オバロで練習作   作:きゃすたー(7mg)

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異性体が始まったのでしばらく更新止まります


会議は踊る

「んんー……」

 

 すぅ、と静かに眠る彼の姿にどこか懐かしさを感じる。まだ小さかったボクのところにやってきた彼に遊んでもらっていたとき、遊び疲れて一緒にベッドでお昼寝していたときを思い出すからなのかもしれない。

 ボクにはお父さんが居ない。事故で死んだとママは言っていた。だから昔のボクはユウくんにお父さんのようなものを求めたのかもしれない。その次は兄弟みたいな関係を。自分が女の子だと認識してからは男女の関係になりたいと思っていた。

 結果はまあ、ボクが本当に女の子のカラダになったことで少し進展したかもしれない。ボクはユウくんを以前に増して気に掛けるようになったし、ユウくんもボクを女の子として扱ってくれている感じがする。

 

「んむぅ……パパ……」

 

 ユウくんの隣で寝息を立てるNPC……リアルでのユウくんの子どもにそっくりなこの子はボクにとってどういう存在なのだろう。ただのNPCでしかないのか。それとも妹みたいな子なのか。

 ボクはリアルでの玲奈ちゃんは知っているけれど、このNPCのレーナのことは何も知らない。この子にとってボクはどんな存在なのか、ボクにとってこの子はどういう意味を持つ存在なのか。

 

「──やめよう。まだ、よくわかんないや」

 

 ひとまずは意識を別のものに向けよう。今のボクたちが置かれた状況を整理しなくちゃ。今すぐ女の子になった自分の身体を“確かめる”のもやぶさかじゃないけど、ユウくんはユウくんで突っ走っちゃっていろんなものを後回しにしてしまっている。

 ボクがユウくんをしっかりサポートして支えないと────ちょっとは夫婦っぽいかな。うん、今のボクなら実質的にお嫁さんポジションは十分狙える立場だ。

 

「まず、どうしてこうなってるんだっけ」

 

 ボクたちは普通にオンラインゲームの終了日にログインしていた。ところがゲームは終わらず、まるで現実世界になったみたいに五感が働くしお腹も減る。目に見える景色もどこかヴァーチャル感があったものから本物の景色になっている。体はゲームのアバターと同じままだけど、生理現象もあるしなんなら性欲だってある。

 戸惑っていたところにヘレンが突然現れて、野盗に襲われている村を助けてほしいって頼まれた。まるで猪のように村に走っていったユウくんが村を解放して、ブレインとかいう剣士を二日間も見張り続けていた。信用はすぐには手に入らないっていう言葉は理解できるけど、二日間も家族に心配かけさせたユウくんを叱りつけるのがお嫁さんの務めだ。

 

「……あったかかったなー」

 

 ユウくんに抱きしめられたときの感触が忘れられない。思わず息を呑んだし、顔が熱くなって胸のあたりがきゅっと締め付けられるような感じがして、ゲームかリアルかを確かめるのに初めて下腹部に手を伸ばした瞬間のような切なさに頭の中が真っ白になりそうだった。

 男の肉体だったときとは違う。昂ぶるような能動的な感じのものではなくて、切なさと嬉しさを混ぜこぜにしたような受動的な興奮が脳みそを揺さぶってくる。

 これがリアルでの身体だったなら“いいから一発しようよ”くらいの言葉とお尻が出たはずなのに、そんなものは欠片も浮かばなくてただひたすらに“嬉しい”という感情が沸き上がってきた。

 

「でも、野盗がまだ来るかもしれないし……」

 

 ユウくんがブレインとかいう剣士から聞いた話では野盗は“死を撒く剣団”とかいう野盗と傭兵がごっちゃになったような組織らしい。で、今回この村を襲っていたのは盗賊や荒くれが寄り集まったチームだとか。つまりもう片方……傭兵のメンバーたちが彼らを探していてもおかしくないということ。

 

「……殺す、のかな。殺せるのかな……ボク」

 

 ボクの大切なヒト、大好きな彼はボクたちの目の前で人殺しをした。相手は確かに悪い人で、殺されても仕方がないと言われる側なのはわかる。でも、ボクはユウくんみたいに誰かの命を奪うことができるとは思えない。

 かといってこのままだと野盗のもう片方の奴らがこの村に来てしまうかもしれない。その時ユウくんだけじゃ村人全員なんて守り切れない。……どうすればいいんだろう。どう立ち回れば、村人もユウくんも守れるんだろう。

 

「……怖い、なぁ」

 

 仕方がない、やるしかなかった、相手は悪人だ、言い訳なんていくらでもあるのかもしれない。だけどボクはまだ……人を殺す決心がつかない。相手が悪人だとはいえ、人の未来を奪うことになる行為に対して恐怖してる。これが知性や理性のない魔物の仕業だったりすれば、まだもう少し気が楽なんだろうけど──

 

「──それだ! 別に殺す必要なんて無いじゃん! 少しの間だけでも追い返せれば──!」

 

 そうだ、“忍者”なんて職業(クラス)を取るのにいろんな盗賊・斥候系職業をとってるんだ。それを十全に使いこなせば傷つけずに追い返す程度はできるはず! 

 

「そうだよ、アバターの能力が使えるんなら……忍術が使える!」

 

 すぐにでも考えないと! 野盗がこの村に来たって無傷で追い返す方法を考えよう! ユウくんにばかり頼ってちゃダメなんだ! ボクができることはボクがやらなきゃ! 人殺しなんてできないだろうけど、できないならできないなりに追い払えればいいんだから。

 

 善は急げと見張り櫓の最上段に駆け上って村の周囲を見渡す。後背にあたる南側はなだらかな丘陵地で、村を一望できるだけの高低差がある。翻って、それは村からも見えやすいというわけであるから壁は分厚く頑丈だ。逆に北に面する入り口側は曲がりくねった坂道になっていてまっすぐには村に入ってはこれない。牧草地や農園が広がる村の東西は道も無い傾斜続きだけど、あるのは馬がジャンプしても乗り越えられない程度には高い柵があるだけ。一部が破られていて、そこから野盗が侵入したのかもしれない。一番楽かもしれないと思ってたけど、野盗も同じ考えだったわけか。

 

「となるとー……東西はトラップを仕掛けて足を遅らせて……南北は警戒網を張るのが得策かな? そこに幻影スキルや幻術スキルを使えば……うん、いけそう」

 

 案は固まった。まずはユウくんに聞いてみないと。ボク一人、しかも戦争なんてド素人のボクじゃ見落としに気づかないかもしれない。それに大事なことは二人で話して決めるって約束したし……えへへ、夫婦の共同作業っていうほどじゃないけどこういうのって夫婦っぽい感じがする! 

 ああ! いつかはユウくんと湖の見える別荘で誰にも邪魔されずにイチャイチャしてキスしちゃったりされちゃったりからの第一ラウンドが始まって……! 

 

「うぇひひひ……ふひひぃ……ボ、ボクのハジメテを捧げる時がついに……!」

「おいヘレンちゃん、あの子ルイス様の従妹なんだろ。顔見知りなんだからどうにかしてくれよ……櫓に矢避けの板すら張れないぞ」

「そ、そんな……無理ですよぉ……! 私だって今は関わりたくないんですよ……!」

「なんであんな櫓の上でくねくねしてんだ……あれが王都で流行りとか聞いた酒場踊りってやつか?」

「ちげーよ。きっと何かもっと……深いわけがあるんだよ! 多分……!」

「あのくねくねした動きは……スライムか? スライムは水気を好む……つまり、雨ごいか何かか?」

「何言ってんのさアンタ、雨なら四日前に降ったろう。きっとありゃあスライムじゃなくて噂に聞くドライアードってやつさね。ドライアードってのが生まれる場所は豊かな土地だって話もあるんだ。おそらく豊作祈願で間違いないだろうね」

「……ハァ、ハァッ…………ヒビキちゃん……! ヒビキちゃ……ふぅ……」

「おい誰か、ブルーノ縛って吊り上げるの手伝え」

「「「合点承知!」」」

「ちょ、まっ、俺はヒビキちゃんの黒い紐パンを見てただけで……!」

「ギルティ」

「ヘレンちゃんまで!?」

 

 こうしちゃいられない。すぐにユウくんに相談しないと! 道を歩くのもめんどくさいし……屋根伝いに走っていけばいいや! 

 レベル100の身体能力にものを言わせて屋根に飛び乗り、次々に家から家へと飛び移って走り抜ける。フフン、こんなパルクールも目じゃない動きは忍者だからこそってやつだよね。最後は空中で前転決めつつ華麗な着地! 何十年か前に行われてたオリンピックなら満点間違いないしさ! 

