1日遅れですが、明けましておめでとうございます。今年も細々と頑張って参ります。
クリスマス当日にシレッと投稿しようとして結局間に合わなかったお話が完成しましたので、お正月の真っ只中ですが投稿させていただきます。
本編寄りのパラレル世界線的なイメージで書いています。どうせその内整合性取れなくなると思いますので……。
では、よろしくお願いします。
「……ロ……シロ」
「……ん?」
優しく、しかし執拗に肩を叩かれて、マシロ・ヴァレンシュタインは微睡みを手放した。目を擦りながら顔を上げる。
視界に飛び込んで来たのは、全身を真っ赤な衣服で包み隠した異様な人物だ。赤い三角帽子から伸びる金色の髪からは溌剌とした生命力を感じられるが、顔の下半分は老人の象徴たる白い髭に占領されている。しかし、老人というには、帽子と髭の間に覗く肌が瑞々し過ぎて……。
「おはよう、シロ。起こしちゃってゴメンね?」
「アイズか……」
改めて声を聞いて、マシロはこの老人とも若者とも取れる人物の正体を見破った。
そして、あくびを噛み殺しながら身体を起こす。
「………サンタクロース?」
「そう、サンタさん」
「なんでそんな格好……さぶ……!」
朝のまだ冷たい空気に根負けし、マシロの身体がブルっと震える。が、すかさずアイズの胸に抱き寄せられたので、これ幸いと暖をとった。服の生地が良いのかサンタ姿のアイズはとても
「ああ、聖夜祭か」
サンタクロースの衣装を着ている姉と、今日が12月25日という事実。
間違いない。年に1度の『聖夜祭』の開催日だ。冒険者達がサンタクロースに扮して、主に子供達にプレゼントを配って回る催しである。
元々は神々の思い付きで始まったこの行事は、市民……特に、お子様やその親からの絶大な支持を得て今やギルド公認の公式イベントとなっていた。市民が持つ冒険者の
昨年は確か、今は無き【アポロン・ファミリア】。それと【モージ・ファミリア】が指名されていたと記憶している。
そして、今年は【ロキ・ファミリア】の番。
追加や変更がなければ、フィン、リヴェリア、ガレス、ティオネ、ティオナ、アナキティ、アリシア、そして、アイズがサンタ役を務める手筈になっていた筈だ。
「うん。聖夜祭が始まったら夜まで帰れないから、今の内に『マシロ成分』を摂取しておこうと思って」
「なんだその成分……。人を栄養剤みたいに言うな」
「『マシロ成分』は疲れてる時に取り込むと癒されて、大仕事の前には元気をくれて、何でもない時でも幸せな気分になれる万能薬だよ? でも、私しか摂取しちゃダメなの」
「栄養剤どころかヤバイ薬物に聞こえんだけど……」
「たしかに……私はお姉ちゃんだから耐えられるけど、他の人には刺激が強すぎて毒と変わらないかも」
「いや、ぜったいお前以外に効果ねぇから」
もしそうなら今頃、【ロキ・ファミリア】は
「そういや、毎年思ってたけど、プレゼントって何用意してんだ?」
「えーっと、今年はぬいぐるみとか、くつ下とか、クッキーの詰め合わせとかみたい。お菓子枠はジャガ丸くんが良かったんだけど却下されちゃった」
「そりゃ、日持ちしないし、食中毒にでもなられたらヤバイからな。てか、プレゼントってこっちで決められるのか。ギルドから支給されるんだと思ってた」
「うん、最初はそうだったみたいだけど、今は各【ファミリア】でって事になってるんだって。でもどこも毎年似たり寄ったりになるみたい。予算も決まってるし、『無難な物か普段使いできる物にしておかないと、要らない物を押し付けられる子が出てきてしまうから』って、フィンが言ってたよ」
「なるほど……」
その説明にマシロは納得した。
確かに特定の人物ではなく、不特定の大勢にプレゼントを贈るとなると、そう言ったリスクはどうしても生まれる。数人を100%喜ばせるより、全員を70%満足させる方針になるのは当然だろう。それに、下手に流行り物を用意しても、既に親に買い与えられていたら目も当てられない。
「そうだ。シロもお髭つけてみる?」
言って、アイズは自分の口元から外した付け髭をマシロに近づけた。
「なんでだよ? つけねぇよ。脈絡なさすぎだろ」
「お姉ちゃんと間接キスだよ?」
「だからつけねぇって言ってんだよ」
「間接は嫌? じゃあ直接……」
「マジで気持ち悪いからそういうのヤメロ!」
比喩抜きで一切の躊躇いなく、形の良いつやつやの唇が迫って来る。そして鼻腔を突く、清涼感の中に色っぽさも内包した香り。大半の男は見惚れて悩殺されるだろう。が、相手が
「むぅ……。じゃあ、あと2時間はギューってしてる」
「いや、もうそれ、聖夜祭始まってんじゃないのか……?」
「その通りだ。いい加減出かけるぞ、アイズ」
本格的に抱擁にシフトした姉。腕の中でボソリとつっこむと、扉の方から凛々しい声が聞こえて来た。マシロを抱きしめる事に夢中なアイズも第三者の出現に気が付いた様で、名残惜しそうに力を緩める。
「あ、リヴェリア……」
「そんな顔をするな。流石の私も傷付くぞ」
こちらも赤い衣装に身を包んだ翠色のエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴは、アイズの反応にため息を吐いた。口振からして、姉を迎えに来たのだろう。が、彼女は粘る。
「待って、もう少しだけ……! まだシロの成分が足りないの!」
「お前の場合、本気で満たそうとしたらあと
「あ、あと5分……! いや、15分!」
「普通はもっと刻むものだぞ……。最終的に30分以上粘る姿が見えるわ、馬鹿者め」
結局、寝巻き姿のマシロに手を引かれ、玄関ギリギリまで成分を摂取した後、アイズはサンタとして子供達の元へ飛び立った。
◇
午前9時。
サンタ組のフィン、リヴェリア、ガレス、ティオネ、ティオナ、アナキティ、アリシア、アイズが出発した。玄関に残されたのは、見送りに来たロキ、レフィーヤ、ラウル、エルフィ、それにアイズを連れて来る為に同行したマシロだ。
ロキがグッと背筋を伸ばす。
「さーて、行ったなぁ。じゃ、ウチらも準備始めんでぇ?」
「え? 準備って、何の準備ですか?」
レフィーヤが尋ね返したその疑問は、この場にいる者全員の総意だったに違いない。マシロ含め、全員がロキに視線を集める。すると、当の主神様は、さも当然であるかのように脂の乗った舌を動かした。
「決まってるやないか、クリパの準備や!」
「くりぱ??」
「クリスマスパーティー、略してクリパ! 今から屋敷ん中クリスマスっぽく飾りつけて、プレゼントも用意して、豪華な料理も作んで!!」
「………要は、【ロキ・ファミリア】だけの『聖夜祭』って事か?」
「正解や!」
「マジっすか!?」
恐る恐る聞いたマシロの問いに、ロキが満面の笑みでサムズアップする。いくら【ロキ・ファミリア】だけ、スケールダウン版の『聖夜祭』とは言え、元々はオラリオ全土を巻き込んだ大祭典だ。小規模にした所で大掛かりな事は目に見えている。ラウルが顔を青くするのも無理はない。
「そない難しいことはせんで? ほれ、コレ計画書や! 3日徹夜して作り上げた自信作やでぇ!」
分厚い羊皮紙の束が、ロキの手に掲げられている。一枚一枚にもビッシリ文字が書き込まれている様で、内容を確認したラウルの顔色が青から白に変化した。
「こ、こんなの、団長どころかアキもいないのに、どうしたら……」
「大袈裟やなぁ! こんなんファミリア総出で準備したらチョチョイのチョイやろ? ラウル、総指揮頼んだで〜」
「ええぇぇぇえええぇぇ!?」
ラウルが絶望の悲鳴を上げる中、マシロは
「マシロ、ちょっとこっち来てや。自分にお願いがあんねん」
「お願い?」
「せやせや、お願い。レフィーヤもついて来てぇや。一緒に説得しよ」
「はい?」
