剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

4 / 43
四回目の投稿となります。よろしくお願い致します。




前回のあとがきで前後編になると書きましたが、まとめきれず中編としての投稿となりました。申し訳ございません。


第三話

内心、アイズ・ヴァレンシュタインは舞い上がっていた。

 

今の所作戦は上手く行っている。文字頭に『とても』を付けても良いくらいだ。

数値で表すなら90~100点。

少なくとも、アイズ自身はこれまでの自分の振る舞いをそう評価している。

 

過大評価と思われるかも知れないが、そうじゃない。

事実、隣を歩く弟、マシロ・ヴァレンシュタインは未だここにいる。

アイズはここ数年殆ど彼と口を利いていないが、それでも血の繋がった姉弟だ。彼の性格ぐらい理解している。

 

マシロは、一見捻くれて見えるが、その実割と単純な少年だ。

好きとは素直に言えないが、嫌いな事はハッキリと口に出す。

 

だから、もしアイズと歩くこの空気感が気に食わなければ、彼はとっくに別行動をとっていただろう。つまり、彼と一緒に居れている事こそが、弟の機嫌を損ねていない何よりの証拠。ひいては、上手くやれている証明となる。

 

アイズは心の中でガッツポーズをし、自身の胸くらいにある銀色の頭を見下ろした。

姉弟なのに、今まで触れられなかったサラサラの髪の毛が、手を伸ばせば届く位置にある。

直ぐ傍を見下ろすだけで、そのちまっとした全身を眺めることが出来る。

 

頬が緩むのを感じた。

いけないと、アイズは表情を締め直す。

マシロは自分の事を冷めた姉だと思っているのだ。

そんな相手が急にニヤケ顔で見詰めてくるとなれば、彼はきっと警戒心を高めてしまうだろう。

 

不用意な事はするべきではない。

行き過ぎるくらいなら、現状維持で全く問題ない。

今回のこのデートは只の序章に過ぎないのだから……。

 

アイズは、出発前にリヴェリアに言われた事を思い出す。

 

: : :

 

数時間前・黄昏の舘

 

リヴェリアの私室で自主的に正座の体勢となったアイズ・ヴァレンシュタインは、とある計画の説明を受けていた。

『アイズ程良い姉化計画』の説明だ。

 

リヴェリアの流麗な声がフィンからの指令書の文字列を音にしていく。

 

「まず、アイズ。この計画は一朝一夕のものでは無い。それなりの期間を要する長期プランになるだろう。今回の作戦で一気に距離が縮まる事はないだろうが、逆に多少の失敗は気にしなくて良い。次がある」

 

そんな前振りをされる。

 

「我々は、これ以上マシロと距離を取り続ければ、お前が爆発すると判断した。故にこの計画がスタートした訳だが……」

 

「……爆発」

 

「物理的な話ではないぞ。もっと内面的な話だ」

 

自分の身体が爆発する姿を想像し、身振り手振りでそのさまを表現したアイズだが、その瞬間、頭を【九魔姫】に叩かれる。

 

「我慢の限界……それに長年触れ合えなかった反動で、お前はマシロの事を猫のように可愛がるだろう。そして、構いすぎて嫌われるのは火を見るより明らかだ」

 

「うん……」

 

その指摘にアイズは頷く事しか出来なかった。

容易に想像できる光景である。

その時がくれば、アイズは比喩抜きでマシロを離さないだろう。抱き寄せているのが基本形態で寝食は勿論、入浴の時だってピッタリくっ付いている自信がある。

 

「やっぱり、そうだよね……。シロもお姉ちゃんと一緒にお風呂とか入りたくないよね……」

 

「そんな事、例えマシロが受け入れても私が許さんぞ……」

 

リヴェリアの声が一層重くなった。

やはり、自分のこの感情は過剰で可笑しくて、まともにぶつければ嫌われてしまう悍ましいモノなのだと、頭を抑える副団長の姿を見て再認識する。

 

しかし、気を落とすアイズの耳朶に、明るさを取り戻した【九魔姫】の声が届いた。

 

「まあ、年頃の男子などそんなものだ。仮にティオナやレフィーヤ辺りに弟がいても同じだろう。何もお前だからという訳ではない」

 

「……そう…かな。そうだと良いけど……」

 

リヴェリアの言葉に嘘があるとは思えないが、弟の事となるとアイズはどうしても臆病になってしまう。

 

何より、ティオナなら過剰スキンシップをとっても上手くやりそうな気がするし、レフィーヤ程女の子らしい女の子なら、自分とは違って逆に喜ばれるのではないだろうか?

