【凍結】愚者ガイル 作:打木里奈
父さんはゴリラだ。
ガタイの良い体に、生えるがままにされたすね毛。口髭だけはやたらと綺麗に整えてあったが、それ以外はすね毛と同じような感じ。
顔は角ばって、厳つい。まさしくゴリラだ。
母さんも父さんを『クソゴリラ』と呼んでいたから、間違いない。
そんな父さんはよく分からない人である。何の仕事をしているのか、話を聞いても分からない。ゲシュタポの一員であると答えたこともあったし、魔法使いなのだと言ったこともあった。この前会ったときはゲルショッカーの構成員だと言っていた。
父は自分の職業を嘯いて決して明かさず、いつの間にか病院のベッドの中に居た。
「父さん、私だよ」
白いカーテンの揺れる、病室の一角。そこに置かれたベッドの上で、父は本を読んでいた。
「おお、お前か」
そう言って顔を上げた父の顔は、不健康そうに痩せていた。それでも相変わらず、口髭だけは揃っている。
「母さんがお冠だったけど、今度は何したの」
私の疑問に、バツの悪そうな顔をして父は答える。
「ああ、まあ、ちょっとな」
「要領を得ないな」
はぐらかすなよ。あんたにぞっこんな母があんな風に怒るなんざ、絶対に何かやったろう。
「俺、死ぬらしいんだわ」
父の言った言葉を、私は理解して、何と返すべきかわからなかった。
「はあ」
だから気の抜けた声だけ出した。何か言わなければと思ったのだ。
「どうにも癌、それも末期なんだと。それを言ったらさ、母さん泣いちゃってさ」
「治らんのか」
「無理だろう、無理。わかんだもん、俺はもう死ぬんだなと」
そうなのか。父さんは死ぬのか。
不思議と涙は出なかった。それは自分が、ホントの意味でこの人の息子じゃないからなのかもしれない。この体になってから、私がこの人と面を合わせた回数は5回。電話越しに喋ったのが8回。圧倒的に思い出が少ないから、なのかも。
私は薄情なのだろうか。
馬鹿だよな。せっかく新築を建てたくせに、自分で住むことは終ぞなかったことになる。
「死ぬ前に、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
父さんは言った。
こんな他人同然の私に、一つ頼みごとをして死んだ。
いろんなものを残して死んだ。
遺骨、仕事着、食器、アパートの鍵、いっぱい。
母さんは泣いた。
私はやっぱり泣かなかった。
うだるような夏、父さんは死んだ。
「パパ」
家に備え付けられた仏壇に縋る、一人の少女。幼い私よりずっと幼い、儚げな少女。父さんの子供で、私の妹。
彼女は、父さんが残していったものだ。ついでに父さんが私に頼んだことでもある。
「今まで言えなかったが、俺ぁ、ガキを一人預かってる。そいつと仲良くしてやってくれないか」
息子にこんなこと頼むなんて、父親失格だよなぁ!
父さんは笑って言った。
なんだよ、お前、母さんと碌に会ってやらないで、そんなことしてたのかよ。
苛立った。
「パパ、パパ、おっきしてぇ」
苛立った。
「にい、パパおきない」
苛立った。
「私は、君の兄では・・・」
だから、少女に現実を突きつけてやろうと思った。そうすれば、この気持ちも晴れるのではないかと。
でも出来なかった。
不安げな顔だった。
父さんが死んだことさえ、この少女は理解していなかった。立てかけられた遺影から、父さんが起きてくるのだろうと思っているようだった。無垢な顔。
ダメだ、こんなの、壊せない。
寂しいね。
「いや、私は君の兄なのだ。そういうことになったのだ。気にするな、父さんはちょっと遠くに行っただけさ」
父さん、悔しいけど、仲良くするよ。家族になるよ。
「さ、ご飯の時間だ。母さんが待ってるよ」
「うん」
♦♦♦
「って、ことがあったんだ」
「そう」
雪ノ下雪乃は興味なさげに呟いた。
「なんだよ、雪乃君。もうちょっと反応してくれたっていいのに」
白いワンピース姿の彼女は、チューペットを齧りながらテレビ画面に食い入っていた。
「もしかして、ここ一週間遊べなくてムカついてるとか、そういう?」
チューペットのポリエチレン容器をこちらに投げ付ける雪乃君。どうやら図星らしい。
「悪かったよ、でも仕方ないだろう?片付けとか、いろいろあったんだよ」
私の言葉にゆっくり振り向いた彼女は、バツが悪そうな顔をして言う。
「・・・わかってるわよ、そんなの。でも連絡してくれたって・・・いえ、ごめんなさい。今日はあなたの顔を見に来ただけ。元気にしてるかと思って」
「私は元気さ、モリモリ元気。しょげちゃってんのは母さんと、そこの天使ちゃんだけさ」
私の視線の先には、すやすやと寝息をたてて眠る少女の姿が。彼女は我が父の置き土産にして、我が妹。血は繋がっちゃいないが、可愛い奴だ。今は遊び疲れてお昼寝タイムなのである。
「ああ、キモッ、キモイ!あなたね、自分の妹にそんなッ、天使ちゃんだなんて、反吐が出る!」
「ひどいなぁ、他意は無いのに」
雪乃君はどうにも、自分の姉の事を思い出してしまったらしい。身震いしてやがる。
「雪乃君はさ、そろそろお姉さんと仲直りしたらどうだい」
「嫌よ、絶対にイヤ!あの人、私の写真を部屋中に貼るのよ!?しかも何度剥がしても!」
それはご愁傷様。せいぜい仲良くやってくれ。
「だからね、私、その子のことが心配なのよ。あなたみたいなムッツリスケベと一つ屋根の下、何も起きないはずがなく・・・」
「変な妄想はやめてくれ、私がこんな超天使に卑猥なことをするなどあり得ない!」
「ああ嫌!そのセリフがもう厭らしいわ!耳が妊娠する!」
不潔よ!私もう帰る!
