剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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最新話です。
とりあえず、これで一応和解です。


第二十七話

 

 

 

 

 ねえ、まだモンスターきらい?

 

 

 

  まだダンジョン行く?

 

 

 

 

 

  『……いくよ』

 

 

 

 

 

 どうしても?

 

 

 

 

  『シロは嫌だ? 私がダンジョンに行くの』

 

 

 

  やだ 

 

 

 

 

 

『駄目だよ。モンスターはお父さんとお母さんの仇だから。この世に存在してちゃいけないものだから』

 

 

 

 

 

 ……ぼく、お姉ちゃんが死んじゃう方がイヤだ

 

 

 

 

 

 

 

 

  『……』

 

 

 

 

 

 

 

 

  あ、お母さんたちが死んでよかったって言ってるんじゃなくて……

 

 

 

 

 『分かってるよ……』

 

 

 

 

 

  うん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

―――平気だと、思っていた。

 

 

 

 

 

『いやぁ、それにしても勿体ないよなぁ』

 

 そう同情されることが、以前(まえ)はよくあった。

 何がだ? と尋ね返せば、ロキの眷属(連中)達は決まって同じような答えを口にする。

 

『せっかく【剣姫】の弟なんて恵まれポジなのに、仲悪いんだもん』

 

『それな、俺だったら絶対もっと上手くやるわ』

 

『肉親じゃ恋人とかにはなれないけど、オレらじゃどうせ無理だしな。だったら、割り切って可愛い弟として甘やかされたい』

 

『いったい何やらかして嫌われたんだ、マシロちゃんよぉ?』

 

 面白がって冷やかしてくるのは、殆どがここ4年以内に【ロキ・ファミリア】に入団した冒険者だった。つまり、アイズが俺から距離を置くようになってから知り合った者達。それ以前からファミリアに在籍していた団員は、いっそ不自然なまでにこの件には触れて来ない。

 

『その手の話は耳にタコだ。いったい何度同じ話題を振れば気が済む?』

 

 俺は、どちらの反応も気に喰わなかった。

 だから、大抵の場合嫌味を込めて言い返してやる。

 けれど冒険者になるような奴らはどいつもこいつも神経が図太くて、此方の辟易など気にも留めない。野生の動物であるかのように、本能のままに言いたい事を口にする。

 

『だって歯がゆいんだモンよ~』

 

『ちな、俺だったら自殺してる。アイズさんに嫌われるってのはそういう事だぜ?』

 

『大袈裟……じゃあねえなぁ。なんせ、相手はあのアイズ・ヴァレンシュタインだ』

 

 彼らを含む多くの冒険者達にとって、【剣姫】は崇拝と羨望の対象だ。本来、『第一級冒険者』というだけでそう言った感情を向けられる物だが、姉の場合は容姿や最大派閥所属のブランドが合わさって殊更群を抜いている印象を受ける。

 だからこそ、そんな人物の『弟』である俺は手頃な話の種なのだろう。勿論、本人に直接絡みに行く勇気がないから、俺をイジって妥協しているという側面もあるのだろうが。

 

『正直、マシロが嫌われるって意味分かんねぇんだよなぁ』

 

『それな? 口は悪いけど、誰彼構わず罵ったりとかしないし』

 

『意地の悪いこともしないしな』

 

 天下の【ロキ・ファミリア】の構成員が、高だか『姉弟喧嘩』の理由について真剣に考察している。仮に原因を突き止めた所で、単に『俺の失言により嫌われた』という事実しか浮かび上らないというのに……。なのに、まるで難解事件のように囃し立てるコイツ等が、俺には下らない人間に思えてならなかった。

 

 

 

 

――――大丈夫だと思っていた。

 

 

 

 

『やっぱアレ系かね……ラッキースケベ?』

 

『お前に見られたならともかく、弟相手にそんな尾を引くか? 精々、その場でタコ殴りにする程度だろ』

 

『ちょっと待て!? タコ殴りぐらいで許されるなら今から決死覚悟で風呂でも覗きに行った方が良くないか!?』

 

