剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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番外編です。よろしくお願いします。


番外編 第三話

 

「話はまとまったようだな。では、マシロ。アイズには……不要としても、アリシア達には謝っておけ」

 

 リヴェリアがそんな事を言ってきたのは、マシロがフィンの握手に応じた瞬間だった。【ロキ・ファミリア】の副団長を務めるハイエルフの発言に、場の視線がタオルを巻いた女性陣達に集まる。

 

 この姿から察せられる通り、彼女らは全員風呂上がりだ。

そして、未来からきたマシロに、入浴中の姿を見られた被害者達でもある。

 

 故に、彼女らに対する謝罪をリヴェリアが要求する事に、何も可笑しな所はないのだが……。

 

「………」

 

 当のマシロは、ブスッと不満げな顔をこさえた。

 

 確かに、女性の裸体を見てしまうのは一般的には『悪』だ。女湯に紛れ込む事も『悪』だろう。下心が有ろうが無かろうが、基本的にその類のやらかし(・・・・・・・・)は、男サイドの一方的な過失と断じてしまって良い。

 

 実際、あの場ではマシロ自身も自分が悪いと思っていたし、ボコボコにされても仕方がないと諦念していた。

 

 が……、こうして女湯を離れ、第三者と共に客観的に状況を俯瞰してみると、言うほど俺が悪いのか? と思ってしまうのだ。

 

 勿論、今回の絶対的な『被害者』は彼女達で間違いない。

 

 しかし同時に、マシロもまた、勝手に過去に飛ばされただけの『被害者』なのである。出現した場所が、たまたま女湯だったというだけの話。フィンも言っていたが、完全に不可抗力である。寧ろ回避可能だと言うのなら、その方法を教えて貰いたいぐらいだ。

 

 そんな訳の分からない状況下で、殺気立ったアマゾネスに襲われ、更に殺気立った魔導士どもの超極大魔法に晒された。『風』を纏ったうえで死を直感する程の膨大なエネルギーに……だ。

 

 確かに、覗きは重罪。それは事実だ。

 だが、流石に死罪ではないだろう。

 

 アレは明らかに過剰な攻撃だった。

 それらを踏まえると、此方の情状酌量の余地が示されている現状、一方的に謝罪を促されるのは正直納得がいかない。寧ろ、不公平に感じる。

 

「不可抗力だって、お前もフィンも認めただろうが……」

 

 故に、リヴェリア自身の発言を引き合いに出して訴えるが、舌戦だろうがなんだろうが、マシロが彼女に敵う道理などなかった。

 

「ああ。だが、頭では分かっていても割り切れないこともあるだろう? 幾らお前に落ち度が無くとも、彼女らの胸にはシコリが残る。このまま、お前がなんの謝意も示さなければ、永遠にな」

 

「それは……」

 

「マシロ……もしお前の中に、一欠片でもそれを忍びなく思う気持ちがあるのなら、謝っておけ。今、ここで」

 

「…………」

 

 ―――くそ。

 その諭し方はズルイだろうと、マシロは心の中で毒づいた。

 場の視線が、今度は自分に向いている。敵対勢力が向けるような『刺すような視線』ではない。だが、友好的でもない。大体が困惑し、此方を見定めようとする様な、そんな眼差しだ。

 

 誰も彼も、未来からきたマシロ・ヴァレンシュタインなる存在に動揺している。団長や主神が認めたのだから、表向きは受け入れざるを得ないが、内心では『未来人』等と宣う頓狂な存在を図りかねているのだろう。

 

 当然すぎる反応だ。

 そして、健気すぎる反応でもある。

 

 敬愛する団長(フィン)や、信頼を寄せる主神(ロキ)。その双方が認めてしまった以上、自分達もこの子供をマシロ・ヴァレンシュタインだと認識しなくてはならない。彼らの言う事ならきっと真実なのだから、その一挙一動にマシロとの類似性を見出すべきなのだ。

 

 と、彼らの心持ちは大方こんな所だろう。

 

 気持ちは分からなくもないが、正直、居心地は悪かった。

 これ程の大衆が注目する中立ち上がるのは中々胆力を要する。

 頭を下げるのはもっとだ。

 

 が、先延ばしにする意義も感じない。意を決して、マシロは座っていたソファーから立ち上がった。

 

