トランスフォーマー20XX   作:ニョ

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その6 ”Forbidden Fruit ”

主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。

でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」

蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。

それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

 

 

────創世記 3:1-5

 

 

 

 

 

 ウルトラマグナスのボディは、衛星に擬態した殺戮兵器に激突し、アーマーもフレームも、メモリーも各回路も砕け歪んで、焼け焦げて宇宙の塵と化した。そのはずであった。

 

「なんだ、ココは」

 

 視界には何も見えない。それもそうだ、彼にはもう正常に動作するセンサーなどひとつもないのだから。唯一残された、パーソナルコンポーネントの基底たるスパークがウルトラマグナスに意思を与えている。

 

「なんだ、コレは」

 

 青白く迸り球体に燃える『魂』の集合する場所、そこにボディを失ったまま臨んでいたのだ。

 

「私は死んだのか」

 

 深宇宙で孤独に言葉を紡ぐ彼だったが──発声回路もないが──どことなく、セイバートロン星の都市にいるのと心持ちは変わらなかった。活気もなければ、銃声もしないが、ここにいるのはウルトラマグナスただ一人だけではない。

 

「……これも、啓示なのだろうか」

 

 あのポッドで特攻を果たしてから数千万の年月が流れていると、彼は信じて止まなかった。それだけ悠久の時をここで揺蕩っていたのをようやく自覚し、帰らなくては、この事をコンボイ司令官に伝えなくては、と明白な焦りを覚えた。

 

 だが、どう帰るのだろうか? そう気を揉んでいると、気まぐれな青白い光に呑み込まれた。それは宇宙に点在する星々も、スパークの群れも、黒い空間すらも巻き込む。

 

「一体……なんなんだ次から次へと……!」

 

 次にウルトラマグナスが視たのは、仲間が同士討ちをしたあの荒野であった。都市部の建造物の傾き方や並びを見、彼はそこに戻ってこれたのを理解する。

 

 しかし、サイバトロン戦士の姿はなかった。シティコマンダーと、それと……

 

「お目覚めかね。ああ失礼、君を椅子にしてしまっているが」

 

 静謐とも言える紳士服の青年が、仰向けに倒れるウルトラマグナスの胸部に座していた。人間に触れられるのには慣れている、そう思って体を起こさず、首だけ青年のほうに向ける。そうするのが分かっていたかのように、小さい彼と目が合う。

 

「君はこの星……地球の人間か? こんな何もない所で危ないだろう。いや、教えてくれ。今は西暦何年なんだ?」

 

 状況の判断は鋭敏たるものだったが、初対面の異星人を相手に対して少々不躾な問いだったと言える。しかし、澄んだ低い声は快く、もはや嬉しそうに応じる。

 

「『西暦』、か。……そうだな、遥か昔、この世にメシアが生を享けてから二千と、およそ七十年ほどが経過している」

 

「何だと?……そうか」

 

 二十一世紀が終盤に差し掛かっているのか。トランスフォーマーの姿に動じない眼前の金髪に、ウルトラマグナスは動じないでもなかったが、今は些末な違和感に付き合っている場合ではないと断じた。

 

「そうだ、私と似た者たちを見なかったか? ここに、トランスフォーマーが来ていたはずだが」

 

 その違和感とは、西暦を答える青年の全てを知った風な口ぶりであったが、軽視すべきではなかった。

 

「ああ、先ほどまで近くに居たよ。しかし、味方ではないようだったが」

 

「なんだって? デストロンが来ていたのか? ありがとう、よくわかった。私はそろそろ動かなくてはならないが、君はどうする」

 

 都市部に向かえば、何かわかるはずだ。アーシーとスプラングが、まだチャーについて取り沙汰しているかも知れない。ロディマスに緊急の治療が行われているかも知れない。デストロンについても何か情報が掴めるだろう──

 

「君の胸の内を少し覗かせてもらったが」

 

 青年は退かなかった。写真やイラストのように、姿勢を一切崩していない。

 

「胸を」

 

 反射的にウルトラマグナスは復唱し、無意識に青年が座っている側とは逆の胸に手を置く。

 

「この胸の中には、赫々とした峻烈な狂気と、それに囲われるもなお絶えず光を湛える碧玉がある。その混淆する二極に由来したヴィジョンを、君は視たはずだ。違うかね」

 

「なぜ分かるんだ。君は何者だというんだ」

 

 事実を認めるよりも前に、より紳士の背格好をする彼に怪訝な気持ちを募らせる。

 

「順に教えてやろう。そもそも、このツールを通じて私が君にヴィジョンを読み込ませていたのだよ。『回路の霊』とはよく言ったものだ……あれとは出自が異なるようだが。ああ、それと私の名はルイ・サイファー。覚えておいてくれたまえ」

 

「私にマトリクスの映像を見せたと? どうやって!? クソッ、回路が狂ってしまいそうだ」

 

 焦れったくなったウルトラマグナスは、ついに起き上がった。青年はひび割れた地面に、華麗に足をつく。

 

「君はその引き鉄で敵を撃つのは容易だろう? それと一緒さ。私も、その知識と経験の集合体、叡智の結晶……知恵の実とも呼べる代物を操作するのは容易いのさ。同じくらいね」

 

 超然とした雰囲気を醸し、平静に対話を続ける青年に対して、不気味に思わないでもなかった。だが、その不安を揉み消したのは、より大きい不安である。

 

 ……ウルトラマグナスは、右手にブラスターガンが握られたままなのに気づく。

 

「敵を撃つ……私は戦っていたのか」

 

「おや、覚えていないのか? 君の熟達した腕前は中々だったよ。荒ぶる戦いに感心してしまった」

 

 そう機械的に微笑み、美しい相貌をわざとらしく傾げ、拍手をする。不毛の焦土にその音だけが虚しく吸われる。

 

「そこに戦果が転がっているだろう。見事だ」

 

「な、」

 

 驚いた齧歯類のように後方を振り返り、ウルトラマグナスは身を丸めると不安が的中した現実に視界を歪ませる。

 

「チャー、アーシー、スプラング、……ブラー」

 

 様々な色をしていたであろう、焦げた部品があたりに散らばっていた。そこに、デストロンのパーツなどない。

 

「──ロディマス……!」

 

「戦いに身を投じる君の姿は赤く燃えているようだったよ」

 

 冷や水をかけるみたいに、彼の激情にそぐわない声色でルイは感想を述べる。自身の罪と喪失感に慟哭する独りのサイバトロンは、声を震わせて言葉を捻り出す。

 

「赤かった、だと」

 

 ウルトラマグナスには、やはり宇宙ペストが残留していたのだ。その証左と言わんばかりに、破損しきらなかったアーシーの顔が虚ろに彼を見上げていた。

 

 

 

つづく





狂気と智慧、どちらに意思を捧げられるのか。受難は続きます。
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