嗚呼、「黄泉の艦隊」が往く   作:影鴉

23 / 38
今更ながら、本作がランキングに入っていて驚愕しました。
初めての事なので大喜びです。
これからも『嗚呼、「黄泉の艦隊」が往く』を宜しくお願いします。

今回は『救出』から前後の鎮守府サイド及び智明達に救出された姫乃の話です。


 姫乃

智明達が姫乃と伊8を救出する数十分前

 

鎮守府近海 横須賀鎮守府近海

 

 

「蒼介はん」

「葛城少将…」

「厄介な事になったで、まさかこのタイミングで連中が動き出すとは」

「仕方ないだろう、奴等が都合を合わせてくれる訳が無いのだから」

 

 

 横須賀鎮守府から程近い海域にて、6隻の軍用艦艇と艦娘達が集まっていた。日本国内の鎮守府及び警備府に発令された警戒令から提督達が防衛の為に国内の各沿岸部に出撃する中、6名の提督と彼らが率いる艦娘達が出撃の為に招集されたのだ。

 大阪警備府と呉鎮守府からはそれぞれ葛城 蓮少将と十 蒼介大佐が派遣された。他はここから近い横須賀鎮守府と舞鶴、佐世保鎮守府、大湊警備府から派遣されている。

 

 

「ウチ等以外の面子はどんなんやろか?」

「集結している大艦隊と遣り合う為の面子だ。それぞれの上位陣が呼ばれているだろう」

 

 

 横須賀鎮守府から来た軍用艦艇に他から来た提督達が小型ボートを使って乗り移り、クルーに案内されて船内の作戦室に集まる。蓮達が作戦室に入ると、既に4名の提督が集まっていた。

 

 

「遅いぞ、葛城に十!」

「ウチ等が最後かいな」

 

 

 既に作戦室にいた女性提督が入って来た蓮と蒼介を叱りつける。

 彼女は緒方 雪(おがた ゆき)大将。大湊警備府での最高責任者であり、大湊警備府より北にある単冠湾(ひとかっぷわん)泊地と幌筵(ぱらむしる)泊地に勤める提督達の指揮も任されている女傑。日本国海軍で4人存在する大将達の紅一点でもある。

 女性提督の中では最年長の40代でありながら、その外見は20代でも通ずる程に若々しく美しい。しかし、その切れ目と体に纏っている風格は歴戦の猛者である事を周囲に解らせるに十分であった。

 

 

「まぁまぁ雪姉さん、決められた集合時間までまだ10分もあります。遅刻している訳では無いのですから葛城少将や十大佐に非は無いでしょう?」

「む、しかしだな百春…」

「深海棲艦の大艦隊が集結している現状は確かに危険です。でも作戦前からそうカリカリしては作戦に支障が出てしまいます。もう少しリラックスしましょう?」

「……お前の言う通りだな。済まない、葛城に十。少し感情的になり過ぎた」

「気にせんで良えですわ。時間前とはいえ、ウチ等が皆より遅れたのは事実やし」

 

 

 百春と呼ばれた、でっぷりとまではいかないが少々太り気味……否……ぽっちゃり系の男に宥められ、雪は蓮と蒼介に謝る。

 雪を宥めた彼は緒方 百春(おがた ももはる)少将。元料理人の彼は緒方大将の弟であり、今は舞鶴鎮守府の最高責任者を任されている。厳格な性格である雪に対して百春は温厚で気配りの利く性格の為、彼が率いる艦娘達は基より、姉含む他提督や提督下の艦娘達にも人気が高く、『ももちゃん提督』と言う愛称で呼ばれ親しまれている。そんな彼も、嘗ては最前線で戦いながらも艦娘を誰1人も轟沈させなかった実力者である。

 

 

「つーかさ、全員集まったんだからさっさと始めない?」

 

 

 そんな中、作戦室にいる6人の中で一番若いであろう少年が急かす様に声を上げる。佐世保鎮守府から出向した銀条(ぎんじょう)ユーリ中佐だ。

 

 

