北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~ 作:tanuu
北条綱成はもう少し後に登場します。
第8話 新任務
花倉の乱が終わった今、次なる北条家の戦は河越城攻略戦である。河越城と言っても、後世に有名な河越夜戦ではない。あの戦いでは河越城は既に北条家のものとなっている。
現在の河越城は扇谷上杉家の本拠地だ。上杉朝定が城主である。この人物は史実だと河越夜戦で討ち取られる。その結果扇谷上杉は滅亡。武蔵は北条家の手に渡る事となる。その前哨戦が河越城攻略戦なのだ。上杉朝定を武蔵松山城へ追い出して、北条家のものとする。
そしてここには北条家きっての勇将、北条綱成が…ってあれ?いないんだが…。え、ちょっとまずいですよ。何で北条綱成いないんですか?まだ来てないのかな。
北条綱成は元々北条一族の人間ではない。史実だと氏綱の娘を妻として、氏康の義弟であった。この世界では男か女かまだ分からないけど。そんな綱成の出自は福島家。花倉の乱で福島正成が殺られ逃げてきたと言う。正成との関係性は子とも親戚とも言われている。ってあー!福島正成討ち取ったの私じゃないか。
顔面蒼白になる。まずいまずい。このまま来なかったら当家は滅亡ぞ。頼むからやって来てくれ。ひたすら祈りを捧げる。来たら福島越前守から預かってた太刀を返さなくてはいけないし。
「一条様。こちら勘定方より返されました書類でございます」
「ああ、はい。受けとります」
思考を止め、現実に意識を向ける。短い休憩は終わりのようだ。
「橋の普請はこの通りの計画で予算を組めるとの事です」
「そのようですね…よろしい。では、そのまま作業に入るよう指示をお願いします」
「はっ」
普請方の仕事は多岐に渡る。街道や橋等のインフラ面の整備。村や街などの整備。寺社の整備。そして城の建築や補強、整備などである。インフラと言っても鉄道も水道も電気もネット回線もないのでその点現代よりは楽だが、反面重機が使えないので大変だ。
築城は基本我々ではない他の武将が縄張り(設計図)を作り、我々が実行する流れだ。
日々多くの普請依頼や命令が来る。鶴岡八幡宮や鎌倉五山の寺からも建て直しの依頼が来る。鶴岡八幡宮は数年前に再建しただろ。もう壊れたのか?腹立たしい。
「一条様…その、私の書類が勘定方から突っ返されてしまいまして…」
「どれ、少し見せて下さい」
「こちらです」
「どれどれ…あー、これはですね。曖昧だから突っ返されましたね。この内容は何をするかとだから金をくれの二つしか書いていません。これでは予算は出せません。工期や雇う職人の数、材料費や運送費なども考えなくては。金は無限に湧いてくる訳ではありませんよ」
「しかし、そのような事を精査していては仕事量が」
「皆、やっていますが?それに、きちんと真面目に勤務していれば終わる量を渡しているはずです。譜代の宿老の子弟だからと言って特別扱いは致しません。あなたの勤務態度は前任から聞いております。あまり、真面目とは言えないようでしたが?…それと、よもや、民から搾り取ろう、さすれば金などいくらでも湧いてくると思ってる訳ではありませんよね」
「それは…」
「馬鹿者。民あっての我らです。民が背けば、我らは生きていく事すら出来ないのですよ?民を蔑ろにした加賀はもはや百姓の持ちたる国となりました。武士は怒れる民の前では数に押されてあっという間に負けてしまいますよ。彼らの血税を無駄にすることは許しません。不服と思うなら、ご一族の笠原康勝殿に訴えて下さい。もしくは氏綱様ないし氏康様にでもよろしい。もっとも、皆さま我が考えにご同意下さると思いますが」
「申し訳ありませんでした。それがしが間違っておりました」
「分かればよろしい。仕事に励むように」
「はっ!」
ふぅ。官僚って大変だったんだなぁ。つくづくそう思う。
「一条様、こちらの書類が…。各地よりの陳情です」
