剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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番外編です。

ジャガ丸くん食べに行く話にしようと思ったら、出発前の話になってしまいました。12000文字も書いたのに……。

一切動きのないお話で大変恐縮ですが、どうかよろしくお願いします……。


番外編 第四話

 

「あっ。おはよう、シロ……お兄ちゃん」

 

「…………さっそく嗅ぎつけられてんじゃねぇか」

 

 5年前の世界、2日目の朝。

 着替えを済ませ、食堂に向かおうと部屋の扉を開けたマシロは、当然のように、実姉アイズ・ヴァレンシュタインにより出迎えられた。

 

 窓から射し込む陽光に照らされた姉の笑みが眩しく煌めいている。張り艶のあるその白い肌からも、瑞々しく流れる金の長髪からも、既に寝起きの残滓は確認できない。

 

 未だ朝の8時前だと言うのに、いったい何時からそこに居たのだろう……。無論、偶然居合わせた可能性も否定できないが、確率的には相当低いと考えて良い。ここは穿った見方などせず、部屋を割り出し待機していたと見るべきだが、どのように特定したのかは、完全に不明だった。

 

「よく眠れた?」

 

 しかし、そんな弟の疑問などお構いなしに、姉は一歩身体を近付け、小首を傾げながら尋ねて来る。

 

「……まあな」

 

 対して、マシロは、ため息を零して偽りの返答を示した。

 本当は碌に眠れてなどいない。自身の置かれた状況を憂い、浅眠状態のまま朝を迎えている状態だ。けれど今は、この『黄昏の舘』に厚意で滞在を許して貰っている立場。

 

 幾ら実姉(アイズ)相手だろうと、部屋の文句とも捉えられる言動は避けるべきだろう。実際にベッドの所為ならともかく、原因はマシロ自身のメンタル面にあるのだから。

 

「シ……お兄ちゃんは、ひとりで寝れるようになったんだね」

 

―――そりゃ5年も経てばな……。

 

 どこか感慨深そうに微笑むアイズに内心そう独り言ちながら、マシロは逃げるように顔を背けた。今はもう、すっかり向けられる事のなくなった、姉からの慈しむような眼差し。それが、真っ直ぐ自分を貫いている事に違和感とこそばゆさを覚えて、誤魔化す様に吐き捨てる。

 

「当たり前だ。この歳になってまで、姉と一緒に寝てる弟なんている訳ねぇだろ」

 

「……わたしは一緒でもいいのに」

 

 残念そうな声色で、アイズはそんな事を言う。

 本心だろう。

 今は、まだ。

 

 けれど、それももう終わる。

 正確には1年と少し……。

 それで、ヴァレンシュタイン姉弟の良好な関係は呆気なく瓦解するのだ。他でもない、マシロ・ヴァレンシュタインによる配慮なき失言を契機にして。

 

 そんな事を考えていると、不意に右手に暖かな感触が灯った。雪の様に白い両手が、スッポリとマシロの手を包み込んでいる。顔を上げると、同時に姉の唇が動いた。

 

「朝ごはん、食べに行こ?」

 

「………」

 

 その誘いを断る理由は何処にもない。

 どうせ同じ場所に、同じ目的で向かうのだ。出発地点すら同じな現状、わざわざ別々に向かう道理はないだろう。

 

 だから、マシロは姉の動きに逆らう事なく歩き出した。

 しかし、完全に廊下に出たタイミングで、握られた手を振り払う。

「え?」と目を丸くする姉を尻目に腕組みをし、手を繋ぐ意思が無い事実を暗に伝えた。偏に“子供扱いされている気がするから”という、子供じみた感情からの行動だ。

 無論、今のアイズにそんな意識はないのだろうが……。

 

「ね、ねえ。お手て、つなごう?」

 

「断る」

 

「どう、して……?」

 

 彼女は、困惑した様子で尋ねて来る。きっと、当時(7歳)の弟と接する感覚が抜けていないのだろう。確かに以前の自分なら、にべもなく差し出された手を握り返していた筈だ。

 しかし、今はもう何もかもが違う。現在のマシロにとって、姉と仲良く手を繋ぐなど、天地がひっくり返っても有り得ぬ行いだ。

 

 けれど、それをこの時代のアイズに伝えた所で栓無き事だろう。同一人物ではあるが、無関係の人間でもある。故に、別の理由をでっち上げた。

 

