【完結】敗北者ユウリのワイルドエリア生活(6泊7日) 作:きなかぼ
「―――エースバーン、戦闘不能! 勝者、ホップ選手!!」
最後のポケモンが倒れた。
審判が勝者の名を力強く叫ぶと、スタジアム全体からびりびりと地鳴りのような歓声が上がった。
『今季のジムチャレンジ・セミファイナルトーナメントを制したのは! 無敵のチャンピオン・ダンデの弟! ホップ選手だァァァァ!!』
実況が興奮しながら、今季ジムチャレンジの頂点に立ったホップの名を呼ぶ。
無敵のチャンピオン、ダンデの弟。
あまりに重いその名を背負い続けて、時には苦悩し、心が折れかかった時もあった。
しかしそれでも立ち上がり、ホップはついにダンデと同じフィールドに駒を進めた。
「ホップ、おめでとう!」
ユウリはエースバーンをボールに戻すと、笑顔でホップにそう告げた。
全力で闘った。
不思議と悔しくはなかった。どちらかというと、清々しい。
セミファイナルトーナメント準優勝。
ユウリのジムチャレンジは、ここで終わった。
▼ ▲ ▼
まどろみの中で目が覚める。
今、何時だろう。
ユウリがぼやけた目でカーテンの方を見ると、暖かそうな光が漏れてきていた。今日のハロンタウンは快晴らしい。そのまま起き上がる気力がなく眠たげにごろごろしていると、勢いよく部屋の扉が開く。
「ちょっとユウリ、もうお昼前よ! いい加減起きなさい!」
「んー、もうちょっと……」
ユウリはわざとらしくベッドで寝返りをうった。お母さんの怒る声がキンキンとユウリの耳に響く。目覚まし時計のごとく大変うるさい。
「毎日毎日そんなダラダラして……まったく、旅に出たときの元気はどこに行ったのかしらね」
「ジムチャレンジ終わって疲れてるんだって。じゅうでんちゅーってやつ」
「もう何ヶ月充電中なワケ?」
「はいはい、わかったってば。おきるよ……起きるったら……」
流石にお腹もすいてきたしそろそろ起きよう。これ以上お母さんを怒らせても厄介だ。
ハロンタウンのホップが現チャンピオン・ダンデを破り新チャンピオンに就任してから3ヶ月が経った。
セミファイナルトーナメントが終わったあとのファイナルトーナメント、そしてホップとダンデのタイトルマッチが行われる間には、ブラックナイトというガラル地方崩壊の危機があったり、ホップとユウリは伝説のポケモンと一緒にムゲンダイナと呼ばれる恐るべきポケモンを打倒して世界を救ったりしたのだがそれは省く。
そんなこともユウリにとっては既に過去の彼方だ。
ああ、そういえばそんなことあったねー。くらいの具合である。
ホップはシュートシティで毎日チャンピオンとしての仕事をしているらしい。テレビのCMとか、雑誌の特集でもホップの姿をちらほら見るようになった。兄弟揃って家にもあまり帰ってこなくなってしまったとホップのお母さんは少し寂しそうにしていたっけ。
ユウリはふと思う。そういえば最近全然ホップと話してないな。スマホでメッセージはたまに来るけど。
どちらかというとユウリは最近マリィとやり取りする方が多い。マリィも兄のネズからスパイクタウンのジムリーダーを受け継いで、毎日ジムリーダーとして鍛錬する日々である。その中でストレスも溜まっているのか、マリィはユウリをカフェや買い物に誘って雑談という名の愚痴を言うことが増えていた。
やれ、バトルのことになるとアニキは厳しすぎるだの。エール団が暴走気味で抑えるのが大変だのといつもユウリはスイーツを食べながらマリィの愚痴を聞くのだった。
そんなことを考えながら顔を洗い、歯磨きとうがいをしてリビングに入ると、既に机の上には朝ご飯が一式用意されていた。
「いただきまーす」
「もう昼だけどねー」
食べ始めると、お母さんが台所で洗い物をしながらチクりと言う。確かに、朝ご飯というよりもはや昼ご飯だ。
ユウリは何気なくテレビをつける。すると見知った顔が写っていた。
『では今シーズンも1位でメジャージムリーダーリーグを終えた、ナックルシティジムリーダー・キバナ氏にお話を伺いたいと思います』
『おう、よろしく』
ナックルシティジムリーダー・キバナ。
