剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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六回目の投稿になります。

今回のお話で一応『デート編(?)』は終了となります。対して情報量もないのに四回もかかってしまって申し訳ありません。

それではよろしくお願い致します。


第五話

『豊穣の女主人』。

 

それは、迷宮都市オラリオに店を構える冒険者向けの酒屋だ。

 

酒屋と言っても提供される料理の種類は豊富で量も多い。適当に一品二品注文するだけでも十二分に腹を満たす事が出来る。

 

加えて味も絶品だ。

接客する店員たちが軒並み美人ということもあり、ロキ・ファミリアの打ち上げでは大抵この店が使われていた。

ほぼほぼ主神の独断だが、文句を言う団員は一人もいない。

 

かくいうアイズも、この酒場はお気に入りだった。

いつ来店しても美味しい料理が食べられると言う安心感がある。

最高の思い出を作るという一点に於いては申し分ない。これ以上の食事処もそうないだろう。

 

しかし、懸念もあった。

それは……。

 

「いらっしゃいませ! ようこそ『豊穣の女主人』へ!」

 

働いている店員たちが可愛すぎる事だ。

 

例えば、ちょうど今、アイズたちを出迎えてくれたこのウェイトレス。

鈍色の髪を持つ可憐な少女は、とても女の子らしい女の子だった。

 

容姿もそうだが、声も、仕草も、表情も、全てが男心に突き刺さるあざとさを持っていると、ロキは絶賛している。

アイズ自身もその通りだと思う。

そんな女の子代表のよいな店員は、アイズを認めて片手を口に近付けた。

 

「わあ、【剣姫】様じゃないですか! 今日はお一人で? ファミリアの方は一緒ではないんですか?」

 

普段、集団でしか訪れない故の質問だろう。

アイズ・ヴァレンシュタインが一人で来店するという考えがそもそもないのだ。

そんな店員に対し、アイズは静かに首を横に振った。

 

「今日は、私とこの子だけです」

 

「おりょ? この子?」

 

店員の視線が落ちる。

そして、視界に弟が映ると、クスリと笑った。

その所作がいちいち可愛くて、アイズはハラハラする。

 

「なるほど、弟さんとデートですかぁ。いいですねぇ。仲睦まじくて」

 

そして、彼女はマシロに話を振った。

わざわざ膝を折って……弟の低い位置にある顔と視線を合わせる。

アイズは、彼を背中に隠したい欲求を必死に堪えた。

 

「……」

 

そう、これが唯一の問題だ。

 

ひたすら可憐な彼女に、マシロの心が奪われてしまわないか……それが心配だったのだ。

 

いや、彼女だけではない。

この酒場の店員は皆美人だ。

しかも接客のプロ。

愛想の良さは自分とは比較にならないだろう。

 

男なら誰しもがコロッと行きかねない可憐な店員達が相手では、マシロが心奪われたとしても文句は言えない。

寧ろ、自然な成り行きである様に感じる。

 

そんな懸念材料がありつつもここを選んだのは、マシロにとっても馴染みのある店だったからだ。

初めての店より居心地は良いだろうし、勝手も知っている。

只でさえ自分と出かけると言うイレギュラーに巻き込んでいるのだ。

少しでも彼の心労を減らそうと言う配慮だったが……。

 

正直今は後悔している。

現に今、鈍色の少女の花のような笑顔が、弟の目の前にある。

数多の男を一撃で落としてきたであろう女神も逃げ出す様な笑顔が。

 

「良かったですね。こんな美人なお姉さんとデート出来て。楽しかったですか?」

 

「……」

 

しかし、アイズの心配は杞憂に終わった。

弟は、プイッとそっぽを向いたのだ。

 

「ありゃ?」

 

見るに、恥ずかしくて顔を背けたと言う訳でもなさそうだ。

頬は赤くないし、何より眉間にシワが寄っている。

それに、店員が『もしもーし』と手を振る度に、シワはどんどん深くなっていった。

 

「シル。お客様をいつまでも扉の前に立たせておくのは不作法だ」

 

ここで、他の店員からの咳払いが飛んで来た。

 

「そうだね、リュー。ごめんなさい【剣姫】様。こちらです」

 

「あ、はい」

 

そして、カウンターの席に通される。

早めの時間帯という事でテーブル席も空いていたが、今後団体客が来ることを見据えての判断だろう。

 

本当は、鈍色の店員がアイズの機微を読み取り気を利かせた結果なのだが、そんな事には露ほども気付かず隣の弟に姉貴風を吹かせた。

 

