剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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よろしくお願いします。

今回はオリ主の他にもガッツリとオリキャラも出てきます。ご了承ください。


第三十一話

 

「す、スートップ………ッ!」

 

 

 アイズの後を追って病室の前まで戻って来たヘスティアは、躊躇いなく伸ばされた手をどうにか掴み取った。ゼェハァと極力音を立てない様に息切れしつつ、未だにドアノブに手を伸ばす金の少女に喰ってかかる。

 

 

「落ち着くんだ! 話し合いが終わってるか分からないだろう!?」

 

「あ……」

 

 

 そう訴えると、ようやくアイズは我に返った。本当に直ぐに周りが見えなくなる少女である。炉の女神は、「どいてろっ」と言わんばかりに第一級冒険者を後ろに押しやり、控え目に扉をノックした。

 

 

「あ~、ごめんよぉ? ボクだ、ヘスティアだぁ。ヴァレン何某君が発作を起こしてしまってね。そろそろ話し合いは終わったかな~?」

 

「?? 発作なんて起こして―――」

 

「うるさい! 起こしてるだろ! ブラザー・コンプレックスという発作―――」

 

 

 キョトンとほざきやがる天然少女に、「どの口が!」と視線で噛みつくロリ神。次の瞬間、ヘスティアは堅い何かに突き飛ばされた。床の冷たさを尻で感じながら目を開けると、数秒前まで向き合っていた病室の扉が開け放たれている。

 

 誰かが勢いよく扉を開け、真ん前にいた自分が巻き添えになった。ヘスティアはそう解釈して、自然と自身の後方へと顔を向けた。そこに居たのは、ヴァレン何某の両手を大切そうに握り込む、黒髪ロングの可憐な美少女で―――。

 

 何? 百合? 百合? と思う暇もなく、黒曜石のような女の子は怒涛の勢いでアイズに迫る。声量もそれなり以上で、只でさえ音が響きやすい廊下では軽い公害の域だった。『お淑やかな大和撫子』……といった容姿からはかけ離れた行動である。

 

 

「発作って大丈夫なんですか、アイズさん!!? 一体どんなご病気を―――!?」

 

「え、えっと……」

 

 

 アイズは突然の出来事に処理落ちを起こしているらしい。黒髪美少女が涙目で捲し立てるばかりで、ちっとも会話が成立していない。正直、イマイチ関係性が見えてこなかった。流石に、知り合いではあるのだろうが……。

 

 ふたりのやり取りに呆気に取られ、放置され続けている女神ヘスティア。そんな彼女に手を差し伸べたのは、純真無垢な白兎だった。

 

 

「大丈夫ですか、神様!?」

 

「あ、ああ、平気だよ。ありがとうベル君」

 

 

 大慌てで駆け寄って来た眷属(ベル・クラネル)に助け起こされ、女神は子供の様にはみかむ。しかし、横でそんなやり取りがされているというのに、突き飛ばした張本人は(いま)だ【剣姫】に熱を上げていた。マジかよ……と若干引いていると、病室からナイフの様に剣呑な声が飛んで来る。

 

 

「おい、ノース」

 

 

 呼応するように、アイズに縋りついていた少女の顔が、病室に向く。

 

 

「なんですか? マシロ」

 

 

 ノースと呼ばれた女の子の声は、酷く冷たかった。

 否、表面上は平温だ。他者の感情の機微に疎い人間……ヴァレン何某やベル辺りには、何てことない返事に聞こえるだろう。しかし、神の聴覚は誤魔化せない。この少女は、今明確にマシロに対して不機嫌を向けている。花のような笑みの中には一種の憎悪すら感じた。

 

 

「なんですかじゃねぇ。他派閥の女神を転ばしといて、いつまで知らんぷりしてるつもりだ? あとボリューム落とせ」

 

「ああ……」

 

 

 その指摘に、ノース(清楚な少女)の視線が、やっとヘスティアに向けられる。まるで、『今やっと存在に気付きましたよ』とでも言いたげな、路傍の石でも見る瞳だった。が、直ぐに親しみ易い雰囲気を纏い出す。上品に微笑み、彼女は小さく頭を下げた。