「意味ないだろ。ここは本拠(ホーム)の中だぞ。それともお前は、住み慣れた居住地内部で俺が迷うとでも思ってんのか?」

 

「…………」

 

 我ながら妥当な言い訳を捏造できたと思ったマシロだったが、返って来たのは予想に反して重い沈黙だった。チラリと斜め後ろを見遣ると、そこに姉は……いる。

 

 しっかりと、少し後ろを付いて来ている。けれど、あからさまに俯き加減で、消沈している様子だった。瞳には、薄っすらと涙さえ浮かんで見える。

 

「あ、いや……」

 

 その姿……というか涙を見て、マシロはあっさりと狼狽した。

 彼女は実の姉とはいえ、今は自分より年下の女の子だ。配慮はしたつもりだったが、少々言い方がキツかったかも知れない。

 周りが年上ばかりの環境でぬくぬくと育ってきたマシロは、年下との正しい接し方が分からなかった。年上になら軽く流して貰える歯に衣着せぬ発言も、年下相手には鋭利なナイフと化してしまうのを真の意味で理解できていない。

 

 けれど、姉はこんなことを言うのだ。

 

「そっか、そうだよね。ごめんね。お姉ちゃん、我慢する」

 

 健気に笑い、手を引込めてもう一方の手でそれを抑える彼女の姿に、マシロはバツの悪さを感じた。そして、仮にも年下に気を遣わせ気丈に振る舞わせてしまった事に対する罪悪感も……。

 

 しかし、マシロには前言を撤回して彼女の手を取るなんてキザな真似は出来なかった。それを実行に移すには、彼の精神はまだまだ未熟過ぎたからだ。

 

 

 

: :

 

 

 

 無言のままひた歩き、そして食堂へと到着した。

 入室すると、朝だというのに活気がある。ワイワイガヤガヤと、雑談の声が鼓膜に届く。

 

 それなりの人数が揃っているのも原因の一つだろうが、大半の理由が探索系のファミリアだからだろう。職業柄、冒険者という人種は寝起きからアグレッシブに活動できる者が多いのだ。

 

 そんな体力のあり余った連中の視線が、一手にマシロらに集まった。

 そして、一瞬の静寂の後、けたたましい歓声が鳴り響く。

 

 

「うおぉおおお! 噂のデカマシロが来たぞぉぉオオ!」

 

「キャー! 小っちゃーい!」

 

「アイズより小っちゃーい!」

 

「当然! 大きなマシロなんて、マシロじゃないもん!」

 

「腕組んじゃって、可愛いなぁ!」

 

「姉弟揃って登場かよ。シスコンは健在かぁ⁉」

 

 

 誰も彼もが狂ったようにゾロゾロと此方に近づいて、囲い込んで来る。まるで珍しい動物を見るかの様な反応だ。まあ、彼らにとって今の自分は『未来人』。ある意味これは当然の反応なのだろう。マシロ自身、他の誰かが同じような状況に陥った時、こんなふうに野次馬根性を発動させない自信は正直ない。

 

 

「ほら、こっち来て肉食えよ! いつまで経っても育たねぇぞ?」

 

「待ちたまえ。背を伸ばすなら牛乳がベターだろう? して、偶然にもここにワタシ自ら配合したカルシウム百億倍の牛乳が―――」

 

「お姉ちゃん達と一緒に朝スイーツと洒落込みましょ! 牛乳なら生クリームにも入ってるし、カルシムも摂れるわよ!」

 

「なーに言ってんのアンタら! 小っちゃいから可愛いんでしょうが、マシロは! 無暗にカルシウムなんて与えて長身ノッポになったらどう責任―――」

 

 

 此方の意向も確認せずに、団員達は口々に様々な料理を勧めてくる。

 

 だが正直、最初の肉の誘い以外どれも願い下げだった……。

 朝っぱらから甘味三昧は胃が可笑しくなりそうだし、通常の百億倍のカルシウムなど、なんら毒と変わらないだろう。

 最後の奴に関しては論外だ。男というのは、基本的に長身の自分に思いを馳せる生き物。『小さい』も『可愛い』も決して誉め言葉には成りえない。つまりこれは、男の全てを敵に回す発言である。

 