 

そんな自虐的な思考に陥っていると、渦の中に声という名の手が差し伸べられた。

無論、リヴェリアの物だ。

 

「自信がないなら尚更、この『良い姉化計画』で理想の姉に化けてみろ」

 

「……! うん。私、頑張るよ」

 

アイズはリヴェリアの手を握る。

漸く前向きな発言が聞けたと、ママは本格的な計画の手順を話始めた。

 

「まず、善は急げ……という訳ではないが、丁度今日マシロに外出予定がある。アイズ、お前もそれに付いて行け」

 

瞬間、とある単語が頭をよぎり……ソワソワした。

 

「つまり、『でーと』?」

 

「……そんな所だが、奴の前ではそんな表現はするなよ」

 

ロキの様な発言をするアイズに、リヴェリアは釘をさす。

 

「たまたまお前も街に繰り出す予定があったという事にして、私達がマシロと引き合わせる。十中八九そこまでは上手くいくだろう」

 

ママの頼もしい言葉に目を輝かせながら、アイズは続く説明を待つ。

 

「さて、では実際街に着いた後だが、基本的にはいつも通りで良い。つまり、『弟に興味がない姉』をマシロの隣りでやるんだ」

 

「え、そんなの酷い」

 

アイズは反射的にそんな事を言っていた。

そして、それは確かに常識的な意見なのだが、リヴェリアに次のように突っ込まれてしまう。

 

「マシロは普段、お前にそれをやられているんだぞ? 寧ろ隣にいる分、酷い酷くないの観点で言えば手温いとすら言える」

 

「……ぁ」

 

アイズは絶句した。

その通りだと思ってしまったからだ。

確かに普段の弟にする態度を考えれば、このくらいどうという事はない。恐らくマシロはなんのショックも受けないだろう。

 

改めて自分の普段の態度の酷さを痛感し、アイズは心を痛めた。

そんな彼女に対し、リヴェリアは一切フォローを入れるつもりはない様で……。

 

「アイズ。お前が何年もマシロと口を利いていないのは、お前があの子を避けているからだ」

 

グサッと突き刺さる。

アイズの顔から血の気がサーッと引いていった。彼女の中で、自分から避けたという負い目は相当な物になっているらしい。

 

けれど、リヴェリアは構わず、更に【剣姫】が聞きたくないであろう事実を突きつけ続けた。

 

「幾ら関係が冷め切っていようが、身内ならば最低限の会話はある」

 

グサ。

 

「だが現状、お前達は物理的に話せる距離にいない」

 

グサグサ。

 

「接触しなければ会話が出来ないのは道理だろう?」

 

「うん……」

 

「逆に言えば、隣りに居さえせれば嫌でも話すんだ。二人きりで無言は気まずいからな。そして、その状態でいつも通りに振舞えば、まあ……『一般的な姉弟よりは冷めている関係』ぐらいには落ち着くだろう」

 

そこまで聞いて、アイズはこれまでの説明を咀嚼した。そして、微妙な表情で顔を上げる。

 

「リヴェリア……。言いたい事はわかったけど、その……」

 

「なんだ?」

 

アイズは口籠りながらも、正直な自分の意見を彼女に伝えた。

 

「多分私、いつも以上に上手くしゃべれないと思う……。特に、今回はシロが隣にいるから……緊張しちゃって……変な事言っちゃうかも」

 

瞬間、リヴェリアが大きな溜息を吐いた。

 

その行動に、反射的に頬を膨らませてしまうアイズだが、不満の言葉までは吐き出せない。

何故なら、彼女は当たり前の反応をしているだけだから……。

 

「弟といるのに緊張するなど、世界中を探してもお前だけだぞ、アイズ」

 

耳が痛い。

 

「が、フィンはそんな事すらもお見通しだ」

 

「え?」

 

パッと顔を上げると、リヴェリアは不敵に笑っていた。どことなく、後ろに【勇者】の影が見える……気がする。

 

「メインストリートに着いたら何よりも先ずジャガ丸くんを買いに行け。お前とマシロの二人分だ」

 

