【完結】敗北者ユウリのワイルドエリア生活(6泊7日) 作:きなかぼちゃん
3ヶ月前。
「ユウリ、あなた……どうして負けたんです?」
ホップがファイナルトーナメントの1回戦を迎えた日のこと。
駅前広場を通ってシュートスタジアムに向かっていたユウリの前に、ビートは突然現れてひどく怒った顔でそう言った。
「どうしてって……」
どうして、負けは負けだろう。そこにそれ以上の意味があるのか。
「僕に勝ったトレーナーがあんなところで負けるなどありえません。一体何があったんです。あなたの実力はそんなものではないでしょう!」
納得できないようにビートはユウリに詰め寄る。
ビートが着ている服はアラベスクタウンのジムトレーナーのものだ。ユウリはビートの剣幕にやや引きながら察した。きっとあれからアラベスクタウンのジムトレーナーになったのだろう。
ビートはラテラルタウンの壁画を崩壊させるテロ行為を行ってからジムチャレンジを剥奪され、ナックルシティで彷徨っていたところをアラベスクタウンジムリーダー・ポプラに誘拐された。
その後の動向はユウリも知らなかったが、今こうしてビートは久しぶりにユウリの目の前に現れた。
「僕とバトルしなさい! 今、ここで!」
「は……?」
言っている意味がわからずユウリは思わず眉をひそめた。なんだなんだ、トラブルかと広場にいた人達がこちらをちらちらと見る。
視線を無視して、ただユウリの調子にビートは業を煮やした。この女は自分が何でこんなことを言っているのが理解していない。
「
「え、ビートあんた、ジムリーダーになったの……?」
ジムリーダー。ユウリは素直に目を丸くして驚いた。
恐るべきことにジムチャレンジを失格になってから今までの短期間で、ポプラに代わってビートはアラベスクタウンのジムリーダーになったらしい。ビートは心底嫌そうに言うがそれは異常なことだとユウリでも理解できる。
「ええ、まあ、エリートの僕の実力をもってすればその程度当然ですが……今はどうでもいい。あなたにメチャクチャなことを言っているのはわかってますよ。でもね、あなたとの因縁を終わらせなければ……僕はこの先に進めないんだ!」
ビートは大声でそう言う。ユウリはひどく絶望的な気持ちになった。
メチャクチャなこと、とは言うけれどたぶんこれはわたしのせいだ。目の前のビートも。
きっとわたしがあまりにもジムチャレンジの中でみんなをぶちのめしてしまったから、こんなことになってしまったのだ。きっとビートもわたしに負けなければ、本人が言うとおりこんな風になることもなかっただろう。でも……。
「いやだ」
「……ッ!? なぜです!」
ユウリは即答した。
ビートの顔が引きつるが、それに構わずユウリはひどく平坦な調子で言葉を投げつける。
「わたしもさ、負けたばっかでそういう気分じゃない。だから因縁っていうならわたしに勝ったホップと戦うべきだよ。ビート、ジムリーダーなんでしょ? それならファイナルトーナメントに出て、ホップに勝ちなよ」
突き放すような棘のある言い方。ユウリはビートの思っていることや、自分に突っかかってくる理由も分かっていた。だからこそ、目を背けたくなった。
今のバトルの舞台を降りようとしているわたしでは、きっとビートを満足させることはできない。
でも、ホップなら?
ホップはラスボスみたいな悪役だったわたしを負けさせてくれた。それならきっと今のビートのことも納得させてくれるかもしれない。それは根拠もない人任せの勝手な言い分。
ユウリもそれが他人に責任を押しつけるひどい行為だと分かっていたが、それでも今ユウリはビートと闘いたくなかった。わたしは観客に戻るって決めたんだから、そういう面倒くさいものとはもう関わりたくない。
もちろんそんな言い分ではビートは納得しない。
「わからないのか!? 僕が戦いたいのはホップじゃない! 因縁のあるあなたです!」
「そっか、大丈夫。ホップはきっとその因縁っていうやつごと、
軽薄な笑みを浮かべながらそう軽く言うユウリに、ビートは言葉を失ってただ呆然となった。
(これが本当に僕を圧倒的な強さでぶちのめしたあの女か?)
