オバロで練習作   作:きゃすたー(7mg)

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異性体から始まって戦区にディビジョンコラボと連戦で疲れた……

それはそれとして、勤め先の1月の売り上げ結構ヤバいんですけど(主に緊急事態宣言とかのせい


エ・ペスペルへ

 湖を回り込んで歩いていくこと数時間、最初に湖を眺めた場所のちょうど反対側にようやくついたらしい。しかし湖から伸びる街道はさらに丘の向こうへ伸びていて、また上り坂を登る羽目になるのだろうと考えると気が滅入ってきそうだ。この世界の文明レベルから見ても交通の便が悪いのは確かだが、何故あんな辺鄙な山奥に村人たちが住むことになったのだろうか。

 

「ビョルン翁……一つ、尋ねたいのだが」

「なんですかな?」

「……グリプスホルム村だが、なんであんな僻地に村を興したので?」

「ううむ……そうじゃろうなぁ、そう思うのも仕方がないじゃろう」

「交通の便は悪い。これといった名産品で潤っているわけでもない。麦は良質だそうだが、農地がそこまで広くないから量はあまり多く獲れるわけでもない。湖は村よりも低い場所にあるし、豊かな水源が近いわけでもないし、はっきり言ってどうして村なんてものが形成されたのかが不思議で仕方がない」

 

 ううむ、とビョルン翁は悩まし気に真っ白になった顎髭を撫でる。村が起きたからには何かしらの理由があってのことなのだろうが、何故悩む必要があるのだろうか。

 

「ビョルンのじい様、ルイス様になら問題ないかと」

「メルケル、しかし、これはどう説明したものか……」

「わかってることを伝えてみりゃいいじゃないか、じい様よぉ。どうせ俺たちが考えたってわかんねーことなんだし」

「……かもしれんなぁ。少しばかり昔ばなしですが、構いませんかな?」

「頼む」

「儂も伝え聞いた話、村の起こりは400年よりも以前……八欲王が現れ、世界を混沌に陥れたころであったと言われておる。それ以前のヒトはビーストマン以外にも異形の者たちなどに追い立てられて世界の片隅へと押し込められ、緩やかに滅びの道を歩んでおったらしい。ヒトの近縁の種の中には苛烈なまでに迫害され、遂には滅亡した種すらあったそうじゃ。

 だがそこに六大神が降臨しビーストマンや異形の者たちを打ち払い、今の人々が暮らす領域が形作られたという。その際に六大神に付き従う従属神たちが戦の折に主より命を受け、陣を敷いたのが今のグリプスホルム村だったそうじゃ。我々の祖はその戦いに於いて六大神に助力した勇士たちから始まったと伝わっておる。

 しかし世界を手中に収めんとする八欲王との戦いに於いて六大神の最後の一柱スルシャーナとその他の六大神の従属神、それに加勢した勇士たちは悉くが滅ぼされたとのこと。唯一生き残った若者とある従属神が子を成したそうですが、その従属神も色欲を司る八欲王によって連れ去られ、若者がどうにか子を連れて命からがら逃げ延びた地がグリプスホルムの陣の跡だったとか。

 彼らの子を逃がすために戦った六大神の最後の一柱と八欲王との戦いは天地が裂け、時も凍てつく激戦を繰り広げ、放たれた六大神の、或いは八欲王の剣や魔法によって元は平野でしかなかったこの場所にグリプスホルム湖や丘陵地が作られたと言われておる」

 

 また知らない単語が山のように出てきたぞ。六大神に八欲王、従属神なんて聞いたことが無い。聞いた感じではこの世界の創世神話ってわけでもないだろうし、これが創世神話であるのなら500年程度でこれだけの文明レベルを形作ったということになる。

 ホモサピエンス……リアルでの人類は今のこの世界の水準の文明レベルに至るまでに何千年とかけているのだ。人類種が他の長命な種族たちと比較して世代交代や変化の速度が速いと言ってもたった500年でここまでくることはできないだろう。

 

「なるほど。大体わかった」

 

 とりあえず今はおおよそ理解しました程度の返しでいいだろう。深い考察や推測はするべきじゃない。

 

「要するに神様の子なわけだ。しかし八欲王の目に留まるのを避けるために、敢えてこんな山奥の深い場所に住んでいたと」

「そうなりますな。まあ、その八欲王も既に滅んで久しいものですが」

 

 どうやら八欲王とかいうのはクソッタレだったらしい。まあ事実がどうなのかは実際に目にしたわけでもなく、詳細なかつ信ぴょう性のある記録を読んだわけでもないのでわからないが、こういう話が伝わっているということは少なからず事実が含まれている可能性がある。

 そのまま素直に読み解けば、八欲王は六大神という人類種の味方──というか最後の一体であるスルシャーナ──を葬り去り、生き残った数少ない従属神とやらに恥辱の限りを尽くしただろうことは想像するに難くない。

 あの隆起した岩や巨大な湖が六大神や八欲王の戦いの痕跡だと言うのなら、とんでもない戦いを繰り広げたのだろう。おそらくこの世界の住人では到底及びもつかないような……いや、まさか──

 

「プレイヤー?」

「ぷれい、やー?」

「ああ、いや、少し深読みしすぎただけだ。おそらく俺の考えすぎだな」

 

 危ない。思わず声に出しているとか何をやっているんだ俺は。

 とはいえ考えてみればこの可能性があり得ないというのは“あり得ない”のだ。なんせ俺やヒビキ、果てはレーナやキリまでもがこの世界にやってきているのだ。レベル100のプレイヤーやNPCなら天地がぶっ壊れるようなド〇ゴン〇ールでやれと言わんばかりの超位魔法やワールドアイテムを行使していたって不思議ではない。

 実際、俺もアイテムボックス内に入れてあるとはいえワールドアイテムをこの世界に持ち込んでしまっているのだ。効果は相手の状態異常耐性を無視して石化を付与し続けるのが第一にあり、第二に自身のスキル・魔法の持続時間や範囲や効力が上昇するっていう程度の地味なもので、直接的な被害を及ぼすようなものではない。だが使い方次第では都市丸ごと灼熱地獄に変えるとかポンペイのように住人全てを石像に変えてしまうようなこともできるだろう。あとはオマケ程度に効果範囲が目に見えるようになっているくらいだ。

 もしも俺たち以外にもプレイヤーがこの世界に来ているのだと仮定すると、六大神や八欲王はプレイヤーに相当し、従属神はNPCに相当するだろう。そしておそらくだが、NPCも居るということは“ギルド拠点がそのまま飛んでくる”可能性があるということでもある。

 

 つまり、俺のホームである白の館がこの世界のどこかにあるかもしれないわけだ。しかし同時に他のギルド──アインズ・ウール・ゴウンのナザリックやネコさま大王国、2ch連合など大手ギルドの拠点が丸ごとポンとこの世界のどこかに存在しているかもしれないのだ。

 もし拠点すらない俺が高ランクギルド所属で拠点を持つヤツにかち合いでもすれば、不利どころか反撃すらできないままタコ殴りにされるかもしれない。引いてはその牙がヒビキやレーナたちにまで向くかもしれないのだ。せめてかつての所属ギルドである“夜の帝国”のホームである“紅き館”があれば、再加入申請をすることもワンチャンありえるのかもしれないが……望みは薄いかもしれない。

 

「しかしよく生き延びられたものだな。六大神の末裔ともなれば八欲王は血眼で探し出して“根切り”を行うはずだろう?」

「然りに。お考えの通り幾度も命を狙われたそうですが八欲王と竜たちの戦いが始まったことで難を逃れたそうな。そして竜たちをも退けて世界を支配したと言われる八欲王も、最後には己たちの欲望によってお互いに殺し合うようになり、最後には滅び去ったと伝え聞いておるよ」

「……因果応報だな。やったのが善行であったなら、今頃にまで悪行を語られることもなかったろうに」

 

 八欲王はお互いに殺し合った? どういうことだ? 同じギルドに所属していたわけではなかったのか? それとも同じギルドのメンバーでありながら最終的に対立したということか? ギルドごとやってきたのなら滅び去ったのだとしても世界のどこかにその痕跡があるかもしれない。時間が出来たら探し出して現実世界への帰還方法も見つけたいところだが──

 

「ねえおじいちゃん、その“六大神”っていうのは倒されたんでしょ? 従属神ってどんなかんじだったの?」

「文字通り、六大神に仕える従者だったそうじゃ。しかし中には特定の分野に於いては六大神以上とさえ言われた従属神もおったという。

 我々の祖はその従属神の中でも、あらゆる病や怪我を癒したとされる女神だったと伝え聞いておる」

「へぇー、神様と結婚するなんて結構すごい人だったんだ」

「まあ伝え聞いた話じゃから、そう真に受けるものでもないのう。あくまで言い伝えじゃからな」

「でもさ、やっぱり親近感湧いちゃうよねぇ。二人きりで愛の逃避行なんてさぁ。ボクもユウくんも故郷には帰れなさそうだし……あ、でもボクはユウくんさえいればオールハッピーだから大丈夫だよ! 