「シロ、さっきのは失礼……だよ?」

 

「うるせぇな……。俺はアイツが嫌いなんだよ」

 

「え?」

 

「特に親しくもない癖に馴れ馴れしい。甘ったるい声も反吐が出る」

 

その発言にアイズは「はっ」とした。

『特に親しくないのに馴れ馴れしい』。

それは今の自分にも当てはまるのではないか・と。

 

アイズとマシロは姉弟ではあるが、現状『親しい』とは言い難い状態だ。

これは、『これ以上馴れ馴れしくするようなら嫌うぞ』というメッセージなのではないか……。

 

「そ、そこまで言わなくても……。こ、声は仕方ないと思う……思いますし……」

 

「は?」

 

「あはははは」

 

珍妙な言葉回しになったアイズに胡乱な顔になるマシロ。

そんなヴァレンシュタイン姉弟の席に鈍色の少女が注文を取りに来た。

ついでにお冷も置かれる。

 

「なんで【剣姫】様が余所余所しくするんですか? 余所余所しくしなきゃいけないのは私ですよ?」

 

「は、はい」

 

ぷしゅーと、頭から湯気が出る。

 

「それで、ご注文はお決まりですか?」

 

「えーっと、この蒸かし芋の盛り合わせと、ほうれん草とチーズのグラタン……シロは何が食べたい?」

 

「……任せる」

 

「じゃあ、若鳥のグリルとトマトスパゲッティを」

 

「かしこまりました! 因みに、本日は良いお魚が入ってますので、お刺身なんかもお薦めですよ?」

 

「私はこれで十分ですし、この子は生魚が得意じゃないので……」

 

「そうでしたか。では、少々お待ちを」

 

終始笑顔のまま注文を取り終えたウェイトレスは笑顔のまま厨房に戻る。

第三者がいなくなった瞬間、マシロがボソッと呟いた。

 

「……よく覚えてたな。生魚ダメだって」

 

「う、うん」

 

寧ろその程度の事は覚えていて当たり前なのだが、マシロからすればそうではないのだろう。そもそも、四年近くもまともに口を利かなかったのだ。そんな相手の趣向など普通は覚えていない。

 

 

ヤバイ、引かれたかも……。

 

 

と思いつつ、アイズはもう一つ思いついた可能性について尋ねる。

 

「もしかして、大丈夫になってた?」

 

「いや、食えん」

 

「そう」

 

アイズは、ホッと肩を撫で降ろす。

が、直ぐにそれでは駄目だと自分に言い聞かせた。

 

油断するな。気を引き締めろ。

なんだか良い感じの雰囲気には成っているが、だからと言って調子に乗れば全てが水の泡だ。

 

第一、良い感じというのもアイズの主観でしかない。

それに、ヘスティアとの一件ではアイズは明らかに暴走気味だったのだ。それについてのフォローも碌にしていない。

 

マシロが特に突っ込んでこないので放置していたが、冷静に考えれば嫌がられていても不思議ではないのである。

 

思い出せ。

あくまでも今日は前座。今日仲良くなれなくても次がある。

だからもう黙ろう。

これ以上頑張らず、欲張らず、いつも通りの『冷たい姉』に戻ろう。

大丈夫、もう戦果は十分。

ここからは消極的なぐらいで丁度いい。

 

攻めてボロを出すよりはずっと良い。

 

そう決めた瞬間、タイミング良く……いや、悪くマシロが話を振って来た。

 

「……じゃ、ジャガ丸くん以外なんか好物あんのか?」

 

「……別に」

 

それで会話は終わった。

心苦しいがコレで良い。

 

丸くなったマシロの目の中に、『悲しみ』の色が混ざっていた様な気もしたが、自惚れだ。あまり自分の都合の良い様に考えるな。

鋼の意思でそう言い聞かせ、アイズはフォローも言葉も喉の奥で封殺した。

 

再び沈黙が落ちる。

先程迄まがいなりにも談笑していただけあって、やけに重たく感じられた。

 

そんな中、料理が届く。

良い匂いだ。エルフの店員がそれぞれの前に皿を置く。

 

思わず「おいしそうだね」と声をかけそうになるのも堪え、アイズはそそくさと手を合わせた。

いただきますをして、食べる。

 

「……おいしい」

 

ホワイトソースとチーズの旨味が口一杯に広がり、思わず声が出た。

やっぱりここの料理は絶品だ。

 

マシロも満足している様で、心なしか表情も明るい様に見える。

鶏肉にかぶりつくさまは年齢相応の幼さがあって凄く可愛かった。

だから、左手で右腕を物理的に抑える。

 