 その際、隣で密着していた【剣姫()】が連動するような動きを見せたが、即座に手で制す。この頃の姉はまだ弟に甘い。引くほどに。

 そんなアイズが背後で圧力をかけてしまえば、それは最早『強制和解イベント』だ。それではなんの意味もない。

 

 故に、マシロは一人で被害者連合の前まで歩み寄る。

 改めて彼女らと相対し、そして―――。

 

「その……悪かった。この通りだ」

 

 ぶっきらぼうに頭を下げた。

 瞬間、周囲から喝采にも似た息遣いが聞こえて来る。声色を聞くに、騒ぎを聞きつけて集まってきた男共のものだろう。

 

 前方……つまり、アリシア達からは、特になんの反応も見られない。

 しかし、静寂の中頭を下げ続けていると、不意に観念した様な吐息が聞こえて来た。

 

「顔を上げて下さい。マシロ」

 

 アリシアの声だ。

 とても優しい声色である。

 まるで、鬱蒼と生い茂る木々の葉の隙間から、柔らかに射し込む温かい木漏れ日のような……酷く清廉な囁き声。

 

 とても怒っている様には聞こえないが、相手は満面の笑みで敵対者に恐怖を与えられる種族である。決して油断はできない。

 

 恐る恐る頭を起こすと、そこには半ば予想通り、美しいエルフの微笑みがあった。一見すると、それは安直に聖母マリアを彷彿とさせるのだが……。

 

「ちょ、ちょっと、どうして身構えるのですか? せっかく貴方を怖がらせない様に、努めて柔和な笑みを心掛けているというのに」

 

「いや、正直エルフ共(お前ら)のそういう顔は、大噴火前の予兆にしか見えないっつーか……」

 

「怒りますよ?」

 

「……すまん」

 

 所謂、暗黒微笑というモノに対し、マシロは呆気なく降参に意を示した。こういう笑顔を浮かべる人間に突っかかっても旨味はない。圧倒的実力差で叩き潰されるか、不要な徒労感を覚えるかの二択である。今回の場合は確実に前者だ。

 

 そんな事を思っていると、マシロの眼前で、アリシアが表情を引き締めた。そして、此方の眼を見つめながら真摯な声で続ける。

 

「先程の非礼をお詫びします。私達は危うく、仲間の命を消し炭にする所だった。本当にごめんなさい」

 

 それは、実に見事な謝罪だった。

 マシロが行った物とは天と地。最早、比べる事すら烏滸がましい程の『差』を感じる……。

 

『エルフの作法を取り込んでいるから』とか『美人がきっちりと腰を折っているから』とか、そんな要素では説明が付かないぐらい、彼女の姿は絵になっていた。ただ、形式に沿って頭を下げたのとは訳が違う。申し訳ないという感情が、そのまま形を成して現れたような、そんな錯覚すら感じさせてくる。

 

「ごめんね、マシロく~ん」

 

「やり過ぎた~」

 

「気が動転しちゃって……」

 

「というか、ぶっちゃけマシロだったら怒る必要なかったような……」

 

「それよね~」

 

「いっつもアイズちゃんと一緒に女湯に来てるしね」

 

「ぶっちゃけ未来マシロ、見た目まだまだお子ちゃまだし……」

 

「いや、流石に怒りましょうよ、そこは⁉」

 

 そして、他の者達も次々と謝罪の言葉を口にし始めた。

 正直、半数ぐらいは謝罪ではなく、ただ単に感想を述べているだけな気もしたが、それでヘイトが消し飛ぶなら文句は言うまい。寧ろ、あのような程度の低い謝罪で怒りを鎮めてくれた彼女らの人間性に感謝するべきだろう。

 

 そう、自分に言い聞かせている時だ。

 マシロは己の背後に、途轍もなく大きな気配を感じ取った。その余りの巨大さ故、相手の正体と正確な距離関係を瞬時に導き出す事ができない。

 

「―――ちゃんと謝れてえらいね。良い子だね」

 

 しかし、お構いなしに猫なで声が耳朶(じだ)を撫でた。

 確認するまでもない。【剣姫(アイズ)】だ。この時代の。

 大きな気配の正体はアイズ。

 ならば、急接近しているのも―――。

 

