長らく投稿できませんでしたが頑張っていきますので宜しくお願い致します。
「お姉ちゃん!」
銀髪の少年は、金の髪を持つ少女に駆け寄った。
ダンジョン帰りで疲れているであろう十二歳の女の子に、タックルをかますかの様な勢いで突っ込む。
少女は衝撃を完璧に殺し、その小さすぎる身体を抱き留めた。
少年の顔には満開の花が咲く。
「おかえり!」
「ただいま」
少女は慈しみの表情を向けながら、何度も彼の頭を撫でた。
「まだ起きてたの?」
もう夜も遅い。
多くの冒険者は宴だ何だでまだまだ騒いでいる時間だが、齢八歳の歳の子供は睡魔に負けているべき時間帯だ。
「うん、お姉ちゃん帰って来るの待ってたの!」
「そっか」
当然と言わんばかりに胸を張る少年は、確かに少女が帰ってくるまで眠りに落ちた事は一度たりともなかった。まるで、姉の生存を確認するまでは寝付けないと言わんばかりに。
少年は嬉しそうにおねだりを始める。
少女は身振り手振りで察しがついたらしく、ソファーに座り、自分の膝をパンパン叩いた。
そこに、ストンと小さなお尻が座る。
これが彼の特等席だった。
少女は後ろから、そっと少年の身体に腕を回す。シートベルトの様に、がっちりと。
「どうだった?」
上を向いて、少年は訊く。
「いっぱい倒してきたよ」
少女の返事に、少年は更に質問を続けた。
「怪我してない?」
「うん、してない」
実際、少女の身体に目立った外傷はなかった。
ただ、服はいつもより汚れている印象を受ける。
それを指摘すると、少女は微笑みを零しながら人差し指を唇に当てた。
「リヴェリアやフィン達には内緒だよ」
そう前振り、教えてくれる。
いつもより少し深い階層まで潜った事を。
そして、怪我こそしてないがモンスターに吹っ飛ばされる事はあったらしい。
「無茶しないで? この辺? 痛い?」
少年は泣きそうな顔で身体を捻り、少女のお腹辺りを摩る。
その瞬間、彼の身体にかかる圧力が強くなった。少女の力が強くなったのだ。
顔を上げると、少女の顔はすぐそこまで迫っており―――。
すかさず額の辺りに小さな熱を感じた。
そこに口づけを落とされたと理解した瞬間、次は頬に大きな熱が。
今度は頬擦りだ。頭にも手を回され、とても逃れられそうにない。
少年は口を尖らせた。
「むぅ……。それ、もう嫌」
「え」
少女は驚きの声を漏らす。
「ど、どうして?」
「なんか、嫌」
少女がシュンと肩を落とした。
そして、背中に回した腕の力も緩めようとするが……。
「それはいい」
「……ぁ」
即座に彼は少女の身体にしがみついた。
どうやら、特等席からは離れる気がないらしい。
少年を抱きしめる腕に、力が戻った。
「よかった」
少女はホッとしたのち気が付く。
少年が俯いたまま顔を上げない事に。
首を傾げどうしたのか尋ねると、少年はおずおずと口を開いた。
「ねえ、まだモンスター嫌い?」
「!」
「まだダンジョン行く?」
「……いくよ」
「どうしても?」
「シロは嫌だ? 私がダンジョンに行くの」
「やだ」
即答だった。少女は困った顔になる。
「駄目だよ。モンスターはお父さんとお母さんの仇だから。この世に存在してちゃいけないものだから」
「……僕、お姉ちゃんが死んじゃう方が嫌だ」
「……」
「あ、お母さんたちが死んで良かったって言ってるんじゃなくて……」
「分かってるよ……」
「うん」
弁明する少年の頭を少女は撫でる。
ホッとした彼はそのまま少女の腕の中で眠りに落ちた。
それが、仲の良い姉弟の最後の会話となった。
: :
「そんで、訳分からんよーになって飛び出してもうたっちゅうわけか……」
「うん……」
纏めるように放たれた朱色髪の主神の台詞に、アイズ・ヴァレンシュタインは気落ちした顔で頷いた。
ここは【ロキ・ファミリア】の本拠地。その執務室だ。
彼女らの他にフィン、リヴェリア、ガレスの姿もある。
全員が神妙な面持ちだった。
「まずいね」
「ああ、致命的だ……」
「まさか一回目にして禁止事項を破るとはのぉ……」
「ご、ごめんなさい」
耳の痛い指摘にアイズは身を小さくする。
けれど内心、仕方がなかったとも思う。あの可愛さは反則級だ。
あんなものを不意打ちで喰らって身体が動かない者等いるのだろうか?
