流石にもう死に戻りたくない   作:Tena

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習作として王道ファンタジーモノを書きました。
おそらく3話完結です。続きが出来次第投稿します。
対戦よろしくお願いします。


プロローグ(1〜4)

1.

 

 

 俺には前世の記憶がある。

 前世というより、未来かもしれないが。

 

 なんてことない、平凡な人生であった。

 田舎の小さな村で生まれ、出稼ぎに王都に出て、腕に自信があったから何やかんや流される内に兵士になっていて、城壁からの監視や城下町の警邏(けいら)といった単純な仕事をしながら安定した収入を得て、お袋に仕送りもしていたし、貯蓄も順調に貯まっていた。

 

 が、まぁ時代が悪かった。

 俺が30を迎えてしばらく経った頃、これまで一世紀に渡って保たれてきた平和が崩壊した。

 

 魔王が復活したのだ。

 

 予想されていたことであったし、そのために国は国力を蓄えていた。しかし、だからといって敵さんが攻め込むのをやめてくれるかと言えば、そんなわけがない。

 俺たち一般兵の役目は、勇者や聖女によって魔王が再度討ち滅ぼされるまで、無限に湧き出るかのようになだれ込んでくる魔物たちを国に入れてしまわないよう討伐し、たまにある大規模作戦において、勇者たちの引き立て役、もとい雑兵として仕事をするくらいのものだ。

 主人公は激戦を乗り越え、時に生死の境目を彷徨いながらも成長するとして、城下町の兵士Bには覚醒イベントはおろか活躍シーンさえ用意されていないものである。

 

 戦争が始まってから2年ほどが経った頃に大規模作戦で聖女サマが戦死して、奇跡じみた回復能力を失った我らが王国はジリ貧に。

 勇者という火力が存在したって、補給や回復が間に合わなければそもそも火力を活かす場面まで辿り着けないのだ。

 段々と苛烈さを増す敵の猛攻、……いや、単に俺達の戦力が削がれていただけなのだろうが、負け戦の増えたあるとき、ついに俺にもお鉢が回ってきた。

 

 同僚も半分くらい死んでいたし、なんなら戦線が後退したことで故郷は敵に滅ぼされた。

 失うものは自分の命くらいなもので、もはや何のためにそれを保たせているのか分からなかったが、痛いのも苦しいのもごめんなので頑張っていた。

 最期は油断していた大将首に忍び寄り、突貫して見事討ち取り、しかし兵士Bにすぎない俺では、その後の雑兵による数の暴力を切り抜けることができなかった。

 まあ、モブにしては割と華々しい死に方じゃないだろうか。雑魚達に恨みを込めるようにめった刺しにされてクソ痛かったけど。クソ痛かったけど!! あいつらマジでぶっ殺す。勇者サマが。

 

 その後の戦いは知らないが、もしかすれば勇者が単騎で魔王を討ち取ったのかもしれないし、王国から新たな人材が発掘されたかもしれないし、順当に、敵との物量差に負けてサラッと滅んだかもしれない。

 俺には計略は分からないが、まあ何が転換点だったかと問われれば、あの聖女を喪った戦いだろう。生きていれば全回復できる人間サイドに、たぶん敵さんもビビってたし。ゾンビ兵とかどっちが魔物かわからんなこれ。

 勇者サマは大怪我をしながらなんだかんだ勝って生き残るタイプだったから、奇跡じみた回復と相性も良かったし。

 

 そうこうして、死に際に後悔じみた振り返りをしていた。

 信心深い方ではなかったから、死んだらどこへ行くかなんて考えたこともなかったし、やはりその時も、頭にあったのは全身を刺す痛みへの苦悶くらいのものだった。

 

 ──痛ぇ、痛ぇよ、お袋。たぶん、もうすぐそっち行くわ。

 

 唐突にふっと体中から力が抜けて、思考もピタリと止まり、あらゆる感覚器官が使えなくなった。

 

 ここまでが、俺の持つ前世の記憶である。

 

 

 

 

*****

 

2.

 

 

 気が付いたときには、赤子になっていた。

 景色がよく見えるようになって理解したのは、幼少の頃に戻っているらしいということ。お袋がそこにいて、親父が元気に笑っていて、ただそれだけで、嬉しいのか悲しいのか分からないほど心が震えた。

 泣いてしまったけれど、赤子が泣くのはあたり前のことだからモーマンタイだろう。

 

 理由も何もわからないけれど、神様のイタズラか何か、死に際に大将首を取ったご褒美か、もう一度人生をやり直せるのだ。

 すぐに飲み込めるようなものでもなかったが、幸い赤子として時間は余っていたから、ハイハイをする頃にはすっかり現状を受け入れていた。

 ……この年になってお袋のおっぱいを吸わなければいけないのは少しキツかったが、まあ、人間なにごとも慣れるものだと勉強になった。

 

 生活が落ち着いて次に考えたことは、これから数十年後に待ち構えている魔王の復活をどうするかということであった。復活というより、侵攻か。

 ひとまずは、前と同じ流れにはしたくない。俺みたいな一般人に大きな流れを変えられるとは思わないが、それでも一つくらい変えられるのではないかと思う。

 

 一つ。つまり、聖女を死なせないことだ。

 

 俺の持つアドバンテージは、未来の知識と、戦争を数年間生き延びた経験。

 前世のような一兵卒でなく、今度は聖女のできるだけ側で戦えるようになりたい。彼女が死んだあの戦いを乗り切ることさえできれば、きっと戦争にも勝てるだろう。

 

 前世よりも少しだけ優秀な子供として少年時代を過ごし、幼馴染と野山を駆け回ったり川遊びをしたりしながら少しずつ体を鍛え、14歳で成人すると同時に王都へ向かった。

 ここで、今度は兵士にはならず、使い捨ての傭兵として戦果を稼いだ。聖女に最も近い戦力である聖騎士団に入るには、通常の経歴を積むよりこちらの方が手っ取り早いのだ。

 

 4年ほど経ち、異名を付けられたり顔馴染みのクソ傭兵共と酒を酌み交わすようになったりした頃、次の聖女も物心つく年齢まで育ち、来たるべき魔王復活に向け教会直属の騎士団──「聖騎士団」編成が囁かれるようになる。

 聖女は世襲制だ。かつて教会が保護した聖女がまるでお姫様のように育てられ、子供を作り、魔王のいない時代では教皇に次ぐ立場に据えられる。かつてとあるクソ聖女のせいで教会の権威が失墜しかけたことから、教育には細心の注意を払っているらしい。

 

 傭兵という荒くれ者でありながら教会へ足繁く通っていた俺は、シスターや牧師ともそれなりに仲が良い。前世の経験を活かしたことで弱冠の身でありながらそれなりの実力を携えているため、それを知っているシスターから騎士団の募集に応募してみてはどうかと声をかけられた。

 牧師からも推薦状を出してもらうことができ、選抜試験に一般出身でありながら参加。傭兵など、他の一般出身のやつは片手で数えるほどしかいなかった。

 若い体に、蓄えた経験と知識。あわよくば主席をと考えていたが、結局非才の身では越えられない壁が存在するらしく、合格ギリギリで滑り込むこととなった。もしかすると、推薦してくれた牧師の顔を立てたのかもしれない。

 が、合格は合格だ。いつの間にか息子が聖騎士団に入っているとお袋が手紙で驚いている様子に笑いながら、少しでも聖女の力になるべく鍛えていくことにした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 拝啓、お袋、親父。

 

 以前手紙を送ってから半年ほどが経ちましたが、変わらずお元気でしょうか。

 俺はダメそうです。

 

 手紙の冒頭から弱音をこぼしてしまって申し訳ありません。ですが、聖騎士団の奴ら、鍛える量が頭オカシイです。あとは教官に選ばれたとかいう宮廷騎士団の副団長が、傭兵出身だからという理由だけで俺ともうひとりのやつにだけ厳しく当たってきます。というか特に俺への風当たりが強いです。

