オバロで練習作   作:きゃすたー(7mg)

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夜明け前

 今日も今日とてナザリック。円形闘技場へやってくると既に待ち構えていたヒビキがさっそく手を振るエモーションでこちらを呼ぶ。

 装備は忍者らしく“くの一”スタイルだが、アニメやゲームに出るような際どい露出が目を引くことからその手の人にとってはエロ系装備扱いされる。ショートボブの黒髪と幼い顔立ちの十代半ばのアバター姿で、肩を出した白い襟の赤い忍装束に紅白の帯を巻き、赤い手甲と赤黒の足袋を身に着けているがそれ以外はほぼ露出しっぱなし。しかも前垂れは前を隠す気があるのかと思うほど狭く、子どもっぽいほっそりとした健康的なふとももからくるぶしの部分までが完全露出し、下着が見えるのではないかと懸念するほど攻めた衣装だ。

 ……なのだが、残念ながら着用者は現実での姿と同じくぺったんこでちんまい背丈なものだから大人の色香はまったく感じられない。

 

「おはよう、ヒビキ」

「おっはよーユウくん! 今日のボクはどうかな? 少し古臭いけど大流行したエロゲのキャラクターみたいな装備にしてみたんだ!」

「あ、うん、みたい、だな……」

 

 違うぞ。あれはエロゲーじゃなくて格闘対戦ゲームだぞ。旧時代のアーカイヴにあるのを見つけてプレイしたことがあるが、あのお胸とおみ足は素晴らしいものだった。

 

「で、残り5レベル分の振り分けは決まったか?」

「んふふ~、ちゃんと決めてあるんだよねー」

 

 こいつは何を思ったのか、俺が吸血鬼の種族を取っていると知ってからワールドアイテムである世界樹の種を使ってまで吸血鬼の種族へレベルを再分配したのだ。ところが元々取っていた分のレベルを再分配したはいいものの、俺が流れ星の指輪を使って吸血種の種族を取っていたことを忘れていたために5レベル分が余ってしまった。

 

「ジャジャーン! 流れ星の指輪(シューティングスター)ぁ~!」

「お前何してんの!?」

「コレでボクの望むがままなのさー! 流れ星の指輪(シューティングスター)発動!」

 

 高々と指輪を空に掲げて数秒すると、突然目の前に何者かが転移してきた。黒髪の人間種の男、それも純白の衣装に金の刺繍や腕章などゲーム内でお目にかかることはまず無い装備をしている。

 

「えーと、うおっ、ここナザリックじゃん! まさかまたしてもあの人たちを担当しなきゃならないなんて……」

「……あの、ゲームマスターさん?」

「ああ、すみません! あなたが流れ星の指輪を使った方ですね? 所属は……あれ、アインズ・ウール・ゴウンじゃない?」

 

 自身の現在地を確認した彼、ゲームマスター……GMはコンソールを開いて深いため息をついた。

 というか“またしても”って……モモンガさん、あんたら一体何やったんだ。

 

「はい、ボクはアインズ・ウール・ゴウンに所属してないですよ」

「そうでしたか。オホン、では改めて、今回のご要望をお伺い致しましょう」

「あの、ボクの種族に“吸血種”の種族レベルを追加してください!」

「……し、承知致しました。えーと……残り5レベル分を全てでよろしいですね?」

「はい、お願いします!」

 

 GMがヒビキに向かって手をかざすと、円形闘技場の空から光が降り注いでヒビキの全身が光り輝くように周囲を照らす。光が収まった先には何の変哲もないヒビキの姿があったが、コンソールを開いて確認したヒビキはガッツポーズで喜びを表現していた。

 

「確認できましたか?」

「はい! もちろんです! ありがとうございます!」

「それでは失礼いたします。残る期間は短いものですが、どうぞユグドラシルをお楽しみください」

 

 しかしあのGMの声、俺の時も担当していたヒトじゃないか。なんとも因果なものではあるが、まさかこんな形で再び(まみ)えるとは思いもしなかった。

 

「ねぇねぇユウくん! 買い物に行こうよ! 人間種用の装備なんかも装備できるようになるんでしょ?」

「そうだな。少なくとも俺のときは装備できるようになった」

「じゃあ決まり! オススメの装備とかあったら教えてね」

「買うなら自腹でな。……俺は先日のドロップ品買い取りで金が無いんだ」

「えー!? 買い物デートなんだから一個くらいプレゼントしようよ!」

「心配するな。……現実(リアル)で買ってやる。服でいいよな?」

「……ホント? やったー! ユウくんとお買い物デートだぁ!」

 

 ぷんぷんと不機嫌なエモーションを連発していたヒビキがエクスクラメーションマークのアイコンと共に飛び跳ねるモーションを出して歓喜を表現する。

 

「いいなぁ……」

「いいですよねぇ……」

 

 じーっと円形闘技場の通路から顔だけ出して見ている骨と粘液が何か言ってるが、この子ツイてるんですよええ。

 

「ちなみに聞いておくけどモモさんとヘロヘロさん、どういう意味で“いい”んだ?」

「そりゃ決まってるでしょ同志ヘロヘロ」

「はい、決まってますよ同志モモンガ」

 

 青白いオーラを纏わせたままモモンガさんは“飛行(フライ)”で飛び上がり、ヘロヘロさんはジュウと地面を溶かすようなエフェクトを発生させて闘技場の中央に躍り出る。

 突如表示されるインターフェース画面。表示されたのはPVPモードへ移行されたという表示で、ルールは無差別ダメージ減衰無し死亡ありのガチモードだ。

 

「「爆ぜろやこのロリコン吸血鬼ィィィィッ!!!」」

「コイツは中身は十八歳だァーッ!」

「ようし、ボクとの愛の力を今こそ見せるときだよ!」

「お前ちょっと静かにしてろややこしくなるからァァァ!」

 

 クソッタレめ! アインズ・ウール・ゴウンとガチPVPなんぞもうお断りだってのに! 