 いつかは眺めのいい場所に家を建てて~、毎朝行ってきますのチューをして~! 子どもも6人……いや9人くらい頑張ったりたりして……! うへへへ~!」

 

 まーた始めやがったぞおい。保護者どこだよ保護者は。…………ミサトさんに全ての責任を押し付けたいけど、今は俺しか保護者が居ないんだよなぁ。ちくしょうめ、あの青空の向こうの星空のどこかで満面の笑みでサムズアップ決めてやがるに違いない。

 

「はいはい。もうちょっとおしとやかになろうなー」

「いっっだだだだ! やめっ、アイアンクローはやめてよぉ~! うぅっ……い、痛いよ、ユウくん……

「お前の保護者はミサトさんじゃなくて、今は俺しかいないんだぞ? もうちょっと節度を持つんだ」

 

 ……ちょっと涙目で恨めし気に俺を見たって態度は変わらんぞ。もうちょっと女の子だという自覚を持たないと、お前に淡い恋心を抱いているイェリク君がドン引きし──

 

「…………ちょっと泣いてるのも、かわいい……」

 

 ──てなかった。イェリクおめーさては上級者の素質あるな? だが女の子の涙は嬉し涙であるべきなのだ。女の子を悲しませたり痛みで泣かせたりするのはするべきではないのだ。かのエロ伝道師、脳内ピンクのエロゲマニアバードマン、ペロロンチーノもこう言っていたのだ。

 

『凌辱も鬼畜もやってきたし涙目の女の子って好きだけどさ、やっぱ純愛モノの心と涙腺にくる展開は王道だわ。その上でヤる甘々なイチャラブックスはビンッとくるね。────姉貴の声でなければな!

『オォイィィィ? 聞こえてんぞ愚弟』

『しゅ、しゅびばしぇんでしひゃ……』

 

 ……いや、エロゲだから最後にはあれやこれやになるのは目に見えてるんだけどな。俺も女の子を悲しませる真似はしたくはないし、しないように心がけている。まあ実際は何度か病院に担ぎ込まれて妻に心配されまくったのだが。

 

「むぅーっ、それでも女の子の顔にアイアンクローなんてひどいよ!」

「じゃあ突然妄想を口から垂れ流さないように仮面でもつけてみるか? もちろん例の嫉妬マスクをな!」

「げぇっ、あれはヤダ! 独り者にだけ贈られたあのクリスマスボッチ限定装備なんてヤダ~! ボクにはユウくんっていうステキなヒトが居るんだからそんなの絶対着けないもんね! ……ボクもいつかユウくんとクリスマスックスしたいなぁ……うひひ、うひぇひぇ……」

「よーし、ヒビキは村に戻るらしいからさっさとエ・ペスペルに行こうか」

待ってゴメン! 反省したから置いていくのだけはやめてよぉ~!」

 

 コイツ、日に日に性欲の(たが)が外れてきてるんじゃないか? 夜中に時々音消しの忍術使ってるのは完璧にバレてんだぞ。所持しているワールドアイテムのせいか、魔法やスキルの効果範囲がある程度だがぼんやりと見えているせいで、ブレインを見張っている間にも何度か一人でヤッてることくらい丸わかりなのだ。

 

「大変じゃなあ、ルイス殿」

「大変なんだな、大将」

「心中お察しする」

「……妬ましい。これが、嫉妬……?」

「俺を憐れむのはやめてくれ。というかやめろ。あとイェリク、勝手にひがむな」

 

 

 

 

 丘を越え、小川が傍に流れる街道を歩き続ける。線路は続くよ……という出だしではないが、道はどこまでも真っすぐ続いていて村や畑が見えてくるわけでもない。周囲一帯は低木の生い茂る高原地帯の原っぱのようで、まばらに木々が点在しているばかりの平野が続いている。

 時々視線や気配を感じるのはモンスターか野生動物の類だろう。俺が顔を向けるだけですぐに離れていく。

 

「イェリク、このあたりって動物はなにが居るの?」

「野生のウマとかヒツジとかヤギとか……あとはオオカミとかヤマネコだよ。もっと小さいのならいっぱい居るかもしれないけど」

「猫かぁ……ボクも猫欲しいなぁ。レーナにはキリが居るし、ボクにも、こう、相棒的なのが欲しい!」

「じ、じゃあ……お……お、俺と…………としては! お、オオカミよりも犬のほうがいいかもな! 従順だし、毛並みもいいし、頭もいい!」

「そう? うーん……<口寄せ>で呼べる子が居るし、それもアリかなぁ」

「あとは森の深い場所はゴブリンやオーガなんかも居るし、中にはオオカミを飼いならすヤツも居るって聞いたことがあるぜ。森に近づいた人を攫って食ったりするらしいし……」

 

 なるほど。つまり村長の言っていた冒険者ってやつはイェリクが言うように人喰いなどで人間に危害を加えるモンスターを退治するわけだ。この様子ならアンデッド系のモンスターなども存在するかもしれない。

 ヒビキには主にアンデッド系のモンスター狩りを行ってもらい、俺が生物系のモンスターを相手取ると棲み分けるのが一番いいだろう。特にヒビキの精神──善性は他者の命を奪う行為を嫌っているのだから、そもそもそういう事態にならない狩り場であれば何も問題は無いはずだ。

 

「さて、太陽もてっぺんまで来たし昼飯にするか。じい様も疲れてるころだろうし」

「抜かせ(わっぱ)が。アラン、魚を食いたいだけじゃろ」

「そりゃー俺だって魚なんて初めて食うんだ。どんな味か気になるだろ? メルケルだって食ったことないだろ?」

「一度だけある。昔エ・ペスペルからの帰り道で食料が尽きかけたとき、通りがかった冒険者が魚を獲って焼いてくれた」

「ほう、どうじゃった?」

「美味だ。小骨が少々あるが、それに気を付ければどうということはない」

「……そりゃ楽しみだ。あーあ、酒がありゃあなぁ」

「まったくもって同感だ。焼き魚があれば酒が数段ウマイんだ」

 

 ああ、考えただけでも腹が減ってきた。これはもう飲んで食ってとやるしかないレベルの空きっ腹だ。

 

「おっ、あの大きい木の下でメシにしよう。他の場所より小高くて他の木が無いから見通しやすくていい」

 

 そんなアランの先導の下、大きく育った広葉樹の木陰に腰を下ろす。近くから集めてきた枝木を組んで周りを石を積んで囲った風よけをつくり、火を着けようとするものの──

 

「<ファイアーボール>で…………いや……ダメだな、消し炭になるだけか」

「世の中にはモンスターに向けて撃つだけじゃなくて、小さな火を起こすだけの魔法もあるらしいですがねぇ。まあ魔法の使えない俺たちにゃ縁のないものですよ」

「火は俺が起こそう。じい様は休んでいてくれ。アランとイェリクはもう少し薪を集めてくれ」

「あいよーメルケル。イェリク、いくぞ~」

 

 やることが無いから仕方がない、俺たちは魚の下処理でもするか。料理道具の一つとして持っている“無限の水差し”を取り出し、適当な平たい岩をまな板がわりにして魚のウロコを片刃のサバイバルナイフの背を使ってはがしていく。サイズがそこそこあるだけにウロコも相応に大きく手ごわいが、このしっかりした身は焼けば食べ応えがあるだろう。

 

「よし……ヒビキ、水をかけて流してくれ」

「はーい」

 

 水差しから出る水の流量は少ないものの洗い流すには十分だ。……思えばどういう原理でこの水差しは機能しているんだろうか? 

