【凍結】愚者ガイル   作:邪骨

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今回は会話多め


第八話 突撃!雪ノ下さんちの晩御飯!終

 スコーンを食べる。

 

 雪ノ下母が料理を作り始めてから3時間ほど経つと、会話も段々と少なくなっていき、食器の擦れる音が響くようになってきた。

 

「ねえ」

 

「何だい雪乃君」

 

 その静寂を破らないような小さな声で、彼女は話しかけてきた。

 

「さっきからスコーンしか食べていないけれど、どうかしたの?」

 

「ああ、これは何というか・・・はは」

 

 暗い顔をして鰻ゼリーを食べる雪ノ下母をチラリと盗み見て、曖昧に笑ってみせた。他の料理が不味すぎて食べたくないだなんて言えないもの。

 

「言いたくないのなら、いいわ」

 

 そのまま10分も経たないうちに、皆晩御飯はあらかた食べきってしまった。なので、私は帰ることにした。もう9時も過ぎ、そろそろ10時だ。流石に帰らねばならぬ。

 

 私は雪乃君にその旨を伝えると、玄関に向かった。雪乃君はその私の後ろをトコトコと着いてくる。見送りをしてくれるらしかった。

 

「じゃあ、また」

 

「ええ」

 

 また会うことを約束して、私は家に帰るべく足を外に向けた。

 

 その時である。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 雪ノ下母が、私を引き留めて言った。今日は引き留められてばっかりだな。

 

「・・・何に対しての謝罪ですか、それ」

 

 絞り出すように、雪ノ下母は口を動かす。

 

「あのように怒鳴ってしまって・・・私が間違っていたのに」

 

 やはり雪乃君の言った、検索履歴の話は本当のようである。そうでなきゃあ、あの頑固者がここまでしおらしくなるものか

 

「私は別に、気にしてないですけど。謝るなら雪乃君らにしてやったらどうです」

 

「そうね、そうね・・・」

 

 その様子を片隅で見つめていた雪乃君の顔は、何とも微妙な表情をしていた。そりゃ、今まで自分の世界の頂点だった人間が、自分と変わらない年齢の人間に謝罪しだしたらそんな顔にもなるさ。

 

 私は雪乃君を抱きしめて泣きじゃくる雪ノ下母の姿を尻目に見ながら、帰路に就く。

 

 暗い夜闇も、こんな日は澄み切って見えた。

 

♦♦♦

 

 土鳩の朝を告げる声で目を覚ます。

 

 自室から出て、階下に降りるとビール缶が散らばっており、その上で我が母は眠りこけていた。

 

「まったく、だらしがない・・・」

 

 昨日、家に帰ってくるとこうなっていた。その頃はまだ母は起きていたが、「母さんはねぇ!お前が帰ってこなくて悪魔になっちゃったよォ~!」と訳の分からぬ言葉を漏らすのみで、まるで話が通じなかった。扱いに困った私は、それをそのまま放置して寝てしまったわけだが、まさか缶の上で眠るとは思わなんだ。

 

 千葉市指定のゴミ袋を開いて、そこに缶を放り込む。別にいい子ちゃんぶって片付けているわけじゃなく、単純に足の踏み場が無いからである。どうしたら一晩でこれだけ飲めるんだよ。

 

 そうやって暫く片付けていると、チャイムが鳴った。

 

 玄関の方である。

 

 今は平日の5時半。やたらと早い来客じゃないか。

 

 非常識なやつが居たモノだと、ドアノブに手をかけて押す。そして向こう側に居たのは―――

 

「雪乃君?」

 

 ―――雪ノ下雪乃、その人であった。

 

 そういえば彼女は、この前も似たような時間に我が家に来訪したはずである。彼女の中ではこの時間帯が訪問のベストタイミングなのだろうか。

 

「・・・何故こんな時間に?」

 

「昨日、これ忘れて行ったでしょ」

 

 そう言って彼女が私に差し出したのは、肩掛けカバンとリュックサック。私のものだ。

 

「そうか、そうだった。忘れていた・・・すまん」

 

「しっかりしているようで何処か抜けているのね、あなた」

 

「そうかな、いやそうかも」

 

 私は礼を言うと頬を恥ずかし気に掻いて、それを受け取る。

 

「そうだ、せっかく来てもらったんだ、お茶くらい淹れるよ」

 

「また午後の◯茶なんでしょ。()()()の文字が違うんじゃない?」

 

「いいや、今度は紅茶○伝さ」

 

「やっぱり()()()の方じゃない」

 

「そうだね」

 

 で、飲んでいくのかい?