 振り返った瞬間には既に、彼女の顔面が鼻先まで迫っていた。比喩抜きにイグアス並の速度と言って良い。

 そして、(あで)やかな唇が滑らかに動き、眼前でこんなセリフを吐くのだから、軽くホラーである。

 

「なでなで……してあげる―――」

 

「……ッ」

 

 瞬間、途轍もない突風が、マシロの隣を横切った。

 抱擁という名の突進を繰り出したアイズが通過したのは、間違いなく、つい数秒前までマシロが立っていた床である。

 

 避ける事ができたのだ。

 瞬間的に、反射神経が限界を超えた。

 だが、単なる偶然だ。二度目はない。奇跡は連続しないからこそ、奇跡。

 

 こちらを見据える姉の金目が、マシロには爛々と輝く猛獣の(まなこ)に思えた。

 しかし、幸いな事に、アイズの来襲を止める者が現れる。

 

「止せ、アイズ。はしたないぞ」

 

「ひゃっ⁉」

 

 リヴェリアだ。

 彼女の手刀が【剣姫】の頭部に落ちる。

 そして、それを尻目に、【勇者(ブレイバー)】が苦笑交じりで語り掛けて来た。

 

「すまないね。精悍に成長した君の姿を見て、どうやらタガ(・・)が外れてしまったらしい。できれば引かないであげてくれるかな?」

 

「そいつは……無理な相談だ」

 

「アハハハ。まあ、そう言わずに。さて、マシロ……少し真面目な話をしていいかい?」

 

「……ああ」

 

「君は未来から来た。本来はこの時代にはいない人間だ。そんな君の存在が外部に漏れると、流石に面倒なことになる」

 

 真剣な面持ちで告げられる団長の意見。その正当性に、疑問を差し込む余地はなかった。

 フィンの言う通り、自分は本来この場にいてはならない人間。完全なる異物。些細な行動の一つ一つが、未来に多大な影響を与えてしまう可能性は、残念ながら否定できない。

 

「安心しろ。こんな状況だ。暢気に出歩く気なんか、ハナからねぇよ」

 

「それを聞いて安心したよ。まあ、とはいえ、一切の外出を禁じようという訳じゃない。時と場合によっては許可しよう」

 

「そりゃ、どうも」

 

 そんな時が訪れるかどうかは甚だ疑問だが、せっかくの厚意だ。素直に受け取っておくことにする。すると次の瞬間、左腕全体が妙な温かさに包まれた。

 

「ねえ、シ……お兄ちゃん。ジャガ丸くん買いに行こ?」

 

 同時に、耳元で頓狂な提案が囁かれる。

 どうやら、(マシロ)の腕を木の幹か何かと勘違いしているらしい(アイズ)が、リヴェリアの手から逃れて帰還を果たした様だ。

 

 Lv.6がLv.4に振り切られるなよ……と、マシロは【九魔姫(ナイン・ヘル)】に非難の視線を向けるが、彼女から返ってきたのは、深いため息と『お手上げ』のジェスチャーのみだった。

 

「フィンの話聞いてなかったのかテメェ。無暗に出歩くなって言われたばかりだろ」

 

「何味がいい? 私のおすすめは、小豆クリーム味のクリームマシマシ」

 

「聞けよ。つーか、もう屋台閉まってんだろ」

 

「う~ん。予想以上に、花畑モードになってしまっているみたいだね……」

 

「そんなレベルじゃねぇだろ。コイツ、ホントにあの【剣姫】か?」

 

「残念ながら」

 

 さも助け舟を出すふうに口を挟んで来たにも関わらず、一向にアイズに注意を促さないフィン。少々無責任にも思えるその態度に若干苛立ちを覚えつつ、マシロは長に問いかける。

 

「それより、俺はこれから何処で寝ればいい? 空き部屋ぐらいはあると思うが……」

 

「え? わざわざ空き部屋に移るの? 元々の部屋使えば良いじゃん」

 

 驚きながらそんな指摘をしてきたのは、ティオナ似のアマゾネス………ではなく、ティオナ・ヒリュテ本人だった。ある意味、実にアマゾネスらしい思考ではあるが、同時に凄まじい頭痛も与えてくる。

 

