【凍結】愚者ガイル   作:打木里奈

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大学入試やらもろもろの用事が済んだので投稿再開します。ようやく晩御飯までたどり着きました。


第七話 突撃!雪ノ下さんちの晩御飯!④

 こっくりさんをご存じだろうか。

 

 恐らくは日本人の大半が知るだろうその遊戯の起源は古く、15世紀にまで遡るという説もあるほどだ。元々は西洋での『テーブル・ターニング』が『ウィジャボード』という形で日本に流入し、狐狗狸との当て字をもって呼ばれた物である。

 

 こっくりさんは『テーブル・ターニング』であったときと同じく降霊術の一種であり、狐か狗か、はたまた狸なのか、何の霊なのかは見当もつかぬが、獣の霊をその身に降ろして、霊に尋ねごとをするのだ。

 

 「こっくりさん、こっくりさん」と。

 

 しかし、ここまで偉そうに解説しておいて何だが、私は前世を含めてこっくりさんなどやったことがない。当時は若く、活動的で、そのようなボードゲームを遊ぶだけの集中力が私には備わっていなかったのである。故にこっくりさんの明確なルールなどはさっぱり知らないが、まあ暇をつぶすには丁度よかろうということでチョイスした次第である。

 

「こっくりさんて何かしら」

 

 だからそんな不思議そうな顔をしないでくれないか、雪乃君。というかこっくりさん如きも知らないのか。いや、人の事が言えた口ではないけども。

 

「うーん、私もこっくりさんが何なのかはよく分からない」

 

「ちょっと」

 

「そもそも降霊させて尋ねごとをしたとして、獣の霊魂如きが何か有益な情報を持っているとは思えないのだが・・・」

 

「知らないわよそんなこと」

 

 そうだね、知らないよね。私も知らない。

 

「まあ兎も角、やってみようじゃないか。こっくりさん」

 

「やるのは良いけど、ちゃんとルールを教えなさいよね」

 

「任せたまへ、私のあやふや知識をキチンと教授してあげよう」

 

「凄く不安なのだけれど」

 

 雪乃君と駄弁りつつも、私はシャーペンの芯をカチカチと出して、持ってきていた用紙に平仮名表を書いていく。

 

「確か、このように平仮名を羅列するんだ。その下部に0から9までの数字書いて、用紙上部に鳥居を描き、その右には『いいえ』、左には『はい』と書く」

 

「で、ルールは?」

 

「えっと、鳥居に十円硬貨を置いて、プレイヤーはそれを人差し指で押さえながら『こっくりさんこっくりさん』と呼び掛ける・・・ハズ」

 

「あやふやじゃない」

 

「あやふやだって言ったよ」

 

 私は用紙に先程述べたモノを書き終えると、十円玉を取り出して鳥居に置く。

 

「さあ、準備は出来た。後はこの十円に指を置いて、尋ねごとをするだけ」

 

「ふうん」

 

 疑わし気な目で私を見た雪乃君は、指示通りに指を硬貨に乗せて、「貴方が言いだしたのだから、はやくしなさいよ」と私を催促した。

 

「ああ、うん。やろうやろう」

 

 催促を受け入れた私は十円玉に、人差し指を彼女と同じように置いた。私は雪乃君に「じゃ、私の言う言葉に合わせてくれ」と言って、共に唱える。

 

 

「「こっくりさんこっくりさん、来てください、おいでなさい、いなりとか芋とかあげますよ」」

 

 

 雪乃君は私と共に言ったその言葉を反芻したのか、一瞬の間をおいて口を開いた。

 

「・・・そのセリフ、本当にあっているのかしら」

 

「さあ、どうなんだろう」

 

「あやふやね」

 

「さっきもあやふやだと言ったじゃないか・・・あっ、でも硬貨は動いたみたいだよ」

 

 私は盤面の硬貨が『はい』に移動しているのを指して言った。

 

「あら、ほんと」

 

 もしかしたら本当に幽霊はいるのかもしれないわね・・・と呟く雪乃君を見て、いたたまれない気持ちになった。

 

 すまない雪乃君、その硬貨、ホントは私が動かしたんだ、すまない。場を盛り上げるための嘘なんだ。

 

 しかし私の気など露知らず、彼女は「質問は何が良いのかしら」と楽し気だ。心苦しい。

 

「そうだね、質問は雪乃君が決めたらいいんじゃないかな」

 

「そう。じゃあ聞いてみようかしら」

 

 私の勧めに頷いた彼女は、こう言った。

 

 

―――こっくりさんこっくりさん、NieA_7の宇宙人たちは、どうして地球に落ちてきたのですか―――

 