そうしていないと、今にも身体が弟の方へ動き出してしまいそうだったから。

必至に堪えて、アイズは食事に舌鼓を打った。

そして、お互い大体メインどころを食べ終えた所で、つい気が緩む。

 

「おいしいね」

 

話しかけてしまった。

 

「ああ」

 

幸い、気分を良くしているのは弟も同じらしい。

彼も素直に、寧ろ少し食い気味に肯定してくる。

そして、暫く無言を貫いた後、マシロは何か言い出し始めた。

 

「……その、なんだ」

 

「……?」

 

とても言い辛そうだ。

というか、恥ずかしそうだ。一体何を言うつもりだろう。

アイズは無言で続きを促した。

 

「今日は……いろいろ気を遣わせた。スマン」

 

「……!」

 

彼から告げられたのは謝罪の言葉だった。

『いろいろ気を遣わせた』。

つまり、今日のアイズの行動すべてを、彼女自身の厚意からの行動だと受け取ってくれていた様だ。

 

しかし、その後に続く言葉は『スマン』。

『今日は俺の誕生日だから、本当は嫌だが気を回して一日付き合ってくれた』。

と、要はそんな感じの解釈をしているのだろう。

 

嫌がられていなかった。寧ろ感謝されていたのは喜ばしい事だが、同時に全く嬉しくない勘違いもされている。

誤解を解くために口を開くべきか、それとも次回以降に回すべきか、判断しあぐねていると、彼の言葉はまだ続いた。相変わらず歯切れの悪い、途切れ途切れの声だった。

 

「……悪くなかった。その……た、楽しかった」

 

キュンと、胸がときめく。

楽しかったと、確かにマシロはそう言った。

嫌いは素直に言うが、好きとは言えない弟がだ。

 

その言葉を口にするのに、彼は一体どれ程の胆力を振り絞った事だろう。どれほどのプライドと羞恥心、気恥ずかしさを振り払ってくれた事だろう。

 

大袈裟だと思われるかも知れないが、彼にとってはそういう事だ。

だから、アイズは弁明等どうでも良くなった。

そんな事は脳内から消し飛び、ただただ、衝動のまま動きたいと。

 

そして、その願いは、マシロの次の言葉で成就する事になる。

理性を取り払うと言う形で。

 

 

 

 

「………ありがとう」

 

 

 

 

気が付いた時にはもう、アイズはマシロを抱きしめていた。

 

恥ずかしそうに言葉を絞り出した弟の小さな体を、逃げ場などない程ガッチリとホールドする。

Lv.3の力を持ってしても振りほどく事は不可能。

真実、今のアイズに抱擁を解くなど考えられなかった。

 

もうずっと、こうしていたかった。

けれど―――。

 

「あ、アイズ……?」

 

マシロの困惑の声。

その中にほんの少しだけ『怯え』が含まれているのを聞いて、アイズは我に帰った。

そして、心臓が冷える。

 

 

 

 

やってしまった……。

 

 

 

 

 

やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまった。

 

 

 

 

アイズは悔恨の念に駆られた。

 

抑えきれなかった。

制御できなかった。

愚かにも、自分の欲求に突き動かされて、最も愚かな選択をしてしまった。

 

【剣姫】の脳裏に【九魔姫】の忠告が蘇る。

 

:::

 

『最後に、禁止事項について話しておく』

 

『その名の通り、絶対に侵してはならない行動の一覧だ』

 

『頭を撫でる、身長を指摘する、可愛いと告げる……等々、様々な禁止行為は存在するが、それらは最悪犯しても良い。数回程度なら誤魔化しも効く』

 

 

『だが、抱擁。つまり抱きしめるのはまだ早い。これだけは我慢しろ』

 

 

『マシロが何かに轢かれそうになり、抱き寄せた結果近い体勢になると言うのなら話は別だが、何もなくただただ抱き締めれば言い訳不可能だ』

 

 

『良いか? 今のお前達の関係で、脈絡もなくソレをやれば、取り返しがつかない。大袈裟ではあるが、それくらいに考えておけ』

 

 

:::

 

次の瞬間、アイズは突き飛ばす様に抱擁を解く。精神力の全てを振り絞ってソレを成した。

 

もしこのまま抱き締め続けていたらどうなっていたか。

一体どれほど愛を、一方的に叩き込んでいたか分からない。

だからアイズは弟から離れた。

 

離れて……そのままの足で、店を飛び出した。

 

 