『馬鹿野郎! 許されんのはマシロ(実弟)の特権だ! 俺らじゃ骨も残んねえぞ!』

 

『ち”く”じょう”……アイズさんの弟になりたい……!!』

 

 ………でも、同時に『なんで?』とも思ったんだ。

 俺はアイズとの冷めた関係を気にしていない筈なのに。

 もう、どうでもいい他人と認定している筈なのに……。

 どうして……野次馬根性丸出しで突いて来るコイツ等に、こんなにも腹を立てているのだろう。

 

 当時の俺には、その理由が本気で分からなかった。

 

 

 

 

―――もう、痛む胸などないと、そう……思い込んでいた。

 

 

 

 

『オイ、いつまで下らねぇ話をしてやがる?』

 

『げっ! ベートさん!?』

 

『そんなだから雑魚のままなんだよ、テメェら。目障りだ。消えろ』

 

『は、はいぃぃぃぃぃぃ!』

 

 狂暴な狼人(ウェアウルフ)の出現。それに伴い、【ロキ・ファミリア】の下級冒険者達は蜘蛛の子を散らすように霧散していった。予定調和だ。これも、いつもの光景(・・・・・・)である。今回は【凶狼(ヴァナルガンド)】だったからこんな反応になったが、俺が似たような会話に巻き込まれている時、必ず何処かでフィンを含めた幹部の誰かが現れるのだ。まるで、『デリケートな問題だからそっとしておけ』と苦言を呈すように。それが、気を遣われているみたいで気に喰わなかった。

 

『………余計な真似を……助け船でも出したつもりか?』

 

 あらん限りの悪態と共に尋ねると、ベートは嘲笑う様に鼻を鳴らす。

 

『勘違いすんな。雑魚共がヘラヘラ群れて目障りだっただけだ。ついでに、いつまでもメソメソしてるテメェの(ツラ)もな』

 

『なんだと?』

 

『はっ、図星つかれてお冠か? お姉ちゃんが恋しいって、昔みたいにアイズに泣きついてみろよ』

 

『テメェ……黙って聞いてりゃ―――』 

 

『なんだ、やんのか? いいぜ、構ってやる』

 

 

 

――――だから、反発した。以前の自分とは正反対の自分を創り上げた。それこそ、目の前の狼を無意識の内に参考にして、強い男を演じた。

 

 

―――そうしていく内に、本当に自分が強くなったような気がしていた。姉に嫌われたことを引きずる弱い自分なんて最初から居なかったのだと、そんな錯覚をできるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫ッスか? ダメっすよ、あの人にケンカ売っちゃ……』

 

『まあどうせあの馬鹿が何か言って来たんでしょうけど、相手にしないの。手加減の手の字も知らないチンピラなんだから』

 

『ほら、ジッとしていて下さい。急に動いちゃダメですよ?』

 

『うるせぇ。つーか、潔癖症はどうしたスイーツエルフ……』

 

『そんなこと言う子には回復薬(ポーション)あげません』

 

 案の定、俺はベートにボコられた。それはもう盛大に。いっそ笑えるぐらいに。半年ほど前にランクアップしていたお陰で耐えられたが、Lv.2のままだったら【ディアンケヒト・ファミリア】の厄介になっていただろう。けれどまあ、最初に喧嘩を吹っ掛けたのは此方なので文句も言えない。

 

 そんな暴虐の嵐から逃れられたのは、ラウル・ノールド、アナキティ・オータム、レフィーヤ・ウィリディスの介入があったからである。正直、実力的には3人まとめて叩き潰されてもおかしくなかったが、幸いベートは舌打ちを一つ残して退散してくれた。

 

 綱渡りの状況だったからか小言を漏らすラウルの額には大量に汗が滲んでいる。アナキティは暗にもっと賢く立ち回れと助言を寄越し、レフィーヤは安堵のため息を吐いた後、俺の頭部を膝の上に乗せた。そして、携帯していた回復薬(ポーション)の蓋を開けて口元に近づける。

 

『やめろ、ひとりで飲める』

 

『そこまで来たんなら飲ませて貰いなさい。エルフに膝枕つきで介抱して貰えるなんて中々できない経験よ』

 

