【完結】敗北者ユウリのワイルドエリア生活(6泊7日) 作:きなかぼちゃん
その日、ユウリは珍しくいつもより早い時間に目覚めた。
テントの外に出ると、眩しい朝日がユウリの顔を眩しく照らして、思わずユウリは手のひらで光を遮った。
「今日は晴れかあ……」
昨日雨が降っていたので、それが続かなくてほっとする。
湖畔を見ると、今日もエースバーンが小石でリフティングをして朝練をしていた。エースバーンは起きるのが早いなあ。いつもわたしより先に起きてるし。いつも朝ご飯遅くてごめんね。ユウリは少し申し訳なく思う。
「エースバーン! おはよ! 今日はちょっと早めに朝ご飯食べようか!」
エースバーンがユウリの方を振り向いた。その顔は心なしかいつもより嬉しそうで、ユウリは少し苦笑いした。
エースバーンが湖の方から駆けよってくる。しかしその足が突然ぴたりと止まった。
「エースバーン? どうしたの?」
ユウリは怪訝な声を出す。それに答えるようにエースバーンは空を見上げた。
その時、風が吹いた。
上を見る。そこにあったのは大きなポケモンの影だ。大きな音で翼を羽ばたかせながらここに降りてくる。それは見知ったポケモンのもの。
「ユウリ、久しぶりだな! 朝早くすまない!」
リザードン。そしてその背に乗った大柄なトレーナーがユウリに声をかけた。その姿はガラル地方のトレーナー、いや、トレーナーじゃなくても住んでいる人なら誰もが知っている。
「ダンデさん……」
ユウリは静かにその名を呟く。
チャンピオン、ダンデ。そしてリザードン。
わたしにポケモンを与え、ジムチャレンジに推薦し、ポケモントレーナーになるきっかけを作ったホップのお兄さん。
その2人が、7日目の朝早くに訪れたお客様だった。
【7日目】
「ダンデさん、どうしてここに?」
ユウリはテーブルに向かい合って座っているダンデに素直に疑問を投げかける。正直ユウリはダンデがここに来るとは思わなかった。来るなら昨日ビートが言っていたようにホップだと思っていたので、意外に思う。
ユウリの思っているとおり、ダンデは少し難しい顔をした。何か理由を探しているような、そんな顔だった。
「そうだな……理由はある、と言えばある。だが今は、君とただ話に来た。というのではダメか?」
「え、それは別にいいですけど……」
ユウリは戸惑った表情を浮かべてそう言うが、ダンデはほっとしたような顔をした。
ユウリは意外に思った。かつて猛々しいチャンピオンだった時に比べて、今のダンデからは穏やかな雰囲気が漂っている。着ている服もかつてのユニフォームではなく、どこか気品があるゆったりしたものだ。
ユウリがダンデの姿をなんとなく観察していると、やがてダンデは近くでリザードンと仲良く遊んでいるエースバーンのことを見やった。
「ユウリ、覚えてるか? 君にヒバニーを、ホップにサルノリを渡した時のことを」
「え? あ、はい」
「あのときはまだ2人のことを俺はただの子供だと思っていた。チャンピオンを退いた今思うと……あのときは随分偉そうなことを言っていたような気がするよ。今や君たちは最高のパートナーとポケモントレーナーだ。エースバーンを見ればそれがわかる」
「ポケモン、トレーナー……」
ユウリはその言葉を反芻する。
ダンデさんから見て、今のわたしはポケモントレーナーなんだろうか。乗り気なエースバーンのことを見て見ぬ振りをして、カブさんの誘いを断り、実家に戻ったわたし。そんなわたしは、エースバーンのことを本当に心から大事にできてているのだろうか?
