「お疲れ様でしたーっ!」
「おつですー」
「お疲れ様でした」
ナザリック地下大墳墓へ帰還すると、最近ようやく見慣れてきたナザリックのNPCたちが今日も頭を下げて我々を迎え入れてくれた。その傍らには我が娘、レーナの姿もあるのだが彼女は彼女で淑女然としたカーテシーを披露してくれる。もちろんモモさんとヘロヘロさんに対してであって、それが済めば駆け足で俺の右隣、いつものレーナの立ち位置に収まるのが恒例になっていた。
ワールド散策をせずに高難度ダンジョンを攻略することになったのはひとえにモモさんやヘロヘロさんへの感謝と拠点代わりに使わせてもらっているナザリックの維持費を稼ぐためであるのだが、実際のところヘロヘロさんと俺のプレイヤースキルの錆落としも兼ねた修練にもなっている。
ナザリックは既存のダンジョンを攻略したことでギルド拠点として使用可能になったものらしい。それを41人で大幅な改造を施し、1500人の侵攻を食い止める堅固な要塞へと仕立て上げたその労力は大変なものだろうことは想像するに難くない。
ギルド拠点を維持するというのは思いのほか大変なものであるが、ナザリックはその巨大さと仕掛けられた機能や設備故に維持費が嵩む。つまりユグドラシル金貨を大量に消費するわけである。
設備の維持や修繕というのは往々にしてカネがかかるものだが、大量の金貨を集める労苦に見合う見返りも大きいものである。例えば拠点内で武器や防具の製造ができるようになったりする、或いは拠点内でいくつかのアイテムや希少な素材が生産出来たりするなど、ユグドラシルをプレイするにあたって大きなメリットがもたらされる。他には俺の自宅──白の館のように居住空間としての機能やアイテムを保管する倉庫機能を持っていたり、コックなどの職業がある者は調理場を設置することなどもできるようになる。
その利便性故にユグドラシル最盛期にはギルド拠点や資源を得られるダンジョンの争奪戦など、ギルド間抗争が日常茶飯事にして一大イベントのような時期もあったわけだ。
「さーて、それじゃ清算しちゃいましょうか。今回はレアドロップもありますし期待できますよ!」
「久々にアルフヘイムの天空回廊に行きましたけど、まさか
「しっかり買い取らせていただきますよォ、うぇっへっへっ」
「……相変わらず刀剣マニアですねルイさん」
俺が居なかった三年間の間に行われたアップデートで実装された新しいドロップ装備を一回の攻略で手に入れられたのは僥倖と言わざるを得ない。鑑定したところ基礎攻撃力の高さに加えてクリティカル時のダメージ量アップとカウンタースキルでのダメージアップとそこに攻撃速度上昇が効果として付属している。具体的に言えば3割マシで。
しかも非実体存在……所謂霊的存在に対してカルマ値に依らない特殊強化スキルが付与されていて、物理攻撃が命中しない霊的種族に対して近接物理を仕掛けられるのはうれしい点だ。
「コイツの外装、ラ〇ト〇ーバーにしてもいいですかね?」
「9700万支払ってから振ってください」
「えっ、モモさんこれってマジでそんなするの?」
「相場は億越えです。過去のオークション出品ログを見てますけど、出回ってる本数自体はそこそこあるみたいなんですが攻撃速度上昇付きは軒並み億越えしてますね」
やべーのが出た。何が何でも欲しいのは確かだが億越えしてくるとお財布が厳しくてハード。
「ちなみにダメージ量アップがついてるとさらに2から3千万プラスらしいです」
「ヒャー」
「ひゃー」
やべえ。手が出せない。っていうかヘロヘロさんまで驚いてるんだけど。……やむを得ない。万一作りたい刀ができたときに使おうとおもっていたアレでいこう。
「……コレじゃダメっすかね」
「おおっ! ヒヒイロカネ! しかも5個も!」
「ヒヒイロなら最悪エクスチェンジボックスに入れれば金貨2千万枚が保証されますから妥当なラインですね。これで受けましょう」
「っしゃあ! 早速振るか!」
「ちょっ、素のままで装備してみてくださいよ。スクショくらいとっておきたいですし」
「了解。じゃ装備するぞ」
モモさんから受け取った刀を手にし、朱色の漆塗りの鞘からすらり、と抜き放った刀身の
「“暁”……これは良い。良いんだけどなぁ……」
剣を掲げ上段で構える。切っ先を地に向けて下段に構える。正面に剣を立てるようにした八双の構え、そして脇構え、正眼の構え。さらに目線の高さで刃を水平にした霞の構え。
いずれの構えをとっても美しい。だが、俺の好む感じとは違うという感触がぬぐえない。やはり実用を意識した見栄えのほうが好きだ。
「うーん、いいんだけどやっぱ派手に感じるんだよなあ」
「いやあ神器級ならこれくらい見栄えがよくないと。やっぱりレアリティ相応の感じがいいですよ」
「私としてはモモンガさんよりルイスさんの意見のほうが納得ですね。実用、だからこその美しさっていうのは好きですよ」
「正直“
「変えるとしたらどれにするんです?」
「量産品の刀のビジュアルにするか、拵えをつや消しの黒で統一して派手さを消します。それかある種の極まったビジュアルにしますね。例えばコレとか分類はロングソードですよ」
コンソールを操作してアイテムボックス内に保管してあった二線級のロングソードを取り出して装備する。手に現れたのは“ロングソード”という一般的なイメージとはかけ離れた見た目で、ヘロヘロさんもモモさんも唖然としている。
「…………釘バットじゃないですか!」
「うわ。普通のロングソードより威圧感がすごい……」
ところどころが赤黒く変色し、釘は若干の赤錆びた鈍い輝きを放つソレを見た二人は若干あきれたように感想を漏らした。どうにも不評らしいことははっきりわかる。
「じゃあコレは?」
「これはすごい、どうみてもラ〇トセー〇ーですね」
