トランスフォーマー20XX   作:ニョ

7 / 12
その7 ”Temptation of Christ”

「主の霊がわたしの上におられる。

貧しい人に福音を告げ知らせるために、

主がわたしに油を注がれたからである。

主がわたしを遣わされたのは、

捕らわれている人に解放を、

目の見えない人に視力の回復を告げ、

圧迫されている人を自由にし、

主の恵みの年を告げるためである。」

 

 

────ルカによる福音書 4:18,19

 

 

 

 

 

 ミレニアムに追い込まれるように築かれた元東京の荒地はどこまでも広がっていた。コロシアムの初代チャンピオンは、この東京にて時の覇者となり、ミレニアム建設の一端を担ったと、人々は噂している。

 

「この事も報告しなくては」

 

 ウルトラマグナスは背後の残骸を大きな両腕でかき集めながら、そのうちのサイバトロンのエンブレム部とメモリーチップの破片を拾う。その様は実に義務的であり、しかし陶然と映った。

 

「君は高度な技術によって建造されたシャトルに、仲間たちと乗ってきた。この惑星に来た目的は知らないがね。君は覚えていないだろうが、ここへ来たのは不本意ではなかったようだ。君が手にかけた者たちが、まだ喋っていた時にこの時代の地球を復興させようと息巻いていたのを私は見た」

 

「デタラメを言わないでくれるか、ルイ・サイファー。何者かは知らないが、私たちはクインテッサ星人という悪魔によって、この惑星に放り込まれたのさ」

 

「? それで、君の……サイバトロン戦士たちはデストロンに殺されたと言うのかね」

 

「ああ」

 

 ウルトラマグナスは眉目秀麗の彼を信用しなかった。自分の経験こそ、感情こそが全てなのだと疑惑を塗り替えようとしていた。そうしなければ、彼の思考回路は保たれない。自衛のために現実を見ない選択をしているのだ。だから、「何かに陶酔する」必要があった。

 

 いかに自分が不幸で、努力を惜しんでいなくて、苦労をしてきたか。そうした美徳に根差す自己陶酔を反芻する事でしか、立ち直る方法を知らなかった。誰もがそうした防衛機制を持つように──否、厳密に言えば立ち直る方法ですらない。しかし、論理的思考回路を持つトランスフォーマーと銘打たれた彼が、かように放縦した妄想を容易に抱くであろうか。

 

「笑えないが面白いじゃないか。滑稽というものだ。今の君は私を信用していないが、もっと信用すべきでない人物を私は知っているよ」

 

「やれやれ、知った風なセリフを」

 

「それは君自身だ」

 

「貴様──」

 

 向けた銃口はルイの頭部をすっぽりと覆うほどの口径だった。本来ウルトラマグナスほどのサイバトロンが、人間相手に激昂するなどあり得ない、彼を知る者は誰もがそう想像するはずである。

 

 視線すらくれず、ルイ青年は美しく金髪をかき上げる。

 

「無知というのは我が身を殺すものだな」

 

「いや、……それこそが、茶番だと知ったよ。大魔王、ルシファー」

 

 ルイの異名を発音し、それを知り尚彼は戦意を失わない。

 

「おっと、そうだった。君は今やマトリクスとやらの記憶を全てメモリーに焼き付けたのだったな。まさかこのタイミングで気がついたのかね」

 

 ルシファーに図星を突かれ、憤怒と共にブラスターを手に取った刹那、それをきっかけにシティコマンダーの頭脳に著しい変容が発生していたのだ。それこそが、叡智の記憶を共有した感覚である。

 

 ウルトラマグナスは、他者の体験や記憶を齎され昏倒しかけていたが、どうにか堅牢な意思で自律を保ち、目下の大悪魔と対等に話す。

 

「おかしいと思ったよ。私がリーダーの証を持っているわけがないのでね。貴様がユニクロンからマトリクスを盗み出した悪事については褒めてやろうじゃないか。さて、目的を吐いてもらおう」

 

「このルシファーが君の狂気を抑えてやったというのに、態度と言葉くらい択んだらどうかね。……しかし私も君を必要としているのは確かだ。教えてあげよう」

 

 

 

 