 

「ユウくんっ! 起きてる!?」

 

 ガタンッと勢いよくドアを開いて呼んでみたものの反応が無い。そっと静かに奥の部屋をのぞき込んでみると、ユウくんもレーナもまだぐっすりと眠っていた。……ただしユウくんのお腹の上には浜に打ち上げられたオットセイのようにレーナが伸し掛かっていて、口元から垂れたよだれでユウくんのお腹が濡れている。

 対照的にユウくんはうんうんと唸るように寝苦しそうにしていはいるものの起きる気配もない。

 

「まーだ寝てる……もうっ…………起きないんなら、キ……キスしちゃう、よ?」

 

 顔を近づけても寝息が聞こえるだけだ。……これはもしかしたら、イケるかもしれない。ユウくんは完全に寝てて起きないし、レーナちゃんも眠ったままで邪魔はされない。

 

「お、起きない、よね? じゃ、じゃあ…………ん」

 

 目を閉じて、息を整えて、少し顔を近づける。唇に触れた感触。数秒間が一時間にも思える時間の間、ドクドクと自分の心臓の音が聞こえてくる。

 

「…………ふ、ふへへ……やっ、やれば、できるじゃん、ボク……」

 

 今までの自分のチキンぶりを思い出して少し情けなくなるけど、あんなに憶病だったはずなのに誰も見ていないとわかればこれだけできるたのだという実感が湧いてくる。

 まだ恥ずかしさで顔が熱いけれど、今度はこれを人目をはばからずにやれるだけの度胸がつけば……! 

 

「んぅ……? なんだ……サヤカ……ああ、ヒビキか……ふぁぁ……もう少し、寝させてくれ……」

 

 ……手ごわい、けどボクは負ける気なんかさらさら無いんだからっ! 

 

 

 

 

 ヒビキのやつ、変なところで積極的なとこは相変わらずなようだ。リアルでも際どいメイド服やらスリングショットやら着て──ただしリアルでは男の娘ボディだ──迫ってきたのは覚えているが、女になってこれをやるようなら本格的に淑女としての教育が必要になるかもしれない。

 押せ押せなときはとことんまで踏み込んでくるのに、押されると逆に引っ込んで恥ずかしがってあわわはわわ状態なのだから、変なところでヘタレるヤツだ。

 

「よっ、と」

「たかーい! あ、パパ! あっちに山がある!」

「お、ほんとだ。山登りなんかもやってみたいもんだな」

「ねえユウくん、温泉あるかな?」

「どうかな。でもまあ、温泉探しで昇るのもありっちゃありだな」

 

 櫓の上に着くなりレーナが遠くを指差してはしゃぎはじめる。小高い丘が折り重なるように連なる先に平原が続き、その奥に雄大な山脈がそびえたっているのが目に飛び込んでくる。

 

「それで、トラップを設置するんだったか?」

「うん。南北は見通しがいいし、見張り櫓からでもよく見えるからまず攻めるには不向きでしょ? 逆に東西は森が広がっているし、下りになってる割にそこそこ平坦だから見えづらい。だからこっちにトラップや召喚したモンスターを巡回させて警戒させておこうと思うんだ。

 幻術系の設置型トラップで森の中を迷わせて村にたどり着けなくしたり、視界を阻害する効果を持つトラップで村を見えなくするとか……ユウくんはどう思う?」

「いい案だが無効化される可能性は? それに数は?」

「設置型トラップはそこそこ数があるから用意できるよ。無効化するのなら最低でもレンジャーの高レベルスキルが必要かな」

「……使い果たしたら終わりか。なら、アイテムを使わない罠も絡めないとな」

「アイテム無しで罠って作れるの?」

「忘れたのか? ゲーム内じゃ無く限りなく現実に近しいってんならできるんだ。例えば……西側のあの草が多い場所なんかは草を低い場所で結び付けておくだけで即席の転倒トラップにできる。草に紛れて細い糸かロープを張っておいて、鳴子をつけて早期警戒網の代わりにすることもできるし、こちら側への被害を考えない場合は火を放って炎の壁にすることもできる。

 東側は斜面は西側に比べて幾らか傾斜があるから、上がり切ったところに土塁を積んで、その手前の斜面を切り崩して平坦にすることで昇れなくするとかもありだ。大きめの石や岩を転がして落石トラップにするとかも安上りな罠になるな」

 

 ほへー、とヒビキは呆けた顔で聞いているが理解できたのだろうか。パリッとしたフレンチ(えっちぃ)メイド姿なのに、その表情はメイドというには似つかわしくないボケッとした表情だ。

 

「な、なるほど!」

「理解できてんのかお前」

「ハハッ、で、できてるに決まってるじゃんかユウくん!」

「ヒビキおねーちゃん、絶対わかってないよね」

「わっ、わかってるし! レーナはわかったの!?」

「んー……よくわかんないけど、アイテムがいらなくて簡単に作れるトラップなんでしょ?」

「その通り。レーナは賢いなぁ」

「ふふーん! ヒビキおねーちゃんには負けないもん!」

「むぐぐ……」

 

 レーナの頭を撫でてやるとヒビキが恨めしそうにこちらを見る。レーナはぺったんこな胸を張ってヒビキに自慢するように勝ち誇った顔をしている。負けず嫌いなところは妻によく似ている。

 

「あっ! あそこ! パパ! あそこにおっきい街があるよ!」

「どれ……へぇ……城砦になってる」

「あっ、ホントだ! 中世のヨーロッパって感じだね! 余裕ができたら行ってみようよ!」

「そうだな。どの道行くことになるんだろうけど……

 

 地平線のギリギリのところに見える灰色の城砦都市。このハイスペック吸血鬼ボディでなきゃ見逃してしまうところだった。この距離でそこそこの大きさがあるのだから、実際はかなり大きな都市なのだろう。

 

「ヒビキ、意見が聞きたい」

「……なぁに?」

「俺はこの村を救いたい。俺にできることをやりたい」

「理由は、聞いてもいいの?」

 

 ヒビキの赤い瞳が俺を見据える。不安なのか表情は浮かないが、それは俺がプレッシャーに押しつぶされたり思いつめたりしていないか心配になっているせいだ。この子はいつも、他の人の心配をするときはこうするのだ。自分のときはなんでもないように振舞っているのに。

 

「……俺は昔は軍人だった。テロリストや他国の軍と戦って、守れた人も居れば守れなかった人も居た。住む場所を奪われた人や、家族を奪われた人をこの目で見てきた。俺自身も、大切なものを守り切れなかった。

 一度は戦うこともやめた……だけど今、目の前で力ない人々が助けを必要としてる。だから俺は彼らにとって当たり前にある大切なものが奪われないように、戦っていくつもりだ」

「……わかった。ユウくんが決めたんだから、きっと大丈夫。それに何かあってもボクだって居るんだし!」

 

 ヒビキの言葉がすり抜けていく。耳から入って頭の中を駆け巡り、それはまるで疾風のように俺の心に灯った火を大きくうねらせて過ぎ去っていく。

 ……まだまだ子どもだと思っていたけど、もうヒビキを子どもと言うのはダメだなこれは。

 

「ルイスさまー! 村長が呼んでますよー!」

「わかった! すぐに行く! 二人は家に戻るか?」

「ボクも行く。……正直、ユウくんだけじゃまたいろんなことに首突っ込みそうだし」

「レーナもいく!」

「……わかった。二人とも、くれぐれも、静かにな」

 

 正直言ってヒビキの言葉が無ければまた首を突っ込んでいたかもしれない。目の前で虐げられる人々が居るのもあるが、踏み入ってしまった以上知らぬふりができないのも確かだ。ヒビキが居るお陰でレーナやキリの面倒を任せられる……そんな考えが自分の中で、それも自分で気づかない奥底で存在しているせいでもあるのだろう。

 

「ようこそ、おいでくださいました。ヘレン、ありがとう」

「ああ、待たせてすまない」

「お邪魔します」

「お邪魔しまーす!」

 

 木造の簡素な家の扉を開けるとサムエル村長が出迎えてくれた。隣には彼の妻のバーバラが控えていて、すぐに応接室へと通されたが、その応接室はお世辞にも綺麗だとは言えない。

 刃物が突き立てられたらしい傷跡が生々しく残る柱。椅子もテーブルも古い木製のもので、足元がぐらついたりして頑丈そうには思えない。装飾品や調度品なんかもあったのだろうが、そんなものは一切無くただ無機質な白いカーテンがある小窓が三つ並んでいるだけだ。

 

「殺風景で申し訳ありませんな」

「お気遣いなく。本日はどのような用件で?」

「実は村を救って頂いた件について、少ないものですがお礼の品をと思いまして……あまり大したものはご用意できなかったのですが……」

「ああ……村長殿、実は報酬の件については話がついている」

「……と申されますと?」

 

 どの道野盗が奪い去った後のこの村に金目のものなどほとんど残っていないのだ。なけなしの報酬などを俺に支払うよりも、もっと後々のためになるものを得なければ意味が無い。この世界で生きていかざるを得ない場合にまず必要になるものがあるのだ。

 

「ヘレン、彼女に助けを求められたときに俺は彼女にこう言った。“報酬よりもヒビキとレーナを頼む”と。ヘレン、間違いないな?」

「……あ、はい。特に何かできたわけでもないですけど……」

「まあそういうわけだ。俺もヒビキもレーナも、ヘレンの世話になっている。でもまあそれで納得するとも思えないんで、こういうのはどうかな? 