 聖騎士団では魔法も使うのですが、俺は試験にギリギリで合格するぐらい魔法が下手なので、それに目を付けられてあのクソ教官……失礼、おクソ教官にいびられています。

 聖騎士団の奴らは気の良い奴が多いので何とかなっているのですが、ただ一つ、信仰心が普通とは比較にならないくらい強く、以前どのように魔法を扱えばいいか助言を請うてみたところ、不思議そうな顔をして「神への感謝と畏怖の気持ちさえあれば自然とできるだろう?」とありがたい教示をくださいました。本当に理解ができませんありがとうございます。

 

 最近の心の癒やしは、たまの聖女様との会話です。

 聖女さまはまだ6歳でいらっしゃいますが、その無邪気な笑顔と純朴さに触れると、理不尽な教官への怒りと狂信者な同僚への辟易が緩和されます。

 と言っても、毎日聖女様と仲良く語らっているわけではありません。俺が聖騎士団の一員であるために一般市民よりは近くにいることができているだけで、実際には身分も、物理的な距離もかなりなものがあります。

 

 もっと近くで聖女様を助けられるよう、この地獄のような環境の中ですが、己を磨いていきたいと思います。

 年末年始には休みをいただけると思うので一度帰ります。また、申請すれば少しの休暇も作れるので、火急のしらせがあればご連絡ください。

 

 かしこ。

 

 

 追伸

 この間の手紙でディオネが不機嫌って聞いたけど、帰省するときにどんな土産を買っていけばいいか教えてくれると助かる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「お兄様!!」

 

 訓練という名の虐めを乗り越え楽しみにしていた警護任務の場へ来れば、聖女様、もといイリスが笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 教会の上層部は年寄りばかりだし、他の聖騎士も壮年の人物が多いので、比較的年齢の近い俺にはよく懐いてくれている。と言っても、俺は俺で聖騎士の下っ端なわけで、駆け寄られても抱きしめ返すような無礼ははたらけないのだが。

 

 お兄様という呼び名も当然俺が指定したわけではなく、兄弟姉妹が欲しかったというイリスの要望を叶えたものである。

 聖女が世襲制なのは、魔力が引き継がれるからだ。その折角の魔力を分散させてしまうことが無いよう子供は一人しか作ってはいけないとされている。だから、イリスは一人っ子であることが決まっており、それ故に俺に兄の姿を求めたのだ。

 あのクソ教官なんかは「聖女様に呼び方を強要しているのではないか」と疑いの目を向けてきたが、そこはイリスが庇ってくれた。流石聖女様だぜ!! もっとあのクソアマに言ってやってください!!

 

 時折、もしかしたらあの前世のことは夢だったのではないかと思うことがある。というか正直、夢でもいいのだ。夢だろうとなんだろうと魔王が復活するのは分かっているし、この少女をみすみす死なせるわけにはいかない。

 そんな風に、自分の指針を見つめ直していた頃に問われた。

 

「お兄様は、どうしてせーきしになろうと思われたのですか?」

 

 もしかしたら、聡明な彼女は俺の信仰心の薄さに気付いたのかもしれない。

 神を敬ってもいないのに、聖騎士になぜ、と。

 

「──聖女様を、救いたいのです」

 

 自然と答えていた。

 

 あの時、聖女様が死んだ戦いで。

 作戦に兵士として参加していた俺は、当然普段よりも近くで聖女を見た。

 

 それは、思っていたよりもずっと美しく、戦場にいてなお凛として咲く花のようで、その体に人類の命運を背負っているのだと思えば、小柄な少女なのに自分よりずっと大きく見えた。

 この人なら、俺達を救える。この人となら、俺達は勝てる。そう自然に思っていたら、結果、俺達よりもずっと先に、聖女様は救われない最期を迎えた。

 

 一万人を救える人間がいたとして、その人自身が救われるとは限らないのだ。

 

 だから、きっと俺は、「イリス」のためでなく、「あの時救えなかった聖女様」のためにここにいる。

 イリスはキョトンとした顔を浮かべたあと、微笑むようにありがとうと言った。

 

「……でも、自分のことも大切にしてくださいね」

 

 もちろん。

 道半ばで死んでしまっては、そもそも救うための瞬間まで辿り着けないのだから。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……ついに、復活したのですね」

「えぇ。ですが、同時に勇者も見出されました。かの者によって、人類は救われることとなりましょう」

 

 美しく育った聖女様と、身を豚のように肥えさせた教皇が会話しているのを横で聞く。

 二人組で持ち回り制の警護任務中だ。出自による親近感から、俺とペアを組む聖騎士はもうひとりの傭兵出身の奴であることが多い。

 しかし、そうか。勇者サマはこのタイミングで現れるのか。前世ではいつの間にか戦線を引っ張っていたから、もっと前からいたのかと思っていた。

 

「──神の剣たちよ。聖戦は近いです。いついかなる時も戦えるよう備えなさい」

 

 魔王復活の報が人々の間を駆け抜けた頃、聖女様が聖騎士を集めて演説した。

 もう、イリスだなんて風に呼べるような幼さは残っていない。使命に従う覚悟を決めた、一人の統率者としての威厳を溢れさせている。

 

「アタシ達が神の剣なんて、笑えないか?」

 

 違いない。

 元傭兵の聖騎士と冗談を言い合って笑っていると、クソ教官に見つかった。

 罰走20周。解せぬ。悪態をつきながら走っていると、更に5周増やされた。アイツいつか絶対泣かす。

 

「……あなたを、頼りにしています」

 

 とある地方へ、味方の治療のために聖女様と一緒に向かっている途中、二人きりの時にポツリと零してくれた。

 言葉を交わす時間などほとんど取れていなかったから、久々の会話だった。もはや「お兄様」とは呼んでくれないことに一抹の寂しさを感じるが、ちゃんと見てくれているのだということに感激した。

 

 そうだ。神の剣なんかではない。俺は、キミの剣だ。

 

 そう同僚に伝えたら、概ね同意してくれた上でニヤニヤとした顔をされた。

 

「なんだ、ほの字か?」

「不遜すぎるわアホ。俺は、聖女様の役に立てればそれでいい」

 

 魔法だって、いるのかいないのか分からない神よりも、彼女のことを想って使ったら上手くいったのだ。

 同じ狂信者なら、見えない神よりも、今そこにいる彼女に狂うことを選ぶ。

 

「何でもいいけど、後悔はしないようにな」

 

 当たり前だ。

 

 聖女様の訃報は衝撃的だったから、おおよそどんな状況で亡くなったのかは覚えている。

 大規模作戦で勝利の熱に浮かれていた頃、野外病院に偽装された敵の隠れ家に連れ込まれ、周囲を大量の魔物に囲まれて聖女様は殺された。いくつもの野外病院を周っていた彼女は、それが偽装されたものであることに気付けなかったのだ。

 殺された上で、彼女の死体は陵辱の限りを尽くされて、ご丁寧にも教会に届けられたらしい。俺はただの兵士だったから直接見てはいないが、目も当てられない惨状だったと聞いている。士気の低下を狙ったのなら、これ以上ない成功と言っていいのだろう。

 

 ──ふざけんな。全員、ぶっ殺す。

 

 どのタイミング、どこの野外病院なのかは知らないが、聖女様の髪の毛一本にすら触れさせずにぶっ殺してやる。

 国のためとか、戦争に勝つためとか、そんなこと以前に。あの、無垢で健気な、一人の少女を、その尊厳を、誰にも貶めさせやしない。

 もしも、前世の記憶が夢でなく、何のために死に戻ったのかと問われれば、きっと、俺は彼女を救うために戻ってきたのだ。

 

 

 

 

……後悔って、アタシが言えたことじゃあないか

 

 

 

 


 

 

 

 

「ねえ、アンタがイリスの言ってた人?」

 