「やりますねぇ!」
ヴゥゥン……と青白い光が伸びると二人からも感嘆の声が上がる。どうやらお気に召したらしいのだが、中身は木刀のステータスなのでダメージは大したものではない。所謂
もちろん本気で作った赤いラ〇トセー〇ーも存在する。中身は
「他のとなるとこんなのとか」
「おお、バスターソード!」
「超級……なんとか斬って使えたりします?」
「使えません。乱打系スキルで真似するのが精々ですね」
太くデカくゴツい例の大剣。まさに鉄塊と表現して差し支えない大剣はやはり男の子の興味を惹くものらしく食いつきがいい。俺はペロロンチーノではないが、ちっちゃな少女やメイドに大剣や巨大な銃器を装備させるのも素晴らしいことだと思う。両手持ち前提の大剣、自身の身長よりも長い狙撃銃、振り回すなど到底できそうにない
無論ナイフや棒術、それに暗器使いなどもビビッとくるものがある。冷徹さやスマートさを印象付けるには最高の要素だろう。手にしたモップを巧みに駆使して障害を軽々と“お掃除”していくメイドさんとかグッとくる。
「あとはこんなのとか」
「ショーテルにエストック……中国風の双剣まで……」
「こっちはパタに七支刀ですよ。どんだけ集めたんですか……」
「実家が収集家の集まりですからこういう資料はいっぱいあるんですよ。ついでに立体化してくれって頼みこんでデータ作ってもらいました。
ま、ビジュアルは今度良さそうなのを見繕ってきますよ」
「んじゃ清算しちゃいましょう。ヒヒイロカネは今度売りさばくとして、残ったドロップや他のをボックスに放り込んで換金すれば…………合計154万9918枚です。いやーやっぱり三人居ると効率が上がるって実感があります」
「おー。三人で稼いだ割にそこそこありますね」
「ですね。あ、分配は俺は少なめでいいですよ。ナザリックの設備を使わせてもらってますし、維持費に充ててください」
「じゃあありがたく設備費に充てさせてもらいますね。とりあえず50万は設備費にして、40万が二人と残りはルイさんでいいですかね?」
「どうぞ。俺は構いませんよ」
「私も大丈夫ですよ」
エクスチェンジボックスから出てきた金貨を一度収納し、受け渡し用のウインドウを経由してユグドラシル金貨が手渡され、そのまま俺のアイテムボックス内に収納される。ヘロヘロさんも受け取ったらしくサムズアップのエモーションを出している。
「さて、そろそろ寝よ……ゲホッ、ああ、喉渇いたかな」
「気を付けてくださいねヘロヘロさん。今年の冬は冷えるみたいですから」
「了解ですよモモンガさん。それじゃお疲れ様でしたー」
「ヘロヘロさん、お疲れ様です」
「お大事にー」
ヘロヘロさんのアバターが光の粒子となって消えていくのを確認してからモモンガさんが席を立つ。
「さて、それじゃ金貨を宝物殿に入れてきますね。私も後ですぐに寝るので今日はここまでですね」
「おっと、もう11時か。お疲れ様、モモンガさん。パーティでのダンジョンが久々だから迷惑かけちゃいましたね」
「三年もブランクがあってあれだけやれるんですから上等ですよ。まあ細かい高等技術はこれからさび落とししていきましょう。っと、あとはコレ持ってみてください」
「……なんですこれ? 擬・月読?」
月の輝きに似た色合いの刀身を持つ短剣を半ば勢いのままに押し付けられる。しかもなかなかの攻撃力にエンチャントまで施されていて、出来上がりを見るだけでも神器級はすることがわかる。
「引退したギルドメンバーが昔に作った試作品……というか失敗作なんです。もちろん失敗作とはいえ攻撃力は一線級の武器ですけど、異形種が装備するとそこそこ大きなスリップダメージやデメリットが発生しちゃうらしくて使っていないんですよ。
で、ルイさんは形式上異形種ですけど扱いは亜人種や人間種みたいな感じと聞いたのでもしかしたらって思ったんです」
「ふーん……まあ試してみましょう」
装備画面を開いて月明りを帯びたような短剣を装備する。左手に現れた短剣は脇差に似た趣きのもので飾り気は一切ないが、先ほど装備した“暁”と同時に装備すれば見た目の性能はアップすること間違いなしだ。
「……どうです?」
「スリップダメージはなし。ステータスの低下もないみたいだ」
「おお! 大成功ですね! ぜひそのまま使ってください。どの道失敗作なので使い道が無いんですよね」
「コレで失敗作……製作者はワールドアイテムでも作ろうとしてたとか?」
「……正確に言えば
「凄まじい執念を見た気がする。じゃ、ありがたく使わせてもらいます」
「それじゃお疲れ様でした」
「お疲れ様ー」
ヘロヘロさんに次いでモモンガさんが指輪の効果で転移して姿を消した。夜も遅いし、ヘロヘロさんもモモさんも明日は出勤日だろう。俺は幸いにも明日は休館日で仕事も無い、となればやることは一つだ。
「……稼ぎにいこう」
失ったものは大きいが得たものも大きい。ひと先ずは新しい剣の使い心地を確かめるついでに、支払ったヒヒイロカネの分を補填するために金策に走らなければいけない。ダンジョンソロでレアドロップがあることを祈るしかないだろう。
そしてまた三人とNPC一体が揃ってフィールド散策をして円形闘技場に帰還する。もう二か月にもなろうとしているが、全員が揃って回れたフィールドの数はそう多いものではない。三人の休みがかみ合う日は少なく、特にヘロヘロさんはブラック企業勤めな上に休みが不定なのだ。
休日が定まっている俺やモモさんはまだマシなほうで、ただの歯車のごとく使い捨てる企業なんて平然と存在しているのだ。以前の企業よりはマシらしいが、それでも過酷なことには変わりない。
「今日のフィールドはすごかったですね……荒野に湖、熱帯雨林に砂丘まで……」