「礼儀が成っていないぞ銀条! 此処に居るのはお前より目上の者だけだぞ?」

「礼儀正しくなりゃ敵が倒れてくれるならそうするさ。連中が何時攻めて来るか判ん無ぇのに悠長にしてて良い訳?」

「ぐっ、貴様は何時もそう減らず口を……」

「まぁまぁ、雪姉さん。ユーリ君も姉さんを挑発する様な言い方をしないで?」

「はいはい、分かったよ」

「……こいつは…」

 

 

 殆どの艦娘が怖気づくと言われている雪の睨みに動じる事無く、平気な顔で口答えをするユーリに対し、百春は2人の間に入って困った表情をしながら場を収めようとする。

 この銀条中佐、提督としての適性の高さは現提督達の中でトップクラスであり、18歳という若さながらも任務や作戦をきちんと熟している。艦娘や他提督からの評判も悪くは無い為に、中佐ながら今回の任務にも抜擢されているのだが、口の悪さだけは唯一と言える欠点となっていた。基本的にはもう許容されている彼だが、雪の様なルールに厳しい者からは出会う度に注意を受けていたりする。

 

 

「そろそろ宜しいですか?」

 

 

 作戦室の一番奥で座っていた青年が静かに声を掛ける。年齢はユーリより年上で蒼介や蓮よりも若いだろうか、黒髪のショートレイヤーで銀色のハーフリムの眼鏡を掛けており、そこから覗かせる表情は優しげながらも百戦錬磨の勇ましさが見える。

 彼こそ元帥と共に横須賀鎮守府を守り、日本国が誇る『四天王』と渾名される4大大将が1人、神宮寺 重成(じんぐうじ しげなり)大将である。

 

 

「ユーリの言う通り、敵が何時攻めて来るか判りません。手早く情報を伝え、出撃しましょう」

「「「「「了解(っス)」」」」」

 

 

 全員が席に着いて静かになると、重成は作戦室のモニターに映像を表示した。

 

 

「本日16時、鎮守府海域を哨戒中の巡視船が大艦隊規模の深海棲艦が移動している様子を確認しました。その数は30隻以上であり、日本国周辺のシーレーンを破壊していた艦隊を率いていたボス艦隊が陣取っていた海域へ進路を向けていたそうです」

 

 

 日本国と周辺海域の地図がモニターに映し出され、ボス艦隊がいる海域と巡視船が大艦隊を目撃した海域にアイコンが表示され、目撃海域のアイコンがボス艦隊のアイコンへ向かう様子が表示された。

 

 

「集結後、どの様な行動を取るか解らない現状では襲撃に備えて沿岸部で待ち受けるしかありません。ですがそれでは対応が後手に回る可能性があります。よって、私達6艦隊で敵の集結地へ威力偵察を行います」

 

 

 続いて、横須賀鎮守府近海に新しいアイコンが表示され、ボス艦隊のアイコンへ向かう様子が表示される。

 

 

「敵は30隻以上の大艦隊です。こちらも36名の艦娘を率いていますが、更なる増援が出現する危険性も否めません。それでも、付いて来てくれますか?」

 

 

 重成は提督達に問い掛ける。

 

 

「聞く時間も勿体無ぇだろ、大将? 防衛以上に危険な事をする為に俺達が集まったんだからさ?」

 

 

 直ぐ様、ユーリが重成相手でも何時も通りな答え方をする。

 

 

「銀条め、神宮寺にまで生意気な口を……。んんッ、私はこの作戦の指揮者である神宮寺に従うまでだ」

「私達は神宮寺さんを信じていますよ」

 

 

 緒方姉弟も続いて頷く。

 

 

「ウチ等は重成はんが間違えた選択をせぇへんと解かっとるさかい、心配せんで良いで?」

「俺達は大将の往く道を付いて行くだけだ」

 

 

 蓮と蒼介も頷いて同意し、全員が重成に付いて行くと答えた。

 

 

「有難う皆。ならばこれ以上、言う事はありません。出撃します!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 全員が立ち上がり、作戦室を後にした。

 

 

:::::

 

 

