【凍結】愚者ガイル   作:打木里奈

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そのうち書き直します


第五話 突撃!雪ノ下さんちの晩御飯!②

 午後四時二十五分、彼女は来た。

 

「約束通り、迎えに来たわ」

 

 雪乃君は不安げな顔で告げると、私をリムジンの中に招き入れた。

 

 愚かだね雪乃君は、そんなモノ憂いた顔をするものではないよ。安心したまへ、私たちは遊びに行くんだぜ。何を心配することがあろうか。ここはいつもみたくクールな顔をしておくといい。何、私はこう見えて根性のある方なのさ。

 

 そう思いはしてみたはいいが、やはり友人の家に遊びに行くとは少々緊張するものだ。心なしかリムジンが三割増しで大きく見える。

 

 私はゴクリと息をのんで、黒光りするリムジンに乗り込んだ。

 

♦♦♦

 

 このリムジンを作った奴は気が狂っている。今一度工業高校から出直して、人間工学が何たるかを学んでくるべきだろう。サスペンションが効いているのか疑問の残る乗り心地・・・ガタガタと揺れて非常に不愉快だ。これはもしかすると、噂に聞くストレッチリムジンとかいうやつなのではないか。ならば納得、仕方なし。

 

 しかしよくこんなものに雪乃君は乗り続けられるもんだな。尊敬するよ。

 

 リムジンは甲高い音を立てて、雪ノ下邸に到着する。急なブレーキに、私は可愛いお口を両手で押さえた。

 

 乗り心地以前に、運転手の運転が荒すぎる!いい加減にしてくれ!

 

 私はその言葉を、出掛かった胃の物と一緒に飲み込んで、外に駆け出る。こんなモノにいつまでも乗っていられるか。一刻も早く降りたかった。

 

 ああ、空が青いよ。ついでに雪ノ下邸もデカい。

 

 豪邸というには小さすぎ、一軒家としてはやや大きすぎるその家は、なるほど教育熱心な人間が住んでいそうな面構えをしていた。ペットは飼い主に似るというが、家もその類に入り、住む人間の性格を反映した雰囲気を持つものなのかもしれない。

 

 何だかいけ好かない雰囲気の門を潜って、私は玄関にお邪魔する。ははあ、我が家も一軒家ではあるが、ここまで広々とした玄関ではなかった。例えるならば前世での従弟の家のようだ。彼の家は田舎の小金持ちな農家兼機織り業を営む家だったが、ここはどちらかといえば都会。そこにここまで大きな家を建てられたのだからその財の程、大したものだと言うべきか、趣味が悪いと言うべきか。

 

 ともかく、私は雪ノ下邸に来てしまった。つまりは雪ノ下母と鉢合う可能性があるわけで、そのための準備はしてきたわけだが、些か心許無かった。

 

 ちょこちょこと私を先導する雪乃君を追っていると、そんな気も吹き飛んでしまったが。

 

「ここが私の部屋よ」

 

 雪乃君の部屋に招かれた私は、それに応じて部屋に入る。

 

 何だか物が少ないな、というのが私の彼女の部屋に対する素直な評価だった。いや、物はある。参考書だとか筆記用具とか、そういった物は所狭しと敷き詰められていた。しかし娯楽たり得る物品が少なすぎた。まだ高校の部室の方が充実しているだろう、そんな気がするほどだ。

 

 これが小学生の女の子の部屋だろうか。

 

 否、断じて否。

 

 勉強の大切さを前世でそれなりに学んできた私だが、同時に娯楽の大切さも学んでいた。娯楽とは即ち平坦な人生の刺激であり、必要不可欠。それなのに何だ、この部屋は。可愛らしいぬいぐるみの一つなく、かといってロボットフィギュアが置いてあるわけでもない。漫画もなく、ゲームもなく、あるのはトランプと将棋盤くらいなものだ。

 

 そうか、だから雪乃君はトランプも将棋も嫌がったのか。

 

 まさか勉強が趣味ですなんてオチはなかろう。そんな気配はしていないし、勉強を頑張ってしている時点でどこかしら苦痛に感じているのだろう。勉強が趣味とかいう線は無しだ。

 

「何をぼうっとしているのよ、そこの座布団にでも座ってちょうだい」

 

 私の思考を中断させた雪乃君は、私に座るよう促すと、「お茶を淹れてくるわ」と言って部屋から出て行ってしまった。

 