『ちょっと、アキさん!? そんなお得だから貰っときなさい、みたいな言い方しないで下さい!?』

 

『同感だな……。こんな社交性マックスの異端エルフ相手に、今更ありがたみなんか沸くかよ』

 

『意地でも憎まれ口叩かないと気が済まないんですか貴方は!?』

 

『まあまあ、それにしても災難だったッスねぇ。実は自分達、マシロのこと探してたんすけど……』

 

『俺を?』

 

 俺は痛む腕でどうにかレフィーヤから回復薬(ポーション)をもぎ取り、無理やり上体を起こす。そして、自分の手で液体を飲み干し、十分に痛みが引いた事を体感した後、ラウルの台詞に相槌を返した。

 すると、次に口を開いたのはアナキティで。

 

『マシロ、明日お誕生日でしょう? 何か欲しいものはある? 【ゴブニュ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】のオーダーメイドとかじゃない限り買ってあげるわよ?』

 

『随分と大盤振る舞いだな。つーか、こういうのは普通サプライズにするもんじゃねぇのか』

 

『それも考えたけど………貴方、要らない物を貰って愛想笑い浮かべられるタイプでもないでしょ?』

 

『………それは、まあ』

 

 サプライズの場合は、各々プレゼントする物品を考え、調達しなければならない。【ロキ・ファミリア】のような大所帯の派閥で、団員一人一人の趣味趣向を把握しきるのは不可能に近い為、このような対応も仕方がないのだろう。神々は『つまらない』と口を尖らせるだろうが、不要な物を渡されるよりはずっと良い。

 

 けれど、いざ考えてみると、欲しいものなど思い浮かばなかった。

 無欲……と言えば聞こえは良いが、なんてことない。俺の場合は趣味が無いだけだ。

 

 そんな自覚を持ってみれば、自分はいったい何に喜びを感じる人間なのだろうという疑問が頭をもたげる。今まで、考えもしなかった。そして、まったくと言っていいほど答えが出ない。昔の俺ならば―――。

 

 そこまで考えて、途端にノイズがかかったように思考が乱れた。まるで、以前の情景を思い出すのを拒んでいるかの様に。誰がかけた『待った』なのかを理解する事もできず、俺は案山子のように黙りこくった。ただ、『この先に踏み入りたくない』という感情だけを漠然と抱きながら。

 

 不自然な沈黙が生まれる。耳鳴りが喧しい。場の空気を察してか、レフィーヤが取り繕うように口を開いた。

 

『す、直ぐに思い浮かばないなら、明日私達と街を回ってみませんか? 何か良い物が見つかるかも知れませんし』

 

『おお、いいッスね!』

 

『そうね。もし欲しい物が見つからなくても、美味しいごはんでお祝いも出来るもの』

 

 レフィーヤの提案に対し、満場一致で採用という空気が流れる。

 俺は慌てて制止をかけた。

 

『おい、なに勝手に進めてやがる? 俺は行くなんて一言も―――』

 

『えぇ、マシロは私達とお出かけするの嫌なんですか?』

 

『いや、それは……』

 

『もう……なら、今欲しい物を決めてちょうだい』

 

 うるうるとエルフらしからぬ馴れ馴れしさで瞳を潤ませるレフィーヤと、ヤレヤレと手を腰に当てながら希望のプレゼントを催促するアナキティ。

 

『そもそもプレゼントなんか要らねぇよ。別に団員全員の誕生日を律義に祝ってる訳でもないだろ』

 

 構成員の少ないファミリアならそれも可能だろうが、【ロキ・ファミリア】程の規模になると物理的に無理がある。第一、冒険者などという刹那的な生き方を好む連中は、自分の生まれた日など意識していない者が多い。

 

 俺もその例に漏れず、正直、今アナキティに言われるまで失念していたぐらいだ。そして、それはきっとコイツ等も同じだろう。恐らくは、俺が派閥の最年少だから気を遣ってくれているのだろうが、特別扱いをする必要など何処にもない。

 

『まあまあ、そう言わずに。なんなら物じゃなくても良いっスよ? 例えば……』

 