「馬鹿野郎。それだとこの金髪コアラと同室になるじゃねぇか」

 

「いいじゃん、別に」

 

「いいわけあるか。当時ならともかく、今の俺らは殆ど同い年だぞ」

 

 本来なら、アイズとマシロは4歳差の姉弟だ。

 この時代の姉が11歳なので、弟は必然的に7歳という計算になる。人によっては十分アウト認定も有り得るだろうが、基本的には同室OKという判定が下される筈だ。

 

 だが、今の二人は1歳差。

 11歳と12歳の姉弟である。

 

 赤の他人同士では当然相部屋など有り得ないし、仮に『きょうだい同士』だったとしても、今度は当人達が嫌がる事だろう。

 

 だから、部屋を分けるという選択に、可笑しな所など一つもないのだ。寧ろ、そこに違和感を見出す方が、一般的にはズレているというもの。

 けれど、どうやらこのアマゾネスの中に『常識』という二文字は無いようだった。

 ニヤニヤと悪い顔で、見当違いな解釈を垂れ流す。

 

「気にし過ぎだって~。あ、もしかして照れてる?」

 

「は?」

 

「まあ、しょうがないよね。アイズ、かわいいもんね。キレイだし。歳が近くなったから、ドキドキしちゃってるんでしょ?」

 

 ピキリ。

 自分の血管が切れる音を、マシロは初めて耳にした。

 どうやら、頭お花畑という言葉は、アイズではなくコイツの為にある物らしい。

 いったいどこの世界に実の姉に照れる弟がいる。マシロは自身の名誉の為に猛反論を始めた。

 

「頭沸いてんのか馬鹿ゾネスてめぇ……俺は16のコイツを知ってるんだぞ⁉ 今更ガキのコイツに照れるもクソもあるか!」

 

「へぇ、じゃあ16歳のアイズには照れてるんだぁ?」

 

「なんでそうなる⁉ どんだけ頭のネジ弾け飛んでやがんだテメェは⁉」

 

「ネジなんか飛んでませんー! てか、弟くん口ワルすぎない? ベート2号でも目指してる?」

 

「目指してねぇ!」

 

「だったらワルぶるのヤメなよぉ。ほら、いつもみたいに『ティオナ姉ちゃん』って言ってみ~? 『ティオナちゃん』でも良いケド」

 

「ふざけるな……何が『お姉ちゃん』だ! 今の俺はお前らと同年代だぞ!」

 

「身長はまだアタシ達のが大きいケドね」

 

「~~~~~~~ッッ⁉」

 

 マシロは目をひん剥きながら、声にならない声を口内で爆発させた。

 それは、今、最も聞きたくなかった言葉だ。

 今の自分達は同年代。同年代の『男』と『女』なのだ。その状況ですら、身長で負けている。こんな残酷極まる事実を口にされて耐えられる程、マシロの精神は成熟していない。

 

 だからだ。

 だから、流石に女性に対して……いや、ティオナに対しては不味かろうと自重していたセリフを、マシロは反射的に解禁してしまう。

 

「う、うるせェんだよ! テメェだってガキみてェな体型の癖に……ッ。言っとくが、お前のその幼児体型、5年後も大して変わってねぇからな!」

 

「は、はぁぁああぁあ⁉ ちょ、アンタなんてこと教えてくれてんの⁉ 聞きたくなかったそんな事! てか、ホントに? ティオネと間違えてるとかじゃなくてっ⁉」

 

「成長格差って残酷だよなぁ、双子の姉妹なのに!」

 

「うがあぁぁぁああぁああああ‼‼‼」

 

 必然……と言うべきか、盛大に発狂したティオナが、ボロボロと涙を撒き散らしながら襲い掛かってきた。迎え撃とうとするマシロだが、丁度その時、両者の間に割って入る人影がひとつ。

 金の長髪が、目の前で揺らめいた。

 鼻孔を擽る石鹸の匂いと共に、アマゾネスの拳を受け止める音も響く。

 

「あ、アイズ……」

 

 介入して来たのは幼き【剣姫】だった。

 彼女の背中に隠れてティオナの顔は判然としないが、耳に届いた声からは戸惑いと気まずさ、そして恐れの感情が見て取れる。恐れの対象は言うまでもなくアイズだろう。

 