 

 この後めちゃくちゃ殴り合いになった。

 

 

 

 

「……今日はひどいマップでしたね……」

「おーい、ユウくーん。だいじょうぶー?」

「つっっっかれたぁー……もう熾天使(セラフ)級はしばらくいらん」

 

 ぐでん、とまるで形を保てない半熟卵のように椅子に寄りかかっている俺にヒビキが声をかけてくる。普段使いのくの一スタイルの服……紫に染めた上衣と袴で露出度は大幅に減って忍者らしい忍者スタイルになっている。ワンポイントの白い帯に挿された忍び刀が一振りという一見すると簡素な装備に見えるが、懐には大量の暗器が仕込まれているのだから油断できない。

 ショートボブで揃えられた髪にワンポイントでつけられている簪も実は武器という徹底ぶりだ。

 

「大丈夫? ごはん食べてボクとする? お風呂でボクにする? それともボクとヤる?」

「大丈夫。ご飯食べたし風呂も入った。お前はもうちょい慎もうな」

「はーい」

「とりあえずさくっと清算しちゃいましょう。明日でユグドラシルが終わるのだとしても狩りは狩りです。最後までしっかり締めていかないと」

「ついにスルースキルもカンストしたなモモさん。ヒビキが変なこと言い出したらスルー推奨っていうのがよくわかったみたいで」

「まあ、四か月も一緒に狩りしてればねぇ……」

 

 あの悲惨なPVPから四か月経ち、つい三週間前にヘロヘロさんは人工臓器の移植手術のために病院でしばらく厄介になることになった。そして今日が退院日ということでモモンガさんやヒビキと一緒に日課となっていた狩りを終わらせてきた。無事退院したという連絡がモモさんにきていたから、後はヘロヘロさんを待つだけだ。

 

「パパ! おしごとおつかれさまでした!」

「あぁ~やっぱりレーナに出迎えてもらえるのは最高の幸せだよなぁ」

 

 そう、入院する直前にヘロヘロさんが調整を終わらせたレーナのAIを送ってきたのだ。あれ以来狩りから戻るたびに駆け寄ってきて満面の笑みでお父さんを出迎えてくれるようになった。たった一つの心残りは触ったり撫でたりできないことだけだが、部屋の中に居ると本を読んだり隣に座ったりといろいろな動きを見せてくれるようになった。ヘロヘロさんグッジョブと心の中でガッツポーズした。

 背中に背負っていたインベントリ系アイテムもウサギのぬいぐるみ風のリュックサックにグラフィックが置き換えられ、時々中身を整理するようなモーションが可能になった。珍しいものを入れているとエクスクラメーションマークが出たり、あまりかわいくないものを入れると涙目のエモーションを出したりと感情豊かになった風に思える。

 最近はレーナの可愛い行動や仕草を見て癒されるばかりなせいか、ヒビキが対抗意識を燃やしてさらに積極的なアピールをし始めたのが頭の痛いところだ。

 

「私はかえってきたぁー!」

「おおっ! おかえりヘロヘロさん!」

「おかえりなさい、ヘロヘロさん」

「ヘロさんおかえりー!」

 

 ムンッ、と力こぶを象徴するエモーションを出したヘロヘロさんは意気揚々と黄金に輝くオーラを放って席に着いた。相変わらず真っ黒な粘液がもぞもぞと動いているだけなのだが、どこか以前よりも活発に脈動しているような気がしないでもない。

 目の前に居る骸骨(ポンコツ)王もどこかウキウキとしているように見えるのだから、俺も年甲斐もなく嬉しがっているらしい。

 

「で、どうでした? 体調に変化はありましたか?」

「いやはやすこぶる快調ですよもう! ルイスさんが送ってくれた人工臓器の情報とモモンガさんの伝手が無ければ私はきっと今日を迎えられなかったんだろうなって思いましたよ。

 走っても息切れしないし前はひどかった拒絶反応もウソみたいに消えました! ほんっとうにありがとうございます!」

「ならいいさ。ヘロヘロさんにはレーナの件でもお世話になったし、情報屋から集めてきただけだしな」

「ヘロヘロさんが無事なら何よりです。それに私は知人にたまたま伝手があっただけですし」

「何言ってんですか二人とも! 二人の力が無ければ私は自室で死んで遺体が数か月後に発見されたなんていう末路をたどっていたかもしれないんですよ! 

 こうして無事に今日を迎えられたのはモモンガさんとルイスさんの力添えあってのことです! お二人の持つ力が、一つの命を救ったんです……だから、胸を張ってください」

「ンムゥ……じゃあ今度みんなでコーヒーでも飲みにいきましょうか。合成なんですけど結構いい味のお店を見つけたんですよ。ヒビキちゃんは未成年なんでアルコールはダメですし」

「あ、じゃあ私が持ちますよ。なんのお礼もできずっていうのは正直納得できませんし」

「何言ってんですかヘロヘロさん。そういうのは再就職してから言ってください」

「やけにモモンガさんが厳しい件。……まあ、再就職するのが一番の感謝の伝え方かもしれませんしね」

 

 なんともこそばゆい感じだ。俺が自分の力で調べたわけではないのだが、そんな小さな力が一人の命を救ったのだと考えるとどこか嬉しいような気分がする。

 ……だけど、俺はあの時目の前に広がった赤い焔の中に消えゆく娘を……玲奈を救えなかった。手を伸ばせば届きそうな場所に居た小さな命が炎に呑まれて消えていったのを見ていることしかできなかった。

 待って、待って、と頑張って追いかけてくる娘の傍にいてあげることができていたなら、あの子はもしかしたら生きていられたかもしれない。ほんの少し、ほんの数メートル、ほんの少しだけゆっくりと……傍について歩いていたら……すぐに手を引いて抱きしめて守り通すことができたのかもしれない。

 

 もう過ぎた話だ。悔やんでも戻るわけがない。それを理解しているのに、納得したはずなのに、ほんの僅かなはずみで津波のように悔恨が押し寄せてくる。

 

「あ、もう12時だよユウくん」

「しかしお前本名呼びを完全に躊躇わなくなったな」

「だって“ルイにーちゃん”って呼んでも反応薄いんだもん。しかもボクも違和感ばっかでヤダし。それに比べてレーナちゃんのかわいさといったらもうたまんないよねぇ……! 礼儀正しいし可愛いし、ちゃんとお姉ちゃんって呼んでくれるし」

 

 つーん、と不貞腐れたヒビキはレーナのウサギさんリュックにキャンディ(効果はHPを少量回復する)を三つ放り込んでレーナの“ありがとう、おねえちゃん!”というセリフを何度も聞いて悦に浸っていた。

 どうやら“おねえちゃん”という言葉が気に入ったらしい。末っ子だったが故に自分が姉扱いされるのが新鮮なのもあるだろうが、一番は自分を女の子だと認めてくれている気分になれるからだろう。

