剣姫の弟の二つ名は【リトル・アイズ】   作:ぶたやま

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九回目の投稿となります。よろしくお願い致します。


第八話

「はぁ…はぁ……はぁ」

 

「待って下さい、アイズさん!」

 

「!」

 

背中を叩いた少女の声に、アイズ・ヴァレンシュタインはようやく足を止めた。

ヘトヘトになりながら熱感を放つ、山吹色の艶髪を持つエルフが、背後で乱れた呼吸を整えている。

 

「アイズさん……。速すぎです……」

 

「れ、レフィーヤ……」

 

レフィーヤ・ウィリディス。

【ロキ・ファミリア】所属の第二級冒険者。

後輩であり、自分を慕ってくれている人懐こいエルフの少女……。

そんな少女が口を尖らせて苦言を呈する。

 

「もう、どうして逃げるんですか……」

 

「……っ」

 

アイズは思わず肩を揺らした。

そうだ。逃げ出した。

また、マシロから……。

 

「ごめんね。レフィーヤから逃げた訳じゃないの……」

 

逃げたのは、弟からだ……。

 

「喧嘩でもしたんですか? マシロと」

 

ある意味で鋭い指摘だが、そうじゃない。

喧嘩なんて相互性のあるものじゃない。アイズが一方的にやらかして、一方的に怒らせているだけだ。

 

「違うよ……。そんな、姉弟みたいなことしてない。レフィーヤだって分かってるでしょ? 私達の関係性……」

 

彼女が入団して来た時には既にマシロは思春期に入っていた。

つまり、アイズが塩対応を開始した後の状況しか知らないのだ。

実際、レフィーヤの前で、アイズがマシロと会話した場面など片手で数えるほどしかないだろう。

 

そう思って後輩の顔を見ると、彼女はまだ勘違いをしている様だった。

 

「うーん。それじゃあ、マシロが着替え覗いちゃったとか……? 幾ら弟と言っても、直ぐには許せませんよね」

 

「ううん、覗かれてもいない……。それに、それの何処に怒る要素があるの……?」

 

「え」

 

「え?」

 

まったく見当はずれな見解が飛び出したので、アイズは慌てて否定する。何故か、最後は驚かれてしまったが……それはさておき、アイズは告げる。

 

「……気を遣わなくていいよ、レフィーヤ。あの子は私に興味ないから、私を怒らせることもないし、喧嘩もしない」

 

何故かファミリア内では、アイズがマシロに興味が無いという空気になっている。出来の悪い弟に対し、姉が愛想を尽かしているのだと……。

 

だが、違う。

実際は真逆だ。

 

本当は今すぐにでも弟を抱きしめたい。

フワフワの頭を撫でまわしたい。

柔らかな頬を堪能したい。

 

しかし、それをすれば確実に関係は修復不可能になる。だから、精神力を振り絞って我慢をしているだけ。

 

皆が思っている様に、マシロの矢印が自分に向いていたらどれだけ良かっただろうか……。

そんな事を思っていると、アイズの耳朶にレフィーヤの声が飛びこんで来た。

 

「別に興味無いなんて事、全然ないと思いますけど……」

 

レフィーヤはそう言ってくれる。

この子は優しいから当然と言えば当然だ。

しかし、彼女は先日のやらかしを知らない。だから、そういう認識でいてくれているのだろう。

そして、レフィーヤは安心した様に胸を撫で降ろした。

 

「でも、良かった。アイズさん、別にマシロのこと嫌いじゃなかったんですね」

 

「え? 良かったって?」

 

「だって、嫌われてたらマシロが可哀そうじゃないですか。口は悪いけど、あの子、いい子ですし」

 

「……う、うん?」

 

マシロが良い子だと言うのは自明の理だ。

全力で肯定せざるを得ないこの世の真理。

 

だが、自分に嫌われることが可哀そうとはどういう事だろか? 

私なんかに嫌われた所で、あの子は痛くも痒くもないだろうに。

 

そんな事を思っていると、レフィーヤが否定の言葉を吐いた。恐らくアイズの表情と声音から、心情を読み取ったのだろう。

 

「あのですねぇ、アイズさんに嫌われるなんて拷問以外のなにものでもないんですよ⁉ 常人なら耐えられない事なんですから……! 自殺ものです!」

 

「そ、そんなこと……」

 

「そんなことあります!」

 

その迫力に気圧され、アイズは言葉を失ってしまった。

もし彼女の発言通りなら、こちらから声をかければマシロは喜んで応じる事になる。

 

