剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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最新話です。宜しくお願い致します。




また、すごく個人的な事ですが、数日前にダンメモの周年イベントを読み終えました。めっちゃ面白かったです! カッコ良すぎて終始興奮しっぱなしでした!


それでなんですけど、『初代フィアナの意識と記憶がリリの中で復活して、現在のフィンを見つけてベタベタする……』みたいな話が読んでみたくなりました。

書いてくれる人とか誰かいませんかね……?|д゚)


第二十話

 

「あっついねぇ、今日は。太陽神(アポロン)のヤツをぶん殴ってやりたい気分だよ」

 

 突如現れた汗まみれの女神は、フラフラとした足取りで距離を詰めると、マシロが座るベンチの空きスペースに腰を下ろした。『隣』ではなく『空きスペース』に、だ。

 

 そんな所に割って入ったモノだから、当然、両者の間には何の空間も存在していない。ベッタリと、互いの肩がくっつき合う。

 

 加えて重い台車を引いて来た女神の身体は、激しく発汗していると共に熱も放っている状態だ。『神の恩恵』を得た影響で神々の肉体よりは『暑さ』に耐性のある冒険者(マシロ)だったが、流石に熱源がゼロ距離にある状況では話は別だった。

 

「殴られるべきはお前だ、炉の女神。周りを見やがれ、なんでこのベンチに座る」

 

 数メートル間隔に設置された二つの空きベンチ。それらを指差してやるが、女神が佇まいを直す事はなかった。それどころか……。

 

「いやぁ、だって……」

 

 何故か、ユラユラ振り子のように揺れ始める。一見暑さにやられてしまった様にも思えたが、どうやら彼女の身体は、しっかりと彼女の意思のもと動いているらしい。不意に悪戯っぽい笑みが見えたかと思うと、「えいっ」という掛け声とともに、此方へ身体を傾けてきた。

 

「……⁉」

 

 マシロは、ギョッとしながら自身の直ぐ横にある頭部を見る。

 いや、正確にいうなら、頭部ではなく『顎』だろう。彼らの身長差では、寄りかかった状態でも、女神の顔がマシロの頭頂部を飛び越えてしまう。極端な表現をすれば、冒険者の頭頂部に、女神の顔面が乗っていると言い換えても良い。

 

「ああ、思った通り。キミは肌がヒンヤリしているねぇ。冷たくて気持ちがいいよ」

 

「……離れろ」

 

「あとなんか、キミの周りだけ気温が低い気がする……。冷たい風が吹いているって言うか……」

 

「おい」

 

「ちょっと、服の中に手を突っ込んでも良いかい?」

 

「ふざけるな。頭沸いてんかテメェ」

 

 即座に拒否したマシロだったが、どうやらそもそも、この女神は此方の返答を待つ気などなかったらしい。質問という体で訊いて来たくせに、汗でベタ付いた五本の指が、既に衣服と素肌の間に入り込もうとしていた。

 

 無論、汗まみれの手に腹を触られて喜ぶ特殊な性癖などマシロにはない。どんなに美しい女神が相手だったとしても、正常な感性を持った人間なら、その行為には嫌悪感を抱く筈だ。

 

 故に、指先が肌に到達する前……もっと言うなら炉の神が服を捲ろうとした瞬間から立ち上がったのだが―――。

 

「ああ、待っておくれよ。まだ涼み足りないんだぁ」

 

 一瞬早く察したのか、神は目ざとくマシロの両肩に手の置き場を移した。そして、今度は背中に覆いかぶさる形で、耳元にこんな問いを落とされる。

 

「そういえば、お姉さんとは仲直りできたかい?」

 

 瞬間、マシロは動きを止めた。

 背に一柱を背負っているという物理的重みは、脳内から掻き消える。代わりにその場を占拠したのは『何故そんな事を訊いて来るのか』という疑問のみだった。その間の沈黙に、何を思ったのか女神はこんな事も訊いて来る。

 

「あれ? 昨日キミの元を尋ねなかったかい? 何某君……」

 

 不安そうで、どこか非難めいたニュアンスも含んだ声色。それを聞いて、マシロは理解した。どういう思惑があるかは知らないが、昨晩のアレ(・・・・・)はコイツが仕組んだ事なのだと。

 