 

「もうちょっとヒビキちゃんに構ってあげたらどうですかユウくん?」

「可愛い子を放ったらかしにしてると後が怖いんじゃないですかユウくん?」

「おーし俺にケンカ売ってんだなおめーら。石化してから“暁”装備のバフ込みで<無明晦冥斬>食らうか石化してから“スヴァログ”の<星火燎原>の貫通スリップダメージでじわじわ死ぬか、選ばせてやんよ」

「上等だリア充! サッカーボール扱いされて泣きわめくなよ!」

神器級(ゴッズ)装備ぃ? ハッ! 全部溶かちつくしてやらぁ!」

「……噛んだな」

「そこで噛みますか……」

「……溶かしつくしてやらぁ!」

「何もなかったようにフツーに言い直したぞこいつ!」

 

 バチッ、と効果音がしそうなガンの飛ばしあい(?)をしながらにらみ合っているところに声がかかる。そういえば久々の連休を利用したヒビキが俺の家に泊りにきてたのをすっかり忘れてた。

 

「じゃあボクご飯作ってくるから。ユウくん、合成品だけどチャーハンでいい?」

「それで頼む」

「「リア充! 死ねよや!」」

 

 ユグドラシルサービス終了まであと1日。変わらない日常が、変わらないでほしかった日常が、明日変わる。

 俺たちプレイヤーは一つの寄る辺を失い、しかしまた次の一日を迎えて前に進んでいくだろう。そして数年か、十年か、或いは死の間際になってユグドラシルを思い出すだろう。懐かしい日々の記憶として、思い出として心に残ることだろう。

 

 俺にとっての決別の日。俺が再び前を向いて歩みだす日は、もう目前に迫っている。

 

 

 

 

「インしねーな」

「インしないねー」

 

 今日も今日とて変わりのないユグドラシル。12月20日という最終日の夜を迎えたとてそれは変わらない。文化財の修復がひと段落ついたお陰でやってきた連休を利用して最終日を迎えられたのだが、いざナザリックの門前へやってきてみたがヘロヘロさんも居なければモモンガさんも居ないときた。

 フレンドの一覧を見てもヘロヘロさんもモモンガさんもログインしておらず、オフラインの表示がずらりと並ぶだけだ。ヘロヘロさんは午前中に一度ログインしていたが、職探しのために求人サイトの開催している説明会へ出席するとのことですぐに家を出た。

 

「そうだ、あそこにいこう」

「なに? いい場所あるの?」

「ああ。ちょっとまってろ……<転移門(ゲート)>」

 

 見渡す限り毒の沼と枯れ果てた木々が乱立するだけの死の大地にぐにゃりと小さな歪みが起こり、全てを吸い込むブラックホールのような半球状の物体が出現する。

 

「ほら、入った入った」

「……最終日だからって18禁行為はダメだよ? BAN(垢バン)されちゃうよ?」

「天地がひっくり返ってもやりはしないが、兆分の一の確率でやるとしてもヒビキじゃないことだけは確かだ」

「ぶー、それヒドくない!?」

 

 現実のヒビキそっくりな女の子のアバターだからといって手を出すなんて正直考えられない。妻も娘も死んでいるとはいえ俺は妻帯者なのだ。年若い未婚の女の子(ただしツイてる)に手を出すなんてつもりはない。

 

 転移門を抜けて出た先は俺の拠点である白の館にほど近い場所にある湖だ。広さの規模は湖と言うよりも池と言うべきなのだが、水深はなんと100メートル以上というわけのわからない深さをしている。

 火山活動のせいでできた縦穴に水が溜まったのではないだろうし、崩れやすい地層が浸食されて崩落してできたわけでもない。そんな場所なのだがキッチリとフィールド内であるらしく、普通に魚が釣れるしなんなら対応した装備さえ使えれば深海魚さえ釣れる。

 そんな木々に囲まれた池の畔に立つ古ぼけた石碑と、周囲一帯を囲むように咲き誇るアケボノソウの白い絨毯。

 考古学者(アーキオロジスト)の<言語解読>のスキルでも読むことができないことからただのオブジェクトだとわかったが、最初は嫁と二人で資料に向き合ってみたり石碑の周りでふしぎなおどりを踊ってみたりなんやかんやと手探りで調べていたのも懐かしいことだ。

 

「すっごい…………キレイ」

 

 放心したように立つヒビキの足元、アケボノソウの花が風に煽られて空に舞い上がる。薄暗がりが広がる空へと舞い散る花弁の中に佇むその姿は完璧な女の子だ。

 ショートボブの黒髪が風に揺られ、身に着けた伝統的な忍び装束──青紫を基調にしたその後ろ姿は白い嵐の中で浮かび上がるように自らを主張している。

 

「結構いいだろう? お気に入りなんだ」

「……うんっ!」

 

 まるで童心に返ったようにヒビキは白い絨毯の上に身を投げて仰向けに空を見上げる。ばさっと倒れこむ音とともに花弁がまた一つ二つと風に乗って舞い散り、黄昏時の空へ昇って消えていく。

 ちょうど腰かけるにはぴったりな石碑にそのまま腰を下ろし、二人して空へと視線を移す。

 

「ふふ、ユウくんと現実(リアル)でデートするならこういう場所がいいなぁ!」

「もうこんな場所どこにもないぞ。あってもせいぜいシベリアやヒマラヤ山脈みたいな隔絶された土地くらいだろうな」

「もーっ! そうやって現実味ばっかりな話するんだから! ……好きなヒトと一緒にこの世に二つとない景色を眺めるっていうのは女の子の夢なんだよ?」

「そうでもないぞ。嫁は三人そろってテレビを見るのが一番良いって言ってたし」

「それは家族として! ボクのは愛する人としてだよぉ!」

 

 言われてみればアイツも二人きりの思い出というのは欲しがるタイプだったな。それでも“世界に二つとない絶景”なんてものは望まなかったが。一緒に飛行機に乗って見た高度1万2千メートルからの地球の景色は格別だった。二つとない、とまではいかないものの、現状の世界ではほんの一握りの人間しか見ることのできない景色であることには違いないだろう。

 ……そういえばレーナを連れてきていないんだったな。普段ナザリックに入る直前にNPCを呼び出すからすっかり失念していた。

 