 

 

「失礼致しました、女神様。とんだご無礼を……謹んでお詫び申し上げます」

 

「………いや気にしないでおくれ」

 

「そうですか、それは良かった」

 

 

 良かった、じゃないよ。

 

 ヘスティアは心の中で毒づいた。慇懃無礼とはまさにこの事。見てくれだけは綺麗だが中身は全く伴っていない形ばかりの謝罪である。いや……、「そうですか、それは良かった」の「それは」の部分で既にアイズに向き直っていたので体裁(それ)すらも怪しいか……。

 

 所詮突き飛ばされただけだし悪気があった訳でもないので、ヘスティアも煩く言う気はなかったが、流石にここまで『アナタには興味ありませんから』という態度を取られるとイラっとする。

 

 恐らくこのノースという少女は、自分の好かれたい人物以外にはどう思われても構わないタイプなのだろう。逆に言えば、彼女にとって重要な人間が近くにいる際は、表面上は愛想よく振る舞う。今この場でいうと、アイズ・ヴァレンシュタインにさえ不審がられなければ後はどうでも良いのだ。

 

 

「な、何なんですか? この人は……」

 

 

 再び始まった【剣姫】への連続攻撃(マシンガントーク)に唖然としつつ、サポーターのリリルカ・アーデが呟く。「そんなのこっちが聞きたいよ……」と返しながらマシロの方を見ると、彼は深いため息と共に告げた。

 

「【ロキ・ファミリア】の団員……。『アイズ親衛隊』の教信者だよ」

 

「な、なんだいそれ?」

 

 ヘスティアは頭痛が痛くなって聞き返した。

 マシロも頭痛が痛そうに答える。

 

「ファミリア内で非公式に発足された、8割の団員達で構成されてる……まあ、『ファンクラブ』みたいなモンだ」

 

「8割って……それ最早【ロキ・ファミリア】自体が何某君ファンクラブみたいなもんじゃないか……」

 

「そうでもねぇよ。なんか連中色々と兼任してるらしくてな。フィン……団長の親衛隊には団員の7割。副団長のトコに至ってはエルフの団員が全員群がってやがる」

 

「もうそれ、冒険者派閥じゃないだろ。単なるのオタク軍団だろ」

 

 ロキ(主神)の悪影響をモロに受けていそうな『最大派閥』の惨状を憂いながら、ヘスティアは海色の瞳を『アイズ親衛隊(笑)』……もといノースに向けた。

 

 要するに彼女は、アイズ・ヴァレンシ(推し)ュタインに会いに来ただけなのだろう。マシロのお見舞いは恐らく建前。態度を見る限り、寧ろ『アイズさんを1週間以上も独占しやがって、コノヤロー』ぐらいは思っていそうだ。

 

 まあ、同じく『推しがいる身』としては、その気持ちは分からなくもない。ヘスティアとて、ベルを1週間もどこの馬の骨とも知れない輩に占領されたら不満が爆発するだろう。けれど、だからと言ってこの少女のやり方は―――。

 

 

「…………正直、いい気はしないよねぇ」

 

「え? 何がですか?」

 

「なんでもないよ、ベル君」

 

 

 何も気付いていない眷属の純粋さを微笑ましく思う。多分、白兎との比較で、よりノースなる少女の小狡さを色濃く感じてしまう面もあるのだろう。

 

 彼女の目的は、きっとアイズを本拠(ホーム)に連れ帰ることだ。

 アイズに心酔し、マシロに嫉妬している以上、単に『会いに来た』だけで満足する筈がない。その証拠に『アイズさんがいなくて、皆寂しがっていますよ』とか『皆、アイズさんとダンジョンに行きたがっていて……』とか、帰還を促しつつ、病院への足を遠のかせるような発言を繰り返している。『自分』ではなく『皆の総意』という(てい)にしている所も(たち)が悪い。下心がバレたくないという保身が見え見えだ。別に、それ自体は悪いことでは無いが……自分が一切傷つかずというのは頂けない。

 

 

「まあ、確かに……ちょっと虫の良い話ですよね」

 

「お、分かってくれるかい? リリルカ君」

 

「少しだけ……」

 

