楽園の巫女様が根暗男に病む話   作:足洗

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短くて恐縮ですが。



虚実(射命丸文)

『人妖カップル遂にゴールイン! 里の道具屋勤め手代男性と鴉天狗女性、幻想郷初の異類婚姻』

 

 人里の霧雨商店勤務の一般男性(16)と妖怪の山は天狗衆広報所属鴉天狗・射命丸文(■)とが今月大安に入籍を報告した。

 射命丸文氏は「私事ではございますが、この度人里の一般の人間男性との婚姻をご報告させていただきます」と同氏が制作する幻想郷時事情報紙媒体、本紙“文々。新聞”にて発表。

 射命丸氏は今回の異類婚姻について、そこへ至るまでの経緯を語った。

 

「相手の男性とは、その勤め先である霧雨商店に客として訪れ、応対されたのが初対面でした。

 実はその数日前に(わたくし)ちょっとした失敗を犯してしまいまして、愛用の写真機が壊れてしまったのです。すぐさま知り合いの、絡繰に精通した河童に修理を依頼したのですが、彼女曰く修理には破損した部品を交換する必要がある、しかしこの部品というのが現在の幻想郷ではえらく稀少な素材で出来ているとかで、その素材が手に入らぬことには修理の仕様がない、と。ええそれはもう往生しましたよ。(おどけて笑う)

 

 報道記者として、勿論最重視すべきは記事の文面です。情報を幻想郷のあまねく人々に随時発信することこそ私の本分ですから。しかし、やはり光景をそのままに伝えられる写真は、その訴求力において人後に落ちません。紙面の完成度という点でも写真の掲載は不可欠でした。そしてもう一点、これは……純粋なジャーナリズムというより、全くの私心で大変恐縮なのですが、愛用する道具を失うという事実が殊の外に堪えてしまって。公私両方の部分で焦りを覚えていました。

 方々手を尽くしてその素材とやらを探し回りましたよ。珍品揃いの香霖堂さん、先端技術に明るそうな永遠亭さん、紅魔館の鬼姫さんも浪費家な方ですからもしやしたらと巡りましたが、無駄足でした。思えば本当に、精神的に追い詰められていたのでしょう。普通に考えて人里の道具屋なんかに写真機の部品に加工する為の稀少素材、なんてものが置いてある訳もない。藁にも縋る、というやつでした、ええ。

 その困窮がまさか、彼との出会いを私にもたらしてくれるなんて……まさに運命だったんですね。(顔を赤らめ)

 

 事情を説明すると彼はその足で無縁塚に向かいました。ええそうです。あの人妖共々から恐れ忌み嫌われるあの場所です。この世に縁を築けず、あるいはそれを失い死した者達の打ち捨てられる墓所。本来、生きている者が足を踏み入れるべきではないところです。まあ香霖堂の御店主などは、好き好んで入り込んでは廃品回収に勤しんでおられますが。

 だからこそだったのです。幻想郷外の物品を手に入れようとするなら、結節点であるあそこに探し求める他ないでしょう。

 絡繰やら工作に造詣の無い私では無理でも、彼なら見付ける目がある……そう易々と考えていたあの日の自分を殴りたいです。

 一週間が経ち、二週間が経ち、三週間が経っても目的のものは見付かりませんでした。当然でしょう。聞けばその素材というのがまた、外でも採掘が難しい金属なのだそうで。あったとしても木っ端な端材にくっついているのが精々だとか。

 時が掛かれば掛かるほど、彼は心身共に疲弊していきました。あそこは存在から死に寄っています。天狗のこの身であっても気分の良い所ではありません。たっぷりと冥界からの気が立ち込める空間ですから。生者の命と魂などはたちどころに蝕まれてしまう。

 すぐに探索中止を提案しました。いえ、制止しましたよ。当たり前でしょう!

 でも彼は、頑として諦めなかった。それどころか……彼、微笑んで言うんです。『ご配慮に感謝いたします。しかし心配ご無用。ここはむしろ自分のような人間にこそ相応しい場所です』って。

 堪ったものじゃないですよ。あんな優しい顔で、まるで老衰を待つ老人のような……穏やかな顔で。

 結局、彼はそこからも一月毎日、無縁塚に通い詰めた。里での勤めを終えてから、夜通しで、ですよ?

 私の為に……私の為に命を削って。(涙ぐむ)

 

 写真機ですか? ご覧の通りです。彼は成し遂げてくれました。あの時の感激と、なにより安堵は向こう千年忘れませんよ。本当に、感謝のしようもありませんでした。

 その後、時間を掛けて徐々に打ち解け親しみ、交際にまで発展して、今日の婚儀へ至ることになりました。不束の身ですがこれを捧げることであの時の感謝を表していこうと思っています」

 

 異種同士の婚姻については「反対が全くなかったかと言えば嘘になります。実際、直属の上役や妖怪の山の総頭領であられる天魔上子からは交際するに当たって良い顔はされませんでした。定命の彼と長命の天狗、生き方考え方の違いは数多いです。これから先ごちゃごちゃと意味不明な難癖をつけてくる“外野”も出てくるでしょう……でも彼は、苦難を共に分かち合って乗り越えてくれる方です。そう確かに信じられる、そんな人柄の彼だから、一緒になろう、一緒になりたいと思えたんです。(照れ笑いする)