「ブループラネットさんだったらきっと何日も、ゲホッ、そのまま居ついちゃうでしょうね」
「ヘロヘロさん、やっぱ体調悪いんじゃないですか。病院いったんですか?」
「いやいや、喉痛めちゃっただ、ゴホッ、だけで…………ああ、でもルイスさんの言う通りですね。やっぱ病院いってきます」
「そのほうがいいですよ。モモさんもこう見えて内心じゃ心配なんですよ。骨しかないけど」
「え? 誰が骨だけだって?」
「ふふ、皆さんが心配してくれているのが骨身に沁みてわかりますよ」
「スライムに骨……?」
「ほらほら。体調悪いのならさっさと寝たほうがいいですよヘロヘロさん。そんでもって病院行ってください」
「はーい」
そんなやりとりから二週間。ヘロヘロさんは一度もログインすることなく、モモさんとレーナの三人でユグドラシルを巡る日々が続いた。モモさんもメールを送るなどしてみたらしいが、急に忙しくなってしばらくログインできないという返答があったそうだ。
分厚いスモッグと放射能雲に覆われた秋も終わりかけて寒さが日ごとに増してきたある日、散策から戻った俺たちをヘロヘロさんが迎えてくれた。ただどこか覇気がなく、返答も上の空な感じではあったが雑談は続いている。
「ああ、そういえば前に言ってたレーナちゃんのモーションですけど、ひとまず完成したのでメールで送っておきますね。後で動作確認して手直しが必要そうなところは直しますよ」
「ありがとうございます、ヘロヘロさん。確認してきます…………んん、添付されてなくないですか?」
「えっ? そんなまさか……っと、マジで添付してないや……ごめんなさい、再送しますね」
「ヘロヘロさん疲れてますねー。私もたまにそういうのやっちゃいますよ」
けらけらとモモンガさんが笑って言うと、ヘロヘロさんも苦笑して返す。ただやはりというべきかそこにかつての覇気は無く、心ここに在らずという様子だ。
「オッケー。受け取りました。んじゃ解凍してAI関連のフォルダに入れてと……再起動してきますね」
「はーい」
一度クライアントを落として再起動。再度ログインしてデータを読み込むと先ほどと同じように二人が居るナザリックの円形闘技場に降り立った。
「よし、これがコマンドで……こっちがAIプログラムか。これを適用すれば……よし、いきますよ。“挨拶”だ」
「はじめまして、レーナ・ローデンバッハです!」
「おお……! 可愛いですねぇルイさん」
「やっぱ俺の娘が最強かぁ」
「……もう少し調整が要るかな?」
子どもらしい可愛さを感じる声。デフォルトで設定されていたものよりもさらに細かな
表情の変化や重心の移動、衣服の揺れに髪の毛の流れ方まで調整されているコレを見ただけでどれだけの労力をかけたのかがわかる。
「しかしすごい作りこみです。素人目で見てもかなり細かいところまで調整してますよね。……ヘロヘロさん、ただでさえ忙しいのに無理して作ったりしてないですよね?」
「……そんなことないですよモモンガさん。1日8時間でしっかりと休憩しつつ作りましたから」
「えっ、し、仕事は!?」
「切られました。なので無職です」
「……次の仕事は? さすがにずっと無職なんて無理ですよ?」
「次……次ですか……その時が来るかどうか……」
「────ヘロヘロさん。一体何があったんですか?」
「ふ、……はははっ……あったといえばありましたけど。無いといえば無いんですよねこれが」
モモさんも何かがおかしいと気づいたらしい。問いただすように尋ねたものの、ヘロヘロさんは力なく笑ってしばらく押し黙ったままになった。
「二週間前に────余命を、宣告されちゃいまして」
思わず息を呑んだ。モモさんも同じらしく、言葉も出ないまま茫然としている。
「人工臓器にね、体が拒絶反応を起こしてるんです。かといって人工臓器無しには生きられないじゃないですか。ハイエンドモデルなんて私たちじゃ手も出せない金額だし施術だけでも大金がかかります。
それで退職金とローンでそこそこのランクの人工臓器に換えてもらうことができる可能性があったので、退職すると会社に伝えたんです。
…………そしたら超過してる残業の未払い分と僅かな退職金だけで放り出されましたよ。高い金を払って弁護士にかけあってみましたけど成果は無い。例え裁判を起こしたとしても判決が出るころには私はすでに灰になって埋められてる。……残ったのはせいぜい質素に一年過ごせる程度の貯蓄と、死に体の我が身のみですよ」
酷いという言葉さえ陳腐に聞こえる所業だ。企業の独裁という支配体制が持つ闇を、ヘロヘロさんはその身に受けることになってしまったというのか。
「ふっ、ふざけやがって! クソッタレの企業どもめ!」
「落ち着いてモモさん。吠えても喚いても企業どもにとっては聞こえないし聞こえてても黙殺されるだけだ」
「だからって! こんな理不尽な仕打ちに納得しろっていうんですか!?」
「俺だって納得しちゃいない!」
「だったら!」
「だから、やれることを探すんだ。有名な人工臓器の製造元とのコネでもいいし、マイナーな製造会社でもいい。俺たちの伝手を使ってヘロヘロさんに適合する人工臓器を探すんだ。あとは施術代をどうにか確保できれば……」
「で、でもどうやって……!? 高精度の人工臓器の開発企業なんてアーコロジー内の企業くらいしか……!」
「モモンガさん! 考えることをやめるな!」
そうだ。思考することは人間が獲得した生存のための能力だ! 生存競争の中でキリンの首が長いものが生き残っていったのと同じように、高いところにある果物を得るために人間は知恵を使って道具を使うことで他の動物よりも繁栄してきたのだ。人間にとって思考することは即ち適応であり生存のための能力の発露なのだ。
企業によって運動能力や知識を削られたって人間の本質までもを奪えるわけではないのだ!