 

 意外な賛同者が出現した為、ヘスティアはノリノリで身を寄せた。共同戦線だとでも言う様に、栗毛の小人族(パルゥム)の肩を組んでコソコソ話を開始する。

 

 

「それじゃ、お互いの意見確認といこうか。お見舞いそっちのけで絶賛推し活中のノース君とやらにはさっさとお帰り頂く。異論はあるかい?」

 

「ありません。【剣姫】様には引き続き病室に残って頂く。不都合は?」

 

「ないね。ただ、ノース君がちゃんと本音を語るならボク等は引き下がろう」

 

「そうですね……。語るとは思えませんが」

 

 

 同意見だが、中々に手厳しい事を言う。リリルカもノースなる少女に、あまりいい感情は持っていないらしい。正直意外だった。実際に突き飛ばされ、放置を食らい、形ばかりの謝罪を寄越されたヘスティアと違って、彼女は直接的な被害は受けていない筈なのに……。もしかすると表に出していないだけで、それなりにマシロに肩入れしているのかも知れない。

 

 

「じゃあ、実際の方法だけど……ノース君のマシンガントークを一時的でも止められたら、それで済むと思うんだよね」

 

「………急に雑になりましたね」

 

「まあ、聞いておくれよ。ボクの狙いは『ヴァレン何某君に冷静になる時間を与える事』さ」

 

「冷静になる時間って……。確かに今、ノース様との会話に一杯一杯の様ですが……」

 

「冷静になれば、客観的に状況を見れる。つまり、『可愛い女の子が』『ひとりで』『マシロ君のお見舞いにやって来た』って事実を理解するって事だよ」

 

 

 ロリ神のたわわな双丘が、「どうだ!」と言わんばかりに揺れる。

 

 

「…………まあ、【剣姫】様の執着具合から鑑みて、有効な手段ではありそうですけど」

 

「だろうっ!?」

 

「でもそれ、【剣姫】様、ここで大暴れしません?」

 

 

 ヘスティアは預かり知らぬ事だが、ダンジョン内で本気の殺気を向けられたリリルカは、『怒ったアイズ』がトラウマになっていた。そして、それは的を射た指摘でもある。しかし、女神は余裕の調子を崩さない。

 

 

「大丈夫だって。相手も一応【ロキ・ファミリア】の仲間みたいだし、そこまで暴走しないさ。それに、いざって時はマシロ君が止めてくれると思うし!」

 

「そこは人任せですか……。まあ、良いです。それで、どうやってノース様の口を止めるおつもりで? 単に声をかけるだけじゃ、聞こえないフリをされるかも知れませんよ?」

 

「そうだねぇ……。ヴァレン何某君に至っては素で気付かない可能性もあるし、ふたりの間に物理的に割って入るのは……」

 

「良いですけどヘスティア様がやって下さいね。【ロキ・ファミリア】の冒険者に迎撃されるなんて死んでもゴメンですから」

 

「えぇ、そんなこと言わずに行っておくれよ? ボクじゃ普通に死にかねないだろぉ……?」

 

「だから無理ですって。ベル様は……」

 

「ノース君のレベル次第だね。ベル君を危険な目に遭わせる訳にはいかないし」

 

Lv.2(ベル様)で危険な可能性がある事をリリ(Lv.1)にやらせないで下さい!」

 

「はいはい、分かってるって。て事でマシロく~ん? ノース君のレベルって幾つだい?」

 

 女神は声のボリュームを上げて、ベッド上のマシロに問いかけた。

 当然、これまでの話を把握していない彼は怪訝な顔を作る。

 

 

「なんだ、藪から棒に」

 

「いいからいいから」

 

「……Lv.3」

 

「たっか! じゃあやっぱりベル君はナシ!」

 

「ホントになんの話をしているんですか、神様!?」

 

「なんでもないよ〜」

 

「無理がありますって!?」

 

 

 ベルの真っ当な主張を黙殺し、ヘスティアとリリルカは再び作戦会議に戻る。

 程なくして、ふたりは身も蓋もない結論に至った。

 言及したのはリリルカで、ヘスティアは青天の霹靂のような顔をしていた。

 

 

