ヒロコには両親がいた。私は、あの血を血で洗う掃き溜めでチャンピオンになったとき、彼女がやってきてから世俗というものを刮目した。辛酸を舐めさせられる気持ちで、センターを後にした記憶が脳を灼く。
胸の内の、……そう、喫水線とでも云えようものを、母なる大海に沈めたかった。私は、ある種両親を持たない。
『さらば 我が最高の作品プロトタイプ・1 よ……』
褪せるほどの古い記憶もない。
『ほほほほほほ! 若い者は よいのお』
役割の完遂を能率化するために、私という個が産まれた。人造救世主、耳障りを良くすれば歯車と言ってしまえる。
『死ね! 出来そこないの救世主よ!』
事実、私は特別な苦労をしたように思えない。ただ、他者の目にうつる私は、
「──アレフ! 会話が通用する相手じゃないわ」
「そのようだ!」
「グウッ」
魔法もなく、特技もなく。だから剣を手に取っているだけなのに。
『それでも人間か? なんという強さ 手加減どころではなかったぞ……』
『……おまえが ミカエルを倒した者だったか』
『この太元帥明王アタバク たかが 人間と その使い魔どもに…… 敗れようとは……』
『……逆に 私が殺されるとはな……少々見くびりすぎたか……』
露骨なまでに、まだメシアの御膳立てが続いているかのように、下されていった悪魔さえ口を揃えて云う。
……そこに横たわる、どこぞの国旗のような色合いのカラクリも同じように宣うのだ。
「き、みは……ただの人間とは、思えないな」
やはり──ああ、こんなマシンにまで、バケモノ扱いか。
*
胴体と首が分離する未来を視たのは、これで何度目だろうか。私のセンサーは、過剰な情報量に対し本来の役目、感知力を失ったかもしれない。
あの異形の剣もだが、その持ち主たる彼はどの生命体よりも俊敏で、正確にして強力な技量を有している。まさに無比の境地だ。
「ガッ」
各感覚回路を鈍らせ、分析力を獲得すべく頭脳回路に機能を集中させた。奴の動きを、可視光に由来する視力で捉えるのは、酸の雨の粒を数えるようなものだ。
それに、こう何度も腕や脚を斬り落とされては、神経を介して伝わる激痛に耐えられない。現時点での出来事ではなくても、幻肢痛らしき症状が現れる以上、何万回試みるかわからない「作業」において不必要な機能であろう。
しかし、如何に苦痛を排除しても、無用な記憶を削除しても、この数秒間を克服できない。それに付随して、私の意思そのものが悠久の時を忌避しつつあった。
当然だな。この僅かな時間だけで、プロトンが寿命を迎え崩壊するほどの年月が経過してしまっている。
この繰り返されている時間を諦められない私は、ひょっとすると、この私こそが過去の自分が覗いている「未来予知」なのではないだろうか。
「ぐああっ」
私らしくもなく、エラーを吐く論理回路をなだめるも、レーザーガンをかすりもしないバケモノに斬り刻まれる。時折、刎ねられた首が悪い位置に落下し、輪切りになった私の角張った体を視界に入れることもあった。
感情が埋没していく。要塞参謀を蹴り飛ばした時のような激情や正義感、義憤といったものはもうなくなっている。精神も、根はやはり物質である。不変のままなわけはなかった。
*
ウルトラマグナスの四肢を分断し、胴体をも鉄屑に変えたアレフの頭上には、美しい容貌を捨てた大魔王ルシファーと、原初の蛇たる姿を晒したサタンが対峙していた。
「貴様など、思いあがった一匹の悪魔に過ぎん」
メギドラオンが爆ぜ、空気中の酸素を著しく奪いながら、各々は空間すら歪ます、爪先から発せられる衝撃波で凄まじい轟音を響かせる。
その趨勢は、サタンに分があった。禍々しい、故に神霊たる威厳を保つ形のサタンは、その胴でルシファーを雁字搦めにし、締め上げられた大魔王は、さながらアスクレピオスの杖の如し。
「使命を忘れた愚かな堕天使よ──この世界から、去ね」
サタンの呪いの言葉が冷たく浴びせられ、呆気もなく大魔王は不活性マグネタイトと化した。
「……終わったか? エデンがメチャクチャだが」
アレフは、この宇宙を漂う方舟に降臨すべき「神」について考え始めていた。
「終わりではない! ラグエル、貴様もルシファーの軍門に下ったはずだ」
「グ……その名前で呼ぶな、下等生命体どもめ」
レーザーがサタンの腹を貫くのと同時に、サイクロナスはそう吐き捨てた。彼に瞳孔はないが、あるとすれば伏せた顔から上空のサタンを睨みつけていたに違いない。
「フン、この程度で傷つけたつもりか。では、裏切者に『神の裁き』をくれてやろう」
歪のボディに身を包んだサイクロナスのスパークごと、まるで風船を割ってしまうかのように軽く、造作もなく、容易く、触れすらもせず、たった一本の人差し指を向けただけで殺してしまった。
