北条の野望 ~織田信奈の野望 The if story~   作:tanuu

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今回はちょっと短めです。


第4章 北狄来襲
第34話 戦後処理


 河越城の戦いをもって、関東中を巻き込んだ大戦は終了した。上杉方は敗走し、古河公方は謹慎する。勝者となった北条家は戦後処理に入ろうとしていた。河越城では、論功行賞が行われようとしていた。兼音は大広間を整え、本来は城主用の席を空けて氏康を迎え入れた。関東中を巻き込んだ大戦の完全勝利を受けて、北条家は戦勝ムードで満ちている。市勢も喜色に溢れていた。 

 

 

 

 

 

 

 ひっ捕らえた上杉朝定を自室に放置しているので、それを何とかしなくてはいけない。段蔵によれば、運ばれている最中に気絶したらしいので、様子見が必要だ。骨も折れていたし、治療も必要だろう。昔、中学生時代に学校の階段から滑って見事に手足を折ったことがあるので、治療のやり方はわかる。

 

「起きてるか」 

 

 襖を開けて、室内に入る。敷かれた布団の上に、仰向けで寝ている。起きてもらわないと治せないので、ペチペチと軽く頬を叩く。

 

「ん…ううん…」

 

「起きてくれないか?早く治したいのだが」

 

「あ!は、はい。う、痛い…」

 

「無理に起きるな。じっとしてろ。手足は伸ばせるか?触るから痛かったら言いなさい」

 

「はい」

 

 ゆっくり触っていく。左腕と左足が折れてる。ただ、そんなに複雑には折れてない。添え木でなんとかなるかな。傷もあるので、消毒もしなくては。念のため持ってきた治療セットを用意する。

 

「動くなよ」

 

「は、はい」

 

 腕に添え木をして、包帯もどきで巻く。三角巾で吊って、固定する。足も同じように添え木と包帯で固定する。あとは、焼酎を染み込ませた綿を傷に当てる。

 

「よし、ゆっくり起き上がれ。歩けるか」

 

「何とか、なりそうです」

 

「大丈夫そうでなにより。これより、私は論功行賞の場へ向かう。そこでお前の助命を何とか頼んでみる。北条の老臣には、お前に悪印象を抱いているものも多い。頑張って説得してみるから、大人しくしててくれ」

 

「分かりました」

 

 朝定を連れて、廊下を進む。すれ違う女中が怪訝そうな目で見てくる。違いますよ。隠し子とかじゃないですよ。本当に誤解されてそうなので後で何とかしなくては…。大広間に到着する。朝定に壁に寄っかかって待つように指示して、中へ入る。

 

「一条兼音、参りました」

 

「中へ」

 

「失礼いたします」

 

 中には諸将が集合している。思えば私、いつも最後だな。

 

「揃ったわね。では、始めましょう」

 

 一同が頭を下げる。

 

「まずは、戦勝を祝いましょう!皆、半年間本当によく耐えてくれたわ。ありがとう!」

 

「「「「「ははぁ!」」」」」

 

「我ら北条家はこれをもって負の遺産だった二正面戦線を打破したわ。まずは状況を今一度整理しましょう。盛昌。頼んだわ」

 

「はい。かしこまりました」

 

 盛昌が中央に出る。ドンと巨大な地図を中央において、その前に座る。

 

「まずは駿河戦線。興国寺城の戦いで我々は奇襲作戦で大勝。これの勝利によって、富士郡の割譲の代価に今川との対等な不可侵条約を結び、武田家とも協力体制を築き人質の確保にも成功しました」

 

「その人質ですが、小田原留守居の氏政様から伝令があり、禰々御寮人と諏訪頼重殿が到着したとのことです。氏政様は指示を求めております」

 

 補足するように清水康英が告げる。着いたのか。意外と早かったな。

 

「次に里見家並びに千葉家・真里谷家の軍勢です。彼らは関宿城で古河公方足利晴氏旗下の軍勢を撃破。古河公方は我らに和を乞うています。里見家からは真里谷家の上総からの退去と三年の不可侵、貸した軍船の返却と貸し賃の支払い、香取郡・匝瑳郡・海上郡(東下総)の割譲を要求してきております。真里谷家は代替地を用意してくれるのならば、退去も可能と。また、古河公方はあらゆる条件を呑むと申しております」

 

