剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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申し訳ありません。再びまとめきれず、あと一話続きます。
また、本文中に出て来るポーションの価格など、一部想像や捏造が入っていますのでご注意下さい。

それでは、よろしくお願い致します。



第四話

両親を亡くしたアイズ・ヴァレンシュタインにとって、マシロ・ヴァレンシュタインは唯一残された家族だった。

 

無論、ファミリアの仲間達の事も家族の様に思っている。

 

しかし『様に』と『家族だ』では明確な差があり、実際彼女にとって弟の存在は一種の精神安定剤となっていた。

 

仮に両親と共に彼まで失っていたら、【剣姫】は今頃己が憎しみの業火に焼き尽くされていたかも知れない。

いや、もしかすると、とっくの昔に燃え尽きて今は痕跡すらも残っていなかった可能性すらある。

 

つまり、アイズはマシロに依存していた。それも極度に。

 

普段は諸事情により『素っ気ない姉』を演じているが、内心いつも彼の事を気にしており、本来であればスキルで常に居所を把握しておきたいと思っている程だ。

 

それ程までに大切な存在が、自分以外の女性と話している。

例え相手が女神であったとしても、アイズは嫉妬心を抱かずにはいられなかった。

 

だから、女神が弟の口にジャガ丸くんを押し付けた瞬間……。

つまり、俗に言う『あーん』をしようとした瞬間、衝動的に体が動いてしまった。

Lv.5の脚力をフルに使い、一瞬で弟を強奪する。

 

その神速は、全知零能の神には何が起こったのかさえ分からないだろう。Lv.3に到達しているマシロでさえ、状況の把握には少し時間を要する筈だ。

 

「ア、アイズ……?」

 

そして、こちらに気付いたマシロが当惑交じりの声を出す。

彼の声音は、どんな感情を乗せていても耳触りが良い。アイズにとっては。

しかも、自分の名前を呼ばれた。

本来なら喜びに打ち震え、怒りなど霧散するシチュエーションであるが、アイズ・ヴァレンシュタインは欠片も険しい視線を緩めようとしなかった。

当然、女神の方は酷く狼狽するしか選択肢がない。

 

「な、なんだい急に……? ていうか、なんでそんな親の仇みたいにボクを見ているんだ⁉」

 

その問いに答える余裕はアイズにはなかった。

ある訳がなかった。

 

今もグツグツグツと、彼女の腸は盛んに煮え滾っている。

だから、キャッチボール等せずに一方的に訊く。

 

「……この子に何か用ですか?」

 

「いや、無視かい⁉」

 

女神が叫ぶのも無理はない。

彼女視点で見れば、急に割り込んで来た子供に、何故かバリバリの敵意を向けられているのだ。

理不尽極まりない状況だろう。

 

アイズだってそう思う。

自分が意味不明な行動ををしている事ぐらい、彼女の冷静な部分は分かっているのだ。

 

けれど、それ以上に嫉妬心が身体中を駆け巡っていてどうしようもない。

 

「誘拐……?」

 

そうではないのは知っている。

見ていたから。

 

けれど、溢れんばかりの嫉妬が、彼女の口を勝手に動かした。

どうせ、可愛いこの子を連れ出す目的で、体よくあの場に膝をついたんだろう・と。

 

しかし、そんな決め付けに対する反論の言葉は、女神からではなく自分の真下から飛んで来た。

つまり、マシロである。

 

「違ぇよ……。俺が勝手に手を貸しただけだ。いつまでも目の前でヒーヒーやられて目障りだったからな」

 

「言い方⁉ 言い方ってものがあるだろう⁉ 可愛い女神が困っているからかわいそうに思って、とかッ!」

 

「……困ってる姿が余りに滑稽だったんでな」

 

「だから言い方! ツンデレはデレないと只の嫌な奴だぞ、マシロ君!」

 

アイズはそのやりとりを見聞きし、視覚と聴覚がブラックアウトした。

湧き上がる苛立ちで会話の内容は上手く咀嚼できなかったが、彼らが今、何をしているのかは理解できる。

次の瞬間、【剣姫】は今日一番の大声を出した。

 

「いちゃいちゃ、しないで……!」

 

「イチャイチャしてたかい今ボク達⁉」

 

女神の真っ当なツッコミもアイズの耳には入らない。

普段とは違う様子の姉に、堪らず静止をかけたマシロの声すら届いていないのだから当然だ。

 

どうあっても怒りが静まる様子のない姉に、弟は防衛本能が働き離れようとする。

その試みが更にアイズの神経を逆撫でた。

 