 俺とヒビキ、レーナ、それにキリを加えた四名。しばらくこの村に置いてはくれないか? 家は今あるのをそのまま使わせてくれればいいし、有事の際は俺も剣を振るう。まあブレインを雇うついでに俺たちを村に置いてほしいんだ。俺としても腰を据えられる場所があるのは助かる」

「村に滞在するということですか。それでしたら我々としては構いませんが……しかし、この村はもう……長くは無いでしょう」

「……ねぇユウくん、何かあったの?」

「まあ、な」

 

 そういえば二人に詳しい事情を説明していなかったな。俺がわざわざこんな方便を使ってまで村に残ろうとしているのは偏にこの問題が村の存亡に関わる一大事だというのも理由の一つだ。

 

「野盗がすでに村の食料を運び出してしまったらしい」

「……ごはん、無いの?」

「レーナの言う通りだ。この村はご飯が無いんだ」

「でも盗っていった人たちを見つけたら、パパが取り返せるんでしょ?」

「レーナ、見つけられればだよ。もう野盗たちの一部は逃げた後なんだ。追いかけても見つけられないんだ」

 

 既に日中には運び出されていたらしいから俺が到着したときにはすでにかなりの距離を移動していることだろう。この広大なアベリオン丘陵の裾野をくまなく探して痕跡を当たれば見つかる可能性が無いわけではないが、その間にも村人たちは飢えに苦しんでいくことになる。

 

「……で、ユウくんは村の人たちが食べるご飯が無いからどうにかしようって思ってるんでしょ?」

「────そう、なるな」

「わかった、ボクも手伝うよ。…………で、具体的には?」

 

 胸を張ってヒビキが言うものの、いい案があるわけではないらしい。ひと先ず今の俺たちで何ができるのか、どれだけの猶予があるのか、どのような伝手があるのかを確認しなければ。

 

「村長、村の食料はどれだけ持ちそうだろう?」

「……切り詰めても二週間でしょう。ですが収穫が遅れている場所があるので、そこを刈り取ればもう少し……一か月少々は持つはずです。ですが冬を乗り切るには心もとないどころか全く足りておりません。しかも捕えた野盗どもを領主の軍に引き渡すとなると、それまで彼らにも食事を与えなければなりません」

「なら、この付近に狩り場はあるか?」

「二か所ほどなら。しかし収穫に当たるとなると人手が足りないのが現実です。男手は兵役で減り、そこに野盗の襲撃で殺され、もはやこの村は女子供と老人が多くを占めている状態です」

「……厳しいな。ここからすぐ近くにある大都市や農作地は? それと村を訪れる商人や役人などは?」

「近い都市ですと私たちの属する領土の都市エ・ペスペルでしょう。東に行けばエ・ランテルという都市があり、バハルス帝国、スレイン法国と領土を接していますので交易商人も多く立ち寄る街です。

 残念ながらこの村に商人が訪れるというのは滅多にございません。役人も徴税や検地を行う場合に来る程度で、それ以外は兵士が二か月に一度ほど巡回する程度でございます」

 

 こ、これはなんとも……戦国系のRTS(リアルタイムストラテジー)なら詰みに等しい状態だぞ。すぐに援軍が来るわけでもなく、食料は枯渇寸前で、労働力も無い状態で収穫が無い冬場を乗り切れと言われているようなものだ。食料不足からの野盗化しか未来が見えない。よしんば野盗化を回避できても共食いや村人同士での食料争奪戦が繰り広げられ、まさに地獄絵図となるのがオチだ。

 となると、やれるのは一つしかない。

 

「……即座に外貨を稼いで食料を買い付けるか……あるいはここの領主に訴えるかだな」

「はい。しかし外貨を稼ぎたくともその人手が無く、その上バハルス帝国との戦争も控えているこの時期ですのであまり期待は持てないかと……」

「ままならんなこりゃ。だがどこかで腹を決めてやるしかないぞ。放っておいたらここの村人までもが野盗化しかねない」

「……わ、私たち、が……?」

 

 おそらくヘレンには想像もできなかったのだろう。自分たちがあのおぞましい存在になり果てるなど、まだ年若い彼女には考えが及ばない範囲であるのは確かだ。

 

「……辛いようだが言っておくぞヘレン。人間っていうのはな、追い込まれればなんだってやるんだ。死を覚悟した存在ほど恐ろしいものはない……兵士も平民も、動物やモンスターもだ。

 やらなければ死ぬという覚悟がキマッたヤツらはまさに死を恐れない。当然だ。すでに死を受け入れて前に進んでくるんだから。……例え剣で斬られ矢で射られようと、そいつらは決して止まらない。どこまでも突き進んで獲物を狩ることしか頭にないんだ」

「ルイス様の言う通りだ。私もかつて冒険者であったころ、そういう奴らを目にしたことがある……」

 

 ……冒険者? それはアレか、ヘレンが言っていたあの冒険者なのか? 

 

「ねえ村長さん、冒険者ってなに?」

「んむ、レーナちゃんも冒険者に興味があるのかい?」

「うん! 冒険者ってモモおじさんやヘロおじさんみたいな人でしょ? ダンジョンに潜ったり冒険したりするんでしょ? バーッとモンスターに走って行ってドーンッて倒しちゃうんでしょ?」

「んん? 冒険者っていうのはモンスターを退治してくれる人のことだよ。でもきっとそのおじさんたちも強かったんだろうね。ルイス様のご友人なのであれば、きっとオリハルコン級も目じゃないお方々だろう」

 

 どうやら冒険者というものについて認識に齟齬があるようだ。俺たちは冒険者と言えば未開のフィールドを探索したり調査をするのが冒険者という認識だが、村長たちからするとモンスター退治を請け負う者たちを指しているようだ。敢えて振り分けるとすればだが、俺たちの側なら“探索者”とか“探検隊”が最適かもしれない。逆に後者はモンスター退治を主とした“傭兵”や“PMC”のようなものだ。

 だったらちょうどいい。元PMC所属の非正規戦部隊で腕を鳴らした男がここに居る。

 

「村長、こっちの冒険者は端的に言って……儲かるのか?」

「ああ、ルイス様たちはアベリオン丘陵の遥か向こうから来られたのでしたな。まあ、依頼に因るかと。難度の高い依頼であれば儲けがあるでしょうが、登録したての“(カッパー)”プレートではあまり大したものは受けられない可能性があります」

「なら、ランクが上がれば問題ないわけだな?」

「はい。ですが昇級試験などもありますので、易々とは。ああ、そういえば帝国では冒険者組合もありますが、ワーカーも多いと聞きます」

「……ワーカー?」

「はい。組合を通さずに各々で依頼を受け、報酬を得ている者たちですな」

「……まさしく傭兵の亜種なわけだ。ものによっては濡れ仕事(ウェットワーク)や裏切りもありうる。これはナシだな。リターンもあるがリスクも高い。今は確実に稼げる方法のほうが必要だ。何よりヒビキを人殺しや危険な目に合わせるわけにはいかない」

「そ、そんな……ボ、ボクたちの、ぬ、濡れ場なんて他の人に見せるわけないじゃんかぁ……もうっ」

「ちげーからそのピンク色の脳みそを一回洗浄してこい。村長もバーバラさんも引いてるぞ」

 

 頬を桜色に染め、にへら、と笑ったヒビキの言葉に村長も奥さんも絶句している。そしてレーナの耳を塞いでいるヘレン、ファインプレーだ。MVP間違いなしだ。後でご褒美にユグドラシル産の高級生ハムを食べさせてあげよう。元はデータとはいえ、実体化しているのなら食べられるはずだし。

 

「とにかく外貨稼ぎをしつつ食料を買うしかないか。他にも食料が手に入る伝手があればなおいいんだが……」

「パパ、お魚さんは? キリがずっと食べたがってたよ?」

「……お手柄だレーナ! そういやそうだ、南側の丘の上の池に魚が居るんだから食えばいいんだ」

「ははは、ルイス様、あそこは森しかありませんよ」

「あの、叔父様……ルイス様の仰る通り、池ができてました。……私にも何がなんだかわからないんですけど」

「……ヘレンちゃん、流石に冗談だろう? 何もない森の中に池が突然できるわけがないんだから」

「叔父様、認めたくないのはわかりますが……本当です。私も最初は目を疑いましたが、確かに池が出来ています」

 

 村長は顔を覆うように手を当てて空を仰ぎ始めた。どうやら自分の頭の中を整理しているのだろう。もしくは現実を受け止めようと必死になっているかだ。

 

「うむ、であれば今しばらくは持つことでしょう。魚の調理法はあまり詳しくはありませんが、なに、焼けば大概のものは食えるものです」

 

 あ、コレ諦めて開き直ったパターンじゃん。村長にとって理外の出来事らしく処理しきれなかったのだろう。まあ普通なら森の中に池ごと異世界にやってくるヤツなんぞ、誰も予想できないだろうが。でもその加熱すりゃオッケー的な思考はやめたげて。主に村人の胃のために。

 