「<召喚(コール)>レーナ、キリ」

「……もうちょっとだけ二人きりがよかったなぁ」

「レーナ抜きには始まらないし終わらないんだよ」

 

 召喚スキルで呼び出された我が娘レーナと、以前のクエストで捕獲……というか従えた麒麟(ポニーサイズ)を呼び出し池の畔で待機させる。

 小さく幼い少女の傍らに控えるこれまた小さく幼い聖獣という組み合わせが、天頂に上った蒼い月の明かりを浴びて凪の水面に映し出される様子はまさに幻想そのものだ。……だがそれもまもなく、あと20分で電子の海に消えていくことだろう。

 

「おっ?」

「きた!」

 

 一切変化のなかったフレンド一覧にオンラインと表示されたのはモモンガさん。そして数秒してヘロヘロさんの名前がオンラインに変わる。

 

『あーあー、そっちはどうです?』

『ギリギリ間に合ったぁー! ってルイさんどこにいるんです?』

『今お気に入りの場所でゆっくりしてるよ。モモさんは?』

『ナザリック内です。あ、ヘロヘロさんと合流しました。こっち来ます?』

『……いや、俺はこっちで居るよ。ヘロヘロさん聞こえる? 説明会どうだった?』

『はーい。いい感じで何社か受けられましたよ。ただ胸糞なのが以前働いてた会社がどっちとも説明会に参加していたことですかねぇ! あと雪で交通網が一時的に止まったこととか!』

『……お疲れさん、ヘロヘロさん』

『心中お察ししますよ……』

『じゃあお二人さん、ユグドラシルじゃ最後かもしれないから言っておきます。……幕引き(カーテンコール)は告げられますが、俺たちには明日がある。だから今度、呑みにいきましょう。俺たちの明日は今日ここから始まるんだから』

 

 そうだ、俺たちはこの死に体の地球に縋り付いて必死に一日を過ごしてきた。リアルの友人やネトゲで出会った仲間なんかと分かち合いすれ違いぶつかりあい、そしてまた日々の糧を得るべく働いて生活している。

 そして明日が来る。当たり前のように明日が来て当たり前のように今日が終わる。知識層や富裕層からすればちっぽけで、ともすれば向上心の欠如とさえ言われかねないかもしれないが、明日があることは素晴らしいことなのだ。ただひたすらに生活の糧を得るべく働いていても、惰眠を貪り飽食と怠惰に身を任せたとしても、“明日がある”という当たり前があることは幸せなことなのだ。

 それを幸せなことだと気づいている人は数えるほどしかいないだろうが、アーコロジーで内ゲバを起こしたり反動勢力に占拠されたり殺戮の対象となったり、そういうことに俺たちが巻き込まれないということは幸せなことなのだ。

 

『ですねぇ。ルイスさんの言う通りです。私は二度も職を失った上に明日すらわからない日々でしたけど、新しい人工臓器に換えることができたお陰で明日が迎えられたんです。

 生きて明日の朝日を拝めるのがこうも嬉しいことなのかと感動しましたよ正直言ってね。生きてるからには、明日があるから、また頑張れる気がしてくるようになりましたよ!』

『…………ルイさん、ヘロヘロさん……私は、いや俺は……リアルには何も残ってないです。両親は幼いころに死んで、今まで必死に生きていて、唯一楽しみだったユグドラシルも終わる。そんな中で明日を望む勇気が……無いんだ。不安で、仕方ないんだ……』

『……だったら、尚のこと呑みにいきましょう。なあに俺の親戚がウマい酒飲ませてくれる店やってるんですよ。ヘロヘロさんも集まって酒でも飲んで、今度どんなゲームするか駄弁ってみましょうよ! 見つからないようなら俺たちも手伝いますよ、“やりたいこと”探しをね』

『……ルイさん』

 

 そう、モモンガさんにピッタリな言葉を贈ろう。人から人へ言葉を伝えることくらいは、誰にだってできるんだから。

 

『老子曰く“他者を知ることは知恵。自分を知ることは悟り”とのことだ。俺たち三人そろって……いや四人そろっての自分探し。……してみないか?』

『──ッフフ、じゃあ今度休みを取れそうな日を見ておきます』

『決まりですね! モモンガさんとルイスさんに会うまでには次の職を決めてみせますよ!』

 

 どうやらモモさんも吹っ切れたらしい。ヘロヘロさんはすでにやる気マンマンだし、うちのヒビキはすでに覚悟ガンギマリの状態なのだから問題ない。俺も、少しは過去を振り切って前に進む勇気が持てた。明日はヒビキが家に帰るのを見送ってから出勤して、次に修復する文化財の所有者と顔合わせして、それから現物の状態をチェックして……忙しいなあもう。

 

 ああ、だけどこうして世の多くの人々は毎日を必死に生きている。当たり前に明日が迎えられるものだと気づくことさえなく明日を迎え、必死に明日を生き延びるべく足掻いているのだ。

 しかしテロリストどもにとってはそういう市民たちさえも愚かな存在でしかないのだろう。企業の提示する仕事を企業の指示通りにこなし、企業から生活の糧を得ている我々市民は彼ら反体制組織にとって企業に尻尾を振る犬か、鎖でつながれた奴隷という認識でしかない。

 だから無差別テロなんてものを平気でやれる。解放だの自由だのを謳うだけで現実を見てもいない理想家どもはそうやって自由を与えるべき人々さえも巻き込んで殺してしまえるのだ。

 

 ただ明日に生きていたいと願う人たちから、大切な明日を奪うことは許さない。それがきっと俺の──

 

 

 

 

 もうすぐユグドラシルが終わる。その瀬戸際にどうにか滑り込んだ俺とヘロヘロさんは玉座の間でゆっくりと話し込んでいた。コンソールでNPCの設定やなんやを眺めて、製作者がNPCの設定として書き込んだ知られざる秘密を流し読んでいた。

 いかにも製作者の人柄がわかるような設定のものも居れば何も書き込まれず真っ白な白紙のままのNPCも居た。玉座の傍らに佇むNPC、タブラさんの作成したNPCである彼女……アルベドなんかは文字数制限いっぱいに事細かな設定が書き込まれていて、最後の一文が“ちなみにビッチである”なんて締めくくりでなければ素晴らしい内容だった。