「逃げるの……? ねえ……? あの女神の所に行くの?」

 

その言葉に怒気はない。

弟に対して故か多少の自制心が働いた結果だろう。

しかし、それが返って平時よりも平坦な音を作り出し、全く別種の迫力を生み出している。

 

「テメェ、何イカレてやがる? ダンジョンに潜り過ぎて頭でもやられたか?」

 

冷や汗を流しながらマシロが言う。

それが半分以上強がりなのは、誰の目から見ても明らかだったが、彼は強気な態度を崩さなかった。

 

今のアイズは普段以上に何を考えているか分からない。

次にどんな行動を起こすのか、一切の予想も立てられない。けれどそれでも、怖れを表に出すのは彼のプライドが許さなかったのだ。

 

「ううん、私は普通だよ。でも、シロはあの女神様に何かされちゃったのかな?」

 

「何を……ッ」

 

それは、マシロの琴線に触れる言葉だった。酷く顔を歪めて何かを叫ぼうとする。

しかし、その前に女神が口を開いた。泡を喰いながら全力で主張する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君は何か勘違いをしている! 確かに弟君が可愛いのは分かるが、ボクは君が思うような事はしていない!」

 

「は? おいテメェ、神の癖に目玉腐ってんのか?」

 

無理やり割って入ったのだ。こんな反応も当然予想していた。

マシロは恐らく『可愛い弟』の、特に『可愛い』の部分に腹を立てているのだろう。この年頃の少年はそう言うものだ。

 

そして、姉である金髪の少女に関しては、弟との会話に割って入ったという行為そのものが地雷となる。

女神はそう踏んで、下手をすれば火の油を注ぐ行為であると覚悟していたのだが……。

 

「……え、なんでこの子が弟だって……?」

 

彼女の反応は意外なものだった。

声音も幾分柔らかい。

 

会話を邪魔した事への怒りより、姉弟である事を見抜かれた驚きが勝っている。そんな感じだ。

 

「え? だって君達顔も雰囲気もそっくりだし……違ったかい?」

 

恐る恐ると言った様子で尋ねて来る女神。その問いを否定する理由はアイズにはなかった。

何故ならそれは本当で、女神の予想は全く以て的中していたからである。

そして、彼『顔も雰囲気もそっくり』という指摘も悪い気はしなかった。寧ろ嬉しい。

胸がポカポカしてくる。そんな感覚を覚える。

 

「合ってます……けど」

 

もう険はない。

アイズはこの女神に対し強い敵意を向けられなくなっていた。

ただ、マシロとの関係を言い当てられただけだと言うのに……。

たったそれだけの事で、自分達の繋がりを証明して貰った様な気さえして、酷く嬉しかった。

 

急に借りて来た猫の様に大人しくなるアイズ。

その様子に勝機を見たらしく、女神は更に言葉を連ねた。より快活に、愉快に、愉し気に。

 

「いやぁ、やっぱりそうかい! じゃあ、仲良くデート中かな? 悪かったねぇ、姉弟水入らずを邪魔しちゃって!」

 

その弁舌からは、温められた空気を再び冷ましてなるものかと言う信念が、ヒシヒシと伝わって来た。

こうなってしまえば最早女神のペースである。アイズは顔を赤くしてシドロモドロになるしかない。

 

「い、いや、そんな事……」

 

「いや~、それにしても本当に良く出来た弟君だよ! 最高だね! 誉れ高い! こんな子の姉に生まれるなんて君は世界一の幸せ者だ!」

 

「おい、褒める割に具体的な事ひとつも言わねぇじゃねぇか。絶対思ってないだろ」

 

マシロのツッコミは完全にスルーされる。

 

「そして、マシロ君の姉はボクの恩人と言っても過言ではない!」

 

ビシッと、女神の細い指がアイズに向けられた。

 

「だから、ジャガ丸くんを作ってあげよう! なに味が良い?」

 

「ほ、本当ですか⁉」

 

瞬間、アイズの怒りは完全に霧散した。

目の前にいるのは弟を誑かす女神ではない。途轍もない善神の神格者だ。

赤子の様に目をキラキラさせながら、アイズはその女神を見る。

 

直ぐ傍ではマシロがなんとも言えない表情をしていたが、ジャガ丸くんに釣られた【剣姫】は全く気付かなかった。

 

数分後、出来上がったジャガ丸くんにアイズは齧り付く。抹茶クリーム味だ。

 

「おいしい……」

 