「ジャガ丸くんを?」

 

アイズは訳が分からず訊き返す。

フィンの策と言うのなら意味のある行動なのだろうが、彼女の頭では彼の考えを察する事は出来なかった。

 

「ジャガ丸くんはお前の好物だろう。食べれば少しは落ち着くし、饒舌にもなる筈だ。変な事を口走っても『ジャガ丸くんを食べてテンションが上がっているから』とごまかす事も出来る」

 

ここで一呼吸置き、リヴェリアは更なる言葉を連ねた。

 

「何より、味の感想を言い合うなど、幾らでも会話のキッカケを作れるだろう」

 

「な、なるほど……!」

 

アイズにとってその考え方は正に青天の霹靂だった。

やはりフィンとジャガ丸くんは凄いと、感動に打ち震える。

 

「そして、ジャガ丸くんはマシロ自身も好物。つまり―――」

 

「シロの気も緩む……?」

 

リヴェリアが「フッ」と笑った。

 

「察しが良いな。その通りだ。そもそも誕生日に出掛けている時点で、奴も珍しく舞い上がっている。この期を逃す手はない」

 

「舞い上がってるんだ……可愛い……」

 

小躍りする弟の姿を想像しニヘラと微笑むアイズ。

そんなブラコンを拗らせすぎている姉を無視し、ママは注意事項を付け足した。

 

「そうだ。マシロの分だが、甘い味はやめておけよ。奴は甘い物も好きだが、好んで食べない方が格好が良いと思っている節がある」

 

「……? どうして?」

 

「年頃だからだ。可愛いとでも思っておけ」

 

「分かった。簡単だね」

 

「……とにかく、ここで『今だけは普通の姉弟の様に接していい』という空気を作れ。ソレが出来れば後が大分楽になる」

 

「う、うん」

 

「では、ここまで上手くいったという前提で話を進めるぞ。まず、基本的にはマシロに付いて行け。居心地の良い空気になっていれば、奴も自分の行きたい場所に足を運ぶだろう。

逆にいつまでたってもそういう素振りを見せなければ、どこへ行くつもりだったのか此方から聞いてしまえ」

 

「それで、答えてくれなかったら……?」

 

「いっそお前の行きたい場所へ連れ回すのも手だ。まあ、余りにも女女しい場所は避けるべきだがな」

 

「えっと、何か買ってあげた方が良い?」

 

別に物で釣って好感度を上げようとかではなく、誕生日だからと出た純粋な問いだ。対するリヴェリアの返答はこうだった。

 

「それは実際の流れによりけりだ。ただ、あまり高額な物だと奴は嫌がる。姉貴風を吹かせ、無理をするのは逆効果だと覚えておけ」

 

「なるほど……」

 

「そうだな、これまでのお前達の関係性や奴自身の性格も考慮すると、『食事を奢る程度』が良いだろう。それが終われば自然とお開きにも出来る。これ以上はボロが出そうだと感じた時に切り出すのも手だ」

 

「ふむふむ」

 

高価なプレゼントは駄目で食事を奢る程度が適切。

会話は必要だが、接し方はいつも通りで問題ない。一緒にいれば嫌でも会話は生まれる。ジャガ丸くんを買ってそれをより円滑にする。

あとは、そのまま弟と一緒に行動すればいい。

今回で一気に仲良くなる算段の作戦ではない。今回はあくまでも足掛かり。

焦る必要はない。失敗も大きなものでなければ次で取り返せる。

 

リヴェリアから告げられた内容は大体こんなモノだろう。

改めて見ると、そこまで難しい事は要求されていない様に思える。

 

なんたって基本的に弟の近くで『冷たい姉』を演じれば良いだけなのだから。シチュエーションが異なるだけで、殆どいつも通りである。

そう考えると、アイズの心は大分楽になった。

 

そんな思考を察したのか、途端にリヴェリアの眼光が鋭く光る。

 

「では最後に、禁止事項についても話しておこう」

 

「き、禁止事項……?」

 

余りにも不穏な文字面に、アイズは思わずゴクリと唾を飲んだ。

リヴェリアの真剣な面持ちも彼女に冷や汗をかかせる要因となっている。

ハイエルフは、その面持ちを保ったまま重い口を開いた。

 

 

 