『ラウルを丸一日扱き使える権利とか?』

 

『アキ!? 何すか、その恐ろしい発想は!?』

 

『いいだろう。それで手を打ってやる』

 

『マシロ!?』

 

 話を終わらせるためにアナキティの冗談に乗っかる。

 すると、ラウルの悲痛の叫びに隠れる形で、モジモジとレフィーヤが控えめに声を上げた。

 

『あ、あの、そういうので良いなら、こういうのはどうですか?』

 

『ん? 何、レフィーヤ? ラウル召使い券より良い物なんて相当ハードル高いわよ?』

 

『ラウル奴隷券(一生)に代替できるレベルなら考えてやらん事もない』

 

『どんどん名前が酷くなってるッス!?』

 

 等と、半ばふざけていると……。

 

 

 

 

『アイズさんとお出かけできる券……なんて?』

 

 

 

 

 沈黙が、場に鎮座した。

 言い出したレフィーヤもその空気に耐え兼ねてか、『てへ』なんて首を曲げている。まるで地雷を踏んだと言わんばかりに、恐る恐る此方を窺うラウルたちの視線が煩わしい。きっと俺が口を開かない限り、この沈黙は永続するのだろう。

 

『………それがプレゼントになるのはお前ぐらいだろ。そもそも、アイツに話は通してるのか?』

 

『ま、まだですけど……』

 

『なら頼んでみるといい。首を縦に振るかどうかは知らんがな』

 

『………』

 

 今度はレフィーヤが押し黙ってしまった。

 ふざけるな、結局こんな空気になるのかよ。

 そう内心毒吐いていると……。

 

『そんな悲しいこと言わないで下さい……。きっと、アイズさんだって』

 

 続きの言葉は、いつまで経っても彼女の口から放たれなかった。

 

『まあまあ、その辺にしておきましょ。マシロ、欲しい物が決まったら今日中に私かラウルに伝えに来なさい。来なかったらこっちで勝手に選ぶからね』

 

 そう言い残し、アナキティはラウルとレフィーヤを連れて去って行く。

 小さくなっていく奴等の足音が妙に耳に響いた。

 

 

 

 

 

―――こんなやり取りがあったからだろう。柄にもなく、誕生日だからという理由で、街をぶらつく事にしたのは……。

 

 

―――いや、なんとなくあの3人のいる本拠(ホーム)に居づらいと思ったのも理由の一つなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 後日、図らずもレフィーヤの言う『プレゼント』が実現する事となった。なんの間違いか、アイズが俺との外出を了承してしまったのだ。最初は当然困惑した。何しろ、4年近くも会話すらなかった肉親である。何を喋ったらいいか分からないし、正直気まずい。

 

 けれど、息苦しい時間は最初だけだった。これまでの無関心が嘘であるかのように、姉が積極的に話しかけてきたからだ。……いや、あれが『積極的』と表現できるレベルなのかは分からないが、元来口数の多くないアイズが俺に対してと考えれば充分異常事態と言って良いだろう。

 

 当時の俺は気付いてすらいなかった。

 いや、気付こうとさえしなかった。

 だが、今なら分かる。

 俺はこの時、『楽しかった』のだ。

 

 何気ない会話に花を咲かせる。

 並んで街を練り歩く。

 ジャガ丸くんを一緒に頬張る。

 武器屋や雑貨店を見て回る。

 行きつけの酒屋で夕食を摂る。

 

 そんな当たり前の時間をアイズと共有できた事が『嬉しかった』。長年胸につかえていた引っ掛かりが取れたみたいで、酷く気持ちが晴れた。それこそ、4年間にわたる長期の冷戦状態を、何かの間違いだったと考え始めるぐらいには。

 

 この時間が、もっと続いて欲しいと何処かで思った。今日限りの誕生日プレゼントなんてケチ臭いこと言わずに、明日以降もずっと、こんな風に。昔みたいに……。

 

 

 

 でも、やっぱりそんなのは都合の良い妄想で……。

 

 

 

