楽園の巫女様が根暗男に病む話   作:足洗

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一話完結形式と言ったな?
あれは嘘だ。


すみませんすみませんすみません。

前回から√分岐しています。
勇儀姐さんに蹴り落とされて、ヤマメではなく勇儀姐さんに回収された場合のお話。

姐さんに助けられると主人公は何故か両足を骨折しません。不思議だね!





聲・上辺のそれ(古明地さとり)

 

 

 

 

「いやぁすまん。痛かったろう。まさか蜘蛛糸に中身が入ってるとは思わなくってねぇ」

 

 からからと笑い、彼女は指先で頬を掻いた。誰にせよ彼にせよ、悪びれた様にも性格が出る。彼女のそれは実に豪快であり、後腐れというものを感じさせなかった。

 

「あいや言い訳なんざ見っともないね。これこの通り、許してくれな」

 

 腰を折って頭を下げ、拝み手をその頭上に掲げる。

 そのようにされて、泰然としておられぬはむしろこちらの方である。

 

「は、謝罪の辞、確かに頂戴します。ですからどうか、頭をお上げください。こちらこそ身の置き所がありませんゆえ」

「そうかい! いやぁ寛容有り難い」

 

 居直るや口端に深く笑みを刻んで、その女性は己の肩を叩いた。ずんと、重く。それはそれは重く。米俵でも置かれたかと錯覚した。

 無論のこと彼女に、殊更にこちらの身体を痛めつけてやろうなどという腹積もりはないだろう。彼女にすればほんの挨拶。いや小鳥を撫でる程度の触れ方……なのやもしれない。

 怪力乱神。なるほど字義通りの、理屈など吹き払うような剛力である。

 彼女こそは鬼神。嘗て丹後は大江山千丈ヶ嶽にその名を轟かせた酒呑童子が配下、星熊童子……とはいえそれも、現世にて知られる伝承だが。

 瀑布のような金糸の長髪、藍色の着流しを肩まで着崩す美女。額から伸びた一角を見なければ、どうして彼女が鬼の四天王などと考え及ぼう。

 名にし負う鬼神に蹴られておきながら五体満足に生存しているのだから、我が悪運のしぶとさ、ないし彼女の仁徳には驚愕を禁じ得ない。

 いや、この生還はもう一方の力添え有ったればこそ為し得たものだ。

 黒谷ヤマメ、かの蜘蛛姫の糸が、この身をバンジーよろしく吊り上げていなければ、今頃は望むところへ逝っていたろう。

 

「……」

 

 それでも、生き残った。生き残ってしまったのだ。

 ならば生きる。義務を全うする。

 となれば差し当たり、身を立てる術を見付けねばならないが。

 

「困り事かい?」

「は、いえ……いえ、些末事ながら、一つ」

「なんだいなんだい水臭い。蹴って蹴られた仲じゃあないのさ。詫びのついでだ。話してみなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――良い働き口がある

 

 美鬼は快活に言って、己をその城に案内した。

 本来は屋敷と呼ばわるのが正しいのかもしれない。しかしその外観、壮麗な石造りの尖塔の群れは、城砦の構えと看做さざるを得ない。

 屋敷の中は外観同様に大理石をふんだんに使用した西洋の風合い色濃いゴシック様式。市松模様の廊下を歩く。

 星熊さんは勝手知ったるといった風情だが、入城の断りもなく上がり込んでいるのだから、流石に彼女の自若ぶりを見習うのは難しい。

 

「……!」

 

 ふと背後に気配を覚え、振り返る。人影は形もなかったが、廊下の向こう側に一匹、黒い猫の姿を見た。こちらをじっと注視している。なるほど見知らぬ者が我が家を闊歩していれば然もあろう。

 そちらへ向けて会釈を送り、なお邁進する星熊さんの背を追った。

 

 

 ステンドグラスの光彩が、影すらも彩り豊かにする回廊を昇り、おそらくは最果ての一塔。城主の間に到着した。

 

