【完結】敗北者ユウリのワイルドエリア生活(6泊7日) 作:きなかぼ
「リザードン……ここはブラッシータウンの上じゃないか」
帰り道、空を飛ぶリザードンにダンデはしまったという顔で呼びかける。いかん、また迷ったのか。ダンデは思ったが、リザードンはチラリとこちらを見てただ頷く。
間違ってない。ダンデはハッとした。
ダンデの脳裏にソニアの顔がちらつく。今では本まで出版し、博士になったという。ダンデはふと気づく。お祝いは送ったが、最近会いには行ってない。その間にオレもチャンピオンを退いて、バトルタワーのオーナーになった。
10年前のあの頃からずいぶん時間が経ったように思う。あの時俺は目の前のことばかりに夢中でソニアを置いていってしまったけれど、今なら、もしかしてアイツらのように新しい関係を始められるのだろうか。
「リザードン……そうだな、会いに行こう。ソニアに」
ダンデはリザードンの背を撫でた。するとリザードンは機嫌良さそうに大きく咆哮し、一直線に研究所へと向かった。
今なら、昔みたいに笑顔で話せる気がする。
【7日目(2)】
時刻は11時を回っている。
いつもならちょうどユウリが起きる時間帯だった。
ダンデはカレーを食べ終わると、特に2人には大したことは言わずにリザードンに乗って帰った。
ホップはまた迷子になると指摘したが、それでもダンデは今日は絶対にまっすぐ帰れると言って聞かなかったので、そのまま渋々ユウリとホップはダンデとリザードンを見送ることになったのである。
ゆえに、いまこのげきりんの湖にいるのはユウリとホップだけだ。
テントの方では、空気を読んでエースバーンとゴリランダーが仲良く遠目で2人の様子をうかがっていた。
2人は湖畔に座って、無言のまま少し間を空けながら隣り合っている。
ユウリはげきりんの湖を見た。たまにポケモンが頭を出して波紋を作るだけで、危険エリアとは思えないほど静かに水を湛えている。
先に口を開いたのはホップだった。
「ユウリ、その……」
「うん」
「……ごめん。あんな風にユウリの名前を出したのは、流石にやりすぎたぞ……。オレもまさかこんなことになるとは思ってなかった」
ホップはまずユウリに謝った。例の公共電波私物化の件である。これについてはユウリも内心腹が立っていたので、頬を膨らませてホップの顔を見た。
「ほんとそうだよ! ホップがあんなことするからわたし1週間もワイルドエリアにいなきゃいけなくなったんだからね。このままじゃ野生のユウリになっちゃうじゃん!」
「ほんとごめん」
ホップはただただ申し訳なさそうに身体を縮めた。そんなホップの様子を見ているのは少しだけ面白い。ただそのおかげで自分にとって大切なことを学んだことも事実なので、ユウリはそれ以上追究することはなかった。
「まあ……それについてはもういいよ。それよりもホップさ、わたしに言いたいことがあるんじゃないの?」
何気ない調子でユウリは続ける。ホップの顔が少しだけ強ばった。きっとホップはわたしに言いたいことが沢山あるんだろう。いったい何から言うのかはわからないけれど。
少しの沈黙。
おもむろにユウリはそばに落ちていた小石を湖に投げた。ぼちゃん。と音がする。はよ言え。
「ユウリ、オマエ……オレに負けた後、どうしてオレの前からいなくなったんだよ?」
「…………」
「オレは……ユウリと一緒にチャンピオンを目指したかった。オレがチャンピオンになっても、ユウリはずっとオレに挑んできてくれる。ずっとライバルとして高め合えるって思ってたんだぞ。でも……そうはならなかった。オマエは実家に帰ってオレの前からいなくなった」
それは根本的な問いだ。ホップは思う。なぜ自分の前から逃げ出した。旅をする時に一緒にチャンピオンを目指すって約束しただろう。1人で何も言わずに逃げ出すなんて卑怯じゃないかと。