まあ、そんな者は腐る程いるだろうが、ブラコンアイズにとってはまごう事なきクリーンヒットだった。
寧ろ直ぐに正気に戻って抱擁を解いた事を褒めて欲しいぐらいだ。
けれど、胆力を振り絞ったが故に、事態は悪化した。
「そこで逃げ出さなければ案外なんとかなったかも知れないね。これまでの話を聞く限り、マシロは思ったより君に心を開いている様だ」
「ほ、ほんとうに……?」
フィンの考察に表情を華やがせるアイズ。
そんな【剣姫】に、リヴェリアは頭痛を覚えながら現実を突きつけた。
「あくまでも、逃げ出さなければの話だ。お前が走り去った事で、マシロはどう考えたと思う?」
「その……お金も払わず出て行っちゃったから、代金を払わせる為に連れて来たって……」
「そうだな。盛大に困惑した後、その様な考えに行きつくだろう。寧ろ、それ以外に考えられるパターンがない」
アイズ・ヴァレンシュタインは第一級冒険者。
幾ら値段設定の高めな酒場と言っても、金欠で支払えない等ということはまずないだろう。
だから、浮上するとすれば『嫌がらせ』の可能性だ。
当然支払いは可能だが、嫌いな相手を困らせる目的で一連の行動を取ったと考えると、一応の筋が通ってしまう。
「直前の抱擁に関してもだね。より大きい精神的ダメージを与える為の布石だったと、そう捉えられている可能性が高い」
「つまり、お前の秘めたる思いを察して機嫌が直るという期待も望み薄という訳だ」
リヴェリアとフィンが相互に言葉を連ねる。
そして、総括する様にガレスが口を開いた。
「まあ、そもそも、金勘定というデリケートな問題でやらかしておるのはアイズじゃ。現状、謝罪一択しかないじゃろうなぁ」
「ウチもガレスの言う通りやと思うで~。金の事に関しちゃ、マシロは間違いなく厳しい部類やしなぁ。昨日上げたお小遣いも、おかえりした瞬間付き返されたわ」
第一級冒険者のドワーフに同調する形の主神に、ファミリアの団長は大きく頷いた。
「そうだね。まずはそこからだろう。アイズ、マシロが立て替えた金額は分かるかい?」
フィンの問いにアイズは答える。
「うん。あの後お店に戻って店員さんに聞いたから」
昨晩、ベル・クラネルなる少年に話を聞いて貰い、多少なりとも落ち着きを取り戻したアイズは、すぐさま『豊穣の女主人』に引き返していた。
店内には既に弟の姿は無く、こちらに気付いた店員に謝罪し代金を払おうとしたところで、彼が全額払ってくれている事を聞いたのである。
「だから、直ぐに戻って謝りに行ったんだけど……」
そこまで言ったアイズの瞳に、ジワリと涙が滲んだ。
昨晩の出来事を思い出しているのだろう。この様子を見るだけで何が起きたのか想像できる。
「お金返して謝ろうとしたら、『要らねぇ』って……」
皆迄は言わなかったが、恐らく直後、乱暴に扉を閉められたのだろう。
たった一言拒絶の言葉と物理的なシャットアウト。
彼が意固地になっているのがありありと伝わってくる。
ガレスがヤレヤレと顎髭をさすった。
「取り付く島なしか……。どうするフィン? 儂らが出張って金だけでも受け取らせるか?」
しかし、団長が返答する前に、副団長による反対意見が飛ぶ。
「それでは意味がないだろう。返金も謝罪も、アイズが自分の手で行ってこそだ」
「とは言ってものぉ。今アイズだけに任せても、マシロが応じるとは思えん」
「それは……」
ガレスとリヴェリアの主張を汲み取り、フィンは結論を出す。
「そうだね。これは僕らの助けなくアイズが行わなければならない事だ。けれど、今無理に接触してもマシロは応じないだろう。寧ろ逆効果になりかねない。誰かさんに似て、アレも相当意固地だからね」