 同時に姉のあの不可解すぎる数々の言動の謎が、加速度的に解消していくのを感じた。ストンと、胸の中に落ち込んで、納得のいく事象へと変化する。

 自分でも驚くほど、低い声が出た。

 

「成程……アレはお前の差し金か」

 

「まるで、ボクが裏で糸引いていた、みたいな言い草だね。助言はしたけど、最終的な決断をしたのはヴァレン何某君だよ」

 

 何故か誇らしげな様子でそんな事を告げて来る炉の女神。姉が自分と接触した確証を得たからか、彼女は元から大きな胸をさらに膨らませてウキウキと質問を続けた。

 

「で? どうだったんだい? 凄かったろう?」

 

「………」

 

「というか、逆にちょっと引いちゃったんじゃないのかい? あの子、キミのこと好き過ぎて―――」

 

「なに一人で盛り上がってやがる……」

 

「へ? うわぁ⁉」

 

 マシロは女神の身体を強引に振り払った。直ぐ後ろのベンチに吸い込まれる形で着席する。一歩間違えば暴力行為と捉えられても仕方がない行動だ。被害を受けたのが真ん中ド直球の善神故に訴えを起こされる事はないが、普通に不敬罪である。

 

 にもかかわらず、マシロの口からついて出た事は謝罪でも釈明でもなく―――詰問だった。

 

「目的なんだ? あんな入れ知恵までして、いったい何を狙ってやがる?」

 

「ちょ、どうしたんだい? 急にそんな怒って……」

 

「質問に答えろ……ッ。わざわざアイツとオレを接触させて、お前になんの得があるのかと訊いてるんだ!」

 

「いや、だから。さもボクが黒幕でした~みたいな解釈はやめておくれよ。さっきも言っただろう? ボクが接触させたんじゃなくて、何某君が自分の意思で……」

 

「でまかせを言うな!」

 

「もー、違うってぇ」

 

 物凄い剣幕で詰め寄っている筈なのに、女神は全くペースを崩さない。どころか、ポリポリと背中を掻きながら、半目になって状況を整理し始める。

 

「あのねぇ、マシロ君? ボクは昨日、たまたま、キミとお姉さんが仲違い状態なのを知ったんだよ? これ、①ね」

 

 そう告げながら、神はそのスラッと伸びた人差し指を立てて来る。そして、間髪入れずに、隣の中指も持ち上げた。

 

「で、②。ボクは何某君のキミへの入れ込みっぷりを実際に見て知っていたから、あの子が凄いショックを受けてるんじゃないかと思った。で、実際そうだった」

 

「なに勝手な……」

 

「はい、割り込み禁止! ③! 他にもちょくちょくキミには言いにくい事もあったけど、とにかく何某君を色々諭して自分の気持ちを再認識させた!」

 

 そこまで一息に言い切り、最後の溜と言わんばかりに一度言葉を区切る。この間、既にマシロの方が女神の剣幕に圧される形となっていた。

 

「④。その結果、あの子が自分で決めたんだ。キミと会って、話して、仲直りするってね。だから、あれはボクが無理やりさせたとかじゃない。昨日……あの子がキミにかけた言葉は、全部あの子の本心だよ」

 

「……………」

 

 女神の主張を聞き終えたマシロは、暫くの間、場に沈黙を落とすことしか出来なかった。彼女の言葉を、面白い程に脳が処理しきれていない。だから……。

 

「うそだ」

 

 ポロッと、口からついて出たこの言葉にも、なんの意味もないのだろう。

 そんな空っぽに対し、神は「ヤレヤレ」と肩を竦める。そして、彼女なりの慈悲なのだろう。律義にきちんと反論してくれた。

 

「ホントだよ。ウソだと思う根拠は?」

 

「……先に本当だという根拠を出せ」

 

「……………」

 

 ここで一瞬、女神の返答が途絶えた。別に答えに窮した・という訳ではないだろう。『そんな詰まらない返しをするな』という、無言の誹り。そんなふうに感じられた。

 

「キミ達の所に双子のアマゾネス君がいるだろう。彼女達に訊いてみると良い。あの場に一緒にいたからね」

 

 あっさりその様に返されて、今度はマシロが押し黙る番になった。この場での証明ではなかったが、本拠(ホーム)に帰ればいつでも確認可能。その上で、仮に噓だった場合、確かめられた時点でアウトな嘘だ。流石にヒリュテ姉妹が証人だというこの発言は本当だと考えて良いだろう。

