オラリオのとある区画では歳三が一人で巡回していた。辺りを見渡すと崩れた家、瓦礫の山、布で作った簡易的な住まいで溢れていた。今のオラリオの大半はこんな感じだ。原因はもちろん
荒れた町を見ても歳三は表情一つ変えない。しかしその瞳には
そんな歳三の前から一人の男が走って来た。涙が頬を伝いながら何故か手にジャガ丸くんを持っていた。横切ったその男を思わず目で追い、視線を前に移すとそこにはリューと青髪の少女がいた。
「あ、歳くんだ! おーい!」
「ア、アーディ! 何故わざわざ!」
歳三を呼んだのはアーディ・ヴァルマ、Lv.3。ガネーシャ・ファミリアに属する冒険者で団長であるシャクティの妹なのだ。明るく活発な性格でリオンとも親しい関係のようだ。
「アーディ! と・・・・げっ、てめぇかよ」
「な、なんだその微妙な顔は!」
普段の歳三ならリューと対面しようなら罵り合いの末、抜刀するまでがいつものパターンなのだが今日は違う。
「ったく、あの後大変だったんだぜ? てめぇをおぶってる途中目ぇ覚ましたと思ったら大暴れして」
「う、嘘だ! 私がそのような事するわけない!」
「なら本拠についてアリーゼの奴に引き渡そうとしたら“帰るなー“なんて騒ぎ出したのは知ってるよな? 散々絞られたんだろ?」
「ぐぅっ」
「はいはい、歳三くん。リオンを弄るのはそこまでにしてあげて? ルミノス・ウィンドる前に」
「アーディ!」
赤面させたリューがキレそうだったので無邪気に笑いながらアーディは謝る。そんな様子を見て歳三は付き合いきれないと溜め息を漏らす。
「用がねぇならオレぁ帰るぜ」
「ああ、待って! ほら、リオン」
「べ、別に私は・・・・」
「いいからいいから!」
「・・・・貴様にとって正義とはなんだ?」
「あ?」
リューから出た質問に歳三は素っ頓狂な声を上げる。
「んだそりゃ、てめぇはどうなんだよ」
歳三に質問を返されたリューは真剣な眼差しで口を開く。
「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。そして悪を斬り、悪を討つーーーそれが私の正義だ」
「なっげぇ」
「ながッ!? き、貴様・・・!」
エルフの名に恥じぬ高潔な回答に対しは欠伸で返した。それを見たリューは怒りが沸き上がるが目に映る歳三の笑顔がその怒りを忘れさせた。
「“咲けるだけ咲いて後は散るだけだ“。これが、オレの武士道だ!」
『正義』は不正、犯罪を許さず、弱者に手を差し伸べ、決して私利私欲で動かない義の心。
対して『武士道』は死を恐れず、主君に忠誠を誓い、その主君の為ならば死をも厭わない狂気とも言える覚悟。
そもそもがアストレア・ファミリアの掲げる『正義』と新撰組の『武士道』は似て非なるものなのだ。
「こ、答えになってーーー」
しかし今のリューでは受け止め切れないようだ。動揺する自分を必死に抑え込み歳三に難癖をつけようとした所、その後方から拍手が聞こえて来た。
「いやぁ〜、素晴らしいね」
拍手しているのは一柱の神だった。黒髪で幸の薄い男神だ。
「流石は噂に名高い新撰組副長 土方歳三。美しく、強く・・・・儚い信念だ」
「・・・・・神さんが何の用だ?」
薄ら笑いを浮かべる男神に歳三は目を細めて露骨に警戒する。子どもでも分かる警戒心に男神は少し慌てた様子を見せた。
「あぁ、ごめんごめん。君を不快にさせるつもりは無かった。唯のくだらない神の戯れと思ってくれ。それに用がある訳じゃなく、偶然通りがかっただけなんだ」
「・・・・・・」
「あはは、全然信じてないって顔だね。もう少し君やリオンと話したかったけど・・・・仕方ない。斬られる前に帰るとするよ」
そう言うと男神は去って行った。
「リュー、あの神さんと知り合いか?」
「えぇ、そうですね。名は神エレンというようです」
「もともと此処には胡散臭い神さんが多いが・・・・」
怪訝な目でエレンの背を眺める。オラリオに滞在する神は殆どが怪しいのでいつもの事なのだが、歳三の嗅覚がエレンと名乗る神に反応していた。
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ダンジョン中層にてハジメと鋭三郎の2人が湧き出したモンスターを一掃していた。新撰組の仕事は主に街の治安維持でダンジョン攻略に関しては他派閥の助っ人で参加する事はあれど義務ではない*1。しかし何かと金の掛かる派閥であるため資金繰りでダンジョンに潜る時はある。
「ハジメ、明日は討入りだ。そろそろ帰ろう」
「つっても
「不満か?」
「・・・別に〜?」
否定しつつも拠点襲撃に参加できない事に不満を感じているのだろう。そんなハジメの顔に鋭三郎は苦笑いをする。
「ま、オヤジが決めたんならしょうがねぇけどさ」
不満はあれど任務は任務。新撰組の仕事もとても重要なものだとわかっている。
「ハジメ、俺さーーー」
鋭三郎が何か言いかけたと同時に言いようのない異質な剣圧が通路から漏れ出す。
「「ッ!!」」
瞬間的に2人は抜刀し臨戦態勢を取る。暗がりから姿を現したのは一体のミノタウロスだった。
「ハジメ・・・」
