剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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八回目の投稿となります。

また、この話から本格的に原作の時系列を無視した構成となります。申し訳ございません。


第七話

綺麗な金髪が視界の端に映る。

 

馴染み深くもあり、近寄りがたくもあるその金髪の少女の名は、アイズ・ヴァレンシュタイン。

迷宮都市オラリオにおける最強の女剣士にして、Lv.5の第一級冒険者だ。

 

この都市に於いて、知らぬ者などいないだろう程の有名人である姉。そんな彼女が、見知らぬ冒険者と歩いているという光景は、中々にスキャンダラスなものだろう。

マシロ・ヴァレンシュタインがそれを目にしたのは全くの偶然だったが、必然だろうが偶然だろうが、思わず二度見してしまうほど衝撃的光景だった事には変わりない。

 

冒険者の男は、アイズとそう変わらない背丈をしている。見る角度によっては完全に同じ頭の高さに見えるだろう。そのくらいに拮抗している。

しかし、歩き方、重心、身に着けている装備を鑑みるに、どう見ても釣り合っているようには見えなかった。

 

―――新人冒険者か……?

 

いつの間にか身を隠すように二人の様子を伺っていたマシロは、そんな見解を打ち立てる。

処女雪の様な白髪にゴリゴリの初期装備をした中背中肉の冒険者。ファミリア内では見覚えのない風体だ。恐らくは、他派閥。

 

そんな相手と朝六時という早い時間帯に、他でもないアイズ・ヴァレンシュタイン……つまり、【ロキ・ファミリア】の幹部が、人目を忍ぶような道を歩いている……。

進行方向から考えて、恐らく都市の市壁へと昇る階段を目指しているのだろう。

ファミリアの誰か……特にレフィーヤ・ウィリディスを始めとした【剣姫】の狂信者に見られたら大事になりかねない光景だ。

 

大派閥の幹部クラスが、他派閥の人間と密かに落ち合うなど褒められた行為ではない。無論、まったく関りを持つなと言われている訳ではないだろうが『戦力流出』や『情報漏洩』を疑われるような行為は可能な限り慎むべきだろう。

そして、そんな事はアイズも重々承知している筈……。

 

天然且つ世間知らずな所のある姉ではあるが、だからと言ってまったく一般常識が無いわけではないのだ。進んでファミリアに迷惑が掛かるような真似はしないだろう。

だからこそ、今の彼女の行動が引っ掛かる。

正直、単に他派閥の少年と歩いているだけと言えなくもないが、時間と場所が良くない。

これでは、誰にも知られぬように密会している……。そう勘ぐられても仕方ないだろう。

 

「……」

 

―――一応、後をつけておくべきか……?

 

【ロキ・ファミリア】の一員として、流石にその様に思案し始めた時だ。

背後から異様な邪気と「ぐぬぬぬ」という呻き声が聞こえて来た。

振り返ると、琴吹色の髪と白い肌、長い耳を持った若いエルフが、マシロの背中に数センチ空を残した程度の超至近距離で恨めしそうに歯噛みしている。

 

「なんだ、テメェ……⁉ いつから―――」

 

「シッ! 大きな声を出さないで下さい! アイズさんに気付かれてしまいます!」

 

細い指をマシロの唇に近付けながらレフィーヤ・ウィリディスは、小声で注意を促してくる。

しかし、猛禽類の様にギラめく瞳は此方を向いておらず、金の長髪と綿毛のような白髪を捉え続けていた。

 

「登って行きますね……。市壁の階段を……」

 

「……そうだな」

 

いつにもまして物々しい雰囲気のエルフに、マシロは思わず物怖じする。

彼女とは特別親しいわけではないが、同一レベルの前衛と後衛という関係上、パーティーを組むことは少なくない。実力もだいたい拮抗している為、ファミリア内で行う組手などの訓練を共に行うこともある。

だが、今のレフィーヤはその時のどれとも似つかわしない空気を醸し出していた。

故に、マシロは呆気に取られてしまった。

だから、容易く左腕をホールドされてしまう。

 

「おい、なんだ」

 

「なんだじゃありません!」

 

意味不明な行動を咎めるべくその様に問うが、逆に一蹴されてしまった。まるで此方が可笑しいと言わんばかりの勢いだ。

そして、グイグイと引っ張られてしまう。同じLv.3同士、こうも容易く運ばれる程圧倒的筋力差がある訳がないのだが……。

 

