オバロで練習作   作:きゃすたー(7mg)

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第一章 リバイバル
パラダイム・シフト


 平穏な一日が終わった。野盗の出現、村人たちの死。国の助けも無いまま明日があるかさえわからない恐怖に震える“いつもの”日常が過ぎていく。

 

「敵襲! 敵しゅうぅぅ~う!」

 

 真夜中に鳴り響く、ガンガンガンと五月蠅い鐘の音。隣家から聞こえはじめるドタバタという騒がしい音。村の見張りについていた若い衆が怒声を挙げて駆けていく音。静かに過ぎつつあった凪いだ一日は野盗の出現という報によって瞬く間に阿鼻叫喚の坩堝と化した。

 

 これからの村を担うはずの年若い青年や働き盛りの男たちが立ち向かうものの返り討ちにあい、花盛りの村の娘たちはまとめて捕えられて野盗たちの慰み者にされていく。父さんと母さんが隙をついて私を逃がしてくれたけれど、駆け出した数秒後に後ろからくぐもったような叫び声が二つ聞こえた。

 

 誰かが追いかけてきている。後ろから声が聞こえる。それでも走って、走って、丘の上まで登って森の中へ逃げ込めば──そう考えて森の中に踏み込んだとき、見てしまった。

 

 たくさんの太陽の光を受けた麦の穂が煌めくような金色の髪。二十代と思しき精悍(せいかん)な顔立ちの長身の男性。深い暗色のローブを纏った姿が背後の月明りに照らされた光景はどこか神聖さをも感じさせ、本当に人間なのかと疑いそうになった。

 傍らに控えるのは彼の従者なのか、貴族の侍従(メイド)らしい装いの少女。彼の腰の後ろからのぞき込むようにこちらを見る幼い子供。そこまで来て、ようやく自分の状況を思い出した。

 

「逃げ──」

 

 逃げて! そう叫んだはずなのに声が出ない。後ろからドンと腰と背中の間を押されたような衝撃と鈍い痛みが走る。自分のお腹を裂いて、私の赤い血で染まった切っ先が、月明りでなまめかしく輝いているのが見えて────意識が、落ちた。

 

「気が付いたか?」

「助けて、くれたんですか?」

 

 死んだと思っていた。けれど私は再びこの目を開いて世界を目にすることができたのだという実感が湧いてきて、視界の片隅に見慣れない男が転がっているのが見えた。

 私を追っていた野盗だと思い出した瞬間、父と母の顔が脳裏を過った。助けにいかなければ、例え一人でも、野盗に殺される前に助け出さなければと立ち上がったが、貴族のような、しかし身なりは旅の剣士のような粗末な防具の彼に引き留められた。

 

 彼が言ったことは正しい。私には力が無くて、誰かを助けるどころか自ら捕まりにいくだけでしかない。悔しさが胸を締め付け、無力感がひたすらに頭の中を埋め尽くしていく。気づけば私は藁にも縋る思いで彼に助けを求めていた。

 

「引き受けよう」

 

 彼は、引き受けてくれた。その喜びに我を忘れそうになって、しかし彼の言葉で冷や水を浴びせられたように冷静さを取り戻した。

 

「あの子たちを……俺のいとこと娘を、頼む」

 

 そうだ。野盗を一人軽々と殺せるからといって何十人もの野盗を相手に一人で挑むなど死を覚悟しなければいけないことだ。私は彼に、自らの血族であるあの二人の少女との別れになるかもしれないようなことを頼んでしまった。巻き込んでしまったのだと、遅まきながらに気が付いた。

 

「──この命に換えましても」

 

 この人があの少女たちを大切に思っていることは明白だ。太陽が昇って沈むのと同じくらいにわかりきったことだ。あの子たちにとっても彼が傍に居ることは“当たり前”のことだ。そして私はその“当たり前”を奪ってしまうかもしれないような頼みごとをしてしまったのだ。

 

 見たところ珍しい黒髪でメイド服の少女は十五に届くかどうか、更に彼によく似た金髪の幼い子は一昨日10歳を迎える前に殺されたばかりの、お向かいのドリスちゃんと同じくらいだ。

 

 きっと今が覚悟を決めるときなんだ。私はあの子たちより年上だ。十八になる大人の女なのだ。だがあの子たちは完全に大人になりきれてもいないままに、大切なヒトを失うかもしれない。そしてそのきっかけを作ってしまったのは私だ。

 ────今が私の命の使い道を決めるときだ。彼が覚悟を決めたように、私はこの身の持つ全てを賭けて守り通す。

 

 そう決めた直後に野盗など足元にも及ばない強さを感じさせる馬(?)のようなモンスターに話しかけられた。金髪の好漢に仕えている彼女(?)はモンスターではなく竜、所謂ドラゴンでしかもまだ子供らしい。見た目には馬そっくりだけど、ひしひしと感じるけた違いの気配の強さはそこらへんのゴブリンやオーガは比較にもならず、一度だけ見かけたことのあるオリハルコン級の冒険者をも超えているだろう。

 彼女が居れば野盗が何人束になってもたやすくはやられない気にさえなってくる。

 

 そうこうして彼が村へ向かって走り去ったあとに残された4人(?)は全員が女だ。しかも私は血濡れでメイドの少女は自身の漏らした液体で下半身が濡れたままだ。

 ひとまずは挨拶を、と思ってまずは小さい子……彼の娘に声をかける。

 

「えっと、私はヘレンっていいます。よろしくおねがいします」

「はじめまして! レーナ=ローデンバッハです!」

 

 彼の娘である幼子はまさに貴族と言わんばかりで、私のような一平民のたどたどしいカーテシーとは違って堂に入ったものを披露してくれた。しかも家名まで名乗っているということは元はどこかの領地を治めていただろう貴族であるということの証左だ。

 衣服も平民のものより上等で派手さはなくシックながら可愛らしさも感じさせ、背中に背負ったうさぎのぬいぐるみと相まって彼がこの子に注ぐ愛情の深さを図り知ることができる。

 

「……ヒビキ、です」

 

 リ・エスティーゼでは珍しい黒髪の少女はヒビキと名乗った。血縁であるはずなのに家名を名乗らないということは本家筋ではなく分家筋で、彼の下で従者として働く以上家名は不要だという認識なのかもしれない。

 

「ひとまず、ヒビキさん」

「……なに? ボクに何か用?」

 

 明らかに怒気を孕んだ声が私に向けられる。……何か気に障ることがあったのだろうか。

 