 結局、奴は、俺の前から姿を消した。

 設定金額が高めの『豊穣の女主人』で、2人分の料理の会計を押し付ける形で、突然走り去っていったのだ。俺が咄嗟に口にしたのは店の会計に対する心配だったが、それはせめてもの抵抗である。置き去りにされた事に対してではなく、支払いを押し付けられた事に対して憤っている。そういう体を装わなければ、心がもたなかったから。

 

 だって、こんなの完全に嫌がらせだ。悪意があったとしか思えない。嫌いな相手を困らせる為に会計を押し付けた。それ以外に解釈の仕様がない。

 

 要するに、今日の楽しそうな素振りは全て演技だったという事だ。

 きっと『マシロと一緒にお出かけしてあげて下さい』とでも、あのお節介妖精(レフィーヤ)に頼まれていたのだろう。可愛がっている後輩の頼みを無碍にも出来ず、渋々了解した。だが、ついさっき限界を迎えて仮面を脱いだ。

 

 きっと、そういう事なのだ。

 やっぱり俺は、4年前のあの日から嫌われていて、アイズの中で許容できない存在に分類されていたのだろう。この日から、俺の中でアイズから嫌われているという認識はいっそう強固なものになった。

 

 また昔みたいになれる。

 そんな期待をしてしまうから、裏切られた時にショックを受ける。だったら、最初から期待しなければ良い。今回の一件で身に染みた。徹底的に、アイズは俺の事が大嫌いなんだ。和解なんて出来ない。過去の発言は取り消せない。姉との関係は一生このままで、俺達の道は未来永劫交わらない―――。

 

 そういう認識で生きていけ。

 簡単なことだろう。今までも、ずっとそう言い聞かせて来たんだから。

 

 

 なのに、そんな俺の決心を色んな奴らが否定してくる。

 

勇者(ブレイバー)】が。

 

 炉の女神(善神)が。

 

 彼らが信用できる連中だという事実が始末に負えない。派閥の団長(フィン・ディムナ)は言わずもがな、ヘスティアは『超越存在』である神だ。そんな両名に同じ事を言われれば、どうしたって心が揺らぐ。そうなのではないかと、期待の感情が芽生えてしまう。

 

 

 そして、何より―――。

 

 

 

『私は、君のことが大好きだよ』

 

 

 

 アイズ自身にも、そう吐露された。

 

 嘘だと思った。条件反射で。

 わざわざ部屋を尋ねてまで、そんな嘘を吐く意味は無いと頭では分かっていても、どうしても姉に自分が好かれているという方程式が結びつかなかった。

 

 けれど、追い打ちをかける様にアイズは続けた。彼女が俺を無視するようになったのは、ロキやリヴェリア達に『あまりベッタリしていると、その内嫌われるぞ』と助言されたからだと。その弁明を聞いた瞬間、げんきんにも俺の心は軽くなったんだ。

 

 完全に初耳……寝耳に水。でも、同時にあり得なくもない助言だとも思った。当時は当たり前すぎて気付いていなかったが、確かに以前の姉のスキンシップは『異常』の一言だったから。

 

 そんな相手に甘えに行っていた俺自身も大概だが、とにかく常識的な感性を持つ首脳陣なら、上記のような注意をしても不思議ではない。寧ろ幼い姉弟を引き取り実の子の様に育てて来た身からすれば、苦言を呈して当然の案件だろう。

 

 無論、どうして一切口をきかなくなったのか? という疑問は残る。けれど、それに関しても、無器用すぎる姉の調整ミスだと考えれば、一応の筋は通ってしまうのだ。

 

 仮にこの弁明が事実だった場合、アイズが俺から離れた事実とアイズ自身の感情は全くの無関係という事になる。要するに、これまで熱心に刷り込んできた『姉に嫌われてしまった』という認識その物がひっくり返ってしまう訳で―――。

 

 

 魅惑の果実に手を伸ばしそうになる。

 でも、実際には伸ばせない。

 

 これで心を許して、油断して、そしてまた裏切られたら。

 リヴェリア達に注意されて距離を置いたという発言自体が嘘だったら。

 結局、アイズに嫌われていたら。

 その事実を知ってしまったら。

 

