神は強行した。

 

「さっきも言ったけど……何某君はマシロ君を嫌ってないよ。寧ろ、その逆さ。意味がない配慮っていうのは、そもそも大好きなんだからキッカケ作りなんか意味ないって意味だよ」

 

「え、いや……でも」

 

本当の事を教えてやるが、姉妹の反応は芳しくない。

当然だろう。

彼女らには実際、何某の塩対応を目撃してきた日々があるのだ。

それも、話を聞く限り数年の長きに渡って。

 

いくら『超越存在』の啓示と言っても、部外者である神の言葉など、直ぐに鵜呑みにできる筈がない。

 

故に今度は、【剣姫】視線が集まった。

結局、証明できるのは彼女しかいないのだ。

金の少女は暫く狼狽えていたが、やがて決心したかのように唇を動かした。

 

「その……ヘスティア様の言う通り……なの。私、シロのこと大好き……」

 

瞬間、場がシンと静まり返る。

実際は、酒場の喧騒に蹂躙されていたのだが、当人達にはその様に感じられていた。

 

「え、え? じゃあなんで急に喋らなくなったのさ……?」

 

熟れた林檎の様に赤面するアイズに対し、当然の疑問が同僚から放たれる。それはヘスティア自身も大いに気になっている事だった。

 

最初こそ『家族にベタベタしている所を見られるのが恥ずかしい的なアレか?』とも考えたが、外での様子を見る限りそんな羞恥心如きが『弟と触れ合いたい欲』に勝てるとは思えない。

 

「それは……あの子に嫌われたくなくて……。私、あの時ほっぺにチューとか、一緒にお風呂とか当たり前だと思ってたから」

 

「……へ?」

 

「ちゅ、チュー⁉」

 

【剣姫】の斜め上の告白に、ヘスティアは衝撃で絶句する。

ベルも同様だ。まあ、彼に関しては、一瞬羨ましそうな表情を浮かべたが……。

 

そして―――

 

「あー、そういえばあったね、そんなのも。流石にアレはちょっと引いたなぁ」

 

「仲悪くなるちょっと前くらいなんて、よく『シロが先にお風呂入ちゃった』って涙目で怒ってたものね……」

 

同僚であるアマゾネス達も、当時を懐古する様に冷や汗を流していた。

そんな彼女らに、ヘスティアはコソッと確認する。

 

「………………………………ちなみに、それってマシロ君が幾つくらいの時の話だい?」

 

「ええっと、確か……8歳か9歳くらい……?」

 

「え、は、8⁉」

 

「はい、アウトー。死刑〜」

 

その返答を聞いて、ヘスティアはドン引きしながら何某に視線投げた。

他三名も程度の差はあれど、『流石にそれはおかしい』という面持ちで彼女を見ている。

如何に鈍感で天然の【剣姫】と言えど、この眼差しは堪えた様だ。

露骨に顔を逸らしながら言葉を紡ぐ。

 

「それで、ロキ達にあんまりベタベタしてると嫌われるって注意されたから……」

 

「え、そんな理由だったの? 話さなくなったのって」

 

「バカね……。だからって、何もあんな極端にしなくても良いじゃない……」

 

「だって、気を抜くと抱きしめちゃいそうになるんだもん……」

 

なるんだもんじゃねぇよ……。

片頬を膨らませる少女に対し、女神は内心毒づいた。

 

認めたくはないが、ロキの判断は正しいと、ヘスティアもそう思う。

8歳の弟にチューなど、そのまま放置していたら姉は間違いなく嫌われていた筈だ。

だから距離を置かせるのは妥当な決断。

 

しかし、どういう訳か現状、余りにも距離が開きすぎている。

恐らくは、彼女の無器用さが主な原因なのだろう。

もしかすると……幼心のどこかに、自分の行為が行き過ぎているという自覚があったのかも知れない。

だから、これまでの『行き過ぎ』を帳消にする為に『行き過ぎた塩対応』をしてしまったのだ……。

 