「その、ひとまずそこの池で服を洗いませんか? 私もほら、血で真っ赤になっちゃってますし! 自分の血ですけど!」

「…………キリ?」

『いいと思う。正直匂う。アタシがもしオスだったら興奮するかもしれないけど、小便まみれなのは衛生的とは言えない』

「そう…………ボクを見ないでよ?」

「お、女の子同士ですから大丈夫ですよ!」

「ボクの裸はユウくんだけにしか見せないって決めてるの! 今までどんな時でもユウくん以外に全裸なんて見せたことないんだから!」

「ハ、ハイ! 見ません!」

 

 あれ、これって、もしかして──この子…………まさかの婚約者だった!? いやでも貴族なら若いうちから縁談が決まってることもあるって聞いたことあるし! 正式な決定ではないけどすでに両家で合意がなされている状態であると想像できる。余計な邪魔や縁談話が来ないように彼の従者扱いで最初から手元に置いておくことによって早い段階から二人が夫婦生活を営めるようにし、万一他の縁談話が入ってきても実質的に夫婦であるってことをアピールして“オメーの席ねーから! ”と撥ね退ける狙いがあるということね! 何故かいやに敵視されてる理由がわかった。私がヒビキちゃんの婚約者に命の危険があるお願いをしてしまったからだった! 

 

 ──いやまてちょっと待つのよヘレン! もしもヒビキちゃんが彼の婚約者だと言うならあの子は、レーナちゃんは一体どういうこと!? ヒビキちゃんはきっと十代半ば。レーナちゃんはおそらく10歳前後。つまりヒビキちゃんからレーナちゃんが生まれた場合、ヒビキちゃんの年齢は……! 

 

「ねえねえヒビキおねーちゃん! レーナもおよぎたーい!」

「ええ? ……うーん、ここ深いみたいだから近いところだけだよ? ボクだって泳げるわけじゃないんだから」

「ヒビキおねーちゃん、泳げないの? ママは泳げたよ?」

「あのねー、ボクは紗耶香さんみたいな超人じゃないの。料理洗濯炊事掃除財政管理その他いろいろを完璧にこなせるようなすごいママとは違うのー」

 

 よかった。いやよくないんだけどとりあえずよかった。“レーナちゃんの母親は今どこに? ”っていう点にさえ目をつぶれば何も問題はない。

 察するにあのお方には元々奥様が居て、その方との子がレーナちゃんなのだろう。しかしどういう理由か母親が居なくなってしまった。いつまでも伴侶が居ないという状況は自勢力以外に付け入る隙を晒すに等しいため、それを防ぐ意味合いも兼ねて従妹でありレーナちゃんと面識があるヒビキちゃんを後妻の枠に据えたのだろう。

 ……ということはあの方は他勢力から目を付けられたり、婚姻による外交を行うだけの価値があるお方だということになる。それがどうしてリ・エスティーゼ王国の、それもアベリオン丘陵に近い辺境地に居るのかという話になるが、とりあえずわかるのは私が助けを頼んだ相手は、万一彼の関係者に知られれば斬首確定コースになる地位かそれに準じるものを持っているということだ! 

 

「つめたーい!」

 

 ばしゃん、と水の弾ける音ではっと我に返る。眩い輝きを放つ月の下、生まれたままの姿ではしゃぐ様子は普通に村で見るような子供たちとそう変わらない。

 

「レーナ、あんまり深いところ行っちゃダメだよ!」

「はーい!」

 

 ふと隣を見ればいつの間に着替えたのか、ヒビキちゃんは胸から股間までを覆うような地味目の衣装を身に着けて、先ほどまで着ていたであろう白い下着を木桶に入れてばしゃばしゃと水洗いしていた。いやそれよりも、その木桶はどこから取り出したのか。

 

「はー、まさかユウくんに見せようと思って用意してた水着がこんな風に役立つなんてね」

 

 まさかの水着だった。もう少しちゃんとした服らしいものが水着だと思っていた私からすればありえない。ほぼ肌着と同じようなデザインの水着なんて考えもしなかった。……股の食い込みもハイレグだし、生地は薄くてピッチリしているし、これはむしろ殿方を寝所に誘う衣装だと言われたほうがしっくりくる。

 

『アンタは入らないのか?』

「あ、いえ、その」

『心配いらない。アタシが警戒してる。ただ、何か来たら水から上がったほうがいい。感電する』

「か、かんでん?」

『要は“雷に打たれる”ってことだ。アタシは電撃の魔法やスキルが使える』

 

 ほへー、という言葉しか出ない。私が思っていた以上にこの馬らしきドラゴンは多芸なようだ。

 

「……はやく服貸して。洗っておくから」

「あ、ありがとうございます……」

 

 脱ぎ去った衣服一式を渡す直前、ヒビキちゃんの目線が私の胸に向いた。ぐっと、私の服を握りしめたヒビキちゃんが先ほどよりもさらに声のトーンを落として言う。

 

「…………ユウくんに色目使ったら────ボクは赦さないから」

 

 どうか無事のご帰還をお祈り致しております。というかほんとに無事で帰ってきて! 傷一つない状態で! 可及的速やかに! 

 

 

 

 森を抜けて丘の上から見た村の様子はひどいものだ。煌々と燃え上がる家屋がいくつか。中央の広場らしいところには篝火が焚かれ、集められた村人たちらしい影がそこかしこに見受けられる。

 偵察用装備の一種である単眼鏡から目を離すが、月と星の明かりくらいしか光源が無い夜間だというのに夕暮れ時程度の明るさで周囲が見える。吸血種という種族のせいか、それとも吸血鬼という夜の支配者たる種族のせいかはわからないが、夜目が利くというのは非常に便利だ。

 軍用のフルフェイスヘルメット──それも可視光増幅型のNV(ナイトヴィジョン)や熱赤外線を感知するTIR(サーマルインフラレッド)の切り替えが可能なハイエンドモデル──に比べて、機能の使い分けができない点がいささか不便だが仕方がない。

 

「さて、どう攻める?」

 

 思わず零れた問いかけ。“自分としては──”と後に続く副官の言葉は無い。そうだ、俺は今一人であの37人の野盗を始末しようとしているのだ。

 一人ずつ始末していたのではキリがない。だが複数を相手取るのは愚策。姿を晒して切り込むなんぞ到底ありえない。俺が姿を現したとなれば村人は救う間もなく殺されるだろう。

 

「情報が要る」

 