 

「これくらいでいいの?」

「ああ。後は内臓を取って……串を刺す。が、その前に消毒だな」

 

 洗ったナイフの刃を焚火の中に突っ込んで直接炙ることで殺菌し、一度ナイフを自然に冷ましたら魚の腹を裂いて内臓を取り出し、若干離れた場所にそこそこ深く掘った穴に投げ込んでいく。野生動物が嗅ぎつけて俺たちに近寄ってくるのは避けたいし、食べ終えた骨なども処理したい。

 適当に真っすぐな枝を切って葉を落とし、先端をナイフで削って尖らせて魚を刺せば準備は万端だ。あとは少し塩を振りかけて焼くだけで焼き魚のできあがりだ。

 ……教官に見せられたサバイバルの手引きとかいう映像教本では倒木の幹に就寝中のイモムシが昼食になっていたが、俺たちは魚を獲って昼飯にすることができた。貴重なタンパク源だとか言われてもイモムシを生で口にするのは、本当に命の危険があるほどの飢餓状態でなければ無理だろう。

 

「ほら、お待ちかねだ。ちょっとかかるが、後は焼けるのを待つだけだぞ」

「おお~……こいつぁ……美味そうだ」

 

 煌々と燃える焚火の傍に串を突き刺し、火でじっくりと焼き上げていく。皮が炎の熱で膨張し、その下にある身から湧き出る脂が焼けて芳しい香りを放ち始める。

 

「……むぅ、これはまた……腹が減る光景じゃなぁ」

「ああ、でも待つこともまた料理ってもの……故にガマンだ。それにまだ今の状態じゃ生焼けだ。もっとしっかり火を通さないとな。俺は腹を下したくない」

「くぅーっ……生焼けどころか俺たちが生殺しだぜこりゃ……」

 

 皮に黄金色の焦げ目が付き、脂がさらに滴るようになったところで魚を回転させて満遍なく火を通していく。途中で少し塩を追加しておいたが、塩気が効いてさらにウマイことだろう。そういえばサバイバルではバナナの葉で包んで蒸し焼きにするなんてのもあったな。昔の料理であれば塩釜焼きというのもあるらしいが、この文明レベルでは塩は貴重品だろうから、オーソドックスな焼き方が一番だ。

 

「……いい頃合いだ」

「じゃ、じゃあ……!」

「イェリク、ガマンした甲斐があるぞ。ようし、食べるとするか!」

「待ってました大将ォ!」

「ウム、この歳でこうも心躍る出来事に(まみ)えようとは……!」

「ちょっとだけ待ってくれよ…………<生命探知(ディテクト・ライフ)>…………よし、いけるぞ」

 

 魚の身を丁寧にほぐしてとりわけつつ、寄生虫の痕跡が無いかを確認する。一応魔法で確認はしたものの、実際に目で見て確かめるのも大事なことなのだ。しっかりと火を通しているから寄生虫が居ても死滅している。とはいえそれはリアルでのお話でしかなく、ここでは火に耐える寄生虫なんてものが居ないとも限らないのだ。目で見て確認して、居たら排除する。そして再度魔法で生体反応が無いか調べる。

 養殖でならそもそも寄生虫の対策を行うのが当たり前だろうが、俺たちが獲ったのは野生の魚なのだ。リアルでなら病院に行けば済む話ではあるが、ここにそんなものは存在しておらず、医者すらいるか怪しい。居たとしても対症療法くらいのものだろうし、細菌や寄生虫という概念すら存在していないだろう。

 

「では、僭越ながら儂がやろう。“主よ、我らが祖たる六大神よ、哀れな羊たちに一日の糧をお恵みくださったことを伏して感謝致します。我らの寄る辺、守りたる砦、我らを救い給うた御方よ。願わくば子らに遍く救済の道が開かれんことを祈って……”」

「「「“主に、祈りを”」」」

 

 うーん……六大神は最早信仰の領域だったか。これほどまでに敬虔な信徒が居るということは、実在はともかくとして六大神という存在が生活の基盤になっている可能性もありうるか。

 ──ま、今はそれよりもメシだよメシ! よく洗った大きな木の葉を敷いた岩の上に、焼きあがった魚を置いて身をほぐしていく。焼き上がりのニオイが鼻をくすぐり、きゅう、とヒビキの腹が可愛らしい音を鳴らす。

 

「よしっ、じゃあ……“いただきます”」

「いただきまーすっ!」

「──おや、ルイス殿は六大神の信仰はなさっておられないのですか?」

「ああ。不敬かと思うかもしれんが、我々のところでは六大神信仰はしていなかったよ」

「やはり六大神信仰は珍しいじゃろう。基本的に四大神……生の神と死の神は数えられぬからのう。このあたりでも六大神信仰といえばスレイン法国くらいなものじゃよ」

「あのスレイン法国、か」

「流石にこれはルイス殿もご存じじゃろうな。人類の守り手を標榜する国としてかの竜王国と共にビーストマンの軍勢に立ち向かう勇士たちじゃ……あっふ! 熱い! じゃが! うむ……ウマイのう!」

 

 いやまあ初耳なんですけどね。とりあえず“それ知ってる! ”感を出して言ってみたが納得はしていただけたようだ。というよりも魚の美味さに気を取られただけのような気がしないでもないが。

 というか手づかみでよくいけるなこの人たち。まあ食器なんて無いから俺たちも手づかみでやるしかないんだが。

 

「あっちち! ほっほー、中までアツアツだが……脂が乗って美味いぞこりゃ!」

「ああ、塩加減が脂の旨味を引き立ててくれる。そして何よりこの身の柔らかさとほのかな甘み……焼き上がりのこの香りとも相まって素晴らしいものだ……」

「……くっ、お、俺だっていつかは魚くらい……! チクショウ……うまい……!」

「ふっ、ご好評のようで何よりだ」

「ねぇねぇ、ユウくん……あーんってしよ? ほら、こう……指ごとぺろって舐めとって……ほしいなぁ?」

 

 ……ヒビキが自分の指先に乗った身を口に運び、舌を煽情的に動かして指をぺろりと舐めとってみせる。しなやかな指の付け根から先へ向けて、舌先を動かしつつねっとりと舐めあげる様子にイェリクが顔を赤くしてガン見してるが、こいつ変な性癖に目覚めたりしないだろうな? 

 まあ、そんな色気づいた男女二人の熱を冷ましてやるのも俺たち大人の務めだ。

 

「ようし、俺からしてやろう。ほら、あーんだ」

「ちょ、それ目玉で……」

「DHA豊富なんだぞ。健康にいいんだぞ。もちろん美容にも!

「……そ、それは、そうなのかもしれないけど……」

「ほら指ごと、あーんってするんだろ? 舐めたいんだろう?

「ぅ……あ、あの……その…………ゴメンナサイ……

 

 どうやら4人とも魚の美味さに魅了されたらしいな。あっと言う間に二匹あった焼き魚は骨と頭だけになってしまった。ヒビキは鼻息を荒げてここぞとばかりにイチャつこうとしたらしいが、俺の指先に乗った、抉りだされた魚の目玉を突き出されてしおらしく引き下がった。

 

 

 

 

 一通りの食事を終えて軽く昼寝をしたあとは高原地帯を下る街道を再び歩き続けるだけだった。ヒビキは旅をしているというよりも物見遊山(ものみゆさん)という気分らしく、街道の傍らに咲く花や見慣れない木々、時折見かける小動物などに興味津々のようだった。

 見つけるたびにイェリクが教えようと頑張ってはいるものの、ビョルン翁の知識の前になすすべなく、ヒビキの印象は今のところ“おじいちゃんって物知り! ”という具合でイェリクの見せ場らしい見せ場は無かった。そりゃまあ人生15年そこらの少年と人生60年近い元冒険者じゃ知識量が違いすぎるだろうよ。

 

「おお、見えるじゃろう? あれがマリエフレード村じゃ。あの大きな風車が目印なんじゃ」

「へぇ……立派なもんだ」

「うわぁ……! 風車が三つもあるよ!」

「ここはあの湖から流れてきた川から水をくみ上げて下流の村に流してる場所だからな! ここだけで三つの村に水を送ってるから、すごく大事な場所なんだ! ……ってオヤジが言ってた」

 

 へえ、と少し感心したが最後の最後で台無しだぞ。それを言わなけりゃ完璧だったろうに。

 

「大将、とりあえず今日はここで泊めてもらうことになります。明日は平地に出てニガード・ハガル村、その次でエ・ペスペルに着く予定ですぜ」

「あと二日か……レーナがぐずってなければいいんだが」

「心配性じゃな。なあに、女は強いもんじゃ。いざというときはそこらへんの冒険者よりも肝が据わっておる。それにヘレンのお嬢ちゃんが見ておるのなら大丈夫じゃよ」

 

