【凍結】愚者ガイル   作:邪骨

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小学生編
第一話 結論から言えば転生した


 私はどうやら、俗に言う「転生」とやらを体験したらしい。齢18とは思えぬこの小さな肢体がその事実を雄弁に物語っている。

 あまりにも残酷なその事実に、最初は頭を抱えた私であったが、前世から持ち前の切り替えの早さで「まあ別にいいや」と思い直した。一晩寝たらそうなった。

 

「では母さん、行ってきます」

 

 そうしてもろもろを受け入れた私は、母に挨拶を告げて外に出る。背中には黒光りするランドセル。頭上には黄色の通学帽。私は小学生であった。

 何年振りかの広い世界に、年甲斐もなく心を弾ませ学校へと向かう。同級生や教師の顔なぞさっぱりすっかり知らないが、不安よりも好奇心が勝っていた。懐かしいトキメキであった。

 

 学校に着き、私は困ったと思った。

 

「教室がどこかわからんな」

 

 そうだった。私は以前の私ではなく、前世の私であって、今の過去をまるで知らなかった。それには当然、自身の教室の場所や座席の位置まで含まれているわけで、私は途方に暮れてしまった。

 

「しまったな、失敗した」

 

 私はぶつぶつと後悔を口にしながら思案する。

 

 どうしたものか、踵を返して家に帰るか。しかしそれではここまで来たことが徒労であることになる。それは何とも勿体ない事である。なればそうだな、その辺でもブラついて時間を潰すか。

 

 私は学校探索としゃれこむことにした。

 

 

♦♦♦

 

 

 空は青く、風は穏やか。まさしく春である。ま、今が何月かなんて知らないのだけれど。カレンダーの一つくらい見ておくべきだったか。失敗、失敗。

 

 現在私は体育館と思しき建造物の裏、そこにある狭い空間に身を潜め、花の蜜をちゅうちゅうと吸っていた。おそらくはオオイヌノフグリである。ところで、オオイヌノフグリとは何ぞや。大犬の()()()だとするのなら、なんとも下品な話である。これはつまり、今私は犬のフグリを一心不乱に吸っているということになるわけだ。なんと悍ましい・・・この名前を付けた奴は相当な変態野郎に違いない。私は近くに生え茂るスギナのガキを捥ぎり取り、学帽いっぱいに詰め込んだ。別に食べるつもりはほぼ無いわけだが、なんとも言えない衝動にかられてやってしまったのである。これが子供特有の残虐性というやつであろうか。

 

 そうこうしている内に、何処からともなくすすり泣く声。聞くにそれは少女のモノで、こちら側に向かってくるものらしかった。

 

 私はお邪魔しては悪いと(本音としては只関わりたくなかっただけであるが)思い、早急にこの場から立ち去るべく、ツクシだらけの学帽を持ち上げる。しかし私は前世からしてこういった場では、毎回の様にやらかしてしまう。

 

「あ」

 

 そしてそれは今回も相変わらずの様で、私は見事にずっこけた。それはもう漫画でしか見ないような、豪快なこけっぷりであった。

 

 舞い散るツクシの雨の中、目の下を腫らした少女が、驚愕の表情で私を眺めるのが見えた。ああ、間に合わなかった。しまった。

 

 しばらくの沈黙の後、先に少女が口を開いた。

 

「・・・不審者」

 

「違う」

 

 電光石火の否定であった。

 

 確かに不審な行為をしている自覚はあるが、しかし今の私は無垢な小学生の身。若干不審であろうと、お天道様は笑って見逃してくれる案件である。

 だというのに、あろうことか目の前の少女は私を「不審者」だと宣う。流石にそれは早計過ぎやしないか。あまりにも不本意だ。釈明させてほしい。

 

「君、何か勘違いしているようだがね、私は不審者ではない。純真無垢な小学生であるこの私の、何処に不審な要素があろうか。そもそもだね、泣き腫らして()()()()()()までやって来る君の方が不審者極まるというものだ。そら、何とか言い返してみ給えよ」

 

「あなたが言う《こんなところ》でモソモソと蠢いていたあなたが言えることかしら、それ」

 

「う~ん、一理ある」

 

 何ということだろう、論破されてしまった。中身が18歳であるはずの自分が、10才かどうかも判別つかぬ小学生に論破されてしまった!ああ、畜生。悔しい。しかし論破されたまま終わる私ではない。ここはどうにか通報を免れるべく、話題を探す。おや、彼女が腕に抱えるのは・・・泥だらけの靴?