火を見るよりも明らかなサイクロナスの死は、その体色の目覚ましい変化によって説明できる。
「立ったまま動かないと思ったら、どんどん灰色になっていく……」
ヒロコが銃口を向けたまま、先ほどまで生命だった複雑な構造物に接近する。やがてすぐに満足したのか、関心はサタンとアレフのほうへ注がれる。
「サタン、これで」
「ああ」
この瞬間を以って、サタンに与えられた役割は遂げられる。しかし、自らの法を破った「神」への断罪を忘れてはいない。
「我らは、神の御座す次元へと導かれるであろう。……」
もちろんアレフも、サタンの肚裡にそうした企みじみた思想があるのを知っていた。
──よくやった サタンよ
アレフを ともない
我が下へ 来るのだ
*
彼が可能性を視る事ができなくなったのは、突如とした瞬間に訪れた。そしてアレフたちが高次元の層へ移ったのち、超然とした態度の存在をその頭脳で識別した。
「久しい姿をしているじゃないか。あれから二億ステラサイクルは経過しているようだ」
温かく、石に躓いて転んだ少年を励ますみたいな態度を見せられたウルトラマグナスは、そもそも対話らしい対話を百溝年は交わしていなかった上、孤立無援が続いたために反応に困った。
それに、相手の姿が見えないのに、異様に聞き覚えのある声だったのだ。
「……君は、誰だ。生憎だが感覚回路、特に視力はほぼ停止しているんだがね」
「姿など些細なものだ。しかし、この次元座標の特定には苦労した。まさか我々の宇宙がビッグクランチを引き起こしてから、随分時代の下った場所だったなんて」
独り言ちながら、光源のない光を背に白銀の腕が、切り落とされたウルトラマグナスの右手に伸びる。
「──!」
スポーツカーのオートアバターであるオルタニティウルトラマグナスは、オーシャンブルーのマスクを微動させ言葉を紡ぐ。
「これで、伝わったろう。こちらとしても、事情を態々、『自分自身』の口から窺うのも野暮だ」
穏やかな光に包まれながら、相互のウルトラマグナスの経験、記憶、知性、全てが共有された。
「そうか、きみは、私」
共有されたのは、そうしたスパークに蓄積されるものだけではない。
「あの姿のまま、この情報量に晒されていたんだな」
自身と等質の存在がいるという、最上の慰めが今のウルトラマグナスを祝福した。しかし、浮かれてばかりいないのもまた彼だ。
「……そりゃ奇妙だったわけだ。このユニバースが、誰も知らない過去から遥かなる未来に至るまで、悍ましい消費を起こして、不自然に死を迎えようとしていた」
「それがサイクロナス、いや、スカイワープの……」
「皆まで言うな。もう分かっているだろう? 自分の仕事が」
偉大な光に包まれ、一対のロボットは向き合う。破損した方のウルトラマグナスは身体を再構築し、ガンマ線のような輪郭から再びボディを生んだ。その中央には、静謐なスパークを湛えていた。
「そうか……ルシファー、すべて奴の仕業」
「スカイワープの力を恐れ、同時に利用できると考えたのだろう。そして、唯一神に奪われ、ラグエルと化した彼を取り戻すための、君……私だったわけだ。さて、取り組むとしよう」
エントロピーが極限になりつつある宇宙。熱的死を狙い消費を繰り返す「絶対悪」を担わされたのは、ユニクロンも同じであった。
そんな風に類推しながら──二人は高く手を掲げた。
「宇宙を、一つに戻そう」
*
地球歴2005年
「ロディマス司令官、本当に一人で?」
どこか世話焼きな、教訓を好む声が新司令官の耳に浴びせられる。スペースシャトルから、剥き出しになった大地に足をつくロディマスコンボイが、かつての諧謔さを嘘にして答弁する。
「ああ、おそらく何らかの理由で救難信号を出せずにいるに違いない。しかし妙だ、デストロンの攻撃も今までの比じゃない──正面衝突をしても、今のサイバトロンの戦力では不利だ」
「だからといって彼奴らの、あのダイナザウラーとかいうバケモノの懐に単身潜り込むと……」
焦れったくロディマスはチャーの箴言を食い気味に阻止する。
「分かっているよ! 英雄になるだとか、そんなつもりじゃないんだ。潜入捜査を試みるってワケさ。バックアップは頼んだぞ、チャー!」
ビークルモードに変形し、荒野の砂塵を撒き散らしながらロディマスは突き進んだ。
コンボイ司令官の死……私もその謎に着手させてくれ──
「待っていろ、ウルトラマグナス」
胸のマトリクスが騒めくままに、若き未完の司令官が発つ。夕陽が今、燃え上がる未来に。
To be continued in "Transformers: Mystery of Convoy" 2nd round.
やっと終わった……と思いきや?