七月、合宿が始まった。
これまでラウラ・ボーデヴィッヒとのいざこざでセシリアが怪我をしてしまい、その際にあったゴニョゴニョな件でセシリア・オルコットとエイダ・ブラウンの禁断の熱愛関係が学園に知れ渡ってしまったり。
同性と言えど流石に交際している二人を同室にしておくのは教育上良くないということでエイダはシャルロット・デュノアと同室に、セシリアはラウラと同室に移動となり、一悶着あった。
今では哀れなシャルロットがセクハラを一身に引き受けるはめになり、何か扉を開きかけているようだ。
不思議と依然揉めたセシリアとラウラは仲良くやっているらしい。
「シャルロット様、もっと私にお世話をさせて下さい。セシリア様と引き離されて恋の蜜も足りてない今、シャルロット様があまり自立した生活をなされるとメイド魂まで飢えて大変なことになります」
「た、大変なこと?」
「はい。具体的には下着の上で我慢していた私の手が最後の最後まで伸びていきます」
「ひぃ!?ダメだよ!エイダのせいで最近ラウラのことが異性みたいに思えてくる時が!本当に戻れなくなっちゃう!」
「あら、いいではないですか。ラウラ様も満更ではないようですし」
即座に悩ましい声で自身の名を呼ぶラウラが脳内再生されて理性がぐらりと揺れたが、ぎりぎりで踏み止まった。
本当にぎりぎりだった。
加えていえば、自由時間とはいえクラスの違う自分を即座に見つけ出し、あちこち撫で回しながら無茶苦茶な要求を至極真面目に言ってのけるエイダに恐怖を感じた。
今も水着のVラインを指でなぞって言外に脅しをかけられている。
頷く他ない。
「分かったよ。極力お願いするようにするから」
「ありがとうございます。では、お礼に今シャルロット様に一番必要なものを差し上げます」
「必要なもの?」
「はい。目を瞑って下さい。ああ、スキンシップの類は何もしません。セシリア様に誓います」
セシリアの名前を出した時の彼女は約束を守るというのは、エイダに対する学園の認識だ。
実際には今シャルロットの名前もそこに加わった訳だが、それはともかくとして一先ず身の安全は確保されたシャルロットはびくびくしながら目を閉じた。
「絶対に開けてはだめですよ」
「う、うん、分かったよ」
「………………」
「?」
「《シャルロット、私はお前だけを待ってるのに……》」
「!?!?」
少し下方から響く“ラウラ・ボーデヴィッヒ”の声に痺れ上がったシャルロットが目を開いた時、そこには何もいなかった。
ただ頭の中でいつまでも反響する声に熱くなりながら、砂浜によちよち出てきたシーツのお化けを見詰める。
じっと熱く。
焼ける砂浜より熱く。
「もうっエイダさんたらどこにいるのかしら!折角私に」
「このサンオイルを塗って差し上げればよろしいでしょうか?」
「きゃあ!エイダさん!驚かさないで下さいまし……」
驚きのあまりビキニを解いているのを忘れて体を起こしたセシリアの胸を隠しながらエイダは静かに頭を下げた。
周りで黄色い歓声が上がるのも慣れたもの。
どうせ内心役得くらいにしか思ってないことが分かってきたセシリアは何も言わず伏せった。
「もう隠して頂かなくとも結構ですわよ?」
「そのようですね」
随分と素っ気ないセシリアに一抹の寂しさを禁じ得ないエイダはサンオイルを手で伸ばしながら悲しげに目を伏せた。
髪を垂らし、睫毛を震わせるあざとい仕草をして見せると、小声で名前が呼ばれる。
涙すら浮かべて見せたエイダは温くなったオイルを塗りながら頭を下げた。
ボソボソと流石に聞こえない囁きに、もう我慢できなくなったかの如くスンと鼻を鳴らすと、セシリアは眉尻を下げて慌てた。
「そんな泣かないで下さいな。私だって一日中一緒と聞いていたのに早速姿が見えなくて寂しかったのですわ。ああ、もうっ……」
痺れを切らして腕を掴み、仰向けに押し倒したエイダに噛み付くようなキスを見舞ったセシリアは蕩けるような彼女の瞳を見て謀られたことに気付いた。
何度やられてもあざとい仕草に勝てない。