 ヘロヘロさんのおふざけを採用して“恋愛はクソザコである”に書き換えられたが、それはそれでギャップ萌えも感じる素晴らしい提案だった。ナザリックの守護者、引いては全ナザリックの統括として凛々しくも奥ゆかしい彼女が実は恋愛に奥手でヘタレなサキュバス(処女)だったという、この落差の大きさは非常に素晴らしい。

 

 そうしてなんやかんやとワイワイ騒ぎながら、遂にその時がやってきた。目の前に居るのは純白のドレスに漆黒の翼と艶やかな黒髪の美しい守護者統括のアルベド、そして執事姿が板につく白髪の老執事のセバス・チャンとその指揮下にある6体のメイド……六連星(プレアデス)たちだ。

 どちらが始めるでもなく、悪のギルドらしいロールプレイが始まる。

 

「……まもなくですね。盟主殿」

「ええ、まもなくですヘロヘロさん。……ユグドラシルの終焉です」

「地は(くう)に還り、水は消失し、風は死に絶え、火は(かげ)る」

「そして光も闇も(ことごと)くがゼロとイチに還元され、世界樹は枯れて塵と消えゆくのみ」

「……我々の、アインズ・ウール・ゴウンの全ても、諸共に消える。無常ですね」

「しかし我々の足跡が消えようとも事実は消えぬ。アインズ・ウール・ゴウンが在ったこと、神の使者を名乗る愚物を幾度となく屠ってきたこと、それらはリアルよりの観測者によって記録され、記憶される」

「然り。そして世界は破壊され、ユグドラシルの観測は本日終了する」

「然り。そして世界は破壊され、しかし我らはリアルへと送還される」

 

 多くの仲間たちが居た。言葉を交わしたのがゲームの中でしかないとはいえ、彼らは現実世界に存在する人々であるのだ。彼らと築いてきた思い出を忘れはしない。それにその中には現実世界で一緒に宴会をしたりカラオケをしたりしてきた人たちだっている。

 きっと俺はそんな仲間たちを普段は思い出すこともなく過ごしていくのだろう。そして不意になんらかの拍子で思い出し、懐かしい日々に想いを寄せる。そしてまた明日を迎えて生きていく。

 見上げれば、玉座の間に掲げられた41人の紋章の旗。41人分の思い出が詰まった場所だ。

 

「さらば、ユグドラシル。我らの愛するナザリックよ」

 

 あと、3分。世界の終わりまで、あと3分。

 

「さらば、アインズ・ウール・ゴウン。我らの愛しき子供たちよ」

 

 サーバーダウンへのカウントダウン──終焉の鐘が鳴り響く。終了の告知テロップが空気も読まずに画面下部に流れはじめ──

 

 

<ユグドラシルをプレイ中の皆様へ。 間も無くユグドラシルはサービス終了を迎えます>

 

<運営、開発陣、ゲームマスター、そして何よりプレイして頂いたプレイヤーの皆様のお陰で12年という年月を支えることができたのだと思います>

 

<楽しいイベントもあればしょっぱいイベントもありました。バグや調整でご迷惑をおかけすることも多々ありました。しかし今となっては懐かしくもほろ苦い思い出として刻まれ、サービス終了の間際とはいえ多くの方々にプレイしていただけていることを嬉しく思います>

 

<この幕引きが皆様にとって素晴らしいものであることを願っております。製作運営チームを代表してプレイヤーの皆様に御礼申し上げます。12年間ありがとうございました! プロデューサー ××××>

 

「……フッ、運営も満足のいく終わりを迎えられたのだな」

「そのようで。……ならば、我々も……」

「締めくくりましょう。あの合言葉に、最大の賛辞と感謝と畏敬を込めて……」

 

 テロップが流れ終わり、世界が無に帰する寸前──

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 俺とヘロヘロさんの声が重なり────────────

 

「チクショウ! だまされた!」

「運営ィイィィィッ! 最後の最後でぇ!」

 

 時計が進む。12時きっかり終了するどころかもう数十秒以上経過してるじゃないか! 

 

「仕方ないです。ログアウトしましょうヘロヘロさん。明日も仕事が──ヘロヘロさん?」

「…………モモンガさん、何か、変です。よ、よくわからないです、けど……()()が変です」

「ンン? 別に何も……UIが表示されない? これじゃログアウトすら……」

「それだけじゃないです! モモンガさんの、顔が……顎が、動いてます!」

「んなまさ……か……」

 

 カツン、と硬いモノに触れる感触。カタカタと顎の骨が動いているという()()。ありえない。こんなの、感覚が再現されるなんてできるわけがない! おまけに電脳世界に閉じ込めるだなんて法規制で罰則だって制定されてるハズだ! 誘拐や略取に相当する罪状に問われる上に、刑期はあって無いようなものだ! 起こした時点でブタ箱一直線か処理場行きが確定している! 

 

「ゲームマスターにも繋がらないし、モモンガさんは五感の再現までされている……普通に考えるなら私たちは電脳世界に閉じ込められたということに……」

「……僕ら監禁されとるんやで?」

「ネタに走ってる場合じゃないですよ!」

「わかってます。わかってるんですけど……おふざけくらいしないとおかしくなりそうで……フゥ……え?」

 

 緑色の光が足元から発生した、かと思いきや突然頭の中がクリアになる。……そうだ。とにかく今は原因の究明と現状の俺たちの置かれた状況を確認し、どうにかゲームマスターに連絡をとらないと。

 相手が電脳法を無視して俺たちを監禁したとなれば、相手は間違いなくプロフェッショナルどころかスペシャリストだ。大企業のサーバーに施されたファイヤーウォールや防壁、検閲を掻い潜ってこんな芸当をしてみせる相手だ。ヘロヘロさんがプログラマーとして優秀なヒトだとはいえ閉じ込められてちゃ……内側からじゃ打てる手は限られる。

 

「……どうかなさいましたか、至高の御方」

「……ファッ!?」

「えぇ……?」

 

 ────わからん。さっぱりわからん! 

