オバロで練習作   作:きゃすたー(7mg)

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序章 這いつくばる者たち
終わりゆく世界


「時が来た──そして彼らがついに動き出す!」

「キックオフだ! 突入開始! ゴーゴーゴー!」

 

 占拠されたビルにばたばたと急ぎ足で突入していく強化外骨格装備の兵士たち。最新式のエネルギーライフルを装備し、真空状態や高温低温にも対応したアーマーを纏い、車程度は引きずれるほどのパワーアシストと超人的な反応速度を得る人体改造を受けた、まさに戦うための存在。

 

「手にするのは2133年に採用されたエネルギーブラスターライフル! 粒子ビーム方式を採用した強力なライフルが、反乱軍の旧式のアーマーを次々と撃ち貫いていくぅ!」

「えぇ~……こんなに簡単に貫通できるんですか!?」

「これなら反乱軍もイチコロですよね!」

 

 スクリーンにデカデカと効果付きで映し出されるのは出演者たちの“これは驚きです!”と言わんばかりの嘘くさい感想を映したセリフの字幕。ナレーションの女性が煽り立てるその画面では兵士たちが旧式のアーマーとアサルトライフルを装備した反乱軍の兵士たちを次々と撃ち殺し、赤い血がビルの中に流れていく様子が映し出されている。

 

「そして突入開始から僅かに十分……残された人質たちは無事に解放され、反乱軍は壊滅したのであった! 

 しかし彼らの到着までに数十人の人質が殺され多くの市民が負傷した。その殺され方は現場の兵士たちをしても、“惨い”と言わしめるものだったという……」

「VTRをご覧になっていただけたと思うのですが……これは酷いものですねぇ! 反乱軍ってこんなこと、よく平気でやれるもんですねぇ!」

「本当ですよねー! 私もう途中から殺された人たちが可哀そうで……涙が出そうになって……!」

 

 繁華街の夜だというのにスクリーンに映し出されるテレビの番組の内容はひどいものだ。果たして何人の人質が反乱軍諸共に撃ち殺されたのだろうか。その事実を知りもせず、スクリーンに映る芸能人や著名人はPMCを褒めちぎり、反乱軍の行いを悪しきものとして刷り込んでいく言葉を選んで印象付けていくのだから上手いものだと素直に感心してしまいそうになる。

 あの地区を担当するPMC……“Autunite 2.5”は企業の重役の天下り先としてその筋では有名な民間軍事会社だ。カネがあり、コネがあり、装備は潤沢で人材も多い。メディア全般も同じ系列会社の運営だから不祥事は報道されることもない。

 

 クソッタレな世界の空──背後に立つアーコロジーのドームを見上げてみれば暗雲で覆われた空が見えるだけだ。星の輝きは最早見えることもなく、重金属と放射線を含んだ雲が覆い隠すだけだ。

 アーコロジー内では今頃ワインやビールをあけて、肉料理や魚料理などが振舞われていることだろう。他の多くの人々は配給されたエナジーバーと合成のビール風飲料と、ちょっと贅沢して買った“サラミやソーセージ(クローン培養の謎の肉)”をつまむ程度だろう。

 

 一つの世界が終わる。それを知ったのは偶々だった。新作ゲームのレビューをつらつらと流し読みしていた中で不意に目に留まった一つの広告のことだ。

 

『DMMO-RPG“Yggdrasil<ユグドラシル>”サービス終了が決定』という見出しに目を奪われた。

 

 この薄汚れた、いや……病巣が至る所に蔓延り余命幾許もない死に体のような地球に生きる俺たちにとっての安らぎ。かつて二人してのめりこんでいたゲームが終わるという事実。それがほんの少しの侘しさを俺に齎したのだ。

 気づけば埃を被っていたコンソールを引っ張り出して掃除し、コンセントに電源ケーブルを挿入。システムを起動し、数年分にもなるOSのアップデートを開始していた。

 無性にイライラするのを抑えようとして電子タバコを一口。まだ終わらない、二口。もっと早くしろよ、と三口。…………更新が終わったころには、帰宅してすぐ封を開けたばかりのカートリッジが半分も減っていた。

 

 即座にヘッドギアを被り運営会社のホームページにアクセスしてログイン。最新版クライアントをダウンロードしてインストール。起動してアップデート。……そしてゲームにログインした。

 

 暗転する視界。真っ白な光が広がり、見えてきたのは最後にログアウトした地点──自身の住居(ホーム)の姿だ。鬱蒼と生い茂る森の中にぽつんと空いた土地に建てられた一軒の邸宅。ゴシック・リヴァイヴァル建築のカントリー・ハウスはストリベリー・ヒル・ハウスを思わせる純白の壁をしていて、よく観察すると細やかな彫刻がさりげなく施されている。ほんの気まぐれで依頼しただけなのに、とんでもないクオリティの拠点が手に入って二人して驚いたのも懐かしい。

 そうして次に始まったのが土地探し。比較的辺境の、というか敵MOBのレベル帯が低いワールドの中で更に低レベル帯、つまるところ初心者向けのフィールドを何か月もかけて駆けずり回った。そして落ち着いたのが平均レベル30以下、ヨトゥンヘイムの山脈地帯の麓に広がるこの森林地帯だった。野ウサギや野鳥、少数のオオカミなどが居る以外には脅威が無く、薬草系アイテムやキノコ系アイテムの採集地として初心者がたまに来る程度の静かな世界だ。

 ……高難度ダンジョンが発見されて一時期は廃人(ハイレベル)クラスや上位ランクギルド(やりこみ勢)が出入りするようにもなってPKなんかもされたりやったりしていたが、運営の計らいで所有者以外は邸宅や周囲の敷地内に入れなくなる措置が施されたんだったか。

 

 そういえばユグドラシルの運営は凝り性というか、頭のネジが外れてるというか、大雪山おろしから空中スクリューパイルドライバーをキメたようなブッ飛んだことをしでかす奴等だった。ならこれくらいはまだ控えめなほうなのかもしれない。別次元に通じるゲートがあってそこからしか邸宅に入れない、なんていうような大仰なギミックでないだけマシだろう。

 壁と同じ真っ白なドアも懐かしい。真鍮製のシンプルなドアノッカーは見た目こそ質素だが、ハンドルの部分は月桂冠(酒ではない)を模したもので葉脈の文様まで刻まれている気合の入りようだ。

 

 コン、コン、コン。

 

 もう叩くこともないと思っていた。けども、ああ、やっぱり俺は棄てきれないんだ。俺たちは遠く離れ離れになって会うことも難しくなり、それでも声が聞きたくて会いたくて、唯一得られた二人きりの時間をここで過ごして思い出を作り上げてきた。子どもを作れなくなった彼女はどうしても諦めきれなくて、このユグドラシルにソレを求めたことも覚えている。

 

「──ただいま」

 

 ひとりでに開く真っ白なドア。その向こうに──小学校にあがるかというくらいのちいさな、太陽のような輝きを帯びた黄金の髪の、黒いセーラーワンピースを身にまとった少女の姿があった。

 

「パパ! おかえりなさーい!」

 

 あどけない笑みを浮かべ、搾りたての真っ赤な鮮血を光に透かしたような瞳で俺を見る少女。俺たちの娘──という設定のNPCは、定められた通りの行動を定められた通りに実行し、定められた一定の声色で俺を迎え入れてくれた。

 思わず笑みが浮かぶ。いや、ゲーム内だから表情が変わるわけではないのだけど、この子に再び会えた歓びを感じている自分が居ることは確かだ。…………ここにあいつも居れば──いや、それは過ぎた願いだ。

 

「ふぅ」

 

 パタパタと駆け足で付いてくる娘(NPCだけど)と共にヴィクトリア朝時代を思わせる書斎に入ってソファに腰かける。娘も同じようにソファにぼふっと勢いよく座るものの……そこから先は微動だにしない。当然だ。プログラムされていない行動はとれないのだ。あの子のように俺の膝の上に飛び込んできたりなど……できないのだ。

 

 ふと思いついて、スクリーンショットのフォルダを開くとページをめくる。二人して様々なワールドを駆け巡った思い出が脳裏を過って、ちくりと刺すような痛みが胸を貫いた。

 ユグドラシルに存在する山の最高峰へ登った。湖のほとりで開かれたイベントに参加して惜しくも優勝を逃した。海辺で魚釣りをした。ワールドエネミーにたった二人で挑んだ。未だ見ぬストーリーイベントやダンジョンを探してワールド内を駆け巡った。桜並木を一緒に歩いたり、PKされたり、クリスマスツリーを二人で眺めたり、すべては電子の海の中で起こったことで、ゼロとイチの生み出す光景でしかないけれど、俺と彼女が一緒にこのユグドラシルで思い出を作ってきたことは決して虚構などではない。

 

 俺と彼女が流れ星の指輪(シューティングスター)に願って生み出されたこの子が、両親から何の思い出も与えられることなくただ消えていくだけになる。そんな空虚な、ただ寂しいだけの終わりなんて迎えてほしくない。自分の中の何かが“無駄なことをしているな”と思いながら、“やるべきだ”と後押ししている。

 

「──よし、決めた。旅行しよう」

 