開き直ってじっくり今日の唇の熱を教えてやろうと思ったが、白昼堂々生徒の衆人環視がある中でそんなことが許されるわけもなければ許さない人がいる。
ザンッと頭の先の方に踏み出された足の主を見た二人の視線が泳いだ。
「この私が監督する合宿で堂々と不純異性交遊、いや同性だったな。まぁ、ともかくいい度胸だ、変態カップル共」
「お、織斑先生」
「……いやん」
「そこに直れ!!!!!!!!!」
「「ごめんなさーーーーーーーーーーーい!!!!」」
パラソルを振り翳したブリュンヒルデから一目散に逃げ出した二人は器用に走りながらセシリアの水着を着け直して砂浜を逃げていく。
「追いかけないんですか、織斑先生?」
「時間の無駄ですよ。奴らの話は毎日耳に入ってくるのですから」
「確かにそうですねぇ……」
パラソルを砂浜に突き立てた教員二人はさっさと忘れることにして一人の男子が中心にいる騒ぎへと歩いて行った。
そして、見事に追い散らされた二人は岩陰に隠れてしゃがみ込んだ。
ぜいぜいと荒れる息を抑えながら腰を下ろしたエイダはセシリアを見て渋い顔を浮かべる。
汗は仕方ないにしても、早速砂を被ってしまっている。
これはメイドとして明らかな失態。
「申し訳ありません。セシリア様、私があんな場所で誘惑したんむっふう!」
「ぷは、おやめなさいな。誘惑に応えたのは私も同じ!ならば、責任も半分。あの日の約束をもうお忘れ?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「ならば、もう一度おっしゃってみて下さいな。できますわよね?」
「は、はい。エイダはセシリア様のメイドを辞めて恋人になるので、これからは全部半分こ、です」
「そう。ですから、責任も半分ですわよ」
「セシリアさまぁ……」
うるうると涙を浮かべた上目遣いで遠慮がちに伸ばしてくる手を指を絡めて握り、また砂の上にエイダを組み伏せたセシリアは乗せられたことに気付きながらも唇を重ねた。
彼女も気を付けようとしているが、つい少し強すぎるくらい押し付けてしまう。
それも天性の誘い受けであるエイダの思惑通りではあるのだが。
「んん、む……んぅぅ……」
「んー、ちゅ。ふと思ったのですけれど、オイタが過ぎる恋人にお仕置きするのも恋人の役目、ですわよね」
嗜虐的な光を灯した青い瞳に見据えられた素朴な少女は、淑やかに瞼を閉じると何より愛しい金の束で口元を隠してか細い声を零した。
優しげな垂れ目を細めたセシリアは高圧的に首を傾げる。
少し前の彼女が帰ってきたかのようだ。
空いた右手で自分とお揃いのブルーのビキニに隠された胸を掴んだ彼女は微笑む。
「よく聞こえませんわよ、エイダさん?」
「…………お慕いしています、セシリア様……」
「ふふふふふ、えぇえぇ、とびきり優しく愛してあげますわ。」
だから、貴女もとびきりはしたなくお啼きなさい。
囁きに従ってか、エイダという小鳥は愛らしくも淫靡に囀った。
黄金の髪を振り乱して演奏するセシリアの求める旋律のままにその調べを奏でていく。
最も情熱的な調べを三度響かせてエイダが力尽きると、セシリアは自らを下敷きに恋人を寝かせて体温を分かち合った。
ぐにゃぐにゃになってしまった彼女と悪戯に接吻を繰り返しながら初めて会った日のことを思い出す。
自分の都合でほぼ占拠してしまった部屋に彼女が訪れ、雷に打たれて後底なし沼に嵌まったくらい完璧に恋に目覚めて落ちた自分は確かにこういったのだ。
――――……愛しています。セシリアのお嫁になって下さい。
確かに英語でその旨を手を取り抱き締めキスをして伝えた。
それに返ってきたのが。
――――……私がその気になるまで常にペッティングをさせてくれるなら考えます。
とくるとは思わなかった。
ブリュンヒルデが変態カップルと揶揄したが、なるほど自身セシリア・オルコットもエイダ・ブラウンも間違いなく変態だ。
変態が変態と出会って変態に目覚めて変態を悪化させただけのこと。
つまり最初からお似合いという訳だ。
セシリア・オルコットは常人には考えも及ばない過程を経てそう納得すると、実に幸せそうに恋人を抱き寄せるのだった。