アイズの裏表ない率直な感想に、女神はカラッと笑う。そして、ある事に気が付いたようだ。

 

「それは良かった。て、そう言えばこんなに話してるのに、君とは自己紹介がまだだったね」

 

「当然だろ。あんな喧嘩腰に乱入して来たんだからな」

 

そう吐き捨てるマシロ。

返す言葉がなかった。確かにあんな状態では自己紹介どころではない。

アイズは羞恥で顔を赤くする。

 

「ごめんなさい……」

 

「なあに、良いんだよ。済んだ事だ。ボクはヘスティア。君は?」

 

そう言って手を差し出してくる女神・ヘスティアに、アイズは感銘を受けた。なんて心が広いんだと。

ロキと違って大人だ。凄い・と。

 

だから、彼女はホカホカした思いでその手を握り返した。この神とはいい関係を築きたいと。というか、ジャガ丸露天の常連になろうと。

そんな決意を抱きながら名を告げる。

 

それが、この優しい女神の態度を一変させる事になるとも知らずに。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインです」

 

「そうかいそうかい。アイズ……ヴァレンシュタイン?」

 

女神の声のトーンが急に下がる。笑顔も胡乱な表情に変わり、歪んだ瞳でアイズの顔を見上げ始めた。

 

「長い金髪に金の目……おまけにアイズ・ヴァレンシュタインだって……?」

 

女神は暫くそうやって一人で何か独り言を呟いていたが、やがて全てが繋がったと言わんばかりに目を見開き、首を傾げるアイズに食って掛かった。

 

「き、君がヴァレン何某かぁぁぁああ⁉ よくも、ボクのベル君をぉぉおお!」

 

突然の女神の凶変に、アイズは勿論隣にいたマシロもギョッとする。

あの穏やかだった女神が子供の様に騒ぎ始めたのだ。彼らが驚くのも無理はなかった。

 

「ち、違います。ヴァレン何某じゃなくて、ヴァレンシュタイン……」

 

「今そこ訂正するトコじゃねぇだろ」

 

「よくもよくもよくも! ベル君はボクのベル君だぞ⁉」

 

「べ、ベル君……? 誰……?」

 

「キィィィィィィイ! 無自覚で奪ったとでも言うつもりか、ムカツクゥ!」

 

只々戸惑うアイズと、只ひたすらに地団駄を踏むヘスティア。

これでは丸っきりさっきとは真逆だ。まあ、ヘスティアの方は大分コミカルな怒り方をしているが……。

 

「話が見えねぇな……。『奪った』ってのは額面通りの意味で良いのか? つまり、コイツがお前からベルって奴を奪ったと」

 

「え、いや」

 

マシロの切り込んだ質問にアイズは狼狽する。全く以て、誰かを奪った覚えなどなかったからだ。

 

「そうだよ、マシロ君! その通り! この泥棒猫が可愛いベル君を誑かして!」

 

「ちょ、何を……」

 

けれど、ヘスティアは全力で肯定してくる。

自分はそんな事していないのに。身に覚えのない罪を、よりにもよって弟の前で暴露される。

訳が分からない。馬鹿馬鹿しい。

でも、手足の先が温度を無くして来ているのが分かった。

 

「あの子も大概夢見がちだからね! どうせその綺麗な顔で誘惑したんだろう⁉ まっさらな生娘を演じて、ベル君を貪り食ったんだ!」

 

「……ッ」

 

本当に何を言っているんだこの女神は。

勘違いをするにしても限度があるだろう……。名誉棄損も甚だしい。

アイズは再びヘスティアに対し怒りが込み上げてきた。

 

だが、それよりも懸念すべき点がある。

それは弟の存在だ。

彼にはこんな話、一秒だって聞かせたくない。

全く事実無根なのだが、万が一マシロが女神の戯言を信じてしまったらと思うと……。

 

だからアイズはヘスティアにではなく、マシロに向かって行った。

当然弟はギョッとする。彼からすれば、当然ヘスティアの元へ歩いていくものだと思っていたからだ。

 

アイズは弟の両肩をガッと掴んだ。

そして、必死の形相で告げる。

 

「違うから‼」

 

「は?」

 

「違うの! 全部出鱈目なの! 私はなんにもしてないから……! だから……」

 

続きの言葉は出て来なかった。

なんと続けようとしていたのかも分からない。

頭でセリフを考える前に、感情に任せてぶちまけてしまったからだ。

 

空を切る口だけが小さく開閉を繰り返した。

急に喋り出して急に黙った姉に対し、弟はどう思ったのだろう。

考えるだけで、怖い。

 

