剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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第三十二話

 

 正直……私は、【ロキ・ファミ(派閥)リア】内の男の中で、1番アイズさんに好かれている自信があった。

 

 

 だって、私はまだ子供(14歳)だから。

 

 女の子みたいに可愛いから。

 

 

 確実に、アイズさんはカッコいいよりカワイイにときめくタイプだと思う。一目会った時から分かった。きっとこの人は、年上に甘えたいって欲求よりも、年下を愛でて癒されたいって願望の方が強いんだって。

 

 私、どう考えてもドンピシャでしょ。

 というか、アイズさんに好かれる為に産まれてきた様な物でしょ。

 

 しかも、私は謙虚だ。アイズさんって明らかに恋愛に積極的なタイプじゃないし……寧ろ興味ないんじゃないかとすら思う。だから、男らしさをアピールして告白なんて愚策中の愚策。アイズさんとお付き合いしたいなら、遠回りに思えてもまず『弟ポジ』や『後輩ポジ』、『末っ子ポジ』といった『庇護対象』を狙うべきなのだ。

 

 その点、私はバッサリ振られた有象無象(千人)みたいに下心丸出しじゃないし、ベートさんみたいに粗暴でもない。かと言って、ラウルさんやクルスさんみたいに地味過ぎる訳でもない。

 

『信頼』って意味なら団長やガレスさんには敵わないけれど、流石にあのふたりは齢が離れ過ぎているからライバルには成りえないだろう。その他の男性団員達にしたって『年上』という時点で確実に私より出遅れている。アイズさんは『おじさん達』なんか眼中にないからね。

 

 だから絶対、私が1番愛でられるべきだし、今はまだ全然だけど、ゆくゆくは恋人関係にだってなれるポジションの筈だ。だって他に選択肢がないんだから。その上、私には『同年代且つ年下』『可愛い』『庇護欲をそそる』『ゴツゴツしてない』『女の子に人気』と言った好かれる要素がてんこ盛りだしね。

 

 

 

  なのに………………急に、アイツ(・・・)が現れた。

 

 

 

 弟だかなんだか知らないけど、今まで全く関りがなかったのに、だから見逃してやってたのに……。なのに、アイズさんとデートだって……!? 誕生日だから? 知るかそんなの! それでお出かけ(デート)できるなら、私だってしたいよ……! 最高の誕生日プレゼントじゃないか! 

 

 他の連中も、『姉弟なんだし、良いじゃない』とか、『逆に安心したよ』とか『寧ろ、今までが異常だっただけで、お出かけぐらい普通でしょ、姉弟なんだから』とか能天気なことを言いやがって……!

 

 何も良くないよ……! だって、アイズさんの様子がおかしくなったのはソレからだ! 

 何か思い詰めていると思ったら、明らかにこれまでにない行動を取るようになった! ダンジョンに潜っても中層や下層には行かずに上層に留まるようになった! まるで『誰か』を見守っているみたいに……!

 

 案の定、その『誰か』はアイツだった! 連日、アイツを付けて本拠を出てゆく想い人の姿を見て、どれだけ胸が張り裂けそうになった事か……!

 

 

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!

 

 

 アイズさんの唯一は、この私だ! 私だけが、彼女の隣り(そこ)に辿り着ける算段だったんだ! お前はこれまで、いっさいアイズさんに話しかけなかったじゃないか!? 

 

 お前は、あの人のが朝起きる時間を知っているのか? 素振りをする時間は? 朝食を摂る時間は? 好物は? 趣味は? ダンジョンに潜る時間は? どんな話題をすれば楽しんでもらえるか脳内シミュレーションをしたことは? いってらっしゃいとおかえりなさいを言った事は? あの人に好かれる努力をしていたのか!?

 

 していないだろう、お前は何も! なのに『弟』というだけで、全ての過程をすっ飛ばして『デート』だと!? ふざけるな、どんな特権階級だ! お前はそこに立つ資格なんかない! あの人の隣に相応しいのは、この私だ!

 

 

 ああ、アイズさん! アイズさん……!

 心を映したように美しいあなたは! もう1週間以上も【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に朝昼晩関係なく囚われている……! どうせアイツが帰らないでくれと我儘を言ったんでしょう!? 本当は本拠に戻って私に逢いたいのに……本心を殺してアイツに寄り添っている……! 全ては、あなたが優しすぎるから……!