「というか、マシロ様に呼びかけて貰うのは駄目なんですか? 多分、一瞬で飛んできますよね? 【剣姫】様」

 

「た・し・か・に! マシロくん! 可愛く『アイズお姉ちゃん』って叫んでみておくれ!」

 

「断る! つーか、お前らなんの話をしてやがった!?」

 

「んー? どうやったらあのマシンガントーク止められるか、だけど」

 

 

 ヘスティアはケロッと答えながら、寝台の上によじ登る。そして、マシロの背後に陣取り、上機嫌でセリフを促した。

 

 

「さあ、キミの中にあるショタショタ成分を集結させるんだ! 恥じらいさえ捨てれば、キミの可愛さはベル君にも迫る!」

 

「なんだか趣旨が変わっていませんか……? まあ、ただ漠然と呼びかけるより確実だと思いますが……」

 

「意味不明なコト言うんじゃねぇ! 大体、それとノースを黙らせるのに何の関係がある!?」

 

「あの子を黙らせるんじゃなくて、何某君を呼び戻すんだよ。話し相手がいなくなればマシンガントークもクソもないだろう? てコトで、さんはい!」

 

「ふざけんな! 神の悪フザケにしか聞こえねぇぞ!?」

 

「違います〜。大マジメです~。ホラホラ、どうした〜? 照れてるのかい?」

 

「うぜぇ! ベッドから降りろ! ベタベタ触んな!」

 

 

 ヘスティアはノリノリだった。

 それはもう、目に見えて調子に乗っていた。

 

 巷では善神として通っている彼女だが、善神といっても神は神なのだ。

 悪ノリ専用のエネルギーリソースだって、それなり以上に確保してある。寧ろ誰も不幸にならないイタズラに関しては寛容な方だった。

 

 故に、恥じらい嫌がるマシロをからかう事に全力を注ぐ。文字通り、背中や頭を猫の様に撫で回して、初心(うぶ)なベルとはまた違った反応を楽しんだ。彼が数少ない『ヘスティア(自分)よりも小さなヒューマン』という点も大きいのだろう。もはや炉の女神にとってマシロに触わる事は、愛玩動物と触れ合うぐらいの感覚になっていた。

 

 だから、このスキンシップにも『アイズに見せつけて嫉妬心を煽ってやろう』等といった意図は一切ない。

 

 だが―――誰もがそう受け取ってくれるかどうかは別問題だった。

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 

 

「ひぃ!? あ、アイズさん!?」

 

「殺気ヤバ……」

 

 

 病室の空気が尋常じゃなく重くなる。

 が、ベルとリリルカが即座に気付いたその変化に、能天気な幼女神は気付いていない。冒険者と神の危機察知能力の差が如実に表れた瞬間だろう。鈍感なロリ神は、(いま)だ「ホレホレ~」とマシロの頬をツンツンし、【剣姫】からの凍てつく波動を増幅させている。このままでは、下界から一柱の神が送還しかねない。

 

 

「あ、あの神様……っ」

 

「なに地雷の上でタップダンスぶちかましてるんですか!? 死にたいんですか!?」

 

「はあ? なに訳のわからない…………コト……を………」

 

 

 ヘスティアは最後まで言葉を紡げなかった。

 見てしまったからだ。

 今も尚、大声で喋り続けている黒髪少女の背中から顔を覗かせた、ブラコン少女のドス黒い眼差しを。

 

 

「ま、ままままままま待つんだ、何某君!? ちがっ……これはそんなんじゃなくてっ!?」

 

 

 必死に弁明するが、呂律が回らない。

 そして、【剣姫】の様子にも変化はない。

 ただひたすら、痛い程の沈黙を貫きながら此方を見続けている。加えて、時が止まっているのかの様に微動だにしない。まるで、精緻な人形と睨めっこをしている様な気分だった。

 

 しかし、無情にも時計の針は動き出す。

 何の前触れもなく、人形……否、アイズが小首を傾げたのだ。コテンと、可愛らしく。それは何が起こったか分かっていない幼子の様でもあり、少し遅れて頬に垂れた艶やかな金糸が、蹂躙開始の合図にも見えた。

 