背後から聞こえてくるマシロの声に、一切耳を貸さずに。

 

 

 

「おい、待てアイズ! テメェ会計はどうする気だ⁉」

 

分からない。

 

 

わけが分からない……。

 

 

 

急に抱きつき、突き放し、急に店から出て行った姉に対して、マシロは理解が追い付かなかった。

 

ただただ、止まるように叫ぶ自分の声だけが店内に虚しく響く。

酒場にいる全ての人間の視線がマシロに集まった。それ程の声量だったが、姉は立ち止まる素振りなどひとつも見せず……。

 

そもそも弟の声など耳に入っていないと言わんばかりの速度で、彼女の後ろ姿は遠ざかって行ってしまった。

 

 

完全に姉の姿が見えなくなった後、呆然とした頭でマシロは考える。

まさか、姉は最初からこうするつもりだったのか・と。

最初から自分に擦り付けるつもりで……。

 

けれど、直ぐに反論意見も浮かんできた。

 

そもそも第一級冒険者が、他人を嵌めてまで代金を踏み倒すだろうか。

確かに『豊穣の女主人』は相場より代金が高いが……それでも、彼女の財力なら支払いなど余裕だろう。

如何に金欠であったとしても、たかだか食事代が払えない第一級冒険者など聞いたことがない。

 

なら……単純に嫌がらせが目的で……?

俺が気に食わないから料金の高いこの酒場に連れて来て……。そもそも、今日俺に付き合ったのは全部この為の……。

 

マシロの思考は遂に行き着く所まで行く。

幾らなんでも流石にそれはないだろうとは思いつつ、一度勘繰ってしまえば、その疑いは直ぐには払拭できなかった。

実際、アイズ・ヴァレンシュタインは弟を置き去りにしているのだから……。

 

マシロはすっかり疑心暗鬼になっていた。

そんな折、間の悪いことに、二人の店員が近づいて来る。

鈍色の髪のヒューマンと、薄緑色の髪のエルフだ。

 

彼女らの気配に、マシロはびくりと肩を震わす。

動揺を隠す余裕は、今の彼にはなかった。

 

こんな状況だ。店側には、食い逃げを疑われているに違いない。

十中八九、代金の催促が始まるだろう。

 

マシロは顔を青くしながら財布の中身を確認する。

正直……ここの代金としては少々心許ない印象を受けた。

キチンと数えた訳ではないので断定はできない。

けれど、一人分ならともかく、アイズの分も支払うとなると、数ヴァリス足りない可能性が充分にある。

 

そして、僅かとは言え代金が払えないとなると、ミア・グラントが……。

 

かつて、悪酔いした【凶狼】を一撃で沈めた店主の剛腕を思い出し、マシロは盛大に身震いする。

そんな様子を察してか、鈍色の店員が心配そうな顔で訊いて来た。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ! 最悪ロキから貰った金に手を付ければ……!」

 

そうだ。

マシロ自身の手持ちではギリギリ足りない可能性もあったが、主神から貰ったお小遣いを使えば問題なく支払える。

 

これに手を付ける気はなかったが、背に腹は代えられない。

この時ばかりはロキが本当に女神に思えた。

 

「いえ、お代の事じゃなくて……」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

「お姉さんに出ていかれて、その……すごく悲しそうな顔をしてらしたので……」

 

 

 

 

 

 

 

息が詰まった。

 

 

 

 

 

 

マシロは、比喩抜きで数秒間呼吸を忘れてシル・フローヴァを見つめていた。

 

悲しそうな顔だと?

この女は何を言っている。

ふざけるな。ありえない。そんなわけがない。

 

今の一連の出来事の何処に、悲しむ要素があったというのだ。

感じているのは怒りだ。不満だ。

悲しみ等とは正反対の物だ。

だから―――

 

「あの……」

 

 

だからそんな、哀れんだ目で……俺を見るな。

 

 

マシロは溢れんばかりの感情が萎んでいくのを知覚した。

何故かは分からない。

普段なら、哀れまれたことに怒りが込み上げる筈なのに。それを表に出す筈なのに。

そんな気力が、どうしても沸いてこなかった。

 

 

「……代金だ」

 

ただ、そう言ってヴァリスを鈍色の店員に手渡す。

 

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

「邪魔したな」

 

そして、誰とも目も合わせず、彼自身も店を後にしたのだった。

 

 

:  :

 

「はぁ……はぁ…はぁ……!」

 

 

アイズはヤケクソに走っていた。

目的地などない。

ただひた走る。

そうしていないと、胸が引き裂かれてしまいそうだったから。

 

やってしまった。

 

アイズは胸中で、後悔の念に苛まれていた。

 

禁止事項を侵してしまった。

いや、そんな事よりも、あの子を置いて来てしまった。

これではまるで押し付けだ。

代金の支払いを押し付ける為に連れまわした。そう取られても仕方がない。

 

なんて酷い事をしてしまったんだ。

楽しかったと言ってくれたのに。

こんな私に、ありがとうと、照れながらも言ってくれたのに。

 

あの子の気持ちを完璧に踏みにじってしまった。

 

最低だ。私は……!

