あなたは殺してはならない。
────出エジプト記 20:13
大いなる意思によって森羅万象が産まれたのだという。我々が存在しているのを根拠にし、その祖なる根本法とも言えよう神秘は全てを下瞰しているのだろう。始まりの余韻のひとつ、数多の宇宙は未だ拡大を収める様子はない。……なかったのだが。
「それで? ルシファーはどこからやってくるのかな」
「宇宙空間を飛んでくるの? なんだか滑稽ね」
「侮るな。貴様らの対峙したあの大魔王ではないのだ。奴はもう、」
救世主と聖母の油断を叱責するかのように釘を刺すのはサイクロナスだった。そう、このサイクロナスの前身──スカイワープこそが、終末の時計を狂わしてしまったのだ。
「……来たか」
予感を口にしたサタンは、同時に「この世界におけるルシファー」とは異なる役割、異なる性格、異なる外見をした魔界の王を目にしていた。
「金色の翼、紫紺の肌、後光……かつて、主を裏切った人間に崇拝された──」
長大なる六枚羽を艶やかに揺らしながら、神々しくエデンに舞い降りるその溢れる「光」。
「哀れなる神の僕どもよ。そして、哀れなる貶められしものよ。このダイマオウ ルシファーが慈悲をもってあの世へ送ってやろう」
冷厳にして秀麗の声が、しんとした空間に透き通る。サタンは今相対しているルシファーが誕生した世界の光景をまざまざと脳裡に思い浮かべている。
「ルシファー『陛下』のお出ましとはな──自ら敗北の機会を得ようとは、愚かな悪魔よ」
「サタン? あいつを知っているのか? まさか、あれがルシファーだとでも?」
緊密な空気を覚り、アレフの手には剣が握られていた。ヒノカグツチを構えたメシアに迷いはなかったが、情報の錯綜に些か困惑している。
「そうだアレフ。奴は別の歴史から出でた、いわば異世界の存在だ」
サタンが言い終わる頃には、ダイマオウの指先から光弾が無数に放たれていた。アレフとヒロコは、聞いたこともないようなその炸裂音に強烈な違和感を抱えながら、持ち前の敏捷さを活用し躱し果せた。命令を待たずに、パールヴァティは補助の態勢に入る。
「今治療を!」
「なんだあの魔法は? 治療が終わったらタルカジャを頼む!」
アレフは言い残して、先ほどの光弾を凌ぐ速度で異世界の堕天使に斬りかかる。しかし、ダイマオウの肌に直接突き立った刃は空を断った。その手応えは、映写機から放たれた映像に触れるかのようだった。
「何ッ」
戦士としての勘が危機を告げたのか、即座にアレフは退こうと床を蹴るも、時すでに遅しであった。
「こやつがここの救世主のようだな。バカめ、貴様らの信ずる物理法則が、我らに通用するとでも?」
そう微笑みながら救世主の首を鷲掴みにし、そのまま肉に指をめり込ませ、ゼロ距離で光弾を発射した。
「ぐ、お……」
「アレフ!! うわぁッ」
左手で周囲に甚大な爆破を起こす光弾を撒き散らしながら、ルシファーの右手はこの世界の救世主を捕え、致命傷を与えている。ヒロコの悲鳴は爆炎に掻き消され、サタンとラグエル、メタトロンは防戦に甘んじていた。
「やはりな──この世界では、こちらからの干渉はままならない」
サイクロナスは敗北への焦りよりも、自身の罪滅ぼしが果たせない可能性が現れた事実について苦心している。その懊悩は、異世界の自分との共感覚を果たしたサタンによって中断された。
「……ラグエルよ。奴がこの空間のどの位相にいるかキャッチしろ。そこに私がメギドラオンを放つ」
「さすれば、私が隙を突いてかの敵に天罰を下そう。サタンよ、ラグエルよ、頼んだぞ」
サタンとメタトロン、二体の大天使がその提案をしたとき、サイクロナスはそれぞれを見下ろしながら、蛇睨みさながらの眼光をダイマオウに向ける。
「承知した」
大天使たちはアレフを然も囮のように扱ったが、彼はこの役割をなんとなく理解していたし、許していた。何故なら、魔法を持たず常に最前線で悪魔を斬り殺し、時に一触即発の交渉を試みたアレフにとって、この程度は窮地の内に入らないからである。それに、救世主という立場を担う者としてのプレッシャーが、不服を言う自身の姿を遠ざけていたのだ。
「……順調だな、それでいい」
そんな天使らの謀を窃視する、また別なる大魔王の影があった。その手に握られたガブリエルの頭髪は、生首ごとぶら下がっていた。
*
ビークルモードのサイバトロンたちが感じたのは、僅かな振動と微細な地鳴りであった。
「やたらと地震が多いな。我々を歓迎しているのかも知れないぞ」
「付近に火山でもあるんだろう。もしかすると、アークが突き刺さってたりするんじゃないか」
ロディマスとスプラングの軽口をよそに、チャーは回路の異常を来たしていた。
「ええいなんだお前たちは! ワシを下ろさんか、このッ」
「ウアアッ!」