 

「それで? ボクがウソつきだっていう根拠はなんだい?」

 

「……アイツが俺と仲直りをしたい訳がない」

 

 マシロは俯きながらそう答える。

 目の前のベンチに座っているその女神。その直ぐ前方に立っているマシロ(自分)

 こんな位置関係にも関わらず、マシロの視界には、自分の足元と女神の素足しか映っていなかった。それが、もうずっと続いている事を、マシロは漸く自覚する。

 

「それはどうして?」

 

 顔を上げなくとも、女神の顔面に刻まれた呆れの色が、濃くなっているのが分かった。

 

「アイツは俺が嫌いだからだ」

 

「嫌いじゃないよ。それはボクが保証しよう」

 

「嫌いなんだよ」

 

「だから違うって。イジッ張りだなぁ、キミは」

 

 すくっと、立ち上がる神の気配を感じた。そして直後、両の頬を両手によって挟まれる。文句を言うより早く、女神のその手によって、マシロは顔面を上に向けされられた。眼前にあるのは当然、女神の童顔だ。宝石の様に輝く碧い眼が、マシロの銀目を覗き込んで来る。

 

『逃げるな』。

 暗に、そう言われている様に感じられた。

 やがて、女神は語り始める。

 

「キミのことが大好き過ぎて、キミに構い過ぎていたから、年頃になって鬱陶しがられる可能性を忌避してキミから距離を置くようにした……て、そう説明されなかったかい?」

 

「そんな世迷言、誰が―――」

 

「まあ、誰もが納得できる理由ではないよね。単純に、常識的な接し方をすれば良かっただけの話だし」

 

 眼前で、女神の顔がコクコクと頷く。

 目を閉じながらウンウンと。

 

 ある種、金縛りを引き起こしていた目の束縛から外れる形となったが、既にマシロの動きは鈍くなっていた。いや、思考が白く塗りつぶされており、『逃げる』という選択肢が驚くほどに浮上してこない。

 そして、やっとの思いで、『それ』が浮かんで来たかと思えば、再び神の目に射抜かれてしまう。

 

「でも、どんなに有り得なくても、これが真実さ。神にウソはつけない。それはキミも知っている筈だよ」

 

「…………ッ」

 

 知っているも何も、それはこの下界に於いて絶対の常識。決して覆すことの出来ない不変の一つだ。神が是と判断したのなら、それは本当という事になる。

 つまり……。

 

    『君が生まれた時から、ずっと……。君は私の宝物なの』

 

 

 

 『私は、君のこと大好きだよ』

 

 

 

      『嫌いになった事なんて一度もない』

 

 

 

  『私がシロを避けるようになったのは、シロに嫌われたくなかったから』

 

 

 姉の昨晩のあの言葉は、すべて―――。

 

 ほんとう。

 そう思いそうになる気持ちを、マシロは必至に噛み殺した。歯茎からの出血による鉄の匂いを感じながら、キッと、碧眼の女神に喰ってかかる。

 

「なら今、お前が嘘を言ってない保証は何処にある⁉ 確かにお前達は俺達の嘘を見抜けるが、俺達はお前等の嘘を見抜けないんだぞ……! なら、いくらでも―――」

 

「なんでボクがわざわざウソを教える必要があるんだよ? ボクにはなんの得もないじゃないか」

 

 確かにその通りだ。

 この女神が、マシロに個人的な怒りを覚えて嫌がらせを仕掛けている・というのなら分からなくもないが、流石に嫌われるには交流が希薄すぎる。加えてファーストコンタクトでは、重い荷物を運ぶという手助けまでしているのだ。普通に考えれば、好感度自体はプラス寄りでもおかしくない。

 

 まあ、今現在。その貯蓄を全力で食いつぶしている最中なのだが、彼女がアイズの気持ちを言及したのは、それより前の話だ。個人的好き嫌いからの嫌がらせの可能性は低い。

 

 だが―――。

 

神々(お前ら)が俺達を揶揄う理由に理屈がいるのか?」

 

「いや、確かに、そういうヒン曲がった連中も多いケドさ~」

 

 女神は不満げに頬を膨らませる。愉快犯的神々と同列に語られた事に憤懣しているらしい。けれど、それも直ぐに収まり、次に彼女の顔に浮かんでいたのは『うんざり』と言わんばかりの表情だった。