 だからなのか、消えてしまう前に一つでも新しい思い出が欲しかった。無性に、衝動的に、この子を連れて世界(ワールド)を巡ってみたくなった。

 この子はレベルにして僅か一桁、それも種族レベルくらいしか持っていない非力な存在だ。一度でも刃が通れば死あるのみ……即ち消滅だ。さすがに最難関ダンジョンを無傷で連れ歩くなどできやしないが、駆け出しが居るようなフィールドであれば出歩くこともできるだろう。

 

「まだ半年あるんだ。それまでにいろいろと──うん?」

 

 ピロン、と聞こえた通知音に気付いてコンソールを開くと……軒並みオフライン状態のフレンドの中で唯一オンラインになっているフレンド名があることに気付いた。奇しくも、かつて彼女と二人で世界を巡っていたときに出会ったかの悪名高いギルドの主人(マスター)の名が、そこに記されていた。

 

「モモンガさん、か」

 

 ふとあのオーバーロードの顔を思い出した俺が彼にメッセージを送るのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

「ルイス・ローデンバッハさん、か」

 

 十分前に送られてきた突然のメッセージ。三年越しに聞いた声はどこか疲れた様子で、嫁自慢をしていた頃──彼のユグドラシル全盛期を知っているだけに不安な気分になってしまった。

 とはいえ三年前に最愛の人を失った直後に比べれば雲泥の差だ。あの時の彼は最早生きながらにして死んでいるかのような陰鬱な気配をまとっていた。

 今日声を聴いた限りでだけど、精神面は比較的安定しているようだった。まさか世界旅行(ワールドツアー)のスタート地点にナザリック大墳墓をチョイスするとは思ってもみなかったけれど。

 

「でも、スタート地点に選んでくれるっていうのも……ふふっ、なんていうか、嬉しいもんだなぁ」

 

 サービス終了まであと半年。それまでに精一杯遊び倒すつもりなのかもしれない。レベル5のNPCを連れてモンスターの跋扈する世界旅行をやり遂げるっていうのは無茶な気がするけど。

 

「よっし! 気合入れてロールプレイするぞぉ! 伊達でオーバーロードやってんじゃないんだ! あっちが吸血鬼の皇帝ならこっちは死者の王なんだ!」

 

 よし、そうと決まればまずはナザリックの陣容を見せつけなきゃな! メイドに執事、それに領域守護者を第一から第三層まで待機させて、案内先は円形闘技場にしよう! 階層守護者を勢ぞろいさせ、観客席にモブモンスターを大量に配置して……歓迎しようじゃないか、盛大に! 

 

 

 

「よく参られた。我が盟友……ルイス・ローデンバッハ殿。ユグドラシルワールド遊行の出立地として、我らアインズ・ウール・ゴウンが誇るナザリック大墳墓を選んでいただけたこと、どれほどの言葉を尽くそうとも感謝の念に堪えぬというもの」

 

 堂に入ったロールプレイだなと改めて感心する。ただ拠点の入り口の前に立ってセリフを言っただけだというのに、立ち振る舞いはまさしく支配者のそれとしか言いようがない。中身は普通の会社員なのに。

 

「気合入りすぎじゃね、モモさん」

「ムフン、どうです? こう見えて実はこっそりと練習してみたんですよ! せっかくですしルイさんもロールプレイしてみてはどうです?」

「いやいや! 俺には似合わないって。できないわけじゃないけど堅苦しいのは正直苦手なんだしさ」

「やってみなきゃわかりませんって。こう、ほんのちょっと胸張って声のトーン落とせばいいんですよ。リアルでもいい声してたじゃないですか」

「ま、まあ“声は”良いと言われるけどさ……」

 

 エモーションで“グッド! ”とアイコンを出したモモンガさんが急かすようにどうぞどうぞと待ち構えている。ウキウキしながらエモ出しするオーバーロードの姿には先ほどの威厳が微塵とも感じられない。

 

「久方ぶりだな、我が朋友。かつての動乱期の貴公を想起させる良い覇気を感じたぞ。時の流れは残酷にして無常の音の響きにも似たものだが、どうやら貴公には無縁であったようだな。壮健で何よりだ」

「貴殿もな。……いや、普通にカッコイイと思いますよ。これでもっと早くロールプレイしてればタブラさんとウルベルトさんも加えて四人で魔王ロールプレイできたのに……」

「それ“ヤツは四天王の中でも最弱……”ってなるパターンじゃない?」

「ワールド相手に善戦できるやつが何言ってんですか」

「守勢だから! 思いっきり守り固めてどうにか! だからな!」

 

 嫌なものを思い出した。ワールドチャンピオンのたっち・みーさん相手に戦わされる羽目になって必死に“次元断切(ワールドブレイク)”を“刹那の見切り”でカウンターしまくって受け流ししてたら本気出したたっち・みーさんが他の火力スキルを使って疾風怒濤と言わんばかりにゴリゴリ攻め寄せて押し切られたんだったか。チャンピオンだけあってプレイヤースキルも頭おかしい。

 

「思ったんですけど、この子ってNPCですよね?」

「ああ、そうだけど?」

「……レベル5のNPC連れていくんですか?」

「そうだ」

「アホかアンタはーっ!? 危険地帯にろくなAI設定もしてないNPCを! しかもレベル一桁! 連れて行ったら一撃で消し飛びかねないじゃないですか!」

「そうだな」

「わかってるならなんで──!?」

「思い出作りです。せめて、思い出だけでもと、そんな感じです」

 

 ぷんすかと怒っていたモモンガさんの動きがピタッと止まる。ああ、彼も俺が何をしようとしているのかは察したらしい。あと半年で終わるユグドラシルだが、だからこそやるべきことなのだ。

 ふと、隣に居るNPC……俺たちの娘と設定された彼女、レーナの姿を眺める。少なくとも、嫁はこの子を本物の娘のように大切にしていた。服や装備を揃え、家の中でとれるモーションを設定したり、過去にサンプリングされた声優の声を古いデータベースから引っ張ってきて与えたり。

 対して、俺は何を与えられただろう。せいぜい素材を用意したりコックのスキルで作った料理アイテムを与えたりした程度だ。そんなもので終わってはいけないと、俺は心の底で思ったから行動に出たのだろう。

 

「それに俺はこう見えて防衛や支援に関しちゃそこそこ自信あるんですよ。死なせはしません。この身を盾としてでも守り通しますよ。ま、俺が気づくより召喚した眷属が庇うのが早いかもしれませんけど」

「なんか不安ですね」

「低レベル帯のマップだからいけるいける」

「余計不安になった」

「なんで!?」

「ま、せめて中でゆっくり話しましょうよ。突っ立って長話するのもいいですけど、せっかく来たんだから中を見て楽しんでもらわないと」

「そうだな。モモさん自慢のナザリックだ。楽しませてもらうよ」

「っと、パーティ設定しなくちゃ。とりあえず作りますね」

 

 いざ入室というところでパーティを作り忘れていることに気付いたモモンガさんがパーティー編成を持ち掛けてきた。……のだがうんうんと唸るだけでお誘いのポップが出ない。

 

「……よしっ! コレだ!」

 

< モモンガ さんから パーティ名 “子連れ吸血鬼‐骸骨街道‐” への参加要請が届きました!>

 

「ひっでぇネーミングセンス」

「……そうですか?」

「だってモロにパクりじゃん」

「“ナザリック・ウィズ・ヴァンパイア”のほうがよかったですか?」

「モモさん、子連れ狼といいなんでそんな21世紀前後の映画知ってんの」

「以前ウルベルトさんたちと一緒に上映会やったんですよ。昔の廃墟から映画のディスクが出てきたらしくて、全員に配信したんです。いやーアレは爆笑しましたよ!」

 

 映画か。最後に見た映画はなんだったか。確か嫁が大興奮していたのは覚えているんだけどな。

 

「じゃあ行きましょうか! さあまずは第一層ですよ! あ、ちゃんとギミック切っておかないと……エフェクトで見えづらくなりますし、NPCが敵対行動に出る可能性もありますから」

「マジ?」

「ええ。基本的にNPCは拠点への侵入者に対して即座に攻撃行動に出ますから。その点ギルドメンバーがリーダーのパーティを組んでいれば襲われることがないんです。ただし拠点内でパーティや同盟から離脱すると即座に拠点外に転送されるので、組みなおすには拠点外に一度出ないといけなくなります」

「そりゃそうか。突然抜けられて背後からドスッってのはなぁ」

 

 まあ、上位ギルドには上位ギルドなりの苦労があるということだ。その中でもたった41人とはいえ最盛期にはランキング一桁にもあったギルドの盟主なのだから、その辺の知識も豊富なのだろう。

 ナザリックの中へ入るとまず出迎えたのは無数のアンデッドの軍勢。しかし彼らが立ち並ぶ姿は整然として規律正しく、一列になって無骨な片手半剣(バスタードソード)の柄を右手に持ち、刀身の峰を胸にあてるように袈裟懸けで保持した様子はまるで儀仗兵のようだ。