 

 エッ。

 

 何故そこでNieA_7?まさかこの前見れなかったことをまだ根に持っているのか。そこまで気に入っていたとは・・・執念深い。

 

 しかし残念だな雪乃君。君の疑問は作中でも明かされることはない(無慈悲)。なので無駄な期待をさせないためにも、ここは正直に答えるとしよう。

 

「あ、動き出した」

 

「そうだね」

 

 私は硬貨に置いた指を動かして、平仮名をなぞる。

 

「し」

 

「り」

 

「ま」

 

「せ」

 

「ん」

 

「・・・知りません」

 

 完成した言葉を呟いた雪乃君は、「使えないわね、このゴミ」と毒づいた。

 

「まあまあ、こっくりさんは所詮畜生だよ、それが人間様の創作物について知っているわけがないじゃないか」

 

「それもそうね」

 

 納得してくれたようで何より。こっくりさんにはすまないとは思うが、彼女をガッカリさせないための尊い犠牲と思って、さっさと成仏しろ。

 

「次は私が尋ねてみるとしよう」

 

 私はそう言って、雪乃君の方を見る。

 

 しかし彼女は俯いたまま、何の返事も寄こさない。

 

「雪乃君?」

 

 

「・・・すぞ」

 

 

「・・・雪乃君?」

 

 

 何か言っている。ブツブツ言っている。

 

 

「潰すぞ、人間」

 

 

 ハッキリ言った。そう言った。

 

 

「どうしちゃったのさ雪乃君。まさかこっくりさんに憑かれたのかい?」

 

「そうだとも、その通りだとも。オレサマはこっくり。貴様が畜生、こいつがゴミと蔑んだこっくりさんだぁ!」

 

 マジかよ。こっくりさんは実在していたのか。いや、転生という実例がここに居るのだから、畜生の霊が物知りで自我を持っていて憑りついてくることもあり得ない話ではない。

 

「ホントに君はこっくりさんなのか」

 

「証拠が欲しい。そんな顔をしているな」

 

「そりゃあ出来れば欲しいよ」

 

「では見せてやろう」

 

 こっくりさんを名乗った何者かは、雪乃君の体を使って吠え始めた。

 

「きゃほん!きゃほん!きゃほん!」

 

 若干耳障りな、甲高い鳴き声である。

 

「それは狐の鳴きまねか」

 

「鳴きまねではない。正真正銘、オレサマの鳴き声だ」

 

 狐というのはあっているぞ。というか、よくわかったわね。

 

 こっくりさんはそう言うと、徐々に口調を雪乃君に戻していき、そのうちただの雪乃君になった。

 

「やっぱり鳴きまねじゃないか」

 

「あら、割と本気でこっくりさんを信じていたクセに」

 

「やかましいやい。まったく驚かせないでくれ、ちょっと心配したんだぞ」

 

「ふふふ、この前の意趣返しというやつよ」

 

 こっくりさんの正体は、それに扮した雪乃君であった。まさか雪乃君がそんな突飛な行動をするとは思いもよらなかったが、これはどうやら私に対する仕返しなのだという。はて、一体いつに対する意趣返しなのやら。

 

 見当もつかなかった私は、尋ねてみることにした。

 

「こっくりさんこっくりさん、意趣返しとはどういう意味でしょうか」

 

「あらあら、わすれてしまったのかしら?私を後ろから襲ったのは誰だったかしら」

 

「あは、やけに饒舌なこっくりさんだ。私が後ろから襲うなどという卑劣な行為をするわけないじゃないか」

 

「したのよ。『わっ』って大声で驚かせてくれたじゃない」

 

「そういえばそうだね」

 

 もう一週間以上前のことだから、すっかり忘れていた。確かに私は、我が家の前をうろついていた雪乃君を驚かしたことがあった。しかし、忘れてしまうような前の事を未だに根に持っていたとは。やはり雪ノ下雪乃は執念深い女だ。

 

「まあ、そのことについてはこれでチャラという事にしてあげるわ」

 

「ありがたき幸せ」

 

 何だかこっくりさんをやるような雰囲気ではなくなってしまったので、終いにすることとした。

 

「こっくりさんこっくりさん、お帰り下さい」

 

 私が言うと、雪乃君は「わかったわ」と部屋から出て行った。

 

「まさかまだこっくりさん気分なのかい」

 

「そうよ、わたしはこっくりさんよ」

 

 呆れた!