 

「ていうか、もうやめようぜ。いいかげん不毛だよ」

 

「なんだと?」

 

「神にウソはつけないんだぜ? 当然、ボクにはお見通しさ」

 

「…………なにを」

 

 そう問い返しつつも、マシロも心のどこかで、何を見透かされているのかを理解していた。そしてそれを、なんの躊躇いもなく言い当てられる。怜悧且つある意味で冷ややかな眼差しと共に、その指摘がマシロを襲った。

 

「キミ、本当はボクがウソを吐いてるなんて思ってないだろ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「………」

 

 沈黙すると、女神はニッと、幼子の様に笑う。それすら美しく感じる辺り、目の前の少女はやはり神なのだと、憎々しく思わざるを得ない。

 

「正確には、ボクがウソをついていると『頑張って思い込もうとしている』って感じかな?」

 

 ソレはまるで、自分でも気付いていなかった腹の内を、無理やり曝け出されているかのような感覚だった。無論、違う、と叫びたい。お前に何が分かると喚きたい。

 

 しかし、いざこうして言葉にされると、妙にしっくりきてしまう自分もいるのだから質が悪い。そして、ここで両頬を挟む女神の手の圧力が増した。

 

 

「さあて、答え合わせの時間だ、マシロ君。正直、こういう無理矢理な感じは好きじゃないけど、流石にちょっと分らず屋すぎるからね、キミ」

 

「……何をする気だ」

 

「言っただろう? 答え合わせだよ。何某君にあれだけ啖呵切っておいてこれじゃあ流石に格好がつかないからね。何より、あの子はちゃんと一歩を踏み出した。なら、次はキミの番だ」

 

「……?」

 

 女神はすべてを此方に説明する気はないようだ。

 疑問符を浮かべるマシロを半ば無視しつつ、進行する。

 

「さあ、素直に答えておくれ。『キミは、お姉さんが嫌いかい?』」

 

「……はっ⁉」

 

「何を驚いているんだい? 只の質問だろう? さあ、どうなんだい? 嫌いか、そうじゃないか」

 

「……………きらい……だ」

 

「はい、ウソ。次。『お姉さんから避けられるようになって淋しかったかい』?」

 

「そんなわけっ」

 

「ウソ。じゃあ……」

 

「やめろ」

 

「やめない。『昨日、本人の口から嫌われていた訳じゃないと聞かされて、ホッとした』」

 

「してない……」

 

「キミは、本当にウソが下手だね。ボクじゃなくてもバレバレだよ」

 

「………ッ! さっきから、適当なことばかり抜かすな!」

 

「適当じゃないよ。それは、キミ自身が一番良く分かっている筈だろう?」

 

 女神の右手が、肩を離れて胸辺りを指し示す。この中にある物は、わかっているのだろう? と。

 そして、彼女はマシロの頬から掌を離し、肩に手を置きながら中腰になる。そうして、じっくりと、視線の高さをマシロに合わせた。

 

「これが、最後の質問だよ。『キミも、お姉さんと仲直りしたいと思っている』。違うかい?」

 

「それ……は………」

 

「どうなんだい?」

 

「…………」

 

 もう頬を抑えられている訳ではないのに。

 顔を固定されている訳ではないのに。

 

 その空よりも澄んでいて、海よりも深い碧色の神瞳(ひとみ)から、マシロは目を背ける事が出来なかった。

 

「さあ」

 

「……その、思ってない……訳じゃ、ない……と思う」

 

 気づけば、そんなふうな事を口にしていた。

 盛大に言い淀んだ割には、妙にスッと出て来た言葉な気がする。という事は、存外、本当にこれが自分の本心なのだろうか……。

 

 そんな事を思っていると、目の前の女神は、まるで『正解』だとでも言うように、小さな微笑を咲かせた。

 

 この時より、それまで彼女が放っていた神聖は消え去り、代わりに普段通りの親しみやすい空気を纏い直す。

 

「ずいぶんと足掻いたねぇ、ギリッギリまで」

 

 ニヤニヤと揶揄うように、マシロの髪をクシャクシャにしながら、その女神は改めて彼に告げた。

 

「ソレがキミの本心だよ。このボク、ヘスティアの名において保証しよう」

 

「………」

 

「キミはもうちょっと素直になるべきだ。なり方が分からないなら、ベル君を見習うと良い」

 