「あら、漸く出撃かしら?」

「待たせたな、お前達」

「全く、待たせ過ぎだぜ。只突っ立って周囲を警戒するだけじゃ、暇で仕方ないんだからな?」

「ふむ、それは悪い事をしたな」

 

 

 装備を整えた蒼介は自身が率いる艦娘達の元へ来て、待たせた事を詫びる。編成メンバーは遠征の時と同じく、天龍、龍田、皐月、文月、長月、菊月の軽巡洋艦と駆逐艦による機動艦隊だ。

 

 

「大丈夫よ提督。天龍ちゃんは提督と一緒にいられなかったのが不満なだけなんだから」

「ばっ!? 何馬鹿な事を言ってんだよ、龍田!? 俺はそんな事思って無ぇぞ!!」

「あら~? 天龍ちゃん、呉鎮守府から出発する時に提督と出撃出来るって喜んでいたじゃない?」

「あ、あれは提督のスナイプが百発百中だから安心して背中を任せて敵と戦えるって意味で…」

「も~、天龍ちゃんったら惚れ気にしか聞こえないわ~♪」

「だーかーらー、違うっての!!」

 

 

 何時も通り、龍田が天龍をからかいだして天龍の顔が赤くなりだした時、他の提督が乗る艦艇の方が騒がしくなった。

 

 

「な、何だ!?」

「敵襲?」

「敵襲にしては砲撃音が無いな……。少し見て来る、但し何時でも戦える様にしておけ!」

 

 

 蒼介は自身の武器である対深海棲艦用ライフルを構えながら、現場へ向かう。騒ぎが起きている艦艇は大阪警備府から来た蓮が乗っている船だった。

 

 

「何が起きた?」

「…敵が集結している海域方面から艦娘が来たんだ」

「何!?」

 

 

 蒼介は蓮の艦娘である響に尋ね、彼女は答える。

 蒼介は直ぐ様、群がっている人混みを掻き分けて、やって来たと言う艦娘を確認する。

 

 

「な、如何云う事だ!?」

 

 

 其処に居たのは大淀と雪風、磯風の3人だった。大淀と磯風は満身創痍なのか、虚ろな表情で高雄と川内に支えて貰っており、雪風は泣きじゃくりながら愛宕に抱き締められて慰められている。3人共中破以上のダメージを受けており、艤装はボロボロで艤装衣服も破けていた。しかし、蒼介が驚愕したのは以上の事では無い。

 

 

「…何故、織川少佐の艦娘がここにいる!?」

 

 

 彼女達3人は自身と同じく呉鎮守府に所属する織川 姫乃少佐が率いている艦娘の筈だ。そして、自分以外の呉鎮守府所属の提督は大阪警備府の提督達と協力して太平洋側の西日本沿岸を警備する事になっていた。そんな彼女達が何故、敵が集結している海域から?

 

 

「司令が………しれぇが………死んじゃったぁ……うわぁぁぁぁぁああああああん」

「死んだ……どういう事だ!? 雪風!!」

「わぁぁぁああああああ、しれぇえええっ」

「無理よ、落ち着くまでは話せないわ……」

 

 

 未だ泣きじゃくっている雪風の背中を擦りながら愛宕が窘める。

 

 

「済まん、なら大淀か磯風は……」

「蒼介はん!」

 

 

 大淀か磯風に事情を聞こうとした時、蓮が現れる。

 

 

「直ぐに出撃や、重成はんはこの状況を重く見た様や」

「大淀達はどうする?」

「船内に保護して、移動中に事情を聞くつもりやろ。目撃した艦隊の提督であるウチと彼女達と同じ鎮守府所属の蒼介はんだけがまた作戦室に集合やな」

「そうか。天龍に龍田、そう言う事だ。また作戦室に行かなければならんから、指揮はお前達に任せるぞ」

「ったく、しょうがねぇな。早く戻って来いよ」

「任されました♪」

 

 

 蒼介は蓮と愛宕達に運ばれていく大淀達と共に作戦室へ再び戻って行った。

 

 

:::::

 

 