 実際、ただのスケルトンではなくその骨身に纏う(アーマー)籠手(ガントレット)伝説級(レジェンド)に近い聖遺物級(レリック)はあろうというものだ。拠点に配置するモンスターとはいえそこそこの数が配置できるMOB(その他大勢)にわざわざ装備させているあたりナザリックの財力と積み上げてきたモノがわかるというものだ。

 石造りの壁面に均一に配された松明の明かり。その微かな光で照らし出される古代文字や絵画は経年劣化による風化具合まで再現されたエフェクトがかかっていて、陰影が効いたスケルトンの儀仗兵たちと相まって威圧感すら感じる。

 

「よくこれだけ揃えられましたね。軽く見ても伝説級一歩手前の装備じゃないですか?」

「あ、そういえば知らないんでしたっけ。二年ほど前に過疎化対策でレア武器ピックアップガチャとかカムバックキャンペーンがあったんですよ。その中に特定モンスターの限定ドロップ神器級(ゴッズ)装備が含まれているっていうのがあってですね──」

「買いまくったわけだ。で、余ったと」

「……お恥ずかしながら」

「あの時よりも装備が豪華になってるもんだからどれだけ頑張って稼いだのかと思ったら……結果として何人で回したんです?」

「5、6人ってとこですかね」

「それで、何回ほど回した?」

「……300連ほどですかね」

「そうか。じゃあ聞くけど──お求めだった品は?」

「……あなたのような勘のいいヒトは嫌いですよ」

「オーケー、俺が悪かったよモモさん」

 

 やはり知るべきではない、思い出したくない出来事だったらしい。俺も1500人の討伐部隊の波状攻撃なんて思い出したくもない。いきなりメッセージで救援を求められたかと思えば嫁に引っ張られ、ナザリック外縁部で他の異形種ギルドのメンバーと即席のパーティーを結成して侵入阻止のための防衛戦をさせられる羽目になった。<号令>のスキルでひたすらに火力部隊の強化と足りない手数を補うための眷属召喚を繰り返したんだったか。結局第四波の迎撃のとき初手ワールドアイテム“光輪の善神(アフラマズダー)”でメチャクチャデバフくらったところに号令料理その他スキルバフマシマシ“失墜する天空(フォールンダウン)”ブッパで半壊して……悲惨だったなあ。

 

「これだけ装備を整えたとしてもあの時みたいな場外乱闘には打つ手なしなんですけどね。拠点外で起こる戦闘となると……」

「奇遇ですねモモさん。俺もあの日のことを思い出してました。アフラマズダーはいやだ……! アフラマズダーはいやだ……! ああ! 光が! 広がってっ……!

「……嫌な事件でしたね……」

 

 なんやかんやとモモンガさんと会話しながらスケルトンの儀仗兵が立ち並ぶ中を歩いて進むと、第四層への入り口の前で立つ一体の影が目に入る。

 一言で言えば宮廷に住まう貴族のような印象を受けるNPC。上から下まで漆黒のボールガウンドレスにカーディガンもヘッドドレスも同じように漆黒。しかしながら真っ白なフリルやリボンもあしらわれていて、深窓の令嬢という雰囲気を纏っている。

 

「このNPCは?」

「シャルティアといいます。ペロロンチーノさんの作ったNPCですよ」

「あのエロゲーマニアの、か。……はてさてこの子はどういうエロを詰め込んだのやら。見かけからはさっぱりだ」

「聞いた限りではなんかいろいろ詰め込んだそうですよ。俺の嫁って自慢してましたから」

「きっと俺たちじゃ想像もつかないような設定なんだろうな」

「……ありえますね。私も一部は知ってますけど、詳しい全容までは。さて、とりあえず“付き従え”」

 

 モモンガさんが指示コマンドを発すると、シャルティアと呼ばれた少女は優雅に一礼してモモンガさんの後ろに若干の距離をもって回り込んだ。

 ……簡単なものでもいいからレーナにも組み込んでみようか。お辞儀の仕方や挨拶の仕方程度は備えていてもいいかもしれない。エロスにすべてを捧げた彼、ペロロンチーノのNPCへのこだわりと作りこみようを見た俺はどうやら感化されてしまったらしい。

 おかげでやりたいことが一つ増えたよ。ありがとう、我が同志よ。意気投合から5分で“ケモミミは頭の上派”“人間の耳の位置派”で袂を分かつこととなったがお前の熱意は素晴らしいものだったと記憶している。

 

『バカヤロウ! ケモミミは頭の上にあるからいいんだろうが! 獣の耳、つまり犬猫のように頭の上にあって然るべきなんだよ!』

『ニワカ乙。人間的な要素と獣的な要素が融合してるからこそ“そそる”んじゃねーか。頭の上にただ乗っけただけの要素なんぞおっ立ちもしねーんだよ。脳みそまでカビたか?』

『アァンっ!? ケモミミって言えば大概は頭の上についてんだ! 人間の耳の位置派なんぞ21世紀の中頃には消滅したようなもんだろ! つまり世界の潮流は頭の上派なんだよ! 格が違うんだよ格が! 消えろ、イレギュラー!』

『……いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。マッハで蜂の巣にしてやんよ!』

『たっちさん相手に持ちこたえたって話だが、中近距離戦ビルドの指揮官型に純遠距離超火力ビルドが負けるわけねえだろォ! 行くぞぉぉぉっ!』

 

 あの時は引き分けたが……先に切り込んだのはこちらなのだ。カウンター気味に“天地儘滅の太陽(ライジングサン)”を食らったが、俺の剣のほうが先に届いたのだから俺の勝ちだ。つまり“人間の耳の位置派”の勝利なのだ。アイツは頑なに認めようとしなかったが事実は事実だ。

 表層部とはいえナザリックそのものにかけられた防御を貫いて、第一層から第二層の中ほどまでブチ抜くあのスキルを最後の最後で直撃させられたのは痛かった。あれさえなければ引き分けることはなかったのに。

 

「さ、ここです」

「……こりゃあスゴイ。屋内に空とはなぁ」

 

 地底湖と氷河を抜けて出た先、鬱蒼と生い茂るジャングルが目の前に広がる。木々で少し見えづらいものの、空を見上げれば青い空が広がって白い雲が流れ、風の流れさえも再現されているのか木々がざわめく音が聞こえてくる。

 

「ブループラネットさんの努力のたまものですよ」

 

 フフン、と自慢げに胸を張っているあたりモモさんにとっても思い出深いものなのだろう。しかしこれほどの規模で、過去の記録映像で残る程度でしかないジャングルの景色を再現してしまうのだからブループラネットという人物の熱意は素晴らしいものだ。ペロロンチーノのエロスへの熱意すら足元にも及ばないだろう。

 

「こりゃあ……たまげたなあ」

「ようこそ! 円形闘技場(アンフィテアトルム)へ!」

「建築はローマ風か。コロッセオを参考にしたんだろうなこりゃ。階層ごとに装飾や建築様式が違うし、素材も古代式のコンクリート造りだ。地下にはやはり巻き上げ機や出入口を完備しているんですか? 水道橋から水を引いて模擬海戦ができるようなプールになったりする機能も?」

「えっ? えー、そ、そこまでは、ちょっと……わからないですね」

「……そうでしたか」

「しかし、コロッセオって水が入っても大丈夫なんですか?」

「ああ、コロッセオは水道橋を利用して水を溜め込んでプールのように使うことができたんだ。模擬海戦が競技の一つとして行われていたらしいし。もう二千年以上前の話なんだけどな」

「そりゃあスゴイ! というかさすがの知識ですねルイさん。そんな知識を持ってる人なんてそうは居ないですよ」

「俺の家柄故だな。……人々が今みたいに知識と思考能力を奪われるよりも前に作り出された知識の蔵。それがあるからこその今の俺がある。といってもいかがわしい雑誌から学術書まで見境なしに集められたから整理すら終わってないんだけどな」

「確か……本でしたよね。あのすぐ破れるクセに傷みやすい、クッソ高い値段がする紙でできたやつ」

「今でこそ本と言えばデータだが、昔は紙媒体の本ばかりだったのさ。でも本はかさばるし重いから、次第にデータ化されたものが主流になっていったわけだ。その結果、第三次大戦後の世界では企業が世界中のネットワークとデータを掌握し、アーコロジー外に住む人々には知識という財産が分け与えられることがなくなった。

 代わりに何が与えられた? クソマズイと評判のエナジーバーと基本無料で楽しめるプロパガンダ付きのゲームと映画に、格安で受けられる病院くらいなものだ。時間が経つにつれ民衆から知性は失われ、先ほどの三つで生活するのが“当たり前”になり、それが“普遍にして不変のもの”として新しい世代の“常識”になっていった。

 地球の自然環境こそ人類にとって最大の財産だというのに、企業を牛耳る輩がそれを破壊してまで自身の豊かさの追求と保身に努めた結果が今のこの世界さ。

 まあ、いずれ等しく地球上の生命も死に絶えるだろうさ。そのとき奴らは宇宙に進出して火星あたりをテラフォーミングして王様きどりでふんぞりかえってるんだろうけど」

「ルイさん、そのへんで……」

「っと、そうだな……目先に釣らされたニンジンを追いかける馬どもが躍起になる前にやめておこう」

「真っ向から喧嘩売っていくスタイルやめい」

 

