【凍結】愚者ガイル   作:打木里奈

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何故日刊ランキングに載っているのか、これがわからない。


第四話 突撃!雪ノ下さんちの晩御飯!①

 私は無力な小学生である。友達を簡単に泣かせる奴が無力以外の何だというのだろう。別に泣かせるつもりはなかった。それに原因が私にあるとは言い難い。

 いや、いや、わかっている。理由がどうあれ彼女を泣かせたのは私であるから、その責は甘んじて受けようではないか。

 

(日記より抜粋)

 

♦♦♦

 

 雪ノ下雪乃が我が家に来なくなってから、6日が経つ。先週の土曜日に映画を見に行ったのが最後である。

 三日間欠かさず家に来ていたとはいえ、毎日来るとも、来いとも言っていないわけだから気にする方がおかしいのかもしれない。彼女にだってきっと予定があるハズで、それは致し方のない事であった。

 

 しかし仕方がないとは言っても、私は納得しかねていた。それはまるで、餌付けをしていた野良猫がある日を境に姿を見せなくなったような不気味さで、私の心を搔き乱した。

 

「お前元気ねぇな」

 

 褐色肌の級友にそう言われるくらいには乱れていた。

 

 母曰く目は虚ろで、口は半開き。白痴の者を思わせる挙動不審ぶりであったらしい。まさか自分がそんな事になっているとは想像だにしなかった。私としては「つまらないな、雪乃君は来ないのだろうか」と思い続けていただけなのだが、不思議だ。

 

 どうやら私は雪乃君に依存していたようである。

 

 そんな私を見かねたのか、それとも雪乃君を心配したのか、母は私の尻を蹴飛ばして「雪乃ちゃんを探してこい」だの言う。

 馬鹿じゃないのか鬼婆、そんな迷惑になること私が出来るかよ。雪乃君の都合もちっとは考えてやれというんだ。

 

 平日の昼間、学校を強制的に休まされた私は、途方に暮れて街を歩いていた。

 

 商店街は私の気など露知らず、騒がしく賑やかである。ここを抜けて曲がり角を右に行き、林道を10分歩けば雪乃君の通う私立小学校がある。

 私は足元の小石を蹴飛ばして、行くか行くまいか思案していた。普通は行かない選択をする。それが賢さというものだ。しかしながら人間とは愚かなモノであるから、ここで行ってしまう輩もある。

 

 そして私は愚かであった。1、2分程の考えの末、私は歩きはじめる。それは当然、雪乃君が居るだろう学校へと、だ。

 

 若木の爽やかな匂いを嗅ぐも、気は進まない。だけれども私は雪乃君と話をするために、林道を歩く。会って何を話すのかなんて何も考えてはいないが、それは会ってから決めればいい話だ。きっと、自然と口から言葉は漏れ出るはずさ。

 

 私は林を抜け、荘厳な門を潜りぬけて、小学校に侵入する。見つかっては事なので、さっさと移動するに限る。目立たない様に学校の塀に沿って体育館裏に向かう。

 

 雪乃君と初めて出会った場所だ。

 

 

「やあ、雪乃君」

 

 

 彼女は・・・雪乃君は相変わらず目の周りを赤く腫らして、黒い髪を風に揺らしながら、そこに立っていた。

 

♦♦♦

 

 若くして苦労した。周りは敵だらけで、蹴落とし蹴落とされる競争の中を育ったらしい。そんな生活をしていたからなのか、それとも生来の性なのか、自分こそが絶対であると思い、それ以外を排する性格になってしまったようだ。それは生活に余裕が出来てからも変わらなかったから、やはり生来のものなのかもしれない。

 それからいろいろとあったみたいだが、結婚して子供も娘二人に恵まれた。

 

 彼女は娘二人の教育に心血を注いだ。理由は様々推察できるが、ともかく彼女は立派であることを強要した。

 

 偉くたれ。

 

 優雅であれ。

 

 いついかなる時も、上に立つものとしての自覚を持て。

 

 思い込みの理想像を娘二人に嬉々として押し付ける彼女の姿は苛烈そのもの。見る人が見れば虐待と見紛うものばかりであったらしい。暴力こそ振るわなかったものの、娘に向けた言葉は思いやりの一片も感じられない冷酷なモノばかり。

 

 それは幼かった娘が歪んでいくには十分すぎるものであった。

 

 長女は賢く、性格は傲慢になった。気に食わないものは排除し、気に入ったものには優しくする。母そのものの姿だった。しかし優秀でありすぎたがために、その傲慢さを隠し、周りと不和を生むことはなかったようだ。

 

 そして次女はその姉を目標として日々を生きてきたが、如何せん姉程の才能が無かった。母からは姉と比べられ、姉からは馬鹿にされ、鬱屈とした生を過ごしてきたらしい。

 

 鬱屈。

 

 鬱屈はいけない。人生とはそう押し込められておくものではない。そうして抑圧された魂の迸りが、結果として革命を促すのだから、支配者はそうならないように十全の配慮をしなくてはならない。

 

 それは教育/育児もまた然り。飴と鞭がいかに重要なことか、彼女はさっぱり理解していなかった。

 

 そんなだから、次女は早めの反抗期に入った。言動は周囲を威圧するように変質し、変なヤツを見つけてチョロチョロと付きまとうようになってしまった。

 

 その変なヤツとは私のことであり、雪ノ下雪乃こそが件の次女である。

 

 これは雪乃君からボソボソと話された言葉を総合し要約したものだから、実際のところはどうなのか、というのは分からない。分かりたくもないが、その一端を知ってしまった者としての責任は果たさねばならない。

