アタランテとヒッポメネスがスイーツ脳だったら   作:グラドラル

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初めての逢瀬

「追いつけるはずもないというのに……私としたことが浮かれすぎたか……」

 

そうつぶやいたのは狩場へたどり着いたアタランテだった。

初恋に浮かれ彼との逢瀬を楽しめないかと目論んだが、寄りにもよってなんで俊足を求めたのだ。彼なら成し遂げてくれるとでも思ったのか。甘すぎる考えだ。頭に菓子でも詰まってるのか。

 

かといって余人を交えずにとなると、アタランテに出来るのはその俊足で他者を振り切ることぐらいだった。まさか弓で人を追い払うわけにもいくまい。そんな凶行に及んでしまえば彼に嫌われてしまうではないか。

 

「せめて名を聞いておけばよかった……」

 

今更だが、アタランテはそもそも彼の名前すら知らないのだ。

 

あの時は良い案だと思って即行動に移したが、結果的にはすべて裏目にでた。

 

逢瀬は叶わず、名を知ることも出来ず、彼に呆れられたかもしれない。

 

そう思うと胸が苦しくなる。自分の初恋を自分の手で終わらせた愚かな女。

 

父から娘として愛されることはないと悟った時でさえ、ここまで辛くはなかった。

たかが恋の終わりでも、今なら感情の赴くまま幼子の様に泣け叫んでしまいそうだ。

覚えている限り一度も流すことのなかった涙さえ込み上げてくる。

 

 

そんな時ふと、背中に風が触れるのを感じた。

 

不思議な風だった。何度も足を運んだ狩場で覚えのない香りがした。

 

いや、覚えはある。これはアルゴナウタイの時に覚えた海の香り。

 

己が走ってきた道を恐る恐る振り返る。

 

 

 

そこにはあの青年がいた。

 

息を切らし呼吸を整えるので精一杯になってるが、確かに己の目の前にいる。

追いついてきたのか、あのアタランテに。

追いかけてきてくれたのか、あんな可愛げのない女を。

 

「待たせてしまってごめん、追いつくのにこの有様で呆れさせてしまったかな」

 

「呆れるなど、そんな事思うはずもない」

 

何を言う、呆れさせるとしたら私の方だろう。

あの時の走りは己が知る限りでも最速の走りだった。

追いかける意欲をへし折らんばかりの速さだったはずだ。

それなのに彼は自分の元へ来てくれた。それでようやく気付いたことがあった。

 

(彼は私を追いかけてくれた)

 

アタランテへの求婚者達はアタランテより先に走り、追いつかれた時点で死が決定する。

本質的には、アタランテという狩人から逃げ切れるかの戦いと言える。

そう。今までの男達はアタランテを求めながら、その実アタランテから逃げていたという事だ。

 

それに対し彼はどうか。

 

アタランテは初めて自分が先に走り、相手に追いかけさせることを望んだ。

 

本人は自覚していなかったが、相手に先に走らせていたのは、男達がアタランテから逃げる姿を望んでいたからだ。妻から必死に逃れようとするなど夫として好ましく思えるはずもない。

正確には思いたくないからか。己から逃げる者など、精々が獲物と扱うくらいだ。

 

そんなアタランテが初めて男に自分を追わせた。己を求めてくれるのを望んだ。

 

それを自覚してしまった。体中が燃えるように熱かった。こんな感情を自分が抱くなど思いもしなかった。そしてそんな自分の思いに応えてくれた彼をより愛おしく思った。

 

そんな彼を見てふと思った。

 

碧い髪と瞳。穏やかな雰囲気。

それが何故だか、静かでそれでも偉大な海を思い浮かべた。

 

「あなたはまるで海のような人だな」

 

「え?」

 

思わず口にしてしまっていた。彼がその言葉に驚く。

このような言い方はかの大海神に無礼ではないか。それでも思わずにはいられなかった。

海を連想させる程、彼の存在は大きなものへとなっていた。

 

「すまない。あなたを見てそう思ってしまったんだ。かの大海神に無礼を働くつもりは……」

 

「僕の事をそう言ったのは君が初めてだ。安心していい。御祖父様はそれを無礼とは思わないよ。それどころか君の慧眼に感心しているかもね」

 

「……今何と……」

 

「僕の名はヒッポメネス。大海神ポセイドンは僕の御祖父様だ」

 

そう言ったヒッポメネスの言葉に驚きを隠せない。だがそれ以上に、彼の名前をようやく知ることが出来た喜びの方が大きかったかもしれない。

 

「君の名を聞かせてくれないかい?」

 

「私の名はとうに知っているだろう?」

 

「君の口から聞きたいんだ」

 

アタランテはヒッポメネスの瞳から目を逸らすことが出来ない。

穏やかな表情は先ほどと変わらない。それでも、その瞳から嵐のような荒々しさを感じた。

彼にも分かるほど自分は平静を失ってきているだろう。

 

自分ばかりがこうなるのが悔しくて、せめてもの抵抗としてヒッポメネスの耳元で、愛を囁くように自身の名を伝える。

 

そうして改めて彼を見ると、その表情に熱を帯びるのを感じた。

ヒッポメネスは不意にアタランテを抱き寄せその思いを口にする。

 

「愛してる」

 

ああ、もう駄目だと確信した。お互いに抱いた思いをもう抑えられなかった。

 

「私も愛してる」

 

自身もそれを口にしてしまった。今この時だけは、その思いだけを胸に抱いていたかった。








スイーツ夫婦「恋はいつでもハリケーン!!」




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