 誰だコイツ。変なやつに絡まれた。

 少年……だと思う。大規模作戦が始まり、俺達聖騎士団も前線へ駐在していると、声変わり前のハスキーな喋り声で話しかけられた。……なんか見覚えがあるな。

 というか、気安く聖女様のこと名前で呼び捨てにすんじゃねえよ。金玉もぎ取るぞ。

 

「こ、コイツって言われた……。一応、勇者なんだけど?」

 

 ああ、コイツが勇者か。前世では数回しか見なかったから、顔が記憶に残ってなかった。まあウチの聖女様が綺麗すぎるからね。彼女は一目でも見れば記憶に刻み込まれるが、他の有象無象に関してはその限りでない。というかむしろ、俺は他人の顔を覚えるのが苦手だ。

 

「ふんふん、べた惚れだね〜。こりゃ面白そうだ」

 

 なんか勘違いしているらしいが、めんどくさいので無視する。

 別に、勇者は俺が死んだ時も生き残っていたんだ。放置でいいはず。というか、余計な干渉をして前世と流れが変わるほうが怖い。

 

「に、ニケ!? 何をしているのですか!?」

「あ、イリスぅ。こないだ言ってた人、どんな人かなって見に来てたんだ。面白いね、ボク気に入っちゃったよ」

「な、ななな、ななぁっ!?」

 

 通りがかった聖女様が、俺と勇者……ニケ? の間に割り込んでくる。

 顔を真っ赤にして「あなたという人は!」ってニケにぷんすこ怒っているが、そんな姿も愛らしい。

 ……しかし、聖女様のこんな反応、初めて見るな。

 

 もしかして、もしかする?

 

 いや、まあ、勇者と聖女って、そりゃお似合いってレベルじゃないし、前世だってほぼセットみたいに思ってたけど。

 年だって確か近いはずだし、むしろ聖女様の隣に他に誰が立てるんですかって話だけど。

 けど、なんだ、このモヤモヤ。なんつーか、上手く言えんが、胸が苦しい。

 お兄様と慕ってくれていた妹分が取られた寂しさか、10以上年が離れているわけだし、むしろ娘を奪われる親の気分か。

 

「……職務に戻ります」

 

 親しげに言葉を交わす二人をこれ以上視界に入れたくなくて、仕事に戻る(てい)でその場をそっと離れた。

 あとは、若い二人でやってもろて。おっさんは仕事が恋人です。

 

「二番隊のたいちょーがなんか落ち込んでるぞ」

「元気出せよおっさん」

 

 うるせえ。

 聖騎士団にも若手が入ってきて、俺は新設された二番隊を任されている。やはり一番隊じゃないため舐められているのか、おっさんだのたいちょーだの馬鹿にした呼び方をされることが多い。

 自分で言う分にはいいけど、他人におっさんって言われるのはまだ受け入れらんねえんだよ! ……まあ、内部はおっさんどころかおじいさんの年齢だが。

 

 

 

 

「ボクのことコイツ呼ばわりする人初めて見たよ。誰かさんに夢中で、勇者の顔なんて興味ないんだろうね」

「……うるさいです」

 

 

 

 


 

 

 

 

「勇者達を回復させます! 皆さんは、その間攻め込もうとしてくる魔物を食い止めてください!」

「応ッ!!」

 

 敵の二人いる司令塔のうち片方を勇者が討ち取り、しかし勇者は代償に片目と片手を失い、足も千切れかけている。

 それを含め、味方を対象とした大規模な回復魔法の詠唱を聖女様が始め、それまで待機していた俺達はここぞとばかりに剣を握る。

 

 司令塔は双子の魔物だったらしく、思考の共有ができたため、その優れた知性と相まって非常に厄介であったが、片方を討ち取ったことで通常の戦いと同じ状況に持ち込めた。

 俺達がこの場を凌ぐことができれば、復活した勇者によってこの戦いは終結を迎えるだろう。

 

 聖騎士団はスイッチを基本とした綿密な連携を得意とする。

 一人が切り込み、スイッチして後方に一旦下がった後は回復魔法と攻撃魔法の同時詠唱。自分の回復をしながら、前で戦う味方のサポートをする。

 回復が済んだら再びスイッチして前線へ。敵の群れを殲滅したり、道を切り開いたりするのには向かないが、持久戦や防衛戦においては無類の強さを誇る。

 

「ダフネッ、スイッチ!!」

「ハハッ、アタシの出番が来たかァ!!」

 

 相棒に前を任せ、貫かれた腹の穴を癒やす。

 聖女様のように一瞬でとはいかないが、目視で治癒が分かるほど急速に傷が癒えていく。聖騎士団に魔法の扱いが必須なのはこういうわけだ。

 あのクソアマにやらされた吐き気を覚えるような魔力の持久力トレーニングも、こうして役に立つ瞬間を迎えれば、そう悪いものでなかったと知る。まぁそれでもアイツは絶対いつか泣かすけど。

 

「詠唱、完了いたしましたッ! 回復行きます──絶対聖域(イフミル・オリスヴオーサ)ッッ!!!」

 

 聖女様を中心として、黄金のドームが広がる。

 その輝きを視界の端に捉えて、俺達は勝利を確信するのであった。

 

「……ここからだぞ、俺」

 

 

 

 


 

 

 

 

「……あの、これほど奥にまで戦傷者が?」

 

 掃討戦を他の聖騎士がする傍ら、俺と聖女様、そして一番隊の副隊長は野外病院を回る。

 副隊長の案内でいくつもの病院をまるごと癒やしてきたが、この先のどこかで惨劇が起こされる。案内を申し出る怪しいやつが現れたら、その瞬間そいつを斬る覚悟でさえいる。間違って味方を斬ってしまったとして、後々処罰を受けたって構わない。

 

 今か今かと待ち構えていたが、怪しいやつはまるで現れる気配がない。

 いつの間にか人の声も聞こえないくらい奥地にまで来たところで、聖女様の不安げな声を聞いてようやく俺は思い至った。

 

「……クソッ、テメエが内通者か!!」

 

 前を歩く副隊長を斬り捨てようとして、瞬時に避けられてしまう。

 跳ぶようにして俺達から距離をとった副隊長は、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「もう少しで着いたんダガ、マァ、こんだけ近くマデ連れて来れりゃ十分だよナァ?」

 

 いつから? 最初から? それともどこかで入れ替わっていた?

 副隊長の姿を象った魔物がドロリと体を溶かすのと、俺達のいる地面に巨大な魔法陣が輝くのは同時であった。

 

「こ、れは、一体……」

「オマエを確実に殺すためのとっておきダヨッ!」

 

 呆然とする聖女様に魔物が飛びかかる。俺が間に入って防ぐが、周りの気配から、待ち構えていた魔物たちが段々と近づいてきていることを知る。

 ……流石に、森の中で周囲から攻め込まれたら聖女様を守りきれねぇな。こっちの援軍が来るとしたら、いつまでも帰ってこない聖女に不信感を抱いて捜索隊を出してからだろうから、まあつまり一切期待できないということだ。

 

「場所を変えます!」

「え、わ、ひゃあぁっっ!」

 

 少しでも防衛戦として地形の利を得られる場所へ。

 運びやすいよう、しかし失礼の無いよう聖女様の膝と背中を抱え、敵の攻撃が彼女に当たらないように庇いながら森を駆け抜ける。

 

 最初は元来た方へ引き返そうと動いていたが、地面に輝く魔法陣の端まで来て気付いた。これ、内側からは出れねぇようになってやがる。クソめんどい。

 追ってくる魔物の群れを感じながら、結局たどり着いたのは、奴らが野外病院として偽装する予定だったであろう石造りの遺跡であった。

 その奥。辿り着くには一本道を通らなければならない小部屋にまで到達し、ここに聖女様を匿って迎え撃つことに決めた。

 

「決してここを出ないでください。流れ弾が当たるかもしれないから、顔も出さないこと」

「……わ、私も戦います!」

 

 無理だろう、そんな膝が震えている状態では。

 そもそも、彼女は支援職であり、矢面に立ったことはない。もしも戦い方を知っているのであれば、その膨大な魔力で無双し、前世で罠にかけられても死ぬことはなかっただろう。

 

「あなた一人を戦わせるわけには──」

「……では、敵が来る前に回復魔法をお願いしてもよいでしょうか? 聖女様の回復魔法をいただければ、どんな敵にも負けることないでしょう」

「は、はいっ。今すぐ────ぇ、あ、……え、あれ?」

 

 聖女様は困惑した声を上げる。

 ……まさか。

 

「……魔法が、使えません」

 

 震えた声。蒼白な顔色。

 この魔法陣、「オマエを確実に殺すためのとっておき」って、そういうことかよ……ッ。

 そりゃあ、魔法を封じて、逃げ場も奪ってしまえば、ただの人間に成り下がった少女一人、基礎ステータスの高い魔物なら簡単に殺せるだろうさ!