 作戦室には重成、蓮、蒼介3人の提督と大淀、磯風、雪風3人の艦娘がいた。雪風は泣き疲れたのか、大淀の膝を枕にして眠っている。

 

 

「状況を鎮守府から出撃する時から説明してくれますか?」

「……分かりました」

 

 

 重成の言葉に大淀が頷く。当然ながら、彼女や磯風の顔には涙の跡が残っていた。

 

 

「本日14時に”敵通商破壊艦隊のボス艦隊を撃破せよ”と言う指令の元、提督と共にボス艦隊がいる海域へと出撃しました」

「…待て、出撃の指令は出ていないぞ!?」

「……どういう事だ?」

 

 

 蒼介の言葉に磯風が驚いた表情で尋ねる。

 

 

「横須賀からの指令は”敵の反攻作戦に備えて出撃せずに準備をしろ”や。連中は不審な動きをしていたさかい、下手に出撃したら危険やからな」

「そんな………」

「…話を続けてくれますか?」

 

 

 姫乃が受けた指令が本来の物と違った事に驚愕の表情を示す大淀達だったが、重成に促されて話を続ける。

 

 

「はい。私達はボス艦隊がいる海域へ出撃しボス艦隊と交戦、これに勝利しました。そもまま帰還しようとしたのですが、別の敵艦隊を発見。余力が十分に合った為にこれとも交戦しました」

「……それが接近中であった大艦隊の先遣隊で、交戦中に他の艦体に囲まれた……と言うところですか?」

「…………はい。私達は囲まれながらも、囲みが薄かった箇所へ突破する事で何とか脱出しました。しかし、先回りされたのか提督が搭乗していたボートが雷撃で破壊されて提督は海へ落下。伊8が直ぐに駆けつけましたが追って来た敵艦載機の爆撃から提督を護る為に庇って轟沈。………私達…は提督を……助けようとしま……しましたが……うっ……提督は…『提督命令』……で私達が…撤退する様に指示……ぐすっ…提督は……深海棲艦に…うっ……再び囲まれてしまいまし……た」

 

 

 その時の無念が蘇ったのだろう。途中から涙を零し、しゃくりあげながらも大淀は状況を説明し終えた。

 

 

「そうですか…………ふぅ…」

「蒼介はん、呉鎮守府での連絡伝達は?」

「全員が聞いていた筈だ。そもそも出撃と言う言われてもいない指令を言う奴が居る筈が無い……」

「姫乃ちゃんが間違えたっちゅうのも無いんやな?」

「姫乃は新任だが、その分努力で補っていた。大事な任務を間違えるなんて有り得ん……」

「ふむ…、詳しい事は呉鎮守府に戻ってから調べて貰いましょう。有難う大淀、鎮守府に戻るまでゆっくり休んでいてください。……さて、そろそろ時間的に目的の海域ですが……」

 

 

 重成は腕時計を確認する。そこへ艦艇のクルーが作戦室へ入って来た。

 

 

「神宮寺大将、目標の海域に到着しました」

「ふむ、敵影は?」

「艦娘達が偵察機を飛ばしているのですが、深海棲艦の残骸ばかりが海面に浮いているそうで」

「大淀達が撃破した連中の残骸でしょうか…。残骸に身を隠している可能性もあります、電探等で警戒を怠らないでください」

「了解」

「では私達も出ましょう」

 

 

 クルーに指示を出し、重成達は作戦室を後にした。

 その後、この海域を隈なく調査したが、はぐれ程度の深海棲艦を発見して撃破したくらいで、織川少佐や伊8は見付からず、調査は打ち切りと事となった。

 

 

「重成はん」

「蓮ですか、何か?」

 

 

 作戦が終了し、各艦隊が其々の鎮守府・警備府へ帰還して行く中、艦艇に乗り込もうとしていた重成に蓮が声を掛けた。

 

 

「前に報告した新種のワ級の件で話があるんやけど、時間あります?」

「調査及び捕獲の為の艦隊を派遣すると決まったのでは?」

「辰巳はんから新たな情報を貰ったんやけど、ここではちょっと言えんのや…」

「………私だけに話したいと?」

「ウチと蒼介はんの3人で頼めんやろか?」

「十大佐は呉鎮守府で織川少佐の誤認任務について調べるのでは?」

「向こうにいる提督達に任せるそうや。既に連絡しとるさかい、問題無いで?」

「ふむ………」

 

 

 重成は顎に手を当てて少し考える。

 

 

「分かりました。このまま横須賀まで付いて来なさい」

「おおきに」

 

 

::::::::

:::::

::

 

 

???