ロキの要領を得ない言葉に、顔を見合わせるマシロとレフィーヤ。しかし、一応は主神命令なので大人しくついて行くことにした。『説得』という単語に、一抹の不安を感じながら。
: :
「お願いやマシロ! この通〜り!」
「絶対イヤだ!」
それはまるで、一文無しの男が宿屋の前で嬢の足に縋りついているような情けない光景だった。ロキがマシロに、女の子用のぷりぷりきゃぴきゃぴしたサンタ服を着るよう懇願しているのだ。間違っても主神の私室で繰り広げられてよいワンシーンではない。
「ロキ、流石にマシロがかわいそうですよ……」
本気で嫌がるマシロを見かね、レフィーヤが主神に進言する。正直、似合う似合わないの観点で観れば似合うとは思うが、マシロも年頃の男の子だ。あんな、幼女幼女した服など死んでも着たくないだろう。きっとロキは、アレの着用の説得の為に自分を連れて来たのだろうが、現状レフィーヤは完全にマシロ側だった。
「そんな事言わずに説得してや! レフィーヤかて、これ着たマシロ見てみたいやろ!?」
「そりゃ、見たくない訳じゃないですけど……」
「そうやろ!?」
「でもやっぱりかわいそうですって。マシロは男の子ですよ? 女の私でもこれはちょっとって思うのに……」
「なんでや!? この服むっちゃ可愛いやろ!? 着心地や防寒対策よりビジュアルに全ツッパした特注品やで!! でも、ごめんな? マシロ用に作ったから、レフィーヤじゃサイズが合わん!」
「そんな心配最初からしてないです!」
いっそう強く断って、レフィーヤはマシロの背中に回った。そして、一緒に抗議するかの如く、肩に手を置く。
「というかそもそも、なんでその服を着せたいんですか?」
「そら、マシロはサンタ役やもん。クリパにサンタは必須やろ?」
「だったら、もっと普通の用意しろよ」
「そうですよ。マシロが嫌がるのは最初から分かってたでしょう?」
「…………でも、アイズたんは喜ぶで?」
「え?」
そう、ロキが囁いた瞬間、レフィーヤの手がマシロの肩から一瞬浮いた。
「想像してみ? 聖夜祭で疲れ果てても帰って来たアイズを出迎えるプリティーサンタと化したマシロ……そして、満面の笑みで喜ぶアイズたん! 可愛い×可愛いは超絶可愛いや! ウチらもばっちり眼福やろがい!!」
「う、うぐ……!?」
「おい、なに揺れてんだバカエルフ!?」
「ゆ、揺れてないですよ!? 断じて『あ、いいなぁ』なんて思ってません! 大体ロキ! それなら男の子用のサンタ服で充分でしょう! アイズさんならどんな格好のマシロでも大歓喜です!」
「そらそうや……。けどな、どんだけ理屈を捏ねたって、可愛いは正義やで? 普通のサンタの格好したマシロと、この服着て『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん』になったマシロ……どっちが可愛い……!?」
「そ、それは……!!?」
ロキの力説を受け、サウザンドなエルフは激しく雷に撃たれる。室内なのに。
マシロからの「おい嘘だよな!? 大丈夫だよな!? 寝返ったりしないよな!?」という言葉も、最早右から左に通り抜けている様だった。
「アイズたんは、マシロと一緒にいる時が1番可愛い……。ウチらで、
「わかりました! マシロ、早くこれを着て『プリティーきゅるるんサンタ』になって下さい!」
「お前に頼った俺が馬鹿だった……あ、コラ、やめろ!」
レフィーヤに背中を許していたのが良くなかった。
背後にいた味方が敵に裏返ったのだ。魔導士のくせに前衛職以上の反応速度を発揮したレフィーヤに、先ずは手早くシャツを脱がされた。即座にロキに、プリティーサンタ服の上を被らされ、神業的スピードでレフィーヤが片方ずつ袖を腕に通していく。
この間ものの2〜3秒。余りの速度に呆気に取られていると、今度はズボンにロキの手が伸びた。大慌てで逃れようとするが、時既に遅し。背後からレフィーヤに、ガッチリと抑え込まれてしまった。
流石のマシロもここで白旗を上げる。このまま無理やり着替えさせられるぐらいなら、自らの手で着替えた方がマシだと判断したのだ。こうしてこの日、とある神の部屋で、『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん(笑)』が爆誕したのである。
◇
午前10時53分。
オラリオ中央通り。
「おい、離れろマシロ! 引っ付きすぎだ! 歩きづれぇんだよ!?」
「うるせぇ、黙って壁になってろ……ッ」
「マシロ、私の隣も空いてますよ?」
「ウチもウチも〜」
「黙れ! 死んでもお前らの手は借りん!」
「たく、何がどうなってやがんだ……」
ベートのため息が氷土じみた空気に溶ける。
オラリオに大雪を降らせている分厚い雲が、今の彼の心境を現しているかの様だった。嫌われ者の
否、正直ここにベートがいなければ、まあ別に“ある”組み合わせだろう。しかし、どういう訳か異質な狼が1匹混じってしまっている。
無論、ベートが無理矢理中に入った訳ではない。寧ろその逆で、主神命令で強制的に同行させられている状態だ。では何故、ロキがそんな命令を下したのか? それは、
「だって、マシロがベートが来ないなら行かないって聞かへんのやもん」
との事。
元々は、ロキ、レフィーヤ、マシロの3人で出かける予定だったが、突然【リトル・アイズ】がその様に駄々を捏ね始めたらしい。
そして、いざ外に連れ出されてみると、こうして常時ベートの身体に身を隠す始末……これを理解しろという方が無茶な話だろう。
「マシロ……お前マジでなんで俺を連れて来たんだよ? てか、よく見たらなんだその格好?」
「そこは触れんな……! 見て分かんねぇのか、隠れ蓑だよ。お前がいれば、周りの連中は怖がって近づいて来ないだろうし、なんなら視線も向けてこねぇ。この無駄にデカイ身体の陰に、物理的に隠れることもできるしな……!」
「……テメェ、知的な雰囲気だしてる癖に、そういうとこはちゃんとアイズの弟だよな」
「は? どういう意味だ、コラ!?」
「で、注目されたくねぇ理由はそのメルヘンなサンタ服か? だったら部屋に籠ってりゃいいだろうが。そもそも、恥ずかしいならなんでそんなモン着てんだよ?」
「それは、コイツらが……コイツらが……!!」
恨めしそうにロキとレフィーヤを指差して地団駄を踏むマシロは、最早半分涙目だった。何をやらかしたんだと半目でロキに視線を向けると、朱色の神はテヘっと舌を出して答える。
「ウチらで力づくで着替えさせたった!」
「元々マシロが着ていた服は私の部屋に隠して鍵を掛けちゃいました」
「なにしてんだよ」
ベートの冷静なツッコミが飛ぶ。
そう、ここまでは、まだベートも冷めていられたのだ。
しかし、次に飛び出す発言で、クールを気取っていられなくなる。
「で、ラウル達にも頼んで、マシロの部屋の衣類全部隠して貰うてん。やから、今マシロが着れるんはこのサンタコスだけってワケやな!」
「は??」
「もちろん、後でちゃんと返してあげますよ? 私達とお出かけして、今日1日が終わったらの話ですけど」
「テメェら、幾ら何でも鬼畜すぎねぇか!?」
余りにも酷い状況に置かれているマシロに、流石のベートも同情した。
ロキとレフィーヤは女だから、なんだかんだ言っても『可愛い服を着ているだけじゃん』ぐらいにしか思えないのかも知れない。けれど、同じ男として、【凶狼】にはマシロの屈辱と羞恥が理解できた。
否、彼だって分かっている。
幾ら男はこうなんだと説いても、根本的に男と女は分かり合えない生き物だ。
奴らは悍ましい事に、男にも可愛いを押し付けてくる性質を持っている。これは非常に厄介で、粗暴で長身なベートにすらキュンを見出す輩がいるのだから、容姿の幼いマシロがロックオンされるのは仕方のない話だろう。
しかし、である。
「なんで外に連れ出す必要があんだよ?