「最後に河越城で敗れた関東諸将ですが、まず扇谷上杉家当主・上杉朝定は行方不明。投降者は牢に入れております。関東管領は沈黙を保っていますが、上州平井城へ逃げたようです。これから旧扇谷上杉家家臣団の残党が相次いで和を乞うてくるかと思われます」

 

 地図を見れば、北条の影響圏はかなり広い。駿東郡、相模、武蔵のほぼ全土、下総半国。豊かな大地を抑えた。これで後は残党狩りが終われば北から厄介なのが来る前に備えが出来るだろう。

 

「ご苦労様。さて、今盛昌がした説明は聞いていたわね。これより論功行賞と今後の方針を決めるわ。皆意見を出しなさい」

 

 ここでいくしかないか。廊下に待機させている少女(幼女?)を呼び出す機会だろう。場の雰囲気が盛り上がっている時になら何とか交渉がうまく行く可能性が高いだろう。

 

「氏康様。よろしいでしょうか」

 

「何かしら」

 

「…ご紹介すべき者がおります。廊下に待たせておりますので、中へ入れてもよろしいでしょうか」

 

「凄く既視感があるし、何なら嫌な予感がするけれど、許可します」

 

 遠くを見ながら頭に手を当て、ため息をつくように氏康様は言う。申し訳ないなぁと思いながら、朝定を招き入れる。

 

「中へ!」

 

「し、失礼いたします…」

 

 襖がゆっくりと開いて、よいしょよいしょと足を何とか動かしながら朝定が入ってくる。

 

「あなた…まさか!」

 

 何事か察した氏康様を罪悪感を感じながら無視して、自己紹介を促す。

 

「自己紹介を」

 

「お初にお目にかかります。扇谷上杉家当主・上杉朝定です」

 

 この言葉に、大広間は大混乱に陥った。

 

 

 

 

 

 

 まぁ無理もないだろう。いきなり行方不明の敵の大物が痛々しい包帯姿で出現したら誰だって腰を抜かす。インパクトと言うか衝撃が強すぎたのか、皆口をポカンと開けたまま唖然としている。

 

「説明」

 

「…はい」

 

 若干ドスのきいた低い声で命じられ、ヒエッとなりながら説明を始める。

 

「戦場で保護しました…というのは正確ではないですね。弓で射ようとしたら自ら落馬して回避するという荒業で避けられたので、慣例に従い降伏か死かを選択させたところ、降伏を選んだので連れてきました」

 

「あなたはまたそうやって…」

 

 おそらく我が副将の顔が頭に浮かんでいるであろう氏康様は、目を抑えている。重ね重ね申し訳ない。氏康様が疲れている間に、皆が現実世界に戻ってきた。

 

「お前!どういう事だよ!上杉は怨敵。その当主を取り逃がすでも殺すでもなく、捕らえるって何考えてるんだ!興国寺城でちょっと見直したのに…」

 

「そうですぞ!いくら姫不殺と言ってもあくまで慣習は慣習。場合によっては守らずとも良く、乱戦ではいかようにも出来ましょうぞ」

 

「一条殿には申し訳ないが、処刑すべし!」

 

「優しさだけでは生き残れませんぞ!」

 

「その通り!」

 

 予想通り、氏邦様筆頭に非難轟々だ。しかし、人格攻撃してこない辺り、現代人よりよっぽど理性的かもしれない。

 

「まぁまぁ皆様。一度落ち着いて下され。私も何の利益も無いのにこんな小娘を生かしておいたりなどしません。真の役立たずなら、とっとと殺しております。優しさから助けたなどと思われるのは心外ですな」

 

 

 朝定には申し訳ないが、別に本心でなくともこう言わないと本当に今すぐ叩っ斬られてしまう。敢えて厳しいことを言って生かす利益をアピールしなくてはいけない。何を言うかは、こうなることは展開予想していたので、既に考えてある。

 

「上杉朝定を生かす利益は三つ。一つは正当性の主張です。関東管領の武威は地に落ちました。諸将は揺らいでおります。ですので、ここで対抗馬を持ち出すことで、”北条家と関東管領の争いに北条家側で参戦した”よりも諸将の靡きやすいであろう”扇谷上杉家と関東管領の上杉家の主導権争いに扇谷上杉家側で参戦した”という状態が作れます。もっと言えば、都合のいい傀儡の誕生ですな」

 