ホップの揺れる瞳を見据えながら、ほんの少し迷ってユウリは口を開いた。
「ごめんね。わたしにも理由はあったの。でもそれに関しては悪いと思ってない。わたしが1番ホップに謝らなきゃいけないのは……理由を言わずにバトルをやめたこと。だからそれを今から話す」
ユウリは言葉を切って、口をきゅっと結んだ。あまり自分の恥ずかしいことは言いたくない。でも、言わないと始まらない。勇気を出さなきゃ。
「わたしね……たぶんホップに負けたとき、すっごい悔しかったんだ。今までそのことに気づかなかったんだけど、わたし、バトルがホントは好きだったみたい。でもホップのチャンピオンになる夢を応援したかったのもホント。だから、きっと自分が悔しかったことをごまかしてたんだと思う」
ホップは何も言わずただユウリの顔を見ていた。
「でも、ただわたしはバトルが強いだけで夢も目標もなかった。だからまっすぐに自分のやりたいことを語って、進んでいく皆のことが……ちょっと羨ましかった。だから、それを見ないようにしたくて家に戻ったの。みんなについていくだけの情熱が、わたしにはなかったんだ……」
ユウリはそう言うとホップの顔から目を離して湖の方向を見た。それはユウリの根っこにある劣等感の塊のような感情だった。自分には、何もない。そう思ったわたしはいつの間にか無気力になっていたのだろう。
「もしかして、ユウリ……オマエずっと無理してたのか?」
「えっ?」
「オレのライバルになったことも……しんどかったのか?」
ユウリはホップに向き直った。ホップは泣きそうな顔をしていた。
違う、そうじゃない。
そうなんだけど、そうじゃない。
みんなのラスボスみたいになっていたことに嫌気や無力感を感じていたことは事実だけど、それはただのバトルの結果だ。決して、無理をして振る舞っていたわけではない。
「ううん、嬉しかったよ」
「そう、なのか?」
「うん。ほんと。ホップの横で一緒に走り続けて、ホップがチャンピオンを目指すのを見ながら一緒にバトルしたりするのは、すっごい楽しかった。その中でわたしがホップにとって1番の倒す敵みたいになっちゃったのはガックリきたけどさ……アハハ」
「オレは……ユウリに負けるのが悔しかった。いつか勝つんだってずっと思ってたぞ。いつの間にかユウリを倒すことがアニキを倒すことより大事だと思うようになってた」
「うん、知ってる」
ホップはさらりと言うユウリの顔を見た。その表情はどこか困ったような顔をしていた。
「ホップはさ……きっとわたしのヒーローだったんだと思う」
「え?」
ホップが怪訝そうな顔で思わず聞き返した。オレがヒーロー? オマエの?
「ダンデさんにポケモンを貰って、ジムチャレンジに推薦して貰ったけど、それでもわたし1人じゃきっと旅なんてすぐ終わっちゃってたと思う。それでも最後まで色んな街を巡って、色んな人と出会って、最後までジムチャレンジができたのはホップがわたしの手を引っ張ってくれたから。ホップがわたしを知らない世界に連れて行ってくれた」
そうしてユウリはホップにニッコリと笑いかけた。昔からだ。一緒にいたずらして怒られたときだって、近づいちゃいけない森に行ったときだって、いつだってホップはわたしの手を引っ張って色んな所に連れて行ってくれた。
「だからホップはわたしのヒーローだった。でも、もうこれ以上ホップに頼り続けたらわたしもダメだねって思っちゃった」
「ユウリ……」
「たぶんわたしも、これからちゃんと自分でやりたいことを見つけなきゃいけないんだと思う。―――ね、ホップはチャンピオンになったこれから何をするの?」
ホップは急に聞かれて意表をつかれたような表情になる。オレは、チャンピオンになって、これからも色んなトレーナーとバトルして、ユウリともずっとバトルして、それで……。
その先に一体何がある? 頂点を取ったあと、オレはどこを目指せばいい?