 衆愚政治はクソだが愚民政策なぞもっとクソだ。何も考えない国民というのは扱いやすい駒ではあるが、それは国家にとっては害悪でしかない。治安は乱れ、教育はままならず、学問が発達することもなく、感情のままに行動するだけの国民を統制するなぞできるわけがない。

 だが巨大な複合企業であればどうだろう。食を支配し、エネルギーを支配し、メディアを支配し、医療を支配し、ネットワークを支配し、教育を支配し、そして最後には感情すらも支配し……そうやってヒトが生きる上で必要となるあらゆるものの根元を抑えてしまえばどうなるか。

 最早知識層以外はただの家畜同然だ。反抗する力などなく、知識も技術も奪われ、生きる力さえ奪われる。考えてもみれば、地球環境の悪化は彼ら企業にとってはむしろ追い風なのだろう。食うため生きるためには企業にすがらざるを得ず、逆らえば死だ。

 地球環境の改善を行う事業のほうが長く太く儲けられる事業だと俺は感じるのだが、企業は自然を……地球を食らいつくすことを決めたのが事実だ。いずれ尽きて儲けられなくなることがわかりきっている方策に投資する心理は俺にはわからないが、企業のトップはそうではないと判断したのだろう。完全にルビコン川を越えては引き返すなどできないと理解しているのだろうか? あるいはそれすらも儲けに変える方法があるのか。

 そのうち非知識層はロボット──それも人間以上の性能で人間より安い“維持費”で動く彼らに取って代わられる日が来るのかもしれない。要らなくなったなら、その先にあるのは廃棄場だろう。大量の非知識層はグラインダーに放り込まれて家畜や動物園の肉食獣のエサとして駆逐され、一部の上流階級とそれを支える無数のロボットたちがこの星の主役となるのだろうか。

 いずれにせよ死に絶える運命にある従属なぞ俺は御免被る。彼女と我が子の未来のためにと企業内で革新派の主要メンバーになるまで歩んできたのだ。……娘を爆破テロで失い、彼女が病で他界するまでは。

 ふと、リアルでの娘にそっくりなNPCであるレーナに目が行く。俺はまたしても失うことになるのだろうが、それでも残すべきもの、残せるものがあるはずだ。そう確信している。

 

「──というわけで。聞いてました?」

「──大丈夫だ。行こうか、モモさん」

「ん? じゃあ行きますか」

 

 ギギギと軋んだ音を上げて闘技場の門が開かれる。目の前に広がる圧倒的な数のモンスターの観衆たち。観客席の下から上まで埋め尽くす大量のモンスターと、だだっ広い闘技場の真ん中に立つ数体の影が目に入る。

 

「さっきのおさらいです。ロールプレイしてみましょう。それじゃ!」

「え? ちょ、まっ」

 

 即座に<飛行(フライ)>を唱えて飛び立つと、後ろについていたシャルティアも続いてモモンガさんと飛び立ち、中央で待つ影の下へと向かっていった。後に残されたのは俺とレーナだけだ。

 

「諸君! 長らく待たせてしまってすまなかったな。此度は久々に我らがナザリックへの訪問者が現れた!」

 

 んでもっていきなりの演説が始まった。おい俺にどうしろってんだよモモンガァ! 

 

「とはいえ侵入者ではない。諸君らをここに招集したのは彼に我らがナザリックの威容を誇示するためである! 彼は我ら至高の四十一と対等の素晴らしい男だ。この私がぜひとも我らがナザリックへ──アインズ・ウール・ゴウンへと望むほどの強者である! 紹介しよう!」

 

 突如、晴れ渡っていた青空が夜空へと切り替わる。どこからかスポットライトに照らされ、浮かび上がるのは俺とレーナだけになった。観客がモモンガさんだけとはいえぶっちゃけ羞恥プレイじゃねーか! 

 

「彼は──我が盟友!

 彼は──(あか)の帝王! 

 彼は──吸血鬼の支配者! 

 彼は──彼こそは、かの高名なるギルド“紅き館”の第二席に座す者、ルイス・ローデンバッハである!」

 

 いやそれ過去形だからな! かつて在籍してたってだけだから! 

 

『ほら、もうすぐ暗転とけますからエフェクトいっぱいのスキル使ってください!』

『いきなりやれと言われてできるか! ロールプレイってこんな面倒なのかよ!』

『いいからほら! 暗転とけちゃいますから!』

 

 次第に暗黒の帳は鳴りを潜め、明るさを増す空とゆっくりと弱まっていくスポットライトの中でとりあえず武器の効果で使用可能になる、エフェクト付きスキルを選択。左腰の剣を抜き放って地に突き刺すと同時に発動する。

 

<スキル 紅の湖(ナトロン) 発動>

 

 空から明るい光が差し込むと同時に、剣先からジワリと溶けだすように赤い水が円形闘技場に広がる。外壁を蝕むように静かに侵食する水に触れる寸前、モモンガさんが貴賓席にまで飛びのくのにわずかに遅れて、彼の後ろに居た数体のNPC──おそらくモモンガさんが言っていた守護者だろう──も続いて飛びのいた。

 

「なるほど……これが噂に聞くナトロン……触れれば周囲のあらゆるものを無慈悲に石化させるという……」

「然り。この紅き湖上に立つ者は須らくその動きを止め、やがて石となり果て彫像と化す。そこに動くものは、ただ我が身一つのみ」

「フフ、ナザリック内にすら自身の領域を作り出してしまうとは。流石は我が盟友(とも)……味な真似をしてくれる。叶うものなら貴公を従えてみたいものだが……」

「抜かせ阿呆(あほう)が。従属なぞ御免被る! 我が道を阻むならば万象悉く石と変え、粉微塵すら比較にならぬほどに打ち砕くのみよ!」

「クハッ! で、あるな。やはり貴公は“我が友”だ! 従属するなぞ貴公らしくない! それでこそ我が友だ! やはり対等の関係というのは心地よい!」

 

 思いのほか言葉がするすると飛び出してくる。いや、俺は中二病なんぞかかっちゃいないんだぞ。ほんのちょっぴりノッてきただけだ。所謂酔っ払いのやってることと同じだ。

 モモンガさんはなんかオーラ系のスキルまで発動して気合を入れ始めた。声のトーンは低いままだというのに、高揚した感じを含ませ手にしていた杖を掲げ始め──っておいまさかPVPやろうってんじゃないだろうな。

 

「ん? アイエェェェーッ!? いきなり石化食らってる! ナンデ!? ナンデェ!?」

「は?」

「えっ?」

「ちょっ! この変な赤い水何なの!? 完全耐性貫通して時間経過で石化とか鬼畜じゃねーか!」

 

 円形闘技場の片隅に目を向けると、もぞもぞとうごめく真っ黒なスライム的なナニカが赤い水を滴らせてのたうち回っていた。

 

「ヘ、ヘロヘロさん! あっ、スキル解除して! ルイさん、スキルスキル!」

「あっ、ちょいまち」

「モ、モモンガさん! ヤバイ! 助けて! 石化す──!?」

 

<スキル 紅の湖(ナトロン) 解除>

 

「ヘロヘロさぁぁぁぁーん!?」

「……その、すまん」

 

 解除──するよりも早く真っ黒なスライム的なナニカが石像と化した。とりあえず状態異常解除の魔法ですぐ回復したが、中の人が落ち着くまでには十分の時間を要した。

 

「するとモモンガさんのフレンドさんだったわけですか」

「いやはや、驚かせてすみませんね。ルイス・ローデンバッハです。モモさんにはルイさんって呼ばれてます」

「これはどうも。ヘロヘロです。特に短くしてもあんまり意味がないのでそのまま呼んでください。

 いやでもマジで最初はビックリしましたよ。すわ討伐隊の再来か、と思いましたもの」

「すわ?」

「大変なことになったときに使う古語……だったはずです」

「感動詞っていうやつで、正確に言えば驚いたときや大事件でビックリしたときにつく言葉ですよ。小説とか字面で使うことが多いから普通は言わない」

「なんでそんなの知ってるんですかヘロヘロさん。というかもっと詳しいルイさん……は知識層だったなそういえば」

「知識層じゃない。知識人だ」

「何か違うんですか?」

「大いに違う。けど……説明し始めたら止まらなさそうだからやめとく」

 

 なんやかんやあったものの、モモンガさんが懇切丁寧な説明をしてくれたお陰でヘロヘロさんからの誤解は解けた。防衛用のNPCなんかは解散させ、今では円形闘技場の外の木々の根っこに腰かけて雑談している程度には仲良くなれた。

 お陰でいろいろとお互いについて知ることができたのは言うまでもない。彼がブラック企業勤めでデスマーチしていたこととか、つい昨日それが終わってログインしたとか。しかしまた二日後からデスマーチらしい。

 

「そういえば、そのNPCはルイさんのですか?」

「ええ。といってもレベル5ですけど」

「うーん……どこかで見たような気がするんですけどね……まあ可愛いNPCはいっぱい居るけど、その中でも特にレベル高い……」

「そりゃあウチの娘は最高にかわいいからな。つまり最カワだ」

「ルイさん、その子娘設定してたんですか……」

 

 モモンガさんがこちらを見る視線がやけに冷たい。いいじゃないか。失った娘の代わりなのだとしても、たとえあと半年で消える運命なのだとしても、この子は俺にとって……彼女にとって確かに娘だったんだから。 

 

「なんだモモさん! 可愛い娘を可愛いと言っても何も悪くないだろ! 可愛いは正義だぞ!」

「そうですよ! 可愛いは正義なんです!」

「黙ってろロリコンども」

「でも、可愛いだろ?」

「……かわいい」

 

 ほらみろ! やはり俺たちの娘は世界一可愛いのだ。俺の膝の上に飛び込んでくる姿も、大好きなおもちゃで遊んでいる姿も、嫁と一緒に本を読んでいる姿も……本当に可愛らしかった。ああ、とても可愛い娘だった。

 

「ルイさん、この子動かしてみてくださいよ」

「え? あー、この子のAIってそんなに弄ってないからあんまりとれる動きがないんですよ。基本的なモーションくらいならできるんですけど──」

「もったいない! それはもったいないですよルイさん!」

「お、おう」

「いいですか!? 今でこそユグドラシル以上の精巧なAIやモーションがあるゲームは多数ありますけど、このユグドラシルのモーション機能は手足の運びから重心移動まで自由にカスタマイズできるんです! 