「いいかいモモンガさん。企業が恐れているのは民衆が知識を得ることじゃない。知識を得て思考し、それを知恵へと発展させることを恐れているんだ。そして今の俺たちにこそ必要なのは知恵なんだ。
思考を回し、知恵を絞り、ありったけの知識を活用するんだ。こういう一部の人間にとって都合のいい社会の仕組みには何かしらの矛盾や穴が必ずある」
「ルイさん……そう、ですね。まだ、やれることがあるなら……」
「ゴホッ、モモンガさん、ルイさん! お二人の……お気持ちは嬉しいんですが……ゲホッ、コホッ、それは
この会話ログだって見られている可能性があります。だから、何もしないでください……! お二人自身のためにも……!」
「……クソッ! どうすればいい……どうすればっ……!?」
ヘロヘロさんの懸念はもっともだ。インターネットを介してすべてが監視されている状態に等しいのが今のこの世界であり、企業の支配体系でもあるのだから。
家電の稼働状況、電力消費量の増減、データ通信量、家から出る家庭ごみの重量、ありとあらゆるサービスや家電製品、通信機器がAIによって管理され、情報が逐一企業のサーバーへ送信されているのだ。端末を持っていなければIDによる認証がされないため公共機関は利用できず扉一つさえ開けない。自動車のエンジンさえかからず、家の照明さえオンにすることができないのだ。その状態で出歩けば警備ドローンに警告を受け、無視しようものなら攻撃型ドローンに問答無用で蜂の巣にされるだろう。
ましてやこのユグドラシルはインターネットを使うゲームだ。会話内容や通信ログは運営企業のサーバーに残り、さらに上層の企業……特に治安維持や社会システム管理維持を担う企業は無条件で閲覧することができる。そんな完全管理社会なのだ。
しかしそんな社会でも反乱を起こす人間や反体制派の人間は少なからず存在する。国際的なテロ組織も居るし、なんなら企業の上層部にだって現状の社会システムに反発する人間が存在している。事実として俺はかつて企業上層部の改革派の一人でもあった。だからと言ってテロ組織と手を結ぶなどありえないが。
そうだ、そんなことありえない。娘の命を奪い、妻が死ぬ遠因を作り出したテロリストどもなんぞ消えてしまえばいい。改革だの解放だのと宣っている陰でどれだけの一般人が巻き込まれているか自覚していないクソッタレどもなど死に絶えればいい。
巻き込まれた人たちには家族がいる。友人がいて、仲間がいるのだ。100人が巻き込まれたなたらば、100人分の家族と友人と仲間が悲しむのだ。それを必要な犠牲と断じたあいつらが正義だなどと、俺は決して認めない。
企業の支配体制は悪だ。人々から知性と自由を奪い盲目とし、ただひたすら搾取するだけの存在など害悪でしかない。
テロリストは愚者だ。民衆に盲目的な信奉に等しいイデオロギーを吹きこみ、犠牲を善しとするなど断じて正義ではない。
であるならば何が正しいのか。……そこに己なりの答えを持ち合わせていない時点で正義を語ることはできないし、これから先も悪にすらなりきれない愚物で終わることだろう。ただ己の身勝手な理想論と断じられて終わるだけの子どものわがままでしかない。
理想を振り翳す力も無く、理想を共にする仲間がいるでもなく、ただ“コレがいい! コレじゃなきゃヤダ!”と駄々をこねる子どもでしかないのだ。
ああ、そうだ。ハッキリ言って絶望してる。生半可な知識があったが故に、俺はすべてに絶望しているのだ。そのくせ諦めきれなくてこんな風にモモンガさんに偉そうに講釈をたれている自分に腹が立つ。
「やっぱり……何度考えてもこれを受け入れるなんて無理だ。諦めたくない。俺もヘロヘロさんが必死で働いてきたのを知っていますし、それに対する報いがこんなものだなんて認めたくない。
ここで俺が諦めるっていうのはきっとヘロヘロさんの頑張りを、人生の一部を無価値にしてしまう。……そんな気がするんです」
「モモンガさん……でも、こういうのは危険ですよ……」
「はっはっは! マスク無しで外出すれば死ぬような世界ですよ? 外の空気と銃弾、どっちも、お、おお、同じっようなもっんですよ?」
「ははっ、ゲホッ、ああ、声震えてますよモモンガさん。もう、締まらないですよそれじゃ」
……モモンガさんがギルドマスターを務める理由に納得がいった。きっと他の人たちはみんな、彼の仲間のために動こうとする姿に惹かれたのだろう。傍に立って共に立ち上がろうとしてくれる人がいるというのは素晴らしいことだ。俺が三年前に失ってしまったものを、モモンガさんは今も持ち続けているのか。