「と、とにかく……外貨稼ぎは必須だな。あとは領主の軍に野盗どもの身柄を引き取りにこさせて、ついでに望みは薄いが来年度の税の免除を請う書状なども必要だろう」

「ですが冒険者はあまりお勧めできません。何しろ駆け出しや低ランクの冒険者の儲けは農民の日々の生活に少々潤いがあるという程度のものです。そこそこ上位の金級や白金級ですらも多少裕福な市民程度なのです。命を張って頑張ったところで、村に仕送りするほど潤沢な資金が得られるわけではないのです」

「厳しいものだな。己の命の対価がはした金とは」

「そういえばエ・ペスペルでは近年領主殿やエ・ペスペルの産業組合からも報奨金がいくらか贈られるようになったとか。そこそこ潤いが戻ってきたと後輩が喜んでおりましたな。もう三年近く前の話ですが」

「それが本当なら冒険者で稼ぐのもアリだな。確か討伐証明だったかで部位を持ち帰っても金になるとか?」

「ええ。手に入れた部位は商人が売りさばいて、最終的に研究者やポーションの製作者、あとは武具の製作者などが買い付けるのでそこそこいい金額になりますよ。昔は依頼が無いときは日がな一日モンスターを探して歩き回りましたなぁ……懐かしい」

「だが可能性が無いわけじゃない。ヒビキ、急で悪いが手伝ってくれるか?」

「もっちろん! 未来の旦那様を支えるのもの役目だもんね!」

「勝手に関係を捏造するんじゃないの」

「もうっ、ちょっとしたジョークだよぉ?」

 

 お前が言うとジョークに聞こえないんだ。俺に鼻息荒げに迫ってくるし押し倒そうとするしエロい衣装で誘ってくるしで、まったくもって信用できない。実際押し倒されたしあの衣装で跨られたりした。リアルでだが。

 

「ねえパパ、もうおしごとなの?」

「もしかしたらな。でもお仕事になっても、帰ってきたらお腹いっぱいになるくらいご飯食べれるぞー」

「パパ、ケーキ食べたい! ケーキがいい!」

「ケ、ケーキは難しいかもな……ハハ……クッキーくらいならどうにかできるか……?」

「じゃあクッキー! お留守番してるからいっぱい買ってきて!」

 

 ……甘いものに目が無いというフレーバーテキストまで忠実に再現されてるのかぁ。この先お菓子を買うか作るかするためにどれだけお金がかかるやら……お財布引き締めよう。

 

「そうですな。望みは薄くとも、やれるだけのことはやりませんと。野盗を捕えた褒賞でも出ればいいのですが……」

「そこは交渉次第だろうな。ともあれ俺たちもしばらく住まわせてもらうんだ。できるだけの手伝いをするとも。今夜にでも村の相談役や重役と話をしたほうがいい。一存で決めたのでは協力なんて得られないだろうしな」

「……まことにありがとうございます。村を代表してお礼を申し上げます。ではまた今夜にこちらでお待ちしています」

 

 明日からは忙しそうだ。見ず知らずの世界でまったく面識もない相手とはいえ、彼らの命を救ったからには面倒を見なければ。少なくとも彼らがこの難局を乗り切って生きていけるようになるまでは責任を持つのが筋だ。せめて俺にPMCの頃のように数十人の部下が居れば、様々なことができるのだが、居ないのならば他の方法を考えないと。

 まあブレインの強さがこの世界の上位クラスなのだと考えればだが、ブレイン一人いれば外敵に対して十分な時間稼ぎになる。コウモリ軍団が護衛につくのならさらに安泰だろう。

 

 

 

 

 ふぅ、と思わずため息が漏れる。面と向かって相対した彼、ルイス・ローデンバッハ氏は間違いなく貴族かそれに連なる出自なのだとはっきり身をもって感じられた。しかし宮廷貴族のような迂遠な言い回しや曖昧な問いは無く、常に率直で踏み込んでくるような問いかけだ。

 貴族の中でも武闘派……だが戦場での槍働きや戦功が第一という人間ではなく、軍政に長けた人物なのだと質疑の中で次第に理解することができた。

 食料の備蓄、継続的に確保可能な食料の有無、更には周囲から手に入れる方法があるかなど、彼の頭の中では様々な可能性が考えられているのだ。そしてそこからどうすれば効率的に、迅速に村の食糧難を解決できるかを模索してくれていたのだ。

 そして食料が無い場合のこの村の未来さえも、彼はすでに予期しているのだろう。食い詰め、野盗になるか共食いになるか……あるいはすべてを捨てて移住するかだ。それを防ぐために彼は全力を尽くしてくれている。

 

「……しかし、何故、ルイス様はこうまでして……」

 

 わからない。そこだけが未だ持って不明のままだ。私には理解できない何かがあるのかもしれない。

 

「叔父様、ルイス様が故郷をビーストマンの手によって失ったことは聞いてますよね?」

「ああ、聞いているよ」

「……盗み聞きするつもりはなかったのですが、“目の前で力ない人々が助けを必要としてる。だから俺は彼らにとって当たり前にある大切なものが奪われないように、戦っていくつもりだ”と仰っていました。

 あのお方自身大切なものを失って辛いはずなのに、何の関係もない私たちが彼と同じように奪われるのを忌避しているんです。自分が傷ついているのに、それでも私たちを助けるために剣を振るってくれたんです。私たちが、あの人と同じ悲しみを負わないように、繰り返さないようにと願って。

 叔父様、私は……ルイス様を信じます。自分自身を賭けてまで私たちを救ってくれた、あの方を信じています」

「ヘレン……」

 

 当たり前にある大切なもの。私にとってそれは妻であり、弟夫婦とその娘であるヘレンだった。兄弟揃って畑仕事に精を出し、家族総出で収穫を行って、村の皆と豊作を祝って飲み食いする。一日が始まって友人たちと畑に出て、各々の家内に関する愚痴を聞いたり言ったりしながら一日が過ぎていく。

 そんな平凡な一日。起きて友人たちと共に仕事をし、家に帰って家族と共に過ごし、そして眠る。ごく普通の、ありきたりな……いや……当たり前、だからこそ大切なものなのだ。それを守るために、ルイス様は剣を振るってくれたのか。

 

「やってみせねばな」

 

 この村は救われた。だがまだ先は見えず、暗雲が立ち込めるばかりだ。だけどきっとこの嵐を乗り切ることができたならば────その先に、新しい“当たり前の”平和な日常があるのかもしれない。

 

 

 

 

 正直に言って子どもを寝かしつけるのはとても大変な仕事だと俺は思う。早く寝なさいと言い聞かせたところで、子どもというものはもっと遊びたいとかおしゃべりしたいとか、なんだかんだと多々手を焼かされる。結局レーナとキリを眠らせるのにたっぷり30分を消費し、村長の家に駆け付けたときには既に主要な人物が揃っているらしかった。

 

「すまない、遅れた」

「よかった……! 何かあったのかと……」

「いや、単に娘が寝付かなくてなくてな……」

「あぁ……遊び盛りの子どもってほんとに自由ですから、仕方がないですよ」

 

 ヘレンは苦笑して「私もよく両親を困らせてましたから」と言って会議室となっている応接室に案内してくれた。

 部屋に入ると既に村長であるサムエルと白髪の目立つ老人、そして立派な体躯の隻眼の男と痩せぎすの中年の男が顔を突き合わせて待っていた。

 

「遅くなって申し訳ない。娘が駄々をこねてしまって」

「子供は元気なのが一番でしょう。少々元気すぎるくらいがちょうどいいものですぞ。ああ、自己紹介が遅れましたな。儂はビョルン、サムエルの前の村長で今は相談役をしております」

「俺は自警団の長を務めている。アーロンだ」

「私は墓守のダニエルだ。よろしく頼む」

「ルイス・ローデンバッハだ。よろしく」

 

 俺が席に着くとサムエル村長が「さて」と一言置いて話し始める。ランプやろうそくで明かりは多いはずなのだが、村長の顔色はどうにも優れない。目元にも隈が出来ていて、しばらくまともに眠れていないのが丸わかりだ。

 

「まずは村の現状の確認から行きましょう。アーロン、村の防備については?」

「柵の修復はおおよそ完了している。見張り櫓に矢避けの板を付け、周囲の森にいくつか罠を仕掛けてある。

 だがもう村には戦える男は数人くらいしか居ない状況だ。次に何十人もの賊が来れば……ひとたまりもないだろう」

「フム、やはり厳しいと言わざるを得ぬじゃろうなぁ」

 

 村の防備はガタガタで戦力も無いに等しいか。ブレインという頭一つ抜けた存在が居るとはいえ、一騎当千という存在とは違う。数を頼みに圧し殺されのがオチだろう。数は力だ。せめて彼と同じくらいの実力の人物、もしくは統率の取れた兵士の集団でも居ればいいのだが。

 

「ビョルン殿、村の女子供たちは?」

「皆不安がっておるよ。やはり守りが手薄になっていることと、盗賊が生きたまま捕縛されている状況はまずい。しっかりとした牢があるわけでもないからのう。かと言って無暗に殺せば儂らは奴等のような人殺しと変わらぬ。今はルイス殿の暗示の魔法で大人しくさせられているが、できるだけ早く領主の軍に引き渡すべきじゃろう」