ビートには今のユウリのことが、かつて自分とバトルをした時のポケモントレーナーとはまるで別人に見えた。
まるで何かを失ったような、全てを諦めているような。
かつて自分とバトルしたときのような、ホップと一緒に居たときのような、冒険とバトルを楽しんでいた明るい女の顔はそこにはなかった。
ひどく安心したような顔をしているのに、絶望を秘めた暗い瞳でユウリはビートのことを見つめている。
「それじゃあね。トーナメント、応援してるよ~」
ビートがただ立ち尽くしていると、話は終わったと言わんばかりに背を向けてユウリはシュートスタジアムへ向かった。
今になってユウリは思う。その時のわたしは、ひどく嫌なやつだったと。
【6日目】
着替えて目を擦りながらテントの外に頭を出すと、しとしとと小雨がユウリの髪を濡らす。
もしかして雨が降りそうだな、と昨日の天気を見てユウリが思っていたらその通りで、今日のげきりんの湖は雨が降っていた。
そこまで強い雨ではないけれど、そのまま外に出れば濡れるのは確かだ。テントの中の荷物にあった傘をさしてから外に出る。
するといきなり背後から声をかけられた。
「ふん、どこに行ったかと思えば寝ていただけとは。待ちくたびれましたよ」
「は?」
ユウリがびっくりして思わず変な声を漏らす。思わず背後を向くと、そこにはユウリが今1番会いたくないと思っている人間がそこにいた。驚きで思わず声を漏らす。
「ビート……」
「やあ、お久しぶりですね。日々鍛錬を続け進化するエリートの僕と違って、あなたは随分とだらしない生活を送っているようだ」
そう皮肉を言って、トレードマークのピンク色の傘をさしたビートはユウリをひどく馬鹿にするように鼻で笑った。
ただ、そんな態度にもユウリは特に腹を立てることはない。ビートは会う度にこんな風な捻くれた調子なので、いちいち怒っていてはこちらの気が持たない。気分は良くないけれど。
「何しに来たの……? こんな雨の日に」
そう言ってユウリはビートの顔から目線を逸らす。そのままキャンプの近くに生えている大きな樹を見やると、その下でエースバーンが休んでいた。やっぱり炎タイプなので雨の日だとそこまで元気がない。
ビートはユウリにとって最も会いたくない人間の一人だ。
嫌いなわけではない。ただ、3ヶ月前にあんなことを言った手前とにかく話しづらい。
「ハァ……あなたがジムリーダーにずいぶんとカレーを振る舞っていると聞いてね……僕は心底どうでもいいんですが。バアさんが食べたいから貰ってこいとうるさいんですよ。今のあの子のカレーはさぞピンクで美味いだろうさ。とかなんとか言ってね」
「ええ……?」
ビートは心底嫌そうな顔でそう言う。言っている意味はわからないが、ユウリは魔女のようなポプラの高笑いを思い浮かべた。わざわざ雨の日に来させるのも狙っているような気がする。考えるだけで能力が二段階ダウンしそうだ。
「ま、まあカレー作るのはいいけどさ。ビートはどうするの?」
「言ったでしょう。僕は
「はあ」
ユウリは否定されまくってちょっぴり悲しい気分になった。でも前ビートにひどいこと言っちゃったしそれも仕方ないかなと思っている。それに申し訳なさもあるし、作ってあげないわけにもいかない。
「じゃあ……雨の中だけどゴメン。ちょっと待っててくれる? わたしもまだ起きたばかりだからさ」
「見れば分かりますよ。ですがあまりエリートの僕を待たせるのはやめてもらいたいものですね」
「はいはい。エースバーン! ご飯作るよー!」
ため息をつきながらビートの煽りを流しつつ、ユウリは樹の下で休んでいたエースバーンを呼んだ。
はあ、誰かと話せるからここにいようと思ったけど、こうなるならマリィちゃんの言うとおりスパイクタウンに行った方がよかったかもしれない。
▼ ▲ ▼
「あのさあ、ビートこれホントに食べるの?」
「食べるのは僕ではありません。バアさんです」
簡易テントを張ったテーブルの上。
持ち帰り用の大きめのタッパーに入れられたカレーを見ながら2人はなんとも微妙な顔をしていた。
あまくちホイップカレー。
カレーの中に白いホイップが盛られているそれは、まろやかを通り越してもはや甘さと辛さが融合して合体事故を起こしている。
はっきり言ってあまり美味しくなさそうだし、ユウリはレシピでは知っていたが作ったこともなかった。ただこれを作れというがポプラの要望らしかったので仕方がない。
「ポプラさんこんなの食べるのか……これがピンクってことなのかな」
ユウリはわけもわからずそんなことを言った。そもそもピンクって何なの?