 

「君、そんな事はさておいてだな」

 

「さておけないのだけれど」

 

「・・・君が抱えているその靴、泥まみれだけれど、どうかしたのかい?」

 

「あなたに話すようなことではないわ」

 

 どん詰まりだ。小学生のクセしやがって思いの外ガードが堅い。思い返せば前世から私は他人と会話をあまりしてこず、口下手であった。しかしそれが原因とは思えない。こんなにも防御力の高い小学生など想定外だ。

 

「先生には言わないでほしいかな。私は今日、学校をサボっているのだ」

 

「あら、もう白状してしまうの。諦めの早い人ね」

 

「諦めにおいてはピカイチだからね、私は」

 

「何て情けない自信!」

 

「ハハハ・・・」

 

 畜生、このガキ、言わせておけばつけ上がりおって。しかし私は敗北者よ。その言い草も甘んじて受け入れようではないか。

 

「ところであなた」

 

「何かな?」

 

「その校章、ウチのものではないようだけれど?」

 

「えっ」

 

 ははっ、何を言うかと思えばこの娘、校章が違う?冗談は止してくれ。私は少女の制服をマジマジと観察すると、改めて私の学帽にへばりつくマークを見る。

 

 ・・・確かに違う。圧倒的に違う。

 

 少女の制服に付いた校章が、アルファベットを元にしたスタイリッシュなものであるのに対して、私の学帽の校章は角ばった漢字である。微塵も共通点がない。

 同じようにランドセルを背負っているからと、考えなしに知らぬ子の後をつけたのが原因か。

 

「・・・うん、そのようだね。この学校のものではない」

 

「つまりあなたは、学校をサボっただけでは飽き足らず、他校の施設に侵入していることになるのだけれど」

 

「そうなるね」

 

「やっぱりあなた、不審者よ」

 

「蒸し返さないでいただきたいな」

 

「あなたが勝手に話題をすり替えてきただけでしょう。私は蒸し返してなどいないわ」

 

「いや、全くその通りで」

 

 この正論女め。しかし正論は正論であり、彼女の述べる言葉にはぐうの音も出やしない。ははは、笑うがいい。転生して二日目にして私は馬鹿の連続だ。私を転生させたやもしれぬ神よ、笑え。

 

「フフフッ」

 

 何が可笑しいのか、私の隣で座る少女が笑う。神には笑うことを許したが、貴様にはその覚えはないぞ。

 

「何だかあなたと話していたら可笑しくって」

 

 だから何が可笑しいというんだ。

 

「ね、今日の事は誰にも言わないでおいてあげるから、私の独り言に付き合って頂戴」

 

「かまわんよ」

 

 たったそれだけで許されるのならば、いくらでも付き合ってやろうとも。

 

「・・・私、頭が良いのよ」

 

「何だ、自慢か」

 

「黙って聞いてなさい。

そして容姿もそこそこ良い自信があるわ」

 

 やはり自慢ではないか。

 

「それがどうやら気に食わなかったらしくて、ある日から突然、下駄箱から靴が無くなるようになったわ」

 

 ・・・雲行きが怪しいな。

 

「探したら、探したら・・・ふふ、泥まみれ」

 

 私は少女の抱えていた、泥だらけの靴を見る。

 

「今日は特に壮絶だったわ。朝教室に入ったら、机の上まで泥だらけよ」

 

「私、何かしたかしら。勉強だって、努力したから。運動も、何だって、姉さんに近づきたくてッ、頑張ったのに!」

 

 声を荒げた彼女は、スカートの端を握って震えている。ここで慰める言葉を、私は知らない。

 

「・・・どうして、誰も認めてくれないの・・・?」

 