ユウリもジムチャレンジの時に闘ったことがある。その後起きたブラックナイトの時にもお世話になったガラル地方最強のジムリーダーだ。若い女性からの人気も絶大で、テレビのCMやファッション雑誌でもジムリーダーの中では多く起用されている。
ジムリーダーってよりはマルチタレントみたいだな。と旅を終えて普段の生活に戻ったユウリは思っている。
『キバナさんは常々、前チャンピオン・ダンデ氏をライバルと公言していましたが……チャンピオンが交代した現在、心境の変化はありますか?』
『勿論チャンピオンに勝つつもりでいつも闘ってはいますがね、オレ様のライバルが前チャンピオン・ダンデであることには変わりありませんよ』
キバナは特に言葉に詰まることもなく、当たり前のようにそう言った。そう聞かれることを予想していたかのような口ぶりであった。
ダンデはチャンピオンの座を退いたが、それでも依然ガラルの伝説的なカリスマであることは変わりない。その人気も絶対的だ。その証拠に現在ダンデが運営するシュートシティ・バトルタワーにはダンデと戦いたい挑戦者が殺到している。
曰く、チャンピオンだった時とは雰囲気も戦い方も変わった。
曰く、負けて挑戦者の立場になったことによってさらに強くなった。
『つい先日開催が発表されたガラル・チャンピオンシップトーナメント―――ダンデ氏も招待選手として参加するとの情報がありますが、キバナさん、意気込みをお願いします』
『決まってるだろ? オレ様が必ず勝つ。もちろんダンデもホップも倒して、優勝しますよ』
キバナはそう答えると、一瞬バトル中に見せるような獰猛な笑みを浮かべた。ビッグマウスにも見えるそれはファンサービスも欠かさない、視聴者向けのキバナの演出である。
(キバナさん、相変わらずだな~)
ユウリは苦笑した。
キバナはダンデに一度も勝ったことがない。にもかかわらずダンデのライバルを自称している。それは心ない人に馬鹿にされることもあるけれど、実際には誰にも真似できないすごいことだ。普通のトレーナーならとっくに心が折れていることだろう。
あらゆる策を動員してそれでも勝てない相手に焦がれ続けるその気持ちはもはや狂気だ。
狂気。
キバナのそれと同じようなものをユウリは向けられたことがある。
あれはわたしに対してなのか、それとも彼の兄に向けてか。
『さて、それでは最後に現チャンピオン、ホップ選手のお話を伺いましょう。宜しくお願いします』
『よろしくだぞ!』
ユウリはチャンネルを変えようとした手を止めた。
「なになに? ホップ君出てるの?」
お母さんもホップの声が聞こえたのか、洗い物を中断してユウリの横に座ってテレビを見始めた。
画面にはインタビュアーと一緒に深紅のチャンピオンマントとユニフォームを身に纏ったホップの姿が映し出された。チャンピオンになった直後は取材であたふたしたりと初々しかったが、今は多少慣れてきたようでキリッとした表情をしている。マントもすこし様になってきたかな?
ホップ、がんばってるなあ。と素直にユウリは思う。
それにひきかえ自分は家でぐだぐだと惰眠を貪る日々だ。
『今回のチャンピオンシップトーナメント、現メジャーリーグ・ジムリーダーだけでなく、前チャンピオンや過去のジムチャレンジで優秀な成績を収めたトレーナーなども多数招待選手で参加するということですが……その中でホップ選手が最も気になる存在を教えてください』
ふうん、ホップが今一番気になるトレーナーか。最近ポケモンリーグは全然見てないけど、ちょっとだけ気になるかも。ユウリはマイクを向けられたホップが何を言うか注目した。
『もちろんユウリだぞ』
「はぁ?」
ユウリは思わずすっとんきょうな声をあげた。何でここでわたしの名前? てか試合に出ない人の名前を言ってどうする。そもそもチャンピオンシップトーナメントって何。わたし今初めて聞いたぞ。
―――過去のジムチャレンジで優秀な成績を収めたトレーナーなども多数招待選手で参加する。
ユウリはもしかして、と思う。
たしかにわたしは今季のセミファイナルトーナメントで準優勝している。優秀な成績と言ってもいいだろう。
わからないなりにユウリは考えた。自分の知らないところでコレにわたしが出ることになってるってわけ?