「は?」

 

 思わぬ名前が出て来た事で、つい女神の顔を凝視してしまった。

 それが可笑しかったのか、クスリと笑い、女神は続ける。

 

「流石に、あの子ほど素直になれとは言わないぜ? でも、もうちょっとカッコつけずに生きられたら、きっと楽しい」

 

「……」

 

 カッコつけずに……。

 その言葉が、妙に胸に刺さった。

 これまで自覚はなかったが、自分はカッコつけていたのだろうか。

 

 無理をして、一匹狼を気取って、自分の心を偽っていたのだろうか……。

 

 マシロ・ヴァレンシュタインという人間の、本当の気持ちは何処にあるのか……。

 

 マシロは、知らず知らずの内に自分の胸に手をやって、拳を固めていた。

 

 そんな自問自答をしている時だ。

 すっかり普段の調子に戻った炉の女神が、なにやら身体をくねらせ頬を赤らめている。

 ギョッとしたのも束の間。噛み締めるように瞳を瞑った女神は、自身の眷属の自慢話を始めた。

 

「あの子は本当に良い子でねぇ。昨日なんかも~」

 

 ……自慢話、というか、殆ど『のろけ話』と形容して良いかも知れない。大半の者達にとってどうでも良いと感じる……つまり羨ましくもなんともない些細なエピソードから、まあ自慢話で良いかと感じるそれなりの出来事まで。

 

 聞いてもいないのに、長々と。

 

 その表情(かお)が本当に楽しそうで、嬉しそうで、愛おしそうで。

 この女神が、どれだけベル・クラネルに入れ込んでいるのかが伝わって来た。

 

 確かに、これなら……あんなバカ高そうな『ナイフ』だって、与えてもおかしくないかも知れない。

 

 『神聖文字』が刻み込まれた、明らかに業物の短刀。

 新米冒険者には相応しくない、最高級武器だって、親馬鹿心で―――。

 

 そんなふうに思っている時だ。

 唐突に……いや、漸く。マシロはとある可能性に行き着いた。

 同時に頭を思い切り殴られた様な衝撃を覚える。

 

「しまった……」

 

「へ?」

 

 その呟きは蚊の鳴くような小さな声だったが、自分の世界に入っていた女神の耳にも届いた様だった。それ程に、焦りと悔恨が滲んだ肉声だったのかも知れない。此方を訝し気に見つめる女神を無視して、マシロは脱兎の如く駆け出した。

 

「あ、おぉい? マシロく~ん⁉」

 

 女神の声などとっくに置き去りにしている。

 それはマシロの背中を掠める事さえ叶わず……既に、神々の身体能力ではどうあがいても追いつけない程の距離が出来上がっていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 懸命に走りながら、マシロは己の迂闊さを呪う。

 今日、自分達のパーティーは、自分の不調を理由に解散した。パーティーメンバーであるベル・クラネルとリリルカ・アーデが、マシロ・ヴァレンシュタインを街へと送り届ける形で・だ。

 

 三人で同時解散し、同時に帰路に就いた訳ではない。

 パーティーの中から、自分だけが離脱したのだ。

 

 もし、リリルカ・アーデがベルに、二人だけでの迷宮探索の続行を提案していたら。

 もし、ベル・クラネルがそれを飲んでいたら。

 

 ベルは今、地下迷宮でリリルカと二人きりという事になる。

 

 十中八九、あの犬人(シアンスロープ)は、ベルの持つ黒いナイフを狙っているだろう。少なくとも、あの業物を目にした瞬間からは、アレのみのターゲットを絞っている筈だ。

 

 奴がどのような方法でナイフを奪うつもりなのかは知らないが、最悪の場合、ベルをモンスターに襲わせ、その隙に……という強硬策も考えられる。

 

 とにかく、こんな絶好の機会をあのサポーターが見逃すわけがない。

 

 雑踏を駆け抜け、マシロはバベルへと向かう。

 だが、その前。

 商店街の一角に差し掛かったところで、思いもよらない台詞が両の耳に飛びこんで来た。

 

 

 

「抜かせ。『神聖文字』が刻まれた武器の持ち主など、私は一人しか知らない」

 

 

 

「―――⁉」

 