 ……ああ、でもやっぱり心配になる。さっさと<転移門(ゲート)>の記録(マーク)だけして村に戻ってレーナをすぐにでも抱きしめてあげたい。

 一人で寂しくしてないだろうか。キリが居るとはいえ村に脅威が差し迫ったりしていないだろうか。ご飯はちゃんと食べれているだろうか。ヘレンに迷惑をかけたりしていないだろうか。ママのことを思い出して涙を流したりしているんじゃないだろうか。おトイレはちゃんとできているのだろうか。転んでけがをしたりしていないだろうか。ヘレンに文字の書き方を教わっているはずだがちゃんとやれているだろうか。近所のクソガキどもがレーナにすり寄ったりしていないだろうか。仲良くなった男の子が将来俺の前に現れて娘さんをくださいなんて言い出したりしないだろうか。

 

「とにかくさっさと終わらせて村に帰らないとな」

 

 金を稼いで食料を買い付けて村に送り届ける。たったそれだけだというのに一か月もかけてなどいられない。とっとと終わらせてレーナを抱きしめてあげないと。きっと寂しがっているころだろう。パパに会えなくてぐずっていることだろう。

 だけどそれもすぐに終わらせる。必ずパパがご飯を持って帰るからな……! 

 

 

 

 

 三日間歩き続けてようやくたどり着いた城塞都市エ・ペスペル。その門には長蛇の……というほどではないが列ができていて、先頭には数台の荷馬車が止まったままだ。おそらく検問で差し止められているのだろう。

 

「ねー、ユウくんまだかな?」

 

 待ち続けて早1時間。ヒビキは見た目通りの子どもっぽさ──しかし中身は18歳である──故かしびれを切らし、城壁に背を預けて足を投げ出して退屈そうに座り込んでいる。

 この世界にはごく一般的な村娘の恰好をした、可愛らしさを魅せる黒髪のボブカットの少女。傍目から見ればその通りなのだが実際はレベル100の忍者プラス森祭司(ドルイド)の吸血鬼だ。吸血種という種族のお陰でおおよそ人間化しているためか、自分自身が吸血鬼なのだということなんてすっかり忘れ去っていた。そりゃ太陽を浴びても平気だし、鏡にも映るしニンニクも問題ないし流水だって渡れるのだから仕方がないのかもしれないが。

 ヒビキも俺も鏡で自分の顔を見て鋭い八重歯があるのを確認してようやく“そういえば吸血鬼だった”とようやく自覚した程度には吸血鬼要素が薄い。

 

「諦めろ。ただ単純に税の取り立てってだけじゃなくて、街の中に運ばれてくる荷の出どころや出入りする人物を記録しておくことで、犯罪組織或いは他国の息のかかった間諜が潜んでいないか調べられるようにしてるんだよ。

 加えて商人ってのは国を跨いで活動するから必然的に移動が多くなるし、それと同時に物資も移動する。自国の大事なもの……特に技術や軍事に関する情報を持ち出したりしていないか、また他所から危険な代物を持ち込んでいないか、犯罪組織のフロント企業だったりしないか、そもそも商人ではなく間諜だったりしないか、そんな風にいろんなことで疑われるものなんだよ。だからよりチェックが厳しくなるんだ」

「スキャンシステムでパパッとできちゃえばいいのにね」

「それができる技術力があればとっくに俺たちは壁の中だ。というかわざわざ出向いたりせずに、メールや電話ですぐにでもアーコロジー管理機構に連絡してるぞ」

「そう考えるとリアルって結構便利だったんだね。ボクたちのご飯も手抜きするならお湯をいれたりすればできちゃうし、なんならそのままかじりつけばいいだけだし。

 あとテレビがあるしゲームもあるし、魔法なんて使わなくても自宅ならプライバシーもそこそこ守られてるし」

 

 いや、最後のは無い。完全監視社会を舐めるでない。どこの誰がラブホでヤッたとか程度は企業の上層部には筒抜けなのだ。インターネットの閲覧ページからお風呂のタイミングまで、AIに何もかもを監視されているのは一部の人間や反動勢力の人間くらいしか知らないことだろう。カメラで撮影されているわけではないが、電気消費量などのデータを読み取られ、どのような行動をとっているか程度はAIに常に監視されているのだ。

 

「おーい大将!」

「っと、ようやく出番か?」

「遅くなりました。今さっき荷馬車が通ったんでもうすぐ動きますぜ」

「やっと? もう待ちくたびれたよ~……ねえユウくん──」

「おんぶはナシだ」

「えーっ!? まだ何も言ってないよ!」

「どうせ歩きたくないとかいうんだろ?」

「違うよ。ユウくんに抱っこしてもらいたいだけだよ」

「キリキリ歩け。まだ余裕だろ」

「ちぇっ」

 

 不貞腐れたヒビキを連れてビョルン翁とメルケル、イェリクが並んでいる列に戻り順番を待っていると数十分ほどしてようやく城砦の門の真下までたどり着いた。

 鎧を着こみ、ハルバードを持った衛兵が脇を固める中で一人のスキンヘッドの官吏がビョルン翁に声をかける。

 

「手形は持っているか?」

「ここに」

「ふむ…………確かに。今日はどのような用件だ? 連れの人数、滞在日数はどれほどだ?」

「本日は領主殿への書簡を届けに参った。連れは世話役が三名、護衛が二名じゃ。およそ3日から5日ほどを予定しておるよ」

「……おい、そこの後ろの剣を背負った男」

「俺か?」

 

 やばい、なんで俺が呼び止められるんだ? 別段目立つようなものを持ってなどいないはずなのだが。

 

「貴様、冒険者か?」

「正確に言えば冒険者志望だ。これから登録に行く」

「なら街中では長物は気をつけろ。抜き身の武具を晒して街中を歩くようなことは禁止されている。鞘があるなら鞘に入れてベルトをかけておけ。無ければ槍やハルバード同様に布を頑丈に巻き付けておくか、そもそも護身以上の武器を持ち歩かないかだ。街中で市民に怪我をさせかねないような真似はするな。いいな?」

「承知した。後ほど宿を確保したら布を巻くようにしよう」

 

 ふむ、エ・ペスペルの市政に少しプラスというところか。モンスター退治を生業とする冒険者であっても、抜き身の武具を持って歩いたのでは市民に対する威圧や恫喝に繋がるという判断だろう。

 武具を鞘に収めたり布で覆うなどせずに歩いている屈強な冒険者たちというのは、市民からすればいつ斬られるかわからない恐怖を伴う存在ということだろう。おまけに闘争に身を置くだけあって血の気も相応に持ち合わせているはず。

 そこで武具そのものの所持に制限をかけておくことで、市民に対して非暴力の姿勢を見せて安心させると同時に、街中で不慮の事故が起きることを防止しているわけだ。

 

「さて、それじゃ俺たちは冒険者組合で登録してくる。商会で買い取り依頼するのはそのあとだな」

「ではイェリク、メルケルは儂と代官の屋敷に向かうとしよう。アラン、宿は任せるぞ」

「あいよ。じい様は腰を痛めないようにな」

「舐めるでないわ阿呆めが。ああ、ルイス様……推薦状をちっとばかし張り切って書いてみたんじゃ。これを組合で提示するとよかろう。引退した元白金(プラチナ)級とはいえ何かしらの伝手があると示しておくほうが有利であろうよ」

「お気遣い痛み入る。では後ほど」

 

 なんとも強かだ。だが彼の言う通り伝手があるというのは大きなアドバンテージになる。特にランクの高かった元冒険者の推薦となれば、ランクアップ自体には影響せずとも加入時の手続きや信用度が段違いになるだろう。実力も伴うとわかれば優先的に仕事を回してもらえる可能性もある。

 これは気合を入れておかなければ。彼の推薦があるということは、彼の名を貶める真似は絶対にできないぞ。俺を村の利益のために縛り付ける方法としては最上級だろう。人を縛り付ける最高の方法は“恩”だと言ったがまさしくというやつだ。本当に強かだ。

 

「さて、それじゃ早速──」

「あ、ちょっと待ってユウくん。ボクそろそろ着替えたいんだけど」

「別にいいだろう。メイド服とその平民の服じゃ大して違わないだろうし」

「あのメイド服、実は状態異常完全耐性に破壊属性完全耐性があるって言ったら?」

「よし、着替えろ」

「は~い!」

 