 だがどうやって得る? ナイフを突きつけて脅した程度で吐いてくれる相手ならいいが、そうでないなら? 助けを呼ばれればその時点で村人の被害が一気に増えるのは明白だ。

 

「……スキルが使えるか?」

 

 そう判断した瞬間に脳内を情報が駆け巡る。自らが行使可能な魔法とスキルがずらりと並び、その中で対人戦で有効に働くだろうモノがピックアップされていく。

 

「……どうやらやれそうだな。スキル発動、<眷属招来・古種吸血蝙蝠(エルダー・ヴァンパイア・バット)>」

 

 自身の周囲に赤黒い蝙蝠たちが現れ、ギイ、ギイと鳴き声を上げて俺の指示を仰いでくる。正直言って生きた蝙蝠なんて初めて見たが、ユグドラシルのとき以上にリアリティが増している。飛膜の動きの一つ一つが目で追えるうえに、彼らが発する超音波さえも感じ取れるとは、この肉体はスペックだけを言えば人類が比較にもならないものを持っているらしい。

 

「第一分隊、偵察だ。行け、静かにな……」

 

 20匹のコウモリたちが集団を離れて飛び去って行く。彼らがどの位置にいてどこを探っているのかが脳内に直接的に流れ込んでくる。

 

「第二、第三分隊、村の周囲を警戒しろ。侵入者や村を出ていく者がいれば知らせろ。第四分隊は俺のローブの中で待機だ」

 

 40匹のコウモリたちが村の周囲へと散っていく。お得意のエコーロケーションで潜んでいる者を探りつつ、目視で周囲を警戒して飛び回る。これでひと先ず村の全域が俺の警戒範囲内に収まった。

 さすがに本職のように<次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>や<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>の看破、<攻性防壁(カウンターディテクト)>などは習得していないが、できないことは他の下位のスキルの組み合わせで埋め合わせることだってできるはずだ。

 ゲームからそのまま現実世界のような挙動になったのであれば、そこらへんの“融通”が利くようになっているはずだ。ゲームをそのまま当てはめたのでは世界なんぞ成り立たない。ゲームのままでは矛盾していること、成立しないこと、齟齬が生まれることに関して何らかの補正や修正、そして歯抜けになっている辻褄を合わせてくれる“融通”がなされているはずなのだ。

 知恵と知識と発想を組み合わせて、自分が習得していない高位の魔法や職業のスキルを再現、もしくは劣化させたものを行使できる可能性が無いわけがない。

 

「使えるものは全て使う……“工夫を凝らしてあらゆるものを最大限に活用していくのがサバイバルの基本”か……前時代的な教官の、それも自然が死に絶えた現代で必要になるわけがないと思っていたサバイバルの心がけをここで思い出す羽目になるとはな」

 

 偵察に出した第一分隊のコウモリから齎される情報を頭の中で捌きつつ昔のことを思い出す。

 鬼教官に一端の戦士として鍛えてもらったこと。同じPMCのオペレーターを務めていた女性と恋仲になったこと。彼女がスパイ容疑で拘束され、48時間に渡る尋問の末に息絶えたこと。旧大阪アーコロジーに本社を置く企業の令嬢である妻と出会ったこと。結婚し、娘が生まれたこと。テロリストに娘を殺されたこと。同じテロで怪我を負って寝た切りになった妻が一年後に治療の甲斐なく死亡したこと。

 

「行くぞ」

 

 覚悟は──もう決まっている。俺は無慈悲に奪われていくだけの現実に抵抗する。

 目標は──最優先は村人の救助。次点で野盗の確保又は殺害。

 時間は──そう長くはかけられない。長くとも1時間。迅速に行動すべし。

 

「いる」

 

 モンク系や侍系の職業故か、種族的な特性かはわからないが敵意を感じ取った。敵意だとはっきり認識しているあたり、俺もずいぶん人間を辞めている体になっているものだ。

 相変わらず夕闇程度の薄暗さ──ただし人間にとっては漆黒の闇の中──だが、目の前から歩いてくる三人組は手にランタンのようなものを片手に持って、血濡れの剣を手にこちらに向かって歩いてくる。

 

「あー、しっかしアイツどこまで追っかけてったんだ?」

「さぁな。逃げたのが若くて美人のいい女だってのはわかるが、必死すぎだろ?」

「仕方ないさ。ラルフのやつ、前は見張り番で女を抱けてなかったからな。前に飼ってた女はボスの目に留まって一週間前にガキまで産んじまったし、三か月前は犯してた女にタマを噛みちぎられそうになってたぜ」

「なんだそりゃ! どんだけ女運がねーんだ? 今度は遂に殺されちまうんじゃねぇか?」

 

 ひと先ず背の高い草むらに腹ばいになって身を伏せる。ローブが自動的に周囲の光度に合わせてモザイクの暗色の迷彩へ変化し周囲に溶け込んでいく。

 ざく、ざくと足音が通り過ぎる。見つかった様子はない。すれ違いざまにスキルを行使し、敵のレベルを計測して情報を集める。

 

「<解析(アナライズ)>」

 

 ……人間種、名はトビアス、年齢は32歳、レベルは7……って一桁!? ステータスを見ても軒並み低い数字が並ぶだけで特筆すべき点は何もない。しいて言えば他の二人も同じようなレベルとステータスだった。これならコウモリだけでもやれてしまうぞ。

 

「始末するか──」

 

 ひょこ、とコウモリたちがローブの裾から顔を出す。“いかないの? ”と言いたげな雰囲気だが、コウモリに始末させた場合どうやって殺害するのだろう? 

 

『ご主人、我らは吸血鬼の眷属であります! 相手の血液を吸って失血死させるのであります!』

「……となるとまずいか」

 

 吸血で敵を殺したとなればどうなるか。生き血を吸われて干からびた死体が出来上がることになる。それはまるでどこぞのチュパカブラのような所業だし、人間業とは思われないだろう。ここで余計な不信感を与える真似は避けておきたい。

 折角人間種と同じ見た目をしているのだから、それは有効的に、そして友好的に利用できるはずだ。

 

「三人……ギリギリいけるか」

 

 このままあの三人を行かせればヒビキやレーナたちにたどり着いてしまうだろう。ここで始末しなければ。

 静かに起き上がってショートソードを抜き放つ。左手には一振りのダガーを手に、脚にかかる重心を調節することで足音を消して忍び寄る。少しずつ、野盗たちの背中が近づく。あと数歩……五歩、四歩、三歩、二歩……今だ! 