チャーはウルトラマグナスに載せられたままロボットモードに移行し、彼を足蹴にし飛び降りる。その様子に目を丸くしたアーシーもすぐさまトランスフォームし、見えない何かに怯えるかのように振舞う仲間に歩み寄る。
「ちょっとどうしたのよチャー! あなた診てもらったほうがいいわイヤァッ!」
「そう言葉巧みにワシを捕えようとしてもムダだぞ! 同胞の姿かたちをしようが騙されんからな! こいつッ」
ブレインサーキットが侵されていたとしても、人格回路カードが改造されていたとしても、熟練の戦士による攻撃はあまりにも能率的で、残酷なまでに的確な狙いが仲間を襲う。
「なっ、おい流石に撃つなんて」
「その格好で言うでない! この化け物め!」
「ば、化け物ぉ? ジイさん仲間割れなんてしてる場合じゃ、」
「くたばらんかこの出来損ないめが!」
驟雨の如くレーザー銃の光線が注がれる。卓越した偏差射撃に各人のセンサーは狂わされた。
「バカになっちまったようだなチャー! そうでなければ、その笑えない冗談を修正してやる!」
胸を射抜かれたアーシーを一瞥して激昂したスプラングは、口汚く老兵に詰め寄り、すぐさま攻撃ヘリコプターからロボットモードに変形し、サーベルとレーザー砲を取り出す。この工程において、スプラングはトランスフォームコグを摩耗する勢いで自分の姿を変えた。その金属がぶつかる音は、威嚇に相違ない。
「よせスプラング! さすがにやりすぎだぞ!」
「そうよ! きっとなにか理由があるんだわ」
「仲間割れはダメダメダメダメそんな事したってしょうがないしょうがないしょうがない」
戦友二人と、かつて彼と誓い合った愛を棄てたウーマンサイバトロンが緑の戦士を制止する。自分の思惑通りにならないスプラングの腸は煮えくり返っていた。
「ったく、お前らまでどうしたってんだ。ていっ!……あぁ、思考回路がショートしそうだぜ」
白い歯を見せ、味方だった傷だらけのロボットを遠慮なく撃つ。
「…………」
──なんだこの用意された三文芝居は。
ウルトラマグナスは静観を貫いていたが、不思議とそんな彼を非難する者がいなかった。それはどこか、そもそもこの場にウルトラマグナスが不在だったかのような態度であった。サイバトロンの副官が嗅ぎつけたこの夢でも見ているみたいな気分に、突然答えが訪れる。
「仲間を殺すなんて見過ごせない! そらっ、やめろっ」
スプラングは羽交い絞めしてくる彼に苛立ちを覚えているようだったが、その騎士道もむなしく散る。
「ロディマスのフリをやめんか! 死ねぇ!」
ホットロディマスの脳天が、塩酸の牙に襲われた。老戦士から放たれた光線は、彼に紛れもない死を与えた。
「ぐわあ、あ、」
「イヤぁ!! ロディマス!!!」
「邪魔をするからだロディマス。オレがなんとかするから引っ込んでろ!!」
「貴様も死にたいか化け物ッ!」
ウルトラマグナスの錯覚とは。その答えは。
「総員に告ぐ総員に告ぐ総員に告ぐこれは啓示これは啓示これは啓示これは啓示、……」
「!」
目を丸くして、オプティックセンサーを働かしたウルトラマグナス。その視界に映っていたものは、荒野で仲間殺しをするトランスフォーマーの姿ではなかった。ただ、自分と似た体色をした情報員の闊達な声だけが、彼の注目を奪った。
「合点がいったよ。皆はなにも狂ってなどいない。これを見ている私もだ。ただ誰かがこれを、私に見せているのだろう。これは体験ではなく、映画のようなものだ。……そうだろう、マトリクスよ」
──マトリクスに累積された記憶が、ウルトラマグナスのメモリーに結合し、不思議な経験を促していたのだ。真実を知った彼に、智慧は更なる試練を与えた。
「!? ここは」
小さなステイシスポッドの中、身動きが取れないのに唐突な高熱が彼を襲う。
「ウ、だ、出してくれ……これは一体……ええい! このッ」
異常に気密性が保たれたこの狭い空間で、眼前に映像が映し出された。
『いや~人助けで死ぬんだから本望だろう? だが残念ながら助かるのは我々だけだ。サイバトロンは一人も助からない。これで貴様との戦いも終わりだ!』
「グウッ! 何者だ……ッ」
紫の肌をした小型のトランスフォーマーが、映像越しに「セリフ」を紡ぐ。嘲るように、ウルトラマグナスを指差しながら。
「『コンボイ』! オマエの負けだ。グハハハハハッ!!!!」
「な、」
やがて、ウルトラマグナスの搭乗するポッドが、禍々しさを帯びた巨大人工衛星に向かって衝突した。彼の体も、意識も、爆発四散し、ウルトラマグナスは──『メガトロン』の名を叫んだ。……まるで、他人の記憶を参考にして、演技でもするかのように。
つづく
ダイマオウのルシファー様は、いわゆる旧2の御方です。後光がまぶしいですし。あと、攻撃がガン相性なので、描写は光弾ってことにしときました。