「さあ……バアさんの考えていることは大して理解できませんからね。まあ、出来としてはレシピ通りでいいんじゃないですか? バアさんに代わってお礼を言ってあげますよ。
「え!?」
ユウリはびっくりした。ひねくれ者のビートが普通にお礼を言うなんて思わなかったのだ。
「え、なんです……? そんな驚いて」
「いやいや、だってビートが素直にお礼言うなんていままでなかったじゃん! どうしたの? 悪いものでも食べた?」
「ちょ……なんですいきなり気持ち悪い! このカレーを食べたなら別ですが僕はいつも通りですよ! こちらから一方的に押しかけた以上礼を言うのは当然でしょう」
ビートは本気で気持ち悪がっていた。何がおかしいのか分かっていない様子だ。
ユウリはふと思う。ビートにかつてひどいことを言ったのに、普通にわたしに話しかけてきてくれている気がする。それどころか前より角が取れているような。
そこでユウリはビートがここに来てから思っていた疑問を投げかけた。
「ね、ビートさ……今すごい普通に話してるけど、その、わたしに怒ってないわけ?」
「はあ? 何のことです」
「その……3ヶ月前にわたし、あんたにひどいこと言ったから」
ユウリがぎこちなく言うと、ビートはようやく思い出したようであざ笑うように口を開いた。
「フン、あんなことはもうどうでもいい。あのとき僕は『委員長のために始めたジムチャレンジ』にけじめが付けたかっただけです。相手など結局誰でも良かったのかもしれない。あなたの言うとおり、ホップに負けたことで納得したのかもしれませんね」
あの日ユウリと別れた後、ビートは正式な手続きを踏むことなくファイナルトーナメントに乱入し、ホップと闘い、負けた。それがビートの心に何か変化を与えたのか。
「僕を泥の中から引き上げてくれた委員長には感謝していますが……今の僕は与えられたものや他人には左右されない。自分のことは自分で決めます。なのでお気になさらず。あなたの感じている罪悪感に価値なんてない」
ビートはただ淡々とそう話した。本気でそう考えているのだろう、とユウリは思う。不思議とこの言葉からはいつも感じるような嫌みは感じなかった。
「ビート……やっぱりちょっと変わった?」
「何も変わりませんよ。強さ、地位。僕はいつも欲しいものは自分の力で掴み取ってきた。まぁあの時は必要ないと思いましたが……今のジムリーダーの位も与えられたものじゃない。僕がバアさんを利用して手に入れたにすぎません。チャンピオンの名声もじきに手に入れるつもりです」
そんなことを言いつつ、なんだかんだでビートとポプラはひねくれもの同士良好な師弟であることは有名だった。
ポプラさんに誘拐された時はあんなに嫌がってたのに。照れ隠しなのかなあ。ユウリは内心ツッコミたくなった。言うと怒るから言わないけど。
「まあ変わったと言えば、今日のようにバアさんのワガママの世話をすることくらいですかね」
ビートはやれやれといった風にそう言った。そこでユウリは気づいた。きっとビートを変えたのはホップとの勝負ではなくポプラとの師弟関係なのだと。
「ユウリ、このカレーの礼ついでに、1つあなたに忠告してあげましょう」
「え?」
突然ビートは佇まいを直してユウリにそう言った。それは冗談ではなく本気の合図だ。