 きっと、俺はもう耐えられない。

 

 俺は動けなかった。信じたい気持ちと臆病な心に板挟みになって、頭が真っ白になっていた。そんな中で、姉の言葉が滑り込む。それは決別の言葉だった。自分には俺と仲直りする資格がないから。それが分かったから、もう関わったりしない・と。耳を塞ぎたくなる台詞が紡ぎ出される。

 

『………ばいばい、シロ』

 

 そう、悲しそうに微笑まれても、俺は彼女を追い駆ける事が出来なかった。そればかりか。

 

 ほら、見ろ。

 やっぱり遠ざかるんじゃないか、と。

 なんだかんだと理由をつけて、結局俺から離れていく癖に、と。

 

 心の中で悪態を吐いて、必死に自分を守った。これ以上傷つかない様に、期待しそうになる心を上書きするのに躍起になった……。本当は、今すぐにでも駆け寄って、その白い手を取りたかった癖に。

 

 

 結局、俺が自分の気持ちを認める事ができたのは、今際の際に立ってから。【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】に文字通り殺されかけて漸くだ。我ながら強情すぎて笑えない。

 

 やっと、仲直りしたいと思えたのに。

 例え、やっぱり嫌われていたんだとしても関係ないと。謝って、関係修復の努力をしたいと、そう心の底から思える様になったのに。そんなちっぽけな願いさえ叶えられずに息の根が止まる。

 

 でも、それは仕方のない事だ。

 だって、これはきっと、死の恐怖に支配されるまで自身の気持ちにも気付けない……愚鈍すぎる俺への報いに他ならないのだから。もしくは、最期まで外面を気にし、新米冒険者を助けようと思い上がったツケなのかも知れない。結局、ベルは俺の助力など借りず過酷を征して見せた。俺なんて、はじめから必要なかったのだ。完璧にこちらの独り相撲。道化のように馬鹿げたスピードで成長していく兎なんかより、俺の方がよほど道化というもの。

 

 そんな哀れなピエロには、こんな結末がお似合いだ。

 後悔に塗れたまま、何一つ成し遂げられずに息絶える。

 犬死こそ、俺に相応しい末路というもの。

 

 

 

―――だから……もう、やめろ。

 

 

―――いつまで未練がましく生に縋りついているつもりだ……。

 

 

――――助かる訳がないんだ。上層域とは言え、地下迷宮(ダンジョン)内部で法外な重傷を負い、スキルで治療の芽を丸1日摘んでいる状態だぞ?

 

 

――――リリルカ・アーデが救い出すのはベル・クラネルだ。

 

 

――――俺はまず間違いなくダンジョンの中。

 

 

――――仮に運よく他の冒険者に運び出されたとしても、治療ができない事に変わりはない。アミッドが治療に当たったとしても、その事実は動かない。

 

 

――――なのに……どうして、まだ自我が残っている? 何故思考できる? 意識がある? 肉体はもう限界の筈なのに、なんでまだ精神が引っ付いたままなんだ?

 

 

――――さっさと沈め、みっともない。この期に及んでまだ生きようとしているのか? 無理な理由は散々あげつらった筈だろう。あれだけの要因を挙げられて、どうして未だ納得できない? そんなに死ぬのが怖いか、臆病者め。

 

 

――――お前は冒険者だろう。自分の命を質に出して、迷宮に潜っていた筈だろう。

 

 

――――なのに、なんで。

 

 

 

―――なんで、俺はこんなものを(・・・・・・・)視ている(・・・・)

 

 

 

―――どうして、過去の映像が浮かんでくる? どうして、姉の後ろ姿が消えて無くならない?

 

――――なんで……手を伸ばせば届きそうな所に……アイズが見える?