「……すまない、俺たちがもっと──」

「アーロン、あれだけの賊を相手に勝つのは難しいものだ。それこそ軍の兵士でも一人二人程度じゃどうにもならん。だが我々はかろうじて生き残った……ならば次があるということだ。次に備えて、今回の一件をよく振り返った上で万全を期することだ。野盗どもは滅びたわけではないのだからな」

「ダニエルの言う通りだぞアーロン。防衛体制の見直しと戦える者を育てるのは急務だろう。皆で協力して身を守る方法を考えよう」

 

 やはり少々ばかり生かしすぎたか。かと言って今から殺してしまえば“誰がやったのか”という話になり更に混乱を招くばかりになる。あの時もう少し多めに殺しておくべきだった。悪党を殺すのに心が痛むわけでもないのだから徹底して殺して進むべきだった。

 

「ダニエル、村の食料はどれだけもちそうだ?」

「村長、刈り取りが終わっていない区画を含め、狩り場などで得られるものを加味したとしても一か月半そこらが限界だ。冬場を乗り越えるには当然足りない。冬場の作物を育てることができれば冬の終わりから春先あたりはどうにか食い繋げるが、今の状態では全員が冬を越すことはできないだろう」

「……やはり食料不足は痛いところだな」

 

 やはり食料に関して言えば現状で一番の問題だ。食い物が無いというのは致命的だ。このままいけば木の根や木の皮を食べる羽目になりかねない。その前にどうにかして冬場を凌げるように食料を調達することができなければ意味がない。

 

「マリエフレード村とニガード・ハガル村に女子供を避難させるというのはどうだろう? あの村は湖を水源としているし農地も広い。村の仕事を手伝う代わりに冬の間だけでも面倒を見てもらえれば……」

「無理じゃよダニエル。その二村に限らず全体的に不作の年だと聞いておる。とても余裕は無いだろう」

「かといって出稼ぎに出ようにも若い男手は村に必要だぞ。エ・ペスペルに出稼ぎに行くにしても、俺たち自警団から人手を出すのは難しい。我々が今ここで村の守りを整えなければ、次に何かあればそれこそ一巻の終わりだ」

「アーロンの言も確かだ。だがビョルン殿の言もまた真だ。ダニエルの言う通り他の場所へ避難させることだけでもできればいいが、それも難しい……」

 

 やはりそう上手くいく話ではないだろう。建物や農地はどうにか元に戻せても、肝心の人と食料がまったく足りていない。さて、どうしたものかなこれは。

 

「……領主殿に嘆願状を出すとしよう。兵を派遣してもらい、食料の支援を受けられればひと冬を越せるだけのことはできるだろう。あの領主殿であれば無下にされることはないだろうが……」

「しかしサムエルよ、今年もバハルス帝国との戦が控えておるぞ? この状況下で手厚い支援が受けられるとは思えん。同時に冒険者組合に依頼を出すべきだろう。

 あやつに頼るしかないというのは不甲斐ない話ではあるが、村人たちの未来を天秤にかければ我々のプライドなどちっぽけなものよ。領主殿の兵の派遣は最低限で済むようにして、冒険者を雇い入れて村の守りを補うならば少しは話も通しやすくなるだろう」

「だが爺さんよ、冒険者を雇い入れるにしてもカネが無いだろう。金目のモノは全部あのクソッタレどもが持って行ったぞ」

「……アーロンの言う通り一番の問題はそこじゃろう。この村にはもはやめぼしいものがない。売れるものなぞせいぜい若い…………いや、せめて儂とサムエルがあと数年若ければ、冒険者に復帰して出稼ぎをするなりできたやもしれぬが……」

 

 ビョルン翁はその年月に裏打ちされた知識と経験からあるものを思いついたらしかった。だがそれは到底受け入れられぬと思ったか、有り得ないと自身の中で切り捨てたか、そのあとに続く言葉は全く違うものだった。

 他の四人もビョルン翁の言いよどんだ言葉の意味を察したのか、口をつぐんで俯いた。

 はぁ、というため息が狭い応接室に広がっていく。四人揃って頭を抱え、村の現状を打破する方法を考えているもののまるで先行きが見えないことに不安が広がっている。

 冒険者を雇えるだけのカネはなく、一か月先を生き抜ける食料もなく、領主からの支援にも限りがある状況だ。そして必要なカネを稼ぐ手段も乏しく、売り払えるようなものもほとんど村には残っていない。

 ──俺の私財からいくつか売り払えそうなものを売って金に換えるか? しかしこの世界にホイホイとユグドラシル産の貴重な武具や素材を売り払うのは避けたいところだ。最早入手不可能な物品かもしれないのに、それを手放して出所を探られても面倒だ。

 

「お金があれば──いいんですよね? お金さえあれば、少なくともしばらくはどうにかなるんですよね?」

「む、ヘレンちゃん。だが最早この村には──」

「……私が、いきます」

 

 四人の表情が目に見えて驚愕に染まる。ぎょっとした様子でいたものの、いち早く立ち直った叔父のサムエル村長が顔を真っ赤にして血管を浮き上がらせて怒鳴り声を発する。

 そりゃそうだ。自身の姪っ子が“自らを売る”なんて言い出したら当然の反応だ。

 

「ヘレン! ふざけたことを言うんじゃない! お前のお父さんやお母さんの献身を無駄にするつもりかっ!」

「ふざけてなんかいません! 叔父様! 私だって村の一員です! 村のみんなのために命を賭ける覚悟はできています!」

「やめるんじゃヘレン! 我々はそのような手を使う外道ではない! 村の者たち全員が生き延びる方法を見つけ出すのが我々の務めじゃぞ! 決して自らを犠牲にするような真似は許さんぞ!」

「そうだ! ヘレンちゃんにそんな辛い仕打ちをさせるわけがないだろう!」

「三人の言う通りだぞヘレンちゃん。落ち着いて考え直すんだ。そんなことしたって誰も喜ぶことなんかありはしないんだ」

 

 ヘレンの言葉に対して次々と沸き起こる反論の数々。全員険しい表情で椅子から腰を上げ、ヘレンをにらみつけるように威圧しているが、ヘレンはどこ吹く風と平然と立ち上がって向かい合う。

 彼女は村の人々のため……愛する村のために自らを投げ出そうというのか。ヘレンは本当にこの村を……父と母が愛したこの村を、自身も心から愛しているのだろう。そんな彼女の我が身を顧みない献身……自らを人買いに売ろうとしてまで村のために尽くそうとするその優しさは確かに美徳ではあるのだろうが、それは彼女を慕う人々の想いを足蹴にするような愚行だ。

 叔父であるサムエル村長、相談役として長いビョルン翁、自警団として村を守るアーロン、死にゆく人々を見つめてきた墓守のダニエル、それぞれの感じた思いは違うだろうが根っこにある大事な想いは全員に共通するものなのだろう。

 

「……私はこの村の人たちが大好きです。朝起きて地平線から昇る太陽を眺めるのも、小春日和の草原を歩き回るのも、冬の辛い寒さで凍った森を眺めるのも、子どもが生まれたお祝いの宴会の準備をするのも……みんなとおしゃべりしたり仕事したりするのが大好きです。

 失くしたくないんです! もう! これ以上みんなが苦しむのを見たくないんです!」

「……ヘレン、それでも……ダメだ…………そんなことになったら、俺たちはアイツに……お前のお父さんとお母さんに……なんと言えば……!」

「大丈夫です、叔父様。私は…………この決断を、後悔しません。私なら…………必ず、お金を得られるはずです。そう、私は必ず────」

 

 サムエル村長は今にも泣きだしそうな顔でヘレンを説得しているが、ヘレンは既に腹を決めたという様子で笑って見せた。

 この先、自らを売り払って奴隷になって待ち受ける未来を考えてもなお、ヘレンは笑ってみせたのだ。本当に……この子は強い子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────冒険者に、なってみせます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────は? 

 

「へ?」

「ほ?」

「う?」

「ぬ?」

「────え? ど、どうしたんですか?」

 

( ゚д゚) …………

 

( ゚д゚ ) ……

 

「な、なんですか? み、皆さん? なっ、なぜ……見てるん……ですか?」

 

 ふんす、と鼻息荒げに息巻いてヘレンが自信満々に笑みを浮かべて宣言したが、そのあとの我々の反応でその笑みも消え去ってしまった。

 全員が席を立ったままポカーンとした間抜け面でヘレンを見る。さっきまでの険しい表情で詰め寄ってきた四人が突然唖然としてこちらを見てくるからか、ヘレンまでもが彼らの行動を訝しんで困惑した表情を浮かべている。

 が、それも束の間でしかなく、示し合わせたようにそっと椅子に腰かけると至って平静な様子の村長が話し始める。

 

「さて、どうやって資金を稼ぐべきでしょう。皆さん、良い案はありますか?」

「え、あの、叔父様……?」

「儂からはペスペア侯に嘆願状を送ることを提案しよう。捕縛した野盗の引き取りと食料の支援、それに加えて来年度以降しばらくの税を一部なり全部なり免除してもらうよう交渉しよう」

「ちょ、ビョルンおじいさん──」

「なら自警団から三人護衛と世話係につかせよう。出発は早いほうがいいだろう?」

「おお、助かるぞアーロン」

「アーロンさん? アーロンさーん?」

「村長、ビョルンさん、二人は冒険者組合に伝手があるだろう? 元白金級なんだからその伝手で冒険者を手配できないか? 報酬が嵩むというなら組合か領主に立て替えてもらえないか交渉してみてはどうだ? 