 

 

「ここは何処?」

 

 

 気が付くと、私は真っ暗な空間にいた。上下前後左右何処を見ても真っ暗、フワフワと浮いている様で、落下している様にも感じる。

 

 

「私は皆と出撃して………!? はっちゃんは?」

 

 

 私は気が付く前に何をしていたか思い出す。呉鎮守府で内蔵中佐から指令を聞いた私は艦娘の皆とボス艦隊が陣取る海域へ出撃したんだ。ボス艦隊はやっつけたけど、新しい敵が現れてそいつ等もやっつけ様とした。

 

 

「はっちゃん! 何処にいるの? 返事をして!!」

 

 

 でも戦っている内に気付いたら増援が沢山現れて、それで囲まれてしまった。なんとか囲いを突破して逃げる事に成功したけど、私が乗っていたボートが壊されて海に墜ち、私を助けようとしたはっちゃんが………

 

 

「はっちゃん…?」

 

 

 何度か周囲を見渡す内に白い人影が見えた。

 私は泳ぐ様に手足を動かして人影へ向かう。

 

 

「ねぇ、はっちゃんなの?」

 

 

 私の体は白い人影に近付いて行く。徐々に白い人影の正体がハッキリと見えてきて、見えたその姿は……

 

 

「はっちゃん!!」

 

 

 私を庇って敵艦載機の爆撃を受けた伊8(はっちゃん)だった。

 はっちゃんは私に向かってニコニコと微笑んでいる。

 

 

「良かった、無事だったんだね?」

 

 

 はっちゃんの元に向かおうとするけど…

 

 

「あれ……? はっちゃん?」

 

 

 私は何時まで経ってもはっちゃんに追いつく事が出来ず、徐々に距離が離れていく。

 

 

「何で? はっちゃん、何処に行くの?」

 

 

 離れていくはっちゃんは只、微笑むだけだった。

 

「お願い、行かないで! いなくならないで!!」

 

 

 私の呼び掛けも空しく、はっちゃんは消えていった。

 

 

「はっちゃん!? 嫌ぁぁぁあああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっちゃん!! …………ゆ、夢?」

 

 

 姫乃は叫びながら飛び起きるが、夢である事に気付きホッとする。

 

 

「夢か、良かった………………あれ?」

 

 

 ホッとするも束の間、姫乃は自分が見知らぬ部屋で寝ていた事に気付く。

 

 

「此処………何処?」

 

 

 部屋には自分が寝ていたベッドに机、本や道具を入れるのであろう大きな棚と小さめの冷蔵庫が置かれていた。

 設備的には宿舎の一部屋と言った感じであるが、自分が所属している呉鎮守府等の兵舎にしては綺麗であった。

 

 

「何処か判らないけど、助けて貰ったのかな?」

 

 

 服装も提督が着る制服で無く、病院で患者が着る様なローブを着ている。

 良く解らない状況に首を傾げる中、部屋の扉がノックされる。

 

 

「ヒャア!? ど、どうぞ!!」

「失礼します」

 

 

 突然のノックに驚きながらも入室を促す姫乃の声に、扉を開けた不知火が料理を載せたプレートを持ちながら入って来た。

 

 

「えぇと……不知火で合ってる?」

「はい。駆逐艦陽炎型2番艦の不知火ですが、何か?」

「ふぇ!? いや、そのぉ………」

 

 

 不知火の問いに答える事が出来ない姫乃。取り敢えず此処が艦娘がいる海軍の施設なのだと彼女は理解する。

 

 

