【凍結】愚者ガイル   作:邪骨

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第二話 私は悶々などしていない

 今日は学校に行ったよ。大変つまらなかったな。知能レベルに差がありすぎて会話がまともに成立しないんだもの、イヤになっちゃう。そんなことよりもだね、彼女の名前を今日知った。本来は昨日聞いておくのが自然というものだが、すっかり忘れてしまっていた。

 

(日記より抜粋)

 

♦♦♦

 

 愚か者とは私のことである。何もできないし何もしないしする気もない。ないない野郎で馬鹿野郎な私は、今日も今日とて適当に取り繕った言葉を吐いて生きている。大半は本音なのだけれども。

 

「あの、どちらさまですか」

 

 だからこうして他人を気遣った会話が苦手なんだ。

 

 私の発言にたじろぐ褐色の少年は、どうやらこのクラスのカースト上位層の人間らしかった。彼の後ろで控える不細工な女共は、私を指さして何やらひそひそとザワめいている。君ら碌な人間にならんぞ。私が保証してやる。

 

 さてさて、何故こんなに居心地の悪い状況になっているのだろうね?そうだ、昨日私が学校に登校してこなかったことを心配して話しかけてきた少年に対して冒頭のセリフを吐いてしまったのだった。流石に名前を知らないとはいえ、配慮に欠けた発言であった。もしかしたら私と彼は友人同士であったのかもしれないのに。

 

「いやはや、すまない。私は若年性健忘症なんだ、すまないね」

 

「は?じゃくねんせい?けんぼう?」

 

 あれ、言葉が上手く伝わっていないようだ。そうかそうか、そういえば此奴等は未だ小4の身、そもそも健忘症を知らないというわけか。

 

「言葉が悪かったみたいだね。物忘れがひどいようなんだ、だから君の名前も忘れてしまったんだ」

 

「お、おう。そうなのか、ならしかたないな」

 

 まあ健忘症云々は嘘なのだけれどね。だって「私はキミが知っている私とは別人である」何て言えるわけないではないか。仮に言ったとしても理解されないだけだし。

 

「そうなんだ、仕方ないんだ」

 

「うう、お前なんかかわったな」

 

「そうかしら」

 

 うん、中身が違うからね。以前と変化が無かったら逆にオカシイものだよ。しかし以前の私はいったいどういう人間だったのかしら。前世の私はこういう溌溂そうなクラスの人気者とは縁遠い存在であったわけだけれども。

 

 とにかく、ちゃんと学校に行くという今日のミッションは成功したわけだから、それで良しとするとしよう。

 

 私はそう思うと、窓の外から見える雲の数を数え始めた。だって授業がつまらないのだもの。

 

 

 午後三時半ごろ、学校は学童を開放する。

 

 

 やれやれ、やっと終わったぞ。私は颯爽と教室を抜け出して家に走る。何故だか知らないが、ワクワクしていた。そうだ、小学生の頃は何でかこうしたどうでもよい事柄がワクワクしたものだ。私は小学生なんだ。これは精神が体に影響を受けているということに他ならないが、それは気にするべきところではない。今はただ、走る。言い知れぬワクワクと共に!

 

 息を切らして家の手前まで走った。ここまでの体感時間はだいだい10分くらいか。前世の18歳ボデーでは5分と走ることもままならなかったというのに、中々パワフルな体だ。

 

 ふと前を見ると、見知った顔があった。

 

 それは黒い髪を肩まで伸ばした愛らしい少女であった。少女は我が家をチラチラと見ながら、ソワソワとした様子で辺りをうろついていた。おいおい、可愛いじゃないか。

 

 私は小学生特有の悪戯心をムクムクと花開かせると、少女に気づかれぬよう、ソオっと彼女の背後に忍び寄った。

 そして気さくな挨拶をしてやるのだ。「やあ」とね。

 

「きゃあっ」

 

 少女は心底驚いた感じで、へなへなと地面に座り込んでしまった。どうやら腰を抜かしてしまったようである。

 

「カワイイ声を出すじゃない。ごめんよ、ちょっと魔が差したんだ」

 

「あ、あなただったのね・・・びっくりさせないで頂戴」

 

「悪かったよ。それで君、どうして我が家に?」

 

 当然の疑問である。彼女の様な可憐な少女が、一体全体どうして恐ろしい鬼婆の住まう巣窟にまで足を運ぶのか、とんと理解できない。

 

「・・・なたが・・・てって」

 

「ん、聞こえんな」

 

「あなたが来てもいいって言ってくれたんじゃない!」

 

 少女は大声でそう言うと、そっぽを向いてしまう。怒らせてしまったらしい。そう言えば確かに昨日少女に対して「明日も家に来ていい」と承諾したが、まさか真に受けるとは。

 

「社交辞令のつもりだったんだが」

 

「えッ・・・」

 

 少女と私の間に静寂が訪れる。

 

 よく見れば少女は涙目ではないか。しまった、泣かせてしまった。まったく、思ったことがつい口に出てしまうこの口が呪わしい。何とか弁解せねば。

 