 今年の冬を乗り越えれば少なくともしばらくは安泰だ。収穫が戻るだろう来年以降で少しずつ返済を行っていくか、エ・ペスペルに何人かで出稼ぎに出て少しずつ返済を始めるでもいい」

「……あの……もしもーし?」

「エ・ペスペルで冒険者をするのなら俺とヒビキもやろう。腕に覚えはあるし、村の護衛ならブレインと、エ・ペスペルで雇った冒険者で事足りるだろうからな。

 俺は冬場の間で稼げるだけ稼いで、そのうちのいくらかを返済に充てるとするさ。月に一回は戻るから、しばらくの間娘のレーナとキリをよろしく頼む。ヒビキはそれでいいか?」

「よっ、と……ボクとしてはいいけど、ちゃんとレーナちゃんに説明してよ?」

「うひゃぁっ!? ヒビキちゃん!? い、今床下から出てこなかった……?」

「おおルイス殿、ありがたい! お二人の協力に心より感謝致します。では明日の朝出発でよろしいですか? ……異論は無いようですね。では明日の明朝に村の入り口で。以上! ではこれにて閉会!」

「儂は準備してから寝る」

「俺は連絡してから寝る」

「私は瞑想してから寝る」

「よしっ、じゃあボクたちも寝よっか。ユウく~ん、ボク今日は一緒に寝たいな~」

「いいぞー。すぐ寝よう今すぐ帰って寝よう。それじゃ俺たちは<転移門(ゲート)>で帰る」

 

 さあ、明日からは忙しいぞー。ああー、たいへんだー。

 

「──む、無視しないでくださーい!」

 

 何か叫び声が聞こえるけど気のせいだろう。きっと気のせいだ。

 

 

 

 

「フゥーッ……」

「ハァァァ……」

 

 地平線の向こうから太陽が顔を出す。薄暗かった夜が明け、また新たな一日が始まる。目の前で剣を鞘に納め、“居合い”の構えで待ち受ける彼に太陽の光が降り注ぎ、影が伸びる。

 じり、じり、と少しずつお互いの距離が狭まっていく。剣の届く間合いに近づくたびに、一刀を以って斬り捨てんとする断固たる意志が棘のようにチクチクと肌を刺す。

 

「カアァァッ!」

 

 烈火の如き咆哮と共にブレインの刀が抜かれ、鞘の内で加速して俺の頸に迫る──のにいくらか遅れて同じように剣を抜き放って迎撃する。柄に手をかけ、抜刀し、加速させ、相手をこちらの間合いに捉え、ブレインの剣がなぞる軌跡の先へめがけて、己の剣を振り抜く────これを瞬時に、かつ同時に、極地の一つである無拍子で放つ。

 

「ぐおっ!? ……くっそ、まだ早くなるのか……!」

 

 キィィンッ、と甲高い音を上げてブレインの手から刀が弾かれる。やはり頑丈さを追求した作りを目指しただけあって、俺が持つ同格の武具とぶつかっても欠けることすらない。そこそこ硬いはずの広場の地面に垂直に突き刺さる程度には鋭さも併せ持っていながら、多少手荒に扱っても壊れない頑強さがあるのは素晴らしい。ゲーム内ではイマイチ実感できなかったが、こうして打ち合ってみると改めてこれが現実なのだという実感がある。

 

「剣の振りの速さは十分だな。間合いに入るとすぐに剣を抜けるあたり読みもいい。だが動きがイマイチ噛み合ってない感じだな」

「なあ、さっきのは確実に俺より二拍遅く剣を抜いたんだよな?」

「当たり前だ。その二拍さえ抜き去るのが“無拍子”だ。全てが予備動作であり攻撃そのものと言っていい、一つの到達点ってやつだ」

「……これで“武技”一切無し、か。いや、もしかすると武技ってのは本来こういうものを言うものなのかもな……」

「俺としては武技のほうが信じられないくらいだ。なんだよ、超加速に身体能力向上って。感覚の鋭敏化なんかもできるとか、ぶっちゃけお手軽すぎだろ。気合で能力アップとかどこのドラ〇ンボー〇だよ」

「その武技を技術一つで打ち破ってるお前さんのほうがわけわからんのだがな」

「鍛えりゃこれだけできるって話だ。武技の使えない俺ですらも、だ」

 

 時間が無いので夜明け前にブレインと鍛錬がてらに剣を振っていたのだが、以前ブレインが使った武技について聞いてみたところ“なにいってんだこいつ”くらいの顔で呆けられた。どうやら著名な武人や高位の前衛職……戦士や剣士、モンクといった職業(クラス)を持つ者たちは多くが何かしらの“武技”を身に着けているらしい。

 俺にも習得できないものかと助言を受けてみたものの、使えるような気配はないままだ。一日で使えるようになったらそれはそれでおかしいっちゃおかしいのだが、ユグドラシルから来た異邦人である俺のアバターが持つシステム的な要因なのか種族的な制約なのかは不明だが、助言などを受けてみても使える気配が無い。

 発動には体力……所謂HPやスタミナ的なものを消費するらしく、あまり乱発するものではないそうだ。ここぞというところで使うことで飛躍的にダメージを増加させたりするなど、火事場の馬鹿力というか乾坤一擲というか、アクティブスキルのような使い方ができるらしい。

 武技が発動している間のブレインはまさに“無我”と言っていいほどに集中しているのだが、発動なしの場合はやはり技の格が落ちるような感触があった。簡単に解釈すると、“HPやスタミナを代償に高度な技術や能力を一時的に得る又は発動するもの”が武技なのかもしれない。

 

「それにしても、武技が使えないってのは厳しかったろう」

「あればよかったが無いものは仕方がない。代用できるか、補えるだけのものを手に入れればいいだけの話だ」

「そんなもんなのかねぇ」

「そんなもんさ。相手が武技を使って肉体を強化してくるのなら、距離をとって回避に専念して持続時間切れを狙ったっていいし、攻撃の届かない遠距離から仕掛けるでもいい。毒や麻痺なんかの状態異常も手段の一つだな。あとは地形なんかを利用して優位に立つとかだ。相手が機動力を上げてくるのなら足場の不安定な場所や閉鎖空間、他には泥沼に誘い込んだりして機動力を発揮できない状況を作る。あとは発動される前に奇襲で一撃で刈り取るのも方法の一つだ。倒してしまえばそもそも攻撃を受けないんだからな」

「なあ、お前さん……剣士なんだよな?」

「俺の好きな言葉を教えてやるよブレイン、先人曰く“武人は犬畜生と罵られようと、戦で勝利することが最も重要だ”ってな。どれだけ人柄が清廉潔白だろうと、崇高な大志や誇りを掲げようと、戦争で負けるようならそんなものは意味が無い。負ければ国は衰退し民は蹂躙され失うだけだ。

 他人から罵られるような方法でも、時としては戦争で勝利するためには躊躇わず使えってことさ。武人が戦争で負けて失うのは、自分の命だけじゃないんだからな」

「ああ、そういやあ軍人崩れなんだったな……納得した」

 

 相棒の刀──和泉守兼定を模した一振りを鞘に納めたブレインが肩の凝りをほぐすように腕を回す。手のひらを握ったり開いたりしているあたり、まだ少ししびれが残っているらしい。

 

「感触は掴めそうか?」

「やってみなきゃわからないな。ま、やってみるさ」

「修練あるのみだ。励め、ブレイン」

 

 俺の相棒の刀をアイテムボックスに収めると、いつもの汎用装備であるショートソードとダガーの二刀流を腰にベルトから下げて背中に身の丈はあるクレイモアを背負う。俺がユグドラシル時代から愛用する基本的な旅装備だが、ブレインからするとどうも奇妙らしい。

 

「鞘付きとは豪勢なことで。刀と扱いが違うのに、いざというとき抜けるのか?」

「慣れだ。普通の剣の抜き方だって効率化すればすぐに抜けるぞ」

「オーケー、俺の常識は通用しないって理解した」

 

 ひらひらと手を振るブレインに背を向けて広場を後にする。村の入り口に向かうと既に旅支度を済ませた男たちとヒビキ、それに村長夫妻とヘレンが待っていた。

 

「ユウくん、もういいの?」

「ああ、いいぞ」

 

 目立つ格好はやめておけと言ったからか、ヒビキはヘレンのお下がりらしい村娘風の服に着替えている。とはいえ妙に胸元が膨らんでいることから見て暗器は満載しているらしい。スカートも地味に見えるが風で揺れる際の動きに違和感があるため、そちらにも何かしらの仕込みがしてあるのだろう。

 

「待たせたようですまないな村長殿」

「いえ、お気になさらないでください。朝の鍛錬というのは気持ちのいいものですからな」

「流石は元冒険者、か」

「昔取った杵柄と言うものです。では改めて紹介致しましょう。自警団のアラン、イェリク、メルケル。そして一つ前の村長をしていたビョルンです」

「……あの見張りの時の」

 