『―――ポケモンを連れていれば、誰もがポケモントレーナー! ホップ、ユウリ。いいか! ポケモントレーナーは、ポケモンを闘わせ育てるんだ。そしてパートナーのポケモンを信じろ! 心から大事にするんだ! それを忘れるな!』
旅に出る前の話。ホップの家で初めてヒバニーを貰って、ホップとバトルした時にダンデに言われたことをユウリはよく覚えている。
「そう、君はポケモントレーナーだ。たとえバトルをやめても、それは変わらないだろう」
「そうかな……わたし、もうエースバーンのこと闘わせてないし、旅に出る前にダンデさんに言われたとおり、本当にエースバーンのこと大切に出来てるのかなって思う時、あります」
ユウリのやや申し訳なさそうな表情を見て、ダンデの瞳が揺れた。ああ、俺はホップにチャンピオンを背負わせてしまったのと同じように、ユウリをそのライバルにしたことで深い悩みを与えてしまったのだろう。
「ユウリ……本当にすまない」
「えっ!? ちょ、ダンデさん突然どうしたんですか」
突然ダンデはユウリに頭を下げた。ユウリは心当たりがなくただただ戸惑うだけだったが、それでもダンデは頭を上げなかった。そしてやがて言葉を続ける。
「今日は君に謝りに来たんだ」
ようやく頭を上げたダンデの表情はひどく申し訳なさそうな、後悔しているようなものに見えた。
「オレはかつてユウリがホップが強くなるための都合のいいライバルでいてくれればいいと思っていた。悪い言い方をすれば当て馬だ。ホップがチャンピオンを目指すためのモチベーションとして、幼馴染みの君がいてくれればいいと……あの時はそう思ってたんだ。だから君にヒバニーを渡したし、ジムチャレンジの推薦もした……ひどいヤツだろう? ガラル地方の誇り、無敵のチャンピオンが笑わせる」
「ダンデさん……」
呆然としながらユウリはダンデと初めて出会った時のことを思い出した。
心当たりがないわけでは、なかった。
ブラッシータウンにダンデさんが来て、ホップが早くポケモンを貰いたいからって先にハロンタウンに走って行ってしまった時。何気なく、
―――良い競争相手がいれば、アイツももっと強くなるのにな。
「そうだったんですね……」
「ああ、今君が陥っている状況にしてもそうだ……本来なら君が自由に決められるはずの人生を俺の身勝手でゆがめてしまった。君にホップのライバルであることを誘導して強いたのはこの俺だ。本当に、すまない」
そう言ってダンデはユウリの顔をまっすぐに見た。ダンデはユウリがバトルをしなくなったことに対して、それはかつて自分が無理矢理ユウリにポケモントレーナーであることを強いた反動だと思っていた。だからこそ、今は何を言われても仕方がないと思っている。
「―――ううん、ダンデさん、
「え?」
ダンデはぽかんとして口を開ける。ダンデがそんな表情をするのを始めて見たのでユウリは少し笑いそうになったが、それを抑えて言葉を続けた。
「だってダンデさんがいなかったらわたし、エースバーンとも出会えませんでしたよ? 旅することだってなくって、今まで出会った人達ともきっと知り合えませんでした。マリィちゃんやビートとも、きっと友達になんてなってなかった。確かにわたしはホップのライバルになりたいとは思ってなかったけど……」
そこまで喋ってユウリはこの1週間で気づいたことを思い出した。
1週間前までは、ただホップやみんなの活躍を見るだけの観客に戻りたかった。わたしはただのハロンタウンのユウリだったころに戻りたいと思っていた。でも、今はきっと違う。
「最近気づいたことなんですけど、たぶんわたしはポケモンバトルが好きだったんだと思います。それを通じてホップのそばにいられたことが嬉しかった。ただのハロンタウンのユウリのままじゃ、たぶんそれはできなかったんじゃないかって。
ユウリは思う。きっと、今までの出会いがあって今のわたしがあるのだ。
だからそれを否定しちゃダメだ。
マリィちゃんやビートが会いに来てくれたように、マクワさんやカブさんが道を示してくれたように。ソニアさんやルリナさんみたいなかっこいい大人の女性に出会えたように。それ以外だって、わたしは旅でいろんな人やポケモンと出会ってきたじゃないか。
「ユウリ……君は、すごいな」
ダンデはそう語るユウリの顔が煌めいて見えた。俺が子供の頃はこんな風に立ち止まれただろうか? ただ勢いのまま突き進んで、見落としてきたものも沢山あったんじゃないだろうか?