ホップはたった今その暗闇を覗いて自分の抱えていた感情の正体を知った。そうだ、何をしたらいいのかわからない。ずっと目標にしてたユウリに勝って、アニキに勝って、チャンピオンになって、わけもわからず毎日色んな仕事をする中で、いつしか自分が何をしたかったのか分らなくなっていた。
「わからない……わからないから、オレはユウリに隣にいて欲しかった。一緒に隣でずっとライバルでいて欲しかった」
ホップは不安そうな顔でユウリに訴えた。ユウリにずっとライバルでいてほしい。ずっと隣で、手を繋いで歩み続けて欲しい。それが今のホップの願いだった。
ユウリはそんなホップの顔を見た。
「そっか……わたしはこれからもホップのライバルにはなってあげられるとは思う。でもね、ずっと隣に居てあげることはきっとできないんだよ。わたしはわたしだけのキラキラした夢を見つけたい。今はホップとも気軽に会えるけど、きっと大人になったらなかなか会えなくなる時が来るんじゃないかな」
ユウリはどこか悟ったようにそう言った。かつて皆が夢に向かって色んな方向に走り出しているのを感じたように、いつかわたしもどこか違う方向に走り出す時が来るのだろう。きっとその時はホップとも違う関係になっていくのだろう。
「ユウリ……オマエ、やっぱりいなくなるのか?」
「ううん、話は最後まで聞いて。だからさ、ホップも自分だけの夢を見つけようよ。それこそわたしと一緒にさ!」
ユウリは力強くホップの手を取った。
「一緒に……?」
「そう! これが初めてわたしからホップに挑む競争! どっちが先にキラキラした夢を見つけるか! ホップが前、わたしとチャンピオンになる夢を競ったみたいにね!」
ホップはポカンとした顔をしている。それはさながら、いつもホップにぐいぐい手を引かれていたユウリのような反応だった。今はそれと全く逆の構図である。
「勝負だ!!! ホップ!!!」
ユウリは力強く言った。これがわたしの答えだ。
わたしは、決めた。
今まで観客だったわたしは、これからわたし自身が主役になった映画を歩んでいく。やがて大人になった後でも、おじいちゃんとおばあちゃんになった後でも、マリィちゃんやビートも巻き込んで、みんな自身が主役になった映画をそれぞれ語り合えるときが来ればいい。
ホップは今まで感じたこともないユウリの剣幕にたじろいでいたが、やがて落ち着いた表情になると、ため息をついた。
「まったく……ユウリは普段はおろおろしてるのに、たまに強情なところあるからびっくりするぞ……」
「ふふ、でもそういうところも分かってるでしょ? 幼馴染みなんだから」
「ああ、そうだな」
そう言ってホップはいつも通りニシシと笑った。この憎たらしくて一番大事な幼馴染みの勝負、乗ってやろうじゃないか。
ホップは思った。たぶん、オレはユウリが何も言わずに遠くに行ってしまうことが怖かったのだ。でも話していてわかった。きっと、ユウリとオレの関係は終わることがない。いろんな風に形を変えて、きっと大人になってもそれは残っていく。今はそれがわかっているだけで十分なのかもしれない。
暫く2人で笑い合っていると、ふとユウリが思いついたように言った。
「ねえところでホップ。チャンピオンってそんなに重いものなの? いつも元気元気なホップが落ち込んじゃうくらい」
「オマエな……オレをどう思ってるんだよ。そうだぞ。ユウリは知らないだろうけど、チャンピオンの仕事は大変なんだぞ。家にもまともに帰れないし。連絡すらするヒマ無いときあるし。アニキもそうだったろ?」
「そういえばわたしに全然メッセージしなかったもんね。やっぱ忙しすぎるのか……」
ホップのげんなりした顔を見て、ユウリは最近スマホに来るホップからのメッセージが露骨に減少していたことを思い出した。
「そうなんだよなあ。夢を見つけるっていっても、正直そのヒマがないのが現実だぞ……」
「うーん……だからっていきなりチャンピオンやめます! なんて言えないし、ホップはそんな気はないでしょ?」