「どこの馬とも知れない冒険者が、アイズさんと密会してるんですよ⁉ きっと、やましい考えがあるに違いありません!」

 

階段の前まで来ると、壁に身を隠しながらレフィーヤが言ってくる。

なるほど。だから尾行して動向を探る・と言うのは分からない話ではない。実際マシロもその様にしようとしていた……が、『二人でやましい話をする』のではなく『少年の方にやましい気持ちがある』か……。

 

「馬鹿かお前。第一級相手に何かできるわけねぇだろ。誰が好き好んでゴリラのケツを触ろうとする」

 

マシロは、レフィーヤの主張を否定する。

確かに、アイズ・ヴァレンシュタインに下心を向ける冒険者は多い。というか、後を絶たない。ロキの言葉を借りるなら『アイドル的人気』というのを彼女は誇っているのだろう。

だが、その下心を持った数多の冒険者たちが、姉に危害を加えられるかと言えば答えはノーだ。最大派閥【ロキ・ファミリア】の団員にセクハラなどしようものなら、ファミリア総動員で報復されるだろう。何より第一級冒険者と言う上澄み中の上澄みを相手にそんな愚行をして、ただで済むとは思えない。

 

だから、レフィーヤの危惧するようなことはありえない。

そう説いたつもりだったのだが、琴吹色のエルフは安心するどころかワナワナ肩を震わせた。そして、次の瞬間―――。

 

「アイズさんはゴリラじゃありません!」

 

咆哮の如き大絶叫が朝の冷えた空気を震わせた。

当然、階段の中腹辺りに居たアイズ達の背中が止まる。彼女らの顔が此方へと向く前に、マシロ達は慌てて壁に隠れた。

 

「……? 今、誰かの声が聞こえた気がしたけど……」

「誰もいませんね……」

 

そんな会話が聞こえて来たと思えば、再び階段を登る音が響き始める。恐る恐る顔を出すと、小さくなっていく二人の後姿が確認できた。

露骨に胸を撫で降ろすレフィーヤに、マシロは当然苦言を呈す。

 

「馬鹿野郎、デケェ声出すなっつったのは何処のどいつだ? アイツ等がポンコツじゃなきゃ終わってたぞ」

 

「アイズさんはポンコツじゃ―――」

 

「だからデカイ声出すなっての……!」

 

今度はレフィーヤが黙る番だった。

不満げな顔をするアイズ大好きっ子に、マシロは立ち上がりながら告げる。

 

「今ので分かっただろ。ポンコツはともかくとして、あれだけ騒いでた俺達にも気付けない奴に、第一級冒険者をどうこう出来る力はねぇよ」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

レフィーヤの声はしおらしい。彼女自身、あの少年がアイズ相手に力ずくで何かできるとは思えないのだろう。当然だ。Lv.1と Lv.5では大人と子供以上の力の差がある。その隔たりに、『万が一』という言葉の介在する余地はない。これは慢心ではなく厳然とした事実だ。

反論がないことを確認し、マシロは踵を返す。

 

「分かったなら俺はもう行くぞ。続けたいなら一人で勝手にやってろ」

 

最初こそ、尾行しておこうとも考えたマシロだったが、レフィーヤが後を付けるなら自分がいる意味はない。第一、『他派閥の男と一緒にいる姉を尾行する』など、客観的に見てアレだろう……。具体的に何が『アレ』なのかは上手く表現できないが、なんというかこう……。

 

そんな事を考えていると、不意に後方に引っ張られ、進行を阻まれる。

見ると、レフィーヤの白い手が、ガッチリと此方の手首を掴んでいた。

 

「……なんのつもりだ」

 

「……心配じゃないんですか?」

 

「は?」

 

マシロは思わず胡乱さを隠さぬ声音を上げてしまった。

それ程、彼女の放った言葉が頓狂だったからだ。レベル差が四つもあると言うのに、何を心配する事があるというのか。

万に一つも、押し倒される可能性など皆無だろう。

 

だから、冗談で言っているのかと思えば、レフィーヤの顔は真剣そのものだった。

何も言い返せずにいると、彼女は艶やかな唇を動かして続ける。

 