「そうだ。絶対に侵してはならない禁止事項だ」

 

 

「それは―――」

 

 

 

 

 

アイズはリヴェリアに言われた事を思い出しながら、これまでの行動を振り返っていた。

 

現状、減点だと思う部分は.無言でジャガ丸くんを買いに行ってしまった所のみ。

それだって、ジャガ丸くんの美味しさでうやむやになっているだろう。多分。

 

このまま行けば問題ない。

飲み物で喉を潤し終えたアイズは、マシロが飲み切るのを待って仕掛けた。

 

「……シロは、どこか行きたい所ある?」

 

その問いに対し、マシロはノソリと頭を持ち上げた。

銀の視線とかち合う。

 

「そういうお前も、何か用事があったんじゃないのか? 別に俺に気を遣う事はねぇんだぞ」

 

「……」

 

そうだ。

弟のその言葉に姉はハッとした。

 

アイズはそもそも出掛ける用事があったという体を通しているのだ。

それはつまり、マシロに付き合うのとは別に、何か個人的な目的が存在しているという事……。

 

この弟はそれを気にしているのだ。自分の事など気にせず、其方に行けと。

 

なんて優しい子なんだろう。

 

アイズは姉馬鹿全開の思考を張り巡らせた。

が、もう一方で冷静な彼女も思考を回す。

 

ここで、『特に用事は無い』とは言う訳にはいかない。そう言ってしまえばそもそもの前提条件が崩れてしまう。

 

「ぶ、武器の整備をしようと思ってただけだから、後で良い……」

 

アイズ的には不自然ではない理由をでっち上げたつもりだったが、マシロの顔には納得とは程遠い表情が浮かんでいた。

 

「なんだ、遠征直後にしてなかったのか?」

 

「!」

 

冷や汗が流れるのを、アイズは必死に堪える。

確かに彼の指摘通りだ。

直近の遠征が終わってから既に五日が経つ。

 

本来、遠征が終わればその日の内……は無理にしても次の日かその次の日には消耗した武器の整備を行うもの。

常識的に考えれば既に整備など終わっている筈である。

 

しかし……。

 

「す、凄く疲れてたから、忘れてたの。だから今日……」

 

アイズはそうゴリ押す事にした。

一応通らなくもない主張だ。人間なのだから、疲れてそれどころではない時や、単純に忘れている事だってある。

 

まあ実際、アイズは遠征から帰還した一日後に愛刀をゴブニュ・ファミリアの所へ持って行っている為、マシロがその事を知っていたら詰みなのだが……。

 

「……そうか。なら俺に構わず行って来い」

 

どうやら、弟は関知していなかったらしい。

当然と言えば当然。

その上、把握されていれば筋が通らなくなる言い訳だったが、自身の動向がチェックされていなかった事に、アイズは内心シュンとしまう。

けれど、俯いている場合でもなかった。

 

『俺に構わず行って来い』。

 

これは確実にアイズ一人に行かせるつもりの台詞である。このままでは、ここからは別行動に・という流れになりかねない。

 

「シロは何か整備して貰う武器はないの?」

 

「ない」

 

「新しい武器の下見とかは……」

 

「しねぇよ。俺は基本安物を使い捨ててんだ」

 

そう言ってマシロはそっぽを向く。

そうだった。

彼女やマシロの使う魔法、エアリアルの出力は凄まじい。それこそ、戦闘中に使えば余程の武器でも直ぐに砕けてしまう。

 

その難点を、アイズは不壊属性の武器を使う事で強引に解決していたのだが……、マシロは安物の武器を使い捨てる方法を取っていた。

 

つまり、彼に武器を選んで買うという思考はない。

ただ、売れ残った中古品を、手持武器が少なくなって来た段階で買い漁るのみ……。

 

ならいっそ、自分が不壊属性の武器を買ってプレゼントするか? 

そうすれば、『買ってあげるから一緒に行こ?』と出来る。

 

と、かなりぶっ飛んだ思考が頭を過るが、一瞬で廃案となった。

流石に二本目の不壊属性に手を出す程の財力はアイズにもない。

そもそも、高価すぎるプレゼントは嫌がられるとリヴェリアにも忠告されている。

 

では、どうする? どうすれば良い? 