 

 必ず救い出します……。

 私には分かっているんです……。今日、私に逢えて嬉しかったのでしょう? 突然、気になっている私が目の前に現れて、抱きしめたいのにフリーズしてしまったんですよね? そんな無器用な所もあなたの魅力の1つです。ごめんなさい、治療院だからと強引な手段は避けていたんですが、見透かされていました。まさか、アミッドさんを召喚するなんて……。

 

 

 今回は、撤退を余儀なくされましたが、次は抜かりません。必ずあなたを……私のお姫様を攫って見せます。勿論、アイツの呪縛からも。

 

 

 どうか待っていて下さい。白馬の王子様は、いつもあなたの心にいるのですから。

 

 

 

 

 

 

「うわー、きっしょ………」

 

 

 『男』は最悪の寝覚めと共に、率直な感想を口にした。硬い地面から身体を起こすとどっと疲労が押し寄せて来る。紛いなりにも睡眠を取っていた筈なのに……。

 

 男は、蝋燭ぐらいしか明かりのない空間で、周囲と殆ど変わらぬ漆黒の髪を掻き毟った。眠そうに、唇の削ぎ落ちた口で欠伸を1つ漏らす。

 

 

「いやぁ、情報収集の為とは言え、同調(リンク)を強めると感情まで入ってきて疲れるね。気持ちも引っ張られるし……」

 

 

 ブンブン頭を振りながら、男は眠気を追い払う。そして、鼻孔のみの鼻から大きく空気を吸い込んで、嗤った。

 

 

「………ちゃんと一命を取り留めた様で安心したよ。結局指の数本じゃ、なんの変化も起きなかったしねぇ。それに、居場所も割れた(・・・・・・・)。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院・か」

 

 

 獰猛な瞳を血走らせ、男は長い舌で乾いた口元を舐めた。まるで、得物を付け狙う爬虫類の様に。

 

 

 

 

  * *

 

 

 

 

「おはよう、シロぉ。ぎゅぅぅ」

 

 

 アミッド襲来から二夜明けた早朝。

 マシロの入院している病室では、今日も今日とて恒例行事が開催されていた。

 最早同居人と言っても過言ではない患者の親族(アイズ・ヴァレンシュタイン)による、起き抜けの抱擁(ハグ)。マシロは毎朝、微睡から目覚めた瞬間アイズ()の温もりに包みこまれて、ゆっくりと脳の慣らし始めるのだ。

 

 

「飽きねぇな、お前……」

 

「なんで??」

 

「なんでもない」

 

 

 アイズの抱擁は基本的に10分以上続く。マシロも憎まれ口こそ叩くが、それは単なる照れ隠しだ。本気で逃れようとはせず、むしろ全面的に身を任せている。このゆったりとした時間こそが、今のアイズのお気に入りだった。退院した後も、シレッと継続しようと考えている。

 

 さて、ある程度満足したら、今度はお仕事の時間だ。アイズはおもむろに己の額をマシロのおでこにくっつけた。そして、艶のある唇でボソリと呟く。

 

 

「………35.7℃」

 

 

 続いて、包帯だらけの右腕を優しく取り、手首に指先を当てる。

 

 

「上、101。下、48。脈拍、58……。やっぱり朝はちょっと低いね。体温も血圧も」

 

「なんで分かるんだよ、コワ……」

 

 

 アイズが仕事と称して行った今の一連は、『バイタル測定』だ。『体温』、『血圧』、『脈拍』を計測し、身体に異変が無いかを調べている。無論、本来なら看護師が専用の道具を用いて行うべき事柄であり、素人が体感で測定した数値など信用に値しない。

 

 しない筈なのだが、どういう訳か【剣姫】によるこの『体感測定』……ことマシロに対してのみ、かなりの精度を誇っていた。基本的に計測器を使った時より低く出るが、寝起きの状態である事を考慮すればなんら可笑しくはない。寧ろ、患者の体質と1時間後に計った本測定の数値を鑑みれば、十分に近しい結果が出るだろうというのがアミッドの見解だった。

 

 要するに都市最高の治癒師にお墨付きを貰っている様なものなのだ。当然、ブラコン少女は調子に乗る。

 

 

「看護師さんが来るまで、私とくっついて(あった)まっていようか」

 

「1時間もかよ? 布団にでも包まってるわ」

 

「ダメ。それじゃあ、体温しか上がらないよ?」

 

「別にくっついてても血圧は上がらないだろ」

 

「ドキドキしたら上がるもん」

 

「じゃあ結局上がんねぇよ」

 

「むぅ………」

 

 

 その返答が、アイズは不服だった。ここ最近、過度なスキンシップに対する弟の反応がめっきり雑になった気がする。恐らく……というか確実に安売りし過ぎた所為だろう。最初こそ顔を真赤にして恥ずかしがっていたマシロだったが、もはや抱擁や添い寝程度では動揺すらしなくなってしまった。そういった事情を考えれば、確かに今更くっついた所で血圧が上がる見込みは薄いだろう。正直、暗に女としての魅力が無いと言われているみたいで少し複雑な気分だった。

 

 無論、アイズとて本気で実弟相手に『女として見られたい(ドキドキされたい)』訳ではない。けれど丸っきり『女扱いされない』のも、それはそれで面白くない訳で……。要するに、スキンシップ自体は受け入れつつ、ちょっとぐらい照れて欲しいのである。