小人族の英雄はアイズに目をやり、困ったような含み笑いを浮かべた。
「多少、頭を冷やす時間を与えよう」
「つまり、今は何もせずそっとしとくゆう事か?」
ロキの問いに、フィンは頷く。そして、アイズに語り掛けた。
「不安かい? アイズ」
ドキリと、アイズの胸が鳴る。
そして、ションボリしながら首を縦に振った。
「う、うん……」
これまでそっとしておいた結果が今なのだ。
この期に及んでまた不干渉の一手を取る事に躊躇いを感じずにはいられない。
しかし、そんな心情を察していたのかフィンは落ち着いた声音で告げる。
「そう長い間放置する訳じゃない。僕らも同じ轍を踏む気はないからね。具体的な日数はマシロの機嫌次第だけど、案外直ぐに頭を冷やすんじゃないかな?」
「どうして……、そう思うの?」
不安そうに顔を上げるアイズに、フィンは穏やかな笑みを零した。
「言っただろう? マシロは思ったより君に心を開いているって」
「……」
不安がないわけではない。
ましてや弟が自分に心を開いているなど、アイズは素直に受け入れられなかった。
いや、受け入れたいが、此方の都合の良い解釈である気がしてならなかったと言うのが本音だ。
しかし、アイズは団長の言葉を信じることにした。
というより、幾度となくファミリアの危機を救ってきた【勇者】の慧眼に、縋る他なかったのだ……。
「うん、わかった」
: :
マシロ・ヴァレンシュタインはダンジョンに潜っていた。
金を稼ぐ為でも、研鑽の為でもない。
ただ自身の腹に燻っている苛立ちを発散する為だけに、数多の怪物達に八つ当たりをしている。
けれど、幾らモンスターを屠り去っても、幾度衝動に任せて剣を振り抜いても、彼のイライラは一向に収まらなかった。
だから、マシロは奥へ奥へと、下へ下へと突き進む。その道中で出現したモンスター達を等しく塵に還しながら。
薄暗い道を脇目も降らずに突き進んでいると、不意に人の声が耳朶を叩いた。
同業者が近くにいるのだろう。
そう予想しながら歩き続けると、通路を抜け出たルームのど真ん中で複数の冒険者がたむろしている光景が目に入った。
声の質を聞く限り、どうやら揉めている様だ。
というより、複数の冒険者が誰かを取り囲んでいるらしい。
その『誰か』は、彼ら自身が盾となって視認出来ないが……、とにかく恫喝されているのが分かる。
胸糞悪いと思い……。
そうは思ったが、マシロは一団の横を素通りし始めた。
薄情である自覚はある。
が、こんなのは別に珍しい光景でもない。
ダンジョンでは割と良くあること。
寧ろ義勇心にかられて下手に首を突っ込む方がタブーというものだ。
ファミリアにはそれぞれのやり方がある。
それを無視して無理に介入すれば、渦中の人間は更なる不幸に見舞われるかも知れない。
マシロは若いが歴とした冒険者だ。
当然、そんな光景も何回か見てきている。
まあ、流石に絡まれているのが同じファミリアの仲間や、そもそも囲んでいるのがモンスターであったなら、また話は違っただろうが。
そんな事を考えながら、彼等の横を通り過ぎようとした……その瞬間ーーー。
「待ちな」
集団の中から声をかけられる。
粗暴な声だ。
それが、マシロの背中を叩く。
マシロは振り返ったりはせず、足だけをその場に止めた。
「おい、どうした?」
「へへへ」
他の冒険者の怪訝そうな声がする。
どうやら、殆どの者は困惑しているらしい。
マシロを引き止めたのは集団全体の意思ではないという事なのだろう。
そして、マシロを呼び止めた男は、正面に回って舐め回すように彼の顔を凝視し始めた。
そして、「きゃは!」と嗤う。