 位置関係的に当人(アイズ)の表情を確認することは叶わないが、確かに物々しい雰囲気を感じる。この時代の彼女の前で、自分(マシロ)に拳を向けたのだ。どんな経緯があったにせよ、逆鱗に触れてしまった可能性は否定できない。

 滂沱の汗を流すティオナに対し、やがて【剣姫】は不機嫌そうに口を開いた。

 

「暴力はダメ」

 

「え? あ、うん……」

 

 思いの外、常識的な主張にアマゾネスの妹は、『拍子抜け』という反応を見せる。だが次の瞬間、静かに怒気を爆発させたアイズに容易く分からせられる結果となった。

 

「次やったら許さないから」

 

「は、はい! ゴメンなさい!」

 

「う~ん。結構ジャレ合いに近い喧嘩だったと思うけど、それでも『暴力』判定か……。キビシイね」

 

「ジャレてねぇよ」

 

 二人のやり取りにそんな感想を零すフィン。

 その台詞の一部を否定したマシロに対して、アイズがくるりと振り返った。互いの息遣いが聞こえる距離まで顔を近付け、一言。

 

「シロも、女の子にあんなこと言っちゃダメだよ?」

 

「お、おう……」

 

 ギョッとしながら頷くと、隣でクスリとフィンが笑う。

 

「『お兄ちゃん』じゃないのかい? アイズ」

 

「……! あんなこと言っちゃダメだよ、お兄ちゃん」

 

「………言い直さんでいい」

 

 年齢が逆転しているからか、妙に『兄呼び』に固執する姉に対し、マシロはそっぽを向きながらそう告げた。すると、ここでパンパンと、一際大きな柏手の音が鳴る。

 

 発生源はフィン。

 場の空気を一心させた彼は、どこか覚悟を決めたというような表情で、先のマシロの要求に応じた。

 

「さてと……じゃあ、マシロ。部屋に案内するからついて来てくれ。リヴェリアとガレスは、アイズを抑えていてくれるかな?」

 

 そして、最大派閥の最高幹部二人に、狂犬を封じ込むよう指示を出す。無論、レベル差を考えればLv.6なんて二人も要らない。万全を期すにしても、より膂力に優れたガレスをつけるだけで十分な筈だ。

 

 だというのに、フィンがこんな馬鹿げた采配をした理由はただ一つ。

 弟の事となると、アイズ(この姉)は、常識外の力を発揮するからだ。

 

 実際、先程も強引に【九魔姫(ナイン・ヘル)】の拘束から逃れている。

 そして、今回は内容が内容だけに、死に物狂いの抵抗をしてくるだろう。それこそ、剣すら抜きかねない。彼女からマシロを引き剥がすというのは、そういう事だ。

 

 しかし、その想定に反して、アイズは恐ろしいぐらいに静かだった。

 無論、納得はしていないらしく、ガレスの太腕に挟まれながら、恨めしそうに【勇者(ブレイバー)】を睨んでいる。

 

 が、それ以上の事はしてこない。『どうして』と叫ぶ事も、ガレス達から逃れようと大暴れする事も無く、只々、その小さな歯を食いしばっていた。

 

 結局―――フィンがマシロを連れて団長室を出て行った後も、アイズが癇癪を起す事はなかった。

 

: :

 

「ふうぅぅぅぅぅ…………」

 

【ロキ・ファミリア】の団長が唐突に深いため息を吐き出したのは、廊下に出て、暫く歩いた後のことだった。胸を撫で降ろす彼の表情には普段の飄々とした色はなく、本気の本気で無事ここまで距離を稼げた事に対する安堵が伺える。

 

 正直、違和感しかない反応だ。

 Lv.6の……それも最大派閥の頭目が、高だかLv.4の一団員に見せるような態度では決してない。

 

「大袈裟だな。仮に奴が暴れたとしても、お前なら簡単に無力化できるだろ」

 

「無力化はできるさ。でも、簡単ではないよ。それは、アイズを舐めすぎだ。正確に言うなら、君が関わっている時のアイズ(・・・・・・・・・・・・・)を・だけどね」

 

「………情けねぇ」

 

「手厳しいね。でも、理解はできるだろう? あの子の『君狂いっぷり』には他でもない、君自身が一番手を焼いている筈だ」

 

