【凍結】愚者ガイル   作:邪骨

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第三話 これは逢瀬である

 今日は雪乃君と共に街へと繰り出した。つまりは逢瀬であるわけだが、これは決してデートではない。友情を深める儀式であって、そういう破廉恥極まる行為ではないのだ。

 

(日記より抜粋)

 

♦♦♦

 

 雪ノ下雪乃が我が家に連日来訪するようになってから三日目。やはりと言うべきか何なのか、今日も雪ノ下雪乃は襲来した。

 

「遊びに来たわ」

 

「今日は土曜日なのだけれど」

 

「ええ、知っているわ。だから遊びに来たのよ」

 

 私は嘆息して空を見上げる。時刻は午前5時、大半の家庭がスヤスヤと惰眠を貪っているであろう時間だ。来るにしたってもう少し時間を置くだとかやりようはあったろうに、非常識な奴である。

 

「バカ面晒して空を見上げても、何も得る物はないわよ?」

 

「だまらっしゃい」

 

 まったく行動から発言までやたらと失礼な女だな。昨日の可愛らしさをもう少し思いだしたらどうだね。しかしこんな時間に娘を一人で他人の家にやるとは、家の者はどんな管理をしてらっしゃるのか甚だ疑問である。まあ雪乃君には尋ねるつもりはない。聞きたくないし、話したくもないような碌でもない内容に違いないからである。

 

 ぐ~~~ッ

 

 と、腹の虫が鳴ったのは、私ではなく雪乃君であった。

 

「もしかして、朝食を摂ってきていないのかい?」

 

「悪い?」

 

「いや、悪いというか・・・」

 

 それは大丈夫なのか?

 

 頬を赤らめ恥じらう彼女に不安を覚えた私は、それを払拭するために彼女を我が家の朝餉に誘うことにした。

 

「お邪魔してしまってよいのかしら?」

 

 そこで気を遣い始めるくらいなら早朝に来ないでくれ。

 

「気にしないでよ。うちの鬼婆に作らせればいいのだから」

 

「ほう、誰が誰に作らせるって?」

 

「あはは、二度も言わせないでくれよ。我が家のボス猿大鬼婆様に作らせれば・・・」

 

「あなた、後ろ後ろ」

 

 雪乃君、後ろって何だい、後ろって・・・

 

「・・・はは」

 

 後ろには、寝ぐせなのか怒髪なのか、髪を逆立てた我が母が居た。心なしか母の背からは赤黒いオーラが覗いているような・・・気のせいか。

 

「もういっぺん言ってみろよ愚息」

 

「ははは、お母様に置かれましては今朝もご壮健でなにより・・・」

 

 母さんは私の愛くるしい頭蓋に、怪力から捻り出された拳骨を叩きつけた。

 

「あんたがこのバカのお友達?」

 

「そ、そうです」

 

 眼前のバイオレンスアクションに狼狽する雪乃君は、母の質問にたじろぎ答える。

 

「そう、朝ご飯がまだだって言ってたよね」

 

「はい、そうですが・・・」

 

「バカ息子の言いなりというのは癪に障るが、女の子を腹ペコにしておくのは忍びないか」

 

 母さんはブツブツと言葉を吐いたのち、雪乃君を我が家に招き入れた。

 悶絶する私を放置して、だ。鬼婆め。

 

 ぐ~~~ッ

 

 今度こそは私の腹の虫であった。腹が減りましたよ母さん、母さん。無視ですか、そうですか。

 

 三十分程転がっていただろうか。

 

 そんなところで蹲っていないでサッサと家に入れ。そう母に命令された私は、子供三原則第二条『親の言葉は絶対』に従って、痛む頭を抱えながら朝食の席に着いた。

 

 今日の朝食は味噌汁と納豆、スクランブルエッグにレタスのサラダ。和洋折衷という言葉が私は嫌いだが、それはこのように統一性の欠けた献立に起因するように思う。それは前世も、今世もである。何だって母親というものはこうも和洋のバランスを考慮しない食卓を構築できるのか、はげしく疑問である。

 

 ちなみにこの疑問を母に言ってみたところ、ガチギレされたのでもうこの話題は母には振るまいと心に固く決意した所存である。

 