 どこかで見た顔だと思ったらブレインの見張りをしていたときの三人組だ。それがどうしてまたこんな遠征部隊に同行するのだろう。

 

「アランだ。改めてよろしくな、大将」

「イ、イェリク、です! よ、よろしくお願いします!」

「メルケル。今回の遠征、我ら三人が身の回りの世話や護衛を務める。よろしく頼む」

「改めて、ビョルンじゃ。村長をしているサムエルとは同じ元冒険者でな。かつては共に白金(プラチナ)級のチームである“グリュプス”で十年間戦ってきた。何か知恵が欲しい場合は儂に尋ねとくれ」

 

 顔ぶれは様々だ。アランという筋骨隆々の青年、イェリクと名乗った線の細い少年、ビョルンは大柄で大男と言うべき中年の男だ。そして枯れ木のような見た目でありながら覇気に満ちた老人、ビョルンは年を召したとは思えないハキハキとした喋りと真っすぐ伸びた背筋を曲げて一礼をする。

 

「ルイス・ローデンバッハだ。護衛を務める。元は軍人なので戦事に多少通じている。困った場合は俺が応対しよう」

「ヒビキでーす! ユウくんのお嫁さん第一候補者で──いたいっ! 痛いってばユウくん! わかった、マジメにするからー!」

「なら最初からマジメにするんだ」

「ううー、ヒビキです。ユウくんのいとこです。修めた職業(クラス)は主に斥候・偵察系で、森祭司(ドルイド)錬金術師(アルケミスト)もちょっとだけできます」

 

 おふざけや冗談なしでもできるじゃないか。わざわざアイアンクローでこめかみをギリギリとやられなくてもできるんだから最初からそうすればいいのに。

 

「ほう……まだ年若いというのに森祭司(ドルイド)を修めておるとは、才気に溢れておるのう」

「ちょっとした真似ができる程度だよ、おじいちゃん。本職にはやっぱり敵わないもん」

「いやいや、その年でそれだけできれば上等なものさ。ゆくゆくはアダマンタイト級にもなれるだけのものがあるだろう。精進なされよ」

 

 まあ、既にレベルは100なのでこれ以上鍛えようがないんだが。とりあえずヒビキは既に村娘として馴染んでいるらしく、他の三人とも顔見知りらしかった。挨拶もそこそこで済ませると出発しようとしたが、ヘレンに声をかけていなかったのを思い出す。

 

「ああ、ヘレン」

「は、はい!」

「行ってくる。レーナを頼む」

「──はい、道中お気をつけて! あ、ルイス様、これを」

 

 突然呼ばれたのにびっくりしたらしかったが、すぐに元の年ごろの少女に戻って元気な返事を返してくる。彼女が差し出した右手には手製のものらしい、木彫りの彫刻に麻紐を通しただけの簡単なつくりのお守りがあった。

 

「お守りを作ってみたんです。大したものじゃないかもしれないですけど、あの、道中の安全を祈念したものです」

「ありがとう、ヘレン。じゃあ俺からもだ」

「これは……クリスタルですか? ……すごく、きれいです」

 

 お返しにと小さな水晶がついたネックレスをヘレンの手に握らせる。麻紐に加工された水晶が一つくっついただけの簡素なものだが、こう見えて特殊効果が付与されたものだ。まあ、ガチャで大量に出てきたアイテムだが、効果はそこそこ有用なものだから損にはならないだろう。

 

「ずっと大事にします! おばあちゃんになって死ぬまで、ずっと大切にします!」

「いや、そこまでしなくても……」

「じゃあ毎日欠かさずつけておきます!」

「あ、うん……それがいいかな」

 

 ちょっと自然回復力が増す程度の、ノーマルに毛が生えたくらいのレアリティの首飾りだ。おそらくこの世界では“疲れがとれやすい”とか“よく眠ったらスッキリした”程度のものだろう。それでもヘレンがこれから自分だけでやっていかなければいけないことはたくさんあるのだ。少しでもその助けになるようなら幸いだ。

 それにしても、一見すると使い道が無さそうなアイテムにも有効活用できそうな可能性があるのかもしれない。最後の最後で余ったポイントを使って引いたガチャのハズレがこんな形で役立つとは思わなかった。俺には使い道が無いが、ヘレンたちにはおそらく有用なアイテムだろう。

 

「皆が待っているし行くとするか」

「はい。あの、……い、いってらっしゃいませ」

「ああ」

 

 さて、ここからはしばらく歩きの旅になる。いろいろと考えることもあるし、検証するべきこともあるがまずは無事にエ・ペスペルへ到着することが最優先だ。護衛や監視役を残してあるとはいえレーナ一人というのは俺としても不安が尽きない。さっさとエ・ペスペルの位置を記録(マーク)して<転移門(ゲート)>で行き来できるようにしなければ安心するどころではない。

 

「き、今日は、て、天気……よさそうだね、ヒビキ」

「だよね! 風が少しあるけど気持ちいいよね! ねぇ、エ・ペスペルってどれくらいで着くの?」

「えっ? あ、歩きだから、えーと、どれくらいだ……?」

「えぇー……イェリク、知らないんじゃん」

「しっ、仕方ないだろ! 俺も初めて行くんだから!」

 

 先頭を歩く二人組、うちのヒビキとイェリクと名乗った少年が先導するように歩きはじめる。その後ろから若者たちの微笑ましい様子を見守るアランとメルケル、そして護衛でもある俺が最後尾に立ってビョルン翁を護衛しつつ続いていく。

 

「ほっ、若者というのはいいものだの。お前さん、年はいくつかね?」

「今年で34ですよ」

「なんと、とてもそうは見えぬのう。精々25くらいかと思うておったぞ」

「10歳の娘が居るんですからこのくらいでしょう」

「いやはや、お前さんも随分と晩婚であったのじゃな。……まあ、位の高い家系となればしがらみとはいつでもついて回る面倒事の種じゃろうから、さもありなんというべきか。

 儂は冒険者をしておった故に30手前で嫁を取ったが、他の者たちは20になるかどうかでもう結婚しておったなぁ」

「……まあ、平均的にはそのくらいでしょうね」

「だのう。儂にも年のそう変わらん甥っ子がおったしな。かつての戦の折に戦死してしもうたが……あやつとは楽しく酒を飲んだものだった」

「心中お察し致します」

「カカカ! なぁに! 年寄りとなれば大概のものは踏ん切りがついておるよ! 気にせんでくれ!」

 

 ビョルン翁は快活に笑うとにこやかに笑って軽く水筒の水を口に含んだ。やはり時代的にはこの世界はリアルでの中世以降の文明レベルだと推測するのが適当だろう。石や木で組んだ家屋や、家具や調理器具などを見てもおおよそその程度の文明レベルだとわかる。武具に弓矢や剣はあるものの銃が無いことから、この世界ではまだ火薬やそれに類するものが出来ていないのかもしれない。

 とはいえそれは今この村の生活レベルを見ての判断でしかない。都市で情報を集められればよりこの世界についての詳しい知識を得られるだろう。

 丘陵地に立つ村──グリプスホルム村というらしい──から下って森の中を走る街道を抜け、もう一つの丘を越えていくと一面に青い景色が飛び込んできた。どうやら丘陵地や森の影になっていて村からは見えないらしく、結構な大きさの湖が東西にドンと横たわり、我々の行く手を阻んでいた。

 青い空に白い雲。凪いだ湖面は鏡のように世界を映し、薄らと見える対岸はぼんやりと幻のようだ。

 

「へぇ……いい場所だな。魚釣りでもしたら楽しそうだ」

「ああ、いえ……魚は釣れませんよ、大将」

「なんでだアラン? これだけ立派な湖なら魚くらいは……」

「いえ、釣れるのは釣れるんですが、“そもそも釣りができない”んです。だって水中に棲むモンスターが居るんですぜ? もしうかつに近づけば……」

「ガブリッ、というわけじゃよ。お陰で船も渡せず……ほれ、回り道する街道があるじゃろう。これを大きく迂回して進むしかないんじゃ」

 

 なるほど、この湖が邪魔になっていて村へ行くにも出るにも大幅に時間をロスしているわけだ。しかも食料源として活用できるわけでもなく、水源として使えるわけでもない。

 

「しかも水棲のモンスターは他の地上のモンスターよりも強力な場合が多い。若いころの儂らも一度は挑んだものだが、数と力に圧されて結局は退くしかできなんだ。おそらく太刀打ちできるのはアダマンタイト級やガゼフ・ストロノーフ殿のような英雄と呼ばれる者たちくらいかの。

 しかしそれでも数が圧倒的に足りぬ。囲まれてしまえば各個撃破されてしまうだけじゃし、万一水中に引きずり込まれればそのまま魚のエサじゃ」

「面倒だなこれは……さてどうするかな」

 