 

 

 

 夜空の星々を眺めていると思うことがある。かつて、人が死ぬと空に還り星となるという表現があった。妻や娘は今もあの星のどこかに居るのだろうか。そんな取り留めもないことを考えてしまう。

 

「……ユウくん、行かなくてよかったの?」

「なんでだ?」

 

 俺の隣に寝転がる少女……少なくとも中身は女の子なヒビキが問いかけてくる。いつの間にか着替えたらしく、身なりは編み上げコルセットできゅっと引き締めた所謂フレンチ(えっちぃ)メイドになっていて、黒いガーターストッキングにかなり際どいミニスカートと攻めまくっている。

 ……どのみちヒビキの背丈は長身でスレンダーな美女というものには到底及ばないので、色気があるというよりは可愛らしいコスプレ程度にしか見えない。

 

「モモンガさんやヘロさんと一緒に終わりにしてもよかったんじゃない?」

「なんだ、せっかくヒビキと一緒に終わろうとしたのに。まああそこはアインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点だからな。そこに部外者が居るのは野暮だろ」

「……そっか。最後、だもんね」

 

 がばっと起き上がったヒビキが月明りを移す池のほうを見る。いつもの元気いっぱいなヒビキを見ていただけに、しんみりとしたヒビキの表情はどこか新鮮だ。

 

「ボクはね、ユウくんが好き……もちろん女の子としてだよ。体は……やっぱり男だけどさ、それでもユウくんやお母さんがボクを女の子として扱ってくれたのが、すっごくうれしかった。ボクがボクのままでいていいんだって、認めてくれた気がしたから」

「ヒビキがそう決めたんだ。だから俺はヒビキが女の子だと認めるし、そう扱うように心がけてる」

「……ありがと、ユウくん。……ふふっ、ユウくんに認めてもらえたんだし、まぁ、いっか」

 

 気づけば運営からの告知テロップが画面の端に流れていた。十二年の感謝が記されたメッセージボックスに思わず時の流れを感じてしまった。

 立ち上がって空を見上げれば現実そっくりな夜空が広がっている。星々を繋いで描かれた“ありがとう”の文字がひときわ強く輝いて、灯火が消えるように薄れていく。

 

「もう終わりだな……接続が切れたら寝よう。……また明日から仕事だし、今度の休みはアーコロジー内の遊園地にでも行くか? お買い物デートしたいんだろ? ついでに遊ぶぞ」

「……いいの? やったぁー! ボクね! 一緒に水族館に行きたい! 

 一緒に薄暗がりの水族館を手を繋いでゆっくり歩いて見て回ってさぁ! ちょっと人目につかないところに来たらユウくんにそっと抱き着いちゃったりなんかして! あ、でもでもユウくんからお尻にタッチされたりまさぐられるのも露出プレイ的ですっごくそそるっていうか! よし行こう! そのまま水族館からホテル直行ルートでくんずほぐれつしよう!」

「想像力豊かっすね……あ、時間──」

「え? あっ──」

 

 23:59:59────ああ、終わった。

 

「……あれ?」

「時計がズレるわけないし……さては最後の最後にやらかしたか、或いは作業の遅れでサーバーダウンが延期されたかってとこだろ。さっさとログアウト画面から────どういうこった?」

「……ユウくん、そっちはログアウトできる?」

「いや、そもそもコンソールが表示されてない。ヒビキは?」

「こっちも。終了どころか何も表示されないし……ん?」

「どうした?」

「パパーっ!」

「おっふぅ!」

 

 どすん、とお腹に感じる衝撃。見下ろせばそこには愛しい我が娘も似姿(NPC)たるレーナが抱き着いて頬擦りをしていた。

 

「レ、レーナ……」

「ねぇねぇパパ! あっち! あっちの池にお魚さんがいっぱい居るの! キリがお魚食べたいって言ってる!」

 

 俺の手を引いてくるレーナの姿は死んだ娘とそっくりだ。……そのように作られたんだから当たり前と言えば当たり前なのだが、NPCがAI設定や命令など無しに喋って動いているというこの状況が理解できない。

 さらに言えばあのとき、レーナを受け止めたあの感触……まさに現実としか思えない。

 

「待ってユウくん、血の匂いがする……匂い?」

「待て、それはあり得ないぞ。血の匂いなんて感じるわけないだろ」

「で、でもっ! 本当だよぉ! ボク、今血の匂いがして──」

「ありえない。五感で感じるなんて電脳法で規制されてできやしない。ましてや人間を電脳世界に閉じ込めるなんぞ処理場直行コースだ。そのままミンチにされて家畜のエサだ」

 

 そうだ、そんなものを感じるわけが────だが、この、嗅ぎなれた、血液から発生するこのニオイは────

 

「誰だ!」

 

 がさり、と森の中から聞こえた木々の葉が揺れる音。明らかに人などの存在が物を動かした際に出る音を感じ取って振り向いて真正面から向き合う。

 

「……ユ、ユウくん? どう……したの?」

「ヒビキ、レーナと一緒に下がってろ。何かいる」

 

 かつての自分を想起する。陰に日向にと戦いに身を置いたかつての自分。テロリストと戦い、企業の闇と戦い、力無き市民を守るべく戦ってきた己を思い出す。

 二人を俺の体で隠すように前に出て投擲用のナイフを左手に持ち、周囲の動きに神経をとがらせる。

 がさ、がさと近づいてくる音。そしてがさがさという大きな音と共に何者かが姿を現した。

 

「ヒト……?」

「!? あ、あなたたちは……? いけない! 逃げて──がはっ!」

「見るな!」

「──ひっ」

「わっ!?」

 

 月明りに照らされた若い女性──ロールプレイングゲームによくある、中世のヨーロッパの人たちが身に着けるようなゆったりとしたペチコートにシンプルなコルセットといういで立ちの、青い瞳に腰ほどまである栗毛を自然に流した彼女の腹部から鈍色の刃先が生える。

 レーナの頭を咄嗟に抱きしめて見せないようにしたものの、ヒビキは見てしまった。

 

「ぁ、ぅ……ゅ、ゆう、くん……」

 

 一連の流れをじっくりと見てしまったのか、ヒビキが思わず腰を抜かしてへたり込む。じょろ、という音と共にアンモニア臭がするのを脳内から除外してナイフの刃を持ち、投擲の準備を整える。

 ずるりと刃先が抜かれてその場に崩れ落ちた彼女の後ろから一人の男が歩み出てくる。白髪交じりの短髪とぼさぼさの髭、継ぎ接ぎの革鎧に所々が鉄製の薄汚れた鎧、飾り気のない所々が刃こぼれした直剣、身なりからしてまさに“賊徒”と呼ぶべき男がこちらを一瞥しニヤリと口元を歪ませる。

 

「……死ね!」

「チィッ!」

 