 閑話休題

 

 私は我が家のダイニングテーブルを不当に占拠する・・・いや、鬼婆が招き入れたのだから正当に占拠か、ともかく目の前の雪乃君を見やる。

 

 彼女は口いっぱいにサラダを頬張って咀嚼している最中だ。飢えた野良猫の様で品性の欠片もない食い方だが、美味そうに飯を食らう人間というのは、何だか見ていてほのぼのとするから嫌いではない。母もその類の人間らしくて、慈愛の籠った眼差しで雪乃君を見据えていた。ホントに鬼婆かあんたは。私にも少しくらいその優しさを分けておくれよ。

 

「おい馬鹿、ボケッとしてないで飯を食え」

 

 ほらね、私となるとこの口調である。愛をください。

 

「フフッ」

 

「何だよ雪乃君、私がそんなに可笑しいのか」

 

 私は笑顔の雪乃君に抗議の言葉を送るが、彼女の返答によってその気は失せてしまう。

 

「だって、こんなにも暖かな会話、久しぶりだったから・・・」

 

 重いよ。

 

 母さんは顔を曇らせてブツブツ言い始めるし、私も聞きたくもない家庭環境の一端を垣間見て気分が悪いよ。気が沈むよ。

 

 そんなこんなで食事を終えた私と雪乃君は、今日の予定を立てるべく話し合うことにした。

 

「何をして遊ぶかなんぞ考えとらんぞ」

 

「なら、『NieA_7』の続きでも観ればいいじゃない」

 

「そんなに気に入ったのか、あれ」

 

 しかし残念だね雪乃君。今日は鬼婆が一日中家に居るから、不用意に母の私物に触れるべきではない。

 

「だったら何をして遊ぶというのよ」

 

「色々あるだろう、トランプとか、将棋とか・・・」

 

「嫌よ、今日は『NieA_7』を観ると決めていたのに」

 

 どんだけだよ君。そこまでか、そこまで気に入ったのかよ。

 

 助けてくれ鬼婆、いやお母様!

 

 私の視線を汲み取ってくれたのか、母は私たちの方に寄ってくるとこう言った。

 

「金やるから外で遊んで来い」

 

 有無を言わせぬ圧力であった。これにはさしもの雪乃君も何も言えずに頷くほかなかったらしい。それはそうと、私は母が最後に言ったセリフが気に食わなかった。

 

 ―――ああ、お前は掃除当番一カ月な―――

 

 ふざけんな。

 

♦♦♦

 

 私の手には万札一枚。掃除当番一カ月という児童労働の前払い金である。これを使って外で遊んで来いというのは親としてどうなのだろうか。どうせ家では一日中怠惰に眠り耽るクセしてさ、ちょっとは親らしく息子の友達の接待でもしたらどうだ。

 

「で、何処に行くつもりなのかしら?」

 

 『NieA_7』が観れなかったからだろうが、若干不貞腐れた顔で雪乃君は言う。無茶言わんでくれよ、こちとら転生してまだ4日なんだぜ。土地勘なんてあったもんじゃないのに、何処に行けば良いというのか。第一私に女の子をエスコートできる器量なんてないのだから、そもそもが無茶な話なのである。

 

 畜生、久しぶりにダラダラしようと思ったのに、それもオジャンだよまったく。知ってるかい?どれもこれも雪ノ下雪乃ってやつが原因なんだぜ。困りものだよね。

 

 私は隣で文句を垂れる雪乃君を恨みがましく見る。今日の彼女は、白い上着、黒いケープに黒いジーンズ、頭上には黒いキャスケット。君はどこぞの探偵にでもなるつもりなのか、そうツッコミを入れたくなる服装ではあるが、憎らしいほどに似合っていた。こんなものでトキメク私はきっと馬鹿なのだろう。

 

「下卑た目でジロジロと見ないでくれるかしら」

 

 このどこまでも失礼な口調さえなければなぁ。

 

 さて、何処へ行くか。そう言えば昨日知ったのだが、私が住むここは千葉県らしい。しかも千葉市だと。さっぱりわからんなァ、私の前世は千葉県民ではない故。

 