 

「あば、あばばばば……!?」

 

 

 ヘスティアはもうガクブルである。涙目である。

恐怖のあまりマシロにしがみつくが、無論悪手だ。アイズの圧力は病室内の無機物すら軋ませる次元に達し、ヘスティアはより深い恐慌状態に陥ることになる。結果、さらに激しくマシロに縋りつくという、まさに悪循環だ。

 

 

「た、タス…タスケテくれマシロくん!」

 

「離れろ……っ、首締まる……っ」

 

 

 等と、やっている内にも、【剣姫】はゆっくりと着実に距離を縮めていた。その牛歩の様な足取りがいっそう恐怖心を引き立てる。最早、女神は失神寸前だった。

 

 

「も、もう、プリティーボイスで『アイズお姉ちゃん』しかない! マジで! 早く! ヴァレン何某君の怒りを鎮めてくれぇぇえ!」

 

「死んでもゴメンだ!」

 

「ボクが死んでも良いって言うのかい!?」

 

 

 押し問答の末、ここでヘスティアはトチ狂った。

 というか、恐怖心が臨界点を迎えた。

 さっさと離れればいいのに、震えあがった幼女神は、マシロの顔面に己の育ち過ぎたメロンを押し付けていたのだ。正直、『恐怖に耐え兼ねた者が、近くの人物と抱き合う』というのは別に珍しくも何ともない反応だが、そんな事、アイズ()には関係ない。

 

 

「死にましたね。ヘスティア様……」

 

 

 リリルカの呟きを肯定する様に、【剣姫】の瑞々しい長髪が物理法則を無視して乱れ始めた。まるで鬼の心情を象るかのように歪に持ち上がる。比例して、病室内の圧力も、重力魔法が行使されていると言われても納得できるレベルに強まった。サポーターと白兎は成すすべなく片膝を付く。誰もが最悪の結末を想起した―――その時。

 

 

「おい、ジャガ丸くんを投げろ! 廊下に思い切りだ!」

 

 

 絶望を切り裂くように、マシロが鋭く叫んだ。

 ヘスティアは狂乱状態でもその意図を正しく汲み取り、べそをかく。

 

 

「ムリだよぉ! たしかにジャガ丸くんなら注意を引けるかもだけど、火に油かも知れないだろぉ!?」

 

「ウダウダうるせぇ! 早くしろ!」

 

「横暴だぁ! 死んだら化けて出るからなぁ!?」

 

 

 結局ヘスティアは、言われた通りジャガ丸くんをブン投げる事にした。目の前に鬼がいる以上、時間的猶予は無い。マシロに『お姉ちゃん呼び』で有耶無耶にして貰うのは現実的ではないと判断したのだ。

 

 幸い、自身がお見舞いの品として持って来たジャガ丸くんの詰め合わせは、ベッド横のナイトスタンドの上に置いてある。手を伸ばせば直ぐそこに有るのだ。「どうにでもなれ!」と、女神は半ばヤケクソで紙袋に手を突っ込み、ジャガ丸くんを何個か鷲掴みにした。そして―――。

 

 

「うわあぁぁああああぁああぁあぁあぁぁぁああぁぁあん―――!!」

 

 

 大絶叫と共に全力投球。

 頼む! どうかこのジャガ丸くんを追いかけてくれぇぇぇええ!

 そんな願いを込めて放たれた彼女の渾身のストレートは……。

 

 

 

 バァァン!!!

 

 

 

 見事、騒音を注意しに来た聖女(アミッド)顔面(ミッド)に収まった。

 

 

 

◇ ◇

 

 

 

 1時間後。

 マシロと、いつの間にか逃亡していた大和撫子(ノース)を除く4名は、足に甚大なダメージを負っていた。

 

 説教されていたからだ。

 正座で。

 アミッド・テアサナーレ(超怖いお医者さん)に。

 

 決して声を張り上げるでもなく、口汚く罵る訳でもない理路整然とした正論(凶攻撃)は、一度も反撃を許すことなく一同の精神力(メンタル)をフルボッコにした。それまで病室(生態系)の頂点に君臨していたアイズも、聖女の前ではタジタジである。比喩抜きで赤子のように震え上がり、絵に描いたような没落劇を見せつけていた。