「冗談、冗談だよ、泣かないで。泣かないでってば」

 

「あ、あなた、あなたが来てもいいって・・・」

 

「うんうん、そうだよ、その通りさ。迷惑なんか決して感じていないんだから。少し意外に思っただけだから。さあさあ、家にお上がりよ、飲み物はオレンジジュースがいいかな?それとも紅茶かな?」

 

「紅茶!」

 

 少女は完全に拗ねてしまって、図々しくも紅茶を所望すると黙ってしまった。これは失敗したかな。もう少し気の利いた事を言えたらよかったわけだけど、そんな事が言える玉じゃないだろう私は。しかたないな、うん。

 

「まあ、座りなよ」

 

 私は少女を居間のソファに座らせると、キッチンの冷蔵庫から『午○の紅茶』を取り出す。ははは、粉末紅茶?そんな洒落乙なモノ、我が家にあるわけないじゃない。ちなみにこの『◯後の紅茶』は母の私物だよ。

 『午後の◯茶』が1986年発売であったことを知った当時の衝撃は忘れられないが、そんな事はさておいて、カップに内容物を注いでレンジでチンしてしまおう。

 

 チン!

 

「おまたせ」

 

「匂いは良いわね」

 

 おや、金持ちそうな君からそんな大層な評価を貰えるとは、キリンは誇ってもいいぞ。

 

「味はいまいちね」

 

 ズズズイッと紅茶を口に含んだ彼女は微妙そうな表情でそう言った。おいコラキリン、もっと精進せえよ。

 

「でも機嫌は直ったろう?」

 

「あなたのその無神経な物言いのせいで、直りかけた機嫌は元通り悪くなったわ」

 

 まったくあなたって人は、どうしてそう人を気遣うことが出来ないのかしら。

 

 彼女はそんな風にブツクサと文句を呟いた後、少しだけ笑顔になってこう言った。

 

「それで、今日は何をするのかしら?」

 

 ごめんよ、何も考えていないんだ。

 

♦♦♦

 

 結局私と彼女は、テレビ下の収納にあった『NieA_7』のDVDを観ることにした。今生の母は良い趣味をしているよ。

 

「どうしてニアたちは地球に落っこちてしまったのかしら」

 

「さあね」

 

 私は少女の疑問に曖昧に答えながら、時計に目をやった。今日の楽しい時間も、そろそろ幕引きみたいだぜ。

 

「なあ、今日は・・・」

 

「今日はまだ後一時間くらい遊んでいけるわよ」

 

「そうなの」

 

「母さんは父さんと外食しているから、きっと夜中にしか帰ってこないの」

 

「ふーん」

 

「今、少し迷惑だって思ったでしょ」

 

「まさか」

 

「どうかしらね」 

 

 私は君が居ることを迷惑だとは思っていないさ。本当だよ。ただ、女の子とこうも長時間接したことが無かったものだから、少々落ち着かないだけなのさ。

 

 彼女は私の顔を胡乱げに見つめると、視線を逸らしてDVDの二巻に手をかける。どうやら『NieA_7』は彼女のお眼鏡に適ったらしい。

 私はネタバラしをしたい気持ちを抑え、彼女の横顔を見る。綺麗な顔してるじゃない。それが何でこんな男に絡んでくるのやら。おっと、最初に絡んだのは私でしたかな。

 

 午後6時。今度はホントにお開きの時間。

 

「ねえ」

 

 帰り際、昨日と同じく巨大なリムジンを背景に、同じ構図で彼女は言った。

 

「私には雪ノ下雪乃という名前があるわ」

 

「うん」

 

「だからその・・・君とかじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでほしいのだけれど・・・」

 

 やはり含羞めいて俯き、回答を待つ彼女。

 

「かまわんよ」

 

 女の子が恥じらいながらも勇気をもって捻りだした言葉だ。無下に扱うはずもない。

 

 私の答えを聞いて安心したのか、彼女は顔を明るくして「またね!」と言った。彼女らしからぬそのセリフに面喰らってしまった私は、呆然と彼女がリムジンに乗り込むのを見送るしかなかった。

 

 やめてくれよそういうの、ドキドキしてしまうではないか。

 

 私は自室の布団に顔を埋めて、この悶々を鎮めんと見悶える。これは決して悶々としているのではない。思春期特有のそういうのではない。私は悶々していない!

 

 とりあえず明日からはアイツの事を『雪乃君』と呼んでやろう。きっと喜ぶはずさ。

 

 

 

 

 

「あんた、何してんのよ」

 

 母さん、帰ってきたところ悪いのですが、水を差さないでください。

 

「また馬鹿でかい車が見えたんだけど、あんた何か知らない?」

 

 お友達が来たんですよ、ええ、お友達。勘違いしてはいけませんよ、お友達なんですから。

 

「あんたが何を言っているのかはさっぱりわからんが、リビング、片付けろよ?」

 

「はい」

 

 畜生この鬼婆め、人の気も知らないでさ。

 ちなみに今日の晩御飯はハンバーグでした。大変美味しゅうございました。

 

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