 なんの疑いもなく、フィンはその様に断言する。

 まるで、5年後も変わらず、マシロが姉に愛されているかのような発言だ。その淀みない口調から、不仲になっている可能性など微塵も考えていない事が伝わって来る。

 あらゆる可能性を考慮し、何千何万の局面に備える小人族の英雄、フィン・ディムナらしからぬ脳死思考と言えよう。

 

 実際は、もう何年も口を利いていないと言うのに……。

 

 しかし、同時に無理もない見当違いだとも思う。

 それ程までに、この時代の彼女は弟に構いっぱなしだった。マシロ当人でさえ、嫌われるとは夢にも思っていなかったのだから、他人が察するなんて無理だろう。そもそも、嫌われた今となっても、この頃は純粋に好かれていたという自信がある。

 

 ただ、その度合い(・・・)。愛情の深さに関しては、彼や周囲が思っているほど凄まじい訳ではなかったのだ。

 

 何の事もない。

『最愛』の両親が死んでしまい、愛をぶつけられる身内が自分(マシロ)一人だったから、必然的にそう見えていたというだけの事。

 

 結局、彼女の中では、どこまで行っても両親の一強なのだ。

 だから、それを貶されれば容易に冷める。例えそれが『二番手』のマシロであったとしても。

 

 当然だ。『両親』と比べれば、『自分()』など塵にも等しい存在である事に、なんの疑いがある。所詮『弟』など、『家族』の中に途中から割って入った『異物』に過ぎないのだから。

 

 そこまで思考が及ぶと、不意にマシロの耳にフィンの呼びかけが届いた。

 

「さて、着いたよ。今日から、ここを使ってくれ」

 

 見ると、そこは5年後の自分に与えられている一室だった。つまり、今のマシロにとっては馴染みのある自室だ。内部を確認してみると、当然だが内装の違いはあるものの、間取りに変化は見られない。

 

「一人部屋だから少し狭くはなるけど、問題ないかい?」

 

「ああ」

 

「おや? 何だか嬉しそうだね? もしかして、ここが未来の君の部屋だったりするのかい?」

 

「……ノーコメント」

 

 ニヤニヤと此方を覗き込んで来るフィンに、マシロはバツが悪そうに顔を背けた。

 思わぬ偶然に対し、高揚感を隠し切れなかった事を恥じての行動だったが、フィンも無暗に『未来の情報を仕入れるリスク』を侵すつもりはないのだろう。もう、それ以上は揶揄ってこなかった。

 

「まあ、気に入ってくれたなら何よりだよ。……この部屋も、本拠(ホーム)内の物も自由に使って貰って良い。少々勝手は違うだろうけど、ここも君の『家』には違いないんだ。気なんて張らずに、思い思い過ごして欲しい」

 

「何だ、急に改まって……。言われなくても、遠慮なんてしないから安心しろ」

 

「だと良いんだけどね。今の君は、まだ僕らに一歩引いているみたいだから……」

 

 団長からの鋭い指摘に、マシロは内心ギクリとする。

 

「馬鹿野郎……気ぃ遣ってる奴はこんな横柄な態度とらねぇよ」

 

「おや? 言動がベートに似ている自覚はあったのかい?」

 

「うるせぇ」

 

 マシロはフィンを追い払うように、シッシと手を振った。

勇者(ブレイバー)】も怒る事なく、ヤレヤレと苦笑を零す。

そのまま踵を返す……かに思われたのだが、何かを思い出したのか再びマシロへと向き直った。

 

「そうだ、ひとつ忠告させてくれ。余計なお世話かも知れないけれど……」

 

「忠告……?」

 

『ああ』と頷いた団長の瞳には、真剣な色が浮かんでいた。先程迄の愉快そうな雰囲気はなく、本気で何かしらを憂いているらしい。

 

「……些か、大人しすぎると思わなかったかい? アイズが」

 

「……そうか?」

 

 マシロは正直に、率直な感想を口にした。

 

 風呂場から出て、団長室で経緯を説明する迄の間、姉はずっとコアラになっていたのだ。

 その後、アリシア等に謝る際には離れて貰ったが、終了後はまた定位置に戻ろうとして来ている。リヴェリアに捕らえられた後も、一度は強引に振り払ってきた程だ。

 