 

考えがまとまらず半ば脳が混乱している最中、アイズは理屈も何もない言葉を吐き出した。

 

「じゃ、じゃあ行ってくるから、待ってて。ここで」

 

「は? いや―――」

 

「用事があるから」

 

当然、マシロの納得は得られていない。

彼は何かを言いかけていたが、アイズは強引に振り切って、人混みの中に姿を消したのだった。

 

 

姉が人の波の中に姿を消した後、マシロは場所を移していた。

 

別に薄情な彼が、彼女との口約束を破った・という訳ではない。

単純に人通りの多い道を嫌った結果だ。

道路脇に壁に小さな背中を預ける。

 

彼は、ボケーッと人混みと青空の境目を眺めていた。

 

脳内に浮かんでいるのは、姉についてだ。

何故、今日に限ってアイズがこうも自分に構ってくるのだろう。

 

奴の用とはなんだ? 

そもそも、どのくらいで戻って来る?

 

悉く疑問は尽きなかったが、どれも考えた所で答えなど出ない……その類の疑問だ。

故にマシロは、早々に思考を放棄した。

 

その代わり……なのかどうかは知らないが、空っぽになった脳みそに、ふと在りし日の記憶が蘇った。

 

 

陽だまりの中、金の長髪を追う無邪気な自分……。

 

お姉ちゃん! 

 

そう舌足らずに名を呼べば、その金髪は、いつも振り返って笑顔を見せてくれた。

胸に飛び込めば、決まって腕を回してくれた。

暖かかった。

あの頃は、それでよかった。

そんな事をされるだけで、自分の心は満たされていた。

どうしようもない、甘ったれた大馬鹿野郎だったから……。

 

「チッ」

 

マシロは居た堪れなくなって舌打ちを漏らした。

 

何故今更こんな昔の事を……。

これではまるで、俺がアイツに執着しているみたいじゃないか。

そう思ってマシロは頭を振った。

そして、記憶の映像が霧散したのを確認した後、ゆっくりと瞼を上げる。

 

「お、重い……。もう……ダメだ~」

 

……同時に、とある女神が眼前でヘナヘナとへたり込んだ。

 

 

 

やってしまった……。

 

人混みに紛れ少し歩いた後、アイズは道の端で頭を抱えて蹲っていた。

【剣姫】のその様な姿は当然民衆の目を引くが、本人はそれどころではない。

数多の視線など気にならないほど、彼女は後悔の念に駆られていた。

 

一緒に行動しなければ意味がないのに……その為に何処へ行くか聞いたのに、まさか自分から別行動をしてしまうとは……。

アイズは自分の迂闊さを盛大に呪う。

 

しかもだ。

これでもかというほど動揺し衝動的に動いてしまったせいで、碌に返事も聞かずに飛び出してしまった。これでは、マシロが何処かへ行ってしまっていても文句は言えない。

というか、彼からしたら勝手に姿を眩ませたのはアイズの方だ。

 

今すぐ戻れば、仮にマシロが移動し始めていても追いつけるかも知れない。

しかし、剣の整備をしに行った事になっている以上、直ぐに引き返す事は出来なかった。

 

少なくとも、ゴブニュ・ファミリアに赴き整備を依頼するまでの時間分は、何処かで暇を潰さなければならない。

その上、整備に出すという事は、帰って来たアイズの腰にデスぺレートが存在してはならないという事だ。

二重三重の問題がアイズに圧し掛かる。

 

「はあ……」

 

重い溜息が漏れる。

しかし、その直後、アイズはノロリと立ち上がった。

とりあえず、マシロの元へ戻る事にしたのだ。

無論、直ぐに合流する事は出来ないが、このままでは別行動をする流れになりかねない。居場所だけは常に把握しておかなければと考えたのだ……。

風を使えば居場所など一発で分かるが、アレは極力使いたくなかった。

 

そんな理由で、元いた通りに戻る。

辺りを見渡すと、弟は……居た。

道路わきの壁にもたれ掛かっている姿を視認する。

 

アイズはホッと胸を撫で降ろした。

そして、待ってくれている事実に顔がニヤケそうになる。

 

しかし、そのニヤケ顔は直ぐに真顔に変わった。

 

このまま弟の様子を伺いながら、上手い言い訳を考えようと思っていた矢先、大きな荷車を引いた小さな女神様が、彼の目の前で立ち止まったのだ。

 