「流石にな~。というかチャンピオン自体はオレの目標だったし、大変でもアニキから受け継いだ手前そんな簡単に投げ出したくないぞ」
「ふーん……あ、そうだ」
複雑そうな表情を浮かべるホップを尻目に、ユウリは突然あることを閃いた。それは天啓に近い何かに思えた。
ユウリが閃いたのは、ガラル地方全てを巻き込むようなメチャクチャな計画だった。それでもなんとなくユウリは今の自分ならそれができるような気がした。
なんだろう。あんなに人をバトルでぶちのめしまくるのがうんざりしてたのに、初めて自分が全力のバトルをする理由が定まったような気がした。
「じゃあさあ……
「ユウリ……? どうした? 顔が怖いぞ?」
ユウリはひどく邪悪そうな笑みを浮かべた。ホップはその顔にシンプルに恐ろしさを感じた。この女は今度は一体何を考えはじめたのだろう。
「ねえホップ、大会まで後何日くらい?」
「い、1ヶ月だぞ」
「ふうん、なら十分かな」
3ヶ月間なにもしていない身体に感覚を取り戻すには十分すぎる時間だ。すくなくともユウリの中では。
「え!? ユウリ、オマエ、トーナメント出るのか!? 嫌だからワイルドエリアに引きこもってたんじゃないのかよ!?」
「うん、ダメ?」
「いや、いいけど……いきなりどうしたんだよ」
ホップがいきなりのユウリの方針転換にびっくりしていると、ユウリはさも世間話でもするように言った。
「うーんちょっとね。チャンピオンが重いなら、
「は?」
「もちろんホップにも協力してもらうよ? いや、ホップにとっては協力ってか嬉しいことかもしれないけど」
ユウリはにっこりとホップに笑いかけた。チャンピオンをぶっ壊す。何を言っているのだこの女は。ホップはユウリのもくろみが全くわからず考えることを放棄した。
「エースバーン!」
ユウリはホップの内心の突っ込みを尻目に、空気を読んで遠くでゴリランダーと遊んでいたエースバーンを呼ぶ。
「片付けよっか。キャンプはおしまい。これからまた忙しくなっちゃうけど、付き合ってくれる?」
行き先はヨロイ島。ユウリは決めた。この機会にカブさんの言う外の世界とやらを知ってみよう。
エースバーンはニッと笑って頷いた。
それを見てユウリはほっとした気分になる。エースバーンはいつもユウリの選択を尊重してくれる。バトルを全くしなくなっても、特に気にする風もなくそばにいてくれた。
実際はもっと思うこともあるのかもしれないけど。とユウリは思う。ごめんね、こんな行き当たりばったりのトレーナーにあなたはもったいないかもしれない。
「あ、そういえばオレはユウリのカレー食べてないぞ。みんな美味いって評判だったのに」
「ホップはわたしの勝負の相手であって、お客さんじゃないので作ってあげませーん」
「えー!? ひどいんだぞ……」
「べーっだ」
うるさい。少しくらい意地悪させろ。ユウリはホップに向けてあっかんべーをした。
【30日後】
その日、スタジアムは熱狂に包まれていた。
満を持して開催されたガラル・チャンピオンシップトーナメント。シュートスタジアムにてその決勝戦が始まろうとしていた。
『―――さあ今回48名が参加したガラル・チャンピオンシップトーナメントもいよいよ大詰め! 決勝戦! 勝ち進んだのはもちろん我らがガラル最強のチャンピオン、ホップ!!!』
ホップが声援を背にチャンピオンマントを纏いフィールドに入場する。その表情は貫禄が漂い、どこか前チャンピオン・ダンデを想起させるものだった。
『そして対するは―――準決勝でなんと前チャンピオン・ダンデを打ち破り、スタジアムを熱狂の渦にたたき込み……チャンピオンの指名通り決勝まで駒を進めた、ガラル中で話題になったこのトレーナー!』
『ハロンタウンのユウリだ―――!!!』
実況が叫ぶ。観客がひときわ熱狂する。その中でユウリは白いユニフォームを纏ってスタジアムに入場した。
特に観客の声援も気にすることなく、ユウリはスタジアムに進み出る。