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ」

 

次の瞬間、アイズは誰かにぶつかり尻餅を付く。

迂闊だ。

全く周りが見えていなかった。

下を向いていたのだから当然だが……。

 

「す、すみません! 大丈夫ですか⁉」

 

慌てて手を差し出して来るその人は、格好を見る限り新米の冒険者の様だった。そして若い。多分年下だ。

 

「ごめんなさい……大丈夫だから」

 

少年の手を取り立ち上がったアイズは、お礼を言おうと彼の顔を見た。

すると、綺麗な紅色の瞳と目が合った。

そして兎を思わせるフワフワの白髪。

どちらも覚えがある。

 

「君は、あの時の……」

 

そして、覚えがあるのは向こうも同じようだった。

 

「あ、あああああ、アイズ・ヴァレンシュタインさん⁉」

 

そんなふうに彼は驚いていたが、直ぐに気づかわし気な視線を向けて来る。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

「……」

 

何が? とは思わない。

明白だ。だって、自分は今、ボロボロと涙を流しているのだから。

 

いつもなら「大丈夫です」とでも言ってこの場から離れていただろう。

しかし、アイズにはこの少年に謝らなければいけない事があった。

 

ぶつかってしまった件の他に、先日ファミリアの不手際で、彼を危険な目に遭わせてしまっているのだ。

その事を謝罪しなければいけない。

 

いつもより鈍い脳味噌で緩やかにそう結論付けたアイズ。

しかし、緩慢だったが故に、アイズはタイミングを逸する。

先に、少年の方に口を開けられてしまった。

 

「何かあったんですか? その……お話ぐらい聞きますよ……?」

 

「え?」

 

訊き返すと、彼は慌てたように両手を振った。

 

「ああ、いえ。別に深い意味とかはなくて……! ただ、誰かに話すだけでも楽になると思って……」

 

「……どうして? 私、他人だよ……?」

 

「いや……僕からしたら他人じゃないと言うか、何と言うか……」

 

「……?」

 

盛大に顔を赤くする彼に、アイズは首を傾げる。

 

「その……凄く辛そうな顔をしてるので、何か力になれたらと……」

 

「……」

 

台詞だけを聞けばその辺にいる『なんぱ男』なるものとも取れなくはなかった。

しかし彼等と違って、この少年には全く不快感がない。

それは彼が邪な気持ちではなく、ただ純粋な善意でそう言っているからなのだろう。

 

 

アイズには少年が眩しく思えた。

自分と違い綺麗な心を持っている……。

彼と話せば、この腹の底に渦巻いている思いとも、折り合いを付けられるかも知れない。

 

 

 

そんな気がして、アイズは滔々と、今日の出来事を話し始めた。

 




お読み頂きありがとうございました。

そして、長らく『デート編』にお付き合い頂きありがとうございます。次からはもっと短くまとめられる様に頑張りますので、よろしくお願い致します。



また、一種の区切りがついたという事で、ここでヴァレンシュタイン姉弟がお互いをどう思っているかについてまとめておきたいと思います。




アイズさん:
只ひたすらに可愛いと思っている。あくまでも家族愛の範疇で恋愛感情ではないのいで、一線を越えたいとは思っていない。
マシロの背が低すぎるせいで、アイズさん的には小学校低学年と接している感覚に近い。その為、身体同士の接触に対する忌避感が薄く、過剰スキンシップを求めているのはその為。独占欲の異常な強さもこの辺りが一つの要因。


マシロ:
嫌われている・若しくは興味を持たれていないと思っていたが、そうじゃないかもと思い始める。が、今回のラストの件で絶賛疑心暗鬼中。
そして、自身も既に姉の事はどうでも良いと思っていたが、今回のデート中に、どうもそういう訳でもないらしいと気づき始める。しかし、捻くれ者のマシロはそんな感情を認められず。、けれど、シルさんにダメ押し喰らって、頭グチャグチャという感じです。
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