 なんつー高性能なオシャレ装備だよ。エンチャントするだけでも一苦労するだろうに、よくあんなものを手に入れられたものだ。

 ヒビキが街中に入ってすぐの路地に入ったかと思えば一瞬で着替えて姿を現す。いつものちょっとえっちぃ感じのミニスカートなメイドだがへそ出しはやめたらしく、少しフォーマルさが増している。それでもミニスカートな時点で割と目の毒だが。

 

「しかし、頑張ったなお前……ただのメイド服にこんなに……」

「んふふ~そうでしょ? でも実は中身はただの聖遺物級なんだよね……本当は神器級にする予定だったんだけどお金が……」

「世知辛い事情だな」

 

 とはいえ見た目はそこそこに重要だ。ゲーム内でなら釘バットだのふんどしだのとネタ装備を作ることもできたが、ここでそれを使うのはアウトだ。基本的に西洋文化が中心になっているらしいことから見た目にも気を遣う必要があるとみるべきだ。

 現状の装備は普通のシャツとズボンの上に革鎧を着込み、その上に胸や腹、関節部など部分的にフリューテッドアーマーの部品を組み込んだ装備だ。ローブを上から纏ったその見た目はさながら遍歴騎士と言うべき様相で、これなら違和感はないだろう。

 ただ後ろに控えているのがメイドというのが目を引くだろうことは間違いない。だがヒビキの安全に寄与する装備なのだから、外せとも言い出しにくいあたり悩ましいものだ。

 

「ええと……ここだな?」

「……ユウくん、読めるの?」

「<言語解読>のスキルでどうにかな」

 

 ツヴァイヘンダーをアイテムボックスに放り込んでから中世の街並みが続くエ・ペスペルを散策していくと、見たことも無い文字の羅列が並ぶ看板の上にルビが振られるように“エ・ペスペル冒険者組合”と書かれているのが目に留まった。便利なのは便利だが、言語が違うのに会話は通じているのはどういう仕組みだ? 

 兎にも角にも入らないことには始まらない。稼ぎを得るためには働かなければいけないのと同じだ。

 

「じゃ、いこっか! ユウくん、組合に入ってまでお堅い喋り方しないでよ?」

「わかってるさ」

「村の人たちだってちょっと萎縮しちゃうんだからね? 特に受付が女の子だったら、そう、気さくな感じで……」

「善処するって」

 

 そこそこ立派な三階建ての建物、その両開きの扉は開かれたままになっていて受付らしいカウンターと待ち構える受付嬢が目に留まる。

 

「失礼、ここはエ・ペスペル冒険者組合で間違いないかな?」

「……は、はいっ! 当施設はエ・ペスペル冒険者組合でしゅ!」

 

 受付で作業していた受付嬢に声をかけたところ、急に椅子から立ち上がって緊張した様子で答えが返ってきた。というか噛んでたし。

 

「あ、あのっ、ほ、本日はどのようなご用件でしゅか!?」

 

 ほんとよく噛むなこの子。長い赤毛の髪まで揺れるほど緊張しているようだが、これで受付が務まるのだろうか。

 よく見てみるとそう背丈があるわけではないらしい。踏み台をカウンターに置いてあるらしく、おそらくその段差を降りればヒビキと同年代くらいの背丈だろうか。年若い少女の持つ初々しさ、気恥ずかしさが出ているのが丸わかりだ。

 

「実は──」

「私たち冒険者登録に来たんですけど、手続きは可能でしょうか? ユウくん……怖がらせないでって言ったよね? 

 それと、組合の責任者さんにこちらを渡すようにと預かっています」

「ひっ、しっ、失礼しました! 冒険者登録ですね! 登録は随時受け付けております! まずは書簡の方から拝見させていただきます!」

 

 ヒビキの笑顔がやけに怖い。言葉遣いまで変わってやがる。笑顔なのに俺の背筋に氷が突っ込まれたような嫌な感じがしているのだが、気のせいだろうか。

 

「これは……少々お待ちください」

 

 しかし手紙を受け取って中身を検めるや否や、彼女はすぐに受付を離れて背後の廊下へと入っていき、最奥にある扉を叩いて入室した。

 受付嬢の姿が見えなくなってちらりとヒビキを見るとむーっと膨れた様子でこちらをにらみ返してくる。

 

「……なんなんだ?」

「もー、また堅苦しい言い方して怖がらせて……」

「そ、そうか? 別に普通に喋ってただろ……?」

「……“失礼”じゃなくて“すみません”って言えばもっと良くなったのに」

「それでもあそこまで緊張されると思わなかったんだけどな」

「まあ、それはボクも思ったけど……それでもユウくんはもうちょっと言葉遣いを柔らかくしようね?」

「……すまん、気を付けるよ」

「そうそう、それくらいの感じのほうがいいよ。それにボクの大切なヒトが怖い人だって思われるのはヤダもん。ユウくんはちょっとお堅いけど優しくて頼りがいのある人なんだから、ボクとしてはやっぱり笑顔のほうがカッコよくて好きだなぁ」

 

 八重歯をちょっとだけ覗かせるようにヒビキが屈託のない笑みを浮かべる。まずい、こんなに真正面からそういうことを言われるのは慣れないんだ。俺なんて軍人として戦い、時に命を奪ってきたし奪われるのを見てきた人間だ。人知れず戦うばかりで誰かから賞賛を受けたことなんて数えるくらいしかない。

 

「お待たせしました。奥の部屋へどうぞ。組合長からお話があるそうです」

「ヒビキ、変な妄想を垂れ流さないでくれよ。偉いさんと話すのは俺のほうが慣れてるんだから」

「…………じゃあ静かにしとく」

 

 先ほどの受付嬢が戻ってきて俺たちに言った言葉は先ほどの動揺ぶりがウソのように真剣なものだ。

 言われるがままに奥の部屋へ案内されるとそこには来賓者を迎えるテーブルと椅子が中央にあり、少し窓側には立派なゴシック様式の執務机があり、そこには白髪の混じった髭を蓄え、頭を短髪で揃えた筋骨隆々の男が椅子に座って羊皮紙にペンを走らせていた。

 

「ようこそ、エ・ペスペル冒険者組合へ。私が当組合の長を務めております、エルランド・ルーベンソンです」

「初めまして、ルイス・ローデンバッハだ。グリプスホルム村にて世話になっている」

「ヒビキです。初めまして」

 

 書類の重なる執務机の簡素な椅子から腰を上げた組合長からごつごつとした右手が差し出される。すぐにこちらも右手を差し出して握手を交わし、続いてヒビキもその小さな手で彼の手を取った。

 

「ではお二方ともどうぞ掛けてください。アリシア君、お茶を頼めるかね」

「承知致しました。ルイス様、ローブをお預かり致します」

「ありがとう」

 

 身に着けていたローブを外して来賓者用の椅子に腰を下ろすと、エルランド氏も俺に対面する席へつく。じろ、と彼の視線が俺の全身を見るように走ったもののすぐに俺のほうに向きなおった。

 

「ふむ……致命になりうる部分と関節部だけを覆う軽鎧、ベルトは飛び道具に手投げナイフを収め、武器はショートソードとやや大振りのダガー。身軽さ……機動性を重視した装備のようですな。細かい所作にも隙が無い。なるほど、ビョルン先輩の言う通り手練れのようで」

「そちらこそ。未だ現役なのではと思うような鋭い気配が感じられる」

「ふふ、これほどの実力者が来ることは稀でして。少し昂ぶってしまいましたな。そちらのお嬢さんは従者ですかな?」

「いや、従妹だ。メイドのような恰好はしているが、このメイド服自体がマジックアイテムになっている。そのお陰で毒や呪いといった人に害となるものに滅法強いらしい」

「ほう、そのようなものが。未知のダンジョンや遺跡では時折そのようなアイテムが見つかるという話は聞きますが、そのような類の出自なのでしょうか?」

「いや、何らかの魔法の研究中に偶然生み出された産物だそうだ。ま……故国が滅びたせいで最早再現は無理だろうがね」

「これは……失礼いたしました。お辛い記憶を呼び起こしてしまいましたな」

 

 まあ出まかせと言えば出まかせではあるのだが、ユグドラシルが無い以上同じものを作ることができないのは間違いない。ウソと真実の割合を見極めればそれっぽい話も通用するわけだ。

 