そしてフィールドを挟んで、ユウリとホップは向かい合った。
ホップが聞こえるよう、大声でユウリに叫んだ。
「髪型、変えたんだなー!」
「うん!」
ユウリは髪型を変えた。いつもの内向きのボブカットではなく、頭の上でお団子にしている。トレードマークの緑色の帽子も被っていない。
ヨロイ島で修行していたときに髪が揺れて邪魔だったので変えたものだったけれど、思ったより気に入ったので今でもそのままにしている。
ユウリの様子を見ながらホップはユウリが自分に語った『計画』の内容を思い出していた。それを実現するならユウリは最強のトレーナーにならなければいけない。もちろんこの場でオレを容赦なくぶちのめそうとするだろう。
だが、これはポケモンバトル。いかにユウリの『計画』がホップのために行うものであろうが、ホップ自身に手を抜くつもりなど毛頭ない。むしろユウリの全力を受け止められることで胸がわくわくしていた。
『チャンピオン、挑戦者。ともにポケモンを!』
審判が声高々に宣言した。ユウリとホップはそれぞれ最初のモンスターボールを手に取った。
『ガラル・チャンピオンシップトーナメント! 決勝戦! バトルスタート!』
瞬間、地鳴りのような歓声。ビリビリと鼓膜が振動する。それにかまわずホップとユウリは同時にボールを投げた。
「頼むぞ相棒!」
「いくよ、エースバーン!」
1体目、ホップはバイウールー。ユウリはエースバーン。
『おっとォ!? なんとユウリ選手、まさかの1体目からエースを投入!!! これが意味するものとは!? これはチャンピオンに対する6タテ宣言!!! 圧倒的に不遜な挑戦状だ―――!!!』
観客もざわめいている。あまりに不遜な挑戦者。その展開はいつしか正義のチャンピオンと悪役のチャレンジャーの図式を生み出す。
3対3ならともかく、ある程度興業としてのセオリーが決まっているガラルリーグにおいて、フルバトルでエースを最初に出すのは禁じ手である。それは「お前をこれから6タテするから覚悟しろ」というメッセージだ。
異様な雰囲気に包まれるスタジアム。それを気にする素振りもなく、ユウリはモンスターボールを目の前に突き出した。
エースバーンが、再びボールに戻っていく。
瞬間、スタジアムの時が、止まる。
しん、と誰しもが言葉を失い、すべてが静寂に包まれる。
そんな中、ユウリの声だけが不自然なほどスタジアム中に響いた。
「―――エースバーン、行くよ。キョダイマックス!!!」
ユウリが勢いよく背後に大きくなったモンスターボールをぶん投げた。
ズシン、と地響きを伴ってキョダイエースバーンが現れる。
演出、ではない。
戦術としてユウリはそれをした。
ダイマックスというのは基本的に後出しした方が有利だ。
そうでなくとも同時に使うのがセオリー。当然だ。先手でダイマックスを使い切れば後半戦で圧倒的に不利な盤面になる。手札を使い切った状態では相手のペースに必然的に飲まれてしまう。それはエリートトレーナーならば考える当たり前の流れだ。
本来決して初手で使っていいものではない。
しかもここはトーナメント決勝戦。最強のトレーナー同士がぶつかる場所。
意図が、見えない。
実況も言葉を忘れて息を呑んでその姿を見守っている。
(―――ユウリ、お前ってヤツは……!)
ホップは表情を強ばらせた。この手は流石に想像していなかった。
汗が頬を伝う。力強く立つユウリの向こう側で、エースバーンの乗るキョダイカキュウの焦がすような熱さはホップの元までじりじりと届いていた。
この作戦はなんだ? どんな戦術で来る? 見たことがない。わからない。唖然としたホップは混乱から張り詰めた意識がほんの少しだけ緩まるのを感じた。それを見たユウリが陽炎の奥でゆらりと笑う。わずかに口が動いた気がした。
かかってこいよ。怖いのか?
「……ッ!」
「来い!!! ホップ!!!」
ユウリは叫んだ。
さあチャンピオン、やれるものならこのわたしをぶちのめしてみせろ! その座を守りきって見せろ!