 

 私の問いかけに、彼女はニヤリと笑って答えた。

 

 

「もちろん飲んでいくわ。このまま学校に行けるように準備してきたもの」

 

 

 どうやら最初から家に居座る魂胆だったようだ。私の心遣いを返せ。

 

 雪乃君に我が家の敷居を跨がせて、いつものようにソファに座らせる。

 

「あっ、そこに転がってる人の事は放置しておいていいから」

 

「・・・この人、あなたのお母さんよね?」

 

「残念ながら」

 

「ふぅん」

 

 地べたに転がって「酒、ゴリラ、隠し子、殴る・・・」と寝言を吐く母を残念そうな目で一瞥した雪乃君は、黒染めの学童鞄から四角いブリキ缶を取り出した。

 

「何だい雪乃君、それ」

 

「昨日のクッキーのお礼にと思って」

 

 私は大変驚いた。母親譲りの傲慢不遜な彼女が、他人を気遣ってこのような物を持って来るとは思わなかったのだ。

 

「家の引き出しに入っていたお菓子をちょろまかしてきたのよ」

 

「コソ泥じゃねえか」

 

 確かに昨日「困らせ我がまま娘になる」と宣言はしていたが、そういう方向で親を困らせるつもりなのか。

 

「いいのよ、どうせ食べずに腐らせておくだけなんですもの」

 

「それなら良い・・・いや良くないけど、まあいいや」

 

 私はキッチンから取ってきた紅茶花○を雪乃君に渡す。ペットボトルのままで。

 

「もしや、めんどくさくなったわね」

 

「うん、何でボトルティー如きを工夫凝らして美味しそうに見せなきゃならんのかと思ってね」

 

「そう・・・ところでこれ、そこで死んでる人の物よね」

 

「そうだね」

 

「貴方も大概、コソ泥じゃないの」

 

「ははは、そうかもね」

 

 雪乃君は呆れ顔で少し笑ってみると、ぽつぽつと話し始めた。

 

「昨日・・・あなたが帰った後のこと」

 

「うん」

 

 それは、昨日の晩の話。私の知らない話だった。

 

「母さんに謝られて、姉さん怒っちゃったの。『ふざけるな!今更謝るな!』って。あれでも姉さん、我慢してたのね。私なんかよりもずっと」

 

「そうだね」

 

「でね、父さんはおろおろしちゃって、全く役に立たなくて、不甲斐無いったらありゃしないのよ」

 

「うん」

 

「もっと怒ろうと思ったのに、全部姉さんに持っていかれちゃった。しまいには姉さん、父さんにまで怒り始めて、『嫁のかじ取りも出来ない出来損ないの糞馬鹿親父!』。笑っちゃったわ」

 

「うん」

 

 まさかあの人当たりの良さげな雪ノ下姉が、そこまで激烈に怒るとは。

 

「それで姉さん、今日は学校を休むんだって、部屋に引き籠っちゃったのよ」

 

 君の姉らしいや。

 

「君の姉らしいや」

 

「は?」

 

 おっと、声に出てた。

 

「いや、違うんだこれは。何というか、言葉のあやというか・・・」

 

「私をあんな姉さんと一緒にしないで欲しいのだけれど。それは少し、いえ大変不愉快なことだわ」

 

 怖いよ雪乃君。君の真顔ほど恐ろしいものはこの世にないよ。

 

 それはそうと、私は雪乃君がぼそりとぼやいた言葉を聞き逃さなかった。

 

―――部屋中私の盗撮写真で埋め尽くしている変態だとは、思わなかった―――

 

 見たんだね。雪乃君、君もあの部屋を見てしまったんだね。かわいそうに。

 

 

「なあ雪乃君、君はどうしたい?」

 

 

 ふと自然に、私の口から零れた言葉。

 

 それに雪乃君はまたも笑って、言い切った。

 

 

「全部ぶっ壊してやるわ!完膚なきまでに叩きのめして、泣いて謝っても許してやらないんだから!」

 

 

 これが何に対しての宣言か、私はわからなかった。

 

 でも私は、雪乃君の決めたようにやれば良いと思った。子供はもっと、馬鹿なことをするべきだと思った。責任取れないことやったていいんだ。甘えちまえばいいんだ。責任は親がとってくれる。そのための親なんだから。

 

「・・・後悔のないようにね」

 

「ええ」

 

 そこのカンカンに入ってるの、お母さんとあなた、二人で分けてしまっていいわよ。

 

 雪乃君は言って、我が家を出て行った。

 

♦♦♦

 

 母は酒臭い呼気を振りまいて笑った。

 

 お前の周りにはバカしかいないのか、と。

 

 どうやらこの酒婆は、私と雪乃君の会話をこっそりと聞いていたらしいのだ。

 

「いやー、あの子凄いわ。あんたに感化されて大馬鹿になっちゃった!」

 

「それは私も馬鹿だと言ってるのかい?」

 

「そうよ、あんたは大馬鹿どころか超大馬鹿よ。知らなかったの?」

 

 このアマァ・・・舐めた口ききやがって。

 

「母さん、その言葉は承服できない。私は自身を愚かと認めはするが、決して馬鹿ではない。そもそも馬鹿と愚かとでは全く以て意味合いが・・・」

 

「お、もう6時じゃん。母さん朝ご飯作るから、部屋の片付けよろぴく☆」

 

「なんとッ、はあ・・・人の話を無視しよってからに」

 

 仕方なく私は片付けを再開する。

 

 卵の焼ける匂いがした。

 

 

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