 数多の冒険者に揉みくちゃにされながら、どうにか『男の敵』だけでもぶん殴ってやろうと腹積もりを決めていた時、不意に身体が軽くなった。

 いや、自由になったというべきだろう。

 素肌に空気が触れ、そして直ぐに誰かの身体に押し付けられる。鼻孔が姉の香りに包まれ、マシロはアイズに抱き寄せられている事を自覚した。

 

「乱暴しないで……。あと、シロと朝ごはんを食べるのは、わたし」

 

 ムッとした姉の声が鼓膜に届く。

 その剣呑さに、目に見えて他の冒険者たちは及び腰になった。

 

「そ、そんなムキになんなくても……ちょっとジャレてただけだって」

 

「そうそう。ていうか、アイズちゃんはいつも一緒にいるんだから良いじゃない。姉離れの予行練習だと思って、たまには私達と……」

 

「わ・た・し・は―――」

 

 ここでアイズが、彼らの主張を遮るように言葉を差し込んだ。有無を言わせぬ口調に、全員が黙って続く姉の台詞を待つ。

 

「この子のお姉ちゃん。一緒に居るのは当然。離れ離れになるなんてありえない」

 

 ………正直、マシロは隣で聞いていて困惑してしまった。

 昔の姉は、ここまで独占欲が強かったのか・と。

 

 “朱に交われば赤くなる”。

 その諺の通り、当時のマシロ(自分)にとってはコレ(・・)が普通の距離感だった。だからこそ……彼女の『行き過ぎ』にいっさい気付くことが出来ず、寧ろこのように増長させてしまったのかも知れない。

 

 お互いが、このまま成長していたらと思うとゾッとする。仮にそうなっていたら『変態姉弟』としてオラリオ中にその名が轟いていた事だろう。嫌われたのは、ある意味でファインプレーだった可能性すらある。

 

 そう……自身の失言を棚に上げてしまう程、姉の威圧は強烈だった。とても11歳の少女が放って良いものではない。対峙する歴戦の冒険者たちは、ようやく弁明の言葉を口にし始めた。

 

「そんな大袈裟な……ちょっとこっち来てご飯食べるだけじゃないか」

 

「そうだよ。こんなの離れ離れのうちに入らないし、なんならアイズちゃんも一緒に……」

 

「誰にも渡さない……。この子だけは、絶対に―――」

 

「い、いや、だから―――」

 

 明らかに声が届いていない。

 まったく話が通じず、それどころか『弟を攫おうとする敵』と認識し始めた様子のアイズに、【ロキ・ファミリア】のメンバー達は頭を抱えた。恐らく、色んな感情が脳内に渦巻いているのだろう。

 

 朝食を摂りに来ただけの筈なのに、なんでこんな面倒な感じになってるんだ……。

 そう、辟易とし始めた時、ようやくこの場にアイズの暴走を制圧できる者が現れた。美しい指先を携えた白い手の側面が、少女の頭部に落とされる。

 

「落ち着けアイズ。そして、良く話しを聞け。ここにマシロを奪う『敵』などいる訳がないだろう」

 

「り、リヴェリア……」

 

 副団長のハイ・エルフの登場に、アイズが正気を取り戻す。場の雰囲気が一気に弛緩し、誰もが安堵のため息を漏らした。同時に―――。

 

「ホンマ、アイズたんは、マシロたんLOVEやなぁ。ウチ、キュンキュンするわ~」

 

「そうだね。正直数年後が心配ではあるけれど……」

 

「ガハハハ! 数年などと悠長な事を抜かすな、フィン。“男子三日会わざれば刮目して見よ”。小童の成長は早いぞ?」

 

 ロキ、フィン、ガレスの3名も連れ立って現れる。そして、年の功からか、ガレスはアイズの内心を見透かし言い当てて見せた。

 

「大方、マシロが自分の手から離れていかないか心配になっておるのだろう? 最近ちょくちょくお主の誘いを断って、男湯に入っているようじゃからのぉ」

 

「………」

 

 何か言いたげな上目遣いでアイズがガレスを見上げる。だが、ガレスはそれをサラリと流し、次の様に放った。

 

「そう睨むでない。姉離れの予兆……情緒が正常に発達しておる証拠じゃ。逆に訊くが、10代後半や、20、30になった時も、今の様に引っ付いておるつもりか?」

 

「……何か問題ある?」

 

「問題しかねぇだろ、ふざけるな」

 

 姉の余りにも斜め上の返答に、マシロは思わず口を挟んでしまった。その瞬間、密着している身体越しに、動揺の震えが伝わって来る。そして、以降は不規則な揺れが、嗚咽と共に鼓膜を襲った。