 

 壁越しに喋る雪乃君に対して、私は溜息を吐く。

 

「連れ戻したいなら追いかけて来なさい。こっくりさんは気まぐれなのよ」

 

「わかったわかった、今度は鬼ごっこと言うわけだな」

 

「いいえ、かくれんぼよ」

 

「そうかい」

 

 ではそこで10秒待っていなさい。絶対に見つからないところに隠れてみせるわ。雪乃君はそう宣言して、廊下の向こうにトタトタと走っていった。

 

「ふう、仕方ない奴め」

 

 いいさ、私は君に従うよ。律儀に10秒だって数えてやるさ。

 

「いーち、にーい、さーん」

 

 ガタガタと物音。

 

「よーん、ごー」

 

 バタバタと移動する音。

 

「ろーく、なーな、はーち」

 

 がすッ、という大きめの音と、押し殺しながらも漏れ出る悶絶の声。

 

「きゅーう、じゅーう」

 

 さてさて、数え終わったぞ。

 

「雪乃くーん、もういいかーい?」

 

 一応確認を込めて呼んでみる。

 

「・・・もー・・・よー」

 

 若干くぐもって聞き取りずらいが、どうやら隠れ終わったらしい。

 

「では、遠慮なく探させてもらうとするよ」

 

 私は雪乃君の自室を出て、まずは雪乃君が走っていった方向に行くことにした。

 

 先程の声からして、何処か押し入れの様な、密閉された狭い空間に隠れている可能性が高い。それもたった10秒で隠れることの出来る場所となるので、かなり限られてくる。正直な話、これでは見つけるの何て一瞬で済む。

 

 一階に降りるには10秒では足りないから、基本的に、雪乃君の自室のある二階に隠れていると考えていいだろう。

 

「雪乃君、かくれんぼの鬼と言われたこの私を、あまり舐めない方がいい・・・」

 

 私は可能性の最も高いであろう、二階階段付近の納戸らしき場所に向かう。やはり隠れるならこういう、物が雑多にある場所というのがセオリーというものだ。

 

「ヒヒヒ、もう見つけてしまうかもしれんね」

 

 ガラガラと、引き戸を開けて、室内に侵入する。やはり私の推測は当たっていたらしく、そこは納戸であった。

 

「大抵はこういう、段ボールの裏とか・・・」

 

 もしくは某元FOXHOUND隊員のように、段ボールそのものを被っているかもしれない。子供の小さな体格ならば、不可能なことではない。なので一応持ち上げてみる。

 

「流石にいない、か」

 

 わかっていたことだが、あれだけ聡明なクソガキが素直にわかりやすい場所に潜んでいるわけがなかった。

 

「仕方ない、別のところを探すか」

 

 他人の家なので、ゆっくりと丁寧に引き戸を閉める。もし物音で雪ノ下母にキレられでもしたらたまったもんじゃない。願わくばもう二度とあの人と喧嘩はしたくない。

 

 次に私が向かったのは、『はるの』と書かれたプレートの下がった部屋である。件の姉の部屋であろうか。普通に考えて、姉に対してコンプレックスを抱いている雪乃君がこの部屋に隠れるというのは考えられない話だが、一応覗いておくか。

 

 コンコンコンッ

 

 他人の部屋なのだから、当然ノックはする。そして返事が無かったら無断で入室する。プライバシー何てお前には無いんだよ!

 ちなみに私は前世でこれを母親にやられてブチギレた。あれは何もやましいことしてなくてもイラっとくるよね。

 

「失礼する・・・ッハア!?」

 

 扉の向こう側にあったのは、壁一面に貼られた『雪乃君のポスター』。明らかに盗撮であろうものから、家族写真の切り抜きをポスターとして加工したものまで、様々な雪乃君が壁いっぱいに!いっぱい!

 

「うわぁあッ」

 

 生理的に受け付けない程の気持ち悪さを感じた私は、勢いよくその部屋を飛び出して、急いで扉を閉めた。

 

「何だあの気味の悪い部屋は!悍ましい!キモイ!」

 

 ああ、あの部屋の光景が脳裏から離れない。気持ち悪い。吐きそう!

 

 この家の住人の、知らない方が良かった新たな暗黒面を目の当たりにしてしまった私は、怖気の走る体を抱えて、急ぎ早にそこを後にした。

 

 雪乃君、君のお姉さんは残念ながら気狂いだ!もう手遅れなくらいにイってしまっている!