「あぁ、ありゃ“強化種“だな」
ミノタウロスにしては痩せこけた体躯、紫色の毛並みに片角、そして5mを超える長さの血塗られた野太刀を装備している。その剣圧は通常のミノタウロスを大きく凌駕しており推定レベルは6以上に相当するだろう。そして蛇のような恐ろしい目つきで完全に2人を補足している。
「へっ、ヤル以外無さそうだな」
経験から来るものか、それとも本能なのか、ハジメと鋭三郎は逃走不可と確信する。
「覚悟決めろよ? 鋭三郎」
「わ、分かってる!」
同時に2人は走り出し左右から挟撃を仕掛けようと動く。それを見たミノタウロスは野太刀を右から左へ一閃、その際の轟音と突風でその破壊力は冒険者の人体を容易に両断するだろう。
但し、命中すればの話しだ。
『ッ!』
鋭三郎は小柄な体型を活かし地面に伏せ、ハジメは跳び上がって一撃必殺の斬撃を躱す。野太刀を振り抜いた反動ですぐさま追撃を放てないミノタウロスに2人が斬り込む事は容易であった。
ハジメの凹凸のあるソードブレイカー状の刀が2本ミノタウロスの右足と背中へ突き刺さり、鋭三郎のカッターナイフのような刀身の小太刀がミノタウロスを斬りつける。
直ぐさまミノタウロスを通り過ぎ一定の距離をとって構える。ハジメの刀は刺しっぱなしなので腰から新たに同じ形状の刀を抜く。
一撃でもまともにくらえば致命傷、あの破壊力なら受けは成立しない。なのでヒット&アウェイで削り殺す策戦に出たわけだが・・・・
『ヴオォォォォォ!!!!』
突然の咆哮に体が硬直する。そして跳ね上がる剣圧に冷や汗が止まらない。
「こりゃ、討入り前に散るかもな」
完全にLv.3とLv.1のコンビで討伐できる範疇を越えている。
「鋭三郎、お前だけでもーーー」
「逃げねぇよ!」
ハジメの言葉を遮って鋭三郎は叫ぶ。
「俺はもう何者からも逃げねぇ! お前らと・・・新撰組と肩並べて戦う為に、俺は逃げねぇって決めたんだ!!」
「鋭三郎・・・・」
鋭三郎の覚悟にハジメは静かに微笑む。
「ならーーー簡単に散るじゃねぇぞ!」
掛け声と共にミノタウロスへ向かって走り出す。反応したミノタウロスはまた同じように横一閃を繰り出す。先程との違いはその剣速、数段速い刃に2人は怯むことなく突き進み跳び上がって回避する。
着地した2人はミノタウロスに斬り掛かろうとした時、既に追撃の横一閃が迫っていた。超重量の野太刀を使用してこれほど速く追撃を繰り出せる者はこのオラリオでガレスやオッタルくらいだろう。
しかしそれでも2人は動じない。
一撃目と比べてミノタウロスとの距離は近い。初動の力が最大限に上がり切る前ならギリギリ逸らすことができると読んだハジメは刀をレールのようにし斜め上へ受け流す。その隙に鋭三郎がミノタウロスへ斬り込む。
長年連れ添った仲間だからこそできる阿吽の呼吸である。
「ごふっ!」
しかし相手は強化種、戦闘能力も経験も通常種とは大きく異なる。ミノタウロスの蹴りが鋭三郎に直撃し壁に叩きつけられる。咄嗟に刀でガードしたので死には至らなかったが2本のうちの1本と左腕が折れてしまっていた。
「チィ・・・!」
知ってか知らずかハジメに向けた斬撃範囲に鋭三郎が入っていた。ここは避けることをせず受け流すことを“悪手“とわかっていても選んだ。
「ぐっ!」
受け流しには成功したが変わりにミノタウロスの蹴りを受けてしまった。斬撃を躱して鋭三郎を見殺しにするか蹴りを受けるかの二択でハジメは後者を選んだ。
ハジメはLv.3なこともあり、咄嗟に後方へ飛んで威力を殺したので致命傷も骨折も免れた。それでも意識が飛びそうになる程のダメージは受けているようだ。
「がはぁ・・・!」
興奮したミノタウロスは飛んで行ったハジメを追い掛けようと駆け出す。それに気づいたハジメは更に後方へ飛んで距離を取ろうとするが、既にミノタウロスのリーチの中。無造作に振り回された野太刀を紙一重で捌き続けているが、ダメージも相俟って徐々に被弾し始める。
「ハジ・・・メ・・・」
霞む目で段々削られていくハジメを見て鋭三郎は無事だった方の腕で刀を強く握る。
「ちと、やべぇな・・・」
トドメの一撃がハジメに振り下ろされようとしたその時、飛んで来た刀がミノタウロスの左目に突き刺さる。
「殺らせ、ねぇよ・・・!」
一瞬狼狽しギロリと鋭三郎に視線を向ける。そんな隙をハジメは見逃すほどお人好しではない。両手に持った刀を駆使してミノタウロスの腕を斬り落とし地面に腕と野太刀が転がる。
ハジメとミノタウロスは静かに睨み合う。
数秒間の静寂が続き、ハジメを見下ろしていたミノタウロスは地面に転がった野太刀と腕を拾い上げそのまま背を向けて立ち去って行った。
「逃げ・・・た・・・?」
鋭三郎はそう呟くがあのまま続けていればハジメは殺されていただろう。にも関わらずミノタウロスが撤退したのは、あの静寂の時間。両雄の間に何かがあったのだろうがそれは当人にしか分からない。
「鋭三郎、帰るぞ」
「ありがとう、ハジメ・・・」
ハジメは地面に倒れる鋭三郎を支えながら帰路に着く。
「ハジメ・・・」
「あ?」
「俺さーーー」
「ーーーバカ野郎が」