「……精査します。置いておいて下さい」
「分かりました。よろしくお願いします」
またドサドサと…。仕方ないやるとしますか。ため息を尽きたくなるが堪えて紙に手を伸ばした。
特別賞与が出た。いや、正しい名前は違うが、本質は特別賞与、すなわちボーナスである。というのも、割りと真面目に働いていたら、素早い普請に感謝する者たちから城へ礼状が来たようで、それによる特別賞与である。
なんの事はない。重機が使えないのならプレハブに頼るのだ。現代でも使われている技術で、部品をいくつか作り、組み合わせて完成とする建築方法だ。スピードが必要な建築は基本これでいく。ただ、橋とかは安全性の為にもう少し時間をかけるが。城とかはこれで割となんとかなる。
さて、金はあっても使い道のない悲しい独身男性だ。恋人や家族でもいれば話は別なのだろうが、如何せん私はこの世界へ飛ばされた身。近親者などいようはずがない。同居人が約一名いるがあれは果たして家族枠なのか。まぁでもお互いにもう頼る相手がいないのは事実。向こうは向こうで両親も祖父も死去し、孤独なまま。私は私で一人。案外お似合いというか似た者同士だ。
ふーむ仕方ない。最近頑張っているようだし、何か買っていくか。服か装飾品か…。ま、街に行けば何かあるだろう。小田原の街ならな。これからの予定は決まった。
「ただいまー。おーい」
家に帰ったのに誰も返事しない。出かけてるのか?
屋敷の中を探すと、部屋の中で思いっきり寝てた。しかも座りながら。足痛くならないのだろうか。人が労働して帰ってくるとこれだ。頭を抱えたくなる。
が、周りをよく見ると、兵法書や歴史書が開かれている。注釈書も一緒にあるし、頑張って勉強していたのは伺える。最近は乗馬も習いに行ってるらしい。らしいというのは人に聞いた話で見たわけではないからだ。不器用なりに努力していると言う話だった。
ふぅと息をついて苦笑する。まぁ、努力は認めよう。起こさないように本を片付けた後、布団へ運ぶ。そのまま寝かせてふすまを閉める。さて、夜飯でも作るか。コキコキと肩を鳴らして作業に取りかかった。
「いにしえのいわゆる善く兵を用うる者はいかにするか?」
「えーと、あーよく敵人をして前後あい及ばず、集寡あい恃まず、貴賤あい救わず、上下あい扶(たす)けず、卒離れて集まらず……えー、兵合して斉(ひとし)からざしむ。利に合して動き、利に合せずして止まる。ですわ」
「その通り。してその意味は分かるか」
「要するに敵を烏合の衆とする。そして、有利なら戦い。不利ならば退く。ですわね」
「正解だ。よく出来たな。文字を覚えるだけではなく、意味を理解し叩き込む。これが大切だ」
「ですが、覚えても実際の戦で役立つのか分からないのですわ」
「いや、はっきり言うと使えないと思う」
「ええっ、ならわたくしの努力は何のために…」
「孫子呉子の兵法書はあくまでも一般論だ。当てはまらない事もある。心構えであり、ある種の常識であり、それを理解した上で戦を進めるのだ。故に無駄ではないがそれさえあれば百戦百勝ではない。まぁ、知らないより知ってる方が良いのだ。さて、次は…」
玄関が叩かれる音がした。
「ご免!一条殿は居られるか」
私を呼んでいるようだ。
「はい、ただいま!取り敢えず今日はここまでだ」
「はい」
片付け始めるのを見てから玄関へと向かう。
「いかがされたか?」
「伝令でございます。一条殿、至急参れと氏綱様の仰せでございます」
「承知した。直ちに登城する」
「よろしくお頼み申す。それでは拙者はこれで」
「ご苦労様です」
伝令を見送ってため息を一つ。今日は休みのはずだったのに…。しかし、呼ばれたなら仕方ない。とっとと行くとしますか。不満気な顔の姫に見送られながら気は乗らないながらに登城していった。
「すまぬな。休みだったと聞く前に伝令を出してしもうた」
「いえ、お気になさらずともよろしゅうございます。呼ばれたら何時であろうと駆けつける。それが武士でございます故」