 

「──だってのにアイ──ゲボォッ」

 

 ぎり、と弓を引くように右手を後ろに引いて全力で前に突き出す。呑気におしゃべりを続けながら後ろを歩く男、トビアスの喉を矢のように貫いてショートソードが生える。

 

「──あ?」

 

 ショートソードを生やしたままのトビアスを前に蹴り飛ばし駆け出す。どしゃり、という音で異常に気が付いた男、アランの心臓にダガーを両手で力いっぱいに押し込むと、アランは痛みと衝撃で手にしていたランタンを手放した。

 

「ゲフッ!」

 

 押し込まれたせいで肺の中の空気を一気に吐き出したのか、アランが短い断末魔をあげて背中から倒れこむ。目じりに涙を浮かべ、死を忌避し、恨みごとを吐こうとして事切れるのを確認するよりも早くその隣に居た男、ビョルンの目を指先で突く。

 

「ぎっ! アッ──」

 

 バリン、とランタンが地に落ちて砕け散ると同時に聞こえたくぐもった悲鳴。指先に絡む眼球と神経のデコレーション。腹に肘を叩きこんで体を前にかがめた瞬間にビョルンの首を右わきで抱え込むようにホールドし、そのままぐるりと両手で頭を一回転させる。

 

「お゛っ゛ほ゛ぉっ」

 

 ごきり、ぼきり、と骨が砕け首が360度に一回転。ねじ切れた首から下がビクビクと痙攣を起こし糞尿をズボンの中でまき散らしたまま、ビョルンは息絶えた。

 

『お見事なのです! さすがはご主人なのです!』

「久々にやったわりに鈍ったような感触がない。……吸血種のカラダのお陰、か」

 

 起き上がってから一連の動きを行った所要時間は体感にしておよそ12秒。むしろ以前より早くなっているとはどういうことなのだ。

 

「……よし、死んでるな」

 

 ショートソードとダガーを回収し、今一度彼らの心臓に剣を突き立てる。無慈悲と思うなかれ、これは敵の死亡を安全に確認するための由緒正しい方法なのだ。死んでいないのなら今一度これで殺せばいい。死んでいるのなら死体になったと確信できるのでよし。わざわざ膝をついて相手の瞳孔を見たり脈をとったりする危険性の高い方法を使う必要などないのだ。

 

 そういえば生体センサーに連動した粗製爆弾(IED)なんてのもあったな。至近距離で殺したりすればそいつ諸共にドカンなんていう頭のおかしいヤツ。遠距離から撃ち殺して漏れなく連鎖爆発させてやったが。ざまあみろってんだテロリストどもめ。

 

「村に向かう。道中に敵影が無いか索敵しろ」

『ラジャー! 第四分隊、偵察任務であります!』

『おしごとおしごと~』

『おいおすなよ! いまとぶから!』

『ねむいよー』

『おきろねぼすけ! ごしゅじんからの“にんむ”だぞー!』

 

 ……眷属って、こんなにコミカルなやつらなのか? 

 

 

 

 死を撒く剣団、と言えばそこそこ名の通った傭兵集団だった。その始まりはリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の戦争でカッツェ平野に取り残された両国の敗残兵や負傷兵が手を取り合って生き延びたことにある。

 撤退する味方に置いていかれたり、負傷して動けないまま放置されていたり、味方が全滅してどこに行けばいいのかさえわからないような奴らが寄り集まった集団だった。

 

 俺たちを助けてくれるはずの母国や味方が俺たちを戦場に残したまま去っていく。

 

 仲間の骸が引き上げられるわけでもなく、弔いが行われるでもなく、介錯してくれるわけでもなく、ただ野晒しの雨ざらしでアンデッドが出るカッツェ平野に取り残されたのだ。

 

 俺たちに残されたのは粗末な支給品の武具一式と、同じように見捨てられた両国の兵士だけだった。国のために、仲間のためにと戦った俺たちは傷ついて、割れた陶器を捨てるような気軽さで見捨てられた! 助けてくれると信じた味方に裏切られた! 

 アンデッドに殺されて死ぬことを覚悟していた俺を助けてくれたのは他でもない、同じように傷ついたバハルス帝国の兵士だった。お互いが生き延びるために彼らと協力して霧が立ち込めるカッツェ平野を走り抜けた。戦場で遺留品を漁る盗賊を殺し、殺され、必死で走っていた。

 生き延びたうちの数人は故郷へ帰ると言った。……自分たちを見捨てた国に帰るなんてよくもまあ甘いことを考えられるものだと思った。少なくとも、俺は国に帰ろうなどとは思えない。

 村に帰ったところで重い税を課されて食料も金も持っていかれ、厳しい冬の寒さに凍えながら一年を乗り越えるだけでも必死なのに、乗り越えたその先にあるのはまたしても収穫と徴税だ。

 

 俺たちは支払うものを支払っている。だが村への街道が整備されることもなく、国の兵士が巡回して治安維持に務めているわけでもなく、飢饉や大水のときに助けが来るわけでもない。挙句は徴兵されて村にもろくに戻れず、その果てに使い捨てられてみじめに泥をすする有様だ。

 

 当たり前のように俺たちは搾取され、当たり前のように使い捨てられ、その果てに死んでいく。今のこの国の……他の国がどうかは知らないが、少なくともリ・エスティーゼはそれが当たり前に行われている。一部の人間が弱者を支配し搾取を続けている。計量の際の分銅の重さを偽る、巻き尺の長さを短くするなどのコソコソしたものから、なんだかんだとそれっぽい言い訳をつけて税を重くする方法までいろんなものを兵士時代に見てきた。

 

 どうせあの肥え太ったブタどもが人々から“奪っていく”ものだ。奴らの腹に入る前に、奪い去ってやるとしよう。最初から無いものは奪えないし、出るものも出ない。奴らが奪ったあとのもの、これから奪う分を奪ったところで心が痛むわけもない。

 

「リーダー、代官の徴収が終わりました。荷馬車が8台、ほろ付きの馬車が2台です」

「よし、1台は代官のものだ。捕えて惨たらしく殺せ。顔や身元が割れるものを見せないように姿を隠せ。抵抗するやつは殺せ。女は捕えるなり好きにしろ。食料はすぐに奪って移送しろ」

「へへっ、久々の大きな獲物だ。これでメシが食える」

「ああ、だが気を抜くな。護衛もそこそこの数が居る。逃げるやつは棄ておいておけ」

 