 

 ……つうか、魔法が使えないってことは、俺も回復魔法使いながら戦うことが出来なくなんのか。

 同時詠唱をしながら戦えば、魔物の群れ相手にも乗り切れると思ってたけれど、もしかしなくても、もしかする?

 

 あー、あー、はぁ、うん。……ふぅ。

 

「……聖女様。どうか、ここでお待ちを」

 

 弱い俺では、庇いながら戦うことはおろか、勝ち残ることさえできるか定かでない。

 だから、頼むから、隠れることに徹してほしい。それが一番、あなたを救うことに繋がるだろうから。

 

「ぁ……ぐ、ぅ、く、ぅぅ、うっ……」

 

 ギリギリと歯を噛み締めながら、涙を流しながら、悔しそうに彼女は頷く。

 彼女とて理解しているのだ。愚かな少女ではない。ただ、その優しすぎる心が、この場を俺一人に託すことを是としない。

 縋り付くように、葛藤を飲み下そうとするかのように、俺の胸元を握り締めて聖女様は言った。

 

「ぐぅっ、ふぅっ、わたっ、わたしの、私の剣よ……ッ。めい、命令、ですっ。勝ちなさい、勝って、私を救いなさい……ッッ!」

 

 嗚咽混じりのその(ことば)は、どんな魔法よりも強く、俺を奮い立たせた。

 あなたはとても強い人だ。俺なんかよりもよっぽど。だから、泣かないで。

 

「勿論。──キミを救うために、俺は死に戻った(生まれた)のだから」

 

 神の剣などではなく、キミの剣として。

 キミを救うためにやり直したこの生を、まっとうする。

 

 

 

 


 

 

 

 

 部屋の外が静かになって、どれほどの時間が経っただろう。

 恐る恐る外に顔を覗かせると、そこにはおびただしいほどの死体があった。

 

「終わったの……ですか?」

 

 返事はない。

 彼の姿を探すが、目に映るのは青色の液体とそれを垂れ流す怪物たちの亡骸ばかりで途方に暮れてしまう。

 

 魔物がいないということは戦いが終わったということだ。それも、彼の勝利で。

 なのにどこにも彼がいない。そもそも、防衛戦のはずなのに、死体を最初に見つけたところに彼がいないというのはおかしな話だ。普通は後退しながら戦うのだから。

 まさか、前進しながら戦い抜いたとでもいうのだろうか。

 

「……あっ!」

 

 見つけた。

 大量の死体を踏み越えた先、遺跡の石垣に腰掛けるようにして彼は座っていた。

 

 きっと、戦い終わって疲れたから休憩していたのだ。私を呼びに来られないくらい、歩くのも辛いほど疲弊しているのだろう。

 背中側しか見えないのがもどかしくて、駆け寄って──

 

「──ッ!」

 

 名前を呼ぼうとしたのと、彼が後ろに倒れ込むのは同時であった。

 咄嗟に支え、自分の太ももの上に彼の頭が乗るように、揺れに気をつけて寝かせた。

 

 その目は虚ろで、体中にべっとりと青色の血を浴び、腹からは穴が開いているかのように真紅の血が流れ出している。

 

「ぁ……、あぁ、どうすれば……っ、魔法、魔法を……っ!」

 

 自分の知っている全ての回復呪文を必死に唱える。

 けれど、いつもは自在に動く魔力が、いまはうんともすんとも言わない。

 

 当たり前だ。魔法陣による設置型の魔法術式なのだから、たとえ魔物たちが全滅していたとしても効果が終わることはない。

 外側からの干渉によって魔法陣を破壊する以外、この状況を打開する方法はない。

 いまこの場において、天才だの、聖女だのともてはやされてきた自分は、ただの無力な少女でしかなかった。

 

癒せ(エアライン)! 癒せ(エアライン)! 癒せ(エアライン)……!」

 

 何度唱えても、初歩中の初歩と言われる魔法ですら発動できない。

 奇跡の回復能力と褒めそやされてきたこの力は、本当の奇跡なんて起こせない。

 

癒、せ(エアライン)……。癒して、ください(エアライン)……ッ」

 

 神に縋っても、どんな加護も、奇跡も齎されやしない。

 彼がいつも言っていたように、「神は試練を与えるが、救いは与えない」。

 

「ふ、ぐぅ……っ、うぅ……。こんな、力……っ、ほしく、なかった……!」

 

 何が神だ。

 何が聖女だ。

 何が力だ……!

 

 肝心な時に、一番大切な人を助けられない力なんていらない。

 あなたが生きていてくれるなら、私はこの場所で死んだってよかった。

 

 頬を伝って落ちた涙が、ぽたりと彼の顔を濡らした。

 虚ろだった眼に少しの光が戻って、ゆっくりとこちらを視界に捉える。

 

「あれ……、おはようございます?」

 

 彼は、いまいち状況が読み取れていないかのように素っ頓狂な声を出した。

 

「……柔らかいなと思ったら、俺聖女様に膝枕されてるんですか。クソ教官……おっといけない、おクソ教官にまた叱られますね、こりゃ」

「……ばかっ。ばか、ばか、おばか……っ!!」

「聖女様に叱られるのは不思議と心地いいんだよなこれが」

 

 いつもの、仕事中のような硬い口調でなく、初めて会った頃のような砕けた言葉遣いで彼は笑う。

 それはきっと、もう役目に縛られなくていいと理解したから。

 

「ほら、泣かないで」

 

 上げようとした手は、思うように動かなかったのか、中途半端な高さまで上げられた後にポスリと再び地面に落ちる。

 それをそっと握って──彼のゴツゴツとした手を、自分の頬に添えた。

 

「死んだら、泣きます。大泣きします。絶対です。だから……っ、絶対に、死んではいけません……!」

「はは、こりゃ困った。……って、もう泣いてるじゃないですか。勝手に殺さないでくださいよ」

「これは大泣きではないから良いのです……ッ!」

「……意外と、強情なところは、昔から変わってないんですね」

 

 昔。彼をお兄様と呼んでいた頃。

 沢山わがままを言って困らせたから、きっとそのことを言っているのだろう。

 

「いやぁ……、しかし、俺すげぇなぁ……」

「……ぇ?」

「やれば、できるもんだ。聖女様を……救っちまったよ」

 

 どこか遠い目をして、彼は呟く。

 救ってしまった? 何を今更? これまでだって、色んな場面で救われてきたし、彼無しではここまで辿り着けなかったというのに。

 

「聖女様が生きてりゃぁ……、戦争も、勝っただろ……。勇者もいるし……あれ、もしかして、俺は人類を救っちまったのか?」

 

 ぶつぶつとうわ言のように言葉を紡ぐ。

 その身勝手な自己満足に、思わず怒りでぶるりと震えた。

 

「……て、ません」

「ん?」

「──救われて、いません!!」

 

 涙を滲ませながら、叫んだ。

 