彼女はそう言うが早いが、荷物を纏めて帰っていった。
まったく、雪乃君も心配性がすぎるぜ。私がそんな非人道的なことするわけないのに。
「さてと、天使ちゃん、ベッドに行きましょうねぇ」
こんなソファでかわいいかわいい天使ちゃんを寝かせておくわけにはいかない。風邪をひいてしまうかもしれない!私は急いで妹を抱え上げると、そのまま二階の寝室に向かった。
「いいね、その寝顔。かわいいね」
「おい息子、何やってる」
「写真にとるよ、うふふふふ」
「こら、その気持ちの悪い薄ら笑いを止めろ」
「うふふ、かわいい、うふふふ」
「話聞けこのバカもん」
頭蓋に衝撃!私は痛みにのた打ち回る。ついでにカメラが落ちた。
「うあーーーッ、私の一眼レフゥウウウ!!!!」
泣いた。
顔を上げたら母の姿。
「あら、帰っていらしたんですか母さん」
「帰ってたよ息子」
「えへへ、これはその、記念撮影・・・」
「そうか、そう・・・ずいぶんと気持ち悪くなっちまったなァ、息子よ」
うーん。母さんにまでそう言われるとは、心外な。
「そう言う母さんだって、マイシスターをなでなでしまくってたじゃないか。しかも匂いまで嗅いでた!」
「あれは親愛のスキンシップだ。お前とは違う」
「ムキーーーーッ!わたくし憤慨!」
ああいえば、上祐。ふざけやがって。同じムジナの穴だろうが、認めろ!
「勝手に憤慨してな。あとお前はこの部屋から出てけ!」
首根っこを掴まれて、私は部屋から追い出された。ああ無情!せめてカメラだけでも回収させてくれ!
バタンッ
勢いよく閉められた扉、私は冷たい廊下の上。実はあの部屋、マザーの部屋なのよね。そりゃ勝手に部屋に入られたら誰だって怒るよ。私だって怒る。
でも畜生、羨ましい・・・!天使ちゃんを独り占めできるなんて、母親としての職権を乱用している、間違いない!
『・・・んで・・・あ・・・くぅ・・・』
閉ざされた向こうから、すすり泣く声。
あのカメラ、父さんのだったもんな。中身は母さんと、私と、そのまんま。見ちゃだめだよ母さん。悲しくなってしまう。妹のそばで泣かないでくれよ。いつもの勝気でいてくれよ。
私はいたたまれなくなって、その場からそっと離れた。
こればっかりは、私に出来ることはない。時間が解決してくれるのを願うほかない。しょうがないんだ。みんな悲しいんだ。
私は、私は・・・悲しいけど、そうでもないな。
結局私は他人か。
母さんは今、冥土を惑っている。父さんの面影を探して歩く亡霊だ。心を冥土に惑わせて、ふらふらふらふら、見てられないよ。
ああ、早く立ち直ってくれないかなあ。
♦♦♦
わかってたけど、所詮私は偽物ってことだ。しかしそれは客観的に見て偽物ってだけで、自分自身は自分を本物だと思ってる。信じてる。それは今も変わらない。
だけど、一緒になって悲しめないのは、やっぱり私が偽物だからだろうか・・・そう思うと、本物に焦がれる気持ちも分からなくはない。羨ましいよ、ほんと。
(日記より抜粋)
https://syosetu.org/novel/218375/
久しぶりに書いたけど笑えるくらい伸びなかったので宣伝します。SAOです。上記URLから飛べます。
※追記
矛盾する文があったので、該当箇所を削除しました。
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