「邪魔するよ」

 

 軽やかに言うや、星熊さんは黒檀の両扉を勢い開く。思い切りが良すぎる。あまりにも。この今更の感想を、城を前にした段階で伝えるべきだったと思い至ったのはつい数瞬前のこと。

 さても、書斎であった。

 壁という壁を覆い尽くして偉並ぶ背の高い書架。

 その中央よりやや奥まったところにダークブラウンの両袖机が据えられている。飾り気は極少なく、流麗な木目には年季を感じた。

 そこに、ぽつりと着席している。藤のそれより淡い紫の髪の。

 両側引出(ニーホール)があまりに立派な所為だ。華奢な少女が尚更に儚く見える。

 いや、あるいは、この儚いとの所感は、その矮躯を指すばかりではない。

 その存在感が、有り様がそう見せる。

 可憐な少女であった。間違いなく。

 しかし、虚ろであった。希薄ではなく、侘と寂の。

 動の対極。憂いや悲哀、そうした寒色の静けさ。

 そういうものを纏い、またそれそのものが形を成せば、かの少女のようになる。

 おそらくは、いや間違いなく彼女こそ地霊殿が主、古明地さとり。とても淋しげで、美しい少女だった。

 

「…………それは、はい、どうも」

「あん?」

「?」

 

 こちらを認めた淡紅藤(うすべにふじ)の少女が、なにやら不明瞭に呟く。戸惑って、というより、何かを恥じらうような。

 そんな彼我を交互に見比べ、星熊さんはさもニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ははぁ、さてはお前さん、なんぞ迂闊なことを考えたろう。ぷっ、くふふふふ……」

「は……?」

「『してやったり』なものですか……その方に何の説明もしていないと? なんて意地の悪い」

「この(あん)ちゃんなら平気だと思ったからね」

「『私が驚く顔』を? 勇儀、少し見ない間にまあ、性格まで悪くなって」

「おいおい泣く子も黙る鬼さんが、云十年に一度有るか無きかの人助けをしてやってるってのに、そりゃ水差しってもんじゃあないかい?」

「『暇潰し』? それに付き合わされる身にもなってください」

「いやぁ暇してたところ丁~度この兄ちゃんが足の下にいてくれたもんだからさ。聞けば身寄りもないという。景気よく踏ん付けた(よしみ)も兼ねて活計(たつき)でも回してやろうと思ったのよ。でもいい場所がここしか思い付かなくってさー、ま、とりあえず連れてきた。世話してやってくれ」

「……」

 

 あっけらかんとざっくばらんに、乱暴極まるシンプルさで、鬼の姫御前は言った。投げ寄越したと表するが適切であろうか。

 しかし、思惑や言動はどうあれ、この御手配りが己にとって地獄の仏掌であることは疑いない。文字通りに。

 そしてその厚意に(もた)れるばかりでは、我が身にはそれこそ立つ瀬もない。

 

「お初にお目にかかります。自分は……」

「そう畏まらないでください。特にそちらの鬼には、感謝よりまず恨み言が先でしょうに……律儀な人ですね」

「だろぉ? 腹の底まで真面目一徹ってぇ面だぜこいつぁ」

「何が『人を見る目は萃香よりマシ』です……はぁ、どうして貴女が勝ち誇るの」

「……」

 

 どうも、奇妙だ。先程から、この会話には違和を覚える。随所に言葉が足りぬような言い合いが、しかしどうしてか()()()()行き交っている。

 

「……ふ、聡い方ですね。貴方は」

「は」

「ふふふ、教えて進ぜようお若いの。そこで椅子にふんぞり返ってるちんちくりんこそは、化生共も恐れ戦く心の覗き魔、覚り妖怪よ」

 

 さとりとはかの少女の御名……“覚”。浅薄な知識、記憶野の隅を掠めるものがある。正確な出自やエピソードは置いて、なによりポピュラーなのはその能力。

 人間の心を読む妖怪。

 つまり、今の今まで、そして今もなお。

 