「お茶をどうぞ」

「ありがとう。ええと──」

「これは申し遅れました。私は受付を担当しております、アリシアと申します」

「ありがとう、アリシアさん。それと先ほどは怖がらせてしまったようで、すみません」

「いえ……私昔からちょっとあがり症なところがあって……こちらこそ見苦しいところを見せしてしまいました。私のことはアリシアと呼んでいただいて結構ですよ。あ、ヒビキちゃん、お菓子もどうぞ」

「おおー! 見たことないお菓子だよユウくん!」

「ハロングロットルというものです。ラズベリーのジャムを使ったクッキーみたいなお菓子です」

「んん~! おいしいっ!」

 

 女の子が甘いものに目が無いのはどこの国でも変わらないらしい。一つ手に取って口に入れてみると、ラズベリーの甘酸っぱさと柔らかなクッキー生地の組み合わせが素晴らしい。これはお茶菓子に最適だろう。

 

「さて、本題と参りましょう。私の先輩、ビョルン・ベントソンからの書簡のほうを拝見致しました。彼には私が駆け出しであったころに世話になりました。今回は村が危機にあるということで、食料の移送や融通、護衛の冒険者の派遣に関する依頼書のほうは確かに受領したとお伝えください。

 それともう一つ書簡が同封されていたのですが、ルイス殿とヒビキさんは冒険者志望ということで相違ないですかな」

「無論だ。俺もヒビキもそこそこには腕が立つ。村には世話になっているので、このまま見過ごすというのも後味が悪い。なれば少しでも稼ぎ手が必要であろうと思い、ここで冒険者として稼ぎ、村へ送る食料などを買い付けようと思っている」

「フム……規定がありますので銅級(カッパー)からとなるのは避けられませんが、先輩の言葉通り野盗を無傷で捕えるなど実力があることは確かだとわかります。少々難度の高い依頼(クエスト)でも受けられるように昇格は早めに行えるように融通致します。昇格試験の内容は手抜きどころか割り増しですが」

「まあ、そうでしょう。手抜きのせいで人死にが出たのでは本末転倒だ」

「その通りで。書簡にありました通り元軍人というのもあって荒事には慣れておられる様子。モンスター相手の討伐や護衛任務などであれば前職の経験も生かせるでしょう」

「元よりそのつもりだ。自身の経験が多くの人々にとって役立つのなら、使わない道理はない」

「承知致しました。それではアリシアくん」

「はい」

「君が担当だ。誠心誠意、彼らのサポートをするように」

「──えぇっ!? 組合長! わっ、私まだ担当の経験なんて無いですよ!? 大事な案件なんですから他のベテランの方のほうがずっと……」

「だからこそだ。現在の担当たちは他の冒険者を複数受け持っているため、ルイス殿たちにつきっきりでサポートすることができない。キミが彼らの専任としてサポートについて経験を積むんだ。それにキミだっていつまでも新人のままでは居られないぞ。そろそろ担当する冒険者チームの一つくらいは持つべきだし、それができるだけのものも持っていると思っているよ」

「……わかりました」

 

 なるほど、まだ仕事を始めたばかりの新人だったのか。道理で緊張していたわけだ。銅級(カッパー)という最低ランクというのもあって仕事の内容は高位の冒険者より危険度が低いだろうし、前職が軍人というある程度実力が既に備わっている人物だから少々の荒事は問題なくこなせる……組合長は俺たちをそう見ているわけだ。

 彼女が初めて担当を受け持つ等級として最低ランクである銅級は最適であるだろうし、組合長としては俺たちで経験を積ませていこうという腹積もりなのだろう。しかも元とはいえ白金(プラチナ)級の冒険者から推薦を受けている俺たちがそこそこの冒険者に匹敵する実力があると見抜いた上で彼女を割り当てたのだから、彼女の実務能力も買っていると見ていい。

 

「さて、これからよろしく頼むよ。アリシアさん」

「よろしくね、アリシアちゃん。仲良くやっていこうね(色目使ったらコロス)!」

「ひぃっ!? よ、よろしくお願いしますぅ……」

 

 ようやく冒険者家業がスタートできそうだ。しかし一か月のうちにどれだけ稼げるか……正直言ってかなり厳しいと言わざるを得ない。依頼が無ければ意味が無いし、元手になる資金も確保しなければいけない。後で不用品を買い取ってもらうつもりだが、果たしてどれだけの金額になるか。

 俺たちが不用品を売って金に換えて食料の買い付けを行ってもいいが、俺たちが村を出た後に稼ぎ手が居ないという状況になるのは避けておくべきだ。彼らにも自力で稼ぐ手段を模索してもらわなければ。俺たちの手を借りることなく自立できてようやく村が立ち直れたと言えるものなのだ。

 

「じゃ、すぐに登録といこう」

「はい! すぐに書類を用意致しますね!」

 

 何はともあれやってみせよう。基本はPMCと何ら変わりないのだからいくらか気楽だ。依頼を受けて遂行し、成功すれば報酬がもらえる。であれば、いつも通りに仕事をするだけだ。

 

 

 

 

 今日も相変わらずな一日が始まった。冒険者組合を紹介してもらって仕事を始めて早半年となる、いつもの見慣れた組合の受付カウンターでの業務はいつも通りの平凡な時間が過ぎていった。

 報酬の割合で揉める冒険者。依頼(クエスト)の内容で揉める冒険者。どちらが受けるかで揉める冒険者。騒ぐようなら叩き出すぞと怒る組合長。いつも通りの変わらない、当たり前に過ぎていく日常。お昼を過ぎて昼食を終え、午前中の業務を先輩から引き継いで受付の一番目立つ場所──新規登録者受付の席に座った。

 

 今日も変わらず一日が過ぎていく。そう思っていた。……黄金の髪と赤い瞳の一人の旅の騎士と、このあたりでは珍しい黒髪の年若い──私と同じ年ごろのような──メイドが現れるまでは。

 

「以上が冒険者の規約に関するものです。ここまでで他に質問はございますか?」

「わかりやすいし、細かい複雑なところにも範例を用いて解説してくれて助かった。キミが組合長から期待されているだけのことはあるよ」

「そ、そんな、買い被りすぎですよ。私なんてまだまだ新米ですから!」

 

 結論から言って、私のこれからの日常に新しい業務が増えた。組合長への手紙を持ってきたらしい彼は冒険者志望だったらしく、組合長の旧友の推薦を受けているらしい。しかもその旧友というのが数十年前にエ・ペスペルで活躍した白金(プラチナ)級の冒険者チーム“グリュプス”の元リーダーだと聞いたときには腰が抜けそうだった。

 グリュプス、と言えば有名なものだ。曰く“エ・ペスペルの西にある森で行われていた邪教の儀式をぶっ壊した”とか、曰く“アベリオン丘陵手前の湖で水棲モンスターを相手に互角に戦った”とか、曰く“20を超える人食い大鬼(オーガ)の集団をたった4人で殲滅した”など話題に事欠かない。

 ついでに“娼館で誰がどの女を抱くかで殴りあった”とか、“お手製の燻製肉を勝手に食われて殴り合いになった”とか、“カッツェ平野で奇声を上げて呪文を唱えながらアンデッド退治をしていた”とかそちらの意味でも話題が多い。

 

 そんなチームからの推薦と聞いて胃が少し痛んだけれどそれは杞憂で済み、それどころか彼は実に素晴らしい人柄だとわかった。登録に際しての規約の説明をしていて思ったことだが、話は真剣に聞いてくれるし、わからない部分は質問してくれたし、なんと紙──それも羊皮紙ではなく手漉き紙!──にメモをとってくれるほどの優等生だった。

 冒険者といっても元から戦う力がある人ばかりではなく、食い詰めて冒険者になったりする人が多いため“そんなこといいから依頼(クエスト)だ!”みたいな人も多い。

 そうでなくても字が書ける、読める人はそう多いわけではないので、ちゃんと理解させるまでにはそこそこの時間がかかるもの。だけどルイスさんとその従妹のヒビキちゃんはちゃんとした教育を受けたことのある人だったらしく、ものの2時間程度で事が済んだ。

 

 ただ意外だったのは二人して“字が書けない”という点だった。なんでも二人は故国を滅ぼされて流浪の身となったらしく、ヒビキちゃんは十分な教育を受けられなかったらしい。それでも冒険者の仕組みや規約などでわからない部分があっても、少しの助言で理解できたのだから十分な知性がある。

 ルイスさんは教育こそ受けていたものの、王国で使われる言語と形態が違うということで筆記ができないそうだ。母国語なら扱えるのに、と愚痴を零した様子はどこか郷愁を帯びたような表情で、窓の外へ視線を向けたその横顔に不覚にもドキッとした。

 

「やっと終わったー。あーあ、肩が凝っちゃうよ。ユウくん肩揉んで~」

「仕方ないな……ほらちゃんと座ってろ」

「はぁ~……そう、そこ……あっ! んぁっ! すっ、すごいっ……イ、クッ……!