 

 慌てて姉を見上げると、予想通り、彼女の金の瞳から、透明な雫がポロポロと流れ出しており―――悲痛なまでの涙声がマシロにある問いを尋ねて来た。

 

「シロ……わたしのこと、嫌いになっちゃったの?」

 

「……! 違うっ!」

 

 ―――嫌いになったのはお前だろう。

 

「うそ……だって、昨日からずっと……冷たい……」

 

「……そんなこと……」

 

 ない……。とは、正直言い切れなかった。この時代のアイズは未だ自分()にベッタリだ。それを分かっていながら、マシロは特に態度を軟化させたりはしていなかった。単純に、以前の自分の振る舞いを踏襲する気が起こらなかったからだ。

 

「未来のわたし……、君に嫌われること、しちゃった?」

 

「そうじゃねぇ……ッ! 何処の世界にいつまでも姉とベッタリの弟がいる? ティオネとティオナは一緒のベッドで寝てんのか? 幾ら仲が良かろうが、プライベートは分けるのが普通なんだよ」

 

「普通じゃなくて良い!」

 

「………⁉」

 

「嫌いじゃないなら……ずっと側にいてよ……」

 

 クチャクチャな顔で、縋りつきながら訴えかけてくるアイズ。

 その姿が、発言が、泣き顔が―――かつての自分の慟哭と重なった。

 

 思い出さないよう、必死になって意図的に記憶の奥へと追いやっていた幼き日の記憶。それらが、胸の内に飛来する。

 

 あの時、姉弟仲の破綻を決定づけるあの発言をしてしまった後日―――。

 姉の態度の急変に戸惑い、しつこく縋り寄っていた3日間。その丁度3日目に、マシロは今のアイズと似たような台詞を吐いたのだ。

 

 

「ああ、泣いてるアイズたんも可愛いなぁ。でも、ウチは笑ってる顔のが好きやで~」

 

 ここで、空気も読まずにロキがズカズカと近寄って来る。

 別に無神経な行動ではない。『あえて』道化に徹しているのだ。そういう気遣いが、この主神にはできる。

 

「もうこんなハナシは終いや。もっと楽しいハナシしよ」

 

「楽しい……はなし?」

 

「せやせや、特にアイズたんにとっては超楽しいハナシやと思うでぇ」

 

 ニヒヒと、口元に弧を描くロキ。背中に伏せた両腕を見る限り、『何か』を後ろに隠し持っている様だ。ロキの細い身体に隠せる、アイズが凄く喜ぶ物。その条件で、真っ先に思い浮かぶのは―――。

 

「……ジャガ丸くんの新味でも手に入れたか?」

 

「ちゃうちゃう、確かにアイズたんと言えばジャガ丸くんやけど、もっと喜ぶもんや」

 

 それは、些かハードルを上げ過ぎているのではないだろうか。それとも、アイズのジャガ丸ジャンキーっぷりを甘く見ているのか……。

 当のアイズも、ジャガ丸くん以上のモノとなると直ぐには思い浮かばないらしく、泣いて膨らんだ顔のまま、キョトンとしている。

 

 そして、次の瞬間「じゃじゃーん」という合いの手と共に『ソレ』がお披露目された。

 

 ソレは、かなりサイズの小さな、『女の子用の服』だった。

 こういう物に対する知見などマシロには無いが、素人目にも『可愛らしい』に特化した少女向けの洋服である事が理解出来る。

 

 だが、理解できるのはそこまでだ。

 確かに可愛い服ではある。しかし、アイズがジャガ丸くんを押しのけてまで喜ぶかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

 無論、アイズとて女の子だ。服に対し、欠片の興味も無いわけではないのだろうが……。

 

 等と思っていると、ロキは服を掲げながら、それを胴体に被せて来た。

同時に「うんうん、サイズピッタリや」とか「にしても似合うなぁ。ウチの慧眼っぷりには舌を巻くで~」等と、勝手に一人で盛り上がっている。

 

 どういう了見か、マシロの身体に服を合わせながら―――。

 

「オイ、間違ってんぞ。アイズは隣りだ」

 

 即座に指摘してやるが、ロキは慌てる様子もなく、イタズラ小僧のような表情を作った。

 

「いんやぁ? 別に間違えてへんでぇ?」

 