「二つ目に、旧扇谷上杉家家臣団の円満な吸収でしょう。扇谷上杉家家臣団はまだ健在です。各地に散った彼らが我らの元を訪れなくてはならない理由が出来ます。人望厚き家宰・難波田憲重が命を賭して守った彼女を見捨てることは彼らにはできますまい。家臣団の中でも勢力の大きい松山城の上田朝直と岩槻城の太田資正は難波田憲重の縁戚。彼の遺志を壊さぬためにも一層帰順しやすくなりましょう」

 

「最後に、将の育成です。どうやら、彼女は扇谷上杉家での発言権は皆無に等しかった模様。家臣の独断を目の当たりにしてきており、自由なき日々を送ってきた彼女は、今までとは異なる環境を求めております。ここで恩を売り、若き彼女に次世代の北条家の為に粉骨砕身してもらいましょう。怨敵扇谷上杉家の当主が我らに膝を屈しながら日々奉公していると考えれば、皆々様の溜飲も下がると考えますがいかがか」

 

 ここまで一気に言うと、皆が黙り込む。損得勘定をしているのか、己の感情に整理をつけているのか。それは分からないが、取り敢えず即刻処刑ムードからは解放された。

 

「確かに、筋は通っておるが…」

 

「しかしなぁ…」

 

 今一つ納得していない様子。どうしたもんかと思っていれば、元忠から助け船が入った。

 

「ここで上杉朝定を助命すれば、長年の敵対関係を知っている関東の諸将は驚き、北条の寛大さを見てこちらに靡く者も出るのでは?今後の敵も降伏しやすくなるかもしれない」

 

 この発言が決定打となり、場の空気は助命に流れる。小さく元忠に頭を下げれば、気にするなと言うように手をひらひらさせていた。朝定は無言で頭を下げる。どこか安堵したようにも見えた。

 

「まぁ、一度助けてしまったものは仕方ないわね。もう諦めて利用し倒してしまいましょう。あなたが責任を持って監視する事!良いわね?」

 

「ははぁ!」

 

「ならばよし!この件は終わり。あぁそうだ、今ので私の心労が増えたから、ついでに武田からの人質も監視しなさい」

 

「え」

 

「”え”じゃないわ。あなたが武田に要求した人質じゃない。それに、話を聞く限り私と諏訪頼重は確実に相性が悪いわ。諏訪頼重は武田晴信という姫武将に敗れた。似たような存在の私との相性は最悪でしょうね。河越で戦乱を忘れて余生を送らせなさい。それに、あなたは武田と繋がりが当家で一番深い。その点からも置いておいて損はないと思うわ」

 

「…承知しました」

 

 厄介なのが三人も同時に来るのか。勘弁してほしいが、これくらいは甘んじて受け入れよう。期待されていると考えれば悪い気はしない。

 

「次は里見ね。貸しが大きい分譲歩を迫られるのは仕方ないとしましょう。私としては、向こうの要求を全て呑むつもりだけれど、この約定に何か意見のある者は?」

 

「真里谷家の代替地は武蔵内に用意すればよろしいでしょうか」

 

「そうね。南武蔵の辺りに見繕いましょう」

 

 盛昌の質問に氏康様は頷く。房総方面の安定が得られればしばらくは北に専念できる。上野、下野の切り取りが可能になる。強いて言うなら付け足したいことが一つ。

 

「里見家に海上交易に関する協定を行えますでしょうか。民間の商船への攻撃を永久的に相互禁止する契約を交わすのはいかがでしょうか。互いに海上封鎖で孤立する事態を防げるうえ、交易の活発化を推進可能と存じます」

 

 実際のところどこまで有効かは不明だが、少なくとも抑止力になる。里見は海上戦力が強い。東京湾や伊豆沖を封鎖されてはたまったもんじゃない。最悪この時代の数百年後の軍船を造ればいいのだが、私は船舶の専門家じゃないので大体しか分からない。密かな目論見としては南蛮船や明の商船を呼び寄せたいのだが…。そのためにも安全な航路と港は必要だろう。向こうにもメリットがある話だ。

 

「堺や九州に来ている異国の船などを呼び込めれば、内陸国の関東諸将に経済的・軍事的に大きな差をつけられるかと」

 

 出来れば帆船の設計とか大砲の設計図とか売ってほしい。スペイン語はほんの少しだけ分かるから是非とも来てほしいが。本当はイングランドの船が一番いいんだが。

 