「あなたが生きていなければ、私は救われません……ッ!!」

「へ……?」

 

 本当に、おばかな人だ。

 何のために「お兄様」と呼ぶのをやめたと思っているのか。

 妹分でいるのが嫌になったからだ。

 

 どうせ今だって、戦争に犠牲者はつきものなんだから、そんなに気にしなくても、とか何とか思っているに違いない。

 ばか。おばか。

 

「本当に、察しの悪いお方なんですから……」

 

 そう言って、そっと顔を近付けた。

 ぎゅっと目をつぶって、その感触と、口元から伝わる温もりだけを感じる。

 

 一秒、二秒、三秒……。

 

 長い時のあと、ゆっくりと顔を離し目を開くと、間抜けな顔で彼は呆けていた。

 本当に気付いていなかったのか、このおばかさんは。

 

「は、はは……、マジですか?」

 

 マジですよ。

 本気で、心の底から、あなただけを、愛してしまっているのです。

 そんな人が、最愛のあなたがいなくなってしまって、私が救われるはずがないでしょう。

 

「こりゃ……もったいないこと、したなぁ……」

 

 照れくささを誤魔化すかのように笑うあなたの声からは、段々と力が抜けていくのが分かって。

 声にならない泣き声を上げて、私は大泣きした。

 

「……泣かないで、イリス。あなたは、とても強い人だから」

 

 強くなんてない。

 弱い私が、あなたを殺した。

 私は、あなた一人を戦わせただけの、ちっぽけで無力な少女だ。

 

「私を、救ってくださるのでしょう……?」

 

 返事はなかった。

 泣き疲れ眠った私が捜索隊に保護されたのは、それから数刻ほど後のことであった。

 

 

 

 

*****

 

3.

 

 

 …………マジか。

 

 気が付いたときには、赤子になっていた。

 もはや、疑う余地はなかった。

 俺は、この状態を知っていたから。

 

 死に戻った。

 前回と同じく、生誕時の俺に。

 

 ……つまりこれは、クソみたいに俺らに地獄ばかり見せてくる神畜生が、もう一度チャンスをくれたということだろうか?

 結局、俺は彼女を救えなかった。彼女の気持ちに最後になって気付けたことは幸福であったけれど、だからこそ、彼女を救う方法は自己犠牲的なものではいけないのだと知った。

 自分の命を代償に彼女を救うなど、それこそ彼女の心優しい性格を考えれば間違った手段だと分かる。いやまあ、死ぬつもりはなかったんだけど。雑魚どもが想像以上に手強かったってだけで。

 やっぱりまあ、勇者だのと違って天才染みたバトルセンスのない俺では、たとえ雑魚相手でも、数で来られるとやられてしまうのだ。数の暴力は侮れない。

 ただ、一度聖女様の側で動けたことで、前々回彼女が死んだ時の状況がさらに詳しく分かった。何なら今度は、魔法陣の領域に入る前に一番隊副隊長に化けた魔物を斬り殺してしまえばいいわけだし。

 ……こんなことを最初の半年は考えていたが、次第に、俺の思考は別のことに占拠されるようになった。

 

 聖女様……イリスって、俺のことが好きだったのか。

 

 聖騎士と聖女が結ばれるってのは、まあ諸手を挙げて歓迎されるかは分からないが、一応聖騎士は優秀な人間の集団と思われているわけだし、余程の非難は受けないだろう。

 いや、どのタイミングで惚れられたかどころか、そもそも俺を好きになる理由が見当たらないが。死に際のお世辞とは思いたくない。いい思いを抱えて死なせてやろう的な聖女様の慈悲……うわ、ありそうで怖い。

 

 ……というか、柔らかかったな。唇。

 すらりと伸びた美しい脚。絹のように垂れる大海を写し取ったかのような蒼髪。修道服に僅かに起伏を作って主張してくる胸部の膨らみ。

 それらを意のままにできる様子を想像して、胸がドキドキと高鳴った。精神年齢70近いおじいさんなんだから、自重しろ俺。

 

 ……ダメだ。煩悩は捨てよう。

 そもそも、彼女が好きになったのは前回の俺だ。こんな邪な思いを抱えたまま関われば今度こそ好かれることはないだろうし、下手にセクハラすれば、教会に処分されかねない。

 とりあえず、前回と同じようにして近付く! 変装した魔物は早めに斬り殺す! 魔法陣は仲間にでも伝えておいてすぐ壊す! 俺も、聖女様も、みんなで生き延びて戦争に勝てればそれでいい!

 二回の人生分のアドバンテージがあるし、鍛錬前の聖騎士共なら抑えて、今度こそ主席合格できるんじゃねえかな!!

 

 

 

 


 

 

 

 

 早々に村を出て、傭兵としてキルムーブ。こいつを雇っておけば絶対に失敗しないとの評判も頂いたところで、聖騎士団の話が再度聞こえてきた。

 村ではかなり人付き合いを悪くしてしまった。正直鍛錬の時間は足りていないぐらいだし、しょうがない。前回や前々回では親しくしていた幼馴染とも、今回は顔見知りくらいの関係になってしまった。

 だがまあ、俺が生きて、人類も滅びないためにはしょうがない。聖騎士として王都を中心に生活することになるだろうし、村での人付き合いはあまり意味をなさない。

 別に人付き合いが苦手ってわけじゃねえしな。王都行ってから友達とか恋人を作ればいいだろう。

 

 結局、聖騎士団の入団試験は主席合格をした。

 そりゃまあそうだろう。大規模作戦で要となるような聖騎士団の一員が、編成当初のひよっこ共に劣るようでは話にならない。

 そも、身体能力では前回も悪くなかった。足りていなかった魔法の扱いについては殆ど知識さえあれば解決できるから、死に戻った俺にとって有利な試験だった。あと筆記の問題内容は知ってたしな……。ぎりぎりカンニングではないと思いたい。

 

「面倒なことにも、お前ら豚どもの教官に任命されたアグライアだ。しかし拝命とあれば役目はまっとうしよう。魔王が復活するまでに、お前らをナメクジから人間まで叩き上げる」

 

 眼帯で右目を覆い、髪を後ろで一つ結びにした美女に罵られる。出たなクソ教官。

 つか豚かナメクジかどっちだよ。ナメクジ叩いたら絶対潰れるだろ。

 

「まずはその枯れ木のような足をどうにかしてこい。外周を20本だ」

 

 出ましたよ外周。罰走として何度やらされたことか。

 しかし、俺は知っている。彼女はここにいる全員が20周出来ないと思って最初にこの課題を課す。そして、実際に誰も出来ないのをいいことに、また好き放題罵って俺らの自信を打ち砕くのだ。

 何がタチ悪いって、彼女は20周など片手間に走れるから、クソ教官の実力を疑ったやつは更に絶望させられることになる。……が、俺も前世を基準に特訓してきたから、今なら20周走り切れる。

 心、折れてないじゃないですか(笑) てか俺より強いんですか?(笑) やめたら教官(この仕事)

 

「……ほう。傭兵上がりというのは、躾がなっていなくてやはりダメだな。これだから外部者を受け入れるのはやめておけと言ったのだ」

 

 ほーら、ちょっと煽っただけでブチ切れてますよこのクソアマ。

 大丈夫? 脳味噌常時沸騰してない? その眼帯が灼熱の封印でも抑え込んでるんですかね(笑) ほら邪気眼って言ってみろよオタクくん。

 

「お前には、特別なメニューを用意してやろう。喜べ、私が直々に相手してやる」

 

 そう言ってクソ教官は刃を潰した訓練用の剣を投げてきた。

 泣かせてやんよぉ!!