 確か別働隊がアベリオン丘陵近くの村を狙っていたはずだ。あそこの実りが豊かであるからといって間をあまりおかずに何度も襲うようでは警戒されてしまうだろうに。

 

「ま、ヤツが居るなら問題なかろう」

 

 余計なことは考えずにやろう。今は目の前の得物を仕留めるのだ。我々が獲物を仕留めて帰れば拠点で待つ仲間が飢えずにすむ。

 

 

 

 

 村の入り口まで来たが随分警戒が甘い。月の位置はまだ高い。日の出までどれくらいあるかはわからないが、迅速に村の中へ侵入して村人を解放しなければ。多くの村人は中央から少し離れた倉庫などに放り込まれているが、それでも収まりきらない分は中央の広場に集められているらしい。

 コウモリたちの索敵のお陰で敵の位置はおよそ見当がついた。やはり上空から確認できるというのは便利だ。ドローンの映像や衛星写真などには作戦時にはかなりお世話になったのを思い出す。

 

「中央に集まっているのが厄介だが、どうやって引きずり出すか……」

『ご主人、意見具申なのです』

「聞こう」

『敵勢力は人間種でレベルも低いのです。つまり状態異常への耐性が無いと思うのです。チャームなどで一時的に支配下にすることで手数を補えるかと思うのです!』

「なるほど。しかし同士討ちの発生や攻撃行動を一定確率で阻害する効果の“魅了(チャーム)”では静かに始末できないような気がするが──」

 

 いや、考えようによっては可能なのかもしれない。ここはゲーム内ではないのだ。となれば単純に“魅了(チャーム)”と言っても効果が変化しているか、あるいは現実に即した効果に書き換わってる可能性もある。

 

「……ものは試し、か。よし、数体であの野盗の気を引け。建物にもたれかかってるアイツだ」

『ラジャー! 二匹ついてくるのであります!』

 

 パタパタとコウモリたちが飛び去っていくと、しばらくして積みあがっていた木箱の上に置かれた編みカゴがカタンという軽い音を立てて転がり落ちた。

 

「ん? カゴが落ちただけか──っ!?」

「俺を、見ろ。発動<魅了の魔眼>」

「う、あぁ……! お、まえ、は」

 

 乱雑に切りそろえられた髪の野盗の首をつかんで目を見てスキルを発動する。一瞬だけ苦しむように表情をこわばらせたあと、野盗の表情からは力が抜けて寝ぼけたようなとろんとした目で虚空を見るような間抜け面になった。

 手を放すと野盗はその場にへたりこんだものの、すぐに立ち上がって俺に向き直る。

 

「俺が、わかるか?」 

「……ああ、親友……わかるよォ。いきなり首をつかむなんてヒデェじゃねぇか……それで、何をすればいい?」

「すまんな。頼みがある。近くにいるお前の仲間を何人か呼んできてくれ。さっき女を追いかけて行ったラルフとかいうやつ、あいつを探していた三人がいいものを持って帰ってきたらしい。

 そうだな……十分後にあそこの民家の中に集めてくれればいい」

「わかったぜぇ……親友ゥ……何人か、連れてぇ、クルぜ……」

 

 足元が少しおぼつかないが、魅了は確実に効いたらしい。下した命令を遂行するために村の中へ入っていったのを確認し、指示した家屋にランタンをいくつか置いて、金になりそうなものをまとめてアイテムボックスから取り出して置いておく。

 俺好みではなかったそこそこレアな剣や盾、ついでに武器製作に必要なインゴット系素材をいくつか。金と銀のインゴットが数本に、レーナにあげるために買ってきたオパールやスピネル、ペリドットなどの安めの宝石系もいくつか麻袋に突っ込んでこれ見よがしにテーブルにセットする。

 

「本当なのかよ、あいつら外で何を見つけたんだ?」

「……来たか、少し早いな。まあとりあえず一旦隠れるか」

 

 外から聞こえてきた声と足音からして4人から5人というところだろう。天井裏に続く梯子を上がった屋根裏からのぞき込むと、反転した視界の中で6人の野盗がテーブルに並べられた金銀財宝を囲んでいた。

 

「こりゃスゲエェ! 宝石に金銀に、見たことのない剣まである!」

「ハハッ! これだけありゃあ村や代官どもをいちいち襲わなくても数年分のカネになるぞ!」

「でかしたじゃねぇか! そういやあいつらはどこいったんだ?」

「さァな……呼んできてくれって言われただけだしよォ、俺ぁ」

 

 集まった数はそこそこだ。この調子なら分散させて捕獲させてもいいかもしれない。ただダメージを受けると正気に戻る可能性があるから注意が必要だ。こいつらは全員縛り上げておいて他のエリアへ移動し、そこで同じ手口でまた眠らせ……というのが一番安全だろう。

 

「<魔法広域化(ワイデンマジック)>、<底なしの眠り(ディープスリープ)>」

 

 移動用の魔法を習得するために最低限度で取った中級魔法職の広域化を行使し魔法を発動する。基本的に俺の使える魔法は中級……せいぜいが第7位階までだ。スキルであれば超位クラスに匹敵するだけのものを放てるが、魔法となると吸血鬼の種族で使えるものと申し訳程度に移動用や妨害用の魔法をいくつか押さえた程度しかない。

 

「これで、よし」

 

 魅了をかけた野盗も含めて全てをロープで縛り上げて転がしておく。念のため刃物などがないか確認しておいたが、動き出したりしないかコウモリに監視させておくとしよう。

 

「ギエッ」

「おやすみ」

 

 木箱に座りながらうとうとしていた野盗の首にナイフを突き立てる。三度ほど先ほどの手口で野盗を無力化し、村人を押し込めている倉庫の周囲を警戒していた野盗を殺害していく。油や松明の準備がしてあることから見て、命令さえあればそのまま火を放つ腹積もりだったのだろう。

 ゴトン、と扉を塞ぐ大きな木箱を引っ張ってどかして木製の扉をあけ放つ。入り口で光を放つ小さなランプの明かりに浮かぶ数人の村人と、その奥で暗闇と野盗の恐怖に震える村人たちがひしめきあっていた。見たところ子供や老人、四十代を超えた女性などがほとんどだ。

 

「待て、静かに。助けにきたんだ」

「っ!?」

「あまり騒ぐと気取られる。静かに、な」

 