「やれるだけやってみましょうよヘロヘロさん! ユグドラシルが終わるのは確定してますけど、ヘロヘロさんの人生はまだ未定なんですから! もしかしたらいい方法が浮かぶかもしれませんよ!」
「──そうですね……はははっ……なんか笑ってたらちょっと楽になりました。
ええ、諦めるのは死ぬ間際にやったって遅くはないですもんね。いろいろ調べてみることにしますよ。昔の同僚に司法関係の管理AIプログラムに携わってた人がいるんで、そっち方面であたってみることにしますよ」
「じゃあ私は人工臓器のメーカー関連にあたります。安くて高精度、もしくは効率は落ちても適合率の高い製品を調べるとしましょう。ルイさん、メーカーや司法関係の資料なんかあったりします?」
「あ、ああ……あるとは思う、けど…………あまり役には立てないかも──」
「何を言ってるんですか? ルイさんみたいな知識を持った人って他に居ないんですよ! 頼りにしてるんですよ、知識人さん」
“──やっぱりユウくんは頼れるお父さんだね”
不意に脳裏をよぎる懐かしい声。もう思い出せなくなっていたあの声。思い浮かべることも苦痛になっていた妻の笑顔。その光景は懐かしい思い出のはずなのに、いつものセピア色とは違うRGBの織り成す写真のように、はっきりと瞼の裏に蘇ってきた。
「────ああ、任せとけ」
なんでだろうか。俺の心情なんざ知ったこっちゃないと言わんばかりに口が勝手に動き出すのに、それが嫌とは思わないなんて。
アウターリング。所謂貧困層のためにアーコロジーの周辺に作られた都市が俺たちの住む町の一般的な呼び名だ。その中でも治安の悪い……というよりさらに貧困層が住まうエリアへ歩を進める。
かつ、かつ、と鳴り響く防護服の靴音は軽いが中の熱はひどい。あまり目立たないために旧式のスーツで出歩いているせいなのだが、性能は現行機並みであるとはいえ快適性に難がありすぎだろう。元が戦闘用だからそこそこ性能はマシだろうと甘く見ていた俺をぶん殴りたくなる。
「あら! そこの骨董品を着たお兄さん! 今日可愛い子居ますよ~!」
「すみません、飲み屋の予約が入っているので」
「そっかぁ~……じゃあ、もしよかったら二次会で来てくださいね。サービスしちゃいますから!」
アウターリングの最外縁部というのは貧困層の中でもさらに貧しい人たちが暮らしている。そこにほど近い繁華街というのはこうした性産業も盛んに行われているのが常だが、中にはアーコロジー内の住人とのコネクションや関係を持つ人間もいることがある。今から会う人間もその手の人間の一人だが、“彼女”も性産業の立場を利用してアーコロジー内やアンダーグラウンド内に独自の情報網と関係を構築したタイプの人間だ。
アーコロジー内の住人の需要を聞いて男娼や娼婦を派遣する会社を経営し、自身もアーコロジーに移り住むことができるというのに未だにアウターリングで暮らしている偏屈でもある。ヤクザ者というものが企業の手で駆逐され、そこに複合企業の傘下企業が入り込んでなり替わる形で勢力を拡大したのがこの業界だが、“彼女”は自身の手で企業を起こしてこの界隈を取り仕切っているのだから珍しいタイプの人種だとも言えるだろう。
繁華街の中心地、ネオンの輝きが彩るビルとビル──その隙間の細い路地を入り、ごみ箱や室外機が並ぶ通りで客を待つ娼婦の誘いを断りながら一軒のバーの扉を開く。
「いらっしゃい! 今日この日をずっと待ってたんだよ、ユウくん!」
「やめろ。はしゃぐな抱き着くな頬擦りするな。まだ除染もしてないんだぞ」
「ユウくんから貰えるものならボクはなんでも貰うよ! 例えそれが汚染物質だろうがセーエキだろうが!」
「ヒビキ、お前ほんっとにブレねぇな」
環境対応スーツのままだというのに抱き着いてくる一人の可憐な“少女”。艶のある黒髪をショートボブにした、切れ長の黒い瞳の見目麗しい顔立ちをした十代半ばほどに見える若い“少女”。性風俗とは無縁そうな清楚な雰囲気をしながらも、身だしなみは露出の多い改造メイド服というギャップのある“少女”。
「ほらぁ、ボク……もうガマンできなくなっちゃって朝からずっと勃っちゃってるんだよぉ! ねえユウくん、今日こそっ! 今日こそシようよぉ!」
────だが男だ。
「ヤらねーよ。俺はノンケなの」
「じゃあシようよ! ボク女の子なんだよ!?」
高村ヒビキ。俺の叔母……この企業の経営者である高村ミサトの“三男”だ。見た目にはどこからどう見ても美少女そのものなのに、彼女の股間には男にしかないブツがぶらさがっているのだ。