 羽織っていたローブをレーナに被せて突き飛ばすようにヒビキの傍へ押しのける。

 突き出してくる剣はまっすぐ。安直でひねりもないただの突き。しかし相応の腕前が無ければ突きは回避できない。初見、かつ女性を殺した動揺の隙を狙って放たれた突きに、逆手に持ち替えた左手のナイフをそっと添えてギリギリのところで打ち払う。

 ちりっ、とわき腹を掠めた直剣。相手は剣を振りぬいていて手元に戻せない。自分の左半身を突き出すように前に。左手は順手でナイフを握ったままするりと敵の喉元へ滑り込み、刃が肉を割いて脊髄を貫通していく。

 

「ギャヒッ」

「むんっ!」

 

 ずるりとナイフを引き抜き、相手が倒れこむよりも早く右後ろ腰から引き抜いたショートソードで男の首を一閃。ごとり、と落ちた首を胴体から噴き出る鮮血が赤く染めていく。

 

「ヒビキ、レーナ、ケガはないか?」

「────ひっ……ぁ、ぅ、ゅっ、う」

「……パパ?」

 

 じょろじょろとアンモニア臭をまき散らしながら、腰が抜けて歩けずにへたり込んだままのヒビキは後ずさりしながらこちらを見る。レーナも放心したような顔で俺を見るだけだ。──ああ、返り血が怖いのか。それは仕方がない。

 

「ぁ……ぅっ……」

「……まだ息がある!」

 

 先ほど刺された女性から聞こえたうめき声。駆け寄って傷口を確認したところ、深い傷だが致命と言うには少し足りなかったらしい。……苦痛が無いまま死ねるのと、苦しんで死ぬのとどちらがマシかというレベルではあるが、とにもかくにも息がある。

 

「くそっ……医療設備があるわけじゃないし……というか電脳世界のはずだろうに。だがこの現実感は間違いなくリアルのそれと同じ……どうなってる……?」

 

 ──どうにか頭が少し落ち着いてきた。そうだ、ここは電脳世界だ。目の前の彼女もユグドラシルで居たようなNPCのように平凡だ。おかしいくらいのリアリティに満ち溢れているけれど、ここは電脳世界なのだ。ユグドラシルがそのまま継続されているような感じ……まるでフ〇ム製のあのゲームのような殺伐感に変化しているが、彼女を救うにあたって必要なものとなると──

 

「ポーション」

 

 アイテムボックスを、と思考した直後に体が動いた。意志とは関係なしに、まるでそうするのが当たり前であるかのように手が“虚空に突っ込まれた”のだ。何があるのかが頭の中にすべてわかる。放り込んでいたアイテムの種類、数、効能やフレーバーテキストまで一字一句が頭の中を駆け巡っていく。

 

「これを飲むんだ」

 

 取り出したのは赤い血のような色のポーション。たまたま入っていたHP回復用の最高級ポーションだが、目の前で死者が出るよりはマシだ。

 体を横にして口の端から出る血液を一度吐き出させ、気管支などに入らないように口内にゆっくりとポーションを飲ませていく。半分ほどを飲み干したところで顔に生気が戻り始め、すべてを飲み干したころには息遣いもゆったりとしたものになり、傷口を確認しても傷跡すら残っていなかった。

 

「げほっ、た、たすけて……くれた、んですか……?」

「そうだ。まだ動かないように。止血はされているが流れた血が戻っているわけじゃない。無理せず横になっているんだ」

「そ、そうですか? 多分動けると思う……そうだ! 村が! みんなが!」

「お、おい! まだ動くんじゃない! 一体どうしたんだ!?」

「村が! 村が野盗に襲われているんです! 助けにいかないと!」

「だからと言って君が行っても犬死にだ! 落ち着くんだ。いいかい、相手は何人だった?」

「くっ……おそらくですけど、30人は居たかと……」

「村人の数は?」

「120人です……以前はもっと居たんですけど、前にも野盗が……」

「ならおそらく全滅とはならない。必要なものを奪えば奴らは去る。こういう言い方は好きじゃないが……死人がいくらか出るのは仕方がないが生かされるほうが多いはずだ。村を全滅させたのでは次の搾取ができなくなるからだ」

「そ、そんな……!」

「当然のことだ。すべて滅ぼしたのでは次の搾取ができない。つまり自らも死ぬ運命が決まる。だから簡単に全滅させたりはしない。恐怖で縛り付け、飼い殺しにし、末長く搾取を続けるんだ」

 

 突然がばっと起き上がったかと思うと、彼女はわき目も振らず駆け出そうとした。それが自らの住まう村を案じてのことであるというのは美徳ではあるだろうが、少女一人と大勢の野盗では戦力比が違いすぎる。

 運が良ければ即座に殺されるだろう。運が無ければ尊厳を辱められ、仇敵に飼われるか人買いに売られるのがオチだろう。

 

「……腕の立つお方と見込んでお願いします、どうか村を救ってください! お願いします! 見も知らぬ私を助けて頂いた上でこんなお願いをするのは厚顔無恥も甚だしいと承知しています! 

 ですが! 私には村を救う力も無く、守ることができるわけでもありません……! 報酬が必要でしたら私の身を売り飛ばして頂いて構いません! 夜伽をお望みであれば如何様なご命令にも従います! どうか村の人たちを! ほんの僅かでも構いません! どうか……!」

 

 30人……対するこちらは戦えるのは俺くらいなものだ。咄嗟にとはいえ先ほどの野盗は一撃で仕留めることができたが、あちらの攻撃が一つでも直撃すれば致命になる可能性だってある。となるとやり方は一つしかないし時間もかかる。その間にも死者が出ることは明白だ。その上こちらが負うリスクも大きい。もしも俺がやられたとなればレーナとヒビキ、それに目の前で俺に涙ながらに縋り付く彼女が取り残されるということだ。最悪の場合奴等にこの子たちが捕まる可能性さえあるのだ。

 ……安全を最優先としてこの子だけでも保護して他を無視するか、後顧の憂いを絶つと思って野盗どもを仕留めるか。

 

『い、いやだ……しに、たくない……あ、ぁ……』

『死ね、企業の犬どもめ!』

『ごふっ! げほっ! と……父さ……ん、母さ……』

 

 家族を想って死んでいった男が居た。

 

『や、やめてください! この子はまだっ──アッ──』

『ママ! ママッ! やだ、やだ! パパ! ママっ──』

『企業の手先は殺せ!』

 

 愛する子を守れず死んだ者たちが居た。

 

『死ね……俺の娘をっ! 玲奈を殺した悪党どもめ! ここで死に絶えろッ!』

『くそっ、コイツ手ごわ……ギヒュッ』

『応援よこせ! 重火器持ってこい! クソッ! 災害救助用のクラスⅡ程度のアーマーでどうしてこんな動ぐびゅっ』

『テロリストどもめ、テメーら全員……許しはしないィィ……許してなるものかよォォォッ!