 それが彼女の偽らざる本音という奴だったのだろう。名前も知らぬ他人に何故このようなことを伝えるのか、理解に苦しむが・・・もしかすると、他人だからなのか。他人だからこそ気兼ねなく本音を吐き出せたとでもいうのか。私はいったいいつからカウンセラーになったのだろうか。

 ・・・やれやれ、ここまで言われて「はい、さようなら」と帰れるほど私は薄情ではない。どうにかしてこの少女の悲しみを拭ってやれぬものか。私はいろいろと考えを巡らせた結果、一つの名案を思いついた。

 

「な、君。私の家に来ないかい?」

 

「・・・あなたってやっぱり不審者よ」

 

 彼女は泣き顔をこちらに向けると、心底呆れた表情でそう言った。

 

♦♦♦

 

 1994年、五の月に私はこの世に生を受けた・・・らしい。

 

 らしいというのは私が自分の出生やこれまでの人生の記憶をすっかり忘却してしまっているからである。今私の脳を動かしているのは前世の私であって、今の私ではないのだ。

 

 所謂「転生」というものを経験し、見事小学生ボデーに受肉した私だったが、一つ不可解なことがあった。勿論転生を含め不可解なことづくめではあるのだが、その中でも一際不可解であったのは、私の生まれた年代である。

 前世での私が誕生したのは2002年。死亡したのが18歳であった2020年であると考えると、今生の私はそれよりも未来に転生するのが道理であるように思える。何故ならば時間は不可逆であるからだ。

 

 しかし蓋を開けてみればどうだ。1994年に生まれてしまった。

 

 これは一種の時間遡行。すなわち、時間に縛られる限り不可能といわれたハズの過去へのタイムトラベルに他ならない。

 

 人類の不可能を死後達成したという偉業に、私は感涙するあった。するので、あった・・・・・・。

 

 

「・・・ねえ・・・なた」

 

 誰だ、私の涙を邪魔するのは。

 

「ちょっと、聞いているのかしら?」

 

 ええい、喧しい。

 

「ええい、喧しい」

 

 おや、声に出てしまった。

 

「へえ、そんな口を利くの。覚悟は出来ている・・・ということかしら」

 

 隣を見やれば、嗜虐的な笑みを浮かべる美少女の姿があった。彼女は懐かしさのある黒めかしい有線コントローラー―――DUALSHOCK 2―――をこちらに向けてひらひらと振ってくる。あからさまな挑発行為だ。

 

 畜生!神よ、何故現実に引き戻したのですか!非道!鬼畜!便秘野郎!

 

 私は心の中で全ての責を神に負わせると、目の前にあるブラウン管テレビを睨み、隣の美少女を睨んだ。ついでにソニーへ呪詛を送った。

 

 何故こんな状況になっているのか、私にはさっぱり理解できなかった。原因が私にあることだけは何となくわかっているのだが、何故美少女・・・もとい美幼女が我が家のリビングに座しているのか。そして何故私と共にテレビゲームをしているのか、何一つとして理解できなかった。今朝出かけてこの少女と出会った辺りまでは覚えているのだが、如何せん少女との会話で何を言ったのか、そしてどうやって我が家に帰還したのか、全く覚えていなかった。まさか久しぶり過ぎた異性との会話でテンパってしまって記憶が飛んだ何てことは・・・まさかね。

 

 まあそんな事は些末事である。

 

 今肝心なのは、中身18歳引き籠り野郎が、推定年齢9~10歳の幼女にテレビゲームでボコられているという現実である。

 お前馬鹿野郎お前、私が幼少の時をどれだけゲームに費やしてきたかわかってんのかコノヤロウ!それがなんだこの負け様は、面目丸潰れではないか。年上の威厳もクソもない!しかもだ、煽られている!あ~もう絶対許さねぇからなあ。

 

 前世からの十八番で負かしてやるんだからな!