 それは、とうてい聞きの逃せるわけの無いフレーズだった。『神聖文字』が刻まれた武器。そんな代物、マシロだってこの世に一振りしか知らない。声の主の主張通り、ナイフが本来の持ち主の手を離れていたというのなら、それは譲渡されたか、売買されたか、あるいは盗まれたという事になる。

 

 酷薄な笑みを浮かべたリリルカ・アーデの顔が、脳裏に浮かぶ。

 

 マシロは、舌打ちを零しながら声の聞こえた方角へ進路変更した。

 決して大きな声ではなかったが、走っていたマシロの耳に入ったという事は、つまり大して距離が離れていないという事だ。今から向かえば、十分現場に辿り着けるだろう。

 

 果たして、その予想は正しかった。

 一人の少女が、裏路地から大通りへと飛び出して来るのが目に入る。フード付きのローブを着込んだ、栗色の髪を持つ犬人(シアンスロープ)だ。体格的に一瞬小人族(パルゥム)かとも思ったが、頭部に生えた獣人の耳が彼女の種族を喧伝している。

 

 彼女がリリルカ・アーデ本人だと気付くのにそう時間はかからなかったが、その事実に気付いたのは、丁度裏路地の前を歩いていた白髪のヒューマンとぶつかって共倒れした後だった。

 

「いててて……。あれ? リリ?」

 

「へ? ベル様?」

 

 奇しくも、マシロはリリルカとほぼ同じタイミングで、その通行人がベル・クラネルであると視認する。

 だが、倒れ込む二人に介入する前に、新たに、二つの足音が近づいて来た。先程、リリルカが飛び出してきた路地裏からだ。その足音に、犬人(シアンスロープ)はピクリと小さく反応を見せる。

 

 現れたのは、見覚えのある制服を着た緑葉色の髪のエルフと、そのエルフと同一の衣装を纏った鈍色髪のヒューマンだった。二人とも、豊穣の女主人……あの酒場で働くウェイトレスである。

 

「リューさん、シルさん……。それに、マシロも……」

 

 辺りを見渡したベルは、何が起きているのか分からないという感じで呟く。だが、直ぐに顔を青くして尋ねて来た。

 

「あ、あああの、三人とも! 上から下まで真っ黒のナイフを見かけませんでしたか……⁉」

 

「……コレですか?」

 

 若干呂律の回っていないその質問に、エルフのウェイトレスは即座に一本のナイフを掲げて見せる。それは確かに、ダンジョンで視たナイフと同じ物であるように見えた。

 

 ベルは見る見るうちに瞳を潤わせ、エルフの左手ごと黒いナイフを握り込め始める。他者との肌の接触を嫌う種族に対しての軽々な行動。マシロは一瞬身構えたが、彼女がベルの手を振り払う事はなかった。それどころか若干困った様に顔を赤らめている。その様子に、当のベルは全く気付いていないようだが……。

 

「すみません、これ、何処に落ちてました?」

 

「落ちてた……?」

 

 ベルの質問に、エルフは怪訝そうな顔を作った。

 マシロも恐らくは同じような表情をしていただろう。そして、数秒遅れで理解する。つまり、ベル・クラネルは、未だナイフを盗まれた事に気付いていないのだ。本当に、人を疑うという事をしない奴である。

 

 マシロは、その純粋さに無性に腹の立つ思いさえしたが、『まあ、それもここまでだ』と、なんとか気持ちを静める。

 

 まず間違いなく、このエルフ達はリリルカ・アーデの事を追いかけていた。それはつまり、奴がベルのナイフを所持していたという事だ。

 

 『その犬人(シアンスロープ)が所持していました』。

 

 一言そう聞かされれば、流石のベルも理解するだろう。

 しかし、次の瞬間、エルフから放たれた言葉はマシロの予想に反するモノだった。

 

「落ちていた……というより、一人の小人族(・・・)が所持していました」

 

「……⁉」

 

 マシロはその返答に、耳を疑った。

 そして、思わず口を挟んでしまった。

 

小人族(パルゥム)だと? 犬人(シアンスロープ)じゃねぇのか?」

 

「え、ええ。確かに、小人族(パルゥム)だったと思うのですが……」

 

 歯切れ悪そうに応えながら、エルフの視線がリリルカを貫く。彼女の困惑した様子を見る限り、どうやらリリルカを追いかけていたのは事実の様だ。しかし、いざ追い詰めてみると、種族が違っている。