「私は心配です。勿論、アイズさんとあのヒューマンのレベル差じゃ万が一にも間違いが起こらないのは分かっています。でも、億が一はあるかも知れない……」

 

その真摯な声音に、マシロはただ黙って聴くことしかできなかった。

 

「人の良いアイズさんのことです。無理にお願いされたら断り切れないかも知れません。だから、二人が上でどんな話をするのか、すごく……気になります」

 

流石にそんな事はないと思いたいが、姉は天然だ。正直、行動が読めない。それは、先日自分自身が改めて体感したことだ……。

そこまで考えて、ふとマシロは自嘲気味に嗤った。

 

―――いや、アレは俺が相手だったからか。

 

彼が思い出したのは先日の一件だ。

『豊穣の女主人』にて、代金をマシロに押し付けて逃げ出したあの明確な迷惑行為。

もし、あんな意味不明な行いを誰彼かまわず行っているとしたら、とっくに【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの名声は地に落ちているだろう。というか、そんな奴歩く地雷過ぎる。常識的に考えて、そんな人間がいるわけがない。

 

―――確かに、俺以外には人の良いアイズなら、頼み込めば……あるいは。

 

若干、胸の奥がチクリとした。こんな僅かな痛み、良く気付けたものだと密かに驚く。

 

「正直言って、私が感じているこの気持ちは……嫉妬なんだと思います」

 

「……なに?」

 

レフィーヤの口にした言葉はかなり意外なものだった。いや、彼女があのヒューマンに嫉妬しているのは意外でも何でもない。

マシロが意外だと思ったのは、嫉妬している事実を他者に打ち明けた事だ。種族的に自尊心の高いエルフが……というのもあるが、仮に自分がレフィーヤと同じ立場だったとして、そんな心の内を外に漏らすなんて考えられない。

 

「アイズさんは私の憧れの先輩で、血は繋がってないけどお姉さんみたいな人で……。だから、急に現れた彼に家族を取られてしまったような気がして……凄く、ムシャクシャしています。多分、あのヒューマンが他派閥の冒険者だから、余計にそう思うんでしょうね」

 

そういう感情になってしまうのはわかる……と、思う。身内を差し置いて、何故わざわざ他人を相手にするのか……と。あくまでも、一般論としては・の話だが……。

その様にレフィーヤの主張を咀嚼している最中、次いで奇想天外な物を口にぶち込まれた。

 

「マシロも、そうなんじゃないですか?」

 

「……」

 

「いいえ、私と違ってマシロは本当にアイズさんと姉弟なんだから、私よりずっと―――」

 

「何が言いたい……」

 

強めの語気で、マシロはそのセリフを遮った。これ以上言わせてはならないと、本能が警鐘を鳴らしたからだ。

いつもの彼女なら、ここで口を閉ざしていただろう。

しかし、今日は違った。今日に限ってめげずに挫けずに、聞きたくない言葉を言い連ねて来た。

 

「本当は、貴方も皆みたいに……アイズさんと―――」

 

気が付いた時には、既に身体が動いていた。

自身の右手が、琴吹色のエルフの胸倉を掴んでいる。嫌なことを言われ、カッとなって衝動的に動いた。それが、この最低な行動の結果だろう。

 

マシロは激しく動揺した。

 

その所為で、手を放すのが遅れる。

そして、彼女の顔を見てしまった。見てしまって、更に瞠目することになる。

目の前の少女が浮かべていたのは、怯えでも怒りでもなく――――『憐憫』の表情だった。

 

「……ッ」

 

右手から力が抜けていく。

自然と、レフィーヤは解放されて行き―――。

自由の身となったエルフは、マシロの行動をいっさい責めたりはしなかった。

 

「わ、わるい……」

 

「いえ、私も意地悪なこと言っちゃいましたね。ごめんなさい……」

 

何故謝る……? 今の一連の何処に、レフィーヤが謝るべき点が存在すると言うのだ。

すべて、マシロの未熟な心が引き起こしたアクシデントなのに……。

嫌な空気が流れる。

当然だ。他でもない、マシロ自身がこの空気を作った。きっかけとなったのはレフィーヤの言葉だが、引き金を引いたマシロが全面的に悪い。

正直、今すぐにでもこの場から立ち去りたかったが、最早そんな真似ができよう筈もなかった。

マシロは階段を覗き込む。もう、アイズ達の姿はない。今のゴタゴタの間に登り切ってしまったようだ。そっと、レフィーヤに囁く。

 