「どこをどう見て女なんだよ! 股間に可愛らしいイチモツつけてんじゃねーか!」
「大丈夫だよ! ちゃんとこの間オジサンに女の子として“教育”してもらったんだから! 使い心地がいいって褒めてくれたんだよ!」
「何やってんの!?」
「何って、教育だよ!」
頭が痛い。ヒビキがこうして俺に言い寄ってくるのは以前から何度もあったが今回のはひどすぎる。彼女が俺になついているのは昔からだが、以前に増して輪をかけて悪化している。
昔のヒビキは料理人を目指していた普通の子どもだったのだが、自身の家庭環境のせいか育った周辺の環境のせいかは知らないが、いつの間にか“目覚めて”しまったのだ。そう、自分が女だという認識に目覚めてしまったのだ。
それ以来俺が店に来るたびに猛烈なアプローチを仕掛けるようになり、あまつさえ叔母は“いいぞもっとやれ”状態なのだからたちが悪い。
「ほら二人とも。立ち話してないで座ってお話したら?」
「叔母さん。ここに居ていいのか? 本社のほうは?」
「娘に任せてるわ。あの子もそろそろ経営者が板についてきたから私は裏ボスにまわろうかなって」
防護スーツを脱ぎ去ってカウンター席に座ると、ヒビキにそっくりの女性がグラスを用意して待っていた。ただ違う点を挙げるならばその豊かな胸部装甲とすらりと伸びた高身長が織り成すグラマラスで妖艶な大人の女性ということだ。
ヒビキとは対照的だ。ヒビキは体が男なのでぺったんこなのは当たり前だが、背丈は140センチにも届かない小柄さと子どもっぽさを振りまいていて、ミサトさんのような色香はまるで感じない。俺が脱いだ防護スーツをハンガーにセットするヒビキの表情も後ろ姿も完璧に女の子なのだが、纏う雰囲気というか気配と言うべきか、空気がどこか子どもっぽいのだ。
「今日はいつもの?」
「いえ、“カネマラのロック”、“グラスはふたつ”でお願いします」
「……ヒビキ、奥の蔵から取ってきてちょうだい」
「えーっ!? ボクもう今日はユウくんの横から離れたくない!」
「いいから」
「むぅーっ……自分で行けばいいのに……」
ブーブーと文句を言いながら、あちこちを露出させた破廉恥なメイド服を着こんだ“少女”が小さなお尻を振りながら通路の奥へと消えていくのを確認して、思わずため息が出る。
「それで、何が必要なの?」
「人工臓器の情報。それも適合率の高さが88%以上のを最優先で」
「……メールで送る?」
「お願いします。現物を確保しなくてもいいです。情報だけで構いません」
「わかった。一覧を作って届けるわ。お代は──」
「コレで。新東京アーコロジー中央銀行の頭取の秘書の電話番号といきつけのカフェの場所です」
「──ずいぶん太っ腹ね。この情報だけで儲けの幅が一つ広がるくらいよ?」
「いいんです。どうせ拾い物ですから──」
「ねぇママー! カネマラっていうのきれてるよー!」
「じゃあ適当なの持ってきてちょうだい!」
どうやらタイムアップらしい。叔母は電話番号と住所を書いた小さなメモ用紙を煽情的なチャイナドレスの裏側にしまうと、今時では高級品である“本物の酒”を出すときだけ使われるグラスと浄化済みの水を使った氷を用意しはじめる。
カラン、と音を立ててグラスに滑り込んだ氷は空気の一切入っていない無色透明で、向こう側にある叔母の胸元が透けて見える。
「おまたせ~! コレにしよっか?」
「レッドブレスト、いいセンスだ」
「んふふ~そうでしょ? ボクだってちゃんとカレを悦ばせられる女の子になるためにいっぱい修行したんだよ? ユウ君の好きそうなお酒の銘柄を教えてもらったり、吸ってるタバコは紙巻が好きだとか、あとは──……その……好きな女の子の髪型とかも」
隣のカウンターチェアに座って自慢げにはにかむ様子はどう見ても女の子だ。……いや、この子の人格は男ではなく女なのだから、あまり男扱いするのはよくないだろう。
嫌われ、奇異の眼差しで見られ、変人と思われ、人格破綻者や精神異常者と罵られる可能性さえ覚悟の上でヒビキは……彼女は自分らしくあることを、自分を貫くことを決めたのだ。彼女の懸想する人にどう思われるのか、絶縁されるかもしれないし関わりたくないと無視される可能性だって考えたはずだ。
それでいて自身のあるがままを、己が男ではなく女であるとさらけ出すその勇気と覚悟は途轍もない決断だろう。
「……な、なに? ボクの頭撫でないでよー! 子ども扱いはヤダよぉ!」
「ん? 頑張った子を褒めるのはダメなのか?」
「ダメじゃないけどっ! けどぉっ……!」