「やっぱりだ! どっかで見たと思ったら昨日【剣姫】と街をぶらついてたガキだ!」
男は強引にマシロの腕を掴み、その小さな体を仲間に見えやすい様に掲げ上げる。
その言葉と、マシロの容姿を見て男達は沸き立った。
「マジかよ何者だ、そのガキ⁉」
「【リトル・アイズ】だよ! 【剣姫】の妹の!」
「妹? 弟じゃなかったか……?」
「どっちでも良い! 何にせよ、あの【剣姫】の身内だ! コイツを上手く使えばトンデモねぇ大金が手に入るぞ!」
「冒険者が身代金要求かよ! ダッセェ!」
「知ったこっちゃねぇ! ギャハハハハ!」
耳元で狂い笑う男。
それに釣られて他の冒険者たちも下品な笑い声を奏であげる。
そんな不愉快極まりない協奏曲の中で……、
マシロは静かに溜息をついた。
当然、それは男たちの耳には届かない。
だが、届こうが届くまいが、ゴングが鳴ったのは事実だった。
次の瞬間、宙に浮いていたマシロの足が地面に付く。
きつく掴まれていた右腕も自由になっている。
「は? なんでお前……」
代わりに、男の太腕は妙な方向を向いていた。
それは、決して曲がってはいけない方角で……。
「え、あ? ぎゃああああああああああ⁉」
漸く自分の状況を解釈出来たらしい男は、両膝を折って叫び声を上げた。
その絶叫に笑い声を掻き消された仲間たちは、漸く異変に気付く。
別の冒険者が、慌てた様子で殴りかかってきた。
「な、何だ⁉ 何しやがったクソガ―――」
が、台詞の途中で口内に歯と血液が舞う。
顔面に掌底を叩き込まれたのだ。
マシロのその一撃で、冒険者は簡単に伸される。
そして、その光景は先程の男の時とは違い、この場にいる全員が目撃した。
当然彼等の間で、分かり易く恐怖が伝播する。
「何を勝手に盛り上がってやがる」
マシロの呟きに、全員が震えあがった。
けれど、この状況でも未だ事態を飲み込めない人間は存在するもので……。
「もらったぁあ!」
そいつは、無謀にもマシロに対して剣を振りあげる。
が、それも腹を蹴飛ばして迎撃。
「まさかお前ら程度が、俺を攫えると思ってんじゃねぇだろうな?」
「ひ、ヒィィィイイ⁉」
凄味を効かせた声音に、遂に冒険者達は駆け出した。
無論、マシロとは逆方向に、蜘蛛の子を散らす様に・だ。
要は遁走を始めたのである。
それをいちいち追う様な真似を、マシロはしなかった。
男達が去り、ルームは静寂を取り戻す。
マシロも立ち去ろうとするが、その足は、再び人の声によって止められた。
「あ、あの……」
おずおず掛けられた言葉。
先程の男達に恫喝されていた人物の声だ。
高さからして恐らく女だろう。
マシロはやはり足を止めただけで振り返りはしない。まともに話を聞く気がないからだ。
「ありがとう……ございました」
その態度で察したのだろう。
それだけ言って、彼女の気配は遠ざかって行った。次第に足音も聞こえなくなる。
どうやら、マシロを『カモ』にするのはリスクが高いと判断したらしい。
賢明な判断だと言えるだろう。
マシロはLv.3。
先程少女を取り囲んでいた冒険者達とは比べるべくもない強者である。
その上で、所属はあの【ロキ・ファミリア】だ。仮にマシロ自身を出し抜くことが出来ても、ファミリアに告げ口をされれば終わりである。
マシロは少女の瞳を思い出す。
利用価値があるかないか、此方を品定めしていた冷たい瞳を……。
「ありがとう……か」
また、少女の台詞も反芻する。
奇しくもそれは昨日、自身が姉に対して放ったのと同音の言葉だった。
思わず乾いた笑みが込み上げる。
「心にもない事を言いやがる」
そして、マシロは吐き捨てるように呟き、今度こそ迷宮の奥へと歩みを進めるのだった。