 

 

 

 


 

 

 

 

「えぐ……っ、うぐ……っ、うぁぁぁぁぁああ……!!!」

「28……ほら、まだあと22周残っているぞ産廃」

「うゆぅぅぅぅぅぅうう……っ!!」

 

 傭兵界隈では敵なしと言われた男が、血の混じった鼻水を顔に貼り付けながらフラフラ走っている。

 そりゃあ、いくら主席とは言え、教官に付けられた人物に歯向かえばこうなるのは分かっていただろうに。

 

 ……一応、傭兵時代は少し憧れたりしていたのだが、この姿を見せられると、崇拝に近かった憧れは打ち砕かれた。

 

「……テメェは、アタシ以上にバカだなぁ」

「うるせ。……あのクソアマ、絶対いつか泣かす」

「おいバカ、懲りろバカ」

 

 結局、40周を過ぎたあたりで気絶するように倒れたコイツを、元傭兵仲間ということで私が宿舎まで連れ帰った。教官のコイツを見る目が、下等生物を見る目からゴミを見る目に変わっていたのが恐ろしい。

 初めて会ったときから旧知の仲のように会話が噛み合ったコイツとの関係は、アタシの崇拝じみた心象が無くなってさらに砕けたものとなった。

 

 こんな、死んでも治らなさそうなバカ野郎のくせに、聖女様への忠誠心だけは本物だ。

 お前誰だと言いたくなるくらい、聖女様の前では真面目で仕事熱心な男になる。そのときの真剣な眼差しは……まぁ、かつての憧れが蘇らないこともない。

 

「当たり前だ。俺は、彼女を救うために生まれたんだから」

「かぁ、ほの字かよ」

「はっ!? ち、違うが??」

 

 だがまあ……コイツは、聖女様しか見えていないんだろう。

 美しいもんな、あの人は。見た目も、言葉遣いも、何もかも。

 

 傷物のアタシが割り込む余地は、どこにもなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「おっしゃああぁぁぁぁあ!! 勝ってやったぜぇぇぇええ!! 訓練兵に負けて恥ずかしくないんですかぁ? 辞めたらこの仕事ぉ?」

「……今のは、少し油断した。全力でやれば貴様など塵にできよう」

「え、ま、ちょっ、エンチャントはずるっ────アッー!!」

 

 驚いた。

 あの産業廃棄物が、まぐれだとしても私に打ち勝った。

 思わず、動揺と悔しさで冷静さを失い、全力で吹き飛ばしてしまった。まあ、あの男のしぶとさなら死ぬことはないだろう。

 

 剣を鞘に収めて、手をゆっくり開閉させる。

 

 ……まだ、冷静ではなかった。正確に言えば、まぐれでもないし、油断もしていなかった。

 それだけ、あの男が成長しているということだ。

 

「だが、上官にあのような口を利くのは別問題だ。おい、ダフネ。あの男に罰走10周を伝えておけ」

「は、はい! イエスマム!」

 

 傭兵上がりだからああ(・・)なのかと思っていたが、このダフネを見るにその限りでもないらしい。片目を使えなくなった私と同じで頬に大きな切り傷の残る彼女は、あの男と同じ元傭兵で、しかし公私の弁え方を知っている。砕けた口調も、仲間内だけでなら何も問題ないのだ。

 

あいつ絶対ぇ泣かすからなぁぁぁ

 

 罰走をしていると思われる場所から、恨みの込められた叫び声が響いて小さく聞こえた。

 思えば、片目を失う以前でも、己と切り結べる人間は一握りしかいなかった。それも、そういう猛者に限って戦線に身を投げ出し、命を粗末にするものだから、現在生きている者となれば片手で数えられてしまう。

 懲りずに立ち向かってくるあの男は……もはや、産廃ではないな。あまり評価をしても付け上がるだろうが。

 

 口元に手を当てて、アグライアは己でも気付かぬ内に口角が上がっていたことに気付いた。久しぶりの強者に、喜びが隠せなくなってしまったらしい。

 慌てて硬く引き結び、咳払いをする。

 

「ダフネ、あの男に伝えろ。罰走5周追加だ。魔法は禁止でな」

「はい! ……あんのバカ」

 

 それはそうと、上官をアイツ呼ばわりすることは許されない。

 

 

 

 


 

 

 

 

 はーもうマジであれだわ、キレちまったわ、俺。

 いやマジ俺さんキレさせるとか、あのクソアマ終わったな? 今から泣いて詫びても遅ぇからな? まぁ今でもたまにしか勝てないんですけどね。

 

 産廃呼びから変えたと思えば、今度はチンパンジー呼びだし。誰がチンパンだってッ!? ァア!?(ダミ声)

 聖騎士団の仲間たちも、俺がクソ教官に噛み付いてもいつものことかって顔だし……悔しくねえのかお前ら! あんな、毎日毎日おはようからおやすみまでナメクジだのチンパンだのそれはもう愉しそうな顔で呼んでくるクソ教官、見返してやろうと思わねぇのか!?

 日課の朝のランニングに出たら、たまたま鉢合わせて「朝から貴様の顔など拝みたくなかったが……仕方ない。後ろを走ることを許可する」だぁ? 調子乗るのも大概にしろよ? 俺だってお前の顔なんて見たくないんだが? それに、後ろ(・・)? 最前線を駆け抜けてやんよぉ!!

 

 あのクソアマ、足超速いよぅ……。

 

 別の日は、たまには部下との交流をしないと、上司からチームワークがどうこうと言われるなどとのたまって、食事に連れ出された。

 給料の大半を仕送りに回している身としては、あんな高そうな店で食事をする機会はなかったから少し緊張した。前世で、聖女様の警護として料亭に連れ出された経験がなかったら恥をかいていたと思う。というかあのアマそれが狙いか?

 

 ……ドレスコードに合わせて、いつもは雑にポニーテールにしている銀髪を丁寧に結い上げた姿には少し見惚れたが。

 素材も才能も最高級品を持ち合わせるとか、やっぱ神ってのはロクな配分をしねぇな。これだから信じる気にならねえんだクソ。

 

「……でも、見惚れたんですよね?」

「ええと、……いえ、本当に少しだけです。四捨五入すればゼロです」

 

 こんな話を、マイルドに包んで聖女様に話したら、ぷっくら頬を膨らませて不満そうな顔をされた。

 聖女相手に愚痴を話すのは、正直自分でもどうかと思うが、暇だから最近の話を聞かせてくださいとねだられれば、俺には最近の話などこれくらいしかない。

 

「お兄様。上官と部下が(つがい)になるというのは、そう少ない話でもないらしいですよ?」

 

 俺とあのクソアマの場合はありえません。

 

 まあ、軍人は出会いが無いからなあ。家柄が良ければ縁談も出るんだろうが、逆に言えばそうでない人間は本当に出会いがない。俺、今回の人生で聖女様に惚れてもらえなかったら、未婚のまま死ぬのでは?

 ……嫌われていることはないと思う。前回と同じで、お兄様と呼んで慕われている。聖騎士団でも実力がトップだから、関わる機会も増えた。

 けれど、この少女が自分に向ける感情が恋心かと問われればそれもまた違う気がする。まだ10歳にもなっていないしな。というか、幼女に好かれたがってる俺、危ない奴だな。自重しよう。

 

 

 

 


 

 

 

 

 あの大規模作戦の日は、すぐに来た。

 毎日を訓練と聖女様とのささやかな会話に費やしていれば、時間が溶けていくのは当然だった。

 

「は……、な、ンデ……?」

「人を騙すなら、人生3周くらいしてこい」

 

 一番隊副隊長に擬態した魔物から剣を引き抜き、飛び散る青い血が聖女様を汚さないようマントで防ぐ。

 一番隊隊長の話は最初に俺に来たが、人事が変化しても困るので断り、「新人が入ってきた時にその部隊を率います」と伝えておいた。

 あとは、副隊長でない奴が魔物に取って代わられるかもしれないので、人間と魔物を区別できる魔法を編み出した。敵に悟られてはいけないため、勿論こっそりと。

 

 あっけないな……。

 