「は? いや、だってお前それ―――」

 

 女物の……と、言いかけた瞬間だ。ロキは、バッと両腕を上に伸ばし、周囲に吹聴するように宣言を始めた。

 

「皆、ちゅうもーく! 見ての通り、マシロは未来から来た人間や! 普通やったら、未来への影響やなんや考えて、極力外には行かせられへん!」

 

 突如始まった現状確認に、マシロは理解が追い付かない。そんな分かり切った事、わざわざこの場で改める必要もないだろうに。それと、この服との繋がりも見いだせない。

 

 しかし、そんなマシロの疑問を置き去りにして、ロキはどんどん突き進む。

 

「けど! 道行く人に、『未来のマシロって認識されなかったら』どうや?」

 

「……!」

 

 その発言に、場がどよめく。

 そして、マシロ自身も主神が何を言いたいのか察しが付く。

 

 だから、酷く脂汗をかいてしまった。

 

「いや、待てロキ! まさかテメェ―――」

 

「認識されな影響はない! そんでもって、認識されん為には『変装』や! 加えて、見抜かれる可能性を極限まで抑える為には………」

 

 もう既にこの場にいる者全員が、次にロキが口にしようとしている単語を予測できている。それは確信に限りなく近い予測だ。それはロキ自身も分かっている筈。

 

 だというのに、この主神は敢えて、一息には告げずに『溜め』を作った。より、その宣言を印象的にする為の細工だろう。無駄に知恵が回る。忌々しい事この上ない―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、『女装』するしかないやろうがぁぁぁああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウウゥオオオオォォォオオォオオォォォオォォォオオオオオオォオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロキの号令に呼応する形で大きな地響きが鳴る。

 否、雄叫びだ。人の喉からひねり出されている『声』だ。

 

 それが、地響きに聞こえる。それ程迄の声量がこの場に放たれている。

 

 頭が痛くなりそうだった。

 ロキは分かる。そういう趣味の女神だと、既に()っている。

 

 けれど、他の連中はどうだ? ロキの先導が巧みだったにしても、どうしてここまでテンションを上げる事ができる。

 

 『女装』というのは読んで字の如く、女に化ける事だ。

 男が、女の格好をするという事なのだ。

 なのに、どうして喜ぶ。なんで気分が高ぶる。どうせ自分達がさせられそうになったら全力で拒否する癖に……。

 

 女装が似合う男なんて極一部だ。それこそ、【ロキ・ファミリア】内ではフィン・ディムナぐらいのものだろう。マシロの顔面偏差値では、どうあがいても見るに堪えない化物が爆誕するだけ……。そんな事にも気付けない程、今、この群衆の目は曇っているらしい。

 

「待てお前ら、ふざけるな! 絶対着ねぇぞそんなもん! 大体、俺はアイズほど外部に顔が知れてる訳じゃねぇ! 普通の変装で十分な筈だ!」

 

「ちっちっち、甘いでぇマシロ。チョコラテのようにあんまーいわ。確かにアイズたん程は有名やないけど、それでも自分は【ロキ・ファミリア】の団員やで? そんでもって、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの弟でもある」

 

「……それは」

 

「断言したるわ。只の変装じゃ気付かれる。そういうの見抜く連中は、ホンマ些細な違和感も見逃さんからなぁ。ハナっから女の子のフリして、フィルターの外にいた方が安全や」

 

「だったら俺は外に出ねぇぞ! そんな恰好するぐらいなら一生引き籠ってやる!」

 

「なんや、ニート宣言かいな? でも認めへんで~? んな事したら監禁やなんやって大騒ぎになって、世間サマにぶっ叩かれてまうからなぁ」

 

「何わけ分かんねぇことを………」

 

「ホレ、アイズたん。これで愛しのマシロと遊びに行けるでぇ? 嬉しぃやろ?」

 

「女の子みたいに可愛い恰好をした、可愛いシロとお出かけ………。嬉しい、かも」

 

 期待に満ち満ちた視線をアイズから受ける。さっきまで泣いていた少女の面影は、もはや何処にもない。両目の下の赤みも、頬の色づきに掻き消されてしまった様だ。

 

「シロ、早くコレ着て? お出かけだよ?」

 

「テメェ、マジで人の話聞いてねぇんだな……。散々行かないって喚き散らしたばかりだろ⁉」

 