「世論や委員会の言い分などどうでもいい。トーナメントに参加しなくても、数ヶ月すればあなたの名前など世間は忘れるでしょう。その程度の思惑に動かされるのはクソ食らえだ。今のあなたがいなかろうが僕は特に困りません」
誰かの思惑に動かされる。かつてビートはローズ委員長に認めてもらいたい一心で動く人形だった。そして今のビートにとってそれは最も不快なことでもある。
ユウリはただその言葉を聞いていた。ビートらしいな。と思う。
遺跡を破壊しジムチャレンジ資格を剥奪され、ポプラお抱えのジムトレーナーに収まったかと思いきやファイナルトーナメントに乱入し委員会から厳重注意を食らう。
はっきり言ってユウリから見てもビートはめちゃくちゃな男だし性格も悪い。ルールを破りまくるその性格から現実でもネットでも誹謗中傷もたくさんされていたのは事実だ。
でも今ではアラベスクタウンのジムリーダーだ。その強さは誰もが認めている。逆境を跳ね除ける力を誰よりもビートは持っていることをユウリは知っていた。
「それに別に僕とあなたは友達ではありませんからね。
「え」
いきなりホップの名前が出てきて一瞬ユウリの頭がフリーズする。
「
あなたしかいない。
ユウリはかつてのハロンタウンでの生活を思い出す。たった1人の幼馴染み。ホップとは毎日顔を合わせて遊んでいた。幼い頃、外で遊ぶときはユウリとホップだけの2人だけの世界が確かにあった。
『なあユウリ! オレたち、鍛えあって2人でチャンピオンを目指すぞ!』
―――いっしょに?
『だってオマエはオレのライバルだぞ! 当然だろ!』
思い出して、ユウリははっとした。
それはホップのささやかな夢だったのかもしれない。
わたしがホップが頂点に駆け上がる映画を見たいと思ったのと同じように、ホップはわたしとライバルのまま、ずっと高みを目指し続けたかったのだ。
「だから、チャンピオンと決着をつけられるのもあなただけです。誰も手伝うことはできません。ま、いいんじゃないですか? あなたたちの関係がどう言ったものかは知りませんが……この機会に君たちはしっかり話し合うべきだ」
「しっかり、話し合う?」
それはビートなりの同期に向けた優しさだった。
ユウリ、ホップ、マリィ。
ビートにとってジムチャレンジの同期とは決して友達ではないが、内心で認めた好敵手でもある。ビート自身はそれを悪くない関係だと思っていた。
「何がわからないのです。当たり前の話でしょう」
ビートはポプラと修行する間にいつしか自分に足りないものを理解していた。それは自分と同じくひねくれ者であるポプラに振り回されることによって、鏡を見るように得た教訓である。
何を考えているのか分からない相手のことはとにかく会話を重ねることでしか理解できない。ようやく最近ビートもポプラが何を考えているのかその一端が見えかけていた。
ビートはユウリの表情を見た。少し怪訝そうな顔をして考える素振りをしている。
(バアさんが僕をここによこしたのも、もしかするとユウリとこういう話をさせるためなのかもしれませんね……)
しっかり話す。ユウリはビートの言葉を聞いてふと思った。
幼馴染だから。親友だから。
振り返ってみると、お互いわかっているつもりで、大切なことは話し合ってこなかったように思う。
わたしとホップはどんな関係なんだろう。
幼馴染み、親友、ライバル。
考えても、どれも正しい気がする。でも、その言葉1つで言えてしまう関係でもないように思う。分からない。分からない―――?