 四十代と思しき隻眼の男が振り下ろした角材を片手で受け止め、指先を口にあてて“シーッ”とジェスチャーで伝える。ざわめきがすっと引いていくのを見計らって声をかける。

 

「しばらく前にこの村から逃げてきたという、栗毛で青色の瞳の二十代手前の女に丘の上の森の中で会った。ヘレンという女から聞いた話では村が野盗に襲われていて、助けを必要としていると聞いている」

「ま、まさか……本当にヘレンが!?」

「ああ、怪我をしていたので治療してそのまま待っているように言ってここに来た」

「そうでしたか……あの子は無事ですか。申し遅れました、私はバーバラと申します。あの、剣士さまは冒険者であらせられますか?」

 

 ボウケンシャー? ボウケンジャー? 某賢者? いや、どれでもないことは確かだ。冒険者と言えば冒険者みたいなことはユグドラシルでしていたが、今の俺は果たしてどうなのだろう。

 とはいえ、真っ先に冒険者なのかと確認するということはだ、冒険者というのは彼らにとって一種の希望といえるものなのかもしれない。……国軍や領主の軍が出てこないあたり悲しいところではあるが。

 とりあえずは村人を安心させ、冷静にするのが大事だ。興奮と喜びで変な行動を起こされてはかなわない。まずは何事も挨拶からだ。

 

「俺の名は……ルイス、ルイス・ローデンバッハだ」

「き、貴族さま……!?」

「すまないが俺は家名こそあるが貴族位も無い一介の旅人だ。そして冒険者でもない。だが、かつてある軍に属して一隊を率いて野盗や反動勢力と戦っていたこともある」

「お、おお……!」

「野盗の多くは無力化してある。だがすべてが終わったわけじゃない。今は静かにしているんだ」

「ああ神様……! ありがとうございます!」

「礼はいい。命がけで俺に助けを求めてきたヘレンに言ってくれ。っとそうだ、皆はモンスターを使役できる人物に心当たりはあるか?」

「そ、そういうことができる人がいるというのは聞いたことがありますが……」

「だったら話が早い。俺の従えているコウモリたちを見張りにつかせる。……俺に何かがあればコイツが知らせてくれるから、その時は逃げ出せるようにしておいてくれ」

 

 もぞ、とローブの下から一匹のコウモリが姿を現す。チチ、と軽く鳴いてから木箱の上に座り込む。小さいとはいえレベルにして40はあるコウモリたちだ。この見た目で麒麟の子どもであるキリよりレベルが上なのだからあの野盗どもに対して過剰戦力もいいところだ。

 

『にんむふくしょう! むらびとのごえいにつき、てきせいせいりょくからまもるのです!』

「いい子だ。頼むぞ」

『いいなー』

『うらやま、うらやまー』

『ボクたちは? ボクたちにもナデナデしてー』

「全部終わってから撫でてやるから待ってなさい」

 

 一匹撫でてやると他の子まで騒ぎ始める。頼むからローブの中でもぞもぞ動き回るのはやめてくれないか。割とくすぐったいのだ。

 

「し、シャアァァベッt……」

「アードルフ、静かに!」

「……コウモリって喋るんだな」

「でも、キモいと思ってたけど、こうしてみると意外とかわいい……?」

「いやでもさ、コウモリだぜ?」

 

 怖がられるものかと思ったが存外そうでもないらしく一安心だ。不思議なものを見た感じはぬぐえないが、恐怖心で逃げ出したりしなかったのだからまあいいか。

 

「俺はこの後他の倉庫と中央の広場の野盗を処理する。他の野盗は捕えてあるが、念のためにあまり動かないようにしていてくれ」

「ルイスさんだったか、聞いてくれ。俺の娘が二つ先の倉庫に連れていかれちまったんだ……まだ結婚したばかりだったのに……!」

「俺のとこの子もだ……! あいつら、若い娘を犯して楽しんでやがるんだ……!」

「僕の娘なんてまだ10歳になったばかりだった! なのにあいつら、我先にアリのように寄ってたかって襲いやがった……!」

「わかった。俺も娘を持っている身だからその気持ちはわかる。俺が相応の報いを与えてやるさ」

「もし俺たちにできることがあれば言ってくれ。あんたの助けになるんなら喜んでやってみせる」

「……ありがたい。普通は巻き込まないためにも“気持ちだけでも嬉しい”と言うべきなんだろうが、正直俺一人じゃ捕えた野盗全員の面倒を見切れない。手を借りるときはコウモリを経由して伝えよう」

 

 俺の娘、レーナがもしもそういうものに巻き込まれたなら……俺は決して許しはしないだろう。捕えた後、死を懇願するほどの拷問にかけて生かしながら、じわりじわりと骨の髄に沁み込むまで悔恨を味わわせてやる。

 コウモリを出して再び偵察。倉庫の中に居る6人と、周囲を見張る野盗が3人。気だるそうに見張りを続ける三人を音もなくダガーで始末し、<飛行>を使って屋根の上へ。換気のためらしい木枠の窓を開けて内部に侵入し、足音に注意しつつ下の階への梯子のところから下を覗く。

 

「あっ──」

 

 不意に、仰向けで寝転がる裸の少女と目が合う。咄嗟にジェスチャーで“静かに”と伝える。

 

「おい、何してやがる」

「──ひっ、あ、やめて、来ないで!」

 

 マズイ、野盗が彼女に感づいた。警戒されるよりも前に仕留めたかったがやむを得ない! 

 

「ぶべらっ!」

 

 梯子がかかる枠を掴んで支点にし、飛び降りる勢いのままに野盗の頭を蹴り飛ばす。ぐりん、と首が一回転した野盗はしめやかに倉庫の片隅にご退場。まずは一人だ! 

 

「クソッ! 侵入者だ! 敵襲! 敵襲!」

 

 勢いのまま吹き飛んだ野盗。入れ替わるように着地し、左手の指先に挟んだ投げナイフを勢いよく投げつける。投擲速度のせいか、弾丸の如く飛んで行ったナイフが野盗の眉間と心臓を貫いて二人を壁に打ち付ける。これで三人! 

 

「ぐはっ!」

「あぐっ、ち、くしょ……」

「ドン! エドガー! クソッタレめ!」

 

 下半身丸出しのまま剣を抜き放って切りかかってくる男。ぶらぶらと揺れるナニと正反対に真っすぐに剣が振り下ろされる。右手のショートソードを振り上げて受け止め、左手のダガーを野盗の下半身に突き刺し、柄を蹴り込んで押しのける。これで四人! 