 しかもレベル100のNPCに施せばビルドの相性もあるとはいえプレイヤー相手に完封することだって不可能じゃないんです! それを生かさないまま死蔵させておくなんてもったいないにも程がある!」

「アッ、ハイ」

「よっし、私がやります。この子に見合うモーションを考えてAIである程度自由に行動できるように組み上げてみせます!」

 

 俺はなんか勢いのままに押されていたが、ヘロヘロさんは燃え上がるようなエモーションを出して立ち上がって(?)宣言しはじめた。大丈夫なのかコイツ。デスマーチ明けのテンションのまま居るんじゃないよな? 

 

「あの、大丈夫なんですかヘロヘロさん? 健康診断がレッド通り越してるなんて言ってたのに」

「……大丈夫かって言われるとちょっとキツいです。でも昔作った基本的なプログラムがありますし、それを流用して少し弄るだけで使えるようになりますよ。それに戦闘はしないんですから、女の子らしいちょっとあざと可愛い動きとか純真純朴な子どもっぽい動きをいくつか考えるくらいですよ。そう大した負担にはなりませんって」

 

 彼のその言葉が所謂“フラグ”であるということを、この時のモモンガさんも俺も気づいていなかった。

 

 

 

 なんやかんやと慌ただしいナザリック訪問を終え、ユグドラシルワールドめぐりが幕を開けた。最初に初心者向けのフィールドを選び、その中でもあまり人が寄り付かないマップ……所謂過疎マップをピックアップした。

 過疎というのは珍しいものではなく、経験値効率やマップ上に出現するエネミーの強さやドロップアイテムなど原因は多岐にわたるが、それ故にあまりマップの探索がされていなかったりする。ワールドサーチャーズというギルドがユグドラシルの探索を進めてきているため多くの情報が網羅されているものの、知識で知っているのと実際にマップを歩いたのとではまったく印象が違うのだ。

 そう、ユグドラシルはVRを用いた体感型ゲームなのだ。なればこそ本来の在り方に立ち戻る意味も兼ねて、俺たちが“冒険”を選択するのは必然のことでもあったのだ。

 

「いやあ、解説ページを見る限りではほんとなんにも見どころが無いと思ってましたけど、意外と発見が多いですよね。フィールドごとに鳥の種類が違ったり、花が咲いてたり、湧き水なんかもありましたし。

 ワールドサーチャーズが最初期に調べたきりのマップとはいえそこそこ解説に乗ってないものもありましたね。更新のときにしれっといろいろ追加されてるんでしょうか?」

「初心者向けのフィールドとはいえいろいろ凝ってましたね。それにこうやって狩りや稼ぎ関係なしでフィールドを歩くのは久々ですよねぇ……ああ……VRとはいえ青空はいいものです……」

「俺なんて三年ぶりですよ。しかもこんな初心者フィールドを歩くのなんてそれこそ十年ぶりくらいじゃないですか?」

 

 VRとはいえ天気は快晴。雲一つない空を背にした丘陵地に馬車が通れる程度には踏み鳴らされた街道が一本、延々と丘の上まで続いている。

 このマップのエネミーの平均レベルはたったの15でしかないが、念のためにレーナには状態異常完全耐性装備セットにHPマシマシ装備を与えておいた。装備レベル制限にかからないように一般装備にエンチャントを施したりレベル制限無しの装備をかき集めて二日で作ってしまった。パーティーで狩るのは久々だったが、付け焼刃の連携とはいえ上級ダンジョンを踏破できたのはうれしいことだ。

 うちの可愛い娘、レーナは後ろをとてとてとついてくる。手にはモモンガさんが持たせてくれた余り物の身代わり人形(テディベアバージョン)がおさまっていて、背中には小物が収められるインベントリ系の拡張アイテムを装備することで収納量が低いNPCにありがちな“持ち物がいっぱいです”という状況が頻発するのを回避している。もちろん拠点に戻れば整理するが、何時間かフィールドを探索するだけなのでそこまで荷物が増えることもないだろう。

 

「そういえばゲーム内の時間帯は昼間ですけど、ルイさんやレーナちゃんの種族ペナルティは大丈夫なんですか?」

「ええ。ただの吸血鬼ならヘロヘロさんの懸念通りに能力が低下するんですけど、俺は種族こそ異形種扱いですが吸血種のクラスを取ってるので亜人種に近い性能なんですよ。

 人間用装備や職業が使える代わりに異形種の耐性とか本来の形態なんかが犠牲になってますけど、異形種ならではのデメリットも打ち消されてるんですよ。なので日光に当たろうがどうってことないんですよね」

「……もしかして、流れ星の指輪使ったんですか? 吸血種って亜人種用の種族でしたよね?」

「使っちゃいました。……なのでシステム上は異形種扱いだけど内部的には人間種の近似値っていう不可解なことになってます。人間種ベースで異形要素をくっつけたみたいなポジションになってるみたいで、回復は人間種同様、一部の耐性は異形種、装備は人間種と亜人種と一部の異形種っていうカオスぶりですよ」

「うっわー、プログラマーとしては考えたくもない! バグの温床になっててもおかしくないじゃないですかそれ。運営──っていうか開発側に同情しますよ……」

 

 くわばらくわばら、と真っ黒なスライム──ヘロヘロさんはぶるりと体を波打たせて縮こまる。恐ろしい見かけの骨といい不定形の粘液といい、種族が種族だというのにそのモーションはいちいち愛嬌がある。

 そんな他愛のないおしゃべりと共に歩き続け、だだっ広い草原が眼下に広がる丘陵地の頂上へとたどり着いた。敵がいるわけでもなく、ただ平穏が広がる山頂ににぽつんと佇む三つの石碑が目に留まる。

 

「ん?」

「お?」

「むむ?」

 

 三者三様のクエスチョンマーク。赤いハテナと緑のハテナに黒いハテナのエモーションのアイコンが同時に並んだ様子はきっと見る人が見ればツッコミをすることだろう。

 

「なんですかねこれ?」

「さあ? モモンガさん、解説ページに載ってます?」

「んー……それっぽいのは見当たりませんね。更新日が5年前なので……何かのパッチで新しく追加されたんですかね?」 

「ふーん。とりあえず調べますか。どうせ初心者用フィールドだからダンジョンってことはないでしょ」

 

 特に警戒もなく近づいて石碑の字面を眺めてみると“考古学者(アーキオロジスト)”のパッシブスキルである<言語解読>が発動して象形文字の字面が漢字かな交じり文に形を変える。

 

「えー、“狩人のオリオン、この地より魔犬の親子を走らせる。魔犬の親子は二手に分かれ野ウサギを追い立て、オリオンが弓矢を射るも一角獣に此れを阻まれた。野ウサギはアルデバランの導きによってエリダヌスへ無事に逃げ込んだ”」

「つまり……! どういうことなんですかヘロヘロさん?」

「いや、わかんないです。ルイさんはどうです?」

「推測でいいのであれば一応あります。まず最初の文は簡単だと思います。ここにオリオン座の三連星になぞらえた石碑があるのですから、スタート地点であることです」

「どう考えてもその通りですよね。というか石碑がある時点でそう思います」

「ここから先がいくつか解釈によって違う可能性があります。言葉通りに解釈して天体になぞらえて考えると、ここから空を見上げてオリオン座、こいぬ座、おおいぬ座、うさぎ座、エリダヌス座と星を追って進むことでゴールにたどり着くんだと考えられます。もしくはエリダヌス座のほうを目指して進むだけでいいかもしれません。

 二つ目にこれがクエストである場合。このフィールドを前もって調べたところ、フィールドのボスにオオカミ系のボスがいるエリアがあるのはわかってます。その地点と今いるこの場所を星図に当てはめて、エリダヌス座が位置するだろう方角、あるいはうさぎ座がある場所へ進む場合です。