「行くぞ」

 

すると、彼女は驚いたように顔を上げた。

 

「え? 良いんですか?」

 

「拒否権ねぇだろ、俺に」

 

無論、『急に胸倉掴んでくるような野蛮人と一緒に行けるわけねぇだろ、ボケナス』と拒否されればそれまでだが、幸いレフィーヤは「じゃ、行きましょう!」と、階段を登り始めた。

その背中を追いかけながらマシロは思う。本当に人が良いのは彼女であると……。

 

 

: :

 

 

市壁上部へと到着する。

頂上へ近づくにつれて大きくなっていた金属音がかなり鮮明に聞こえて来る。

最早この段階で、二人が仲良く座って何かを話している訳ではないと察することができた。

マシロとレフィーヤは、無言で頷き合いながら物陰に潜んでアイズと少年の様子を伺う。

視界に飛び込んで来たのは、剣で打ち合う男女の姿だった。

雄叫びを挙げながら特攻をしかける白髪を、金の長髪が容易く往なしている。力関係は明確で、どう見ても姉が少年に襲われているといった様子ではない。

 

「こ、これって……」

 

【千の妖精】が呟くと同時に、兎の様にちょこまかと動いていた少年が、再びアイズに斬りかかった。しかし―――。

 

「動きが直線的すぎる……」

 

との言葉と共に、鞘を背中に叩きつけられる。

たったそれだけで、白髪の冒険者は地面に倒れ伏した。無理もない。峰打ちとは言えLv.5の一撃だ。下手な上級冒険者の攻撃より、よほど威力があるだろう。

地を這う少年の姿に、漸くレフィーヤも敵愾心丸出しの空気を解く。

 

「えっと、これ、もしかしなくても……」

 

「特訓……のようだな」

 

密会でも逢引でもない。何処からどう見ても『特訓』だ。

これでレフィーヤも安心するだろう。彼女が危惧したような俗なことは、一切行われていなかったのだから。

 

「……」

 

なのに。

だと言うのに、何故胸がモヤッとするのだろう。

というか、寧ろムカムカする……。

アイズに対してなのか、少年に対してなのかは分からない。だが、胸のモヤモヤはゆっくりと、しかし確実に大きくなっていった。

 

駄目だ。理由は分からないが、ここに留まっているのは精神衛生上よろしくない。

さっさと切り上げてしまうのが吉だろう。

そう判断して、マシロはレフィーヤに声をかける。

 

「良かったな。お前が危惧したことは何も―――」

 

すると、レフィーヤは、何故か小刻みに震えていた。その様子にギョッとしていると、掠れた声が聞こえて来る。

 

「……せん」

 

「は?」

 

「良くありません!」

 

アイズ達が直ぐそこにいると言うのに、レフィーヤは一際大きな声を上げた。ビクリと肩を揺らし、マシロは姉と白髪の様子を伺う。幸い、変わらず打ち合いを続けている二人には、今の声は届かなかったらしい。

胸を撫で降ろし、キッと睨む。

だが、アイズ大好きっ子は、それ以上に吊り上がった眦で地団駄を踏んだ。

 

「なんなんですか、なんなんですか、あのヒューマンは! なんでアイズさんと二人っきりで特訓してるんですか!」

 

「お前みたいに騒ぐ連中が沸いて来るからだろ」

 

冷静に返すと、ズイッと顔を近付けられた。

 

「そりゃ、騒ぎますよ! 私だって滅多に特訓して貰った事ない……というか、恐れ多くて頼めないのに! 羨まし過ぎます! 厚かましいにも程がある!」

 

頼めないのは完全に彼女の自己責任ではあるが、それはそれとして、一理ある主張でもある。

やはり他派閥所属であるあの少年が、【剣姫】に稽古を付けて貰うというのは、『厚かましい』と言われても仕方がない行為だろう。

例えアイズの了承を得ていたとしても、周りの人間にとっては関係ない。

 

別にアイズ=【ロキ・ファミリア】の所有物という訳ではないが、自分達を差し置いて、どうして他派閥の人間なんかと……と思ってしまうのが人間の性である。

だから、アイズに心酔しているこのエルフが顔を真赤にするのも無理はないのだが……。

如何せん、騒ぎすぎた様だ。

 