「――――大変失礼いたしました」

「あぁ……いえ、その、お気になさらず」

 

 足を揃えて腰を折り、可能な限りに低頭する。他人の容姿への自儘な言及などは無礼千万。それも女性に対して。現代現世ならばまず間違いなくセクシャルハラスメントに該当する事案である。

 この身の雇用について先方の認否に関わりなく、当然に払うべき礼節を失したと言わざるを得ない。知らなかったでは済まされない。ここまで到来する間、星熊さんに尋ねられた事柄が一つと言わずある筈だった。己は知ることに努めるべきだった。

 己が浅慮が恥ずかしかった。

 

「…………ふふ」

 

 窮した己の様が滑稽であったのか、微かな笑声を頭上に聞いた。

 そんな無様を晒す己の肩に肘を掛けて、星熊さんの変わらぬニヤケ面が近寄った。

 

「なぁなぁなに考えたんだよぅ。助平なことか? 助平なこと考えたんか?」

「勇儀。貴女、酔ってるの?」

「ばっきゃろう、一時前の酒なんざとっくに消えて無くなっちまってるに決まってんだろう」

「了解しました。酔っておられるのですね」

「酔ぉってないってば。酒樽をほんの一本……二本? や、三本だったかなぁ」

「「……」」

 

 大虎、もとい星熊さんが、天井を仰ぎながらその長くしなやかな指を折り、折ること五本。

 何か曰く言い難い、乳白色な感情で以て星熊さんを見ていた。

 深酒の(へき)を持った家族に対する感慨とは、このようなものなのかもしれない。生憎と、幸いにも、俺の両親は嗜む習慣すら持たなかった為、無闇矢鱈に新鮮ではある。

 古明地さとりさん、かの少女と目が合う。

 今日が初対面にもかかわらず、また読心術など心得ぬ身なれど、その瞬間だけは彼女と同じ心持ちを共有できた……ような気がする。

 

「いいですよ」

「……は?」

「お雇いします」

 

 思わず発した反問の声に、古明地嬢は言葉を改め重ねて肯いた。

 

「それは、はい、真に願ってもないこと……ですが、よろしいのですか」

「ええ、人手が入用だったのは本当ですから」

 

 事も無げに少女は言った。突然押し掛け、強引に奉公を売り込まれながら、それを受け入れてしまうのは彼女の度量か。はたまた憐れみか。

 それにつけ込まんとする自身の生き汚さが厭わしかった。

 しかしこの身には活計も、往く当てすらももはや無いことは厳然の事実。

 ……そのお心遣いを、象皮の如き厚顔で笠に着ようと思う。

 

「……よろしくお願いいたします」

「はい、よろしく……とても難儀な外来人さん」

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく、静かな“声”をした人。

 彼をこの眼が捉えた時、最初に感じた印象。扉が開け放たれたその時、顔に埋まっている両目は閉じていたから姿形などは正直記憶に薄い。けれど自分にとって、この眼にとって、実体の姿形などは些末な、生物の構成要素に過ぎない。

 肝要なのは、その中身。臓物よりもなお深いところ。

 魂の鳴動、心。

 思い願う、想い。

 それらは実に詳らかに、生きとし生ける者共を赤裸々にする。

 貴賤はない。皆等しく秘め事を持つ。千差万別の、(おびただ)しい心を私は見てきた。それらに一々好悪だのを思わなくなるほど。

 彼は特別だろうか。私は否と答えよう。

 思慮深い者はいる。利己よりも利他にその身を費やそうとする者は昔からいた。掃いて棄てられる程度にたくさん、いた。

 相対する誰かに、気遣わしげに思考を巡らせ腐心する彼の人柄は、なるほど世間一般に照らして好ましいものなのだろう。

 評価されるべきことだ。客観的にそう思う。

 主観(わたし)は何も思わない、ただそれだけの話。

 ただそれだけの。

 

 