 

 私はテレビ下の収納から一本のソフトを取り出す。そのソフトの名を『ケロ□軍曹 メロメロバトルロイヤル』!発売日までまだ数カ月あるような気がするが、何故か家にあった。

 対戦型アクションゲームである本作は、フリーモードで複数人での対戦が可能!前世でこのゲームのキャラのクセや操作性まで熟知した私に、負ける要素など皆無!これで勝てる!

 

「ああ、覚悟は出来ている。君を負かす覚悟がね!さあ、君。これで対戦と行こうじゃないか!」

 

「いいわ、また人権がないくらいにボコボコにしてあげる」

 

 上等!さあ、かかってこい!

 

 

 

 

「負けました」

 

 

 

 

「フフッ、ざっこぉ」

 

 最早私を鼻で笑う少女を睨む気も起きない。あんなにも自信ありげに十八番を披露したというのに、惨敗。あれはもうテクでどうにかなる問題じゃないね。この女反射神経が人間じゃないよ。

 

 いいさ、潔く負けを認めるよ。

 

「私の負けだ、君は強すぎる」

 

「フッ、私にかかればこんなもの、児戯にも等しいわ」

 

「児戯なんだけどね」

 

「あら、そう」

 

 時計を見ると、そろそろ五時が迫っていた。

 

「・・・今日はそろそろお暇するとしようかしら」

 

 少女はそう言うや否や、赤いランドセルを背負い上げる。

 

「そうか。もうこんな時間か・・・送ろうか?」

 

「いえ、遠慮するわ。迎えが来るもの」

 

「迎え?」

 

 チャイムの音が鳴る。

 

「ほら来た」

 

 彼女と共に玄関に向かい、開けるとそこには20メートルは軽く超える、黒いリムジンが鎮座していた。

 

 おいおい、漫画じゃないんだぜ。そんな馬鹿みたいに長いリムジンがあってたまるか。

 

「ねえ」

 

 リムジンに足を進めていた彼女は、振り向いて私に話しかける。

 

「今日は楽しかったわ」

 

「そりゃよかった」

 

 私がそう返すと、少女はやや含羞めいて俯く。それから2秒ほどして顔を上げたかと思うと、緊張した面持ちでこんなことを言った。

 

「明日もまた来てもいいかしら」

 

 そして、当然私はその問いにこう答えた。

 

「ああ、いいとも」

 

 

 

 こうして私と美少女という、交わらざるが交わり、面白おかしい転生生活は幕を開けた。面倒なことや若干の悲しみを経験しながら、私たちは大人になっていく。それはまだ先の話だけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、今の馬鹿でかい車は何?」

 

 あら、お母さんではありませんか。お早い帰還ですね。

 

「そうねぇ、今日は仕事が早く終わったの。ところであんた、何か言うことがあるんじゃなくて?」

 

「はて、何かありましたかな」

 

 母の表情はまさしく阿修羅であった。こめかみに青筋を浮き立て、わなわなと全身を震わせると、私の右頬を平手打ちした。

 

 私は錐もみしながら宙に浮かび、どさりという衝撃音と共に地に伏せる。

 

「何かありましたかな、じゃねえ!お前、学校から電話があったんだよなあ!『息子さんが登校しておりません』ってな!いい根性してるよお前、小学四年生にして登校拒否の不良野郎の仲間入りか、ええ?いい加減にせえよお前ホンマ・・・」

 

 地べたで蹲って「ギギギ」と呻く私を尻目に、母はそう吐き捨てるとサッサと家の中に入ってゆく。ガチャリという音を伴って。

 

 あ、今のカギ閉めた音ですよね?おーい、開けてくださいよ。母さん、開けてくださいよ。春先でも夜は寒いんですよ母さん。母さん。

 

 結局私が家に入れてもらえたのは、午後9時のことであった。

 

 殴られた衝撃で思い出したが、今日は学校をサボってしまったようである。ついでに幼女に舌戦で打ち負かされた記憶も蘇ってきたが、屈辱的なので思い出したくはなかった。

 

 何はともあれ、明日はちゃんと学校に行こう。私はそう心に強く決め、寝た。

 

 

 ※追記 オオイヌノフグリは本当にフグリだったらしい。




V・X・Tさん誤字報告ありがとうございます。

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