 

 遭遇した際はフードを被っていた為、小人族に見えた・という事なのだろうか? いや、だとすれば、種族断定は早計だ。にもかかわらず、小人族だと言い切ったからには、きっと彼女は、犯人の頭髪も見ているのだろう。

 

 ならば、本当にリリルカは、この件について無関係。犯人と瓜二つの外見の為、不運にも逃走時にそいつと入れ替わってしまったと考える事も出来そうだが……。果たしてそんな偶然が起こり得るのだろうか……。

 

 そんな事を考えている時だ。

 

「……どうやら【リトル・アイズ】様は、リリが犯人だと疑っていた様ですね」

 

「……!」

 

 不意に、立ち上がったリリルカが、そんな言葉を呟いた。

 とても暗い声色だ。

 俯き、見せつけるように此方に背を向けるその姿は、強い悲壮感を漂わせている。

 

 何もないも知らぬ者達には、十分な同情を誘えるだろう。

『パーティーメンバーから窃盗を疑われた』。

 健全な関係のパーティーメンバーなら、確かにショックを受けてもおかしくない案件だ。

 

 つまりは、マシロを悪者に仕立て上げ、この場を切り抜けようという魂胆なのだろう。

 そして、こんな安っぽい悲劇のヒロインムーブを真に受ける者が、この中にはいる。

 

「リ、リリ? 違うよ、マシロは別に君を疑っている訳じゃ……」

 

 そう、ベルだ。

 ベル・クラネル。リリルカの三文芝居は、十中八九このお人好しに向けられたモノだろう。現状、奴が犯人だという実利的な証拠はない。最初から疑ってかかっている偏屈な上級冒険者の心証がすこぶる悪いというだけの話だ。

 

 ならば、その冒険者の魔の手から守ってもらえばいい。他でもない、被害者(ベル・クラネル)の手によって。

 

「お、おい。ベル……!」

 

「もう、マシロ……そんな態度じゃ、いつまでたっても……」

 

「良いんです。【リトル・アイズ】様がリリを良く思っていないのは、最初からですので……。それでは、失礼します」

 

「あ、リリ……⁉」

 

 そそくさと駆け出すリリルカの背中を、ベルは律義に追いかけた。

 

「おい!」

 

「大丈夫! ちゃんと誤解を解いて来るから!」

 

 何を勘違いしているのか、ベルは妙に意気込んで人混みの中に消えて行ってしまう。こういう時の行動はやはり早い。無害そうな顔の割に遠慮がないというか無鉄砲というか……。とにかく、口にした事を即実行に移す愚直さはマシロとは正反対だった。

 

 伸ばした手が、虚しく空気を掴む。追いかけようにも、既に二人は雑踏に紛れて何処にいるのか見当もつけられない状況だ。

 

「くそ……ッ」

 

 毒づくマシロの横に、スッと、エルフのウェイトレスが身体を並べる。

 

「クラネルさんの口から貴方の名前を何度か聞いてはいましたが、本当に知己の仲でしたか。では、パーティーを組んでいるというのも?」

 

「………ああ」

 

「経緯は聞きません。ですが、ひとつだけ。貴方の目から見て、あの栗毛の小人族(パルゥム)……いえ、犬人(シアンスロープ)の少女はどう映りますか? 黒か、白か」

 

「……黒だ」

 

「そうですか」

 

「俺からも聞かせろ。お前が追跡対象の入れ替わりに気付かないとは思えない。お前が最初に見たのは、本当に小人族(パルゥム)だったのか?」

 

 その問いに、エルフはしばし考えるような素振りを見せる。恐らく、当時の記憶を想起しているのだろう。

 

「ええ、間違いなく。彼女が逃走を図る際、フードがはだけ、その頭部を目にしましたが、獣人の耳は存在しなかった」

 

「…………」

 

「無論、追跡中、一度も視界から彼女の姿が外れなかったとは言いません。私の目を盗み、作り物の耳を取り付ける事も可能やも知れない」

 

「……お前の中で、それを見落とす可能性はどれくらいある?」

 

「砂粒ひとつ程度……と言ったところでしょうか? そもそも、逃走中に正確な位置に寸分違わずレプリカの耳を取り付けられたとは思えない。装着に手間取る内に、捉えられた筈です」

 

「だろうな」

 

「はい」

 