やはり、そんな事は有り得ないと思った。

別に、レフィーヤが敢えて嘘を言っているとは思わないが、自分を慕ってくれているが故の見当違いだと思う事にする。

 

「ありがとう。レフィーヤは優しいね」

 

アイズが微笑みかけると、エルフの顔が真っ赤に染まった。

驚きつつも蕩けるようにニヤケ顔になり、終いには両手で頬を支えながら「そ、そうですか~? えへへ~」とクネクネし始める。

 

「それじゃあ、話しは変わりますけど」

 

動きを止め、レフィーヤは満面の笑みのまま訊いて来た。

 

「うん」

 

 

 

 

 

「あのヒューマンは、何ですか?」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

笑顔には変わりない。

けれど、目は笑っていない。彼女は底冷えする様な雰囲気を纏っていた。

 

 

 

* *

 

 

 

「はあぁぁぁ!」

 

 

ベル・クラネルの一閃が、最後のコボルトを斬り裂いた。

 

切り口から鮮血が噴き出し、怪物は最後っ屁も出せぬままに絶命する。

その奮闘っぷりに、マシロ・ヴァレンシュタインは改めて目を見開く事となった。

 

姉との訓練を盗み見た際、驚異的なスピードで力を付けているのは分かっていたが、実際戦いを目にすると、その異常さが良く分かる。

 

戦闘技術はまだまだ拙い。

しかし、身体能力に関しては目を見張るものがあった。

正直、単純なステイタスの数値で言えば、既にLv.1上位層に片足を突っ込んでいると言えるだろう。

 

だからこそ、遭遇したコボルトの群れを容易く一掃することが出来た。

彼の戦果である魔石を、マシロは麻袋に詰めていく。

 

「ベル・クラネル」

 

そして、彼の名を呼んで放り投げた。

ベルは、両手でキャッチしながら、困ったように笑う。

 

「あ、ありがとうございます。……どうでした?」

 

控えめに此方の評価を待つ様は、不安に満ちている様に見えた。自分の成長率の異常性を正しく認識できていないのだろう。

正直、彼の性格を知らなければ嫌味に聞こえかねない発言だ。

 

「筋は良い」

 

言った瞬間、ベルの顔に満面の花が咲いた。

 

「だが、技や駆け引きはおざなりだ」

 

そして、シュンと肩を落とす。

随分と小動物の様なリアクションを取るものだ。

ティオナあたりならば『可愛い!』と頭を撫でまわしそうな……、所謂母性本能を刺激するだろう行動の数々。

狙っているのなら中々に気色悪いし、そうでないなら逆に感心する。

 

等と、マシロが自分の性格の悪さを棚に上げ、そんな事を思っていると、ベルは「あはは」と笑いながらこんな事を言って来た。

 

「アイズさん……お姉さんにも全く同じ事言われました」

 

「………そうか」

 

若干の沈黙の後、マシロは相槌を打つ。

 

「やっぱり姉弟だから着眼点が一緒なんですかね?」

 

「そんな訳ねぇだろ。単にお前の戦闘技術が、誰の目から見ても劣ってるってだけだ」

 

「で、ですよね……。すみません」

 

乾いた声で謝られてしまい、マシロはガーッと自分の頭を掻いた。

何をムキになっているんだ。

そもそも身内の不始末を埋める為に付き合っているのに、彼に悪感情を抱いて良い訳がないだろう・と。

 

マシロは努めて意識を切り替える事にした。

 

「あくまでも、今のお前のレベルを考えれば物足りないってだけだ。新米冒険者の中じゃ頭一つ抜けてるよ」

 

「ほ、ホントに⁉」

 

ベル・クラネルの顔がズイッと接近した。両手には彼の手が被せられており、キラキラした紅色の瞳が、真っ直ぐマシロを捉えて離さない。

 

「いちいちオーバーなリアクション取るんじゃねぇ。気色の悪い奴め」

 

ベルの顔面を右手で押し返しながら、また悪態を吐いてしまったと内心反省する。

彼が心根の優しい少年である事は分かっている。

分かっていながら癪に触ってしまうのは、マシロの心が汚れているからだ。

彼の態度に苛立てば苛立つほど、その事実が浮き彫りになる。

だから落ち着けと、必死に自分自身を諫めた。

 

 

何故、こんなにも気持ちが逆撫でされるのか……その見当を付けられないまま、マシロはベルと共に、更に奥へと歩を進めた。

 

 

薄暗い迷宮の内部は、まるで醜い腹の中の様で、自分の内側をひた歩いている様な、そんな錯覚を覚えた。

 

 

 

 

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