「いやいや、こんな可愛いマシロを
「そりゃ、全部お前の都合だろうが!?」
「それにぃ、今日は年に1度の聖夜祭やでぇ! 引きこもってるなんて勿体ないやろ!」
「………」
結局は、メルヘンな格好をしたマシロと遊び歩きたいというだけの話なのだろう。この身なりで大衆の前に出るなど拷問でしかないが、しかし、その苦行を超えなければ他に着る服がないのだ。
マシロは嫌でも、今日1日可愛いサンタでいなければならないし、衣服を取り戻す為にロキ達の無茶振りに付き合うしかない。
「その……なんつーか、大変だな。テメェも」
「そう思うならジャガ丸くん奢れ。あとアレ、骨付きのデカイ肉も」
「おい、ロキ。コイツのどこが可愛いんだ?」
額に大きな青筋を立てたベートだが、結局『ジャガ丸くん(メリクリver)5個入り』と、『クリスマス限定特製ローストチキン』『ミア母ちゃんの作った絶品フライドチキン』その他諸々を買ってあげたのだった。
「ベートさんって意外とマシロに甘いですよね」
「もしかして、ウチらの『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん』に悩殺されたんとちゃう?」
「聞こえてんぞ、クソ女共!」
ヒソヒソ声で言葉を交わすレフィーヤとロキを一喝するベート。その傍で、我関せずローストチキンに齧り付いていたマシロに、本日最大の苦難が訪れた。肉を全て平らげ、残った骨をベートの持つゴミ袋に捨てようとしたその瞬間ーーー。
膝を抱えてしゃがみ込みながら、こちらを見上げている人物と目が合ったのだ。すると、途端にその人物……否、神物の碧い双眸が弓形に曲がり、ニコッと笑顔が作られる。そして、特徴的なツインテールと大きすぎる胸部を揺らしながら、跳ねるように立ち上がった。
「やあやあ、マシロ君! キミって奴はなんてキュートな格好をしてるんだい!!」
「な、なんでお前……! だって、ベートがいるのに……!?」
「お前、俺を過信しすぎだろ」
「だぁあああ!? なんで自分がここにおんねん、ドチビ!? シッシッ!」
「聖夜祭なんだから出歩いていて当然だろ! それにしても、このマシロ君の格好……キミにしては良い趣味じゃないか! コンセプトはなんだい!?」
「はん! 胸ばっかに栄養取られて貧弱な脳みそしかあらへん割には、意外と美醜ってモンが分かるみたいやないか! 可愛いは正義! コレに尽きる!」
「分かる!」
「なんでちょっと意気投合してんだよ」
「あはは、普段は仲悪いんですけどね……」
マシロとレフィーヤのそんな呟きを掻き消すように、ヘスティアのテンションが天元突破した。
「感謝するぜ、ロキ! これで足りないと思っていた最後のピースが揃った……! ボクのハイパーウルトラ可愛いベル君を、更に可愛くするピースが!」
バッと腕を広げて大仰に指し示めす炉の女神。その先にいたのは、純白のもこもこを存分にあしらったピンク色のサンタ服に身を包んだ、うさ耳つきの男の娘だった。
自分と同じ境遇に立たされた真っ赤な顔の少年を見て、マシロは掠れた声を出す。
「ベル……おまえ………」
「み、見ないで……! こんな格好の僕を見ないでぇぇぇええ!?」
ベル・クラネル。【リトル・ルーキー】の二つ名を持つ新進気鋭の冒険者が、悲痛の叫びと共に、可愛いに侵食されたその身を隠そうとする。服装自体のラブリー度はマシロの衣装に及ばないが、それを補って余りある程の破壊力を、彼のうさ耳は秘めていた。
敢えて服を地味にする(当社比)事でうさ耳の存在感を引き立て、且つ全てが調和するような完璧な仕上がり……こんなもの、超越存在たる神にしか生み出せまい。
「ほう、ヤルやないかドチビ。確かにこれは、ウチのマシロと並んだらエゲツない相乗効果が生まれそうやなぁ!」
「だろだろ!? まさしく一心一体! さながら別々の絵を組み合わせる事で、更なる意味を訴うかける芸術作品の如く!」
等と盛り上がっている神々。
をガン無視する形で、
「服だけじゃなく、小物まで……! しかも、うさ耳だと!? なんて惨い事を……男の尊厳をなんだと思ってやがる!」
「マシロもその格好、そんなの最早サンタクロースじゃなくて魔法◯女じゃないか! 許せないよ、こんな事……!」
「戦うぞ、ベル! こんな理不尽に付き合ってやる事なんかねぇ!」
「そうだね、戦おう! 今から僕達、アンチ女装同盟だ!」
「見てみぃ、ドチビ! ウチらに言われんでも、『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん』と、『うさ耳ふわふわ少年ベルきゅん』が肩を並べて猛っとるで!」
「まるで、困難に立ち向かうぷ◯キュアだぁぁああぁあ! 世界で1番可愛いよおおお! ショタ最高ぅぅ!!」
「離れとけお前ら。逆効果だ」
「「………………」」
ベートの仲介によりアンチ女装同盟は秒で解体された。が、少し遅い。
事態の収束を始めるには、少々女神達が騒ぎ過ぎた。
こんな気合いの入った女装をしている冒険者が2人もいて、娯楽好きの神々に目を付けられない訳がなかったのだ。パチパチパチと、乾いた柏手の音が鳴り響く。
「いやぁ、素晴らしいものを見させて貰ったよ! ベル君にマシロ君!」
「俺が、ガネーシャだ!!」
さも当然のように歩いて来たのは、二柱の男神だった。何かと厄介事を持ち込んでくる神ヘルメスと、善神だが話の通じない神ガネーシャ。ガネーシャはともかく、ヘルメスがいる時点で嫌な予感しかしなかった。それまで盛り上がっていた女神達も警戒心を顕にしている。
「おっと、そんな怖い顔しないでくれ。俺はただ、彼らに新たな可能性を見たんだ。この聖夜祭を、更に盛り上げられる可能性を……!」
「ほお? 聖夜祭は今が間違いなく
「今以上の盛りかぁ。正直ちょっと想像も付かないね」
ロキが試すように問いを投げる中、ヘスティアが率直な感想を述べる。そして、この女神達の主張は決して間違っていない。物事には必ず流行り廃れがある様に、聖夜祭にだって衰退を始める時期がやって来る。現状、既に隆盛を極めた。あとは緩やかにマンネリ化していくのみ。
「俺だってさっきまではそう思っていたさ。企画の練度や街の盛り上がり、そして経済効果的にも、今以上の成長は見込めないと……」
ロキとヘスティアの意見に同調しながら、しかし男神はぐっと握り拳を作った。大して筋肉もない腕を力強く振り上げ、周りの目も憚らずに叫ぶ。
「けれど、それは間違いだった! ベル君達を見て確信したよ……今日、聖夜祭は一歩先のステージに押し上がる!」
ヘルメスは胡散臭い神である。
有能な存在だが、当然ロキも全面的な信用はしていない。
けれど、ただ1つ娯楽に対する嗅覚に関しては認めざるを得ないと考えていた。そんな、ヘルメスが、ここまで言うのだ。口角を上げずにはいられない。
「ほう、オモロイやないか。で、具体的には何するつもりなんや?」
「決まってる! 『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』開催決定だぁぁぁああああ!!!」
◇
夕方。
午後4時。
バベル前広場。
神ヘルメス主催の『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』なる頭の悪い催しが、マジで実現した。
当日に言い出した事なのに。
元々、予定にない項目なのに。
設備の設置からスタッフの導入と指導、何より客への宣伝と誘導を完璧にこなし、尚且つ参加者まで過不足なく集め切った神々の手腕には脱帽を禁じ得ない。
いや、やっぱそんな事ない。
くたばれ。
なにオラリオ全土を巻き込んでくれてんだ。死ね
そう心の中で毒づきながら、マシロは控室で目を腐らせていた。やる気のやの字も感じられない当事者を尻目にサポーター買って出たロキ、レフィーヤ、ベートが熱い議論を繰り広げている。ベート、味方だと思ってたのに……。
唯一、心を通わせた同志もここにはいない。ベルも、別の控室で処刑の時間を待っている。因みに、ベルが控室に入る際、遅れて合流したリリルカ・アーデに「え? めちゃくちゃ可愛いですね」と意地悪そうな顔で言われた。死にたい。
「よーし、方針が決まったで、マシロ! 時間もないし、早速コーディネートを始めよか!」
こちらに近づき、自信満々にロキが宣言する。
けど、そういうこっちゃない。寧ろ、みなぎる自信が恐ろしい。
一縷の望みをかけて、マシロはベートに視線を向けた。
「……ベート」
「チッ、ここまで
「レフィーヤ……」
「うぅ、そんな目で見ないで下さい。ちゃんと優勝できるぐらい可愛くしてあげますから」
神は死んだ。
いや、そこにいるけど。
味方がいない。
どうしよう、世界滅べばいいのに……。
等と項垂れている間にも、ロキ達によるコーディネート……もとい改造は進められた。抵抗はしない。ベートが向こうに回った以上、意味がないからだ。逃走など更に現実的ではないだろう。
あーでもないこれも違うと目の前で繰り広げられる試行錯誤を目視しながら、マシロはゆっくりと男の尊厳が破壊されていく音を聞いたのだった。
そして、約1時間後、地獄の蓋が開け放たれる。
: :
「『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』開幕〜!!!」