 こんな部屋で何をして待つというのか。

 

 そういえば前世も含めて、婦女子の私室に入ったことは一度もなかった。ということは今回が初めてということになる。そう思うと何だかドキドキしてくるし、ワクワクしてくる。それにちょっぴり恥ずかしかった。

 

 おいおい、何をドギマギしているんだ。雪乃君は小学生、私は18歳ではないか。お前はいつからロリコンになった。

 

 煩悩を隅に吐き捨てた私は、ふと部屋に向かってくる足音に気が付いた。

 

 雪乃君だろうか。

 

 そう思った私は部屋の扉の方に目をやるが、そこに居たのは雪乃君ではなかった。

 

 

「ちょっとお話、いいかしら」

 

 

 それは大層綺麗な、しかし仏頂面の、着物姿の女人であった。

 

 

 

 

 

 

 女人は雪乃君の母親を名乗っり、ドサッと私の対面に腰を下ろした。勿論着物姿にお似合いの正座で、だ。

 

 ほう、これが雪乃君の母君か。まだまだ若い・・・30代だろうか、皴一つない肌。しかしその内側には歴戦の強者を思わせる風格を持っており、獅子のようである。

 なるほど、納得。雪乃君の話に偽りなしといった神経質そうなお人である。にしたって何故着物を着ているのか、邪魔くさくはないのだろうか。いやいや、他人の趣味をとやかく言うつもりはないのだけれど。

 

 私は一先ずご機嫌を取ろうと思い、事前に用意してきたものを懐から持ち出す。

 

「私、こういうものでして」

 

 氏名、年齢、職業役職が明記された紙切れである。

 

「・・・名刺?」

 

 そうとも言う。

 

 雪ノ下母は私の小学生らしからぬ行動に困惑しているのか、応答に数秒の間を空けた。

 

「ええ、ちなみに雪乃君のお友達でもあります」

 

「はあ」

 

 覇気のない返事だ。

 

 よしよし、しめたモノである。仏頂面を見事に間抜け面へと変貌させた雪ノ下母は、まんまと私のペースに飲まれ始めているようだ。

 別に喧嘩をしようと言うわけではないが、こういう我の強そうな女に話の主導権を持たれるとマトモに対話が成立しなくなって、後々大変なことになるのだ。あと単純に舐められたくなくて、「こいつは只者ではない」という風に相手に思わせたかったのもある。

 

 そのための名刺。

 

 そのための生意気な態度。

 

 雪ノ下母は顔を引き締めなおして元の仏頂面に戻ると、寒気を覚える眼差しで私に問う。

 

「何故、雪乃の友達を?」

 

「それは偶然、たまたま、そうなっただけですよ」

 

「あなたの存在が雪乃に悪影響を与えているとは思わない?」

 

「いやいや、そんな事は微塵も」

 

 何だ、私よりも失礼な奴だな。先程の名刺の件など霞んでしまうくらいな物言いだ。だってほら、普通娘が連れてきた友達に「お前目障り」だなんて言わなくないか。言っていいモノなのか。

 

 何だい何だい、娘の友達に対してその口の利き方はよ。お前絶対友達いないだろ。そうに違いない。失礼なのは遺伝子なのか。娘さんにそっくりですこと!

 

 悔しいかな、雪乃君はこいつの股座から産声を上げたのだな。それが分かる失礼さだった。

 

 しかし言われっぱなしである程私はお人よしではない。話の主導権は今もまだ私の手の中だ。

 

「ふーむ、雪乃君の母君は何が言いたいのですかな?出会ったばかりの人間に対して些か失礼な態度ではありませんか」

 

「あら、分かりませんか?目障りだから消えろと言っているのですよ」

 

 そのくらい分かっとるわ。

 

「ははあ、それは身勝手なのでは?雪乃君の意思はどうなるのです?」

 

「あの子もそれが自分のためだと理解してくれるはずです」

 

 本気かこの女。自分の主観だけで物を言ってやがる。

 

「それって雪乃君の事はまるで考慮していない、としか聞こえませんね」

 

「考慮はしています。私はあの子のためにあなたに消えてほしいのです」

 

「何故私が悪影響なのですか」

 

「あなたと居ると平気で門限も破るし、反抗的になってしまう。ならば引き離すしかないでしょう?」

 