 三つ目ですが、この付近にある川をエリダヌス座として当ててうさぎ座との位置関係をはじき出してアルデバランが位置するだろう方向へ進むパターンです。まあ、魔犬に追い立てられたという一文とエリダヌスへ無事に逃げ込んだという一文があるあたり二番目が一番可能性としては高いんじゃないでしょうか。

 真ん中の一角獣のくだりはフレーバー的なものでしょう。一角獣座はあまり目立たない星座ですから、そこまで重要視しなくても大丈夫です」

 

 ポカーンという様子でこちらを見る(?)異形が二つ。顎を半開きにして中空に目線を飛ばす骸骨と、もぞもぞと波打つだけのスライムがクエスチョンマークを浮かべているだけだ。まあスモッグと分厚い放射能雲のせいで綺麗に晴れ渡った空を見上げるなぞできやしないし、興味を持たなければ知ることもないのだから仕方がない。

 

「あー、つまり空に浮かぶ星々に従って進む方法と、天体図とフィールドの地形やエネミーの配置を当てはめて割り出す方法と二種類あります」

「……なるほど、テンタイズっていうのと照らし合わせるんですね」

「セイズ、って何かよくわからないですけどとりあえずやり方はわかりました」

 

 ……まあ興味がない人は知らない単語であるのは違いないだろう。特に情報というものが統制されている今の社会では知る人は少ないだろうし、この反応はある意味では普通のことだ。

 とそんなことを考えているとピンク色のフレームに草花をあしらったポップでかわいらしいメッセージボックスが表示された。見たところクエストの通知らしく、tipsまで表示されているあたりかなり親切だ。

 

<探索クエスト “ちいさきもの” 参加メンバー 4/8人 制限時間:なし

 ミッション進行度 1/5 探索目標:ウサギとオオカミを探しだせ!

 tips:丘のふもとから西側はオオカミの狩り場だ!>

 

「おお、すっごい親切。上級のフィールドじゃまず見ないですよねこれ」

「ヘロヘロさん、あくまで初心者用のクエストですからクエスト関連のシステムについてのチュートリアルみたいな感じなんですよきっと」

「なるほど、このヒントのお陰で絞り込めた。おそらく順を追わないとたどり着けないタイプです」

「それじゃ早速行きましょう! 簡単とはいえ未知のクエストですよ! おそらく発見者名が残るはずです!」

 

 意気揚々と駆け出すオーバーロードを追いかけて丘を下ると少し開けた雑木林が待っていた。針葉樹の木々が立ち並び、苔むした岩や倒木が時たま目につく様子は林というよりも原野と呼ぶべきだろう。

 ちょうど中央付近まで来たところで、前を進んでいた骸骨がピタリと足を止めたのを見て剣を抜く。

 

「いた! 6匹ほどのうさぎの群れですけど……なんですかねアレ?」

「何かのモンスターみたいだ……一角獣……ユニコーンっぽい見た目ですね」

「とりあえず行きましょう。ユニコーンなら問題ないですし」

 

 少し開けた木々がまばらな場所で横たわるユニコーンらしい真っ白な獣。その近くに行こうとして不意にアバターの動きがとまり視界が暗転する。

 苔むした岩場を乗り越えて真っ白な獣へ飛び掛かる大小二つの灰色の影。一目散に逃げ出したうさぎたち。気づいたユニコーンが立ち上がり角を向けた──その直後に喉元へ大きなオオカミが食らいつき、小さなオオカミがユニコーンの足をかみ砕いた。

 息絶えたユニコーンからこちらへと向き直る二体のオオカミ。その姿がパンアウトして、元のアバターからの視点に戻ったところでモモンガさんが声を発した。

 

「ムービー付きですか。ということは──」

「ええ。クエストが進行しました。内容が二体のボスの撃破になってます」

「二人とも来ますよ!」

 

<スキル “解析(アナライズ)” 発動>

 

 “調教師(テイマー)”のスキルでエネミーの情報を取得。職業レベルが低いせいで大した情報はないが、基本的な部分なら丸見えだ。それぞれ独立しているらしく、HPは大きいほうが高く小さいほうが低い。攻撃力や防御力も同じ感じだ。しかし小さいほうは回避力バフと毒・疫病デバフを付与する通常攻撃を持つらしい。

 

「大きいほうがタフですがこれといって難しいことはありません。レベルも30なのである程度の初心者のパーティーなら倒せます。小さいほうは柔らかいですが毒や疫病のデバフ持ちです。しかも回避バフでなかなかの回避率になりますよ」

「了解です。じゃあいっちょ行きますか! とりあえず魔法<集団標的(マス・ターゲティング)>かーらーのー……魔法<火球(ファイヤーボール)>!

 

 モモンガさんが鼻息荒げに無慈悲にも“集団標的(マス・ターゲティング)”まで使って低位階の魔法をぶっぱする。そこそこの速度で飛んで行った火炎の玉が、前に出てきた大きいオオカミに直撃し敵を消滅させる。同じように小さいほうへ同じ火球が飛んでいくが──あっさりと岩を足場に飛び越えられて火球は苔むした岩を消滅させるに終わった。

 

「ファッ!?」

「よっ、避けられてやんのー! レベル30にマルチロック使ってんのに魔法を避けられるオーバーロードとか草ァ! ヒヒッ、お、お腹がよじれるぅ!」

「ひっ、必中効果なしとはいえ……ぷぷっ、これはひどっ、ククッ!」

「だまらっしゃい吸血鬼モドキとオイリースライム! たまたまです! こんなのたまたまだから!」

 

 大爆笑する漆黒の粘液とあたふたしながら<魔法の矢(マジックアロー)>で小さいほうを仕留めるオーバーロード。かくいう俺自身笑いをこらえるのに必死で腹が痛い。

 片手間で消えていった二体のボスモンスターのドロップアイテムを笑いをこらえながら回収し、次のクエストを確認する。

 

「えーと、次はうさぎを追いかけるみたいですね。モモさん、魔法の矢(マジックアロー)は撃たないでくださいね。うさぎが死んだら失敗扱いされるかもしれないんで……ぷぷっ」

「おっし、ルイさん失墜(フォールン)食らわせるからちょっと動かないで。動くなァ!」

「まあまあモモンガさん。渾身のドヤ顔ファイヤーボールはかっこよかったですよ。ファイヤーボールは……ぶふっ!」

 

 チクチクとモモンガさんをイジりつつ追跡対象となったうさぎを探し出すと、ぴょんぴょんと走って逃げていくうさぎを追いかけて、青空の広がる野原をピクニック気分で歩きながら川べりにまでたどり着いた。

 

「んん? 姿が消えましたよモモンガさん。魔法の矢(マジックアロー)使いました?」

「ヘロヘロさん、<魔法最強化(マキシマイズマジック)>からの<内部爆発(インプロージョン)>か<現断(リアリティ・スラッシュ)>あたりがお望みですか?」

「冗談ですよ冗談! というかマジで見失ったみたいなんですよ。ちょっと上流のほう見てきます」

「そういうわけなんでそのへん探してみてくださいよモモさん。俺は下流のほうを探してみます」

「……わかりました」

 

 ちょっといじけつつも探し物をし始めたオーバーロードの背中はどこか哀愁を帯びたような寂しさを感じさせるが、“回避率バフがある”と言ったのに必中ではない<火球(ファイアボール)>を撃ったのだから仕方がない。

 

「あ……ヘロヘロさん! ルイさん! 見つけましたよ! ここに穴があります!」

 

 そうこうしているうちに何やら見つけたらしい。モモンガさんの喜ぶ声が聞こえたほうへ向かっていくと、モモンガさんが興奮した様子で手招きしていた。傍目から見れば死地へ呼び込む亡霊の王という具合だが、エモーションはガッツポーズなものだから喜び舞い踊る骸骨が居るという不思議な光景だ。

 モモンガさんが見つけたのは小さめの、子どもが一人入れるかどうかという小さな木の洞だった。もしかしてホビットやドワーフ系が居ないと入れないとか……だったりするのか? 