「「「「「「「「いええぇぇええい!!!」」」」」」」
主に、神々と
「さあ、始まりました! 始まってしまいました! 急遽、神ヘルメスが企画したこの『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』! 正直謎です! あと長い! さっそく説明をお願いします、解説のヘルメス様! 因みに実況は
「紹介に預かったヘルメスだ。この『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』は、
ここで一度言葉を切り、ヘルメスは次の句を意図的に強調した。
「君達は、こう思っているだろう。『どうして、男の娘なんだ? 要するにそれって女装だろう?』と……」
会場にどことなく、『うんうん』という雰囲気が流れる。
「確かにそうだ。きっと、ここに集まってくれた男性諸君は落胆しているだろう……女性諸君の一部もスッキリとは楽しめないかも知れない……だって、可愛い女の子の、正統なサンタコスが見たかったから! 誰だって、むさ苦しい野郎なんかより、可憐でふわふわしていて、いい匂いのする女の子からプレゼントを貰いたいに決まってるって……!」
大仰な身振りで拳を握り、熱弁を振るうヘルメス。
彼は次の瞬間、カッと目を見開いた。
「しかし、安心してくれ! このヘルメスの名に誓って、諸君に後悔なんかさせはしない! 今宵、君達は新たな世界を垣間見るだろう……! この、7名の英傑達によって!!」
神の巧みな話術によって観客の視線がステージに集まる中、バンっとスクリーンに参加者の名前と簡単な似顔絵が映し出された。本人達は、まだ控室で待機している。
エントリーNO.1、ガネーシャ
エントリーNO.2、ファルガー・バトロス【ヘルメス・ファミリア】
エントリーNO.3、ヴァン【フレイヤ・ファミリア】
エントリーNO.4、ルヴィス・リーリックス【モージ・ファミリア】
エントリーNO.5、マシロ・ヴァレンシュタイン【ロキ・ファミリア】
エントリーNO.6、モルド・ラトロー【オグマ・ファミリア】
エントリーNO.7、ベル・クラネル【ヘスティア・ファミリア】
以上が、女装サンタとなってこれから姿を現す面々だ。面子が発表されたというのに、大衆の反応は決して芳しくない。
「なんか、明らかにおかしいのが混じってんぞ!!」
「ゲテモノショー観に来たわけじゃねぇんだよ!」
「なんでフィン様がいないの〜!?」
「7人中3人が筋骨隆々の大男ってどういう事だ!!?」
「モルド消えろー!」
「モルド邪魔ぁ!」
「もっと
ステージ中央で演説したヘルメスに、容赦無く野次とゴミが投げられる。そんな洗礼を優男スマイルで流しながら、食えない男神は自身の右方向を指差した。瞬間、垂れ幕で隠されていた一画が開放される。そこには、5つの席と、着席している5人……否、4人中と1柱の姿があった。
「こっちで用意した3人に加えて、さっき飛び入り参加した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインと、炉の女神ヘスティア! この5人が審査するぞ! お手元のフリップボードに最高10点で評価を付けてくれ! 5名の審査員の合計点を競って1番になった男の娘が、真の男の娘だ!!」
「「「「おおぉぉおおぉぉおぉぉおおおお!?」」」」
「「【剣姫】だ! 【剣姫】がいるぞぉぉぉおお!!」
「アイズ様〜! こっち向いて〜!?」
「「サンタ服よ、サンタ服! 超可愛い!!」」
: :
まさかの【剣姫】の登場に、会場がさっきとは比べ物にならないほど沸騰する。そしてそれは、何も会場だけの話ではなかった。
モニター越しに会場の中継映像を見ていた控室の面々も、意外な人物の登場に沸き立っている。まあ、テンションを上げているのはサポーター達だけで、コンテストに出場する当人達は、傷口を広げられる思いだったが。
とりわけ中でも騒然としたのは、エントリーNO.5、マシロ・ヴァレンシュタインの控室だった。モニターに映ったサンタコスのまま審査員席に座る【剣姫】に、混乱と動揺が隠せない。
「あ、アイズさん!? え、聖夜祭のサンタ役は……!?」
「何ほっぽり出してくれてんねん!? あとで、ギルドにゴッツ怒られるねんで、ウチが! てか、しれっとドチビもおるし!」
「マジでどこでも嗅ぎつけてきやがんな、アイツ」
「もうやだかえりたい」
レフィーヤが驚愕し、ロキが頭を抱え、ベートがドン引きし、マシロが絶望する。
正直、
「まあ、とは言えこれで『10点確定枠』は確保やな。アイズたんなら、素のマシロでも脳死で10点入れるやろ。てか、なんならドチビもそうかも知れん」
「20点は確定……ですか。確かにすごく有利ですね。それに、
「ケッ、まあ、予想以上の出来ではあんな」
ロキやレフィーヤだけでなく、ベートすらも女装したマシロを褒めちぎる。嘘みたいな光景だが、それもその筈。今、彼らの目の前にいるのは……。
「ほんま、昔を思い出すでぇ。なあ、
「…………」
透き通る様な金の長髪。濁ってはいるが、本来なら宝石の様に輝いているだろう金の瞳。スラっと伸びる細い四肢と、まだ殆ど起伏のない身体を包み込む特徴的なサンタ服。
在りし日のアイズ・ヴァレンシュタインがそこにいた。
無論、本物ではない。
その正体は、金髪ロングのウィッグと金色のカラーコンタクトを装着したマシロ・ヴァレンシュタインである。一見『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん』がウィッグとカラコンを付けただけの様にも思えるが、そんな単純な話ではない。
否、それだけでもアイズ率は脅威の90%以上を叩き出していたが、ロキ達は満足しなかった。小物類を厳選し、限りなく100%に近いロリアイズを爆誕させたのである。
「にしてもホンマにそっくりやなぁ。まんま8歳ぐらいのアイズたんやんけ」
「はわわ、幼い頃のアイズさん……可愛すぎます! こんなのもう、反則級です!!」
「なんなんだよコイツら。ベート、どうにかしろ」
「……」
「………ベート?」
無反応を訝しみ、マシロは隣にいる狼人を見上げる。
何故だか凶暴な狼はそっぽを向いており、その頬には若干の赤みが刺しているように見えた。
瞬間、マシロはベートの筋肉質な胴体に抱きつく。見る者によっては卒倒する様な絵面だろう。これには流石のベートも焦りを見せる。
「は、はぁああ!? きゅ、急になにしてんだテメェ……!?」
腹部に力強く押し当てていた顔面を持ち上げ、所謂上目遣いでベートを見遣る。それは、マシロなのに、マシロじゃない。マシロと知っていても、思わずアイズと錯覚してしまうほど、アイズらしい表情だった。そして、桜色(に見える)の唇から放たれる肉声も、最早マシロのものではなく……。
「ベートさん、ちゃんとお話しきいてほしい……な?」
「〜〜〜!!? な、ななななに、何を!?」
「うわ、ガチな反応すんなよキモ………」
「ぶっ殺す!!」
キレて追いかけるベートだが、捕まりそうになる度にアイズの物真似でかわすマシロ。そんな2人の追いかけっこを眺めながら、ロキとレフィーヤは勝利を確信した。
「ちょ!? 待ちぃや! 今の完全にアイズたんやん!? めっちゃ似ててビビったわ!!?」
「はい! 声の抑揚や喋り方の癖、ワードチョイスに至るまで、完璧にアイズさんです! 昔のアイズさんって、こんな感じだったんだって納得出来るぐらいアイズさんでした! どうしよう……『レフィーヤお姉ちゃん』って言ってもらいたい……!」
「言ってもらえばエエやん! おーい、マシロ〜! ベートとばっか遊んでへんでウチらにもギュッてさせてぇや!」
「うるさい、近よらないで」
「うは!? その顔で辛辣なのもイイ!」
「ま、マシロ? 私には『レフィーヤお姉ちゃん大好き』って……」
「イヤ……っ、レフィーヤなんか大っキライ!」
「ぐふ……!? そ、そんな〜」
返す刀で返され、興奮するロキと撃沈するレフィーヤ。
声帯そのものは間違いなくマシロの筈だが、その完璧な迄の佇まいと発声の仕方により、付き合いの長い彼女らの脳すら的確にバグらせていた。実際、獣人であるベートの耳を持ってしても『アイズの声』にしか聞こえない。
「マジでどうなってやがんだ、テメェら姉弟はよぉ……」
「わたし、ベートさんはスキだよ?」
「ぶはっ!!?」
「やめてぇや! アイズの声でそないなコト言わんといて! ウチの脳みそ破壊されてまうッッ!!?」
「私には嫌いって言った癖に、ベートさんだけズルイですぅぅ!!」
マシロがアイズの物真似に味をしめ、いよいよ収集が付かなくなってきた頃だ。一際大きな歓声が、会場を中継しているモニターから聞こえてきた。
『おおっと、ヴァン選手! 今大会初の点数を獲得!! ついに辛口審査員達の岩のような心を動かしたぁぁあ!! さて、注目の得点は……!?』
審査員① 『3点』 コメント:やっと女装の体をなしてるのが来た。
審査員② 『2点』 コメント:ギリ見れる。
審査員③ 『2点』 コメント:ぶっちゃけ前2人が酷すぎたからマシに見えるだけ。
審査員(アイズ) 『4点』 コメント:さっきまでよりは女の子?