 

 

 

 

 それから30分ほど探したが、結局私は雪乃君を見つけることは出来なかった。正確に言うと隠れている場所までは特定できたが、肝心の雪乃君の姿を捉えることが出来なかった。

 

「雪乃君!往生際が悪いぞ!早く出てこい!」

 

「いやよ。私はまだ見つかっていないもの」

 

「場所は割れてんだよ!どういう理屈で見つかっていないというんだ!」

 

 ガチャガチャとドアノブを回すのは、私だ。しかしそのノブが回ることはなく、同時に扉も開くことはなかった。鍵が掛かっているのである。

 

 そして、家の中で鍵の掛けられる個室というのは、普通一つしかない。

 

 そう、おトイレである。

 

 雪乃君はトイレに鍵を掛け立て籠り、姿が確認できなければ見つけたことにはならないという持論を展開しだしたのである。

 

「シュレティンガーの猫だって、箱に入ってるのは分かっているんだ!君がトイレに隠れていることは明白なんだよ。出て来なさい!」

 

「駄目よ」

 

「駄目じゃないんだよ。このやり取り、もうかれこれ20分くらい続けてるよね?もういい加減諦めなって」

 

 私は雪乃君に対して必死の説得を試みるが、どうにも彼女のお耳には伝わってくれる気配がない。

 

「これ以上私の居るトイレに侵入を試みるならば、女子小学生の放尿を盗み見ようとしたロリペドカスの変態野郎として警察にしょっ引いてもらうことになるわ」

 

「何でそうなるんだよ。ていうか君、今『自分の居るトイレ』って言ったよね」

 

「言ってないわ」

 

「言ったよ!」

 

 正しく天上天下唯我独尊である。こちらの話を聞く気が無いな。

 

「わかったわよ。流石に私もここにいつまでも居るつもりはないもの」

 

「おおっ、出てきてくれるか!」

 

 何だ、話は通じるじゃないか。先程の考えは撤回しよう。

 

「あと5分で私を見つけることが出来なければ、あなたの負け。私の勝ちということにしましょう」

 

「は?普通に君の負けなんだが?認めろ?」

 

 撤回の撤回だよ馬鹿!突然意味不明なルールを追加するな!

 

「こっくりさんは絶対に負けないのよ!」

 

 まだこっくりさんなのか君は!というかこっくりさんが負けないってドコ情報だよ。

 

「こっくりさんこっくりさん、お戻りください。負けを認めて自分の部屋に戻れ!」

 

「いやよ!こっくりさんは人間の言いなりではないの!」

 

「そうかもしれんが、それとこれとでは話が違う」

 

 そうこうしている内に、彼女の提示した五分は過ぎ、ようやくトイレの扉は開いた。

 

「フッ、勝ったわ」

 

「もう好きにしてください」

 

 ドヤ顔でトイレから出てきた雪乃君は、自身の勝ちを高らかに宣言した。

 

♦♦♦

 

 どうしてこうなったのか。

 

 私の眼前には、色とりどりの料理がズラリと並び、隣では雪乃君が美味しそうにむしゃむしゃと飯をかっ喰らっている。

 

 そして私の前方に座すのは、ダンディーな我らが千葉県の県議会議員・・・雪ノ下パッパ。彼はニコニコとした顔で雪乃君を眺めており、こうしてみるとただの親父である。

 

「ただいまー」

 

 そして今、雪ノ下家玄関から何者かの声が。

 

「何かいい匂いがする~。今日は夕飯早いね~」

 

 それは雪乃君にそっくりな美人さんであった。雪ノ下母ではない、第三の女。こいつもしかして雪ノ下姉?アッ、ヤベ、変態じゃん・・・。

 

 私の脳裏に、あの悍ましい光景が走る。

 

 おかしい。何故私が雪ノ下家の面子と食卓を囲む破目になっているんだ?私はただ、雪ノ下母に文句を言いに来ただけなのに。雪乃君と遊んだのはついでみたいなものだ。

 

 このような予定外の状況に陥いることになったのは、二時間ほど前の出来事に起因した。

 

「あら、もうこんな時間」

 

 トイレからやっとこさ出てきた雪乃君は、自室に戻るなりそう言った。雪乃君が指す時計を見れば、既に時刻は六時半。我が家の夕飯時まであと1時間ほどしかなかった。

 

「かなり長居してしまったみたいだから、そろそろ帰るとするよ」

 

 と、私はお暇しようとした。だって夕飯前には帰らないと、母さんが怖いんだもの。しかしそれを無慈悲に引き留めて、雪乃君は言う。

 

「今日は家で食べていきなさいよ」

 

「それは君の母上が決めることでは・・・?」

 

「今日から私は困らせ我がまま娘になるのよ」

 

「そっかぁ」

 

 雪乃君の覚悟はご立派だけれども、それに私を巻き込まないで欲しい。他人に頼ることをしてこなかった雪乃君が、母親に我儘を言えるようになったというのは成長を感じて大変うれしいことだけども。

 

「あなたが母の精神をフルボッコにしてくれたおかげで、今なら何でも言うこと聞いてくれそうなのよ」

 

 私のせいにするな。

 

「ちなみに母君は今、どのような状態で?」

 

「パソコンの検索履歴が『子供 虐待 親』で埋まっていたわ」

 

「それは重傷だ」

 

 なるほど、娘に負い目を感じている今ならば、確かに何でも言うことを聞いてくれそうだ。雪ノ下雪乃、恐ろしい奴。ところでいつパソコンの検索履歴何て見たんだ?