 

「どうします? 入れそうにないですよねこれ。ヘロヘロさんは不定形だから入れそうですけど」

「ですね。以前不定形種族なのを生かして狭い通路を潜り抜けてトラップを解除するギミックがありましたからそういう感じのチュートリアルなんでしょう」

「ダウン・ザ・ラビットホールならぬスライム・イン・ザ・ツリーケイヴか」

「……なんですかそれ」

「ヘロヘロさん、不思議の国アリスって童話ですよ。元気いっぱいの女の子のアリスちゃんは服を着た白うさぎを追いかけて穴の中へ落っこちたってくだりのアレです。ちなみに我が社の文学作品データバンク内で無料で読めるので暇つぶしにどうぞ」

「ちゃっかり実家の宣伝してやんの」

「うっさいぞ骨。19世紀の挿絵付きをスキャンしたレアものなんだから宣伝して当然だろ。我が社の収集能力なめんなよ」

「こんな狭い穴に入れるってことは……つまりアリスちゃんはスライム種だった……むむむ?」

「いいから入った入った。どうせエンカウントしても低レベルなんだから、レベル100なら余裕でしょ」

「なんか納得いかない」

 

 ぶつぶつと呟きながら、じゅるじゅるというなまめかしい効果音と共にヘロヘロさんが木の洞へ入り込んでいく。ヘロヘロさんが無色透明じゃなくて黒色でよかった。ペロロンチーノあたりなら“まるでオ〇〇に入っていく〇ー〇ョンみたい”とか言いそうだ。

 

「んー、結構奥行きが……いやスイッチがありますね。起動しますよー」

 

 ヘロヘロさんの言葉が聞こえた数秒後、青白い光を放つ幾何学模様の円陣が浮かび上がる。直径にして5メートル近くはあろう六芒星(ヘキサグラム)がゆっくりと回転しながら佇む光景を目にしたモモンガさんが呟く。

 

「フム、別の場所への転送装置(ポータル)でしょうか」

「かもしれませんね。ヘロヘロさーん、戻ってきてくださーい!」

「りょーかーい!」

「今のうちに装備チェックしちゃいましょう。いきなりボス戦ってこともありえますし」

「おっし。それじゃコレでいくか」

 

 普段使いの装備品から汎用の対ボス用装備へ切り替える。見た目にはボロい軽装の鎧一式に見えるものの、隠密性を高めるために金属同士が干渉して音を鳴らさないように間隔をとり、つや消しや隙間に革鎧と布を巻き付けるなどして光を反射しないように視認性も下げられている。そこに属性耐性を向上させるフード付きのローブを纏えば気分はVRダークソ〇ルだ。

 武器は刀身にフラーが入った大振りのツーハンドソード。刀身だけでも自らの背丈ほどもあり、柄や鍔も実用一辺倒の無骨な一品だが、破壊不可のエンチャントを持ち、炎属性の補助魔法が付与された際に攻撃力と防御力にボーナスが発生するエンチャントを備えた逸品だ。普段使いの神器級(ゴッズ)武器であるロングソードに比べれば格落ちする伝説級(レジェンド)だが、高い基礎攻撃力と防御スキルを突破する性質のある大剣として重宝している。

 

「……それ、本気装備ですか?」

「そうだけど?」

「なんていうか、地味ですよね」

「わかんないかなぁ、この実用一辺倒で無骨なすばらしさ。使い込まれ補修され、歴戦を経てなお健在という傷だらけのカッコよさ!」

「んしょっと……おお、なんかカッコイイ剣士がいる!」

「ほら! ヘロヘロさんも理解してくれてる!」

「流石はフ〇ム監修の装備品ってところです。消えかかって最早見るのも難しい彫金の細工なんかまで再現されてるんですから、これほど作りこまれた装備品というのは頭が下がる思いですよ」

「そんなもんですかねぇ……伝説や神器ならもうちょっと派手でもいいと思うんですけど」

「いやいやモモンガさん、パッと見た感じの印象と性能のギャップがいいんですよ! どこにでもありそうないかにも古臭い使い込まれたボロ剣が実はエクスカリバー級のトンデモ武器っていうこの落差がいいんです!」

「見た目がアレっていうなら外装がラ〇トセー〇ー風のなんかもありますよ。中身は木刀ですけど」

「それは別の意味でギャップありすぎィ!」

 

 しばらく装備品についてのアツい語りが入ったものの、装備を整えると三人でポータルに向き直る。先ほどまでのコミカルさは鳴りを潜め、モモンガさんもヘロヘロさんも初心者用のクエストとはいえボスに臨む際の姿は歴戦のそれだ。

 

「では戦闘の指示は僭越ながら私モモンガが務めます。まずルイさんが突入し、転移先の安全を確認をしてください。低レベル帯ですから出現地点付近に少数の敵がいる場合は敵を殲滅してください。数が多い場合は私が入って安全地帯を作ります。確保したら連絡しますので、ヘロヘロさんはレーナちゃんを連れて入ってください」

「モモさん、万一ヤバいのが居たら?」

「その時は敵を誘引して出現地点から引きはがしてください。三人同時に突入しますので、ヘロヘロさんはまずルイさんのサポートに回ってください。しばらく耐えてもらうことになりますけど、即座に広域化と最強化させた<現断(リアリティ・スラッシュ)>を叩きこみます」

「了解した」

「了解ですよー」

 

 意を決してポータルに向かって飛び込む。視界が真っ白に染まり、それが収まったころには草原などどこにもなく、ただ暗雲が立ち込め落雷が降り注ぐ荒野が目に飛び込んできた。左右を見渡してみても地平の果てまで続く荒野と雷雲があるばかりで他には何も──!? 

 

『二人とも』

『はいはーい』

『どうしましたルイさん?』

『今いる場所は安全だ。でもいいか、何も言わず聞いてくれ。……特大級のやべーのがいる』

 

 遠目に見えるのは馬のようなモンスター。青白い体色に一本角の個体。そして遠く離れた位置からでも目に見える電光との煌めきが畏怖(トラウマ)を想起させる。

 

『とりあえず入ってみてくれ。……そうすりゃわかる』

『……了解。いきましょうヘロヘロさん』

 

 光の粒子が集まるようなエフェクトを伴って三人が姿を現す。キョロキョロと見渡したかと思えば俺が言っていたものが目に留まったのか二人の動きが固まった。

 

「ふっ、ふざけんな……! よ、よりにもよって“麒麟(きりん)”相手なんて初心者クエストどころか最上級クエストじゃないですか! 誰だよ一角獣の影が薄いって言ったの!」

「アア、オワッタ……!」

 

 麒麟、といえば何が思い浮かぶか。伝説上の存在で、所謂“龍”に属する存在だ。ユグドラシルでは“麒麟降誕”というイベントで出てきたエネミーボスで後に常設化されたが、当時はソロプレイヤーの壁となったヤベーやつというのが我々の認識だ。

 超広域に麻痺の状態異常をばら撒き、圧倒的な速度でフィールドを駆け巡りつつ高火力かつ耐性貫通の雷系スキルと魔法で攻撃を行ってくる相手だ。龍に属するせいで状態異常への耐性がべらぼうに高く、こちらの雷耐性と状態異常耐性を万全にして速度低下デバフを累積させないと当てることさえ難しい。物理防御力こそ並みのものしかないが、火力と速度に振り切ったステータスは麻痺で動けなくなった相手に無慈悲の雷撃を叩きこみ、耐えられても雷属性の持つ多人数へのチェイン属性とヒットストップの重さで足を止められて間合いを取ってくるなど戦い方が非常にいやらしいのも多人数PT討伐が推奨された理由でもある。

 

 そんなヤツ相手に一人で挑めばどうなるか。属性耐性と麻痺対策は必須な上に相手が速すぎて攻撃は当てられず、近寄りたくても遠距離の魔法やスキルで動きを止められた間に高速で退避されて距離は開く一方。しかもその距離から運よく近寄れたとしてもフィールドに効果を及ぼすスキルで時間経過のダメージと防御デバフをもらい続け、ヒットストップをもらおうものなら一瞬で懐に飛び込んできて放たれるボス用スキル“聖龍剣”で一刀両断される恐怖が常に付き纏う。

 

 これが複数人による討伐なら遠距離物理火力──主に弓手(アーチャー)系の火力で押し込み、前衛は盾として必死に耐え続け、後衛が回復とバフを撒き続けるだけでそこそこいい線までいけるのだが、ソロプレイヤーにとっては地獄絵図だろう。やはり数は力だ。囲んで棒で叩くのは最強の戦術なのだ。実際腕利きぞろいのアインズ・ウール・ゴウンでさえ1500人を前に壊滅寸前にまで陥ったのだ。これが3000人となれば陥落は間違いないだろう。

 

「……どうします。野良で援軍募りますか? 正直私やルイスさんみたいな中近距離職じゃ踏み込むのはマジの危険域ですよ」

「それですよね。耐性装備とヘロヘロさんのデバフで速度を落とすことはできますけど、如何せん火力が足りません。前に出るにしても、ルイさんのビルドじゃ長時間は耐えきれませんし」

「だよな……募集するのが一番早いか」

 

 見た目には先ほどのユニコーンのように見えるが体表には龍らしく青白いウロコが見え、特徴的な一本角には迸るように電光が煌めいている。輝きを放つ(たてがみ)は真っ白で嵐の中でも輝いていて幻想的ではあるが、それを持つのは圧倒的な暴力の権化と言える存在だ。

 

「……ん?」

 

 何かおかしい。距離があるはずなのにどうしてこうまでハッキリと麒麟だとわかったんだ? 電撃を纏うモンスターなんて他にも居るし、なんならユニコーンだって電撃系の魔法を使える。落雷が発生するフィールドで視界が少しばかり悪いものの、ここまで正確に視認できるということはそんなに距離は開いていないはずではないか。

 

「……モモさん、ヘロヘロさん、俺が少し前に出ます」

「何言ってんだこいつ」

「ルイスさん、それは流石に無謀すぎますよ」

「何か変だと思いませんか? 麒麟との距離はそこそこあるはずなのに、俺たちはハッキリと目の前のヤツを“麒麟だ”と断定できた。細かなディティールさえ見れるほどにくっきりと見えてるんです」