「……言う相手が違うだろ。俺に言ってどうする? どんだけ混乱してんだテメェは」

 

「……ぁ」

 

マシロのその言葉を聞いて、やはりとアイズは確信した。

やはり、この子にとって私はどうでも良い存在なのだと。

 

姉が不貞を働いても無関心で入れる程の『他人』にカテゴライズされているのだ。

アイズは込み上げて来る『何か』を堪えるのに必死だった。

場に、再び重い空気が流れる。

だが、それをぶち壊したのは、またもや女神だった。彼女は首を傾げながら唇を動かす。

 

「えーっと、もしかしてだけどぉ。君達、血の繋がってない姉弟……。つまり、義姉弟だったりするのかい?」

 

違う。

アイズは即答する。心の中で。

声を出す気力はなかった。

 

代わりにマシロが答える。

 

「いや、ガッツリ血縁だが……」

 

「へぇ、そうなのかい……? えー、でも……うーん」

 

「……なんだ? 言いたい事があるならハッキリ言え」

 

歯切れの悪い女神に対し苛立ったように告げるマシロ。

ヘスティアは尚も少し頭を捻った後、納得した様に笑みを咲かせた。

 

「まあ良いか! それだけ君にご執心なら、ベル君を誑かすなんて事もないだろう!」

 

そして、アイズに近寄りパンパンと肩を叩く。

 

「いやぁ、不愉快な事を言って済まなかったねぇ。君は清廉潔白だ。処女神の名を持ってボクがここに宣言しよう!」

 

むくりとアイズは顔を上げる。

 

「ほ、本当……ですか?」

 

「本当だとも! 君はこのままマシロ君とのデートを楽しみたまえ!」

 

ヘスティアは返事を待たずして【剣姫】に顔を近付けた。そして、そっと耳打ちする。他の誰にも聞こえない声量で。

 

「がんばれ、ボクは応援してるよ!」

 

「……!」

 

そして、手を振りヘスティアは去って行った。

まあ、露天の中に入っただけなので、未だ目の前にいるのだが……。

 

「たく……。行くぞ」

 

疲れた様な溜息を吐くマシロ。

その一言で、アイズたちは再び歩き始めた。

 

 

 

: :

 

 

 

現在時刻:午後一時四十分。

 

炉の女神との遭遇を経て、気づけば既に午後となっていた。

正に昼時。

 

しかし、ヴァレンシュタイン姉弟が訪れたのは食事処ではなく、薬剤系派閥【ディアンケヒト・ファミリア】の直営所だった。

ジャガ丸くんで半端に腹を満たしていたからだ。

 

それ故に『昼食を摂る為に店を探す』という行為に移行できず、マシロに突っ込む時間を与えてしまった。

つまり、『整備に出しに行った装備を、なぜ今も腰に携えているのか』という質問が飛んできたのである。

 

ヘスティア事件ですっかり記憶から抜け落ちていたアイズは焦る。

そして、上手い言い訳など考えられる訳もなく……。

 

「い、いいの。やっぱり良かったの」

 

「は?」

 

「その……もう整備して貰ってた事、忘れてて……」

 

「……脳に利く薬を買いに行くぞ」

 

という流れになったのである。

因みにマシロは「なんなら【戦場の聖女】に診て貰え」とも言っていたが、今の所、アミッド・テアサナーレを呼びに行く素振りは見せない。あコレに関しては流石に冗談だったのだろう。

 

今現在、ヴァレンシュタイン姉弟は、ポーションが売られている区画を物色していた。

一応目的は『脳に利く薬』との事だが、マシロは特別そんなものを探すつもりはないらしく、色とりどりの回復アイテムに目を滑らせている。

 

そして、アイズも既に『脳に利く薬』の事など忘れていた。彼女の目に映るのは冒険者御用達の、青色のアイテムのみ。

 

「あ、コレ安くなってる……」

 

一本のポーションを手に取り、【剣姫】は呟いた。

それは、普段愛用している物の上位互換。しかし、『ハイ・ポーション』程の効力はなく値段も手頃。

けれども大量購入が常故に普段は数本単位でしか買わない代物だ。

 

それが、以前見た時より随分と値下がりしている。コレならば大量買いもアリかも知れない。

なんて思っていると、横から覗いて来た弟に怪訝な顔をされる。

 

「……安くなってるってお前、コレ一本800ヴァリスもするじゃねぇか。いつもこんなの使ってんのかよ?」

 

「ち、違うよ? いつもはコッチ」

 

 