「ずっと眠り続けて空腹でしょうから食事を持って来ましたが、何か食べられない物はありますか?」

「え? いや、無いよ、何でも食べれる、うん!」

「何でもと言う事は虫も食べれるのですか、用意したのは不知火ですが食べられるのなら安心です」

「うぇええ!? 虫ぃ!? 無理だよ、そんなの食べられないよ!!」

「………冗談です」

 

 

 いきなり料理の具材に虫が入っていると不知火に言われ、大いに慌てる姫乃だったが冗談と言われてズッコケた。

 

 

「冗談でも止めてよぉ……」

「助けた時は弱っていたので心配していましたが、それだけ元気なら問題無いですね」

「助け……、そうだ!! はっちゃんが!」

 

 

 自分が助けられた事を思い出し、姫乃は不知火に尋ねた。

 

 

「ねぇ、はっちゃんはどうしたの? 私を助けたんだったら、助けた時に一緒にいた筈なんだけど?」

「………それについて、不知火が答える事は出来ません」

「出来ないって……どうして!?」

 

 

 自分が最も心配している伊8の安否について答えて貰えず、姫乃は声を大きくする。

 

 

「食事が終わりましたら、この施設の責任者が来ます。彼女の事はその方から話がありますので、その時に尋ねて下さい」

「あ、ちょっと!?」

 

 

 不知火が部屋から出て行こうとするので、姫乃は慌てて呼び止め様とする。

 

 

「不知火が言える事は一応、無事であると言う事だけです。では、ごゆっくり」

「待って! ………行っちゃった…」

 

 

 不知火が出て行ったので、部屋には姫乃1人が残された。

 

 

「一応って、何なのさ?」

 

 

 伊8は一応無事らしい。後に来る、この施設の責任者が全て説明するらしいが、個人的には早く伊8の無事な姿が見たいのであった。

 

 

「取り敢えず、このご飯を食べよう」

 

 

 只、待っている訳にもいかないので、姫乃は不知火が持って来た料理に手を伸ばす。プレートの上には根菜と鶏と思われる肉が入ったホワイトシチューとトマトサラダ、ふわふわのパンが載っていた。

 

 

「………本当に虫は入っていないんだよね?」

 

 

 不知火に言われた冗談を思い出し、姫乃はスプーンで掬ったシチューとにらめっこし、やがて思いきって食べる。

 

 

「………………旨いぞぉぉぉおおおお!!」

 

 

 普通に美味しい料理である事を理解した姫乃はシチューに舌鼓を打つのであった。

 

 

:::::

 

 

海底基地 食堂

 

 

「只今戻りました」

「お帰り、有難うね」

「いえ、これも作戦ですから」

 

 

 姫乃が居る部屋から戻って来た不知火に智明は労いの言葉を掛ける。

 

 

「それで、話してみてどうだった?」

「年齢相応ですね。深い策を考えず、余り相手を疑わない人物では無いかと不知火は判断します」

 

 

 姫乃がどの様な人物であるか知らない智明達は、不知火が軽い会話をして姫乃の人物像を調べる作戦を取った。

 相手が信頼するに足る人物であるなら、この後智明自身が彼女に事情を説明し、人類勢力とのパイプ役になって貰おうと考えていた。

 

 

「伊8も彼女の艦娘だった様で、安否を心配していましたし、真面目な提督であると思います」

「後はレクイエムを見せたらどう反応するか、か…」

 

 

 尚、姫乃が信用するに足りなかったり、智明達の事情を信じなかった場合は眠らせた後、夕張が開発した特製ナノマシンで此処の記憶をさっぱり忘れて貰い、目が覚める前に日本国の港か何処かに返却する事にしている。

 

 

「そろそろ食事も食べ終える頃かな? じゃあ、行って来るよ」

「上手くいけば良いのですが…」

 

 

 智明は姫乃が居る部屋には向かった。

 

 

:::::

 

 

「………暇だなぁ」

 

 

 不知火ちゃんが持って来た食事を食べ終えた私はベッドの上でゴロゴロと転がっていた。棚には何も置かれていないから暇潰しも出来ずに只、ぼぉっとして時間を潰していた。

 