審査員(ヘスティア) 『4点』 コメント:照れすぎ。出来は悪くないけどアピール不足だね。
『合計、15点獲得〜!! 50点満点だから微妙っちゃ微妙だけど、前2人が連続0点を叩き出していたので
「ほーん、もう3人目まで終わってしもうたんか。てか、審査員ってコメントまでするんかい。ドチビがそれっぽいコト書いてんのムカつくなぁ」
イブリ・アチャーのマイクパフォーマンスを聴きながら、ロキがしみじみと呟く。
彼女の言う通り、既に3番手まで消化した。5番手のマシロの出番が着々と近づいている。幸い、2つ前に気付けたので4番手のステージは丸々観れる。一同は達は全員モニターに視線を移し、大会の進行を見守ることにした。
『さあ続きまして、エントリーNO.4! この男……否、男の娘が登場だ! 【モージ・ファミリア】所属、ルヴィス・リーリックスゥゥウ!』
瞬間、舞台の中央にド派手な
『エルフだけあって、その美貌は本物……! しかし、それ故にヴァン選手が使っていた『可愛いタイプ』の女装に逃げることができません!! いったいどんな装いで勝負するのか!!?』
煙で視界が遮られている間も、イブリが弁舌で場を繋ぐ。というか、観客の期待を煽るような演説はやめてあげてほしい。切にそう願いながらモニターと睨めっこしていると、やがてマシロの目に、ルヴィスの姿が飛び込んで来た。
それは、若干男臭さは消しきれていないものの、充分『麗人』と呼んでも良いくらいの出来栄えで。
「は? 結構すごいじゃん」
と、思わず呟いてしまった。
そして、ロキ達も概ね同意見らしい。
「流石にセクシー路線がサマになっとるなぁ。でも、ご丁寧に口紅塗ってるトコが浅はかや。アレで女装した気になっとるのが伝わってくるわ」
「あはは……。確かに、もう少し衣装を工夫しても良かったかも知れないですね。立ち姿が美しいだけに勿体無いというか……」
「……そうなのか?」
「知らねぇよ……」
大真面目に己が見解を語り合うロキとレフィーヤの傍で、マシロとベートが頭痛をこさえる。
そして、サポーターからの女装のコンセプト説明。ルヴィスからの意気込み。イブリとヘルメスによる感想を経て、いよいよ審査員による評価がつけられた。
『さあ、果敢に『綺麗系』で攻めてきた勇者ルヴィス選手! 果たしてその判断は吉と出るか凶と出るか……!?』
審査員① 『6点』 コメント:流石エルフだと感じた。普通にスゴイ。
審査員② 『3点』 コメント:元の素材に救われただけ。女装としては2流。
審査員③ 『5点』 コメント:可もなく不可もなく。
審査員(アイズ) 『5点』 コメント:さっきの人よりキレイかも?
審査員(ヘスティア) 『4点』 コメント:悪くはないけど、無難に纏まりすぎかな。もう少し自分の色を出して欲しかった。
『合計、23点! なんとまさかの半点以下! 思ったより伸び悩んだかぁぁ!?』
「今ので半分いかないのかよ」
「てか、アイズの奴、アレちゃんと品評出来てんのか……?」
等と囁き合っていると、テンションを上げたロキに背中を叩かれた。
「さあ、出番やマシロ……いや、アイズたん! 前座もここまで、こっからはウチらが蹂躙したるで!!」
「そうですね! アイズさんに敵なしです!!」
「お前ら……そこはせめてマシロって言ってやれよ」
「いや、言わんで良い」
: :
『さあ、お次に登場するのはこの
怒涛かつ途切れる事の無かったイブリの実況が尻すぼむ。それは、煙幕が晴れ、中の冒険者の姿が視認できるようになるにつれて顕著になった。
会場全体も静まり返っている。
誰も彼も、自分達が見ている光景を理解できない。
その奇跡を、受け入れる事ができない。
だって、今、ステージの中心にちょこんと立っている金色の輝きは―――。
『ど、どういう事だぁぁ!!? 今、我々の目の前に、昔日の【剣姫】が現れたぁぁぁああ!!? え、ちょ、マジ? なんで? どうなってんの!!?』
混乱するイブリと同調する様に観客達も動揺の波に飲まれる。
いや、分かっているのだ、彼らとて。マシロ・ヴァレンシュタインは、アイズ・ヴァレンシュタインの弟。ならば、金色のウィッグを被るだけで彼女に化ける事も可能。
実際、あの【幼女剣姫】は過去からやって来た訳でも、審査員をしているアイズが若返った訳でもなく、マシロ・ヴァレンシュタインが変装した姿なのだろう。
しかし、分かっていても驚かずにはいられない。
だって、それぐらいクリソツだから。
そんなアイズにしか見えない冒険者が、ステージの中央で口を開く。
「えっと……みんな、わたしのプレゼント……もらってくれる?」
「「「も……勿論!!!」」」
「「「「欲しいです!!!」」」」
まるで民意が爆発したかの如く、本日最大の熱波となって会場……否、
「よかった……。じゃあ、はい、これ。ジャガ丸くん………あっ」
安堵の顔で両手を体の前で合わせたアイズ……ではなくマシロは、徐ろに背負っていた白い袋を下ろし、中を探った。しかし、直ぐに顔を曇らせて観客達に向き直る。
先程とは違った意味合いで手を合わせると……。
「ゴメンなさい。ガマンできなくて、ぜんぶ食べちゃったみたい……」
「「「「う、うおおぉぉぉおおぉぉおおお!!」」」」
「「全然イイよぉぉおおお!!」」
「「「食べちゃったアイズちゃん食べちゃいたい!!」」」
「「「食い意地張ってておっちょこちょいな【剣姫】サイコォォォォオ!!」」」
「ゆるしてくれるの? ありがとう。次は、ちゃんとみんなにプレゼントをとどけるね。だから、わたしを選んでくれると、うれしいな?」
コテンと、小さく小首を傾げると観客の2割が卒倒し、他5割は男と女も関係なく野太い声で言葉にならない歓声を挙げ、残る3割は無言で感涙を流し始めた。
最早ボルテージは最高潮と言って良い。というか、過去の盛り上がりを完全に凌駕している。その後も、マシロが幼い【剣姫】の真似事をする度に、会場は鼓膜が破れる程に狂乱したのだった。
そして、ようやく5分間のアピールタイムが終了する。
観客は例外なく疲れ果てていた。自分が何かをする度に大袈裟に反応する大衆達の姿にマシロも確かな手応えを覚える。何より、己の一挙一動で民衆の感情意のままに出来るかのような全能感が堪らなかった。正直、途中からはノリノリで楽しんでいたぐらいである。
『さて、あり得ないぐらいの大歓声に包まれたマシロ選手の挑戦! 正直既に圧倒的勝利が目に見えていますが、一応採点に移りましょう!! では、審査員の皆さん、お願いします!』
審査員① 『10点』 コメント:感激した! 涙で前が見えない!