 結局は駅に行けば何かあるだろうということで、千葉中央駅にやってきた。どうやら東口に鎮座する『京成ホテルミラマーレ』という建築物の中には、映画館が入居しているようである。2002年オープンとのことなので、まだ出来て二年のロリっ子映画館だ。

 私たちはそこで映画鑑賞をすることにした。

 

「何がやっているかね」

 

 雪乃君はこういうところに来たことがないのか、物珍し気に館内をうろつき回っている。微笑ましいことだ。

 

「ねえ、これとかどうかしら」

 

 私が良さげな映画がないかと上映中作品一欄と睨めっこをしていると、雪乃君が一つのポスターを指さしてきた。

 

 その映画は、題を『APPLESEED』といった。

 

 ほんと良い趣味してるよ雪乃君は。

 

 

 

 

 

 

 

「とても良い映画だったわ」

 

「それはよかった」

 

 映画の感想を言い合うのも映画鑑賞の醍醐味であると私は思う。雪乃君もそれを肌で理解しているのか、それともただ興奮しているだけなのか、いつにもまして饒舌である。あまりにも喋りまくるモノだから、こちらが少し気圧されてしまった。

 

「ははは、そんなに面白かったのなら、これをやろう」

 

「これは?」

 

「映画のパンフレットさ」

 

 そう、パンフレットである。前世で色々と映画を観てきた私だが、観た記念としてはパンフレットが一番最適であると中学生の頃結論付けて以来、パンフレットは欠かさずに買うようにしていたのだ。

 

「貰っても・・・良いの?」

 

「いいともさ。君にあげようと思って二冊買ってあったんだから、気にすることはないよ」

 

「そこは抜け目ないのね」

 

 素直に喜んだらいいのに、君という奴は強情だな。しかし体は正直だ。口元が綻んでいるぞ、雪乃君?

 

「喜んでなんてないわ」

 

 ホント素直じゃないねぇ。

 

 私と彼女は駅の改札口まで歩いて、そこで雪乃君に引き留められた。

 

「・・・朝の事はすまなかったと思っているわ」

 

「あん?」

 

 唐突に何だよ、雪乃君。

 

「私、今日は家に居たくなかったの。それで・・・ご飯も食べずに出てきてしまった」

 

「・・・」

 

「だから、そうね、『NieA_7』を観れなかったのは残念だったけれど、外でこうして遊ぶのもなかなか新鮮だったわ」

 

 何が言いたいのだよ。というか、まだ根に持ってたのかよ。

 

「・・・鈍い人ね、ありがとう、と言っているのよ」

 

「まあ、どういたしまして?」

 

 いいさ、私の時間くらい。友達が喜ぶのなら捧げるのも苦ではないからね。

 

 不意に五時の鐘が鳴る。寂しさと焦りを含んだメロディが、早く帰らねばと囁きたてる。

 

「電車で帰るかい?雪乃君」

 

「いいえ、きっと迎えが来るから遠慮するわ」

 

「きっとって・・・」

 

 んなアホな。私のそんな思いに反して、ここ三日間で聞きなれた甲高いブレーキ音が聞こえた。

 

「ほら」

 

 どこか勝ち誇った表情の彼女は、私にひらひらと手を振って見慣れたリムジンへと駆けていく。

 

 君は帰っていいのか。家は居心地がいいのか。明日も来いよ。

 

 色々な思いが心中では渦巻くが、上手く声に出せない。そうしている間に雪乃君は車内へと乗り込んでしまっていて、次の瞬間には駅を後にしていた。

 

 独特の排気音を伴って。

 

 雪乃君を乗せたリムジンが駅から見えなくなるまで、私はボケッとその様子を見守って、後は電車に乗って虚無的に帰宅した。

 

 何だ、雪乃君が居ないとつまらんことこの上ないな。全く、何から何まで唐突な女だ。まるで猫のようだよ。それは食い方も行動も、気難しい性格も、本当に猫のようだ。願わくば犬になってくれるなよ。私は犬よりは猫派なんだ。

 

 私は閑静な住宅街の中、我が家を前にしてそんな事を思った。

 

 ちなみに母はリビングで飲んだくれて寝ていたので、蹴飛ばしておいた。酒臭いんだよこの鬼婆が。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、雪乃君が家に現れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

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