 

「しかしだね、夕飯前に戻らねば、我が母の鉄拳制裁が待っているんだ」

 

「それならほら、家の電話を貸してあげるからそれで連絡しなさいよ」

 

 有無を言わさない。必ずお前に我が家の飯を食わせてやるという鋼の意思を感じた私は、素直に「ハイ」と頷く他なかった。

 

 それから雪乃君は母君に「飯作れや」と強要し、弱っていた母君はそれを弱弱しく承諾。何か料理のリクエストが無いかと聞かれたので、スターゲイジーパイと答えてやった。この際無理難題を押し付けて楽しんでやろうと思ったのである。

 

 しかし何という事だろう。

 

 スケキヨのようにパイ生地から突き出したそれは、間違いなく星を望む者であった。雪ノ下母、何故スターゲイジーパイが作れる!?

 

 雪ノ下母は興が乗って来たのか、スターゲイジーを量産した挙句、鰻のゼリー寄せ、ハギスなどなど、イカレた料理を作り続けた。

 

 そして時は経ち、いつの間にか雪ノ下パッパが帰宅。

 

 私は雪ノ下パッパに歓迎されて、やたらと質問攻めにあった。雪乃はいつもどんな調子だとか、何処で知り合ったのだとか、何故妻は亡霊のような顔でエゲレス料理を作っているのかとか、様々。私はそれに一つ一つ丁寧に答えていくわけである。

 

 答えるたびに雪ノ下パッパは百面相の如く表情をコロコロと変え、正直面白かった。我が家のゴリラ大明神とはえらい違いである。

 

 まあ、そんなことをしていたら今に至ったわけだが、雪乃君、君は何故ハギスをそうも美味そうに食えるんだい?

 

 私は自分の横でゲロマズ料理を頬張る雪乃君を見て、そう思うわけである。

 

「あれー、雪乃ちゃん何食べてるの~?」

 

 学生服を着た、黒髪ロングの美少女こと雪ノ下姉は、ダイニングにやって来ると雪乃君を見て不思議そうに言う。

 

「姉さん。これはハギスというのよ」

 

「ハギスゥ?ところで少年、君は何奴?」

 

 雪ノ下姉は現状を理解しきれていないようで、私が何者かと尋ねる。

 

「ああ、私は雪乃君の友達みたいなものです」

 

「なんだそりゃ」

 

 そういう反応になるよね。知らない奴が食卓に居座っていたらそうもなるよ。

 

「私は帰ると言ったんですがね、雪乃君がどうしても飯を食っていけというものですから」

 

「なるほど~、雪乃ちゃんがねぇ?珍し~」

 

 雪ノ下姉はふぅんと鼻を鳴らすと、私の隣にドカッと座った。

 

「・・・何でしょう」

 

 雪ノ下姉の不躾な視線に私は疑問を口にする。

 

「いや、値踏み」

 

「はあ」

 

 読めないお方だ。関わらないのが吉だろう。気の狂った雪乃君部屋を作り上げた張本人だ、絶対にまともではない。確実に何かキメている。

 

「なあ少年」

 

「何ですか」

 

 話しかけてほしくないのだけど。

 

「何故母さんはあんな沈んだ顔で狂ったように料理をしているんだい?」

 

「私が知りたいですよそんなの」

 

「そっか」

 

 原因の一端は私にあるけれども、料理するようにそそのかしたのは雪乃君だもの。それに私も雪乃君も、「永遠に料理し続けろ」とは言っていないのだから、本当に何故こうなったのか私が知りたい。

 

「ちょっと、姉さんとばかり会話していないでちょうだい」

 

「今度は雪乃君か、何?」

 

「ハギス美味しいわよ」

 

「知らんよそんなの」

 

「食べなさいよ」

 

「いや、遠慮したい」

 

「食べなさい」

 

「はい」

 

 雪乃君に言われるがままハギスを口にした私は、その得も言われぬ不味さに悶絶した。

 

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