 

 しかし、そんな【剣姫】よりも更にコッテリ絞られたのが『炉の神・ヘスティア』である。まあ、コレに関してはアミッドの顔面にジャガ丸くんを叩き込んだ張本人なので仕方ない。加えて、怪我人のベッドに上がり込んだ挙句、その怪我人への差し入れが『ジャガ丸くん(ジャンクフード)』というオマケ付きだ。無論、女神に悪気があった訳ではないが、善意ならば何をしても赦されるという訳ではない。

 

 余りに一方的な蹂躙を見かね、マシロも『俺も食べたかったし、嬉しかった』とか、『ジャガ丸くんを投げる様に言ったのは俺だ』と参戦したが、医者の前で自身の体を蔑ろにする発言はご法度だ。寧ろ火に油を注ぐ形となり、盛大に自爆した。

 

 結局、誰もアミッドの怒りを鎮火することは出来ず、彼女の気が収まるまでヘスティア、アイズ、マシロを中心にノーガードで殴られ続けたのだった。

 

 

 

 聖女が去った後、病室に残されたのはグロッキー状態の3名と、『お連れを止めるぐらいしろや(意訳)』との注意を頂戴したベルとリリルカだった。ベル達ですらゴリゴリに精神を削られたのだから、ガチ説教を食らったヘスティア達の消耗は計り知れない。

 

 誰も言葉を発さない死屍累々の室内で、緩慢に動き出したのはアイズである。長時間の正座の影響で四つん這いになりながらも、患者という事で唯一正座を免れた弟に縋りついた。

そして―――。

 

 

「シクッ……こわかったよぉ……シロぉ」

 

 

 ガチ泣きである。

 【剣姫】が。この場で誰よりも格上の冒険者が。なんなら、泣かせた相手よりも格段に強い筈なのに。

 

 しかし、それを茶化そうとする輩は居なかった。

 怖かったのは事実だし、何なら普通に全員涙目だったからだ。

 

 

「ふう……まさかマシロ君関連でキレた何某君より恐ろしい子がいるなんてね……。下界は広いぜ……」

 

「何ちょっとカッコつけてるんですか……。ガクブルですよ?」

 

「いや、キミもだろっ」

 

「ハハハ……。で、でも、本当に怖かったですね。夢に出るかも……」

 

「笑えねぇからヤメロ」

 

「そうだよベル君、オネショしちゃうだろ?」

 

 

 この場に居る全員が、嘗てない程大きな恐怖を味わった。

 それを同時に体験することで、奇妙な一体感さえ生まれ始めている。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるとは良く言ったもので、場には『怒られちゃったね、たはは~』みたいな空気すら流れていた。

 

 けれど、そんな和やかな雰囲気は直ぐに消し飛ぶことになる。

 

 

 

「…………………つーか、ノース(元凶)どこ行った?」

 

 

 

 まず、初めに禁断の一言を発したのはマシロだった。

 それだけで場が静まり返り、剣呑な空気が蔓延する。

 

 

「そりゃあボク等も騒ぎはしたさ……。けど、1番最初に騒いでいたのはあの子だよね? 説教の時にはもういなかったけど……」

 

「まあ、【戦場の聖女(デア・セイント)】様が現れたタイミングからして、ヘスティア様ではなく彼女の声を聞きつけて来たのでしょうね……」

 

 

 低い声で同調したのは、ヘスティアとリリルカだ。

 ふたりとも完全に目が据わっている。

 

 無論、彼女達にも怒られるに足りる正当な理由は有った。しかし、それでも、大元の原因がまったくの無傷(ノーダメージ)というのは納得がいかない。第一、周囲の迷惑も鑑みずにマシンガントークに興じていたノースと、それを止めようとした結果騒がしくしてしまったヘスティア達では、どう考えても前者(ノース)の方が巨悪だろう。

 

 兎にも角にも、やられっぱなしは性に合わない。程度の差はあれど、彼女らは全員負けず嫌いなのだ。冒険者であるマシロは勿論、サポーターのリリルカや、一見平和主義者に見えるヘスティアすらも殺気を滾らせている。