アイズはすぐさま弁解する。

金銭感覚が壊れていると思われるのは何となく嫌だった。

しかし―――。

 

「……670ヴァリスは十分高ぇよ。消耗品だって分かってんのか?」

 

「……そうかな?」

 

姉は首を傾げる。

確かにポーションの相場は500ヴァリス程度だが、自分が使っているのは、そこに120ヴァリスを加算した程度の物だ。消耗品である事を加味しても、十分許容範囲内だと思うのだが……。

それに、上には上がいる。

 

「ティオナは喉乾いた時用って言って、こっちの700ヴァリスの使ってるけど。味が良いんだって」

 

「バカゾネスが……。アレが物事の基準になる訳ねぇだろ」

 

マシロは心底呆れた様子で呟いた。

まあ、流石に味の好みで高めのポーションを買うのはアイズもどうかと思っていた……。

ティオネやベートも口を揃えてバカだと言っている。

 

「……なんだかシロ、ベートさんみたいな言葉遣いするね」

 

「……は? してねぇ。気色悪いこと言うな」

 

「……? そう?」

 

アイズにはベートとの違いが分からなかった。

しかし、弟が嫌がっているのならもうこの話題には触れまい。

 

「シロはどれ使ってるの? 私のお勧めはコレ」

 

「ジャガ丸くん味……。お前やっぱ頭イカレてんだろ」

 

「心外……」

 

そんな会話をしていて、アイズは不意に気が付いた。

あれ? いつの間にか私、この子と普通にしゃべってるよ・と。

 

自覚してからは急にフワフワした気分になった。

普通の姉弟の様に気の置けない会話。ずっとずっと求めていた事を今、実践している。それも、気負う事なく極自然にだ。

 

楽しい。

どうしようもなく楽しいと、そう感じた。

 

マシロはどう思っているのだろうか。

楽しいと、思ってくれているのだろうか?

そんな事を考えるが、アイズは心の中で首を振る。

 

いや、恐らく彼の事だ。特に何の感慨も抱いていないのだろう。

でも、それでいい。

 

今はそれで十分。

少なくとも、心は許してくれているのだから。

 

アイズは、その後も自然体で話し続けた。

自然に声を出し、自然に微笑み、自然にポーションを指し示す。

この空間を壊さない様に、バクバクする心臓を抑え付けながら、細心の注意を払って。

 

そしてそれは、店を出た後も続いた。

 

会話の流れで様々な店に入り、商品を物色する。

前からコレが気になっているとか、コレは要らないだとか、コレの用途は何なんだとか。

基本はアイズから話を振り、時にはマシロの呟きを拾って、なんて事ない不毛なやり取りを続けた。

 

しかし、お互い冒険者だけあって話題は次第にダンジョンに関したモノに切り替わる。

地味に助かるアイテムはなんだとか、最近の武器・防具のトレンドはなんだとか、ダンジョンでこんな事があっただとか、珍しいドロップアイテムを手に入れただとか、そんな留めない話だ。

 

会話とは共同作業。

一人がその気でも、もう一人にその気がなければ成立しない。

つまり会話が成り立っている時点で、マシロにはアイズと時間を共有する意思があると言う事になる。

 

以前なら想像も出来なかった事だ。

勇気を出して良かった。そう思う。

アイズはリヴェリアやフィンに心から感謝した。

私に一歩を踏み出させてくれてありがとう・と。

 

そして、気が付けば夕方になっていた。

少し早めの夕食を摂っても問題ない時間だ。

アイズは決める。

このまま最高の気分で今日という日を終えようと。

 

 

 

「シロ、ご飯食べない?」

 

「……まあ、昼食も食ってないしな」

 

二つ返事で了承が返って来た。

そうだ。お昼も食べていないのだ。殊更断る理由がない。

すべての風向きが此方に向いて来ている。

 

 

……アイズ・ヴァレンシュタインは、そう思っていた。

 

 

しかし実際は風など吹いていなかったのだ。

いや、正確に言うのなら吹いてはいた。

 

しかし、その風を、流れを、他でもないアイズ自身がぶち壊してしまう。

 

 

そんな未来が待ち受けていたのだ……。

 

 

 

そして遂に辿り着く。食事処の扉が開く。

それは地獄の入り口が開いたのと同義だったが、この時のアイズに知る由はなかった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ! ようこそ『豊穣の女主人』へ!」

 

 




お読みいただき、ありがとうございました。

前書きにも書いた通り、あと一話このお話が続きます。
恐らくは近日中に投稿できると思いますので、よろしくお願い致します。


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