 

―――もうやめてくれ。どうせ死ぬのに、こんな妄想をしないでくれ。俺は、もう死ぬから。大人しく消えるから。だから……。

 

 

 

 

―――こんな希望(もの)を見せないでくれ………。

 

 

 

 

 

 

『そんなにツライなら追いかければいいじゃん』

 

 

 頭を抱えていると、幼い自分の声が脳内に響いた。

 すぐ横に視線を落とせば、過去の自分がそこにいる。心底不思議そうに、俺を見上げて首を傾げている。

 

 

『どうせ、死ぬんでしょ? じゃあ最後ぐらい好きなようにすれば? へるものでもないし』

 

 

『…………うるさい』

 

 

『また、つまんないイジはって。はいはい、もういいですよぉ』

 

 

『………!』

 

 

 呆れた顔をひとつ残して、昔の俺は軽やかに駆け出した。前に向かって、真っ直ぐに。

 進行方向には金の長髪が靡いていて。

 小さな俺が、当たり前のように、アイズの手を取って微笑みかける。

 

 アイズはそんな俺の頭を一度撫でると、手を繋ぎ直して歩き始めた。昔の俺と一緒に、俺から遠ざかって行く。ドクンと、心臓が大きく跳ねる。嫌な汗が出る。

 

 

―――行かないでくれ。

 

 

 その言葉が、喉から出そうになった。でも、吐き出せない。

 苦しい。呼吸が止まりそうだ。

 

 けれど、そんな時。

 不意に、小さな俺が、俺に顔を向けた。

 そこには、此方を煽る様な勝ち誇った笑みが浮かんでいて―――。

 

 瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 気が付けば、足が途轍もない勢いで回転している。見る見るうちにアイズ達との距離が縮んで行き……無我夢中で過去の俺からアイズの手を奪い取った。まるで、そこは俺の場所だと主張する様に。

 

 

 突き飛ばし、体勢の崩れた昔の俺の顔が視界に入る。昔の俺……俺の本心は、満足した様に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、唐突にマシロの視界がホワイトアウトする。そして、視界に白い何かが広がった。それを天井だと理解するのにたっぷり10秒以上時間をかけ、終ぞ理解するよりも先に他の感覚が復活し始めた。唐突に薬品の匂いが鼻孔を満たし、全身に痛みと重み、それと倦怠感が襲って来た。けれど、何故か右手だけは心地の良い温もりに包まれていて―――。

 

 

「シロ……?」

 

 

「………………ぇ?」

 

 

 名前を呼ばれて反応を示すのに、ワンテンポ以上遅れる。発した声も、驚くほど小さい。首が思う様に動かず、殆ど眼球のみで横を見る。

 どうやら、包帯まみれの自分の手の上に、誰かが手を重ねている様だ。だから、手だけは温かい。痛みも薄い。あんなに雪みたいな白い手なのに……。

 

「シロ……?」

 

また、名前を呼ばれた。今度は、さっきよりハッキリと。聞き覚えのあるその肉声に、脳裏に誰かの顔が浮かび始める。しかし、完璧に像を結ぶより先に、頭上からサラサラとした金の髪が垂れ下がって来た。次いで、まん丸い金目が視界の枠内に収まり、『心配』を絵に描いたような表情が眼前に広がる。小振りな唇が、そっと動いて―――。

 

 

「大丈夫……? 私のこと、わかる?」

 

 

「アイ……ズ……?」

 

 

 アイズ。

 姉がそこにいる。

 どうして居るのかは分からない。

 けれど―――その事実を認識した瞬間、胸に何かが込み上げてきた。目頭も急激に熱くなり、肉体が正常な状態にないことが理解できる。まるで体内に溶岩が出現し、洪水が発生しているかの様な。『気を抜けば情けない姿を見せる』……そんな認識だけが脳内を駆け巡り、マシロは無意識の内に自分の喉を閉めた。

 でも―――。

 

「よかった……よかったよ。シロ……」

 

 ボロボロと涙を流す姉の顔を見て、マシロの喉はあえなく決壊した。嗚咽が漏れ出る。聞くに堪えない、不格好で不細工な声の塊だ。哄笑とも慟哭とも取れない中途半端なソレが、濁流の様に不規則に喉から漏れた。

 

 自分は生きているのか? 生きているなら、ここは何処で、何故助かったのか?