「え、そ、そんなことないですよ!? わたしなんかより自分の夢に向かって頑張ってるホップやマリィやビートの方がずっとすごいじゃないですか」
「いや……そんなことはないさ。しっかり立ち止まるべき時は立ち止まれる。それは本当に難しいことだと思うぜ」
ばたばたと恥ずかしがるユウリの顔を見ながら、ふと、ダンデは最初のライバルだったソニアの顔を思い浮かべる。俺はきっとソニアのことを置き去りにしてそのまま大人になってしまった。それを後悔しているのかもしれない。
ソニアが博士を目指すと言ったとき、少しだけ裏切られたような気持ちになったのをよく覚えている。でもそれはきっと逆だ。俺が何も見ずに突き進んだことでソニアを裏切ったのだ。
―――ダンデくんって、ほんとバトルのことしか考えてないよね。
昔、ソニアから呆れ顔でそんなことを言われたことがあった。あの時はなんとも思わなかったけれど、今になるとソニアが自分にそう言った意味がなんとなくわかる。
今、ダンデは後悔はしていない。でも、失ったものは多いと思っている。
チャンピオンという立場に邁進し、そして最後に残ったのがキバナとの絆だったんだろうと。
「チャンピオン……か」
「……?」
ふとダンデは物憂げに呟いた。随分と疲れたような表情で言うので、ユウリはすこしぎょっとした。かつて10年チャンピオンの座を守り通した男がそんな表情をするとは思わない。
「俺も最近気づいたことがあるんだ。当たり前の話かもしれないが……ポケモンとの関わり方は千差万別だ。ポケモンが好きでも、バトルをしない人だっている。当たり前の話だろ? でも自分に立ち向かってくるトレーナーを増やしたい、ガラル地方のポケモンリーグを盛り上げたい。あの頃はそれだけを必死に考えていて、オレはそんなことも見落としていたんだ」
ここにいるのはユウリとエースバーンとリザードンだけだ。街にあるカフェのように人間はいない。誰にも話を聞かれることはない。だからこそダンデは己の本音を話していた。
それに対してユウリはやや首を傾げながら言った。
「それって……しょうがないんじゃないですか?」
「え?」
「だってダンデさん、チャンピオンだったんだもん。ポケモンリーグを盛り上げたいって思うのは当然じゃないですか。今そう思うのはきっと、チャンピオンやめたからですよ。そもそも10年もチャンピオンやってたらそうなりますって」
「そうかな……あまり意識はしてなかったが……」
「そうですよ! わたしも3ヶ月ポケモンバトルやめたから何となくその気持ちわかります。あ、でもホントの自分に気づいたのはここ1週間の話なんですけどね……アハハ」
そう言ってユウリは苦笑いした。それを見てダンデは微笑みを返した。かつてチャンピオンだったときには決して浮かべない、柔らかい笑みだった。
「ダンデさんってそんな風に笑うんですね」
「え、そうか? 俺は割と笑う方じゃないか? それにチャンピオンになってからは明るいキャラになるよう意識してたんだが……」
「……アレ、キャラ作りだったんですか? もしかしてリザードンポーズとかもそうだったりして」
ユウリがすこし意地の悪い顔でそう言うと、ダンデはただただ苦笑いした。
「あぁ……あれはな、代名詞になるポーズがあると盛り上がるからってローズさんから提案されてやってたんだよ。まあ何か難しいこと言わなくてもリザードンポーズすればみんな盛り上がってくれるから、俺は楽だったんだけどな!」
ワハハと笑うダンデにユウリの顔が凍り付いた。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気分だった。ユウリは表情を引きつりながら言う。
「……ダンデさん、それ絶対ホップの前では言わないでくださいね!? 多分めっちゃ落ち込みますよ!?」
「そ、そうなのか? それは困るな……」
ユウリが必死に言うと、ダンデは露骨に困った顔をした。
兄でもあるが、それ以上にチャンピオン・ダンデという存在に憧れていたホップにとってその事実はきっとショックだろう。なんせボールの投げ方から丸パクリするくらいなのだ。弟の心兄知らずだなあ、とユウリは心の中でため息をついた。
その時、ぐう、とユウリのお腹が鳴った。
「あ」
もしかして聞こえたかな。ユウリはやや顔を赤くしてダンデの方を見た。そういえばご飯も食べずにダンデさんと話してたんだった。お腹が減るなんて当たり前だ。
「ユウリ、いい腹の音を鳴らすじゃないか! そうだ、今日はお邪魔した礼に俺がカレーを作ろう。君のカレーは美味いらしいが、ソニア仕込みの俺のカレーも負けてないぜ!」