 

 そのためにはまず、何故こんな事を知らねばならなかったかを皆に知っておいてもらいたい。それを今からお話ししよう。

 

 

 

「やあ、雪乃君」

 

 私の姿を認めた彼女は、我が渾身の気さくな挨拶を無視すると、潤ませていた瞳を決壊させて「ごめんなさい」だのと泣きじゃくる。

 君はホントによく泣くなァ。

 

「こらこら、人の顔を見て泣くもんじゃない。失礼だろう」

 

 私は少々意地悪を言った。一週間も会えていなかったことに苛立っていたのかもしれない。それは反省すべきところだ。

 

 雪乃君は私を無視して暫く泣いた後に、ようやく口をきいた。

 

「この前貰ったパンフレットなのだけれど」

 

 彼女が言うには先週末、私と別れ家に帰った後、しこたま母に叱られたらしい。それは仕方のないことだ。自分の子供が朝飯も食わずに、誰にも何も告げずに外出しては叱らぬわけにはいかなかろう。

 

 問題はその後のことである。

 

 母は怒りに任せて、私のくれてやった映画のパンフレットを、ぐしゃぐしゃにして捨ててくれたらしい。

 

 けしからん母親だ、それはあんまりなことだ。私の母だってそんな事はしない。するとしたって鉄拳制裁くらいなもんだ。

 

 そうして見るも無残な姿になったパンフレットを抱えて、雪乃君はこう思った。

 

 明日私に会わせる顔がない。

 

 雪乃君はどうにも踏ん切りがつかぬままこの6日間を惰性のまま過ごしたらしい。

 

「だからその、ごめんなさい」

 

 私はそう謝る雪乃君を責める気にはなれなかった。そりゃあ親に怒られるだけのことを彼女はやったのかもしれないが、娘の私物を破壊するとは親のすることではない。そのショックの程、はかり知れたものではなかろう。だから我が家に来なかったことなどは些細に過ぎず、どちらかといえば私は彼女の母親に憤慨するべきであった。

 

 故に私は雪乃君にこう言った。

 

「まったく、君の親御さんは何と非道なお方なのだろう。どれ、悪行の数々をここに詳らかに吐き出してしまえ。楽になるかもしれぬ」

 

 これがいけなかった。

 

 私の言葉を聞いた彼女は、饒舌に雄弁に、包み隠さず何から何までお話ししてくれやがった。これを要約したものが上に記したものである。聞けば聞くほど気分が悪くなり、何度か叫びたくなってしまうような内容であった。

 

 彼女の母は世間でいうところの教育ママのように思える。世間ではこういう人間が頻繁に自身の子供に殺害されているというのに、暢気なものである。まさか自分の娘がそんな事をするとは思いもしていないのだろう。確かに雪乃君が親殺しなんて馬鹿なことをするとは思えないが、それでもアンタ、相当嫌われてるぜこれは。

 想像力の欠如、これこそが原因ではないか。雪乃君の母には正常な想像力が備わっていないのだ。そして人の意見を聞かない、馬鹿。こういうのは愚か者ではなく只の馬鹿というんだよ、馬鹿。

 

 いろいろと黒い言葉を吐きたい気持ちをぐっとこらえて、うんうんと唸りながら雪乃君の話を聞いてやる。言い出したのは私なのだから、仕方ない。

 

 15分程喋っただろうか、雪乃君は満足したらしく、「確かに楽になったわ」といつも通りのすまし顔で言った。

 そうだ、君はその顔の方がよっぽど似合っているよ。

 

 ゴーン、ゴーン

 

 と、鐘の音が鳴った。

 

「いけない、授業が始まってしまうわ」

 

 彼女は「話を聞いてくれて、ありがとう」だなんて言うと、すくっと立ち上がって校舎の方に走って行く。

 

「なあ、雪乃君」

 

 私はそれを制止する。

 

「何かしら」

 

 不思議そうな顔をする彼女に、私は言った。

 

「今日は君の家に行くから、連れて行きたまへ」

 

 雪乃君の家に乗り込んでやるのだ。

 

♦♦♦

 

 私は酷く後悔していた。

 

 ああ、何が「君の家に連れて行け」だ。頭がおかしいんじゃないか。図々しいのは私の方だぜまったく。

 

 母親にそのようになったと伝えると、爆笑された。

 

 曰く「変梃なアンタがもっと変なことをし始めた!」らしい。解せぬ。今世の私は変な奴だったようだ。ただし私は変ではない。断じて違う。

 

 さて、雪乃君は私がお邪魔することを了承してくれたわけだが、正直なところ彼女の親に鉢合わせたくない。あんな啖呵を切っておいて何だが、私はこれっぽちも雪ノ下邸に突撃する覚悟などできていなかった。

 

 母親はそんな風に困って頭を抱える私を見てさらに笑っていた。元はといえばあんたが私を雪乃君の方にやったのではないか。だからあんたのせいだ!

 

 責任転嫁も甚だしかった。

 

 一般的な小学生のスケジュール通りならば、雪乃君が私を迎えに来るのは4時ごろだろうか。この前はそのくらいに来た気がする。

 それまでにどうするか考えてかねば。うん、私の想いを踏みにじってくれた雪ノ下母にはケジメをつけてもらわねばならないからね。

 

 ところでいつまで笑っているんだい、母さん。

 

「だってアンタ、父さんにそっくりなんだもん」

 

 凄く腹が立ったことだけは記述しておこう。誰があんなゴリラだというんだ。

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