むむむ、と少し頬を膨れさせて拗ねてしまった。もじもじとしていたりする様子や時々見せる女らしい素振りはアーコロジー上層に居る見てくれだけの
──ただしツイてる。
この子は本当に、なんで男の体に生まれてきてしまったのだろう。天の差配か、それとも神の思し召しか。死に果てた天と滅び去った神々の名残があるだけのこの世の中にそんな奇跡的なことが起こるとなれば
「やあ、お邪魔するよ」
「これは──佐賀美さん。三日ぶりでございます」
叔母の口調が変わったということは、この男──恰幅のいい中年の男は相応の身分の人物だということだ。しかし三日ぶりとはまた頻繁に来ているな。三日前と言えば月曜日だぞ。一体どれだけこの界隈でお楽しみしてきたのか──
「お、おじさま……」
「やあヒビキくん、今日も“勉強”しようか」
「あっ、あの、ちょっと今日はボクはこの方の同伴で──」
「む、また“ボク”なんて言っているのかい? ……いけないなぁ、教えてあげただろう?」
「ダメですっ、それに今日はそっちの仕事じゃ――」
男の手がヒビキの肩に置かれると、ヒビキはやんわりとお断りを入れようとしているが男は手をどけるような仕草の一つどころか手をつかんで抵抗さえ封じようとしている。
「それに、彼がキミを買っているわけでもないのだろう? なら問題あるまいに」
「だっ、ダメです! ボク、今日はユウくんと先約が……!」
「彼は飲んでいるだけなんだろう? だったら……」
「そ、そのっ、だから……」
……まったく懲りないオヤジだな。こんなヤツがヒビキと同禽するなんぞクソくらえだ。
「いくぞ、ヒビキ」
「あっ……ユ、ユウくんっ!」
グラスに注がれたレッドブレストを味わうこともせず一息で飲み干し、カードをミサトさんに渡すと同時に部屋のパスキーが差し出される。一瞥もせず受け取り、薄暗い通路の奥へ抜けて店舗から直通のラブホテルの一室へヒビキの手を引いて連れこみ、ロックをかけるなり天蓋付きのベッドの上へその軽い体を押し倒すと上着を脱ぎ捨て同じようにベッドに身を委ねる。
「……ユ、ユウくんっ! あ、ああぁ、あの! ボ、ボボっ、ボクはいつでもカラダの準備できるんだけど流石にこんなに突然だとココロの準備が追い付かなくてっていうか! いろんな女の人や男の人に散々いじられてきたからそっ、そう、そういうのはななな、慣れてるんだけどこ、こっ、こ、こういう大事なヒトといたしたりするのはさすがに……は、ハジメテなわけで!
それにボクまだ、まままだお風呂入ってないしぃ! ぉ……おトイレ行った後だから! せめてもうちょっと身だしなみに気をつかう時間っていうか余裕を欲しいっていうか……!
あっ! でもでもセンパイからいっぱいテクニックは教わってるし……! 受けでも攻めでもどっちでもボクは対応しちゃえるハイブリッドタイプだからユウくんが望むほうがあるならいつでもオッケーなんだけど……!
けど……ボ、ボクのカラダで……ユウくんを、き、気持ちよくさせられる……自信が、なんか、その、ボク……お客さん以外は、ハジメテだから不安で……ちょっと…………こ、こわい、かなって……」
「じゃ、俺寝てるから8時間したら起こしてくれ。添い寝くらいはしていいぞ」
良い感じで腹にアルコールが感じられる。ほどよく酔いつつ気持ちよくぐっすり眠れそうだ。
「……ざ……な」
「なんだ?」
「ざッけンナー! なんで!? なんでなの!? いきなり部屋に連れ込んでベッドにドーン! ってされてなんで襲われないワケぇ!?」
ガバッと起き上がったヒビキが破廉恥なメイド服のまま馬乗りになって罵詈雑言を浴びせてくる。頼むから寝させてくれ。文化財の修復作業でこちとら2時間しか寝れてないんだぞ。
ヘソ出し腋チラにミニスカート黒ストメイドというのは素晴らしい恰好であるとは思うが、股座にアツイなにかが密着していて正直頭が痛い。どうしてこの子はこうなったのだ。
「おかしいじゃん! ユウくん! ここは襲うところでしょ!?
そっと腕を回して抱き寄せてドロッッッドロになるくらいディープにチューして服のボタンに手をかけていくシーンじゃん! 抱きしめられたまま甘ったるくて溶け落ちそうなベタでキザなセリフ向けられて、ボクが思わず“キュン……”って顔を赤くして切なくなっちゃう場面じゃんかフツーはさぁ!」
「タマヒュンの間違いじゃねーの」
「ちいぃぃぃっっっっがぁぁぁーうぅっ! わかってる!? キミに惚れてる女の子を個室に連れ込んで無理矢理ベッドに投げ捨てる勢いで放り込んだんだよ!?