 

 そんな疑問は当然ある。けれど、今はどうでも良かった。正しい行動なんか二の次で、少年は、姉に一番言いたい事を口にした。

 

 

 

 

「ごめん……なさい」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 やっと告げることのできた謝罪の言葉。

 対して、アイズは驚いた表情を見せる。さんざん意固地になって、自身を突っぱねて来た相手からの謝罪だ。いったいどんな心変わりがあったのだと驚倒に支配されるのは仕方ない。本来、マシロは自身の心境の変化の流れを説明するべきなのだろう。それは分かっている。しかし、どうしても涙も懺悔も止まらなかった。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい! ひどい態度ばっかりでごめんなさい……!」

 

 

 口が堅い。舌が重い。喉が痛い。声が細い。

 ちゃんと喋れているだろうか。きちんと、謝れているだろうか。

 その自信がないからか、マシロの謝罪は途切れる事が無かった。そして、マシロ自身、最早涙でアイズの様子が分からない。許されているのか、それとも今更遅いと憤られているのか。目元を拭えば直ぐに確認できるが、両手は物理的に動かせなかった。

 

 けれど次の瞬間、視界には微笑を湛える姉の顔が映し出される。

 アイズが目元を拭ってくれたのだと理解した瞬間、口元に人差し指を当てられた。

 

「あやまらないで? シロはなにも悪くない。ごめんね、君が怖い思いをしている時に、側にいれなくて……。こんなに、ボロボロになって……」

 

 責任のない事に対して謝って来る姉に、マシロはブンブンと首を左右に振った。「ちがう」と、「この傷は、俺のせいだから」と、そんな主張を涙声でする。

 きっと、碌に聞き取れはしなかっただろう。

 けれど、どうやら姉は弟の言いたい事を汲み取ってくれたらしい。

 

「ありがとう、シロ。生きていてくれて……、私を独りにしないでくれて……! ほんとうに……!」

 

 感極まった様子のアイズに、そっと抱きしめられる。マシロの身体を動かさない様にという配慮が働いたからだろう。上から覆いかぶさる形で、しかし体重はかからないよう細心の注意が払われている。人肌の温もりが身体を包んでいく。

 

 

 

 『ありがとう』『生きていてくれて』『私を独りにしないでくれて』

 

 

 

 それらは、以前なら冗談だと決めつけて取り合わなかった類の言葉だ。けれど、今はスルリと胸の中に入ってくる。すんなりと受け止められる。『信じるな』、『気を許すな』と未だに片隅で叫ぶ臆病な自分を押しのけて。マシロの心は、アイズによって溶き解されていった。

 

 

 【リトル・アイズ】マシロ・ヴァレンシュタイン。彼はこの日、ようやく何重にも着込んでいた棘だらけの鎧を脱ぎ捨てた。脇目もふらず、目の前の姉にどう思われるかも度外視にして……騒ぎを聞きつけた【戦場の聖女(デア・セイント)】等が駆け付ける迄、ただただ幼児の様に泣き続けた。

 

 

 

それは、時を止めた彼の本心の発露に他ならない。4年間も自分の心を偽り続けた空虚な少年は、ようやく己の弱さと向き合い、認め、時計の針を進める事ができたのだ。

 

 





お読みいただきありがとうございました。
ここからしばらくまったりしたの書いて行こうと思います。

あと、一区切りついたので、マシロのステイタスを作ってみました。
→の先が今回死にかけて上がった数値になります。



マシロ・ヴァレンシュタイン
所属:【ロキ・ファミリア】
種族:ヒューマン
職業:冒険者

ステイタス≪Lv.3≫
《基本アビリティ》
力:E444  →E446
耐久:F370 →E412
器用:D512 →D536
敏捷:B700 →B755
魔力:D572 →C600

《発展アビリティ》
狩人:H
耐異常:H

《魔法》
【エアリエル】
・付与魔法
・風属性
・詠唱式【目覚めよ】

《スキル》
【隷属演操】
・任意発動。
・二十四時間強制継続。
・肉体の損傷時、肉体の機能を維持する。
・発動時、外部からの治療行為無効。

【下剋上】
・戦闘の意思がある場合のみ自動発動。
・格上との戦闘時における能力補正。
・『力』、『敏捷』のアビリティ補正。
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