 ノックの音にも性格が顕れる。

 お燐のそれは軽快だし、お空のそれは元気がいい。勇義はノックなどせず遠慮手心なく扉を壊す勢いで開く。こいしは……そもそも自身の来訪を告げない。

 青年のそれは、実に謹厳だった。そういう堅さ。音圧。自らを戒め戒め戒めて雁字搦(がんじがら)めにしたような。

 

「失礼します。お茶をお持ちしました」

 

 勿論、それは私の想像だ。私が聞いた彼の声によって、彼の行動にイメージのバイアスが掛かっているに過ぎない。

 どうぞ、と声を掛けると彼は慎重な所作で扉を開いて現れた。手には盆と、ティーセット。

 

「……今日はお燐ではないんですね」

「夕食の材料に買い忘れがあったとか」

 ――ローストビーフの香り付けに

 

「『香菜……迷迭香(ローズマリー)』? あの子ったら凝り性なんだから」

「細やかな方です。あの仕事振りは是非に見習わねばと思います」

 ――炊事洗濯掃除、建屋の修繕、庭木の手入れ……控えめに言って八面六臂の活躍である。本来なら買い出し等の雑務は己が請け負わねばらぬところを、軽妙に断られてしまった

 

「気紛れなのですよ。拘りには手を抜かないけれど、興味がなければ四半分も身が入らない。なにせ、猫ですから」

「……それでは致し方ありませんね」

 ――これは、どうやら気を遣わせている

 

 ……彼は非常に、機微に聡い人間だった。いっそ読心術の心得を疑うほど。恐縮する内心にうっかりフォローのような言葉を掛けたこちらが、その意図を自覚するより早く察されてしまった。

 当人の内心では自分のことを不敏だ、蒙昧だと評して憚らないが、それは過ぎた謙りというもの。

 

「貴方の仕事も、十分に細やかです。ペット達のお世話や屋敷のお手入れの行き届き具合、お燐達からもよく聞かされますから」

「滅相もありません」

 ――軒を借り受ける身なれば、当然に支払うべき労働である。こちらこそ、幾重にも感謝せねばならない

 

 いや、やはり、この想像は現実のものだ。謹厳実直が服を着て歩いているよう。

 彼はテーブルに盆を置くと、その場で深く一礼した。

 

「ありがとうございます」

 ――ありがとうございます。路頭に迷った身と心に、期せず寄る辺を与えられた。これに感謝を抱かずおられようか

「……大袈裟ですよ。私は単に、ペット達のことをあれこれやってくれる人型の小間使いが欲しかっただけです」

 

 なんだがむず痒いような心持ちがして、努めて声音を冷やし語気を尖らせた。

 彼は居住まいを正し、目礼と共に。

 

「はっ、拝領しましたる御役、骨身惜しまず励みます」

 ――なるほど、この方が火焔猫さん等の深い思慕を得る理由がよく解った。この少女は、深い慈悲と思慮を以て……

 

 露骨な咳払いで声は途切れた。それをしたのは私ではなく、当の彼。

 自嘲の色濃い苦笑が一瞬過り、今一度彼は会釈した。給仕か執事のような慇懃さ。いっそジレでも着せようか、なんて馬鹿な考えが浮かぶほど。

 幸い彼は覚りではなかった。本当に、幸いなことに。

 

「では、失礼します」

「……はい」

 

 戒め、そして戒める。彼はまた自分自身に鎖を巻くようにして思考を平坦化した。

 いかにも心を読まれることに慣れていない人間の、よくある反応。ありがちだ。ありふれている。

 思いなど、湧水のようなものだ。確固として構築する思考ならばまだしも、形なく湧き出る思想心象は易々と制御できるものではない。気にするだけ無駄だ。彼は無駄な努力をしている。

 くだらない。今更恥じらうことではない。

 今更、何を思われたところで。この身をどう思われたところで。

 

 ――ああ、この方はなんて……優しいひとなのだろう

 

「…………」

 

 静かな“声”をした人だった。

 この眼に深く沁み込むような、静かな。

 

 

 

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