「気色悪い声出すんじゃない」

「いいぃっっっ! ちょっ、まっ、痛いってば!」

「痛いのは効いてる証拠だ」

 

 まるで年の離れた兄妹のよう。距離感は近いけど別にやましいものがあるわけではなく、ただ純粋に家族としてのスキンシップらしい。

 そこに狙いすましたように割り込んでくる影。折れた直剣を打ち直した短剣を持った、革鎧を着こんだ男。短く刈り揃えた茶髪の図体のでかい大男がルイスさんの前に来て言う。

 

「よう、お二人さん……新人かい?」

 

 あのニヤニヤとした顔、それに私やヒビキちゃんを見るねっとりとした舐めまわすような視線、いつ見ても気に入らない。気に入らない新人をいびって辞めさせたり、美人と見るや自分のものにしようとするクソッタレめ。それに受付をしていた私の先輩をデートだとか言って無理矢理に連れ出して…………なんでこんなヤツが冒険者なんてやっているんだか! 

 

「俺ァ、ディックってんだ。ランクは(ゴールド)級だ、よろしく頼むぜぇ、同業者サン」

「自己紹介痛み入る。ルイス・ローデンバッハだ。よろしく頼む」

 

 ヒビキちゃんを庇うようにルイスさんが前に出る。図々しくディックが差し出した手にルイスさんも手を差し出して──

 

「ふんっ!」

「ルイスさん!?」

 

 ディックに軽く引っ張られるようにルイスさんの身体が宙を舞う。ローブが外れ、ルイスさんがギルドの壁に叩きつけられ──

 

「阿呆め」

 

 ぞわり、と私の耳に底冷えするような声が走った。激突する──その瞬間にルイスさんの身体がくるりと一回転、地面にしゃがみこむような姿勢で()()張り付いた。右手で石壁の隙間に指を差し込んで、たったそれだけで自身にかかる体重を支えているのだ。騎士なんてものじゃない、まるで軽業師やレンジャーのような身軽さだ。

 赤い瞳が妖しく光を映す。まさに今の彼は敵を認識して獣を仕留めんとする狩人だ。脳裏に浮かぶ最悪な光景……そのまま彼がディックを殺してしまうのではないかという懸念が私の中で警鐘を鳴らす。

 

「ユウくん! ストップ!」

「……ま、そうだな。初日から組合の床を汚すわけにもいかないしな」

「へっ、どうしたよぉ~怖気づい──」

「お前、ちょっと黙ってろ」

「──!? ふっ、んぐっ! ふんぐっぐっ!」

 

 ガチン、と音が聞こえたかと思えばディックの口が閉じられた。うめき声のように声が出るだけで、上あごと下あごが縫い付けられたように微動だにしていない。この人、一体何をやったの? 

 

「さて、冒険者プレートとやらはそろそろかな?」

「……あ、はい……多分そろそろ……」

 

 軽く壁から飛び降りたルイスさんが何事もなかったかのように私に喋りかけてくる。強い人だと思っていたけど、想像した以上の強さだ。おそらくあのクソッタレのディックなんかより、よっぽど上の実力がある。

 

「待たせたな。できたぞ」

「組合長、それが俺たちの?」

「そうだ。これを以って二人はエ・ペスペル冒険者組合所属の(カッパー)級冒険者となる。チーム名は決まっているか?」

「……名に恥じぬよう精進しよう。チーム名は……少々待ってくれ。戦事(いくさごと)に縁起のいいものを考える」

「フ、軍人気質は抜けないようで」

「生憎と性分でな」

 

 銅級のプレートを受け取った二人は思い思いの場所にそのプレートを身につけた。ルイスさんは革鎧のベルトに、ヒビキちゃんはフリフリのメイド服の左胸につけようとしているがどうにも苦戦している。

 

「ほら、着けてやるから動くな」

「うん…………どう? 変じゃない?」

「大差ないから大丈夫だろ」

「……それってどーいう意味なのかなぁ?」

「さてな」

 

 ヒビキちゃんはやはり見栄えが第一らしく、しきりにプレートと自身の衣装の組み合わせに違和感が無いか確かめるように落ち着きが無い。

 

「さて、ディック」

「──!? ────!!!」

「また新人いびりをしようとしていたな? 次は放逐もありうると宣告したはずだ。にもかかわらずコレとは……どうやら再教育が必要なようだな? えぇ?

 

 組合長の怒気が膨れ上がる。既にパツパツだった上衣のシャツが筋肉の隆起で破れ、ガチガチの筋肉に浮かんだ血管の生々しさと相まって更に威圧感を増していく。元々ディックよりも大柄な組合長がさらに大きく見える、というより物理的に大きくなっているのだから気圧されるのは当然だ。

 

「ではルイス殿、私はこのバカを再教育してきます。依頼の受領はアリシアが行いますので、彼女に紹介してもらうとよいでしょう」

「懇切丁寧な対応に感謝する。ヒビキ、初クエストだぞ」

「オッケー! アリシア、実入りのいいやつ選んでよね」

「あ、はい。こっちにどうぞ」

 

 テーブルに座って現在張り出されている依頼の中で銅級のものをピックアップしていく。とはいえ銅級は一番簡単なものなので大したものはない。エ・ペスペル市街であれば城砦周辺のパトロールや街道の巡回など、遭遇する可能性のあるモンスターも低難度のはぐれのゴブリンやウルフ系の魔獣それと稀に現れるスケルトンやゾンビ、グール程度だ。

 

「むぅー……討伐系は無いの? ボクたちならちょっと強いくらいのモンスターは余裕だよ?」

「ランクがランクなので、受けられるのはこれくらいしかないんです。でも街道警備はエ・ペスペルの商人組合から定期的に依頼されるので、こう見えて銅級でも貢献度の高い重要な仕事なんですよ」

「ま、駆け出しならこんなもんだろうさ。俺たちはどうあがいても(カッパー)級でしかないんだ。例え元白金(プラチナ)級の推薦があろうと、初対面の人間であることには変わりない。

 俺の軍時代も最初は訓練と見回り、警備任務がほとんどだったさ。実績も信頼もないのにいきなり討伐系の依頼や要人や隊商の護衛なんてものは回されないもんだ。ま、依頼を完璧に、かつ回数をこなさなきゃ昇格なんぞあり得ん」

 

 やっぱりルイスさんはよくわかっている。推薦があろうが国王の紹介だろうが、その人の人柄を知りもせずに高ランクにいきなり据えたりしたら冒険者組合は非難囂囂(ひなんごうごう)だ。そりゃあ突然現れて自分たちが苦労して上り詰めた階級をサクッと飛ばして胡坐をかかれたのではたまったものではない。

 アダマンタイト級やオリハルコン級、ミスリル級には自分たちが高位の冒険者になったことを自身が偉くなったかのように勘違いして傲慢な態度を取り始める者も居たという。あのディックのようなヤツが最たる例だ。

 高位の冒険者は強力なモンスターにも立ち向かう勇気を持った勇敢な人たちだ。モンスターや敵対的な亜人種、異形種から人々を守ると同時に、戦う力を持たない人々にとっての希望とも言えるものなのだ。そんな人たちが守るべき民草に対して横暴を振るうようなことは絶対にあってはいけない。

 

「ヒビキ、ひとまず俺たちはコツコツと積み上げていくことから始めよう」

「……初っ端から問題起こしかけたユウくんがそれを言うの?」

「可愛い妹分に手を出しそうなヤツに加減はいらん。で、その街道周辺のパトロールってのはどういう内容なんだ?」

「ええと、こちらはエ・ペスペルからエ・ランテルへの街道を往復して、隊商(キャラバン)や旅人を襲うモンスター、野生動物などが居ないかを調査する任務です。周辺の森林などは高位の冒険者さんたちが定期的に討伐を行っているので、群れからはぐれたモンスターや獣が街道へ出没することが稀にあります。