 個人的には<全体飛行(マス・フライ)>でも使って軽く飛び越えたいところだが、村人たちにとっては魔法など超常の力だろうし、空を飛ぶなど考えることもできないだろう。しかしショートカットができるのであれば使わない手は無い。我々の働き次第で村の運命が左右されるのだ。可能な限り早く到着したいところだ。

 

「とはいえモンスターをまずどうにかしなければな……」

「大将、こいつらを食い物にするってんなら後で考えましょうや。早くしねぇと昼を回っちまう」

「……すまん、少しだけ見てきてもいいか?」

「へい、構いませんが早めにお願いしますよ」

「あっ、ボクも行くー! ユウくんだけ面白そうなことするなんてズルいよ!」

「あ、危ないってヒビキ!」

「ヘーキヘーキ! イェリクは待っててよ!」

 

 ほんの少しの段差──膝より少し高い程度──を飛び降りるとそこはすでに砂浜だった。砂地は茶色でさらさらしているが、波で打ち上げられた水草や何かに捕食されたらしい歯型のついた50センチはあろう魚の死骸が打ち上げられていた。

 

「くぅっ……冷たいけど気持ちいいー! ユウくん! ここに別荘とかあったら最高じゃない? 景色はいいしお水はキレイだし風はキモチいいし! 何よりご飯に困らないって最高だよ!」

「ヒビキ、お前さっきの会話聞いてたか?」

 

 すでに革をなめしたブーツを脱ぎ去って砂浜を楽しむヒビキの姿に頭が痛くなる。スカートが濡れないように指先でつまんで水遊びをする様子はもはや童心に帰ってはしゃいでいるだけでしかない。

 そのヒビキの後ろの水面で、黒く長細い影が駆け抜ける。どうやらさっそく嗅ぎつけられたらしい。

 

「ヒビキ! 後ろだ!」

「え──うわぁっ!?」

 

 水面を飛び出し、跳ねるように突撃してくる青白い魚体。鋭くとがった顎が振り返ったヒビキの喉元へ突き刺さらんと伸びて──

 

「あっぶないなぁもうっ!」

 

 パシン、と何気ない素振りでヒビキにつかみ取られた。流石にこの展開は読めていなかったのか、ビチビチと体を暴れさせるもののヒビキの手はビクともせず、その鋭い上あごを掴んで離さない。

 

「ねぇ、ユウくんこれどうしよう?」

「とりあえず<解析(アナライズ)>っと……」

 

 ふむふむ、ブレードフィッシュねぇ……属性は水でレベル25か。こりゃ村人じゃ無理だな。ブレインならどうにか捌けるかというレベルだろう。もしこれが最弱クラスなのだとしたらガゼフ・ストロノーフというヤツもレベルにしたらそう高いものではないだろう。ブレインが33、そのブレインに勝利したのがガゼフなのだから、おそらくレベル帯にして40手前という予測ができる。例えレベル差が15あろうと、囲まれてタコ殴りにされればガゼフとやらもこの魚には勝てないだろう。

 おっ、食材アイコンがある。ということは毒なんかは無いから食えるということだ。久々にウマイ食事にありつける可能性が出てきたな。

 

「よし、こっちによこしてくれ。あとついでにもう一匹頼む。〆てから昼頃に捌いて焼き魚にしよう」

「オッケー! さぁこいボクたちの昼ご飯! …………来たっ!」

 

 またしてもヒビキを狙った一撃が水中から放たれる。まるでダツとかいう魚のようだ。鋭く尖った顎で時に人を殺すほどの魚がリアルでも生息していたのだからありえないわけではないのだろうが、おそらく現地人にとってこの世界の魚は軒並み凶暴なヤベーやつらでしかないだろう。

 そりゃあ魚を食べる文化なんてそもそもあるわけがない。こんなのを相手にしていれば命がいくつあっても足りないだろう。

 

「獲ったど~! ユウくん、二匹目ゲットしたよ!」

「上出来。後は寄生虫が居ないかどうか……<生命感知(ディテクト・ライフ)>…………オッケー。これでアイテムボックスに放り込んで……ヨシ!」

 

 わざわざ魔法も使って二匹のブレードフィッシュに寄生したものが無いか確認する。過去には寄生虫が大きな問題になっていて、古くはタタリや神罰などとされたほどのものさえあったらしい。現実に近しいこの世界のことを考えるとあらゆるリスクを考えて行動しなければ。

 殺人アメーバなんてものに当たりでもすればそれこそ最悪だ。この中世前後の文明レベルしかない世界では、脳を食いつくされて死ぬのを待つしかできないだろう。脳を食われればまともな思考などできやしないし、そんな状態になって俺やヒビキのようなレベル100のヤツらが暴れまわったらどうなることか。

 

「ふう、待たせたな。昼飯を確保した」

「すっごい気持ちよかったー! 今度水浴びしたいなー」

「……お、おう」

 

 ここを安全に渡る方法は後で考えるほうがいいだろう。俺が居なくても安全に渡れる方法を確立させれば、村の発展に寄与することはもちろんとして、食料事情や財政も潤うことになるだろう。良質の麦が育つらしく、酒造りを行えばいいものができあがるはずだ。

 問題はそれらの酒が受け入れられるかどうかだが……今考えても仕方がないだろう。果実酒や醸造酒のほうが好まれるのならマーケティングを地道に行って販路を拡大するのもいい。

 移動が多い冒険者や街に住む兵士などに安値でウマイ酒があると風評していけば自然と噂は広がっていくだろう。そこに商人が食いつけばブランドとして高級品を売り出し、高位の身分の人々に広めていくのも手だ。

 

「ん、ユウくんまた何か考えてるでしょー?」

「そうだなぁ……この湖を空を飛ばずに突っ切れる方法とか?」

「ふーん、それって役に立つの?」

「立つとも」

 

 ほんの少しの寄り道ではあったが実りのある収穫だった。魚を手に入れられたし、グリプスホルム村の活性化のための方法もいくつか頭に浮かんだ。同時に交通の便が悪いという点や、街道沿いは野盗などが待ち伏せしやすいような地形をしている場所もあるという改善点も見つかった。

 森の中は大きな岩が隆起してちょっとした丘のようになっていたり、窪地になっていたり坂道になっていたりと足場の悪さや視界の悪さが目立つ。森を抜けても雨風で侵食されたらしい地形が高低差を生み出し、奇襲や伏兵に向く地形が多く存在している。

 おまけに橋が少ないのも難点の一つだろう。いくつか小川を超えてきたが、浅いものとはいえ馬車や荷車が通るには少しばかり酷な道のりだった。

 再び歩き出して湖を回り込んでいくと、アランがぽつりとつぶやきを漏らす。

 

「しかしまあ大将は強いと知っちゃいたが、あの子まであんな真似ができるなんてな……」

「同感だ。ルイス様の実力はブレインとの戦いで見たが、あの少女があそこまでできるとは……」

「アラン、メルケル、二人とももう少し目を鍛えねばな。見た目で判断しておっては思わぬところで足を掬われるものでな、それで命を落とす冒険者も少なくないものじゃよ」

「ビョルン翁の仰る通りだ。だが少なくともヒビキはまだ子どもだな」

 

 十メートル先を歩く二人、ヒビキとイェリクは同じ年代ということもあってかすぐに打ち解けたらしい。ヒビキはユグドラシルでモモさんやヘロヘロさんと共に潜った生命科学研究所ダンジョンの話をしているらしく、語り口に熱が入っている。

 

「でね、そのときモンクの人が足止めして時間を稼いで、魔法詠唱者(マジックキャスター)の人が大魔法でドーンッてそのキマイラを消し飛ばしたんだ! ボクは暗器や忍術でモンクの人を援護してたんだけど、突然横からもう一体キマイラが出てきてさ。そこをユウくんがズバーッて一刀両断! 

 そのまま後ろから来たモンスターの群れに飛び込んで──」

「あ、あぁ」

「ん──どうしたの? なんかボーッとしてるよ? 顔も赤いし」

「な、なんでもないって」

「むむー……そうやって“なんでもない”っていうのは一番怪しいんだよね」

 

 ヒビキがイェリクの顔を覗き込むとイェリクはさっと逃げるように顔を逸らす。というか気づいてやれよヒビキ。時としてハッキリキッパリと相手を振るのも大事なことだぞ。恋愛なんて後腐れのないようにするのが一番大事なことなんだ。

 ……俺のように愛し合った元彼女が他国のスパイで、尋問の末に死亡するなんて後味の悪い終わりを迎えることの無いようにするんだ。あの時元妻の紗耶香に会っていなければ俺はきっと未だに立ち直れていないだろう。

 

「……カンペキに惚れてるな」

「だろうな」

「カカッ、いいぞ。青春じゃな」

「前途多難だけどなァ。なにせライバルが大将だもんな」

「まだ無理だ。あいつを一人の女として見るには、ちょっとな」

「もし本気で来たらどうするんで、大将?」

「そのときは相応の対応をするさ。丁重に扱うとも」

「────イェリク、折れるなよ……強く生きろ」

 

 もしも俺がヒビキを一人の女性として見れるようになったなら……迷うこともないだろう。今はまだ家族、妹のような存在としてしか感じられないが、あの子も成長すればきっともっと女の色香を身に着けることだろう。

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