▼ ▲ ▼
「まるで、映画みたい」
「何言ってんですかあなたは」
マリィが関係者用の観客席でぽつりと呟くと、ビートは呆れるようにそう返した。
「だってさ……こんなのまるで、正義のチャンピオンと悪役のチャレンジャーみたいじゃん。ユウリがどういうつもりかわからんけど……」
「ふん、そんなことはどうでもいいですよ。しかし……イライラしますね。ユウリには」
「え?」
ビートはキョダイエースバーンを見やりながら不快そうに歯噛みした。ユウリはあの姿のエースバーンは今まで使っていなかったはずだ。3ヶ月のブランクがあるくせに新しい力を身に付けて帰ってきた。
「たった1ヶ月でまるで別人のように鍛え上げてきた。その才能、嫉妬せずにはいられません。まあ、だからこそ……とっておきの勝負が楽しみにはなるんですがね」
言い捨てるようにして、ビートは席を立ち上がる。それを見てマリィは驚愕の声を上げた。
「え、ビート! 見て行かんの!?」
「僕としてはユウリのあの姿を見たら満足なのでね。現時点でホップが勝とうがユウリが勝とうがどうでもいい。それにバアさんが紅茶を淹れろだのお菓子を作れだの、注文が忙しいんですよ。なのでこれで失礼します」
(―――それにこのバトルを見たらきっと、とっておいた勝負の楽しみが減ってしまうでしょうからね)
先にユウリの手の内など知らなくともよい。唖然としたマリィを尻目に、ビートは近い未来に訪れるその時を楽しみにフィールドから目線を外す。そして出口に向かう途中、ぴたりと足を止めてマリィに向き直った。
「マリィ、1つ忠告です。あなたも僕も、そしてこのポケモンリーグに参加する全てのトレーナー……いや、このガラル地方全てが、ですか。
「痛い目って、どういうことよ……」
「
きっと時代はさらに変わる。チャンピオンもきっと一強などではなくなる。
これから忙しくなりそうだ。ビートはワクワクした気持ちでスタジアムを後にした。今のユウリを見たら、さぞバアさんはピンクだピンクだと興奮することだろう。
▼ ▲ ▼
「フ、ユウリさん。あなたの描く新たな戦術、拝見しますよ」
マリィとビートが居た観客席とは別の場所、そこでマクワは口角をつり上げて興奮を抑えきれぬ笑みを浮かべた。
これから何が起きるのか楽しみで仕方ない。もっとあなたの常識に囚われない新たな戦術、戦略を見せてほしい。それでこそ僕も強くなれるのだから。
「カブさん、彼女を焚き付けたのはあなたでしょう?」
マクワは隣に座っていたカブに声をかけた。2人は世代の差もあって今まではそれほど交流のあるジムリーダーではなかったが、つい1ヶ月前にユウリの件について話す機会があったのでそれからはよく話すようになっている。お互いストイックな部分もあって、意外にもこの2人は良き友になっていた。
「いや、ぼくはただほんの少しお節介をしただけさ。本当にユウリくんを動かしたのは、きっと彼だろう」
カブはちらりとホップの姿を見、そしてユウリとエースバーンの方に視線を戻した。
ぼくの予想は間違っていなかった。ユウリくん、きみはやはりジムリーダーという立場では収まらない。きみは時代を変える女だ。
「ユウリくん! きみはねっぷうのようにこのガラル地方全てを巻き込み熱くする燃えさかる炎だ! 新しい時代をぼくたちに見せてくれ!」
カブは胸の内にこみ上げる興奮に従い、大声で叫んだ。それがユウリに届いたかは分からない。
ラスボスとして死に、観客に戻った少女は今、自分の物語の主役として蘇る。
先に動いたのは、ユウリだった。
お腹に力を入れて、力強く叫ぶ。これがわたしとホップの夢を探す勝負の始まり。手始めにその邪魔な重すぎる玉座をぶっ壊してやる。
「エースバーン、キョダイカキュウ!!!」
巨大な火の玉が目も眩む太陽のような輝きを放った。
▼ ▲ ▼
その後、チャンピオンの座は1~2年ごとに入れ替わる流動的なものになった。
ユウリが招いた新たな時代は、ガラル地方の人々に熱狂をもって迎えられる。