 まあ、分かっていればこんなもんか。

 前回はあんなに苦労したことが、まるで流れ作業のように解決してしまった。

 当然、その後も一人で突貫などせず、味方に「敵が隠れている」と伝え、被害ゼロで偽の野外病院を制圧。

 

 一度撤退するために聖女様を抱きかかえてから、彼女から向けられる視線が熱っぽい気がする。

 前世でその可能性が十分にあることはよく分かっていたし、今更気付けないほど鈍感でもない。もしかしなくても、もしかしている。

 お互い、どこか意識してしまって、目が合うと顔を真っ赤にして逸らしてしまう。

 

「き、きれいな花が咲いていますねー」

「今日も、て、天気がいいなぁ、ハハッ、ハハハ」

 

 いや、本当に天気が良かったんだよ。太陽が輝いていて、真っ白な雲がいくつか漂う陽気だったんだよ。

 ……適当な丘で、聖女様とピクニックとかしたら楽しいだろうなぁ。食事はどうするのが良いんだろう。彼女の手作りの料理を食べてみたい気がするけど、俺が従者なのだし、俺が作っていくべきだろうか。それとも、朝に一緒に作るのがいいだろうか。キッチンで隣に立って、サンドイッチとかかなぁ……。

 

「信じられるか、あれで聖騎士のトップなんだぜ?」

「いまどき、スクールのガキだってあんなうぶ(・・)じゃあないでしょう」

「ロリコン! ロリコン! ロリコン!!」

 

 うるせえ。

 精神年齢が100になっても、童貞には越えられない壁というものがあった。

 妄想だってするし、なんならキスへの導入ひとつさえ分からない。

 もう一度、腹に穴開けて死にかければキスしてくれるだろうか……?

 

 

 

 


 

 

 

 

 空に光の柱が立った。

 曇天を貫き、光が消えたそこには、あの時見たような眩しい青空が広がっている。

 

 雨は、いつか止むのだ。

 青空は取り戻せるのだ。

 

勝鬨(かちどき)だぁぁぁぁああ!!」

『雄ォォォォォォォオオオ!!』

 

 先程まで魔王の支援魔法によって強化されていた魔物たちが、萎れるように力を失っていく。術者が死んだから、その術が解けた……つまり、魔王が死んだことを意味する。

 

 聖騎士団の戦いは、主人公らしいものでは決してない。

 回復時の防御役だったり、中央部隊が攻め込んでいる時の、雑魚達を押さえる役であったり。

 ひとりひとりの実力が優れていても、チームワークがどこの部隊よりも整っていても、たった一人で盤面を覆せるような壊れた力を持っていない。それが俺達だ。

 

 魔王の籠もっていた城、その外側だが、それでも精一杯の叫び声を出した。

 主人公でなくていい。覚醒だってできなくていい。大物を倒すような誉れだっていらない。

 脇役だった城下町の兵士Bは、脇役の聖騎士として蚊帳の外にいる。

 それでも、俺は確かに救ったのだ。彼女を……聖女様を。

 

 あの大規模作戦を越えても、苦難の連続であった。

 それでも、聖女様の命を繋いだことは、確実に人類の救済を生み出したと確信している。

 そうそう、彼女もやはりメインキャラらしく覚醒を果たし、仮死状態に陥った勇者を救ったのだ。覚醒してからは何でもありで、ぶっちゃけ魔王城に攻め込む前から勝利を確信していた。

 

「神の剣たちよ! 勇者のもとへ急ぎます、道を切り開きなさい!」

『応ッッ!!』

 

 そうだ。どうせ、今回も勇者様はズタボロでぶっ倒れていることだろう。

 勝ったのはいいが、立役者がいないのでは困ってしまう。まずは、聖女様を勇者のもとへ連れて行くために、雑魚とは言え、魔物たちを斬り倒していかなければいけない。

 

 聖女様自身を守る役、進路を塞ぐ敵を殺す役、それぞれが何も言わずとも役目を果たす。

 一番疾い俺は、勇者のもとまで真っ先に駆けつける。死にかけの奴に敵が向かってきてはかなわないからだ。

 

 案の定、勇者に群がろうとする魔物たちを見つける。

 勇者は床にぶっ倒れたまま、視線だけは敵を睨みつけてまだ諦めていない。その視線が俺を捉え、ほっと安心したかのように口元を緩めたのが見えた。

 

 ……そんな信頼されても困るんだが。

 

 まず真っ先に土塊でドームを生み出し、簡易的に勇者を覆う。余計な被害が出ないようにした上で、周囲の魔物を殲滅した。

 数の暴力に成すすべもなかった頃を思えば、俺も成長したなぁ。

 ドームを解除し、勇者を揺らさぬように、遮蔽の多い場所へ連れて行く。

 

「おい、ニケ。脱がすぞ」

「……!?」

 

 ほぼ全身が使い物にならなくなっているのだろうが、せめてもの応急手当をしようと、患部を見つけるために上の服をナイフで斬るようにして脱がそうとする。

 ……伝説の防具、衣類まで素材良すぎません? 全然斬れんから、面倒だがボタンを外していった。

 あ。

 

 ……こいつ、女だったのか。

 

 ま、まあ、知り合いとはいえ、救護の場で男も女も関係ない。オネエだって分け隔てなく治すのが癒やしの心得と覚えよ。オイだから顔を赤らめるなニケ。ばかおま、俺まで恥ずかしくなるから涙目になるな。いや、ならないでください。

 ……ひとまず、マントを被せて隠し、周囲を警戒しながら聖女様達が来るのを待つ。マントマジ万能。かっこつけの道具じゃねえんだよ。ちゃんと使い道があるから装備に入ってんだよ。オイばかニケ、臭いから匂い嗅いじゃいけません!!

 

 

 

 


 

 

 

 

「うわきもの! イリス、このひと浮気者だよ! ボクの裸、おっぱい見たんだよ!?」

「……職務でしたから」

「ふーん? へーぇ? ボクのおっぱいみた感想がそれなんだ? 責任とってもらうべきだと思うんだけどなぁ!?」

「……職務ですので」

 

 タスケテ!!(絶叫)

 不可抗力で裸を見てしまったため、よほど恥ずかしかったのかニケが騒いでいる。

 情状酌量の余地しかないと思っている。まあ、勇者が女と知っていればもう少し配慮のある介護ができたのかもしれない。でも誰も言ってくれなかったじゃん!(憤怒)

 

「……黙ってればつけ上がりやがって! 勇者、テメェだって俺のマントクンカクンカ嗅ぎやがってよぉ! 案外まんざらでもなかったんじゃないですかぁー? むしろ裸見せつける勢いだったんじゃないですかぁー??」

「な、ばっ、そっ、……嗅いでないし!! 妄想やめてもらえる!? あーあー、これだからロリコンは!」

「加齢臭嗅いで発情してるガキは黙っててもらっていいですかぁー??」

 

 突如反抗を見せた俺に、勇者は赤面しながらキレ散らかしてくる。

 かーっ、これだからチンパンは! 俺ロリコンじゃねえしな? 適当なこと言うのやめてもらっていいですかね??

 

 と、ここまでヒートアップした俺達だったが、沈黙を保っている聖女様が不穏で、段々と背筋が冷えてきた。

 普段温厚な人ほど怒らせると怖いというのは有名な話である。おそるおそる彼女の方を窺う俺達に、聖女様は声を震わせた。

 

「……と」

「「と……?」」

 

 とりあえず死ね?

 

「とっちゃ、やだぁ……」

「「……えっ」」

 

 そう言ってぽろぽろ涙をこぼし始めた少女に、俺達二人は動揺した。

 

「わたっ、しの、なの……。わたしの、つるぎ、とっちゃやだぁ……」

 

 あ、まただ。

 また、俺は彼女を泣かせてしまった。

 俺は、本当に、クソ野郎だ。

 

「取られて、いません。俺はあなたの、あなただけの剣です。これまでも、これからも。この命はあなたのものであり、この力はあなたを救うためのものです」

 

 真っ白な頭のまま、思ったことを一切の脚色をせずにそのまま叫んでいた。

 下手したら不敬罪ものだが、堪えきれずに、聖女様を強く抱きしめる。

 

「うわ、だいたん」

「ヒュウ! たいちょー、やりますねぇ!」

「両片想いが実っただと……!?」

 

 聖騎士団を始めとした、周りの奴らがやんややんやと叫びだす。

 ……あれ、俺の今のセリフ、もしかしなくても、もしかしている?