「往生際が悪いで~。埒もアカンし強制執行や! 行くで、野郎共!」

 

 ロキの号令により、四方八方から冒険者達が雪崩れ込んで来た。到達した者達によって、有無を言わせず服を脱がされそうになる。人数が膨大過ぎて互いが互いの邪魔をしてしまっている感は否めなかったが、それでも多勢に無勢。このままでは身包みはがされるのも時間の問題だろう。

 

 絵面的には、大人数でマシロ一人を襲っているという相当にアレなものなので、スイッチの入ったアイズが薙ぎ払ってくれる可能性も無くはなかったが、悲しいかな、既に奴もロキの術中。寧ろ、率先して脱がそうとしてくる最大の難敵となっている。

 

 

 

 それでも、必死に抵抗した。

 マシロは、頑張って抗ったのだ。

 

 

 

 けれど、終わってみれば全くの無意味だった事が分かる。

 結果は最初から決まっていたのだ。

 

 

 風を纏って吹き飛ばそうという試みも、同じ魔法を使えるアイズが常に最前列で張り付いている為効果が薄く、目敏く気付かれ対応されてしまう。

 もっと言うなら、相手にしているのは【ロキ・ファミリア】に属する上級冒険者達だ。昨日の風呂場の時の様に、武装解除している訳でもないし、数もずっと多い。仮にアイズに魔法の発動を邪魔をされなかったとしても、屈強な彼ら相手では、粘り粘られ、いつかは根負けしてしまった事だろう。

 

 だから、仕方がないのだ。自分がこんな恰好になってしまう(・・・・・・・・・・・・)のは、どうする事もできない確定事項。神が定めた変えようのない運命なのだ―――。

 

 

 

 最後に、ウィックを被せられながら、頭の中でそんな言い訳をマシロは永遠と繰り返していた。

 

 

 

「ウヒャーッ! メッチャ可愛い! なあ? ウチの見立てに狂い無かったやろ、アイズたん⁉」

 

「うん! 美の女神様たちより可愛いよ」

 

 うっとりと、恍惚とした表情で抱き締めてくるアイズ。その際、誰かからスッと差し出された手鏡を無感情に覗き込むと、そこには女装をしたマシロ(自分)の姿が映し出されていた。

 

 本当に、ただ女装をしただけのマシロ・ヴァレンシュタインだ。

 それは、女児物の服を身に纏い、長髪のウィックを被っただけのマシロの姿。決して服装やカツラ、そして元の顔が超常的な相乗効果をもたらし美少女化している訳ではない。大半の男が陥るであろう、『なり切れていない女装』の域を出ていない印象を受けた。

 

 しかし―――。

 

 

「ちょっと待って? どっからどう見ても女の子じゃん、ヤバ!」

 

「いやはや、元から男とは思えない背丈でしたが……ここまでサマになるとは。感服の極みです……」

 

「これで正体見抜けたら人間じゃねぇな」

 

「小っちゃい頃のアイズたん降りーん! 天使の再来か! 匂い嗅がせて!」

 

 

 どいつもこいつも、本当に眼が付いているのかも疑わしい様な反応を見せてくる。恐らくは身内の欲目だ。補正がかかり、格段に美化して見てしまっているのだろう。

 

 この反応を、外部の者の前でされるかもと思うだけで背筋が凍る。唯一の救いは、マシロ自身は自分の状態を正しく認識できている事だ。もしもアイズ達の反応を鵜呑みにしていたら、本当に地獄だった。身内に持ち上げられ、外で勘違いした振る舞いを見せる事ほど、後々ダメージになる失態はない。

 

 

 

「へえ、似合ってるじゃん。さっすが、アイズの弟!」

 

「そうね。三白眼と生意気な目つきをやめれば、まんまアイズの妹よ」

 

 鏡の中の自分を呆然自失に眺めていると、不意にこれまでとは感じの違う声色が耳に飛び込んだ。食堂の入り口に視線をやると、そこにはたった今入って来た様子のアマゾネスの姉妹の姿があった。どちらかと言えばロキを思わせるイタズラ小僧のような笑みを浮かべながら、愉快そうに此方に近づいて来る。

 

「ティオナ……ッ、ティオネ……ッ」

 

 サァッと、自身の顔から血の気が引いたのが分かった。

 5年前の世界とはいえ、【ロキ・ファミリア】のメンバーは、大半がマシロよりも年上だ。というより年下はアイズくらいであり、何だかんだ言いつつ身内であるから、こんな恰好を見られる事もまだ我慢できた。