 

「ご飯を食べ終わったら責任者が来るって言ってたけど、早く来ないかなぁ。はっちゃんにも会いたいし……」

 

 

 そんな独り言をブツブツ言いながら転がっていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

 

「来たキタ! どうぞ! って、あいたぁ!?」

 

 

 ベッドの端っこにいたせいで起き上がった途端に体勢を崩してベッドから落ちてしまった。

 

 

「痛い……お尻が………」

「えーと……、大丈夫かな?」

 

 

 床に打ち付けたお尻を押さえている私を、男の人が心配そうに見ていた。

 私よりも少し年上といった感じで、少し青みが掛かった短い黒髪をしており、優しそうな表情をしている。この人がこの施設の責任者?

 

 

「えぇと…、痛いけど大丈夫です……」

「痛いなら大丈夫じゃない気がするけどな…」

「ホント大丈夫です。ベッドから落ちただけですから…」

「そう? 取り敢えず立てるかな?」

 

 

 そう言って男の人は手を差し伸べてくれたので、私は手を借りて立ち上がる。

 

 

「有難う御座います。その…此処の責任者で合ってますか?」

「うん。名前は水野 智明、宜しくね?」

「水野さんですね? 私は呉鎮守府所属の織川 姫乃と言います。姫乃と呼んで下さい」

「姫乃ちゃんか、僕も智明で良いよ。助けた時に見たけど、提督で良いのかな?」

「はい、階級は少佐です。それで智明さん、はっちゃ…伊8の事は貴方に聞けと言われたんですが…」

「その事だけど、姫乃ちゃん」

 

 

 智明さんの優しげだった表情が真剣になる。

 

 

「伊8は確かに命を取り留めた。一応と付くけどね」

「さっきも言われたんですが、一応ってどういう事ですか? まさか……植物状態とか…?」

「いや、彼女はちゃんと意識はあるよ。でも彼女は正確には伊8では無くなったんだ」

「……如何言う…事ですか…?」

 

 

 智明さんが言った言葉の意味が解からなかった。意識が有って生きているのにはっちゃんじゃ無くなった?

 

 

「魂の汚染は知っているね?」

「え、はい。深海棲艦の攻撃を受けると魂が汚染されて、浄化しないと肉体的損傷が酷く無くても死に至ってしまう……合っていますよね?」

「うん。助けた時、伊8の魂の汚染度数は限界を超えていて、もう浄化しても間に合わなかったんだ」

「そんな……、でもなんでそれで生きているんですか?」

「僕達は特別な浄化方法を持っているんだ。効果が有るかは試すまで分からなかったけど、上手くいった。だから彼女は死なずに済んだんだ」

「それじゃあ、なんで伊8じゃ無くなったんですか?」

 

 

 特別な浄化方法が気になったが、今はそれよりもはっちゃんの事が重要だ。命が助かったのにはっちゃんじゃ無くなったとはどういう意味なのか…

 

 

「伊8の肉体は助かった。でも特別な浄化方法の影響なのか、魂が変質したんだ」

「魂が変質した…?」

「僕達は転生したと言っているけどね、伊8の魂の代わりに別艦艇の魂に生まれ変わったんだ」

「それじゃあ、もう私の知っている伊8じゃ無いんですか……?」

「………そうとも言えるし、そうじゃ無いとも言える…かな?」

 

 

 智明さんの答えはあやふやなモノだった。

 

 

「そうとも言えるし、そうじゃ無いとも言えるってどういう事ですか?」

「魂は何もない所から生まれない。伊8の魂が消滅したんだったら、伊8だった体が新しい艦娘に成る筈が無いからね」

「え……?」

 

 

 確かに、艦娘は魂を持った適性者を憑代にする事で成る。艦艇の魂が憑代になった適性者の魂に惹かれて一つになるからだ。

 つまり、別の艦娘に成ったけどはっちゃんの記憶が有るって事?