 私は救世主と聖母、それに大天使から天罰を下された。神に楯突いたのが災いしてね。だが、それは『この歴史』での話だ。今、君にマトリクスを手渡した張本人たる私とは別の未来の私のね。それで、……そうだな、こうして異なる歴史に干渉するのは不可能なはずだろう。その歴史の観測者、いわば我々は各々の歴史のなかで、宿命論的に存在しているはずだったのだが、どうやら君の関わっている宇宙に相当ないたずら者がいたらしく、その愚行によってこの世の空間という空間に不具合を来たしたようでな。

 

 しかし、不思議ではないかね? 本来君が床に落とすトーストが、バターを塗った面が下になるか否かは半々であるものの、今の宇宙の状態は、その確率が収束しないまま同時に存在している事になる。観測されているのにも関わらずだ。まるで二重スリット実験の……何? 本題はまだかだと? せっかちだな。

 

 とにかくだ、そのいたずら者がこの宇宙をマルチバースにしてしまったのだよ。しかしどうも「上手くいってない」ようでね、私はこの宇宙の多岐に亘る「私」の経験も、記憶も有してしまった。歴史の分断に失敗しているのだろうか。

 

 その影響で、この世界の根源、宇宙意思とやらが生んだ混沌の側面──ユニクロンと謂われる「異世界の私」を知った。彼は叡智を恐れ、それを君らの種族から奪ったようだが、結局その後奪い返されるのも私は視えた。だから、私が頂戴したのだよ。もちろん、私が最も憎む唯一神──宇宙意思が生んだ秩序の側面に矢を引くためさ。このマトリクス、という禁断の果実にはエクストロピーが凝縮されていると言って過言ではない。この次元を凌駕する事のできる、その方法が記されているのだからね。

 

 そこで、適合者を探した。私はその果実には選ばれなかったのでね。千万ほどの「私」の知識を駆使してこれの適合者を探した結果が、君しかいなかった。君の宇宙も気の遠くなるほどの可能性が多く秘められているが、そのなかのたった一つ、他の歴史、他の宇宙の君でもない、私の眼前の君でしかないのだ。偶然、この世界にやってきた君だ。

 

 

 

 

 ウルトラマグナスは青い両の目でルシファーを捕捉したまま、重々しく口を開ける。

 

「騙されないぞ。私はマトリクスによって認識したが、並列する他世界には、既にマトリクスに選ばれ、ユニクロンを退けた私が存在している。それは私ではない。そもそも、悪魔の片棒を担いでなどいられない。……狂気に敗北し、仲間を鉄屑に変えた私が、叡智に選ばれただと? 冗談も程々にしておけよ」

 

 彼の殺意に別状はなかった。ルシファーはその殺意に隠された、ウルトラマグナスの真意を的中させる。

 

「君は当初、この事実を受け止められなかった。だが、今の君は『受け止めなくてもよい』と感じているだろう。何故だか、言い当ててやろうか。……それは、君が『どの自分』が自分自身なのか、分からないからだ。多元宇宙全ての自分の記憶、経験を有してしまったがために、君はどの善行も悪行も、自分のものなのか、そうでないのか、判然としなくなったんだよ。だから、責任を感じていない。そうだろう?」

 

「…………何でもお見通しだというのか」

 

 苦虫を噛む思いで、ウルトラマグナスは言葉を紡いだ。そして、皮肉にも、彼は大魔王に悩みを吐露してしまう。

 

「教えてくれ。私は誰なのだ。分からなくて、私はこの膨大な知識量に潰されてしまいそうだ。それに、まだ私にはあの宇宙ペストの片鱗があるんだ。マトリクスに選ばれたという理由も分からない……自身を信用できないのだ」

 

 ──大魔王はその告解を耳にし、やはり共感こそが篭絡の成功に至れるのだ、と心の奥底でほくそ笑む事にして、今は真摯に事にあたろうと考えた。

 

 これぞ、悪しき輝きであろうか。

 

 

つづく

 

 




コロシアムの初代チャンピオン→真1の主人公。
宇宙の意思→SJにおける「ロウ/カオスの側面の地球意思」の宇宙版。TFのザ・ワンに似てると思います(プライマスとユニクロンを生んだし)。
千万ほどの「私」→2017年までのメガテンシリーズの販売数が700万本ちょいだから、それを参考に。
ユニクロンを退けたマグナス→バイナルテック世界での彼。
悪しき輝き→色んなメガテンでルシファーが使う、魅了にする特技。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。