 

 

「あの野郎、退院したら覚えてやがれ……!」

 

「まあ、待てマシロ君。暴力はいけない。どんな理由があってもね」

 

「あ?」

 

「ごめんよ。でも、こればっかりは炉の神としての矜持なんだ。ボクの顔を立てておくれ」

 

「………」

 

「それに、そんなのより、もっとスマートで、効果的な方法がある」

 

 

 血の気の多いマシロを制したヘスティアは、しかし聖母のような言い分とは裏腹に(わっる)い顔でアイズの肩を掴んだ。湖畔のように美しい碧眼をギラつかせ、(いま)だ半べそ状態の少女に告げる。

 

 

「泣いている場合じゃないぞ、ヴァレン何某君! 思い出すんだ……今日、ノース君が、たったひとりでマシロ君のお見舞いに来た事実を!」

 

「……?? えっと、それが……なにか?」

 

「つまり『可愛い女の子』が、『ふたりっきり』で、『マシロ君に会おうとしていた』って事だよ!? 分かるかい? この由々しき事態が??」

 

「…………!」

 

 

 瞬間、【剣姫】の金目がカッとで見開く。

 勝った―――。と、ヘスティアは内心ガッツポーズをとった。

 これで、まず間違いなくアイズは嫉妬に狂う。弟に群がる害虫認定をするだろう。進んでノースを虐めたりはしないだろうが、それでも警戒心から多少風当たりは強くなる筈だ。あの少女への仕返しとしては、丁度いい塩梅と言えるだろう。

 けれど、【剣姫】の反応は、此方の期待したものでは無かった。

 

 

「女の子……? ノースが?」

 

「…………ん??」

 

 

 ボケでもすっ呆けでもなく、本気で分からないと言いたげなヴァレン何某に幼女神は戦慄を覚える。まるで、『ノース=女の子』がしっくり来ていない様な顔だ。まさか、あの容姿の彼女(ノース)が男に見えているのだろうか。確かにアイズ・ヴァレンシュタインは天然だが、流石に限度がある。ここは、視点を変えるべきだろう。

 

 そもそも、アイズとノースは同じファミリア所属の冒険者なのだ。

 性別を間違えて覚えているとは考えづらい。

 

 つまり、つまり………。

 

 ヘスティアは、脳をフル回転させて1つの結論に辿り着いた。

 恐る恐る、ヴァレンシュタイン姉弟に尋ねる。

 

 

「えーっと……、もしかしてあの子って…………『男の子』?」

 

「………? はい」

 

「そうは見えないけどな」

 

 

 『何を分かり切った事を……』とでも言いたげに(アイズ)は肯定し、マシロ()は『気持ちは良く分かる』というふうに頷いた。

 

 瞬間、ヘスティアは、膝から崩れ落ちそうになる。

 ノースが『男』……。何度彼女……否、彼の顔を思い出しても信じられない事実である。服装は別として、あの顔面と声質、立ち振る舞いで男はもう詐欺の域だろう。けれど、同ファミリアの人間が証人では疑いようがない。

 

 それはつまり、自身の思い描いた目論見が根底から崩れ去った事を意味していた。

 

 

「ど、どうするんですか、ヘスティア様? ノース様が男となると、【剣姫】様に嫉妬させる作戦は無理ですよ?」

 

「ぐ、ぐぬぬぬ」

 

 

 リリルカの指摘にヘスティアは頭を抱える。

 完璧に、アイズを焚き付けること前提で考えていたからだ。他力本願が裏目に出た形である。無論、ノースにお灸は据えたい。けれど、他派閥の冒険者への仕返しにこれ以上の労力をかけるのも、物臭な女神としては気が進まなかった。

 

 

「しかたない……」

 

 

 故に、彼女は発動させる。

 満面の笑みで銀の少年にサムズアップし、必殺スキル『丸投げ』を―――。

 

 

「マシロ君………後でノース君をギッタンギッタンにしておいておくれ!」

 

「矜持ブン投げてんじゃねぇよ、駄目神」

 

 

 光の速さで前言を撤回したヘスティアは、順当に己の神格を落としたのだった。

 

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