審査員② 『10点』 コメント:私は今、奇跡を見ている……!
審査員③ 『10点』 コメント:アイズちゃん、可愛いよアイズちゃん!!
「よっしゃああ! 『勝ち確枠』以外も全員10点や! 50点もろたで!」
「凄かったですもんねぇ。今度またお願いしちゃおうかな……」
「ケッ」
舞台の端で様子を見ていたサポーターの3名が早々に完全勝利を確信する。
しかし―――。
審査員(アイズ) 『1点』 コメント:―――(未記入)
審査員(ヘスティア) 『2点』 コメント:―――(未記入)
『おおおおっと!!? これは意外や意外! 圧倒的熱狂を引き起こしたマシロ選手ですが、得点は33点と振るわず! というか、飛び入り参加組の評価が低すぎるぞぉぉ!?』
「ちょっ、なに酷評してくれてんねん、ドチビにアイズ!? 自分ら2人で20点取る予定やったんやぞ!?」
「いや、だって……」
不当な評価をつけた2人の審査員に対し、凄まじい剣幕で唾を飛ばすロキだったが、ヘスティアは心底つまらなそうに正論を述べた。
「今の、女装ってよりは単なるヴァレン何某君の物真似だったじゃないか」
「ギ、ギク!?」
「僕の目には、安易な方に逃げた様にしか見えないね。クオリティーは置いとくとして、本来の趣旨通り戦った他の子供達の方が、まだ好感が持てるよ」
「ぐ……ドチビの癖に痛いトコ突きおって……。じゃあ、アイズたんは!!?」
ぐわっと、己が眷属に矛先を向ける。
正直な所、『10点確定枠』と言いつつも、ヘスティアに関しては8点や9点に留まる可能性も考慮していた。まあ、実際は2点だった訳だが……。
しかし、アイズだけは話が別である。
普段あれだけマシロマシロと騒いでる癖に、よりにもよって、何故こんなタイミングで梯子を外すというのか。ちゃんと本人の口から理由を聞かなければ納得出来なかった。
「………だって、シロの可愛い姿が見れるって言うから駆けつけたのに、昔の私の真似ばっかりなんだもん……」
「!!?」
不服そうに答えるアイズ。それは、まさに青天の霹靂だった。
言われてみれば確かに、余程自分が大好きな人間でない限り『過去の自分の姿』に萌えられる訳がない。寧ろ、目を背けたくなるものだろう。いや、それならまだ良い方で、おちょくっていると解釈されても仕方がないかも知れない。
「あと、私あんなにジャガ丸くんジャガ丸くんって言わない。食べ尽くしたりもしないから」
「アレ!? アイズたん思ったよりご立腹!?」
全く想定と違うアイズの反応に、ロキは泡を食う。完全に誤算だった。ロリアイズの可愛さに目が眩んで、判断を誤った。
「ぐぬぬぬぬ……!」
「落ち着いて下さい、ロキ! それでもまだ暫定1位です!」
「せ、せやな!」
レフィーヤの指摘に、ロキは冷静さを取り戻す。
そう、大幅に予定は狂ったが、一応1位は取れているのだ。
ただ、逃げ切りを狙うには正直厳しい点数である。
せめて、40点以上あれば安心して見ていられるのだが……。
ロキの視線は、反りの合わないデカパイ女神に向けられていた。
次の
あれはどう考えても、序盤に0点を叩き出したガネーシャ、ファルガーと同じ枠だ。流石に日に3度も0点が出るとは思えないが、それに近しい点数に収まるだろう。
問題は次。
【リトル・ルーキー】こと、ベル・クラネル。これが最大の難敵だ。そもそもマシロと同様に女装映えしそうな顔立ちをしている上に『うさ耳ふわふわ少年ベルきゅん』の実績がある。
正直あの姿で出てこられるだけでも、審査員1人につき平均7〜8点は持っていかれるだろう。その上で、ヘスティアは確実に【リトル・ルーキー】の『10点枠』。唯一アイズの評価は読めないが、流石にアレに6点未満を付けることはあるまい。
つまり、このまま行けば、余程トチ狂ったコーディネートをしない限り最低でも38点は掻っ攫われる計算になるのだ。上振れれば簡単に40点の大台に乗るだろう。対してマシロの得点は33点……。悔しいが、現状では敗色濃厚である。
『さあ、結果が出ました! エントリーNO.6、モルド選手! 0点! では、続いてラストステージ! エントリーNO.7、もう1人の大本命、ベル・クラネルの登場です!』
雑に退場させられたモルドの切なげな後ろ姿を顧みる者は誰もいない。
観客の全員が、大トリを飾る【リトル・ルーキー】の登場を待ちわびていた。ベル・クラネルを1度でも見た事がある人間は皆分かっているのだ。彼が、【リトル・アイズ】と同等以上の
ロキは天に祈りながら、最強の敵が血迷った姿で出て来るのを待った。
やがて、濃い煙の中から、小振りな人影がボンヤリと浮き上がって来る。
即座に確認したその頭部に、うさ耳は……ない。ロキは密かに胸を撫で下ろす。少なくとも、これで確定敗北はなくなった。が、安堵するには早過ぎた事を、トリックスターはすぐ知る事となる。
会場に風が吹く。
煙が揺らぐ。
甘い香りが漂う。
そして、ロキは見た。
見てしまった。ベル・クラネルの影から、長い何かが靡いているのを。
「ふっふっふ。1つ、訂正して貰えるかな? イブリ君」
『え?』
不意に、勿体ぶった口調でヘスティアが語り始める。
きっと無駄にデカイ胸を、不必要に張っているのだろう。
忌々しい事この上ないが、しかし、そちらに意識を向ける余裕がロキにはない。
「あそこにいるのは、エントリーNO.7のベル・クラネルなんかじゃない―――」
画して、煙が晴れる。
「あそこにいるのは、ベル子ちゃんだ!!」
ベル子ちゃんは圧倒的だった。
なんの誇張もなしに次元が違った。
分かりやすく言えば可愛過ぎた。否、正統派清楚系美少女過ぎた。
ただ、それだけの簡単なお話し―――。
審査員① 『10点』 コメント:女の子じゃん! 男の娘じゃなくて女の子じゃん!
審査員② 『10点』 コメント:冗談ではなく本気でタイプです。結婚して下さい。性別なんて些細な問題だと今気づきました。絶対に幸せにします。
審査員③ 『10点』 コメント:可愛過ぎてドン引きなんだけど……。性別ホントに合ってる? 女の私より女の子なのマジでやめて欲しい。
審査員(アイズ) 『10点』 コメント:こういうので良かったのに。
審査員(ヘスティア) 『100億点』 コメント:説明が必要かい?