 確かに、部屋を別ける云々の下りでは静かだったが、それを差し引いても既に十分すぎる程のスキンシップが実行されていたと言えるだろう。まあ、マシロ自身、もう久しく姉と絡んでいないので、この時代の標準値が分からないというのもあるのだが……。

 

「正直、君が別室を要求した時、もっと発狂すると思っていたんだ。それこそ、むりやり君を部屋に閉じ込めて半ば軟禁状態にしようとするんじゃないかとさえ、ね」

 

「恐ろしいこと言うんじゃねぇよ」

 

「けれど、実際は新しい部屋に忍び込む為の尾行すらしてこない……。これは僕の勘だけど、彼女なりに過干渉を嫌がられていると察して、遠慮しているんじゃないかな」

 

「遠慮してる奴の姿か? アレが……」

 

 マシロは、長時間抱え込まれた影響で、未だに姉の温もりを幻視できる左腕に右手を伸ばす。

 

「確かに、一般的には遠慮の『え』の字も感じられない行為だけど、相手はアイズだよ? 成長した君の姿を見てあの程度に留めるなんて、誰も予想できなかったさ」

 

「………」

 

「とにかく、今のアイズは諸々溜め込んでいる状態だ。爆発されたら骨が折れる。宥める僕らも、渦中に居るだろう君も・ね」

 

「俺にどうしろと?」

 

 ここで、フィンが不敵に笑た。

 

「アイズが満足する迄甘えてやってくれ」

 

「………⁉」

 

「……とは流石に言わないよ。君も年頃の男子だ。そんな事を強要するのは、色々と問題がある。でも、多少の我儘はきいてやって欲しい。それこそ、『一緒にジャガ丸くんを買いに行く』ぐらいはね」

 

「外出は避けて欲しいんじゃなかったのか?」

 

「時と場合によっては許可するとも言った筈だよ。それに、秘策もある」

 

「秘策だと?」

 

「ま、それは明日になってからのお楽しみさ。それじゃあ、マシロ。よい夢を」

 

 キザな台詞を残して、フィンは颯爽と去って行った。

 扉を閉め、マシロは改めて辺りを見渡す。殺風景な部屋だ。空き部屋だったのだから当然だが、必要最低限の家具や寝具しか存在していない。まるで生活感のないその部屋は、現在のマシロの個室と大差なかった。

 

『お前は本当に何も無いな』

 

 そう、部屋自体に馬鹿にされている様な気がして、マシロはガシガシと頭を掻くと、シングルベッドの中に飛び込んだ。仰向けになれば、目に映るのは白い天井だ。コレばかりは誰の部屋も同じ。

 

 心の安寧を取り戻したマシロは、ホッと息を吐いて目を瞑る。

 そして、思考の海に落ちた。

 

 

 ここは、『黄昏の舘』だ。それは間違いない。

 ここにいるのは、【ロキ・ファミリア】のメンバーだ。それも間違いない。

 

 ただ、時代が違う。

 ここは自分がいるべき場所ではない。

 

 一刻も早く帰る方法を模索しなくてはならない。

 その為には、こんなイレギュラーに見舞われた原因を探り出し、仮に人為的なモノであるなら、この手で『犯人』を始末する必要がある。

 

 逆に、突発的な自然現象である場合は、手の打ちようがない。故に、敢えてその可能性は考えない。

 

 人為的なモノと仮定した場合、下手人の候補はかなりの人数に絞られる。

 仮にも天下の【ロキ・ファミリア】の団員に仕掛けて来たのだ。『弱小ファミリア』の仕業ではない。十中八九『大手ファミリア』……最低でも『中堅ファミリア』以上の仕業だろう。

 

 その上で、『対象を過去に戻す』等というバグレベルの事象を引き起こしている。馬鹿げた効力の『魔法』か『スキル』か……それとも『マジックアイテム』か。

 

 どれだったとしても相当厄介な敵であることに変わりはない。『魔法』や『スキル』なら、“実力”が。『マジックアイテム』なら“技術力”や“資金力”が、それぞれズバ抜けている証拠だろう。

 