『あれが鈴川の言っていた悪鬼か。フン、企業の傀儡には似合いの末路だ。だがそろそろ死んでもらおうか!』

『死ぃぃねよやぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 愛する子を失った怒りを振るう俺が居た。

 

「引き受けよう」

「あっ、ありがと──」

「──ただし報酬はいい。代わりに頼みがある」

「え、あ、えっ?」

「あの子たちを……俺のいとこと娘を、頼む」

 

 未だに放心したままの二人を指差し彼女に伝える。──暗に俺が戻れない可能性があることを悟ったのか、彼女は一度瞳を閉じて深呼吸をする。

 

「──この命に換えましても」

「では頼む。村の方角は?」

「ここから北へ進めば村が見えます。なだらかな下り坂になっていますので、村が見下ろせます」

「わかった。夜明けには戻る」

 

 石碑の傍でへたり込んだままの二人の下へ彼女を連れていくと、二人は怪訝そうな顔でこちらを見る。不安そう、というよりもどこか不機嫌そうな気がするが今はそれどころではない。

 

「レーナ、ヒビキ、俺は少し偵察を兼ねてここを離れる。この子、えーと」

「申し遅れました。私はヘレンと申します」

「ヘレンと一緒にここで待っていてくれ。他の野盗どもが居る可能性がある。気をつけるんだぞ」

 

 レーナに被せていたローブを手に取って被りなおすといい具合で景色に溶け込む暗色の、濃い紫の色合いに落ち着いた。……周囲の光や色に応じて変化するというフレーバーテキストまで実際に反映されているとは恐れ入るが、この装備は渡りに船だ。

 できる限り静かに、気取られず頭数を減らす。俺一人で全員を殺せるのだとしても、俺が一人殺している間にあいつらは20人の村人を殺せるのだから、できる限り感づかれずに始末しなければ。力があると過信して突っ込めば、その先にあるのは血の海だけだ。

 

「──パパも、どこかにいっちゃうの……?」

 

 ローブの裾を握りしめたままレーナが言う。きっと戻らない母のことを言っているだろうことは明白だ。戻らない、彼女は、紗耶香はもう死んだんだ。だけど俺はまだここに居るんだ。

 

「必ず戻る。パパとの約束だ」

「ぜったいだよ! ぜったい!」

「絶対だ。レーナとパパの約束だ」

 

 むーっとふくれっ面をしていたレーナに笑顔が戻る。ガントレットを外して小さな手を握ってから頬を撫でると、くすぐったそうにレーナははにかんだ。

 そんなレーナの隣にやってきた、青白い体色の白馬のような見た目のポニーサイズの竜……キリと名付けられた麒麟をレーナは愛しそうに撫でる。

 

「キリもいっしょ!」

『大丈夫、アタシも居る。レーナに手出しはさせない』

「お、おう……頼むよ、キリ」

 

 テイムしたモンスターさえも喋りはじめるとは思わなった。流石にこれは予想外だ。隣に居るヘレンもぽけーっと口を開けて言葉も出ない様子で呆けている。

 

「──ハッ! す、すごい……こんなに強いモンスターを従えているなんて……」

『アタシは弱い。まだ子供だ。ご主人に勝てるとは思えない。あとモンスターじゃない、竜だ』

 

 ……確かキリはレベルにして30くらいだったはずだ。となると上位物理無効化が作用すると仮定するならあの野盗の攻撃もノーダメージで受けきれたんじゃ……? いや、過信は禁物だ。ダ〇ソやデモ〇ズ的な雑魚が滅茶苦茶強い世界かもしれないのだ。数で囲んで棒で叩く、をされる側に回る気なぞ毛頭ないぞ。赤目三連星や犬のデーモンのような悲惨な末路なぞ御免なのだ。

 

「ボ、ボクも行く! に、忍者の、ク、職業(クラス)だって、と、とってるし! ユウくんだけなんて──」

「ヒビキ……無理を言うな。死人を見てベソかいておもらししてるヤツじゃ無理だ。はっきり言うぞ──足手まといはいらん」

「じゃあ、なんで! ユウくんはあんなに簡単に……!」

「──そういう仕事をしてたからだ。俺は、どう言い繕っても最後には人殺しだよ。死体を作るのは慣れてるし、死体に変えられた仲間だって見てきた。罪もない人々が死ぬところも、惨たらしく殺されるのも見てきた。

 いいかヒビキ、これはお前が経験したことのないことだし、できるなら経験してほしくないものだ。返り血で薄汚れた日陰者になる必要なんてない。お前は女の子らしく可愛い服を着て街中を歩いているのが一番似合うんだからな」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔のままのヒビキの頭をそっと撫でる。……もう何年もしたことがなかったが、俺を案じて自らも火中に飛び込もうとするその心の強さは賞賛すべきことだ。

 

「心配してくれてありがとな、ヒビキ。ちゃんと戻るさ」

「──じゃあ、ボクとも約束。……戻ったら……少しだけ、傍に居て……」

「ああ、約束だ。…………じゃ、行ってくるよ」

「……行ってらっしゃい」

 

 どれだけを助けられるかわからないし返り討ちに会う可能性さえある。けど俺はやはりあの時と同じだった。奪われ、搾取され、理不尽な暴力に晒される人たちを救うために戦っていたときと同じだ。100人居れば100人分の家族があって、100人分の友人が居る。100人の死は数字以上の人々に悲しみと絶望を与えるのだ。

 当たり前に迎えられるはずだった明日を奪われ、昨日は隣に居た人がもう戻らないという事実に、遺された人々は嘆き悲しむ。それはこの場所でも同じだった。電脳世界なのか現実の世界なのかすら俺にはわからないが、目の前で奪われ虐げられ殺されている誰かが居る事実は変わらない。

 せめて、人々が静かに眠れるために。明日の平穏を奪われないために、俺は剣を振るおう。

 

 それが死んでいった人々が願った、当たり前にある平穏のためになるならば。

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