『圧・倒・的・大・好・評!! とんでもない逸材だベル・クラネル……いや、ベル子ちゃん! 得点は、な、な、なんと驚異の100億40点!! 10点以上を付けた神ヘスティアの得票は本来無効ですが、【剣姫】までで既に40得点! この時点で優勝確定なのでもう良いや!!!』
「「「うおおおおおおおお!?」」」
「「「スゲェエエエエエエエ!!!」」」
「「「「世界一可愛いよベル子ちゃん!」」」」
鳴り止まぬベル子ちゃんコールが木霊する。
こうして馬鹿騒ぎの中、ベルの圧勝で『第1回! 可愛いは世界を救う! お前らは誰からプレゼントをもらいたい!? 最強に最高でプリティーな男の娘サンタを決めようぜコンテスト』は幕を下ろした。
因みにヘルメスは、こっそり撮影したベル子ちゃんの写真集を販売し、莫大な富を得たと言う。
◇
午後7時46分。
『黄昏の館』。
食堂。
「なあなあ、アイズたん! そろそろ機嫌直してぇや〜?」
「ぷい」
「アイズさ〜ん!?」
「とりつく島もなしか」
「特製ジャガ丸くんの盛り合わせにも手を付けないとは、相当だね……」
「サンタ役は自体はなんの問題もなくやり遂げてくれたんだかのう……」
コンテスト終幕から約1時間半後、聖夜祭自体も無事終了時刻を迎えた。
オラリオ中の子供達にプレゼントを配り終え、その役目を終えた【ロキ・ファミリア】のサンタ陣も
ロキが、サンタ役の眷属を労う目的で催したクリスマスパーティーは、本格的かつ僅かなおふざけすらない。あのリヴェリアをして、「真っ当な労い過ぎて気味が悪い」と言わしめる程だった。
ラウルを始めとした団員達の苦労が実った形と言えるだろう。労われる側も準備をした側も関係なく、どんちゃん騒ぎの様相と化していた。
しかし、そんな楽しげな空気にも関わらず、ご機嫌斜めな少女がいた。
アイズである。彼女はまだ、マシロが昔の自分の真似を大衆の前で披露した事に立腹していた。その膨らんだ頬から、空気が抜ける気配は一向にない。
「だって、控室にちょうどエエ色味の金髪ウィッグがあったんやもん! これはもうヤレ言うことやろ?」
「つーん」
「てか、格好は100パーウチらのコーディネートやけども、ステージでのパフォーマンスに関しては完全にノータッチやで? 全部マシロの独断や!」
「うそ。あの子は『ラブラブちゅっちゅジャガ丸くん』って投げキッスしないし、胸の前でハートマーク作って『ジャガ丸びーむ』とかもしない」
「ほ、本当なんですよ、アイズさん! 確かにやりそうには無いですけど……あれは、私達も何か乗り移ったんじゃないかと思ったぐらいで……!」
「私、『ジャガ丸くん』じゃなくて、もっと『シロ』って言ってるもん」
「それはそうですね!」
確かに、少々しつこいぐらいジャガ丸くんを連呼していた感はあった。手っ取り早くアイズっぽさを演出しようとした結果だろう。あれでは事実以上に食に執着している印象を与えてしまいかねない。本物からすれば、その点も頂けないのだろう。なんだかんだ言って、【剣姫】も年頃の女の子だ。
未だに説得を続けるレフィーヤを尻目に、ロキは早々に見切りを付ける。自身の口八丁やジャガ丸くんを始めとした料理群で無理だったのだ。これ以上、小手先のご機嫌取りは意味がない。故に、秘密兵器の投入に踏み切った。
「しゃーない……。マシロ! 出番やで!」
「え?」
その台詞に、目敏く聞きつけたアイズが顔を上げる。
すると、そのタイミングで食堂の扉が躊躇いがちに開いた。少しの間の後、生まれた僅かな隙間から小さなサンタが姿を表す。
それは『プリティーきゅるるんサンタマシロちゃん』でも、【幼女剣姫】でもなかった。丸っこい身体を包み込む、きゅるるんなサンタ衣装。三角帽から真っ直ぐと地面に伸びる
ちゃんとした女装姿のマシロが、そこに居た。
大きな銀目を羞恥心で歪ませ、真っ赤に頬を熟れさせながら、彼……否、彼女は、きつく食いしばった口を開く。
「め、めりー……くりすます」
姉の前まで歩き、そう告げたマシロ。
アイズは、劇的ビフォーアフターを果たした弟を前に、カチコミに固まった。正直、余りにも長い時間停止している為、「あれ? もしかしてコレも気に食わなかった?」という空気が流れ出すが……。
そんなもの杞憂だと言わんばかりの勢いで、姉は弟を抱え上げた。俗に言う『高い高い』である。当然、降ろせと催促するマシロだが、感激に目を輝かせたアイズはフル無視でこんな事を言う。
「今から、ヘスティア様とベル子ちゃんのところに行こう! シロの方が可愛いって、証明しなくちゃ……!」
「しなくて良い! あと現実見ろ! アレに勝つのは無理だ!」
「そんな事ありません! あんな淫乱兎、ケチョンケチョンにしてやれます!」
「お前は黙ってろ!」
「シロ、ジャガ丸くん食べたい。あーんして?」
「脈絡ねぇな!?」
テンションのおかしい姉に振り回されながらツッコミを入れるマシロ。そんな弟を尻目に、アイズは既に小ぶりな口を最大限まで開け放っていた。仕方なく、小豆クリーム味のソレを突っ込むと、指ごと持っていく勢いで食いつかれる。そして、満足気に咀嚼し、飲み込んだ後―――。
「おいしかったよ、シロ。ぎゅ〜〜!」
いつもの様に抱擁タイムが始まった。
コレを見て、ロキ達は、やっとアイズの機嫌が治った事を確信する。こうなってしまえば、もう姉は弟の事しか見えていない。時間的にも、この状態のまま就寝時刻に突入するだろう。なんなら、マシロのベッドに潜り込むか、自分の部屋のベッドにマシロを連れ込むかまでするかも知れない。
とにかく、もう蒸し返される事はない筈だ。
そう、息を吐いたのも束の間だった。
「あれ?」
アイズの不穏な声が上がる。
いな、キョトンとした声だ。普段落ち着いた声色のアイズが放つ、割りかし高めの声。それは本来不穏とは程遠く、可愛らしいと感じられる発声の筈。しかし、それでも、『不穏』に感じてしまった。ロキだけではなく、レフィーヤを始めとした眷属全員が……。
「…………………………………私以外の匂いがする」
シンと、場が静まり返った。
マシロも絶句している。
「シロの身体から私以外の誰かの匂いがする」
「…………………」
やはり聞き間違いでは無いらしい。
しかも確信があるようで、アイズは追及を緩めなかった。
「……2人、いや3人? …………私以外の人に抱かれたの??」
「い、いや、アイズたん? 『抱かれた』は表現おかしいで?」
冷や汗ダラダラで指摘するロキを無視し、アイズの両手がマシロの両頬をつねる。
「うわき……したの?」
「し、してねぇよ!? いや、してないもおかしいけど!」
「シロは私のお嫁さんだよ?」
「違ぇよ、弟だよ! てか、百歩譲ってそこはお婿さんだろ!」
「誰に抱かれたの??」
「だから―――」
「だ・れ・に?」
圧に負けて、マシロは自身にこびり付いているであろう匂いの主に視線を向けた。即ち、アイズに化けた時に引くほどお触りしてきたロキとレフィーヤである。こっちから抱き着きに行っていたベートは、既に姿がない。いち早く状況を察知し、遁走した後の様だ。
主神とスイーツな妖精は、激しく首を横に振っている。その必死の形相は……最早死刑を回避せんともがく罪人と変わらない。『バラさないでくれ』『殺さないでくれ』という念がビシビシと伝わってくる。
「い、言えない……」
「……そう」
答えを聞いたアイズは、静かに吐息を漏らし、美しい所作で立ち上がった。そして、ゆっくりと艶やかな唇を動かす。それはまるで、死を運ぶ伊吹の様で……。
「多分、女の人が2人、男の人が1人……。男の人はよく分からないけど、女の人の匂いは覚えている気がする……」
瞬間、ロキとレフィーヤは心臓を掴まれた気分を味わう。
「ちょっと、匂いを嗅がせて……? ロキ、レフィーヤ」
「「い、いやあああああ!!?」」」
セクハラ上等のロキと、アイズに憧れているレフィーヤだが、今回ばかりは肩を抱えて震え上がっていた。言い訳よりも先にこんな反応を見せてしまったのだ。鈍感なアイズにも、大きな確信を与えてしまっているだろう。その上で、匂いを嗅がれれば完全にアウト。このままではバッドエンド一直線だ。
この状況を打破するには、より強い衝撃で、アイズの意識を上書きするしかない。が、半端では意味がない。相当な労力を要するだろう。
ロキとレフィーヤは、2人がかりで嫌がる自分に無理やり女物のサンタ服を着せた女だ。頭の悪いコンテストで、嬉々としてアイズへの変装を強行した連中だ。
正直、労力をかけてまで助け出す必要があるのだろうか?