 

 

「付いて来てくれるかな?」

 

 

:::::

 

 

 私は智明さんに連れられて廊下を歩いている。何時までも患者服では拙いからと、私が着ていた制服を持って来てもらい、今はそれを着ている。

 途中で妖精さん達には出会ったけど、他の人間を智明さん以外に見ていない。智明さん曰く、この施設は特別で殆どの仕事を妖精さん達がしているらしい。

 

 

「彼女は此処にいるよ」

 

 

 智明さんに連れられて来たのは『ガレージ』と名付けられた部屋だった。何でも艤装や装備を開発する部屋らしい。

 私は扉を開いて中に入った。

 

 

Herrlich(素晴らしいわ)!、これならどんなに敵が来ようとも負ける気がしないわね」

「気に入って貰えて良かったわ」

「やはり智明さんと似た艤装なんですね」

 

 

 部屋には妖精さん達と緑色を基調とした制服を着た艦娘に不知火ちゃん、そして見た事の無い艤装を腰に装着した艦娘がいた。

 空に輝く星の様にキラキラしているショートカットの銀髪にアンダーフレームの眼鏡、そして大人の女性と言える成熟した身体。彼女がはっちゃんだった艦娘なのだろうか?

 

 

「来たわね」

 

 

 私に気付いた緑制服の女の子が椅子から立ち上がって、私の元に歩いて来る。

 

 

「初めまして提督さん。分かっているだろうけど、私は夕張。このガレージで兵器開発に携わっているわ」

「は、初めまして。提督をしています、織川 姫乃少佐です!」

「そんなに緊張しなくても良いわ。それに、貴女の目的は彼女でしょ?」

 

 

 そう言って夕張ちゃんは横に退き、見知らぬ艦娘と私が向かい合う。

 

 

Nett, dich zu treffen(初めまして)、と言うべきなのかしら?」

「……貴女が、はっちゃんなの?」

 

 

 凛々しい声で挨拶される私、見た目も声も違う彼女に私は戸惑いながらも尋ねる。

 

 

「残念ながら貴女の言う伊8では無いわ。私はレクイエム、ドイツで建造されたUnterseeboot(潜水艦)よ」

「そう………なんだ…」

 

 

 僅かにあった希望が消え、足下が崩れていくような喪失感を感じた。

 この人ははっちゃんじゃ無い。私と過ごして出撃し、共に笑いあった記憶が無い彼女。

 漸く私ははっちゃんが死んだ事を理解した……

 

 

Aber(でも)…」

 

 

 今にも泣きそうになる私を、レクイエムさんは優しく抱き締めて来た。

 

 

「何を…?」

「この温かさは覚えている。冷たい海に沈んでいく私の身体を包んでくれた温もりだわ」

「…………え!?」

 

 

 彼女は今、何と言った!? 海に沈んでいく体を温もりが包んでいた?

 

 

「私の記憶には無いけど、この身体は覚えているわ。貴女が、この身体が沈んでいく時に優しく抱き締めてくれていた事を」

「それって……」

「身体は覚えているの。何時も優しく抱き締めてくれた、貴女の温もりを」

 

 

 智明さんが言ってた意味ってこういう事だったんだ………はっちゃん自身はもういないけど、こうして残っているんだね?

 

 

「後1つ、伝える事が有るわ」

「?」

「私がレクイエムとして目覚める前、貴女に伝えてと誰かから言われたの」

「!? それって……!!」

 

 

 私に伝えたい事!? レクイエムさんは私から少し離れると、微笑みながらこう言った。

 

 

「”提督は何も悪く無いよ。何時もはっちゃん達に優しく接してくれていたもの、とっても嬉しかったよ。提督と過ごしたはっちゃんはもう提督に会えないけど、提督が忘れないなら何時までも提督達の心の中で生きていくから”」

「はっちゃん………」

「”有難う提督、何時までも忘れないでね”」

「うわぁぁぁああああああ、はっちゃん!!!」

 

 

 はっちゃんの別れの言葉を聞いた私は、人目も憚らずに泣いた。




現状報告
・伊8の最後のメッセージを姫乃に伝えた!


感想コメント、意見・質問お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。