「……そう言われると確かに何か変ですね。普通なら遠距離のエネミーやオブジェクトはボヤけが入るものですし、何かしらのギミックが働いてるんでしょうか?」

「モモンガさん、一度探知系スキルや魔法で探ってみましょう。何かしらのギミックが働いているのなら原因が特定できるかもしれません。転移して目の前に最上級クラスのエネミーとなると焦るのは当然です。もしかしたらこの麒麟そのものがブラフである可能性もあります」

「ヘロヘロさん……そうですね。そういう可能性もあり得ますね。<感知増幅(センサーブースト)><超常直観(パラノーマルイントゥイション)><敵感知(センスエネミー)><看破(シースルー)><魔法探知(ディテクトマジック)>……やっぱりおかしいですねこれ」

「どうでした?」

「ヘロヘロさんの懸念通りです。目の前の麒麟(アレ)は実体がありません。おそらくただの幻影です」

「ってことは他にこの状況を作り出してるヤツが居るわけだ」

「ええ。あちらの方角です」

 

 モモンガさんが指差した先にはひときわ大きな岩塊が佇んでいた。十階建てのビルはありそうな岩塊の頂上には雷雲が蠢いて時々落雷を発生させているのが見えた。

 

「あの頂上付近で反応がありました」

「なるほど。んじゃま偵察に行ってみるか……<飛行(フライ)>」

 

 真っ黒な雷雲に飛び込むとチクチクと刺すようにHPが削れる。吸血鬼の回復能力ですぐに満タンに回復するものの、雷属性への耐性を高めていてなお貫通してくるのだからフィールド魔法はいやらしいものだ。

 

「よっと……さて、敵は……っ!?」

 

 着地、と同時に眼前に迫る蒼白の閃光。光を放つ一本角を振りかぶった麒麟がその一撃を振り下ろし──パリン、という軽い音と共に弾かれた。

 

「えぇ……」

 

 とりあえずコレをどう説明しようか。そう考えているうちにもパリン、パリン、と攻撃が行われる。しかしその度に麒麟は弾かれて吹き飛ばされ、なおも立ち上がって攻撃を加えてくるのをしり目にメッセージを送る。

 

『あー、モモさん、ヘロヘロさん……上にあがってください』

『大丈夫なんですか?』

『ハイ、もう、危険ではありませんでした』

『……そうですか?』

 

 しばらくして雷雲を突き抜けてやってきた二人は目の前の麒麟を見て呟いた。

 

「……ちっさ!」

「……かわいい」

「ですよねー」

 

 今俺に向かって角を振りかぶって叩きつけているのは麒麟だ。ぺちぺちと叩きつける度に俺の<上位物理無効化Ⅲ>で弾かれてはいるが、こいつは麒麟だ。──ただし小さめのポニーサイズである。

 数が増えたことでスキルを発動したのか、咆哮(“ぎゃうー!”という可愛らしささえ感じるヤツ)をあげて挑んでくるがそれでも突破できずにいる。なんだこの癒し。

 

「まあ、本来の麒麟がレベル100の複数人PT推奨なのを考えてレベル帯に当てはめればこうもなる……なるのか?」

「モモンガさん、この子すっごいじゃれついてきますよ!」

「いやそれ攻撃ですからねヘロヘロさん」

 

 ヘロヘロさんへ標的を変えたのか、麒麟はその牙の生えそろった(あぎと)で以って噛み砕かんとしているが、ヘロヘロさんのプニプニスライムボディの前に噛む砕けずにいる。噛むたびにうにょうにょと形が変わるヘロヘロさんはなんでもないようにウキウキとしているが、麒麟のほうは必死だ。

 

「……とりあえず情報は要るな。<解析(アナライズ)>っと」

 

 見たところ体力も攻撃力も速度もレベル30相応というところだろう。スキルがどうなのかはわからないがフィールドやクエストに見合う弱体化はなされているらしい。

 

「……捕獲可能、だと……?」

「──マジ?」

 

 表示されたステータス画面に映し出された驚愕の文字。イベントで出てきたモンスター(ただし大幅に弱体化済み)をテイムできるというのは非常に珍しい。クエスト欄を見ると情報がいくつか更新されていて、tipsには“体力を一定以下にする”というヒントが出ていた。どうやらマジでテイムできてしまうらしい。モモさんまで素のトーンで問い返すほどだ。

 

「となると逆に困る。オーバーキルもいいとこだぞ俺たち」

「そうですよねぇ」

魔法詠唱者(マジックキャスター)の私でもワンパンできるレベル帯ですもんね。今時こんな低レベル帯のPC(プレイヤー)なんて居ないでしょうし……あっ」

「……モモンガさん、まさか」

「レーナちゃんに装備を持たせてしばらく殴ってもらうという方法が」

「オイィモモンガァ!? 娘を危険なヤツに当てられるワケねーだろォ!?」

「で、できないワケではないですよ! 幸いにも耐性バッチリだしHPも十分ありますし! 武器さえあればあとは私たち三人のバフをフルに使えば!」

「だ、大丈夫ですよ! ルイスさんが挑発スキルで常にタゲ取りしてれば流れ弾はいきませんから! それに身代わり人形だって装備してますから!」

「……や、やるしかないのか……」

 

 愛しい娘レーナとミニマムサイズの麒麟との不毛な戦いが始まった。相手はレベル30という、レベル5のレーナにとっては空の上の存在だ。ただしその差を埋めるべくモモさんからはありったけのバフと装備レベル制限や職業制限のない杖でそこそこの攻撃力があるものを拝借し、ヘロヘロさんの全力のデバフ(ダメージを与えないものに限る)を麒麟に付与し、俺がタゲを常に取りつつ眷属のコウモリでレーナを護衛し、それらの(バフ)を一身に受けたレーナがひたすらぺちぺちと殴るというとんでもない接待塩試合になった。

 

「……減ってる……減ってる……」

「あ、バフ撒きますね」

「カワイイ……レーナ、カワイイ……」

「モモンガさん、ルイスさんのSAN値って回復できます?」

「無理です」

「アハハ……カワイイナァ……ナデナデシタイナァ……」

 

 精神をすり減らしながら耐えること十数分。どうにかしてHPがボーダーラインにまで減ってきたのを見て即座にスキルを発動する。

 

「<調教(テイミング)>」

 

 今まで必死に俺を殴り続けていた麒麟の動きがピタリと止まる。それと同時にテイム成功のメッセージボックスが表示され、麒麟のステータスの全容が表示された。

 

「お、おわった……」

「お疲れ様でした」

「おつおつですー」

「お疲れ様です。レーナも本当によく頑張ったなぁ……ご褒美のプリンを用意しなくちゃ」

 

<クエストクリア! おめでとうございます。

 あなたたちはクエストの第一発見者としてクリア条件を達成しました!>

 

 さらにメッセージボックスが表示され、初回クリアが達成された通知が送られてきた。どうやら本当にモモさんが言った通り、俺たちがクエスト発見者で初のクリアだったらしい。

 

<クエスト発見者にあなたたちのパーティが記録されます! 

 発見者パーティ名 “骸骨の粘液煮込み吸血鬼添え”>

 

「ひっでえパーティ名」

「もうちょっとマシなのにすればよかったかな……」

「考えたのお前だろ! ここで後悔すんなよ!」

「まあまあ、ルイスさんもモモンガさんもスクショ取りましょうよスクショ! せっかくの初クリアなんですから!」

 

 いそいそと麒麟の背にまたがった(?)ヘロヘロさんに促されて、麒麟を囲むようにして集合する。真ん中には今回のMVPであるレーナを立たせ、分厚い雷雲が薄れて陽射しが差し込む荒野を背景にスクリーンショットを撮る。

 

「んじゃヘロヘロさんもモモさんも、準備はいい?」

「いつでも!」

「オッケーイ!」

「んじゃ……さん、にー、いち……ピース!」

「スキル<絶望のオーラⅤ>!」

「スキル<闘気解放>!」

 

 パシャリ、と切り取られたスクリーンショット。晴れ間の射す荒野をバックにちっこい麒麟の上に乗ったスライムがとぐろを巻いて明鏡止水の如く黄金の輝きを放ち、その傍らでは豪奢なローブ姿の骸骨がムンクの叫びのように顎を目いっぱい開いて真っ黒なオーラをまき散らしながら両頬骨に骨の手を添えてのけぞっている。そんな違和感丸出しの中に俺とレーナが普通に中央で映っている様子はさながら出来の悪い心霊写真かB級映画のワンシーンのようですらある。

 

「っぷぷ、くっそ! これは卑怯だろモモさん!」

「ヘロヘロさんのほうがアウトでしょ! これはどう考えてもアレじゃないですか!」

「いやあ、一度やってみたら面白そうだと思ってたんですよコレ」

「後光を受けて光り輝くアレとかもうわけわかんないんですけど」

「神々しいはずなのに……どう見ても感動できない!」

 

 新しい思い出がまた一つ。例え泡沫と消えるのだとしても、これは俺たちが作り上げた思い出だ。ゲームの中で生まれたものだけれど、これは確かに俺の、レーナの、モモさんの、ヘロヘロさんの、大切な思い出なのだ。

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