そこまで考えてユウリはなんとなく気づいた。
ああ、そうか。わからないから、不安なのだ。
ホップも、そしてわたしも。
あの時ホップはテレビでわたしを指名することでバトルの場に無理矢理引きずり出そうとしたし、わたしはそれに対してムカついて逃げた。
それはきっとお互い何を考えてるかわからなくて不安だからだ。
心の奥底では本音で話していないから、お互いの考えていることがわからない。考えてみればそんなのは当たり前の話だ。
「わたし、話さなきゃいけない。ホップと」
「ようやく理解しましたか。そんな簡単なことに」
ユウリはそれを自然に言葉に出していた。対してビートはつまらなさそうに言う。
ビートにとって本音をむき出しにして話すなど当たり前のことだ。人に気を遣うことなど知らないし必要ない。それがビートの考え方だ。
「放っておいてもホップは向こうからここに来るでしょう。まあ今回のチャンピオンの行動は僕からしてもいけすかない行為なんでね。向こうから釈明に来るのが筋だと思いますよ」
ビートはそう言うとシニカルに笑った。他人の思惑になど乗らない、自分こそが正しい。きわめてビートらしい言葉だった。
「本当に来るかなあ」
ビートはそう言うが本当に来るだろうか。自分からホップのもとに話に行った方がいいんじゃないだろうか。やきもきさせてるだろうし。ユウリはなんとなくそう思う。
「それに、わたしまだトーナメントに出るかどうかも決められてないし……」
そこまで言ってユウリはハッとする。
トーナメントに出る気が無い自分が、いつの間にか出るかどうか、というところまで考え始めている。よくよく考えれば、出たくないなら大事になる前にさっさと欠場の連絡をしていればよかったのだ。なのにわたしはそれをしなかった。
「ハッ、まだ迷っているのなら賭けをしてみればいい。ホップがここに来なければあなたはトーナメントに出場しない。出場するかどうかはホップの釈明を聞いてから考えてやってもいいとね。どうです。シンプルでいいでしょう?」
「アハハ、ビートらしい」
「それ、褒めてませんよね?」
あまりの上から目線。ビートらしすぎてユウリはおかしくなってくすりと笑った。そしてやがて笑うのを止めると、そこにはきりっとした顔をしてビートを見るユウリの姿があった。
ビートは初めて満足そうにユウリの瞳を見た。
「―――ふん、立ち直りましたか。安心しましたよ。あなたの目は死んでいなかった」
ユウリはそこで気づいた。たぶん、ビートもマリィちゃんと同じで、待っていてくれたのだと。
ユウリはビートへ笑顔で笑いかけた。
「うん。ありがとう、ビート。持つべきものは友達だね!」
「だから僕はあなたの友達ではありません! 宿敵です! ライバルです! いいですか? 立ち直ったのであればいずれ僕とも本気の勝負をして貰いますからね!」
「えーどーしよっかな~まだバトル再開するとは決めてないしな~」
「あなたねえ……」
軽口を叩くとビートはやれやれとこめかみを押さえた。
それは軽口じゃなくて事実だ。待ってやろうじゃないか。家を飛び出す前、ホップに腹が立ったのは確か。仕掛けてきたのはそっちからだろう? ホップの思惑にただ乗ってやるだけではつまらない。
そう、腹が立った。きっと3ヶ月前のあの時も。
ユウリは思う。わたしはあのときホップに清々しい気分で負けたと思っていたけれど、気がつかなかっただけで悔しく思い、挫折していたのだ。
ユウリがホップがチャンピオンに駆け上がるキラキラしたストーリーを見たかったといういうのは本当のことだった。でもそれは決して自分の夢や目標みたいなものではなく、きっとなにもない自分自身への諦めに似た何かから生まれたものだ。
『―――バトルする理由がないから、バトルしないだけ。やりたいこともない。なりたいものもない。ただのバトルが強いだけしかとりえのない女がわたし』
ユウリはマリィに言った言葉を思い出した。
マリィちゃんに言ったように、わたしにはバトルが強い以外なにもない、と思っていた。みんなのラスボスみたいな風になっていた自分のことも嫌だったけれど、それでもわたしはきっとポケモンバトルが強い自分自身にどこか誇りを持っていたのかもしれない。
負けたことで安心したけれど、その後自分が何者でもなくなるのが怖かった。
皆に置いていかれたまま、ただのハロンタウンのユウリに戻ることが怖かった。
だから観客になることで自分を納得させて、わたしは自分の心を守ったのだ。
でも、もしかしたら、そんな必要はなくて。
マクワさんからカレー屋になればと冗談で言われたように、
カブさんから世界を旅するよう勧められたように、
ソニアさんが助手に誘ってくれたように、
ルリナさんがモデルの事務所に誘ってくれたように。
色んな人と話してみて思えた。
わたしの前にはきっとたくさんの道があるし、もしかするとそんなことを怖がる必要はなかったのかもしれない。
エントリー期限まで、あと1日。
ユウリは目の前の景色が開けたような気がした。
あと1話でおしまい! みんなあと少しだけ付き合ってねー!