「……えっと、やっぱり、誰かいるみたいですね」

「そうみたいだね……」

 

流石に気付かれたらしく、二人の足音が近づいて来る。

「ゲッ!」という顔をしたレフィーヤをジトーっと睨みつけ、バツが悪そうに顔を背けた【千の妖精】と共に辺りを見渡した。

隠れられそうなところは―――無い。

下に降りようにも、このペースでは降りている最中に見つかるだろう。つまり、逃げ場はどこにも無いということだ。

 

「チ……ッ」

 

せめてもの抵抗として、マシロはレフィーヤの後ろに移動し、彼女自体を物陰とした。そして、生贄を差し出すかのようにグイグイ背中を押す。

 

「ちょ、往生際が悪いですよ、マシロ!」

 

「テメェにだけは言われたくねぇんだよ……!」

 

等とやっていると、遂に【剣姫】の影が覆い被さった。

 

「あれ、レフィーヤ?」

 

キョトンと目を丸くする姉に、【千の妖精】は面白いほど動揺し、たどたどしい反応を示す。

 

「あ、ああああ、アイズさん……! こ、こんなところで奇遇ですねぇ……!」

 

百人が百人『無理があるだろ』と感じる言い訳だが、相手はアイズだ。持ち前の天然とポンコツを遺憾なく発揮してくれる可能性もなくはない。

しかし―――。

 

「え? 奇遇って……、こんな場所で?」

 

「え、えーっと、そのぉ……」

 

どうやら少々姉のことを舐めていた様だ。流石に都市の市壁の上での『奇遇ですね~』は通らなかったらしい。

シドロモドロになるレフィーヤを尻目に、アイズは此方との距離を詰めて来た。

そして、困ったように眉を下げながら懇願する。

 

「あのね、レフィーヤ。ちょっと事情があって……。出来ればこの事はフィン達には―――」

 

そして、そこまで言いかけて、不意にアイズの台詞が止まった。

息を呑む音も、聞こえて来る。

見ずとも分かる。

彼女の視界に映ってしまったのだろう。マシロ・ヴァレンシュタインの姿が。

 

「し、シロ……?」

 

それを証明するかのように、姉の口から彼の名が漏れる。彼女の声は、酷く揺れていた。それが、マシロには酷く不愉快に感じられた。

まあ確かに、嫌いな相手に後をつけられていたのだから、良い気分ではないだろう。寧ろ、鳥肌が立つほど気持ち悪い筈だ。

恐らく、今アイズの心中を取り巻いている感情は純然たる『嫌悪感』に違いない。

 

それが堪らなく不快で、『ソレを不快だと感じている、自分自身』にも、マシロは酷く失望した。

 

後をつけられていたのだから、負の感情を抱くのは当然だ。だと言うのに、自分はその因果応報を受け容れられずにいる。

なんて身勝手な話だ。マシロ・ヴァレンシュタインという男の面の皮は、きっと深層モンスターの皮膚で出来ているのだろう。

 

「あ、あの……」

 

姉の声が耳朶に届いた。その瞬間、マシロは更に表情を歪ませ、顔を背けた。

背けてしまった。彼女の顔を視界に入れたくなかったからだ。

 

「……!」

 

次の瞬間、金の長髪が横を通って駆け抜ける。

彼女の匂いと、走り去る風が顔を撫でる。

 

「あ、アイズさん⁉」

 

次いで、レフィーヤが声を上げた。

そっと顔を上げると、マシロの頬を生暖かい何かがペチッと叩く。

「もぉ、マシロのバカち~ん」

 

そう言い残し、レフィーヤはアイズを追いかけて行った。

 

 

女性組二人が消えたことで、この場に残ったのはマシロと白髪の冒険者だけとなった。

白髪は未だに状況を呑み込めていないらしく、呆然と立ち尽くしている。

まあ、無理もない。

このまま帰っても良かったが、マシロは罪悪感から彼に近寄って行った。

確かに彼のしたことは余り褒められた事ではないが、だからと言って特訓の途中で解散させられるのは無慈悲と言うものだろう。そもそも、新人であるがゆえに『他派閥の上級冒険者に特訓を頼むのはやっかみを買う行為』という暗黙の了解を知らなかった可能性もある。