今回の悪ノリの天罰にちょうどいいのではないか?
そんな考えが脳裏をよぎる。
そうだ、見捨ててやればいい。
というか、見捨てたい。
けれど……そうするには余りにも、頭に響く絶叫がやかましかった。
「くそ、1つ貸しだぞ……っ」
マシロは密かに腹を括る。
そして、羞恥心と自尊心……あとついでに自我もかなぐり捨てた。
決意が揺れないように、考える間もなく席を立つ。
「アイズ……!」
「?」
「お、お姉……ちゃん! ジャガ丸くん食べさせろ…じゃなくて、たべさせて!」
「……! うん! 後でね」
「な……!?」
それは、完全に想定外の反応だった。
彼女が普段からしつこく自分に求めてくる『お姉ちゃん呼び』と『あーんの催促』……その両方を、よりにもよって
マシロは愕然としながら、遠のいていく姉の背中を眺めていた。そして、ロキとレフィーヤの悲鳴が、いよいよ殺人鬼と相対しているかの如き迫力に到達する。最早フィンやリヴェリアの静止すら、今のアイズには届いていない様だ。
万事休す。
諦めにも似た感情がマシロを筆頭にファミリア全員の胸中を支配する。しかしーーー。
偶然か必然か、マシロはとある秘策を思いついた。
いや、思いついて
本来であれば、とても実行には移せない程、アレな愚策だ。
正直、こんな選択肢が脳裏に浮かんでくること自体があり得ない。もっと言えば、恥ずかしいし、悍ましい。きっと、知らず知らずの内に、姉の見境ないスキンシップに毒されてしまっていたのだろう。
けれど、これならばきっとアイズも止まる。
というか、これで止まらないなら何をしても無理だ。
あの子鹿の様に震え上がっている主神と山吹色のエルフを救い出すには、コレしかない。
気が付くと、マシロは走り出していた。
姉の歩行は緩やかだ。数歩で追い付ける。そして、距離を測り、跳躍。
目論見通り、姉の肩口に飛びついた。
瞬間、反射的に振り払おうとするアイズだったが、飛びついてきたモノの正体を悟ると動きを止める。マシロは、その隙に更に上へとよじ登りーーー彼女の滑らかな頬に、自身の唇を触れさせた。
「…………え? シロ、いま……」
まん丸い瞳で呆然と頬を摩るアイズ。
そして、マシロは姉と顔を合わせられる訳もなく、真っ赤な顔を見せまいと俯いていた。が、耳まで真っ赤になっている為、どういう状況かは丸わかりだろう。瞬間、アイズの口元が緩む。
「え、えへ、えへへへ。シロにちゅーされちゃった〜」
それだけ言い残し、ふらりとアイズの身体が傾いた。
大慌てでマシロが支えるが、彼女の肢体は完全に力が抜け落ちグッタリしている。何事かと一瞬食堂内が騒然としたが、倒れた少女の顔を見て緊張の糸は途切れた。
アイズを覗き込んで、フィンとガレス、リヴェリアが一言。
「アハハ、この上なく幸せそうだね……」
「緩んどるな、顔が」
「幸福メーターが振り切れて気絶したか。全く紛らわしい……」
「いや、どんな気絶?」
ボソッとマシロが突っ込むと、背後から力強く肩を掴まれる。
掴んでいるのはロキで、その横には涙目のレフィーヤもいた。
「ありがとーなぁ、マシロ……! 自分がアイズたん止めてくれたお陰でウチら命拾いしたわ! たぶん、今ので上手いこと余計な記憶も消し飛んだやろ!」
「売らないでくれてありがとうございましたぁ! やっぱり、マシロは良い子ですねぇ!! あのスケコマシ兎とは大違いですぅ!!」
生を実感しているのか、2人は大袈裟に泣きじゃくる。
アイズが見れば再び混沌としそうな光景だが、幸い彼女は一向に目を覚まさなかった。人混みが苦手な彼女にとっては、聖夜祭はダンジョン探索よりよっぽど疲れる行事だったのだろう。
食堂でのパーティーはまだまだ続くが、流石に眠ったアイズをこのままにはして置けない為、リヴェリアに自室に運ばれる事となった。
その際、ロキがこんな事を言う。
「せや、マシロも一緒に行き」
「なんで?」
「自分も今日は色々あって疲れたやろ? それに、日中あんだけベートにたかってたんや、もう満腹なんとちゃうか?」
「それは……まあ」
その指摘に、マシロはバツが悪そうに顔を背ける。
確かに、チキン類を中心に食べすぎたせいで、未だに食欲が湧いてこないというのが現状だった。正直無理に食べても、リバースする未来しか見えない。
「やったら、自分ももう休み。勿論、アイズたんの隣でな!」
「なんでだよ。自分の部屋で寝るわ」
「なんや、ほっぺにチューなん大胆な事しといて今更照れてるん?」
「そ、そんなんじゃねぇ!」
盛大に反発すると、ここで面白がっているのかフィンも参戦して来た。しかも、ロキ側に付く形で・だ。
「まあまあ、いいじゃないか。それに、アイズは慣れないサンタ役を頑張ったのに全然クリスマスパーティーに参加できていないんだよ? 誰かさんが気絶させてしまった所為でね」
「ぅ……」
「ガハハハ! 確かにのう! これではアイズだけ頑張り損と言うわけじゃ! 別のご褒美がないとまたヘソを曲げてしまうわい!」
「ガレス……てめぇ」
「てか、万が一アイズたんの記憶飛んでなかった時がヤバイねん。今晩だけでも一緒に寝てくれ! そんで、ウチらの件覚えとったら無力化しといて〜!」
「そ、そうですね! マシロ、私からもお願いします! アイズさんと一緒に寝てください!」
そう芯に迫る勢いで頼みこまれ、
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午後8時20分。
アイズの部屋
「では、お休み。心配ないとは思うが、変なことはするなよ?」
「しねぇよ。発想がキモいんだよ」
そんな憎まれ口を華麗にスルーし、リヴェリアは扉を閉めた。
室内の光源は窓から差し込む月明かりのみ。要するに、かなり暗い。
家主は既にベッドに寝かしつけられ、心地良さそうな寝息を立てている。身体が少し右端に寄っており、人一人分は入り込めるだろうスペースが出来ていた。
「………まあ、主神命令だしな。しかたない」
否。ロキはそんな事は一言も言っていなかった。
けれどマシロは、自分達以外は誰もいない部屋の中でそんな虚偽を呟く。
躊躇いつつ身体を滑り込ませ、小さく丸まる。それは、ギリギリでアイズと触れ合わないような位置だった。狭いベッドの中で、マシロのミニマムな肉体だからなせた荒技である。
「………さむい」
暫くそうしていると、またマシロが呟いた。
位置関係的には、掛け布団は充分に掛かっている。無論、入ったばかり故に、本格的暖まるのはこれからだろうが、それでも口に出す程の寒さではあるまい。
けれど、マシロは寒いらしい。
そして、寒いのであれば仕方がない。
より膨大な熱源の側に寄って暖をとるのが生物としての適切な行動だろう。
心の中で、グダグダとそんな言い訳をしながら、結局マシロはアイズにピッタリとくっ付いた。すると、すかさず姉の手が自身の背中に回る。
起きていたのかと一瞬思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。触れ合う身体越しか、心地良さそうな寝息が響いてくる。時折り摩ってくる手の温もりが、ゆっくりとマシロの気持ちを落ち着かせていった。
次第に瞼が重くなっていく。
微睡の海がすぐそこまで迫り、あとはもう飛び込むだけになった時。
「おや……すみ…」
ほとんど無意識の内に呟いて、マシロは眠りにつくのだった。
おまけ
翌朝
アイズ「シロ……また、して? ほっぺにチュー」
マシロ「 」
テッテレ~~
アイズは、『ほっぺにチュー耐性』を獲得した!(マシロにのみ)
※今後、マシロから『ほっぺにチュー』攻撃を受けると元気が100倍になるぞ!