“他の男にはやらない。俺のモノにしてやる……”とか! “あのオッサンじゃ与えてくれないメスの歓びを刻んでやる……”とか! 入店時と打って変わって清楚で純情でしおらしくなったボクに向かって超絶俺様モードで甘々トロトロに蕩けさせてケダモノのように激しい行為に持ち込んでいくシチュエーションだったでしょぉ!?」
「モノマネが上手いのはわかったからそこどけ。ナニが当たってんだから」
「当ててるんだよぉ! なんでその気にならないの!? ヤろうよ!」
「やらねーよ!」
こんな言葉が出る時点で清楚って言葉は因果地平に飛び去っているぞヒビキよ。とはいえこのペースじゃもうどうにも止まらないだろう。ここはやむを得まい。切り札の一つを切るとしよう。
「なあヒビキ、俺はお前のことは女の子だと思ってる。けどそれと抱くか抱かないかは別だ。
お前は俺にとって大切な“いとこ”だし、叔母さん……ミサトさんにとってもお前の生き方は見ていて不安や心配が尽きない生き方だ。俺やミサトさんもお前の生き方を受け入れてはいるけど、あくまでそれは大切な家族としての感情だ。男と女の関係や感情からくるものじゃないんだ」
「……うん……でも、でもっ…………ボクじゃ、ダメ、なの……?」
「今の俺が欲しいのは……家族の温もりだ。娘の玲奈も妻の紗耶香も、もう居ない。ずっとどこかに穴が開いたようなままなんだ」
「……ごめんなさい、ユウくん。結局……ボクの独りよがりだったんだ……」
「ヒビキが心配してくれていたのはわかってる。俺が少しでも前みたいに笑えるようにって元気に笑っていたのもわかる。でももう三年も経ったんだ……どうにかやっていけるくらいにはなったさ。
でも、今日は……どうにも寂しくって仕方ないんだ。だから、隣で居てくれる人が欲しいんだ」
先ほどまでの溌溂さがウソのようにヒビキは黙りこくったまま、しおらしく俯いていた。
「……ぎゅっ、てしていい?」
「──ああ、いいぞ」
体にかかっていた軽い重みが消えたかと思えば俺の右隣に陣取るように寝転がったヒビキは俺の腕をとり、抱き着くように身を寄せてきた。見た目には一部を除いて完璧な女の子なのだが、やはり俺にとって“いとこ”という認識が消えることはない。
「ん~……今日はコレで許してあげる」
「ヒビキ、さりげなく股で挟もうとするんじゃないぞ」
「……ちっ」
コイツに“女の子”とやらを吹き込んだヤツは絶対に〆る。絶対にだ。
「と、いうわけでウチの“いとこ”のヒビキだ」
「ヒビキでーす、よろしくね~!」
いつものごとくやってきたナザリック地下大墳墓。そこに一つ違う点があるとすれば女の子のアバターのプレイヤーが一人増えたというところだ。
生足へそ出しと肌色多めの忍者服が煽情的な、しかし着用者が小柄でぺったんこで子どもっぽいという微妙に残念さを感じるアバターだ。
もっとこう、くのいちっていえばさあ、スタイルがよくて引き締まった感じのスレンダーな感じに豊満なお胸が似合うと思うんだよ。細身でしなやかなボディにありながら一際目を引く巨乳っていうギャップを楽しむものだと思うんだ。
それがヒビキの場合は…………中学生のコスプレみたいな感じかな?
「どうも、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターをしてます。モモンガです」
「メンバーのヘロヘロです。よろしく~」
あの日は結局寝るまで駄弁っていたときにユグドラシルの話になり、俺がプレイしていることを知ったヒビキが“おまたせ”というメールをスクリーンショット付きで俺に送ってきたことに端を発している。
見た目にはほぼ現実のヒビキとそっくりなアバターのスクリーンショットが送られてきて合成茶を吹き出しそうになった。しかもちゃんと性別は女なのでアレがついていない……つまりヒビキにとっての理想の自分をアバターにしたわけだ。
目標としては課金アイテムなどでさらに細かい部分を調整していくと言っていたが……あと半年を過ぎた期間でアカウントなんて作ってどうするつもりなのだろうかと聞いてみたところ──
「アカウント? 前からあったよ? 二つ前の“カレ”と一緒にプレイしてたんだ」
ということらしい。そこそこ大きいギルドに属していたらしく、ギルドランキングでも上位500位に入る程には活発に活動していたそうだ。
「しかしルイさん、いとこがプレイしてるのに知らなかったんですか?」
「この五年ほどは旧大阪エリアか新大阪エリアに居たからなあ。新東京エリアに戻ってきたのなんて去年の冬だし。それに……いろいろありましたしね」
「────あ、そういえばヒビキさんのビルドってどういうものなんですか?」
内心で“あっ”と思ったのかモモンガさんが言葉を失くしたのを察したヘロヘロさんがすかさずフォローするように話題を逸らす。どうも気を使わせてしまったらしい。
「ボクのビルドとしてはアサシン系構成かな。種族は吸血鬼だけど」
「アサシンに吸血鬼って……どう考えてもシナジーがかみ合わないような……」
「アサシン系にレンジャー系や森祭司のスキルがある感じかな。速度と攻撃力に振ってるから守りはイマイチだけど」
「……吸血鬼、いらなくない?」
「必要だよ! 吸血鬼を失くしたらユウくんとお揃いじゃなくなっちゃうし!」
「アッ、ハイ」
相変わらずブレないヤツだ。この調子だとどうやっても変えることはないだろう。己を貫くと決めた信念はゲームのプレイスタイルにまで影響しているらしい。
そこへモモンガさんがひとつ手を叩いてサムズアップのエモーションを出して言う。
「さて、それじゃヒビキさんの性能確認とルイさんとヘロヘロさんの錆落としも兼ねていっちょひと狩り行きましょうか! どこか希望はありますか?」
「私は天空回廊ダンジョンを! 限定ドロップ!」
「ボクは機甲戦線ダンジョン! ゴーレム作成用アイテム!」
「俺はフィールドの魔界都市TOKYO! 刀よこせオラァ!」
「ホントこいつら噛み合わねーなチクショウ! というわけで生命科学研究所ダンジョンで」
「ひぎぃ!」
「らめぇ!」
「いかんそいつには手を出すな!」
「何言ってんですか! 限定ドロップもゴーレム素材も刀も落ちる優良マップだぞオラァ!」
「4人で行くダンジョンってレベルじゃねーぞ! せめて8人態勢! 後衛とヒーラーと壁を!」
ダメ! そこはトラウマ発症しちゃうからやめてぇ! ヤメロォ!