 そこでモンスターが街道沿いに現れた痕跡が無いかを我々が調査し、最終的にはエ・ペスペルの衛兵がその資料を基に街道を利用する人々へ注意を促すんです」

「そして隊商や旅人に注意喚起すると同時に、冒険者組合で街道での護衛依頼を出すようにオススメして受け付ける。よくできてるじゃないか。商人組合も冒険者組合もエ・ペスペルの行政府も、いずれにも利点のあるいい協力関係だ。まあ、商人組合には裏などお見通しだろうが護衛が必要なのには変わりないしな。

 ともあれ商人個人からすれば、街道から脅威が消えるということは護衛を長期間雇う手間賃が必要なくなるし、雇ったとしても少人数で解決する。組合が依頼を出してくれるから自分の懐へのダメージが少なく、それでいて街道の安全を高めることができるんだから小さな商店は助かるだろうな。

 商人組合としても所属する商人からの共同出資で依頼を出すわけだから資金繰りにあまり影響を及ぼさず、継続的に依頼を出し続けられるだろう。

 それに比較的安全が確保された街道の定期的な調査依頼を出すだけなら、報酬が安くても仕事が欲しい(カッパー)級の駆け出し冒険者に勧めればいい。安上りで済むし、駆け出しの下積みにもなるだろう。

 そして安く上がった経費の余剰分を時折使って(アイアン)級や(シルバー)級の冒険者に街道に近い雑木林や森のモンスター討伐を依頼し間引きを行ってもらう。ああ、実にうまく手を組んでる」

「……このくらいはお見通しですか」

「ついでに言えば冒険者組合としても、近場の街道付近に高ランクの冒険者を頻繁に駆り出す必要がなくなるからエ・ペスペル領内の遠隔地にも高ランク冒険者を派遣しやすくなる。使える戦力が街道付近にずっと張り付く必要性がなくなる分、より広域に手を伸ばしやすくなるわけだ。そして領内の兵士たちは彼ら冒険者の調査資料などを基に野盗退治や巡回に出ることで無駄な支出を抑えることができる。

 そうして村とエ・ペスペルを繋ぐ街道の安全が確保できれば、商人が扱える品物も増えるし、村は商人が落としていくカネで潤う。結果的にエ・ペスペル領の多くの地域に経済効果が波及する仕組みなわけか。

 まず商人が潤う。次に冒険者組合は活動領域を広げることができるし、冒険者の育成が堅実に行えて、何より依頼達成の実績が出来上がる。その結果、エ・ペスペルの領民は安全に領内を行き来しやすくなる。商取引が増えることで村にある物資や商品がエ・ペスペルに集積されることになり、最終的に他の都市や諸外国との取引に結び付けばリ・エスティーゼ王都とエ・レエブル、リ・ロベル、エ・ランテルを結ぶ中間集積地としてエ・ペスペル全体が潤うことになる。……というのが俺の私見なんだけどどうだろうな。

 エ・ペスペルの領主は街道の重要性と経済の発展が齎す影響をよく理解している人物だろうな」

 

 ……すごい……たった一つの依頼表と依頼主だけでこうまで推測ができてしまうなんて。最後のほうなんてもう政治の話だ。領内の経済にまで考えが及ぶなんて……やっぱりこの人は只者じゃない。

 

「あー、うー」

 

 対してヒビキちゃんは頭から煙を吹きそうな感じで依頼表を前に目を回している。私と同じ年ごろだし、いろいろと勉強させてもらってきた私でも考えが追い付かないんだから無理もない話だ。

 

「要するに、安全が確保されれば領民全員オールハッピーってことだ。実際はまだまだ手が届いてないのが現状のようだがな。おそらく政策としてコレが打ち出されたのはそう古い時代の話ではないんだろうさ」

「あぅ、うん、細かいところはわかんないけど、そこはわかった!」

「交易が盛んなエ・ランテルに続く街道ですから巡回の兵士も居ますので、早々モンスターに出くわすこともないでしょうけど油断は禁物です」

「しかし調査ということだが、具体的にどういうものを調査するんだ? こう、痕跡とか?」

「概ねルイスさんの想像通りかと。調べるのは主にモンスターが街道に出没した痕跡ですので、足跡や体毛など、もしあれば糞便なども詳細を調べて報告してください。遺骸があれば詳細を調べておいてください。強力なモンスターが現れる可能性があるので、すぐに高ランクの冒険者を派遣して周辺を調査します」

「うぇぇ……モンスターのフンなんて調べるの……?」

「ガマンしろヒビキ。腐乱死体を扱うのに比べりゃまだマシだ」

 

 どういう仕事してたんだろうこの人。腐乱死体を扱うって……彼の居た場所ではゾンビ狩りも軍の仕事だったのだろうか。それとも戦死者の回収? これだけのことを読める人が最前線で戦う一介の軍人で終わるようには見えないんだけど。

 

「まずはこの依頼を受けよう。いつ出発する?」

「受領から二日以内にはお願いします。この依頼はエ・ランテルの冒険者組合にも話を通してありますので、往路を終えたらあちらの担当か受付で報告を行ってエ・ランテル冒険者組合の組合長からサインをもらってきてください。

 復路での調査を終えましたらこちらで報告し、私か他の担当がサインをしますので、それを以って任務は終了となります。

 歩きで往復して6日はかかる仕事ですので食料などは必要な分をこちらで用意します。これらはエ・ペスペルとエ・ランテル双方の冒険者組合で負担していますのでお代は必要ありません。必ず正門の兵士詰め所横の資材倉庫で受け取ってから出発してくださいね。

でも、タダだからって飲み食いせずに計画的に使ってください。いいですね?

「食事付きとは豪勢だ。ヒビキが食べ過ぎないよう見張っておくよ」

「──あ、それともう一点重要なことが!」

「むぁー、まだあるのー?」

「もうちょっとだから辛抱しなさい」

 

 ぐでーっと机に突っ伏したヒビキちゃんがルイスさんに襟を掴まれて引き起こされる。こうして見ると保護者と子どものようでもあり、微笑ましい気分になる。

 

「今回、ルイスさんとヒビキちゃんは初の依頼ということですので、こちらから先任の冒険者をサポートにつけます。現場のことは現場の人に聞くのが一番です。ええと、今手が空いてる人だと……つい先日(アイアン)級に上がったばかりですけど、確かな実力と信用のある人をサポートにつけますね。わからないことがあれば聞いてみてください」

「了解した。後ほど準備を済ませ、明日の明け方に出る」

「わかりました。先方にはこちらから日の出ごろに正門前で合流するように伝えておきますので、正門前で到着をお待ちください」

 

 ルイスさんとヒビキちゃんが椅子から立ち上がって組合を後にするのを眺める。振り返ってこちらに笑顔で手を振ったヒビキちゃんに手を振り返すとヒビキちゃんは太陽のような笑顔を振りまいて、すぐにルイスさんと手を繋いで楽しそうにおしゃべりしながら去っていく。

 

「ふぅっ……」

 

 本当にすごい人たちだった。正直途中で伝え忘れたことや間違った説明をしていないか気が気でなかった。理性的でありながら自分の力を過信せず、きっちりと説明を受けている間は静かなものだったけど、ずっとこちらが観察されているような気分だった。

 

「へぇ、アリシアやるじゃん。あんなに賢い冒険者そうは居ないわよ。ああいう人に面と向かって堂々と説明できるなんてスゴイじゃない」

「せ、先輩」

「そうそう。話はしっかり聞いてくれて、頭も切れる。そして何よりカッコイイ! イケメン! 旅の剣士みたいな感じだけどぉ、孤高の剣士って感じの少しかけ離れた存在感があるところとか最高! それにあの妹さんみたいな子に態度を注意してたけど、“仕方ないなぁ”って少し笑った感じですっごいキュンッてしちゃうわよね! 

 アリシアもドキッとしたんでしょ? でしょでしょ~!? 説明してるときとかすっごい張り切っちゃって~!」

「ア、アンネまでっ! そっ、そんなこと、ないんだから……からかわないでよ!」

「正直羨ましいわ……私もあの人みたいな落ち着いた知性的な人を担当できたら……いつかは付き合ったり結婚とか考えたりもしたんだろうなぁ」

 

 結婚…………私とルイスさんが……えへへへ……! きっと朝になって目が覚めたら“おはよう”って言いながら温かい紅茶を淹れてくれたり、長期の仕事に出る前や夜眠る前なんかはほっぺにキスしてくれたりとか……! 

 

「ふへぇ……」

「いいわよねぇ……理想的な旦那さんよねぇ……」

「私にもそんな風に愛せる人ができればなぁ……」

 

 ────アリシア・フランソン、がんばります! 


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