 

「動くな!」

 

 声のほうへ顔を向けるとランタンの明かりで照らされた鈍色の輝きの短剣が少女の首元に突き付けられていた。汚物と白濁と自らの血にまみれた少女は髪を引っ張られたまま力なく野盗のなすがままになっていた。

 

「剣を捨てろ……でなきゃわかるよなぁ?」

「ヘヘッ、こっちは二人だ。お前が何かしようとしても殺すほうが早いぜ?」

「け、剣士さん……私は、いいから……!」

「黙ってろ!」

「ぐっ、うう……殺して……お願い、お願いします……!」

 

 身動きする体力も気力も失われているのに、彼女は抵抗をあきらめていない。自身はどうなってもいい、だからこの二人を殺してくれという懇願が聞こえる。

 

「なら……スキル発動<死せる勇者の魂(エインヘリヤル)>」

「は?」

「ふぁっ!?」

「「これでこっちも二人だ」」

 

 白い光が人の形をとって現れる。その光景に目を奪われた瞬間、同時に駆け出して一瞬で野盗が手にしていた剣を払って一本背負いで投げ捨てる。すかさずショートソードを心臓に突き立てて息の根をとめて、先ほど蹴り飛ばした虫の息の野盗にも平等の死を与えてまわる。

 

「……すまない、危ない目に合わせたな」

「いえ……ご無事でしたら、何より、です……」

 

 捕えられていた彼女たちの様子を見てわかったが随分衰弱している。以前にも野盗に襲われたというヘレンの言葉から察するに、おそらくここしばらくはかなり生活が厳しかったのだろう。

 

「みんな、これを飲むといい。ポーションだ」

「あ、赤い……ポーション? 血じゃないですよね……?」

「青いのが普通のポーションだと思ってた……」

 

 これはガバったかな……? どうやら一般的なポーションは青色なようだ。とはいえ出してしまった以上は言い訳できない。何かいい方便はないか? もっともそれっぽく、しかし違和感のない理由、言い訳を考えないと。

 

「あー、それは、な、実は以前潜った洞窟で見つけたポーションなんだ! 魔法詠唱者(マジックキャスター)に鑑定してもらったが確かにポーションだ。俺も実際に使ったことがある」

 

 ただし他人にだけどな! 実際はヒビキが作ったポーションで、高難度ダンジョン攻略時の余り物だ。

 

「……じゃ、じゃあ……ええいっ!」

 

 赤毛の少女が観念したのか一気にポーションを飲み干した。

 

「……お、おお……? す、すごい……! 体が軽くなったみたい……! 今すぐ麦の収穫に出られそうなくらいです!」

「ほ、ほんとう……?」

「本当だって! アイナも飲んで!」

「じゃ、じゃあ……んぐっ! …………ふ、ふわぁぁ……し、しゅごい……体があったかくなる」

 

 ──なぜか恍惚とした表情になった。媚薬の類ではないはずなのだが。とにかく他の子もリアクションは様々だが強張った表情が緩んでとろんとした表情になった。

 ヒビキがゴーレム作成に関連するものとして錬金術師を取っていたのもあって、とりあえず予備でもらったポーションだったが他の効果があったか確かめるためにアイテムボックス内に手を突っ込んでみる。

 

<名称:ハイブリッドポーション

 効果:HP30%、MP15%回復

 製作者:ヒビキ

 フリーテキスト:愛しのユウくんもコレ一本あれば元気ビンビン! 朝でも夜でもバッチリプレイ可能に!>

 

 ヒビキィィィィッ! お前ェェェッ! オォォォマァェェェッ! 

 製作者のコメント欄に何書いてくれちゃってんのオォォォッ!? いやこんな事態想定外もいいとこだから仕方ないけどさぁ! それでももっと他のことあるだろォォッ!? 

 

「出てこおおぉい! 居るのはわかってんだぞ! 出てこなければ人質を一人ずつ殺していくぞ!」

「チッ、バレたな……行くしかなさそうだ」

 

 盛大に頭を抱えていたところに怒号が聞こえる。コウモリ経由で広場のほうで動きがあったことが伝わってきて、一人の男の首が撥ねられたらしい。

 ……どうやら本気なようだ。これ以上被害を増やすわけにはいかない。相手の思惑に乗ってやるしかないだろう。念のために<死せる勇者の魂(エインヘリヤル)>で分身体を出して待機させておこう。いざとなればコウモリ軍団にも出張ってもらう必要がありそうだ。

 

「第四分隊、第一分隊と合流し全員散らばって敵の近くで待機しろ。……仕掛ける際には合図を出す。合言葉は“死を届けにきた”だ」

『ラジャー! 第四分隊、任務復唱!』

『ちらばっててきのちかくでたいき! あいことばでこうげきかいし! ちかづけないならそのままたいき!』

「行け。気取られないように、奇襲可能な距離へつけ。気取られる可能性があるなら近づかずに待機し、攻撃指示を待て。それと彼らに連絡を頼む」

 

 さて、勝負どころだ。どの道残っているのは中央の野盗どもだけだ。……村人に恐怖を与えるかもしれないが、これ以上犠牲者を出さないためには手段を選べない。コウモリたちを動員すれば問題なく始末できるだろう。あとはタイミングを逃さず、一息で全滅させるだけだ。

 

 

 野盗の剣が一閃、その軌跡が一つの命を奪い去った。

 

「ぎゃああっっ!」

「イェルド! くそおおぉぉっ!」

「サムエル村長……! もう俺たちは……」

 

 イェルド、先日風車小屋のヘレンと婚約したばかりの農夫の青年が冷たい骸へと変わった。襲撃の折にはノーラの夫であるシモンも殺された。年若い夫婦が、明るい未来を築いてほしいと願っていた者たちが死んでいく。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 低く、威厳と覇気に満ちた声が広場に響いた。まるで声そのものが圧力を持つかのように、広場のあちこちに焚かれた篝火や松明が風に揺れる。その薄明りが照らす広場に歩いてくる一人の男の姿が目に留まる。

 

 厚手のローブを身にまとい、見える部分は多くが革製で部分的に鋼鉄で覆う軽装の戦士。薄い鉄板を加工したらしい小型のガントレット。ローブから覗く一振りの剣を携えた彼の視線が私たちを貫く。

 黄金の髪と赤い瞳。精悍な顔つきの凛々しい青年と言っていい男が私を見て言う。

 

「御老人、ご心配召されるな。問題ない」

 

 不思議と恐怖感はない。ああ、大丈夫だ。むしろ安堵感を感じるほどに彼の言葉はすっと心の中に響いてきた。

 

「この野盗の首魁はお前でいいのか?」

「ああそうとも。わかったら剣を捨てろよお坊ちゃん。俺はそこらへんの甘ちゃんとは違うんだ」

「フム。まあいいだろう。ほら、これでいいか?」

 

 何のためらいもなく剣を捨てるなんて! これでは彼が殺されてしまうだけだ! 