 

 では、どうすれば良いか。次の瞬間、天然少女は悪魔的な方法を閃いた。それは、まるで子供が考えたかの様な突飛なアイディアで……。

 

 

 

 

 チュッ

 

 

 

 

「!!!?」

 

 

 なんと、マシロのもちもちの頬に食いついたのだ。無論、歯を立てて痛がらせるなんて事はしていない。あくまでも優しくソフトな『ほっぺにチュー』である。

 

『【剣姫】の唇』……それは間違いなく男共にとって極上の馳走だろう。キスなどされた日には、9割近い人類(女性を含む)が幸福すぎて昇天するに違いない。正直、そういう商売をすれば、容易に莫大な資産を築き上げる事ができるだろう。それ程の価値がアイズの(キス)にはある。

 

 無論、それを自覚してマシロに口づけをした訳ではない。アイズからすれば、幼少の頃より行っている事であり―――無論、頬や額に対してだが―――、特別すごい事をした自覚はなかった。ただ、流石に接吻系統のスキンシップは、成長するにつれて嫌がられるようになったので自重していたのだ。だからこそ、このタイミングで解禁した意味がある。

 

 虚を突かれ驚愕に目を丸める弟に、姉はホクホクの笑顔で尋ねた。

 

 

「どう? ドキドキした?」

 

「い、いや、お前なにして―――」

 

「してないの……? じゃあ、次はクチビルに……」

 

「はぁあ!!?」

 

「だいじょうぶ。私、シロとならできる」

 

「正気かテメェ!? つーか、マジで顔近づけんな!」

 

 

 マシロの抵抗などアイズはものともしなかった。がっしりと両手で顔を挟んで、躊躇いなく唇を急接近させてゆく。互いの吐息が口元にかるぐらいの超絶至近距離まであっと言う間に迫った。マシロがギュッと目を瞑る。

 

 ―――そのタイミングで、アイズは弟の頭部を自分の胸に押し付けた。

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

 間の抜けたマシロの声がアイズの胸の中で木霊する。丸っこい頭がモゾモゾ動き、連動する様に果実も揺れ動く。やがて、波打つソレの正体が分かったのだろう。顔を半分埋めながら恨めしそうに此方を見上げる弟を、アイズは蕩けるような笑顔で出迎えた。

 

 

「ドキドキしたでしょ?」

 

「バ、バクバクの間違いだろ……本気でイカレたのかと思ったわ……!」

 

「お顔がまっ赤だよ?」

 

 

 言って、アイズは再び顔を近付ける。

 先程の事もあるからか若干身構えたマシロだったが、額をくっつけるとホッとした様に緊張が解かれた。正直、そこまで怖がらなくてもと思ったが、怯える姿すらも愛らしいと感じてしまう辺り、ズレているのは自分なのだと自戒する。

 

 

「………36.5℃。いい数値だね」

 

「………」

 

 

 高すぎず低すぎずの丁度いい体温だ。少々強引な手ではあったが、十分にやる価値はあったと言えるだろう。何より、希望通りの反応が見られた。無論、乱発すれば効果は薄まって行くだろうし引かれる恐れもあるが、今後も程良い頻度で使って行こう。

 

 そんな事を考えながら、アイズは肝心の血圧の測定を開始した。が、指先が脈拍の速さを感じ取った瞬間、バツが合悪そうに目を逸らす。

 

 

「……………け、血圧も、ギリギリ……ギリギリ問題ない……かな?」

 

 

 盛大に言い淀んだ姉を、弟は見逃さなかった。

 

 

「………いくつだ?」

 

「…………」

 

「い・く・つ・だ?」

 

「……ひゃ…188、139、120」

 

「どこがギリギリだよ、メチャクチャ異常値じゃねぇか!」

 

「だって、こんなに照れるとは思わなかったから……」

 

「照れてねぇ! いきなりあんなんされたら誰だって―――」

 

 

 マシロの言葉は最後まで続かなかった。

 アイズが、青い顔で頭を抱え出したからだ。

 

 

「ど、どうしよう……こんな数値がアミッドにバレたら、私……出禁にされちゃう……!」

 

「……疑われる自覚はあんのな」

 

「し、シロ? これ以上興奮したら、メッだからね?」

 

「してねぇよ。てか、興奮とか言うな」

 

「クチビルにチューはまた今度にしようね。はい、深呼吸して? すー、はー」

 

「………流石に冗談だとは思うが、マジでやったら今後一生口きかねぇからな」

 

 

 

「ぴえん………」

 

 

 アイズは頬を膨らませつつ、必死にマシロの背中を摩り続けた。その甲斐あってか、普通に時間経過した影響か看護師による本測定の時にはマシロの血圧も正常値に戻り、【剣姫】は事なきを得たのだった。

 

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