 

「聖騎士長が告ったぞ!!」

 

 その言葉を耳にして、俺と聖女様は、同時にボフッと顔を赤くした。

 

「……もっと、ちゃんと、分かりやすく言ってくれなきゃいやです」

 

 ワガママを言うように、腕の中から鈴のような声が聞こえた。

 分かりやすく……まぁ、そうだよな。ケジメというか。

 

「せ、聖女様……す、すすす、す──」

「……いやです」

 

 ピタッと、唇を指で塞がれた。

 え、振られた?

 

「……名前で呼んでくれないと、いやです」

 

 ……。

 ハードルを上げてくるな、このお姫様は。

 まあ、三周目だから余裕だが!?

 

「い、いいい、イリス! しゅきだ!!」

 

 アッーーーー!

 あああああああああああああああああっっ!!

 やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!

 

「ふふっ……、私も、あなたが大好きです」

 

 ……。

 ……はっ、あぶね、意識飛んでた。

 

 聖女……イリスのはにかむ笑顔が可愛すぎて、遂に死に戻りをゴールしかけた。

 と、言うか。

 

 オレ、イリススキ。

 イリス、オレスキ。

 リョウオモイ?

 マジ?

 

「……はっ、蚊帳の外に出されてた! ちょっと待ちな! イリスと付き合うっていうなら、このボクを倒してからにしてもらおうか!」

 

 父親面して、なんかガキが乱入してきた。

 今、いいところだったでしょうが!!

 

 

 

 


 

 

 

 

 ……なんか、よくわからんが。

 両想い、はいハッピーエンド、結婚ねとはいかないらしく。

 

 一応、聖女って立場とか、なんやかんやが煩わしくも存在して。

 どうしてそんな結論になったのか問いただしたいが、イリスと結婚するために勇者と御前試合をしろという話になった。

 頭オカシイんじゃねえの? 民衆は民衆で、聖騎士団のトップと勇者の試合が見れるとか言って賭け始めてるし。儲けの1割俺によこせ。

 

「いやぁ、大事な仲間の伴侶を決めるとくればね、ボクも見極めさせてもらうよ」

「うるせえな無乳ガキ」

「無乳!? ちょっと、ちゃんとあったでしょ!? 見たでしょ!?」

「四捨五入したら大抵のものはゼロになりますから」

「あーもう手心加えてあげようと思ったけどやめた! キレたわ! やってらんないわ!」

 

 キレ過ぎだから。ちゃんとカルシウム取ってんのか? そんなんだからいつまで経っても四捨五入の対象なんだぞ? あと言外に俺は大切な仲間じゃないって伝えてくるのやめてもらっていいですかね。一緒に戦線を支えてきた年月はなんだったんですかね。

 というか、冷静に考えて欲しい。かたや神に選ばれた勇者、かたや前世の知識を活かしてひいこらこの立場に上り詰めたモブキャラ。御前試合って、結果見えてますやん。

 が、負ければイリスと結婚できないというならば、諦められない。負けたらどうしようか考える暇を削って、確実に倒すための道筋を何度もシミュレートしてきた。

 

 とりあえず、煽って冷静さを奪うところはクリア。

 試合前から戦いは始まっているのだよぉ!! 卑怯? 何とでも言え! というかこんなクソッタレな場を用意した奴らに言え!!

 さあ、試合が始まって──

 

 ──先程まで興奮していた勇者が、表情が抜け落ちたかのようにスッと戦闘態勢に入った。

 

 あ、負けましたわこれ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……懐かしいものを見ているのね。あなたとニケの、御前試合ですか」

「あぁ。まあ、まさか勝ち負け関係なく結婚が許されるとは思ってなかったけどな。賭博の儲けも、結婚式の資金集めだとは」

 

 シワを顔に刻んだ女性に声をかけられ、俺も昔を振り返りながら語った。

 

 結局、あの試合ではもうこれ以上ないってくらいに負けた。

 国が主導で賭けなんてやってるからなんのつもりかと思ったら、まさか、軍事費で消えた貯蓄の分、結婚式に使う金を集めてくれていたとは。

 一応、聖女は国の所属だからな。結婚式の資金は国が負担してきたらしく、しかし今回は金が無さすぎて困っていたらしい。

 

 教えてくれりゃあいいのにと思ったが、「だんちょー、知ってたら本気で試合しないでしょ」と言われたら黙るしかなかった。長年一緒に戦ってきただけあって、俺の腐った性根をよく理解している。仲間に恵まれて嬉しいなぁ!(血涙)

 

「少しくらい勝機はあったと思ったが、ありゃだめだ。あの頃の俺程度じゃあ、ニケには勝てないよ」

「ふふ……、でも、とても格好良かったです」

「……俺がぁ? 冗談だろ? あんな、ぼっこぼこに負けたんだぞ?」

「本当ですよ。あなたが私の剣になってくれたことを、心から誇らしく思いました」

 

 ……そりゃどうも。

 自分の剣ってなら、強い方が良い気もするけどな。最強の剣こそ選ばれるべきじゃないだろうか。

 

「……この手が、一番馴染むのです」

 

 そう言って、イリスは俺の手を握り、自分の頬に添えた。

 お互いシワだらけになってしまったが、俺の目には、前回の最期の時と同じ姿にイリスが見えていた。

 胸を締め付けるものに、震える言葉が漏れた。

 

「……俺は、……おれ、は、キミを、イリスを、救えた、かなぁ?」

「……えぇ。救われました。あなたのおかげで、私は救われました。人々は救われました。あなたが、私達に幸せをくださいました」

「そっか……。よかった。本当に……よかった」

 

 涙が堪えられなかった。

 与えられたチャンスを、キミを救うことに費やせて、俺は本当に幸せだった。

 

 俺は、勇者でないし、負けてばかりだし、きっと主人公なんかには程遠い、碌でもない人間だろうけれど。

 

 力がなんだ。

 主人公がなんだ。

 兵士Bがなんだってんだ。

 

 俺は、一番大切な人に出会って、その人を救って、幸せにしてやったぞコンチクショウ。

 

 ポタリと、頬を濡らすものがあった。

 

「……泣かないで、イリス」

 

 キミが泣いていては、逝くに逝けないよ。

 

「いいのです」

 

 俺達は、泣き虫な生き物だ。

 泣かないでと言っておきながら、俺だって泣いている。

 ああ、なんて弱い。けれど、それで良いのかもしれない。

 

「これは、嬉し泣きですから」

 

 そう言って微笑むキミは、今まで見てきたどんなキミよりも、美しかった。

 

 ……おやすみなさい。

 

 

 

 

*****

 

4.

 

 

 なあ。

 

 なあ。

 

 やめてくれよ、なあ。

 

 なんだってんだよ。

 

 俺が何したってんだよ。

 

 これ以上ない大団円だっただろ。

 

 なあ。

 

 本当に、頼むからさ。

 

 見えてないと思うけどさ、もう堪えきれないくらい涙が出てきてるからさ。

 

 150歳近いジジイが、号泣してるんだぜ?

 

 気持ち悪いだろ? ならさ、なあ、もうやめてくれよ。

 

 なあ!!!

 

 本当に……もう……。

 

 ゆるして。

 

 ゆるして、ください。

 

 終わらせて、ください……。

 

 

 

 


 

 

 

 

 気が付いたときには、赤子になっていた。

 

 流石にもう死に戻りたくない。

 

 

 

 

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