 

「へへ、言い残すことはあるか……?」

 

 野盗の首魁が彼に剣を突きつける。ニヤニヤと下種な笑みを浮かべているが、剣を向けられている彼は余裕綽々と言わんばかりに笑みを浮かべるだけだ。

 

「特にないな。ちょうど引き取り手も来たようだし、言っておこう。……“死を届けにきた”

 

 パンッ、という乾いた音と共に、撥ね退けられた剣が私の目の前に転がる。見れば野盗の手にはすでに剣は無く、青年は目で追うことさえできない早業で野盗をぐるんと投げ飛ばして後ろ手に腕を捻って抑え込んでいた。

 

「いっ、ぎ、ふぅ、ぬうんっ!」

「諦めろ。お仲間も見ての通りだ」

 

 いつのまにか周囲に陣取っていた野盗たちが取り押さえられていた。しかも取り押さえたのは村の女衆や成人前の少年たちだ。いかなる方法を使ったかはわからないが、戦う力を持つ野盗がいともたやすく非力な者たちに取り押さえられていることに愕然とする。

 

「よっ、と……これでいいか」

 

 おそらくこの状況を作り出しただろう青年は何事もないかのように野盗の首魁を縛り上げ、乱雑に放り投げて寝転がすとこちらに近づいてナイフを取り出した。

 

「ほら、縄を斬るぞ。さっさとこいつらをどこかに閉じ込めて領主の軍なり憲兵なりに引き渡さないといけないんだ。すまないがみなの手を貸してくれ」

「あ、あの野盗たちは、どうして」

「なに。ちょっとした毒を与える低位階の魔法だよ。痺れて動きが鈍る程度のな」

 

 驚いた。武器を持った野盗を素手で組み伏せる実力を持ちながら、魔法の才まで持っていようとは。後ろ手に縛られていた縄が切られ、圧迫感が消える。目の前に翳した手は手首のあたりが縄で擦れたりして傷だらけだが動かせないわけではない。

 倉庫に囚われていた隻眼の男──私の親友のアーロンが他の男たちを解放していくのを見ていたところに声がかかる。

 

「あんた! 無事だったかい!? ああ! もうこの村も終わりかと……!」

「すまんなバーバラ……心配をかけた」

 

 夫婦となって二十年。共に村の発展と平和のために二人三脚で歩んできた愛しい妻を再び抱きしめることができるなんて! 以前はいつものように抱きしめていた彼女の温もりが、今日は何故か一段といとおしく感じる。

 

「すまない、村長殿。喜ぶのは少々後にしてくれ」

「む! こ、これは失礼いたしました! まさか助かるとは思ってもみなかったもので……!」

「違う、そうじゃない」

 

 剣士の青年が投げ捨ててあったショートソードを手に取り、村の入り口のほうへと視線を向ける。険しい表情と威厳のある低い声で否定され、何事なのかと彼と同じく入り口に目を向け────その姿をはっきりととらえてしまった。

 

「よう、お前さんがコイツら全員やっちまったのか?」

「まさか。村人たちの協力あってこその成果だとも」

「ほう。この俺に気付かせることもなくか? だとしたらその言葉は随分と謙遜が過ぎるんじゃないか?」

「フム、気付かないほど遠くに居たからじゃないのか? 村のはずれに一人で居たんじゃ気づかないのも当然だろう?」

「いやいや俺はこう見えて割と勘がいいほうでな。この村の中で何かあれば一発でわかるさ。なのにその俺に何一つ気取らせないでこうも手際よくコイツらを制圧してみせたんだ。お前さん、只者じゃないだろう?」

「そういう貴殿こそ只者ではないようだが?」

 

 軽快に対話しているように見えるが二人の距離は一定を保ったままで、体を動かす素振りすらない。相手をただじっと観察するように見ながら言葉を交わす様子はただひたすらに警戒心で埋め尽くされている。

 その様子に気付いたらしい他の村人たちは恐怖に慄いて距離をとり、気づけば自然と広場に円陣ができあがっていた。

 

「名乗っておこう。俺は、ブレイン・アングラウス。一応、こいつらに雇われて用心棒をしている」

 

 ブレイン・アングラウス! まさか御前試合でかの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと互角に戦ったと言われる男がこんなところに居るだなんて! ハッタリではなく本物なのだとしたらいくらなんでも危険すぎる! 

 

「名乗られたならば名乗り返すしかあるまい。ルイス・ローデンバッハだ。……なるほど……刀使い……しかもなかなかにやれるようだ」

「ご名答。随分目がいいな」

「目利きはそこそこできるクチでね。それで用心棒のブレインさんが何の用だ?」

「一つ、ヤろうじゃないか。俺が勝てばこいつらを解放してもらう。お前さんが勝てば俺たちはお縄につく。わかりやすいだろう?」

「──乗った」

「なっ!? 正気ですか剣士さま!? 相手はあの──!」

「正気も正気だ。……それに、見様見真似の刀使いに負ける気は毛頭無い」

 

 大胆不敵にもほどがある! 王国最強と言われる男に匹敵する剣士に見様見真似などと! 挑発以外の何物でもない! 

 手にしていたショートソードが不意に消えた。目の前で確かに握っていたはずであるというのに、そこにあるのは鞘に収まった、反りをもった一振りの剣に代わっていた。

 

「……刀使いか?」

「刀使い? 阿呆め。高村派一刀流極伝、朝……ルイス・ローデンバッハがお相手仕る!」

「まさか……本物の剣士か!」

「然り! ブレイン・アングラウスとやら、その力の底を見せてみよ!」

「っ……上等ォォッ!」

 

 二人の剣士が己の剣を抜き放つ。ブレイン・アングラウスの剣は月明りを帯びて鈍く輝き、ルイス殿の剣は炎を映して赤くゆらめく。

 これは、大変なことになる。ともするとこの瞬間こそ、新たな英雄の出現であるかもしれぬ。そんな予感がする。

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