セミファイナルトーナメントにおけるホップとユウリの対決は今季ジムチャレンジ・ファイナルトーナメントを通してベストバウトの1つに数えられた。
もちろん注目度・視聴率ともにホップとダンデが闘った兄弟タイトルマッチの方がはるか上だったが、実力あるエリートトレーナーや、一部のジムリーダーの間ではこうも囁かれた。
セミファイナルトーナメントの決勝こそが、今季最高の闘いだったと。
もちろんそんなことはユウリは知らなかったし、セミファイナルトーナメントで敗北した自分がそこまで注目されているとは夢にも思っていなかった。
『ユウリ、トーナメントの決勝で待ってるぞ!』
びしっと画面に指をさしてホップが言い放った。そのいつものホップらしいキラキラした目は、ユウリがこの放送を見ていないわけがないという確信に満ちている。公共の電波を私物化するな。
そしてユウリはチャンネルを変えて溜め息をついた。てかそんなの初耳だっての。お母さんは「ホップくんらしいわね」と笑っている。なんでそんな落ち着いてるの。
「そもそも招待なんか来てないんだけど……」
「何言ってんの、おとといポケモンリーグから書類が届いたって言ったじゃない。あれのことでしょ? あんたの机の上に置いてあるわよ。もしかして見てないの?」
「ええ?」
ユウリは頭をひねって記憶を辿る。
そういえばそんなこと言ってたかも、ゴロゴロしてたからよく聞いてなかった。
確認しにいこうと自分の部屋に戻ろうとしたその瞬間だった。
ピコン、ピコン、ピコ、ピコ、ピ、ピ、ピ、ピ……。
ユウリのスマホロトムがものすごい勢いで通知音を鳴らし始めた。
画面を見るとものすごい勢いで色んな人からメッセージが来ている。
ホップ、マリィちゃん、ジムリーダーの人たち、あ、ビートからもきてる。ダンデさんもソニアさんも。ジムチャレンジの他の同期、旅の中で仲良くなったポケモントレーナー、ブティックの店員さん、連絡先交換したファンの女の子……。ボールガイは……どうでもいいや。
以前ジムチャレンジ中にきまぐれに作った、大して更新してないSNSアカウントにもリプライやメッセージが沢山来ていた。もう色んなアプリの通知が混ざりまくってわけがわからない。
多分今の放送を見た人たちが一斉にユウリにメッセージを送っているのだろう。
「うっさいなあ……」
ユウリは通知を垂れ流すスマホロトムを鬱陶しそうな顔で部屋に持っていくと、それをベッドの上にぶん投げた。ぼふんと音がしてスマホロトムが布団に沈む。
「ロトム! 電源消しといて! 寝てていいから」
『わかったロト……』
ロトムも通知を受けすぎて疲れたようだ。フッと画面がブラックアウトし、通知音もぴたりと止んだ。
そうしてふう、とユウリは一息ついた。そして落ち着くと同時にふつふつと苛立ちが湧いてくる。
ああ、もう、みんな勝手ばかり。わたしがそんなにバトルをしたいとでも? そもそもわたしはあれから3ヶ月間バトルもなにもやってないんだぞ。ホップだってあんな「来るのが当然」みたいな言い方。少しくらい人のことを考えてほしい。わたしは充電中なんだ。
あああ! イライラする!
いてもたってもいられず、ユウリは部屋を飛び出した。
「お母さん、ちょっとワイルドエリア出かけてくる! 何日か泊まるけど、スマホ持ってかないからよろしく!」
「はあ!? あんたトーナメントの招待はどうするのよ」
「考え中!」
ユウリは着替えてキャンプの支度をすると、机の上に置いてある1つのモンスターボールを持った。その隣にはポケモンリーグのシンボルマークをあしらった、上品なレイアウトをした大きめの封筒。
ああ、これか。でもユウリはそれを一瞥するだけで開けることもしない。
ユウリはリュックを背負って家の外に出る。背中にかかる重みが旅をしていたころの自分をわずかに思い出させた。自分から用事を作ってハロンタウンの外に出るのは久しぶりだ。
行き先はワイルドエリア。
はあ、とにかく静かな場所に行きたい。