 ゲームを悪と断じ、時間を守らなければゲームを破壊するが如き横暴さ。そこはゲームのプレイ時間を管理するべきであって、ゲームの破壊は根本的な解決にはならない。多くの親がそれを理解している中、この女だけは旧時代的な思考を保ち続けている・・・賞賛に値するね。

 

「素晴らしい考え方ですね、感服いたしました。あなたは20年ほど前のパラダイムで生きていらっしゃるようだ。生きた化石として博物館に自身を寄贈されてはいかがでしょうか?そうすれば多くの人があなたを讃えるでしょう」

 

「それは貶しているつもりかしら。だったら滑稽ね。原人の如き稚拙さと愚行の塊。やはり雪乃と引き離す選択は間違いではなかった」

 

「そうやって短絡的に自分が正しいとお思いになる人間に愚かと言われるほど、原人は愚かでも稚拙でもありませんよ。彼らの血の滲む努力と研鑽の末に私たちがあるというのに、それを嗤うことが出来ましょうか。そもそもの話、愚かとは馬鹿と等号ではありません。愚かさとは、欠けている事です。完璧ではないことです。そういう意味では私は愚かでしょう。そしてあなたも愚かです。しかし私は馬鹿ではありません。馬鹿とは知能の脆弱な人間の事を言うのです。あ、そうであればあなたは馬鹿でしょうね。考えることを放棄し、自分こそが絶対と信じてやまないあなたにこそ馬鹿という言葉は相応しい」

 

「よくもまあ、考えることもままならない子供が姦しい。最近の子供はこうも生意気な言葉を吐くようになってしまったのですか。何とも嘆かわしい事です。目上の人間に対しての敬意が毛ほども感じられない」

 

「私が貴方を敬いも慕ってもいないのだから、それは当然の事でしょう。誰が会ったばかりの人間に敬服出来るでしょうか」

 

 なかなか手ごわい。のらりくらりと会話を躱すのは私の十八番だというのに、それをかすめ取られている。その証拠に、私の論に対して真面目に取り合っていないのがお分かりだろうか。雪ノ下母としては、既に言いたいことは言い終わってしまっているのだ。だから後から来る囀りなどそよ風とすら認識していない。

 

 腹立たしいことだ。

 

 せっかく先制を取って主導権を握ったと思ったのに、いつの間にかそれは宙ぶらりんだ。いつ相手に握られてもおかしくない。

 

 雪ノ下母、侮れない女。

 

 雪乃君、早く帰ってきておくれ!疲れてしまったよ。

 

「その場しのぎの言葉しかあなたの口からは出ないのですか?呆れてしまいますね」

 

 畜生。それはお前の方だろうに。

 

「お互いさまという物ですよ。貴方だって真面目な言葉を吐かないではないですか」

 

「うふふ」

 

「ははは」

 

 憎らしいぞ雪ノ下母。

 

 ならば私の切り札を喰らえよ。泣いても知らないからな。

 

「こちらの話を聞かぬというのなら、考えがあります」

 

「何かしら?」

 

「これをご覧ください」

 

 私は傍に控えさせていた肩掛けカバンの中から、冊子を取り出して、雪ノ下母に手渡す。

 

「これは?」

 

「私が作成した、児童虐待に関するレポートです。1990年代から2003年までの児童虐待件数や、その主な事例、児童虐待とされる基準などを纏めてあります」

 

「・・・どういうつもりかしら」

 

「どうもこうも。15ページを開いてください」

 

「『親から児童への心的虐待とその事例について』?」

 

「そうです、そこです。読んでください、読みなさい」

 

 内容は要約すると下記のようになる。

 

 1.心的虐待とはいかなるものかについて

 

 2.事例

 

 3.子供に暴言を浴びせた際の影響について

 

 4.子供の心を破壊する親の心理について

 

 5.予防と対策について

 

 我ながら力作だと思うのだが、どうだろうか。2時間程度で作ったにしては上出来ではないか。

 

「・・・こんなものを読ませて、どうするつもりなのかしら」

 

「あはは、わかりませんか」

 

「ええ、ちっとも」

 

 わかりませんか。分かろうとしていないのではなく?

 

「あなたが雪乃君を虐待しているのではないか・・・ということです」

 

 

「ちがう!」

 

 

 雪ノ下母は絶叫した。仏頂面を怒色に染めて、青筋を立てて怒鳴った。

 




受験やら何やらで忙しくなるので、投稿頻度がゴミカスになります。許してね。

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