 では、そんな相手が自分に対し『過去戻し』を行った理由は何か。

 正直しっくりくる動機は思いつかないが、無理矢理にこじつけるのなら、【ロキ・ファミリア】の戦力削減と推測できるかも知れない。

 

 この時代のフィンは言っていた。

『君は、この時代のマシロと入れ替わる形で現れた』と。

 

 実際、本来いる筈の7歳のマシロ・ヴァレンシュタインは、現在進行形で影も形もない。自分が今、ここにいる代わりに、彼も5年後に飛ばされたと見るべきだろう。

 

 つまり『Lv.3の冒険者』と、『【神の恩恵(ファルナ)】を刻まれる前の幼子』のトレードに成功しているという訳だ。

 

 流石にコレは、【ロキ・ファミリア】の戦力を大幅に削いだと言えるだろう。

 しかも、入れ替えた対象を首尾よく殺す事ができたなら、それは即ち、成長後の対象も始末できたという事だ。冒険者ですらない子供を殺すだけで、第二級冒険者をひとり道連れに出来る。コストパフォーマンスで言えばこの上ない戦果に違いない。

 

 そう考えれば、自分が狙われた理由にも納得が行く。

 時間逆行等という大仰な現象まで引き起こしたのだ。そんな状態で、わざわざ低レベルの冒険者なんて狙う筈がない。

 

 自ずと、標的はLv.3以上に限られる。

 その上で、5年前は只の無力な一般人。

 

 こんな条件に当てはまる【ロキ・ファミリア】の構成員など、自分ぐらいのものだろう。Lv.3以上は吐いて捨てる程いるとして、『5年前に一般人』はそうそう居るものではない。

 

 そこまで考えて、マシロは遅巻きながら身震いした。

 当然である。今、自分の心臓は、無力な5年前の自分に握られているのだ。過去の自分が死ねば、自分も死ぬ。

 

 もし仮に、未来のフィン達の言いつけを守らず、勝手に本拠を(ホーム)抜け出しでもしていたら……。その先で、『敵』に捕らえられる様な事があったら……。

 

 今、この瞬間に、マシロ・ヴァレンシュタインの命脈が絶たれても不思議ではない。

 

 

 そもそも、自分はここに来る前、何処で何をしていただろうか。

 12歳の誕生日を迎え、たまには街に出て羽を伸ばそうと考えていたのは覚えている。せっかくだから、普段よりも豪華な買い物と食事をしようと柄にもなくテンションを上げていた。

 

 だから、その資金集めの為に、朝早くからダンジョンに潜ったのだ。無用なトラブルは避けたかった為、上層域までに留めてはいたが、それなりの時間粘った為、懐は十分温まった。  

 地面に散らばった大量の魔石を、ホクホク顔で回収しきった所までは覚えている……。

 

 その後は、いったいどうなったのだろう。

 

 当然、魔石を換金する為に、ギルドに向かった筈だ。そして、予定通りなら早起きした分の睡眠時間に帳尻を合わせる為に、本拠でもうひと眠りしていた筈である。

 

 けれど、記憶にない為、確かめることができない。

 予定通りに行っていたら良い。けれど、もし、ダンジョンの中で『犯人』に接触されていたとしたら……。もし、そこで過去に飛ばされたのなら……。

 

 代わりに未来に現れた幼い自分は、既に敵の手中にある事に…………。

 

 

「……………………………やめだ。くだらねぇ」

 

 

 際限なく『もしも』の泥沼に嵌って行ったマシロは、ここで遂に思考を放棄した。

 

 悪い想像は幾らでも出来る。キリがない。現状、自分には覆す術などないのに、そんな事ばかり考えていたら精神的に参るだけだ。

 

 そもそも、『今こうして生きている事こそ』が、未だ過去の自分が無事である証明ではないか。少なくとも、ダンジョンに一人取り残されている訳じゃない。そして、本拠に居るのであれば、最低限の安全は保障されている。

 

 今は、仲間達に保護されているものと考えよう。

 どうせ過去にいる自分に、未来にいる自分をどうにかする事など出来ないのだから。こんな時ぐらい楽観主義者であるべきだ。幾ら『最悪の想定』に胃を痛めても、それは想定の域を出ないのだから。

 

 

 その様に自分に言い聞かせ、マシロはどうにか微睡に落ちていった。

 





お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
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