重い荷車をヒーヒー言いながら引いて来て、丁度マシロの立っている位置で力尽きた。

 

そう理解するアイズだが、弟の姿が殆ど積荷に隠れてしまったこの状況に不満を感じずにはいられない。

早くそこを退いてくれ。

そう念じ続けるが、女神は既に限界らしく、荷台は殆ど動かなかった。

 

もういっそ出て行って私が手を貸そうか……。

そう思った瞬間、先に弟の方が行動を起こす。

 

荷車の持ち手を握り、顔を上げた女神と数回言葉を交わしたかと思うと、彼女と共に何処かへと歩き出してしまった。

 

無論、アイズもそのあとを追いかける。

一部始終は見ていた。

単純に、弟が困っている女神に手を貸している。今起こっている事は、ただそれだけだ。

もしあの場にいたのが自分でも、彼と同じことをするだろう。

 

だから、あの子がしている事は別段特別ではない。

だから、あの女神様がマシロにとって何か特別だという訳ではない。

 

アイズ自身も、それは重々承知している。なのに、どうしてこんなにも胸の辺りがモヤモヤするのか……。

その理由は全く分からなかった。

 

 

 

 

「うん、到着だ! ここでOKだよ。ありがとう、マシロくん!」

 

快活な女神の声を聞いて、マシロは荷台の持ち手を降ろした。

そして、来た道を振り返りながら考える。

 

先程の場所からはかなり離れている。

ゴブニュ・ファミリアの元へ向かったアイズが戻るのはもう少し後だろうが、余りもたもたしている時間がないのも事実だろう。

 

「じゃあ、俺はこれで……」

 

「ん? おいおい待ってくれよ、マシロくん。まだボクはお礼をしてないぜ?」

 

さっさとお暇しようとしたマシロだが、女神の純粋な厚意に阻まれてしまった。

 

「要らねぇよ」

 

「まあまあ、そんな事言わずに。ジャガ丸くん一個揚げるだけだし、そんな時間かかんないよ」

 

「ジャガ丸くん……?」

 

そう言えば、この女神が運んでいたのは大量の芋……つまり、ジャガ丸くんの材料……。

そう思った瞬間、女神は目を疑う早業でエプロンを身に纏い、荷車を停止させた場所に構えていた露店に入ってしまった。

 

そして、制止の声も聞かずに芋を洗い、蒸かし、すり潰し、丸め、高温の油でジュウっと揚げ始める。

時空すら歪めているのではないかという速度で完成したソレは神業的スピードで包装され、ズイッとマシロに差し出された。

 

「はい、一丁上がり! プレーンなのは勘弁してくれよ? 勢いで作ってしまったから味付けする余裕がなかった!」

 

「いや……俺は」

 

勢いに圧倒されるマシロ。

その様子に何を勘違いしたのか、女神はニマニマ笑って悪戯をする様に訊いて来た。

 

「遠慮する事はないよ。それともアレかい? 『あ~ん』して欲しいのかい? 全く仕方ないなぁ」

 

「は?」

 

即座に彼女の言葉を理解できず、思わずそんな声が漏れてしまう。

 

それは即ち、無防備に口が開いたという事だ。

 

瞬間、女神の手により、ホカホカのジャガ丸くんがそっと近付けられる。

胃袋を刺激する匂いと唇に感じる熱気に、一瞬そのまま齧り付いてしまいそうになるが、マシロは『あ~ん』を成立させたくない一心で必死に堪えた。

 

「……⁉」

 

不屈の精神で耐えていると、不意に視界が大きくブレる。

けれどそれは一瞬で、直ぐに目に映る風景は元通りになった。

 

何が起こったのかは分からない。

だが、女神が先程より少し離れた位置にいる事は確認できた。

位置関係自体も若干変化している様だ。

 

そして、背後にはピッタリと人の気配を感じる。というか、抱き寄せられているらしい。

 

誰だ? 

そう思うより先に、見覚えのある金の長髪が視界に入った。

肩に置かれた手にも、鼻孔くすぐる匂いにも覚えがある。

 

 

その人はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

いつの間にか現れた姉は、弟を抱き留めながら女神に険しい視線を向けていた。

 

 

 

 

 




お読みいただきましてありがとうございました。
次回は終えられると思いますのでよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。