 

 けれど、ヒリュテ姉妹は別である。

 現状、彼女らはマシロと同い年。そして、血の繋がりもない。そんな相手に、女装した姿を見られたのだ。この屈辱と羞恥は想像を絶する。

 

「ほらほら、笑って弟く~ん。せっかくの可愛い服が台無しだよ~?」

 

「声も無理に低くしないで良いのよ? 女の子らしく可愛く喋りなさい」

 

「テメェら……、絶対あとでぶっ飛ばしてやるからな」

 

 額に青筋を立てながらマシロは恨めし気に呟いた。が、ティオナは気にも留めずにこんな提案をして来る。

 

「それより、アイズと弟くん、遊びに行くんでしょ? アタシ達も一緒に行きたいなぁ」

 

「ふざけるな。なんでお前らなんかと―――」

 

「アレ~? イヤなの~? そっかぁ、アイズと2人っきりが良いんだね!」

 

「は?」

 

 頓狂すぎる発言に真顔になるが、ティオナの間違った推論は止まらない。

 

「悪ぶってても、やっぱりお姉ちゃんは大好きなんだね~。ゴメンねぇ、気がきかなくって。邪魔されたくないんだもんねぇ?」

 

「……ッ。馬鹿げた妄想垂れ流すな! そもそも俺は、外出するなんて一言も―――」

 

「何? アンタ出かけないのにそんな恰好になったの? もしかして、そういう趣味?」

 

「テメェ、冗談でも言って良い事と悪い事が―――」

 

 

「はいはいはい、そこまで~」

 

 男として、絶対に認めるわけにはいかないティオネの発言にマシロが真っ赤な顔で反論している最中、ロキが柏手を鳴らしながら介入して来た。そして―――。

 

「ホレ、マシロ。これ使い」

 

 朱色髪の女神は、なにやらチャリチャリと音のする小袋を投げて寄越してくる。何処か既視感のある光景だ。片手で受け止めたそれは、小さな見た目に反してズッシリと重かった。  

 中身を確認すると、やはりのそこには大量のヴァリス硬貨が詰まっていて……。

 

「ウチからのお駄賃や。自由に使ってエエから、4人で楽しんできぃ」

 

 『4人で』……。

 この4人の中に、ティオナとティオネが含まれている事は明らかだった。外出させる為に『女装』を強要したロキが、金を渡して迄遊びに行かせようとするのは理解も出来る。しかし、何故ヒリュテ姉妹も同行させようと言うのか。

 

 そんな心情を読み取ったかの様に、神は都合よく説明を始めた。

 

【剣姫】(アイズたん)と2人っきりじゃ流石に目立ちすぎるからなぁ。『アレ? 【剣姫】と一緒に歩いてるあの可愛い子いったい誰や⁉』ってなって、余計な注目集めてまう」

 

 考えすぎだろ……とは、流石に思えなかった。

 それ程までに有名なのだ。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは。最早、存在自体が広告塔。そんな人物と刺しで練り歩いているともなれば、確かに大衆の目は釘付けだろう。そして、人目に付けばつく程、女装を見抜かれる確率は上がってしまう。

 

「でもティオナ達がおったら、『【ロキ・ファミリア】で遊びに来てんねんなぁ』くらいに収まるやろ? 万が一バレそうになっても、2人がおった方が誤魔化しやすい。てか、アイズだけじゃ絶対ムリや」

 

「それは……そうだが」

 

 思っていた以上にしっかりとした理由が飛び出し、マシロは反論の言葉を封殺される。

 けれど、それと出掛けるかは話が別だ。何故か普通に遊びに行くような流れになっているが、まだ首を縦に振った訳ではない。大体、何が悲しくて、こんな恰好で外に出なければならないのだ。

 

 是が非でも女装姿を外部の人間の目に晒したくないマシロは、どうにか断る理由を脳内で模索していた。が、ここでそれを邪魔する様に、フィンに話しかけられる。

 

「マシロ……。昨夜、僕がキミにしたお願いを覚えているかい?」

 

「………なんだ急に」

 

 今話しかけるな。

 そんな心情とは裏腹に、マシロの脳は昨日言われた【勇者】の懇願が再生し始める。

 

 

 ―――アイズが満足する迄甘えてやってくれ……。とは流石に言わないよ。

 