「うむ。良き心がけよ。さて、お主に命じた普請方奉行の職はどうじゃ。捗っておるか?」
「はっ。今のところさしたる問題もなく過ごせております」
「そうかそうか。他の文官からも普請方の書類は素晴らしいと報告が来ておるぞ。さて、此度お主に新たなる役目を命じる為に呼んだ。我ら北条は関東八州制覇の野望を持っておるのは知っておるな?その大望成就の為、北武蔵への侵攻を開始することとなった。目標は扇谷上杉の本拠地、河越城である。しかし、河越城の前にはいくつか城がある。大抵は小城故、そこまで恐れることは無いが…」
「深大寺城でございますね」
「左様。深大寺城が厄介じゃ。そこで我らは深大寺城を迂回して攻める事とする。だが、後詰めを出されたり行軍中に横っ腹を突かれるのも困る。やつらを足止めするためには付城が必要であるとの結論になった」
付城とは、攻撃目標の敵城に対して築かれる最前線の基地のことである。
「お主にはその縄張りと普請共にやってもらいたい。場所は関戸じゃ」
「関戸…分倍河原の近くでございますね」
「その通り。やってくれるか」
「はっ。お任せ下さい」
「そうかそうか。使える資金についてはこちらに書いてある。よく読んで、取りかかるように」
「はっ。少し拝見致します」
「うむ。お主の提案した測量方法はかなり役立っておるぞ。その紙にも、関戸周辺の地形を正確かつ細かく書けておる」
「それはそれは。役にたっているならば幸いです」
関戸。現代ではその近くには京王線の聖蹟桜ヶ丘駅がある。小高い丘になっている箇所があり、その周りは平野がある。乞田川と大栗川に挟まれた地域であり、1キロ程先には多摩川が流れている。築城には問題無さそうだ。予算も十分にある。
「何か問題はあったか」
「いえ。素早く取りかかれるかと」
「よし。では励むがよい」
「ははぁ」
これはまた大きな仕事だ。ともかく、縄張りから始めなくては。
「という訳で、しばらく出張に行く。後はよろしく」
「えぇー困りますわ」
「何が」
「自慢ではありませんが、わたくし一人では確実に生きていけない自信がありますの。三日で飢え死にですわ」
「そんな事言われてもなぁ。連れてった所で何をするのさ」
「むぅ……あ、そこ数字間違ってますわ」
「え、嘘、そんなはずは……あ、ホントだ」
ドヤァァァという顔がウザい。しかし、計算は出来るのか?私より早くて正確で驚いたと同時に何か悔しい。
ちょっとテストしてみよう。
「7587×6829は何?」
「51811623ですわね」
問題だしておいて分からないからクズ紙に計算する。
「正解…だと…」
「そんなに難しい問題ではありませんわ。…なるほど、ここに川があるから守りやすいと。深大寺への抑えですわね…。あー、こっちと連携して動きを封じて迂回して河越が最終目標かしら」
何やら地図を見つつ自分なりに考察を始めた。頭の回転は悪くない。性格はアレだが、才能は秘めている。これはとんだ拾い物かもしれない。兵法書も無駄にはならなそうだ。河越が最終目標だということにも気付いている。
これは意外と役に立つかもしれない。
「あー、仕事はしてもらうが、着いてくるか?」
「はいですわ!」
まぁ、良いだろう。私の部下ということで連れていくか。所属は北条家なのだし、一応部下として北条家の武士の名を記した台帳には記載させてある。問題は無いだろう。
一応念のため、氏綱様に一名部下を同行させる旨を伝えると割とあっさり許された。出張にもう一人追加が決定した瞬間だった。
あいつ、馬ちゃんと乗れるのか…?不安だ。
めちゃくちゃ伸びててビックリしてます。ランキングにも載ってたし、腰を抜かしてます。皆さんの期待に応えられる作品となるよう精進して参りますので、応援よろしくお願いします。
何か感想とか意見、戦国の話とかがあればこっちも教えて下さい。内政の色々とかも…。まだまだ時系列的には原作開始の大分前なので、大事なところを守りつつ読みやすく進めて行こうと思います。