「里見は数年は外征をする気はないのでしょう。房総は後回しにするのでしたら、良いのではないかと」

 

「港の活発化は我らも望む所です」

 

「当家に利が多いわね。よろしい。その策を採用し里見家と交渉に入るわ。おばば、葛西城の遠山直景と共に交渉にあたってちょうだい」

 

「ふぉふぉ。年寄遣いの荒い当主じゃなぁ。承知したぞ」

 

 これで房総は片付く。越後からお客様が呼ばれてもないのに土足で侵入してくるので、その対策をしなくては。

 

 

 

 

 

 

 

「問題は古河公方ね。滅多なことは出来ないし困ったものだわ」

 

 これを受け、場は扱いに関し議論を始める。

 

「鎌倉に送るべし」

 

「引退させ、息子に継がせるべきでござろう」

 

「しかし、あまりやり過ぎては反発が強まる恐れが…」

 

「いや、ここで一気に軍権を奪い取るのが最上。古河城以下、領土の明け渡しを要求致しましょう」

 

「領土明け渡しはマズいのでは…?」

 

「結城家は講和を望んでおり、梁田家は当主を捕縛中。古河公方の二大家臣がこの有様ならば大丈夫でござろう」

 

「領土明け渡し、鎌倉で事実上の軟禁の代わりに生命の保障、加えて公方はそのまま足利晴氏の続行が妥当ではないでしょうか」

 

 最後の盛昌の意見で議論は収束する。こちらとしても、ここで古河公方を手元に押えておきたい。正当性の主張には役立つだろう。

 

「一つ要請するとしたら、上杉憲政から関東管領の位階を取り上げて貰いたいですな。ついでに次の関東管領を上杉朝定に継がせれば、こちらの正当性は完璧でございましょう。本来の人事権は都の公方にありますが、今やそれも形骸化しつつあります。事後承諾でも問題ないでしょう」

 

「それは良い案でござるな」

 

「これならば領国支配も安定化できますぞ」

 

「加えて、領土拡張の正当性も確保できますな」

 

 賛同多数。うまく行った。これには言った通りの目的もあるが、ただの人質よりもしっかり位階を与えることは朝定を守ることに繋がるだろう。預かった命ならば最後まで責任を持たなくてはいけない。

 

「では、先ほどの盛昌の言った案の通りとしましょう。兼音の意見も伝えるわ」

 

 氏康様が頷き、この問題にも片が付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の会議は順当に続いた。まだ戦闘終了から時間が経っていないので、そう大きなことは出来ない。多くの関東諸将はまだ自領に戻っていない。その為交渉も出来ないのでそんなに決めることは無いのだ。千葉家の臣従要請を受け入れる事、捕らえた藤田康邦と大石定久にはそれぞれ氏邦様と氏照様を養子として送り込む事が決定する。我々河越城の立ち位置としては、前述の取り込んだ両家の統制と扇谷上杉家旧領の統治代理を命じられた。北条家の名目上の武蔵方面の指揮官は氏邦様。実質的な指揮官は私。周辺領土の加増と大規模な資金援助が認められた。これにて河越城の軍事的地位はかなり上昇する。武蔵を完全支配するための中核基地となるのだろう。氏照様は滝山城に入るらしいが、あそこは現代で言うところの東京都。氏邦様は鉢形城に入る予定らしいが、時期はもう少し先になりそうだ。

 

まだ未支配領域が広がっているのは埼玉県部である北武蔵なので、こちらが主導権を持っていると考えてまず間違いない。

 

 個人的な見解だが、上田朝直と太田資正は朝定の名前を出せば降伏してくるはずだ。その他の北武蔵諸将も、頼るべき相手がいない現状、降伏か死かを選ばざるを得ないだろう。唯一不気味なのは身内の葬儀と称して決戦数日前に突如陣を引き払った成田家だが、あそことは交渉次第になりそうだ。

 

 平穏が訪れれば、内政に取り掛かれる。農業改革、商業改革などやることは盛り沢山だ。招かれざる客が来るまでに準備を整えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 これから忙しくなりそうだ。なんにせよ、しばらくは平穏が手に入るだろう。しばらくは、な。




次回は北武蔵の攻略です。それが終われば武田、そして長尾家の話になっていきます。お楽しみに。

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