「ダンデさんほんとサイッテー」
「なにぃ!?」
ダンデはジト目で言うユウリにびっくりして驚愕の声を上げた。そんなコミカルな様子を見てユウリはくすりと笑った。
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「ダンデさんのカレー、めっちゃ美味しいですね!?」
「そうだろう。俺だって昔は旅するジムチャレンジャーだったんだぜ。カレーの作り方もソニアがよく教えてくれたんだ」
ダンデは懐かしげな顔でそう言った。エースバーンとリザードンも美味しそうな顔でカレーをばくばくと口に入れている。
ユウリはカレーを食べながら一昨日のことを思い浮かべる。確かにソニアさんのカレーの味に似ている気がする。でも違うのはあらびきヴルストを乗せてることと、すこしだけ甘いことだ。たぶんダンデさんは甘口でお肉多めのカレーが好きなんだろう。そういえばホップの好みもそんな感じだったっけ。
「ダンデさんとソニアさんって昔一緒に旅してたんですか?」
「いや……そんなつもりはなかったんだが、俺があまりに道に迷うからっていつもソニアがついてきてくれたんだよ。あの時は迷惑をかけたな……」
「ええ……」
うわあ、この人バトル以外のことホントにダメなんだな。引率の先生じゃん。ユウリはドン引きした。ソニアさんがたまにお母さんっぽい部分を見せるのはもしかするとダンデさんのせいかもしれない。
「フ、でも……安心したよ」
「えっ?」
カレーを口に運びながら、ふとダンデは優しげな声音で呟いた。
「ああ、ユウリ。今日君と話して確信した。正直……君がホップのライバルであることをやめた時、ホップがチャンピオンの孤独に押しつぶされないか心配だったが、君たち2人なら俺とキバナとは違う答えが出せるだろう」
「ダンデさんと……キバナさん……?」
ダンデとキバナがライバルだということはユウリも知っている。でもそれとは違う答えとは一体どういうことだろう。
「俺とキバナはお互いただ1人だけのライバルだ。その関係には終わりはないだろう。だがそれは死ぬまでお互いポケモンバトルの世界で戦い続けることを意味する。お互いがお互いに勝つためだけに人生の全てを賭ける。そんな不毛な関係だ。だが無敵のチャンピオンだった俺にはそれが救いだった」
ユウリは息を呑んだ。嫌でもホップとわたしがそんな関係になる未来を想像してしまう。ダンデさんがホップで、キバナさんがわたし。そんな暗すぎる関係をユウリは求めていない。
「俺はその関係に後悔はない。ただ……立ち止まってしっかり自分のことを考えたユウリなら、きっと弟を違う場所に連れて行ってくれるんじゃないかと思ったんだ。すまない。また君に重いものを背負わせてしまうかもしれない」
そう言うダンデの表情には少し陰があった。きっと申し訳ないと思っているんだろう。だからユウリは自信を持って言うことにした。カブさんやビートが教えてくれたように、わたしの思っていることをちゃんと言って、話し合えばなんとかなるはずだと。
「大丈夫です! わたしもホップも、ちゃんと話します! それで、ライバルでもなくて、幼馴染みでもなくて、親友でもないかもしれないけれど、わたし達の新しい関係、ちゃんと見つけますから!」
ダンデはユウリの自信に溢れた顔を見た。きっとこの子なら、かつて孤独を感じていた自分と同じようになってしまった弟のことも、明るい場所に連れて行ってくれるかもしれない。
負けてなお、ダンデの中ではホップは手のかかる弟に変わりはなかった。
「弟をよろしく頼む」
「はい、ずっと一番近くで見てきましたから」
ユウリは笑顔でそう言った。
ダンデは思った。きっとこの子は俺の知らないホップの表情をたくさん知っているのだろう。
その時だった。
「アニキ……? ユウリも、こんなとこでなにしてんだよ?」
あまりに聞き慣れた声。ダンデとユウリが勢いよく声の元に顔を向けた。
来ると思っていた。だからユウリは驚くこともなかった。
「こんなとことはホップもひどいね〜。ここはわたしのキャンプ地だというのに。ユウリのカレー屋、絶賛開店中!」
「ご、ごめんだぞ」
ユウリはあまりにも普通にホップに絡んだので、ホップは少し驚いたようで素直に謝ってしまう。それに対してユウリはにへらと笑った。
「へへ、じょーだんだよ」
ホップの強ばった顔がすこしだけ柔らかくなった。少しはリラックスできただろうか?
さあ、それじゃあ最後の闘いを始めよう。
ユウリは己の心に祈った。きっとわたし達が新しい関係を見つけられますようにと。