誰しもがチャンピオンを目指せる。
そのモチベーションからメジャーリーグとマイナーリーグの入れ替えも激しさを増し、ジムチャレンジのエントリー数も右肩上がりになった。この時代のガラルリーグは後に戦国時代と呼ばれるほどレベルの高いものとなっていく。
その後ユウリは負けることも多々あったが、幾度となくチャンピオンの座を奪った。そしてその度にチャンピオンの業務を放棄し、自由に旅をする自分勝手なチャンピオンとして運営委員会を大いに困らせることになった。ただそんな暴挙も、ユウリに付いた不遜で悪役なトレーナーというイメージから、ある意味ガラル地方の人々からは受け入れられた。
それに加えてチャンピオンの座が流動的になったこともあり、今までチャンピオン1人に集約されていたリーグの業務は徐々に各ジムリーダーたちに分散され、チャンピオンという座はガラル地方最強のトレーナーの象徴としてだけの存在に変化していく。
ガラル地方のチャンピオンという鎖で縛られた重い玉座は、いつの間にかとても軽いものになっていったのだ。
こうして数年後、ユウリの『チャンピオンの玉座をぶっ壊す計画』は完遂された。
1つユウリにとって予想外だったのは、悪役なイメージが付いた自分にも一定のファンが付いたということだった。ヒール役が好きな奇特なファン層からユウリというトレーナーは末永く愛されたという。
ホップも時にはチャンピオンになることもあったが、ユウリとの勝負に従い新しい夢を探していくことになる。そして、やがてソニアからの誘いを受け、研究者とポケモントレーナーの二足の草鞋を履くことになる。
「ポケモンのことを深く知ったらもっと強くなれるかもよ?」というのがソニアの誘い文句だった。やがて一角の研究者となったホップはその培った知識によって、さらにバトルの戦略のキレが増しガラルリーグ最強のトレーナーの1人として歴史に名を残していくことになる。
ビートとマリィも、いつしかジムチャレンジ7番目と8番目のジムリーダーの座を奪い合いながら、ガラル地方のトレーナーの強大な壁として君臨し、幾度となく名勝負を演じた。戦国時代の中で時には2人がチャンピオンとして頂点に立つこともあった。
時代は、変わった。
【X日目】
チャンピオンシップトーナメントから少し経ち、ユウリは再び旅を始めていた。
ここはガラル地方ではない、遠い地方のどこかである。
そして、そんなある日。
「ね、エースバーン。昨日ソニアさんから連絡あったんだけどさ、カンムリ雪原っていうところに調査員として来ないかって。ホップも行くってさ。ここにはまだわたしたちが見たことないポケモンがいるみたいだよ!」
ユウリはエースバーンにスマホに写った雪景色の映像を見せながら、ワクワクした顔でにししと笑う。
結局、わたしにはまだ夢はない。でも、今がとても楽しいのは本当だ。旅をしている中で、いつかわたしもキラキラした宝石のような何かを見つけられるだろうか?
きっと夢を探すわたしたちの映画は、まだまだ終わらないのだろう。
不思議だけれど、夢を探しながら旅してる今が一番ワクワクしてる。
「行こっか。エースバーン!」
エースバーンは瞳を煌めかせて力強く頷く。
ユウリはニッと笑みを返した。そして2人はまた新しい冒険に駆けだしていく。
-Fin-
合計7話(7話とは言ってない)、完結です(王者の風格)
もしよければ感想や評価などいただけるとうれしいです!
終わりまでお付き合いいただきありがとうございました!
みんな感想とか考察とか、評価いっぱい付けてくれてとっても楽しく書けました!
誤字報告もありがとう! すっごく助かりました!
最後まで読んでくれたみんな、ありがとー! ちょーうれしーよー!
創作活動はアローラ地方に戻りますが興味があったらそっちの小説もよろしくね!
原作女の子主人公(ミヅキ)がアニポケ世界のスクールに入学して自分の夢を探す話
それじゃあみんな23日から冠の雪原で会おう! まったねー!