どちらにせよ、自分が彼の予定を潰してしまったのは紛れもない事実だ。

故に話しかける。

 

「……悪かったな。特訓の邪魔をして」

 

「い、いえ……! そのやっぱり、不味かっ―――」

 

と、ここで少年の声が不自然に途切れる。胡乱な顔を向けると、彼は真紅の双眸でマジマジとマシロの顔を覗き込んで来た。

 

「お、おい、なんだ……」

 

見かけによらずグイグイ来るなと思っていると、白髪は目を見開き「ああああ!」と叫んだ。

そして、興奮した様子で喋りかけて来る。

 

「や、やっぱり、あの時の……!」

 

「あ、あの時……?」

 

マシロは首を傾げる。口振りからして、彼は以前自分と会ったことがあるようだが……。

そう言われると、記憶の端に引っかかる何かがある気もする……。

 

「お、覚えてませんか⁉ 僕、何日か前に、ウォーシャドウから助けて貰って……!」

 

「ウォーシャドウ……?」

 

加えて、特徴的な白髪に赤い瞳。そして、新米冒険者……。

それらの要素が、ようやくマシロの中で繋がった。

 

「お前、あの時の……」

 

そう呟いた瞬間、少年は満面の笑みを咲かせて、何度も何度も頭を下げて来た。

その勢いに、マシロは見事に圧倒される。

と、同時に少なからず驚愕していた。

確かに、マシロは以前彼と会ったことがある。ダンジョンの上層で、ウォーシャドウを狩っていた際に、途中からルームに入って来た冒険者が彼だ。あの時の彼は如何にも新米と言う感じで、周囲への警戒も、身のこなしも全くなっていなかった。

しかし、今の彼は違う。

十分新米冒険者と呼べるだけの覚束なさはあるが、それでも数日前とは天と地だ。正直、異常な成長スピードだと言って良い。

 

「……お前、名前は?」

 

「え? あ、べ、ベル・クラネルです……!」

 

何故か異様に感極まった様子の冒険者、ベル・クラネルに、マシロは告げる。

 

「マシロ・ヴァレンシュタインだ。ベル・クラネル、もしお前がよければ……。て、なんだ、その顔は」

 

此方が名乗ると、ベルは呆けた様に口を開けて固まってしまった。

だが、直ぐに正気を取り戻し、彼は言う。

 

「あ、ああ、ごめんなさい! そ、その、貴方がアイズさんの弟だったなんて……」

 

「……? ああ」

 

少々驚き過ぎな気もするが、彼が先程迄師事していた人物の事を考えれば自然な反応だろう。……そう思う事にして、マシロは話を続ける。

 

「もし、お前さえよければ俺が代わりに埋め合わせをするが、どうする?」

 

「へ?」

 

ベル・クラネルは頓狂な声を出す。そして、恐る恐ると言った感じで訊いて来た。

 

「で、でも、僕に稽古をつけるのは不味かったんじゃ……」

 

「良い顔はされないだろうが、禁止されてる訳でもない。今回は相手が【剣姫】だったから嫉妬狂いのエルフが釣れただけだ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

ベルは何とも言えない表情を作る。

 

「だが、俺はLv.3。奴ほど目くじらを立てられる事もないだろう。そもそも、ダンジョンに潜ってしまえば問題ない。誰かに何か言われても『お互いソロで潜っていて、たまたま目的が同じだったから臨時パーティーを組んだ』で押し通せる」

 

「な、なるほど……! 確かにそうですね!」

 

「……」

 

眩しい。

マシロはプイッとベルから顔を逸らした。

曇り気一つない瞳だ。『純粋』という言葉がこれほど似合う者もそういないだろう。

なるほど。確かにコレならば、アイズが絆されていたとしても不思議ではない。

自分などより彼の方が余程、『理想的な弟』だ。

 

ズキ……。

 

再び微かな痛みと息苦しさを感じる。

だが、マシロはそれを無視して尋ねた。

 

「で、どうする?」

 

ベル・クラネルは嬉しそうに、本当に嬉しそうに答えた。

 

「は、はい! じゃあ、ご迷惑じゃなければ、よろしくお願いします!」

 

こうして姉に代わり、マシロ・ヴァレンシュタインが彼の特訓を引き継ぐ事になったのだった―――。

 

 

 

 

 

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