 

    ――――でも、

 

 

        ――――多少の我儘はきいてやって欲しい。

 

 

 

 ――――それこそ

 

 

 

 

 

        ――――『一緒にジャガ丸くんを買いに行く』ぐらいはね。

 

 

 

「シロ……。やっぱり、イヤ?」

 

 フィンの言葉を思い出し終えたタイミングで、視界をアイズの顔が独占する。

 不安そうな瞳で、眉で、口で、息遣いで、此方を覗き込んでいた。

 この『イヤ?』には、『女装して外に出るのは』という事以外にも、『わたしと出かけるのはイヤ?』という問いも込められているのだろう。

 

 無論、嫌だ。

 女装して外に出るのは絶対に。これは、男なら皆そうだろう。

 

 しかし、改めて考えてみると、姉と共に出かける事については、別にそこまで嫌という訳ではない。……無論、元の時代のアイズと出かけるのは嫌だ。正直これに関しては向こうの方が強く拒否するだろうから意味の無い仮定なのだが……仮に共に出かける事になったとして、沈黙が気まず過ぎるので願い下げである。

 

 けれど、この時代の……まだ仲違いしていない状態の姉となら、出かける事になんら苦痛はない様に思える。過度なスキンシップにさえ目を瞑れば、あえて拒む理由は存在しない。

 

 何より、断れば彼女の顔は更に曇るだろう。そして、泣きそうな表情でこう言うのだ。『ごめんね』と。何故か謝って来る。悪い事など、何一つしていないのに……。

 

 それはとても駄目な事だと、理屈は分からないがマシロは思った。

 

 

 

「仕方ねぇな……」

 

 

 

 だから、無意識の内に、その様に呟く。

髪の毛をガシガシ掻きながら、視線も合わせずに淡々と告げた。

 

「朝メシは程々にしとけよ」

 

「え?」

 

「え、じゃねえ。ジャガ丸くん買いに行くんだろうが。腹いっぱいで食えなくなっても知らねぇぞ」

 

「……! うん!」

 

 アイズの、キョトンとした顔が鮮やかに色づく。

 

 灰色の顔に満開の花が咲き、『幸福』という感情をまざまざと見せつけて来た。

 きっと、『価値のある笑顔』とは、こういうモノの事を言うのだろう。見た者の心を温かく満たす、そんな微笑み。それが、アイズの顔には浮かんでいる。

 

 

 

 この笑顔の前では、自分の羞恥心など下らない。ちっぽけ過ぎて、取るに足らないプライドだと、殊勝にもマシロはそう思う事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、何今の? 普通に『一緒に行こ、お姉ちゃん!』で良くない? 『朝メシは程々にしとけよ』って何?」

 

「本当、誰に影響されたんだか……。ベートでもあんな回りくどい言い方しないわよ?」

 

「アタシ、元の弟君に戻って欲しいな。メッチャ可愛かったのに……」

 

「成長って、残酷なのね……」

 

 

 

「聞こえてるからな、テメェら」

 

 

 

 

 

 

: :

 

 

 

某所 とある神と眷属の雑談現場

 

 

「さてと、そろそろ彼らが動くみたいだぜ?」

 

「そうですか……。それは良かったですね」

 

「おいおい、発言と表情が一致してないぜ? まるで月の残業時間が50時間を超えた社畜サラリーマンみたいだ」

 

「……誰の所為ですか誰の……」

 

「俺と、ロキと、まあ強いて言うなら彼の所為かな? まあ、彼は只の被害者だけど」

 

「……しかし、未だに信じられませんね。この時代の人間と未来の人間を入れ替えるだなんて」

 

「おいおい、信じてなかったのかよ? まったく、俺も信用の無い神だなぁ」

 

「自虐のつもりですか? 只の事実ですが……」

 

「手厳しい! まあ、仕方ない。折角の機会だ。心の療養の為にも、今日は1日彼らを観察しようじゃないか。どうせ期限はまだ少し先だしね」

 

「……なるのですか? 観察するだけで療養に」

 

「なるさ。なんたって、相手はあのロキの所の秘蔵っ子だ。そんな彼の可愛くて面白可笑しく、ちょっぴり滑稽な姿を見る事ができる―――」

 

 

 

 

「そういう姿を見る事でしか得られない栄養素ってものが、この世界にはあるんだよ」

 

 

 





お読み頂きありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。
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