 結局、リリルカを黒だと決めつける手掛かりは存在しない。自分だけでなくこのエルフの証言もあれば、あるいはベルを説得できるかも知れないと踏んでいたが……どうやらその目論見は叶わない様だ。

 

 結局は、これからも奴の行動に注視するしかないという事である。まあ、今回の件がある為、暫くは大胆な行動は控えるだろうが……。

 

 等と今後の奴の出方を推察していると、不意にクスリという微笑が鼓膜を撫でた。顔を上げると、鈍色の髪のウェイトレスが何処かの女神を想起させる表情で此方を見ている。

 

「………なんだ?」

 

「いや~、なんだか意外だなーって思っちゃって」

 

「意外……ですか?」

 

 同僚の疑問に、鈍色のウェイトレスは大仰に頷いた。

 

「うん。だって、凄くベルさんのこと気にかけてくれているみたいだから。私、【リトル・アイズ】様とベルさんって、絶対合わないだろうなって思っていたんだよね」

 

 満面の笑みでそんな事を言ってのける鈍色のヒューマン。

 確かに性格が正反対の両者は一見相性が良いとは思えない。実際、仲良くしているとは言い難いだろう。衝突がなく、それなりの形にまとまっているのは、偏にベルの温厚さに助けられている面が大きい。それは、マシロ自身も分かっている。

 だからこそ、その指摘は巧妙な皮肉に感じられた。

 

「はっ。こんな偏屈な餓鬼は、あの純朴兎とは反りが合わないか?」

 

 だから、皮肉を返してやる。

 すると……。

 

「はい!」

 

「………」

 

 淀みの無い笑みで、ハキハキとした声色で、ストレートにカウンターを喰らわされた。

 その尻込みしない様子に絶句していると、エルフの窘めすら聞き流しながら、彼女は次の様に続ける。

 

「でも、気持ちは分からなくもないですよ? ほら、ベルさんって、とっても気持ちの良い方じゃないですか。だから、彼の為に何かをしてあげると、凄く良い事をした気分になれるんですよね」

 

「何が言いたい……」

 

「善意には善意を返したくなるものでしょう? 例えそれが、自分が気持ちよくなりたいっていう自己愛的な精神からくるものとしても、ベルさんを助けてあげたって結果は変わらない」

 

「………」

 

「【リトル・アイズ】様くらい擦れていると、もうそれだけで悦に―――」

 

「シル。それ以上はいけない」

 

 ここで、エルフによる強制的な待ったが入った。マシロとウェイトレスの間に物理的に割って入り、視線を遮る。その背中越しに見える鈍色の少女の顔は、変わらぬ微笑が浮かんでいた。

 

「ごめんなさい。ほら、私この前【リトル・アイズ】様に『嫌い』って言われてるでしょ? それを根に持ってて」

 

「それこそらしくない。シル、あなたは……」

 

「ふふ。さあ、そろそろ戻ろう、リュー。いいかげん、ミアお母さんに怒られちゃうよ」

 

「ああちょっと、シル⁉」

 

 ヒューマンは、お小言など聞きたくないと言わんばかりに会話を打ち切り、綺麗な歩き姿で立ち去ろうとしてしまった。その背中には『制止はきかない』と書かれている様であり、エルフは此方に会釈を一つ残すと、慌てて彼女を追いかけて行ってしまう。

 

 一人、その場に取り残されたマシロは、拳を固く握りしめ、荒ぶる心を落ち着けるように、深く息を吐いた。

 

 心の内を見透かされた様な気がした。

 神ですらない、只の酒屋のウェイトレスにさえ。

 

 自分でも良く分かっていない、ベル・クラネルを気にかける理由……。リリルカ・アーデの魔の手から逃そうとしている訳。

 それが、醜い自己陶酔からくるものだと、突きつけられた様なきがして―――。

 

 

 

「くそ………………ッ」

 

 

 マシロは殊更、自分自身が分からなくなった。

 

 





お読み頂きましてありがとうございました! 次話も宜しくお願い致します!


あと、古代フィンさんの五凸目指します。それで、第一弾のフィアナさんと、第二弾のラザル君と並べて激エモパーティーを組んでやるんです。できれば、フィンさんのアシストにはアルフさんを付けたいですね。

まあ、強キャラを幾ら集めても、それを効果的に編成する脳みそは無いんですが……。
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