正直、ただの自業自得であるように感じられる。

勿論、ロキ達のフォローも完璧ではなかったのかも知れないが、その場にいなかった自分が今更とやかく(なじ)れる話ではない。

だから、ヘスティアは【剣姫】に……今ここにいる当事者(彼女)に問いかけた。

 

「でぇ、キミはどうしたいんだい?」

 

「あの子と仲直りしたいです……。だから、その……それまでは、眼中になくなっちゃうと思うから……」

 

ここで何某は、一旦言葉を切る。

しかし次の瞬間、一思いに言い切った。

 

「彼女は、出来て欲しくないです」

 

 

「………そっか」

 

少しの間の後、アマゾネスの妹が口を開く。

大人しい声音だ。

普段の活発な印象はなりを潜めており、ともすれば【剣姫】の我儘に幻滅している様にも感じられる。

 

故に、見るからに【剣姫】の表情は強張った。

ヘスティアの肌も、場の空気が張り詰めている事実を感じ取る。

しかし―――

 

「じゃあ『弟くんの恋を手伝おう隊』は解散だね。代わりに『アイズと弟くんを仲直りさせよう隊』の結成だ!」

 

次の瞬間、顔を上げた彼女が見せたのは、向日葵の様な微笑みだった。

彼女の姉と、眷属であるベルもつられて笑顔を見せる。

 

「うん、いいんじゃない?」

 

「ぼ、僕も何かお手伝いします!」

 

「皆……ありがとう」

 

彼らの返答に、何某の緊張も溶けた様だった。

弛緩した空気が流れる。

まるで、仲間であるかの様な雰囲気が形成されていく。

そんな中で、ヘスティアは一石を投じた。

 

「盛り上がっているトコ悪いけど。その隊も解散だよ。あと、この席もね」

 

「え?」

 

そして、シッシッと【ロキ・ファミリア】の美少女達を手で払い始めてしまう。

 

「ちょ、神様⁉」

 

唐突なその行動に、眷属からは困惑と非難の声が上がった。

だが、女神は取り合わない。

 

もう限界だったのだ。

いい加減、眷属(ベル)と二人きりになりたい。その欲を塞き止められない。

彼との蜜月を過ごす為には、そろそろ邪魔者共には退散して貰わなければ。

 

そんな思いを抱きつつ、何某達の背中を押し出すヘスティア。

彼女は、「え~、ここからなのにぃ」と文句を垂れつつ「またね~」とベルに手を振るアマゾネス妹を威嚇しながら、【剣姫】の背中にアドバイスを送った。

 

「ヴァレン何某君……勇気を出して、マシロ君と話してみるといい」

 

「え……?」

 

驚く彼女を無視して、女神は続ける。

さながら幼子を諭すような優しい口調で、ゆっくりハッキリと。

 

「大丈夫。あの子はキミの事を嫌っちゃいないよ。きっと、怖いのさ。キミと一緒でね」

 

「……?」

 

戸惑う【剣姫】に、ヘスティアはクスリと微笑みかける。

 

「キミはあの子のお姉さんだろう? だったら、最初の一歩はキミから踏み出してあげるんだ」

 

その慈愛に満ちた表情は、この女神が何を司る一柱なのかを理解させるのに、十分すぎる物だった。

目撃した者達全ての頬が、無意識に朱色に染まっている。

まさしく聖母。

そんな印象を万人に抱かせた女神は……次の瞬間にはキリキリと歯を食いしばっていた。

 

「さあ、分かったら向こうへ行くんだ! これ以上ベル君との二人きりの邪魔はさせないぞ!」

 

そして、駄々っ子の様な捨て台詞で締めくくる。

ドカッと椅子に座り、豪快に酒を煽る彼女の姿に、【ロキ・ファミリア】の面々は、どんな感情を抱いて良いのか分からなくなったが……。

 

 

一人……霧が晴れたような顔で頭を下げるアイズの姿を見て、ティオナ達も無言で頷き合うのだった。

 


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