 此度、きちんと筋を通して身を固めることの決心を伝えたところ、天魔様より暖かいお祝いの言葉を頂けました。いずれ誰もが認めてくれるでしょう。いいえ、認めざるを得なくなる」とし、この婚姻が妖怪の勢力内で広く()()()()()()()()()発表であることを強調した。

 

 最後に射命丸氏は「今は里の大店の手代勤めの人ですが、いずれは妖怪の山の天狗衆で広報や渉外のお手伝いをしていただこうと考えています。その際は、改めて妖怪の山に新居を設けて、そこへ一緒に移り住もうと。そうです、いわゆる愛の巣というやつです(笑)彼も概ね了承してくれました。そこで二人の将来について、じっくりと話し合っていきます」と締め括った。

 なお挙式は身内で内々に執り行う為、祝儀の類は無用、ただし祝辞の手紙ならば幾らでも、とのことである。

 続いて、今回の婚姻に当たって関係各所からはこのような意見が────

 

 

 

 

「…………」

 

 冬晴れの青空から里の通りへと無数に降り注ぐ紙片。

 霧雨商店前の路上に立ち、号外の新聞記事を手に、その文面を呆然と俺は見下ろしていた。

 言語的な読解は可能であった。文語として瑕疵の無い文章であった。

 ただ意味理解ばかりが困難だった。誤謬と呼ぶには大胆過ぎる。

 人里、霧雨商店勤務、手代の十六歳男性とは。氏名は明記されていないが、これは紛うことなく己という人間を指し示していた。

 道行く人が俺を見ている。近所住まいの顔見知りの方々などは、口々に祝いの言葉を投げ掛けてきた。

 覚えのない祝辞は、耳を素通りするだけだった。ただ通り過ぎ様、頭蓋の内に困惑だけを醸成して。

 

「これは、一体」

「あやや、どうされましたか」

「!」

 

 背中に掛かったその声に振り返る。そこには果たして、彼女が在った。

 黒髪に朱の頭襟、白いパフスリーブのシャツに黒いループタイ、黒いミニスカートに高下駄。山伏の装いを極限までファンシーに仕上げたならばこうもなろうか。黒翼を背に負うた鴉羽の少女。

 射命丸文。

 思えば己が手代に取り立てられてからの、初めてのお客が彼女だった。

 壊れた写真機を胸に抱き、軽薄を装いながら、瞳を不安に揺らがせる少女の姿は未だ瞼の裏にも新しい。

 念願叶って愛機を取り戻した少女の喜びに涙する様は己とても今なお喜びを以て思い出せる。だのに。

 

「この仕儀は、どのような」

「貴方が好きだからですよ」

「は」

 

 儚げに微笑んで少女は言った。

 己は思いも寄らぬその言葉に喉奥を塞がれ、二の句を失った。それでも惑乱する口舌をどうにか動かし働かせる。

 

「し、しかし、この記事の内容は」

「事実ですよ?」

「いいえ、これは……虚実です」

 

 確かに事実を含む部分もある。だが、己と少女との関係については全くと言っていい無根の作り事。

 であるのに、虚実と口にすることを躊躇ったのは……眼前の少女の顔があまりにも儚く、寂しげであったからか。

 

「いずれ事実になります。その為に幻想郷中に流布(こう)したのですから。他の痴れ女共がそろそろ怒り狂って出てくるでしょうが、それこそ私の思惑です。その顔面に肘を突き入れ、貴方が私と共に在るべき、在らねばならないただ一人なのだと知らしめてやる」

「なにを」

「事実と真実は同一でなくともよいのです。巷間と人心に蔓延し浸透してしまえばそれは立派な事実となる。私の十八番です」

「……それでよいと仰るか。貴女が、射命丸さんが自分に……自分などに好意を寄せてくださると言うなら、このような術策を用いて得た有名無実で、貴女は満足できるのか」

 

 一癖も二癖もある彼女の在り様には、己のような凡人はただ振り回されるばかりだったが。

 それでも、その一所懸命さを疑ったことはない。記者としてこの土地を飛び回り、多様な情報を発信してくれようという気概。報道という一路をひた飛翔し進む、一条の真っ直ぐさを。

 

「報道記者たる射命丸文は……!?」

「……意地悪ですね」

 

 痛ましげな笑みが浮かぶ。

 見るだに、胸にナイフを刺されたような心地だった。それをさせたのは他らなぬこの身である癖に。

 その、少女の姿が────消える。眼前より、陽炎の如く。

 

「だから、好きになったんです」

「!?」

 

 またさらに背後、耳元に囁かれた声に、しかし振り返るだけの暇は与えられなかった。

 気付けは地上は遥か眼下。身体は空にあった。

 少女の細腕に軽々と抱えられ、己は飛翔していた。

 

「だから、なにをしてでも覆させない。貴方と私が結ばれる────その“事実”だけは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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